
[ 解説 ]
鳥居派役者絵の特色である,瓢箪足(ひょうたんあし)・蚯蚓描(みみずがき)によって描き出された市川団十郎の荒事。元禄10年(1697)の絵入狂言本『兵根元曽我』に酷似する場面が見出されるが,本図の制作時期,および団十郎が何代目であるかについては定説化していない。
[ 解説 ]
鳥居清長(1752-1815)は健康的な長身の美人群像を戸外の広々とした風景の中に描き込んで,天明期の浮世絵界を席捲した。遠く三囲神社の鳥居を望む吾妻橋の下で,舟遊びを楽しむ一行を描いた本図にも,彼の美人画の特長が余すところなく表われている。
[ 解説 ]
褰}の創始者とされる鈴木春信(1725-70)は,可憐な美人画風と高度な見立絵の手法で,明和期の浮世絵界をリードした。本図は,当世風俗の美人を謡曲の蟻通明神に見立てたもので,恋の成就を祈る少女のけなげな姿に見事に置き換えられている。
[ 解説 ]
北尾派の祖重政(1739-1820)は,重厚で健康的な美人様式を創始し,安永,天明期を中心に活躍したが,褰}の作例は多くない。《東西南北之美人》は,江戸を代表する四つの遊里の女たちを描いた揃物で,本図は深川仲町のいわゆる辰巳芸者の姿をとらえたもの
[ 解説 ]
奥村政信(1686-1764)は紅絵の時代から褰}誕生直前までの長い間活躍し,様々な画面形式を工夫している。本図は江戸(吉原),京都(島原),大坂(新町)の三都の遊女を描いたもので,画題として一時流行した。流麗な描線と優美な容貌に政信の画風がよく示されている。
[ 解説 ]
「恋女房染分手綱」(こいにょうぼうそめわけたずな)に取材した作品。竹村定之進は丹波国由留木家の能役者で,不義の罪を犯した娘の身代わりに切腹するという悲痛な役どころ。おもねるような手の仕草とは裏腹に,口許には決死の覚悟が漂うなど,名優蝦蔵(五代目団十郎)の芸の深さを伝えてくれている。
[ 解説 ]
《婦人相学十躰》は,美人大首絵の中に気質の類型まで描き分けようとした歌麿(1753?-1806)の代表作ともいえる揃物。湯帰りの女が振り返った一瞬を描いた本図では,その嬌慢な表情の中に,多情で浮かれがちな女の性格が見事に写し出されている。
[ 解説 ]
対象の質感描写に腐心した歌麿は,《娘日時計》の揃いで,顔の輪郭線を取り払い肌の柔らか味を出すことを試みた。巳の刻を描いた本図では,ついに鼻梁の線まで消してしまった。人気絵師の地位に安住せず,工夫を続ける歌麿の意気込みが感じられる作品である。
[ 解説 ]
写楽(生没年不詳)は,寛政6年5月からわずか10ヶ月ばかり活躍して姿を消した謎の絵師。脂粉を通り越して,役者の素顔にまで迫ろうとした似顔絵で有名。本図は河原崎座の「恋女房染分手綱」(こいにょうぼうそめわけたずな)に取材したもの。敵役に挑みかかるような仕草と,憎々しげな表情が素晴らしい。
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