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标题:
愛すべき不思議な家族
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作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-24 12:18
标题:
愛すべき不思議な家族
无意中找到的小说,觉得挺有意思的.现在慢慢放上来,供给大家欣赏哦!
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-24 12:19
愛すべき不思議な家族 1
「パパー」
背後(はいご)からそんな声をかけられたのは、今は少なくなりつつある銭湯(せんとう)でサッパリとしてから外に出た直後(ちょくご)だった。
生まれて二十八年、高木春道は子供を授かっていなければ(さずかる)、結婚もしていない。男性に妊娠能力がない以上、誰か女性の協力者がいなければ子孫を残すのは不可能だ。
隠し子という事態もあり得ない。女性と肌を重ねる場合は特に避妊に気を遣ったとかではなく、単純に春道はそういった経験がないのだ。つまりは三十を前にして、未だ童貞なのである。
別に女性嫌いなわけではない。道を歩いていて、美人が通り過ぎれば思わず振り返ってしまう。どちらかと言えば、自分は女好きだと思っていた。
人並みにアダルト雑誌も読むし、自慰行為だってする。健全な成年男子だ。
女性がまったく見向いてくれないほど、容姿が悪いわけではない。
学歴は高等学校までで終わっているが、学生時代は何回か女子からも告白されたし、何人かと付き合ったりもした。
何の自慢にもならないが、セックスの経験はなくてもキスの経験はある。
仕事はフリーのプログラマー。収入も生活するので精一杯な程度しかなく、とても愛人なんて囲う余裕はない。従って「パパ」などと声をかけてくる人間に心当たりはない。
「パパー」
呼ばれたのは自分ではないだろう。春道はそう判断して、声を無視して歩き始めたが再度同じ言葉をかけられた。
耳によく通る声だ。大人ではなく、相手は子供だとすぐにわかった。
勘違いだと恥ずかしいので、一応左右は確認する。春道以外に人はいない。
近くに地元のスーパーとはいえ、大型店があるので午後六時と言えば、もっとも人通りが多くなる場所だ。なのに、銭湯が面する繁華街へと続く道路には何故か人っ子ひとりいない。
パパと呼ばれてるのは自分だと確信した春道は、相手の間違いを正すために振り向く。
そこにいたのは肩口まで髪の毛を伸ばした五、六歳程度の小さな女の子だった。濡れた前髪が額に張りついてるのを見ると、彼女もまたお風呂に入っていたのだろう。
となれば母親がいるはずだと春道は思った。いくらしっかりしてる子供でも、小学校に入学してるかどうかの年齢で、ひとりで銭湯にやってきたとは考えにくいからだ。
関係者の子供なら可能性もあるが、番台に座っているオバちゃんに子供はいない。
六十歳過ぎてのひとり暮らしはやはり寂しいのか、随分な話したがりで、聞いてもいないのに色々と春道に身の上話をしてくれたのだ。
君は誰だ。とことこと近づいてきて、上衣の裾をギュッと掴んだ女児に春道が問いかけようとしたところ、女湯の入口からひとりの女性が出てきた。
女児と同じく髪を乾かしてないようで、なびく黒髪から水飛沫が飛ぶ。
春道は思わず息を飲んだ。瞬間的に横顔を見ただけで、ドキリとするほどの美人だとわかったからである。
その美女がこちらを向いた。春道の顔を見たあと、足元にちょこんと居座っている女児を見つけて、慌ててこちらへ駆け寄ってきた。
「葉月、貴女何をしているの」
どうやら美女はこの子供の関係者らしい。意味不明な現状から抜け出せると、春道はホッとした。
それにしても自分と同年代程度の、目の前にいる女性は綺麗だった。風呂上がりだけに化粧はしてないのだが、必要のないほど肌はきめ細やかで美しかった。
今時の女性にしては珍しく眉毛も剃っていない。身だしなみとしてある程度整えてはいるが、書いたりしたものではなく、自前の眉毛である。
切れ長の目に、細く整った鼻。薄い唇はルージュが塗られてなくても、蠱惑的な桃色をしている。まるで何億円もする極上の名画から出てきたようだった。
湯上がりの首筋からはかすかに湯気が昇っている。乾ききってない髪の毛先は柑橘系のシャンプーの香りで溢れており、無意識のうちに匂いを嗅いでしまっている自分に春道が気づく。
生まれてからこれまでに出会った女性たちの中で確実にナンバーワンだった。仮に春道じゃなかったとしても、十中八九そう感じるこtだろう。
「アタシ、パパを見つけたんだよー」
少女に目線を合わせるべくしゃがみこんだ美女に、葉月と呼ばれた女の子が胸を張って告げた。
先ほどから似た台詞を幾度となく聞いてたため、春道は驚いたりしなかったが、少女の保護者らしき女性は別だった。
慌てて立ち上がった女性は、すぐに春道へと頭を下げてきた。
「どうやら娘がご迷惑をかけたようで、本当に申し訳ございません」
ある程度事情を察してくれたのだろう。深々と顔を下に向けたまま謝罪の言葉が並べられる。
女性は少しゆったりめのTシャツにジーンズをはいている。下半身はともかくとして、春道にとっての問題は相手の上半身だった。
重力に引っ張られたTシャツの首周りが露になり、春道の視界には美女の白い胸元がくっきりと映っているのだ。
風呂上がりのせいかブラジャーもつけてなく、もう少しでピンクの頂まで見えてしまいそうだった。
健全な男子がそんな状況を味わい続ければ、股間が獣化するのも当然である。
そんな格好悪い姿を初対面の美女に晒すのはごめんなので、まだ覚醒しきってない息子へ春道は落ち着くよう心の中で必死に呼びかける。
「あの、どうかしましたか」
しっかりとした反応を見せない春道に対して、美女が少しばかり不審そうな顔を向けてくる。間違っても、貴女の胸元を注視するので一生懸命でしたとは言えない。
何でもないと答えようとするも、焦るほどに口がうまくまわらなくなる。これではやましいことを考えてましたと説明するようなものだ。
かすかに生まれる沈黙。それを打ち破ってくれたのは葉月という名前らしい少女だった。
ややこしい事態に巻きこもうとしてくれた子供だけに好感は持てないが、今この時点においての彼女の行動は有難かった。
「パパはパパなんだよねー」
答えを急かすように、少女がシャツの裾を何度も引っ張ってくる。結構な力だけに、肩口が外からも見えてしまう。
もっとも相手の美女は春道と違って、異性の肌に注目したりはしない。ただ困惑したような、心配そうな視線で葉月と呼んだ女児を見ている。
「いい加減にしなさい、葉月。この方が困ってらっしゃるじゃない」
少女と目線を合わせながら、諭すような口調で美女が話しかけた。
「嘘じゃないもん。ママが教えてくれたのとそっくりだもん」
納得するどころか、女児はブンブンと首を左右に振って反発する。
「困った子ね」
そう呟いた美女だったが、本当に困ってるのは春道だった。何せ、事情が何ひとつわからないまま、騒動に巻き込まれてしまっているのだ。
会話から置いてけぼりの春道にようやく気づいてくれたのか、美女は再び春道に頭を下げた。
「突然この子がすみませんでした。私は松島和葉と言います。この子は娘の葉月です」
「そんなの知ってるよねー。葉月のパパなんだもんね」
よほど春道を父親にしたいのか、何度も女児はそう念を押してくる。とはいえ、簡単に頷いてあげたりはできない。
春道は少女に突然パパと呼ばれて、捕まえられたことを和葉と名乗った美女に説明する。
「本当に申し訳ありませんでした。この子、少し勘違いしてしまったみたいで」
迷惑をかけてしまった心苦しさを証明するかのごとく、相手は三度深々と頭を下げる。
「勘違いじゃないもん。この人、絶対パパだもん。葉月にはわかるんだもん」
半ば泣き叫んで子供が母親へ抗議する。
それにしても助かったと春道は思った。偶然人通りが少なかったおかげで、騒ぎを誰にも気づかれてないのだ。
これが春道の知ってるいつもの状況なら、凄まじい勢いで野次馬軍団が形成され、下手をすれば警察まで呼ばれて今頃は事情聴取さえ受けていたかもしれない。
幸運と言えなくもないが、望まない騒動の主人公に勝手になってしまっているので、不幸中の幸いというところだろう。
しかしながら、いつまでも訳のわからない騒動と遊んでるわけにもいかない。季節はもうすぐ夏とはいえ、夜はまだまだ肌寒いのだ。
濡れた髪でいつまでも外にいたら、いくら健康に自信のある春道でも風邪をひいてしまう。事態を収拾させるべく、春道はこうなった詳しい説明を美女に求めた。
松島和葉は一瞬悩んだのち、顔を上げて春道を見据えた。その目は本当は話したくないけれど、ここまで迷惑をかけてしまったのだから仕方がないと諦めてるようだった。
「実は今、父親が不在の状況でして、この子は父親の顔を知らないんです。私がいつも説明していた容姿に貴方が似ていたので、それでつい――」
「葉月は間違ってないもん。ママこそ、なんでパパにそんなことを言うの」
葉月という名の少女の瞳には大量の涙が滲んでいる。それだけ父親が恋しいのだろう。
無理もない。両親の間に大人の事情があったとしても、それを理解できる年齢ではない。
悲しみにくれる娘に、どう説明したらいいものやら母親は悩んでいるみたいだった。簡単には人に話せない複雑な事情があるに違いない。
「パパは葉月のパパだよね。そうだよね」
すがるような視線で下から見上げられれば、思わずそうだよと言ってあげたくなる。
高木春道は己でも自覚してるほどのお人好しなのである。これまでもお金の問題などで度々友人をなくしている。
春道が悪いわけではなく、お金を貸した途端にその友人は連絡がつかなくなってしまったのだ。
こんな難儀な性格をしてるだけに、一時は心無い友人たちから便利屋のごとく扱われていた。それが嫌で地元を飛び出し、自然以外ほとんど何もないような田舎町までやってきたのである。
フリーのプログラマーなんて仕事をしてるだけに、パソコンとインターネットに適応した環境さえあれば金を稼ぐには充分だった。
見てのとおり裕福な生活を送れるほどではないが、男ひとりそれなりに生きている。
そんな春道でも迂闊に首を縦に振ったりは出来ない。ここで嘘をついて少女を喜ばせたとしても、最初についた嘘をバレないようにするために新たな嘘をつかなければならない。
そうなれば泥沼だ。春道にとっても、葉月という女児にとっても得など何もない。
可哀相かもしれないが人生とはそういうものだ。だからこそ春道は人に見栄を張らないことを信条としていた。
「何で、何でウンって言ってくれないの。どうして葉月のパパだよって言ってくれないの」
駄目だ――もう見てられない。春道は女児から視線を外した。このままでは情に負けてしまいそうだった。
仕方なしに春道は最終手段を実行しようと決めた。チラリと母親を見て、すまないと軽く頭を下げてから、くるりと二人に背を向けた。
「ど、どこ行くの」
涙と鼻水にまみれてるとわかる声が、ザクリと背中に突き刺さる。だが下手な真似をしても母娘を傷つけるだけだ。心を鬼にして春道は冷たい声を出す。
「悪いけど、忙しいんだ」
それだけを告げると、足早に現場を後にする。それとなく背後の様子を確認すると、こちらを追いかけようとした娘を、母親が必死になって押さえつけていた。心が痛むが、こればかりは春道にはどうにもできない。
もう会うこともないだろう。いずれは夏の前に起きた珍しい想い出になる。ふと闇に染まった夜空を見上げると、元気を出せよとばかりに月が美しく輝いていた。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-24 15:55
愛すべき不思議な家族 2
人生において滅多に遭遇できないであろう体験から一週間後。春道は近所のスーパーを歩いていた。スーパーといっても大型小売店なので、店内はかなり広い。
三階建てで一階が家電類。二階が衣料品で、三階がゲームセンターとなっている。食料品は地下で販売している。春道が歩いてるのは、食料品売場だ。
普段はコンビニを利用するのだが、現在時刻がスーパーの閉店である午後八時に近いため、特売品がないかと思って足を伸ばしてみたのだ。
春道は料理をほぼまったくできなかった。カップメンやインスタント食品を除けば、作れるのはかろうじて炒飯程度である。従って、生きていくにはコンビニやスーパーの惣菜等に頼らざるを得ないのだ。
自炊ができれば生活も少しは楽になるのに。自身の不器用さに呆れつつ、ため息をつく。
貧乏よりは苦労をと、これまで何度か自炊に挑戦した。現在の生活状態を見てわかるとおり、結果は惨敗に終わっている。
参考にした料理本には誰でも簡単に作れると書いているのに、何故か春道が作ればある意味誰よりもクリエイティブな料理が完成してしまうのだ。
涙なしには語れないそれらの体験を経て、最終的に春道は自炊を諦めた。おかげでどうしても高くなる食費のために、他での出費を我慢しなければならないのである。
当初は苦痛に感じたりもしたが、慣れてしまえば別にどうということはなかった。
「お、レバニラが安いな」
何度かこのスーパーで買い物をしており、その際に購入したレバニラはなかなかの一品だった。以前に食べた味を思い出してると、たまらず口元から涎が溢れそうになってしまう。
夕食のメニューに加えるのを決意し、右手に持っていた買い物カゴへひとパック放りこむ。さて、次の獲物はと――。
おつとめ品のシールが貼られた売れ残りの惣菜をじっくりと品定めしていく。
「本日も当店にご来店頂きまして、誠にありがとうございます」
「――ん?」
買い物する手をピタリと止める。唐突に若そうな女性店員の声が、店内各場所に設置されているスピーカーから流れてきたからだ。
声の主に心当たりがあって、淡い恋心を抱いていたから、などというような思春期真っ盛りの中学生みたいな理由ではない。
もしかしてタイムサービスでも始まるのではないかと期待したのだ。閉店間近で客数が少なくなっているので、もしそうならわりと楽に入手が可能となる。
「ご来店中のお客様に、迷子様のご案内を申し上げます」
何だ、迷子か。期待していた台詞とは違い、春道は少なからずガッカリしてしまった。
「松島葉月ちゃんのご両親様。葉月ちゃんがサービスカウンターにてお待ちしております。お聞きになっておられましたら、どうぞ至急サービスカウンターまでお越しくださいませ」
日中に比べると圧倒的に人も少ないし、親も油断してしまったのかもしれないな。他人事の感想しか持たなかった春道だが、次の瞬間には認識が甘かったと知る。
「パパー」
わずかに聞き慣れた声が、春道の左耳を貫いたのだ。
待てよ。そう言えばさっき、確か迷子の名前を言っていたはずだ。
松島葉月――。
記憶の糸を手繰ると、すぐに見つけることができた。つい一週間前も、場所は違えどほとんど同じシチュエーションに遭遇したばかりである。
このスーパーは地下の食品売場にサービスカウンターが併設している珍しいタイプだった。そして春道が歩いてるのは、丁度そのすぐ側である。
ぎくりとしながらサービスカウンターを見ると、見覚えのある女の子が満面の笑みで、春道に向かってブンブンと右手を振っていた。
確実に見覚えのある顔だった。元来、人の顔や名前等の覚えはよくないのだが、あれだけのインパクトがあればそうは忘れない。
このまま知らないふりをして通り過ぎようかとも思ったが、生来の人の良さが反対をする。何より父親が見つかったと思って、ホッとしているサービスカウンターの女性従業員を見たら無視できなくなってしまった。
仕方なしにサービスカウンターへ近づいていくと、嬉しそうに松島葉月ちゃんがぴょんぴょん飛び跳ねながら春道の到着を待っていた。ガッチリと手を握り、まるでもう逃がさないと言わんばかりである。
「よかったわね。お父さんが迎えに来てくれて」
事情を知らない女性従業員がニッコリと微笑みかけると、負けないくらいニッコリと少女が笑顔を見せた。ひとり泣きたい気分の春道だけが、複雑な表情を浮かべている。
担当者に見送られてサービスカウンターを後にする。隣には春道の手をしっかりと両手で掴んで離さない少女がいる。
「パパもお買物だったの。それともママと待ち合わせしてたの」
無邪気にきゃいきゃいと色々聞いてくるものの、何て答えたらいいのかわからない春道は無言を貫いていた。それでも松島葉月はめげたりせずに何度も話しかけてくる。
傍から見たら本物の親子にしか見えないだろうな。ため息をつきながら春道は思った。事情を知らない人間が見れば父娘が戯れる微笑ましい光景かもしれないが、ふたりが赤の他人だと知ってる人間が目撃すれば、春道にその気がなかろうがこれは誘拐である。
悠長に買い物なぞしてる場合ではなくなったので夕食選びを中断し、買物カゴの中に入ってる商品だけを精算してしまう。
「パパ、晩御飯これしか買わないの」
誰のせいでそうなったんだよ。喉元まで出かかった言葉を春道はなんとか飲みこんだ。ここでこの子供にへそを曲げられたりでもして、騒がれれば何かと面倒だからだ。
もっとも、騒動を起こせば母親がやってきてくれる可能性も高い。
納期が差し迫っている仕事を抱えてるだけに、万が一にでも警察から事情聴取を受ける事態になればマズい。およそ現実的な方法ではなかった。
だから子供は嫌いなんだよ。レジで支払いを済ませたあと、つくづく春道は思った。
なのに何故か子供に好かれる体質らしく、初対面の子供が相手でもやたらと懐かれてしまうのだ。そう、例えば今回のケースみたいに。
店内に設置されてる休憩スペースで母親を捜そうにも、スーパーはもはや閉店間近でそれもできない。
どうするかな。この現状では、さすがに春道も途方に暮れるしかなかった。
母親は娘を放っておいて何をやってるんだよ。再びサービスカウンターの近くに戻って呆然と立ち尽くしていると、これまた見慣れた顔が息を切らしながらこちらへ走ってきた。
「葉月」
「あ、ママだー」
少し前までは迷子になっていたと思えないほど、能天気な声で母親に笑顔を向ける。
「急にいなくなったから心配したのよ。店内放送で呼ばれてサービスカウンターへ迎えに来ても、お父様がもういらっしゃいましたとか言われるし――」
我が子がいなくなったのが相当効いていたのだろう。取り乱した母親が娘へ矢継ぎ早に言葉をぶつける。
「ご、ごめんなさい」
あまりの迫力に、さすがの女児も顔を俯かせて母親へ謝った。
これで母親もひと段落着いたのか、ようやく一緒にいた春道の存在に気がついてくれたようだった。
「貴方はこの前、銭湯で葉月がご迷惑をおかけしてしまった方ですよね」
顔にはありありと、何故貴方が私の娘と一緒にいるのですかと言いたげな様子が浮かんでいる。
「パパが葉月を迎えに来てくれたんだよ」
どう説明したものか春道が悩んでるうちに、一緒にいた女児が事実と違う台詞を口にした。それではあらぬ誤解をしてくださいと言ってるようなものである。
案の定、美女は目つきを鋭くしてこちらを睨みつけてきた。
「別にどうこうしようとしたつもりはない。全部偶然だ」
と言ったところで、やはり簡単には納得してくれない。仕方ないので、どうしてこうなったのかを最初から詳しく説明する。
店内に閉店時の音楽が鳴り響く頃にはすっかり誤解もなくなり、逆に春道は美女に頭を下げられていた。
何度も同じ光景を見てるだけに、誘拐犯扱いされそうになったことに怒りを覚えるより、この人も大変だなと同情する気持ちの方がずっと強い。
「とりあえず、外に出よう」
春道は謝罪の言葉を口にしようとしていた美女に提案した。閉店準備に追われている従業員の視線が、妙に刺々しいのだ。明らかに春道たちを邪魔にしてる様子である。
客商売のスペシャリストらしく、顔を見ればどの従業員もニコリと笑みを返してくるが、纏ってる雰囲気が早く退店して下さいと急かしてるように感じられるのである。
以前に松島和葉と名乗った美女も同様の感想を抱いてたのか、春道の言葉に「そうですね」と頷く。
店の外に出ると、スーパーの電気は店内外を含めてほとんど消えかかっていた。ここら辺は田舎だけに街灯が少なく、商店街と言えど、店が閉まれば不気味なくらいの静けさと暗さに包まれる。
「こんな場所で立ち話も何ですから、せっかくなので家へいらっしゃいませんか」
美貌の母親からの予期せぬ誘いだった。そんなに知った間柄でもないのに、ほいほい家へついて行くのもどうかと思う。今晩のおかずもある程度は買っているのだ。
しかし、どうにもハッキリさせなければならない問題がある。どうして松島葉月が、幾度も春道を父親にしたがるかだった。
二度あることは三度ある。よく知られている言葉だ。嬉しくない三度目がやってくるまえに、原因究明をしておいて損はない。単に本当の父親に背格好が似てたなんて理由でも、判明すると意外にスッキリするものだ。
春道は松島宅へお邪魔すると決めた。美しき人妻とお近づきになりたいとかのやましい理由ではなく、一連の騒動に収拾をつけるためである。
両者とも徒歩でスーパーに来ており、松島和葉の先導で夜道を歩く。普通、こういう場合は母親の手を子供は握ったりするのだが、松島葉月は親ではなく、さっきからずっと春道へまとわりついてきていた。
春道と手を繋ぎたがってるようだが、両手をズボンのポケットに突っ込んでいるので、仕方なしに上衣の裾をギュッと掴んでいる。確か銭湯前で初めて会った時もこんな感じだったはずである。
母親の和葉は何度となく振り返って、迷惑をかけないよう娘に注意をするが効果はまったくない。そのうち諦めてしまったようで、申し訳なさそうな視線を春道に向けてくるようになった。
嫌いで仕方ない子供に、どうしてこうも懐かれてしまうのか。春道にとって不必要極まりない特性だった。
「もうちょっとでお家に着くからね」
笑顔ひとつない春道を見て、子供ながらに機嫌をとろうとしたのか、にこやかに葉月が話しかけてきた。
それに合わせて和葉も「申し訳ありません。本当にもうすぐですから」と春道を気遣ってきた。
「大丈夫だよ」
丁寧な言葉遣いは苦手だが、せっかくかけてくれた言葉を無視するほど無愛想ではない。面倒だとは思うものの、必要最低限の社交性は持ってるつもりである。
ただ、子供に関しては別だった。奴らは相手をしてやると、すかさず調子に乗ってくるのだ。あとはずっと遊んでやらないといけなくなってしまう。しかも子供というのは無邪気で、時にそれは残酷なまでの凶器となる。
えぐるように心を傷つけられても、相手が子供だけに本気で怒れない。そんな真似をしようものなら、周囲の両親どもを中心に大人げないだのと、散々文句を並べられた挙句にいつの間にかこちらが悪者にされてるのだ。
ましてや、事情を知らない人間からすれば、プログラマーなんてほとんど謎の職業である。不審者みたいな扱いを受けたりしたケースもあり、子供と関わると損しかしないと春道は痛感しまくっていた。
「着きました。ここです」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-24 15:55
先自己顶----
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-24 16:54
愛すべき不思議な家族 3
松島母娘に連れてこられたのは一軒家だった。結構な大きさだが、比例するかのように築年数もなかなか凄そうだ。それでも春道が住んでいるボロアパートよりは、遥かにマシである。
田舎には人の住んでない一軒家が比較的多数存在する。様々な事情で住人が家を手放すのだ。その際に貸家や売家になる。仮に貸家だとしても、普通にマンションを借りるより安い家賃で済むのだ。
春道自身も住居を決める際に、一軒家にしようかどうか悩んだくらいである。最終的にはひとり暮らしする身に、広すぎる家は不要だと判断して現在のボロアパートに落ち着いた。
「パパの家でもあるんだから、遠慮なんかしちゃ駄目だよ」
早く家の中に入ってとばかりに、松島葉月はこれまで以上の力で春道を引っ張った。
子供の力なので簡単に振り解けもしたが、元々お邪魔するつもりだったので、されるがままに玄関へと導かれる。
内装も外装と同じような状態だった。歴史があると言えば聞こえはいいが、要はボロ屋だ。何度も言うようだが、それでも春道が住んでるアパートよりは十二分に立派だった。
横から聞こえてきた「汚い家ですみません」という和葉の言葉に、心の底から「とんでもない」と返した。
家の程度は多少難ありでも、母娘がふたりで住むには充分な広さだった。逆に部屋数が多すぎて、持て余してるくらいだろう。
玄関から見渡せる範囲で家内を眺めていた春道に、すでに靴を脱いで家に上がっている葉月が目を輝かせて声をかけてくる。
「パパ、ただいまは」
「え? あ……ただいま」
意表を突かれてしまったせいで、思わず春道は自宅でもないのに、素直に帰宅の挨拶をしてしまった。
聞きたかったひと言を聞けた少女は、満面の笑みで「はい、お帰りなさい」と応える。
お帰りなさい、か。実家から出てひとり暮らしをしてるだけに、何年かぶりに聞いた出迎えの言葉だった。
それが十歳にも満たない少女のものなのが何とも言えずに物悲しいが、これも男の独り身の侘びしさとして耐えざるを得ないだろう。
「どうか遠慮せずに上がって下さい」
玄関先でボーッとしっ放しだった春道に、和葉がスリッパを出してくれた。娘の葉月が何も履かずに家の中に居るのを見ると、客である春道を気遣って差し出してくれたに違いない。
断る理由もないので、礼を言ってから靴を脱いで春道はスリッパに足を通す。
サイズが女性用のだったのか、それほど大足ではない春道の足でさえ、スリッパからかすかにはみ出てしまう。
と言っても、それほど気になるレベルではないので構わずに履き続ける。ボロアパートではスリッパなんて高級なのは使ってないし、実家も県営の団地だったので家内で使用した経験はない。
履きなれないスリッパで何とか廊下を歩きつつ、春道は和葉の案内で居間に通された。
よほど春道が気に入ったのか、それとも本気で父親と信じてるのか、葉月は常にべったりで決して側を離れようとはしなかった。
「葉月、貴女は宿題があったはずよ」
十二畳くらいはあるだろうか。居間とキッチンが繋がってるとはいえ、結構なサイズだ。その他にもトイレやお風呂、それに二部屋ほど個室があるみたいだった。
これだけでも春道からすれば羨ましいのに、どうら二階にも二部屋存在してるようだ。
「でも、今日はせっかくパパがいるし……」
「宿題をしなくてもいい理由にはなりません」
食卓として使ってるっぽい木製のテーブルセットに着席するよう春道を促したあと、和葉は急に母親の顔になった。
先ほどまで見せていた優しげな表情から一転、口答えを許さない教育ママのオーラで娘を威圧している。
春道と会話するにあたって、邪魔だから名目をつけて一時的にでも追い払いたいのだろう。子供が得意ではない春道からしても、和葉の行動は有難いものだった。
宿題を題材にしての言い争いは、それでもわずかなあいだ続いたが、結局は母親である松島和葉が勝利した。
途中、何度も助けを求めて葉月が視線を送ってくるも、春道はことごとく無視したのだった。
こういったややこしい状況になっている原因を説明してもらうには、なにかと口を挟んでくる女児は不要だった。
母親に言い負けた娘は、すごすごと自分の部屋へ戻っていく。居間を出て、すぐのところにある個室が葉月の部屋らしい。ドアが閉まる音で、それくらいなら春道にも判断できた。
向かい合って存在していたもうひとつの個室が、和葉の部屋になるのだろうか。それとも一階を子供に預けて、二階を自分の部屋として使っているのだろうか。
いや、それはないな。自分で考えた後者の推測を春道は即座に否定した。キッチン等がある一階を子供に全部与えていたら、夜中に何かあった場合に対応しきれない。
二階を娘に与えるケースはあっても、逆の可能性は低い。となれば、やはり和葉は子供部屋の向かいにある部屋を自室にしているはずだ。
二階部分は完全に余るな。物の置き場所に常に苦労している視点から見れば、贅沢極まりない状況だった。
そんなことを考えてると、いつの間にか春道の正面に座っていた和葉が、テーブルの上で深々と頭を下げていた。
「見ず知らずの方に、二度もご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
心底悪いと思ってるのだろう。和葉の謝罪は、春道が経験してきた中でも最上級に丁寧なものだった。
「別に構わないけど、なんであそこまで俺を父親にしたがるか、その理由くらいは聞かせてくれるんだよね」
早く帰宅して晩飯にしたい春道は、早速本題について切り出した。
静かに頷くと松島和葉は席を立ち、近くにあった本棚から一冊の本を取り出した。
戻ってきた和葉が両手に持っていたものをテーブルに置くと、ようやく本ではないと気づいた。表紙にアルバムの文字が見えたからだ。
訝しげな春道の視線に気づいてるようだったが、再びイスに座って向かい合っている和葉は何も言わずにアルバムのページをめくっていく。
その途中で相手の指がピタリと止まった。目当ての写真を見つけれたらしい。該当の一枚をアルバムから抜いて、春道の前へ差し出してくる。
写真を手に取り、じっくり見てみる。今よりも若い松島和葉が写っていた。同じような年頃の女性たちと仲良く戯れている。見るからに学生時代の想い出の一枚という感じの写真だった。
「これが何か?」
松島和葉と同級生だった記憶もないし、当時の自分の学生時代を思い返しても、春道と彼女に接点があるとは思えない。
「よく……見てください」
「よく見ろと言われても、俺と何の関係が――」
言いかけた春道の呼吸が、驚きで一瞬だけ停止した。はしゃぐ少女たちの背後にとてもよく見慣れた横顔があった。どう見てもただ通り過ぎてるだけで、無意識に写真に写ってしまったと表現するしかない。
記憶の糸を手繰る。そう言えば高校の卒業旅行と称して、友人たちと北海道の遊園地らしき場所に行った覚えがある。
なんという偶然だろうか。まさか松島和葉とそんな場所ですれ違ってたとは思わなかった。しかしこれが自分とどんな関係が――。
疑問が浮かんだ瞬間に、本来ならあり得ないであろう理由が答えとして思い当たった。
「まさか、この写真で俺を――」
父親だと説明したのか。最後まで質問するまえに、松島和葉はさらに申し訳なさそうに表情を曇らせた。
これで松島葉月が、どうしてあれだけしつこく春道を父親と呼んだのか合点がいった。
問題はひとつ解決したが、代わりに新たな疑問点が生じる。和葉がどうして春道を父親だと、娘である葉月に告げたのかだ。
そのことをズバリ尋ねると、相手の顔が途端に険しくなった。居間の外で葉月が聞き耳をたててないか、わざわざ確認までしに行ってから、食卓まで戻ってきて声を潜めた。
「実はあの子に父親はいないんです」
大体予測がついていたので、春道は別段驚きもしなかった。離婚か死別か理由はあるのだろうが、あれこれ詮索する趣味はない。
「それならそうと、正直に言ったらいいんじゃないか。バラすのとバレるのでは、相手に与える心証はまるで違う」
「わかってます。けれど、あの子が物心ついた時に、周囲の友達には父親がいるのに、どうして自分にはいないのかと聞かれてしまって……」
その後を言い難そうに和葉は語尾を濁した。相手の反応で説明されるまでもなく、いないはずの父親を存在しているように、和葉が娘に嘘をついたのだとわかった。
「理由があって、あの子には父親がいません。それが不憫で、少しでも夢を持たせてあげようとしたんです」
「大人のエゴだな。バレた時、どれだけ彼女の心が傷つくのかを思えば嘘をつくべきじゃなかった」
「それもわかっています。それでも、当時の私は葉月に対して本当のことを言えませんでした。困っていた時にアルバムをめくると、丁度その写真が目についたんです」
春道と和葉の視線が、同時にテーブル上の写真へと戻る。
「北海道にはこの一度しか行ってないですし、たまたま写っていた貴方に偶然出会うとも思えなかったので、申し訳ないとは感じながらも、この人が葉月の父親だと言わせてもらったのです」
一度息を切ってから、再び和葉が口を開く。
「あの子には、事情があって父親は遠い所で仕事をしていて、ひと段落ついたら帰ってきてくれると説明していました。そうしてしかるべき時期がきたら、きちんと説明するつもりだったんです」
「なるほど。その時期がくるまえに、奇跡的に会うはずのない俺と遭遇してしまったと」
春道の口調が相手を責める、キツく厳しいものへと変化する。松島和葉もそれを感じとったのだろう。蚊の鳴くような声で「すみません」とひと言だけ絞りだした。
「でも考えようによっては、今が告白する時期なんじゃないか」
刺々しさが全開になってるのは春道も承知の上だが、勝手に騒動に巻き込んでくれた目の前の女性に、少なからず怒りを覚えてるのも事実だった。
母親としては辛いかもしれないが、春道からすれば多少残酷でも、さっさとこの問題にケリをつけてほしかった。
春道に引っ越してくれとは、相手の立場からすれば口が裂けても頼めないだろうし、松島家が居住を移すにしても、本気で父親に会えたと思ってる娘は納得しないだろう。
松島和葉がどう悩んだところで、選択肢なんて最初からひとつしかないのである。
この場に葉月を呼んで、母親の和葉が事情説明をする。結局はそこに落ち着くしかない。半ば確信めいたものを持っていた春道だったが、松島和葉の口から出てきた台詞は予想を遥かに超える内容だった。
「あの子の父親になってもらえませんか」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-24 16:56
今天就到这里吧----
明天继续!
喜欢的话顶顶哦!
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 09:09
愛すべき不思議な家族 4
最初、何を言われてるのか春道には理解できなかった。頭の片隅にもなかった提案に、情けなくも唖然としてしまう。
一体この女性は何を言ってるんだろう。これから先、ずっと演技でもしてくれと頼んでるのだろうか。
だとしたら冗談じゃない。はっきりと春道はそう思った。
出番を焦がれる小劇団の若手役者じゃないのだ。そんなくだらない真似をするのはごめんである。
「父親の真似事をさせたいんなら、俺に似てて、売れてない俳優でも探してきたら」
しつこくせがまれても面倒なので、あえて突き放す言葉をぶつける。
「え? い、いえ、違うんです」
少しのあいだキョトンとしたあと、慌てて松島和葉は首を左右に振った。
「私がお願いしてるのは、本当の父親になってほしいということです」
説明を受けて、今度は春道がキョトンとする。さっきからお互い代わり番こに驚きあっている。
「本当の父親って、まさか……」
「はい。私と結婚してほしいんです」
突然すぎる、それも女性側からのプロポーズだった。生まれてからこれまで、異性から告白された経験なんて数えるほどしかない。
そんな春道が極上の美人に結婚を申し込まれたのだ。嬉しくないわけがない。これが普通の状況だったならば。
「結婚って言われても、簡単に決断なんてできないし、大体ほとんど初対面みたいなもんじゃないか」
言われなくても百も承知とばかりに和葉が頷く。その目を見れば、相当な決意だと理解できた。
嘘から出た実なんて言葉が存在するが、前方にいる女性は現実にそれを行おうとしてるのだ。さすがに春道も戸惑いを覚えた。
結婚してほしいと言うからには、どんな理由であれ前夫との夫婦関係は消滅しているのだろう。だからと言って、簡単に結婚の二文字を口にしてくるとはまさに想定外だった。
もしかしてこれは美人局の一種なのではないかと、本気で春道は相手の母娘を疑うまでになっていた。
どれだけ娘を溺愛してるのかは知らないが、自分がついた嘘で傷つけたくないからという理由で求婚する女性がいるとは信じられない。これ以上この母娘には関わるな。春道の本能が大声で叫んでる気がした。
「こ、この話はま、またの機会に」
さりげなく席を立とうとしたのだが、動揺がまともに言葉に出てしまった。春道の様子から莫大な不信感を持たれたと察したのか、またも大慌てで松島和葉は首を左右に振った。
「結婚だから籍は入れてもらうんですけど、別に変な意味はないんです」
そうは言われても、この状況で相手の真意を勘繰らない方が無理というものだ。
「少なくとも、詐欺とかの類ではないと?」
「そのとおりです。私を変な女と思ってるでしょうが、誰彼見境なく求婚したりはしません。あくまで娘のためなんです」
これは困った事態になった。相手に嘘をついてる気配が一切ないのである。何度か親バカと呼ばれる人種を見てきたが、ここまでの本物に出会ったのは初めてだった。
娘のためになるのであれば、法に触れない限りは何でもしそうである。いや、最悪の事態になれば犯罪だったとしても――。
そこまで考えて春道はゾッとした。自分は今、ストーカーよりも質の悪い女に目をつけられてしまったのではないか。
「夫婦として本気で愛し合いたいとは思っていません。それに現代では熟年離婚なんてケースも珍しくはないですから」
その説明で、相手の意図を春道はようやく少しだけ理解した。
「要するに、あの女の子が自立するまで、俺に父親になってほしいってことか」
「はい。要約するとそのとおりです」
躊躇いもせずに松島和葉が言い放つ。初対面時は物腰柔らかな大和撫子のごとき印象を抱いたが、今や粉々に打ち砕かれていた。
ある程度のおしとやかさは外見どおりに所持しているみたいだが、同時にこうと決めたら譲らない頑固さも持ってると見て間違いない。本音を言えば、あまり関わりになりたくないタイプである。
「もちろんタダとは言いません。そちらの貴重な時間を頂くわけですから。けれど、ご覧のとおりの家に住んでるくらいなので、巨額の金銭をお支払いする能力はありません」
ならば身体で支払うとでも言うつもりなのか。危険な臭いはするが、はからずも二十八年間童貞を守りとおしてきた春道にとっては魅力的な条件である。
ドキドキする鼓動に比例して、顔面が赤くなっていくのを感じた。断るのがベターなはずなのに、断りきる自信がない。密かにピンチを迎えてる春道の正面で、美女は真剣な眼差しのまま会話を続ける。
「一度の巨額の金銭をお支払いできない代わりに、日常生活の保障をしたいと思います」
「日常生活の保障?」
想像していた報酬内容と違い、ガッカリしてしまったが、どこか春道はホッとしていた。
「そうです。家賃等の生活費はすべて私が負担します。その他にも毎月少額ですが、現金のお支払いも約束します。恐らく五万円程度になると思います」
言葉で条件説明をしたあと、どうですかと視線で松島和葉が答えを求めてきた。
腕組みをして春道は思案する。よくよく考えてみれば悪い話ではないからだ。今まで生活費だった金額を自由に使用できる。さらに月々五万円も貰えれば、貯金するのも難しい話ではなくなる。
「料理や洗濯についても、私が面倒を見させて頂きます。その代わり、この家に引越してもらいますが、使用してない二階を全部自由にして頂いて結構です」
松島和葉の話では、この家は元々二世帯住宅として建設されたみたいで、二階にも洗面所やトイレが別途存在しているらしかった。さすがに風呂はひとつだけのようだが、そういうことなら生活環境としては申し分ない。
言わば家政婦付きの家に無料で住めるのだ。相手も春道に無理な要求をしてるだけあって、いたれりつくせりの条件である。
どうせ結婚を予定してる相手もいない。だが重大な問題点がひとつだけあった。
「悪いけど、俺は子供が苦手なんだ。あの子にとっていい父親にはなれそうもない。逆に彼女が傷ついてしまうかもしれない」
高校時代に学級委員を一度だけ経験したが、当時みたいに選ばれたから気軽にやりますよと返答するわけにはいかない。春道は自分の性格を正直かつ丁寧に説明した。
「それでも構いません」
気は進まなかったが、自分を悪く言っただけに相手も提案を取り下げるだろうと思っていた。ところが、予想に反した言葉を和葉は返してきたのである。
「あくまでこちらはお願いしてる立場ですので、無理な対応をしてもらうつもりはありません。父親でいてくれるだけでいいんです」
益々怪しい雲行きになってきたなと、春道は思った。何かと騙しあいが多い現代社会において、裏のないウマい話など皆無に等しい。
もちろんゼロではないだろうが、どう考えても相手に不審を抱かざるを得ない。それがわかったのか、真剣な眼差しで和葉が慎重に言葉を選ぶ。
「貴方が怪しむのはわかります。もし私が逆の立場だったなら、即座に断っているかもしれません」
無茶なお願いをしてるというのは、相手側も重々承知してるようだった。ならば何故に、こんな提案を持ちかけてきたのか。春道が率直に聞いても、返ってくる答えは「娘のためです」の一点張りだった。
またも腕組みをして春道はしばし考える。相手が提示してきた条件を本当に約束してくれるのなら、これほど待遇のいい話はない。
もっとも愛情がないだけに、松島葉月が成人したり、父親がいらない年頃になったらすぐに和葉は離婚届を持ってくるだろう。好条件はそういう事態になっても、春道を納得させるためと考えて間違いない。
春道の人生を何年とわからず拘束されるのだから、それなりの見返りはあって当然である。メリットとデメリットを頭に入れたうえで計算してみる。
どう決断すればいいのか、なかなか決められる案件ではないというのに、優柔不断な春道にしては珍しくすぐに答えを出した。
「わかった。その話を引き受けるよ」
その言葉を聞いて、松島和葉の顔がパッと明るく輝く。
どうせ結婚する予定などしばらくない。一度形だけでも結婚しておいて、両親や周囲の親戚を安心させようとも考えたのである。
それに父親をやってるうちにしっかりと貯金しておけば、いつ放り出されてもそれなりに余裕を持った生活が送れるだろう。
ここまで考えての決断だった。予定は未定とよく言われるだけに、突然のアクシデントにより契約が途中で破棄されるかもしれないが、その時はその時である。
どう転んでも、自分が損をする可能性が低いと春道は踏んだのだ。万が一新手の美人局だったとしても、最悪ノートパソコンだけでもあれば仕事道具としては充分なのである。あとはインターネット環境さえあればどうにでもなる。
「それじゃ、いつから始めればいいのかな」
「そうですね。早いうちに籍を入れてしまって、形だけ夫婦になったらすぐにでもこの家で一緒に暮らしましょう。結婚式は不要で構いませんよね」
「こっちはそれで構わないよ」
「ありがとうございます。では他人行儀な言葉遣いも止めにしましょう。どのくらいの期間かは不明ですが、一応は本当の夫婦になるのですから」
「そうだな。そうしてもらえると、こちらとしても有難い」
最初からとても丁寧とは言えない言葉遣いだったが、それでもどこかしらの遠慮が春道にはあった。共同生活をするだけに、いつまでもそんなものがあるとさすがに息が詰まりそうになる。
春道と和葉の話し合いが終わると、タイミングよく居間の外からバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。恐らく宿題を終えた葉月が向かってきてるのだろう。
「私からそちらの生活に干渉することはまずありません。ですから――」
「こっちからもあまり干渉しないでほしい。それと夜の夫婦生活はないってところだろ」
「理解してくださってるのなら結構です」
美しい容姿に似合わず、なかなかキツい性格の持主でもあるらしい。喋り方や、話の内容をストレートに伝えてくるところからそれが窺える。
この分ならほぼ確実に、ひとつ同じ屋根の下にいながら、お互いに不干渉な生活を送れそうである。しかも食費や家賃はあちら持ちで、春道は小遣いまで貰える約束になってるのだ。
内心でニヤリとしていると、元気にドアを開いて松島葉月がリビングに飛び込んできた。
「よかった。パパ、まだいてくれた」
「当たり前でしょ。葉月のパパなんだから」
ニッコリと心からの笑みを和葉が娘に向ける。先ほどまでの話し合いでは、決して春道に見せてくれなかった表情である。
「やっぱり、パパはパパなんだよね」
母親が春道――父親の存在を認めたことで、和葉以上の笑顔で葉月が走り寄ってきた。
「今日からパパもこの家に住むんだよね」
期待に満ちた視線を向けてくる少女に対して、春道は静かに首を左右に振った。
「残念だけど、まだやることが少しだけ残ってる。同居するのはそれからだ」
瞬間、残念そうにした葉月だったが、近いうちに春道と暮らせるようになるとわかると表情が一転した。
「それじゃ、今日のところはもう帰らせてもらうよ。仕事も残ってるんでね」
「わかりました。ではまた明日、どこかでお話をしましょう」
とても夫婦とは思えないほど、春道と和葉のあいだに重い空気が充満していく。
ひとりニコニコしてる松島葉月はとにかく楽しそうだった。春道と和葉の雰囲気に気づかないのか、それとも気づいておきながらあえて場を和まそうとしてるのか。それはこの少女にしかわからない。
松島和葉から名刺を渡されたので、春道も多少は作っていた名刺を手渡し、別れの挨拶としたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 09:21
愛すべき不思議な家族 5
それにしても今日は大変な一日だった。帰宅するなり、春道は使い慣れた布団に身を投げ出した。
このところ信じられないような事態が、立て続けに身の回りに起こっている。
昨晩の松島和葉のプロポーズもそのひとつだった。女性にモテた経験のない春道だけに、その言葉は強く印象に残っていた。
だが喜んでばかりはいられない。元々破綻するのが前提で成立する結婚なのだ。
結婚すれば両親は喜ぶだろうが、離婚すれば悲しむだろう。けど今時の世界では離婚なんて、さして特別な出来事にはならない。やんごとなき事情があるケースは別にしても、世の大人たちが結婚と離婚を気軽に考えるようになってきた証拠だ。
当然、春道も最近の若者の部類に入る。性格の不一致ゆえに別れたと言えば、不審がる人間もいないだろう。
決断に問題はない。自分に言い聞かせたあと、遅くなった夕食をとるためにスーパーで買った惣菜をレンジで温めるのだった。
翌日、松島和葉から春道の携帯に電話がかかってきたのは夕方の六時過ぎだった。丁度仕事終わりくらいなのかもしれない。
ある程度時間に都合がきく春道とは違い、向こうはまっとうな職についているのだ。電話をこちらからかけるのは控えていたので、望んでいた展開となった。
電話にでると昨晩の続きを話したいとのことだったので、春道は近所のカフェを指定した。
松島家は春道のボロアパートとさほど離れてなく、真っ直ぐに向かえば昨日買物に出かけたスーパーとたいして変わらない距離だ。
近所の銭湯で偶然出くわすくらいなのだから、互いの家の距離がそれほどなくても不思議はない。
松島和葉は春道の申し出を了承し、三十分後に待ち合わせることになった。電話の向こうではずいぶん賑やかだったため、彼女の職場は恐らく市内の繁華街にあるのだろう。
自然風景が売りの田舎とはいえ、店が並ぶ活気溢れる通りのひとつくらいは存在する。
きちんと小・中・高と学校もあるし、交通の便もそれほど悪いわけではない。惜しむらくは、他県から人を呼べる特産品や観光名所がないことである。
万が一、目玉となるべきものがあったのなら、我が県の主要都市に発展していてもおかしくはない。長年居住している老人たちほとんどが、過去を懐かしんではそんな台詞を口にする。
だが春道は、この地はこれで良かったのだと思っている。程好い田舎感が好みにピッタリだったからだ。
しかし若者たちはそう思ってないようで、毎年のように他の発達した都市へと移住していく。戻ってくる人間もいるにはいるが、それでもここ数年はずっと総人口がマイナスの一途を辿っている。
一応市政も色々と対策を講じたりはしてるみたいだが、今のところ目立った効果は表れていない。
――と、いけない。もうこんな時間か。春道はパソコンのキーボードによる打ち込みを一旦停止させた。考え事をしながら仕事をしてるうちに、約束の時間が迫っていたのだ。
仕事の内容を保存してから電源を落とし、画面が真っ暗になったところでコンセントを抜く。こうすれば待機電力を無駄に消費しなくてもすむ。
それに万が一、落雷等で停電しても安心である。いくら毎日バックアップをきちんととってるとはいえ、仕事上のデータが全消去なんて事態はあまり好ましくない。
部屋着から急いで着替え、昨日とほとんど同じ格好で出かける。自慢ではないが、衣服に執着心を示さない春道は所持してる洋服の数が少ない。気に入った服しかあまり着ないので、ほとんど一張羅みたいになっていた。
夜が少しずつ近づいてきてるからか、外に出ると吹いてくる風はすでにひんやりとしている。車を使う距離ではないので、徒歩で松島和葉と落ち合う予定の喫茶店に向かう。
腕時計で現在時刻を確認すると、待ち合わせ時間までは残り十分程度だった。ここから喫茶店までは約五分。充分に間に合う。
途中アクシデントもなく、予想どおりにカフェへと到着した。リラックスという名前だが建物自体は古く、店名同様にリラックスできるかどうか外見だけで判断すれば、十人中十人が間違いなく不安だと答えるだろう。
しかし春道は、昭和の時代を思い起こさせるレトロな雰囲気が気に入っていた。もう午後の七時近いのに、店内にはまだしっかりと明かりがついている。客はあまり来ないものの、リラックスの閉店時間は午後八時なのだ。
ずいぶんと中途半端な閉店時間で、最初は春道も不思議に思ったものだった。
リラックスの閉店時間には田舎町ならではの事情があった。昨晩、春道が買い物に行ったスーパー系統の建物ならともかく、食事のできるお店は近辺ではこのリラックスしかないのである。
ひとり暮らしのサラリーマンたちの要望で、リラックスは善意で午後八時までやっているのだ。
喫茶店とは言いながらも、軽食の他にもサラリーマンたちには定食のメニューも用意されていた。枠に囚われない営業ができるのも、人生経験を充分に積んだ老人たちで経営してるからだろう。
かくいう春道も、何度となくリラックスのお世話になっていた。この店のミックスサンドは全体的にバランスがとれており、なかでも目玉のトマトはとても瑞々しく舌が蕩けそうになる。しかも春道が大好きなレモンティーとまたよく合うのだ。
春道のお気に入りセットを覚えていたのか、老婆のウエイトレスは注文も聞きに来ず、いきなりミックスサンドとレモンティーを座ったばかりの春道の席に持ってきたのだ。年配者ならではの細かな心配りも、常連客には人気のひとつだった。
夕食がまだだった春道は、有難くテーブル上のミックスサンドに手を伸ばした。ひと口で半分ほど一気に食したところで、リラックスのドアが再びガチャリと開いた。
古びた内装の店には似つかわしくない、黒のパンツスーツ姿の女性が颯爽と現れた。松島和葉である。寂れた店内が、たったひとりの女性の魅力で途端に華やかになる。
和葉はすぐに春道を見つけ、向側に着席した。これまで会った時はほとんどすっぴんだったのだが、仕事帰りなのもあって今日の彼女はしっかりと化粧をしていた。
水商売に励む女性みたいに色気を演出するメイクではなく、あくまで自然に己の美しさをアピールするかのごとく、ナチュラルなメイクを施している。ただでさえ驚くほどの美貌を誇っていた和葉が、より魅力的な存在へと変身していた。
町を歩けば、恐らく男女関係なく通り過ぎる人間が振り向くに違いない。普通の女性にそんな台詞を言えばお世辞になってしまうだろうが、この松島和葉にいたってはそうならない。
明らかに田舎町には浮いた存在で、洗練された都会の色気が全身から滲みでていた。すっぴんも綺麗だとは思ったが、化粧をするとここまでのレベルになるとは想像もできなかった。
春道の心臓は、思春期の中学生が初恋をしてるみたいにドキドキと高鳴っている。いくら落ち着いてくれと頼んでも、逆に鼓動は激しくなる一方だった。
「遅くなって……高木さん? 私の顔に何かついてますか」
「い、いや、何でもないないんだ」
ドギマギしながら春道は答えた。どうやら知らず知らずのうちに、松島和葉の顔に見惚れてしまっていたらしかった。
「昨日の話の続きをしようか」
照れ臭さと恥ずかしさから、顔面が真っ赤になってるのが自分でもわかった。少しでも冷静さを取り戻そうと、春道は話題をあえて自分から振った。
元々の目的だけに、待ってましたとばかりの勢いで和葉が話に乗ってきた。
「いつ頃からこちらへ住めそうですか」
老婆のウエイトレスにコーヒーを注文してから、松島和葉はズバリ春道に聞いてきた。
「荷物もそれほど多くないし、早くと言われればすぐにでも大丈夫だよ」
「そうですか。あの子も喜びます」
あの子とは言わずと知れた和葉の娘、松島葉月である。彼女がいると春道にべったりで話にならないため、今日は家で留守番をしてるのだろう。
もしかすれば、春道と和葉がこうして密談してる事実も知らないかもしれない。知っていれば、自分もついて行く言い出し、無理やりにでも母親に同行しようとしてもおかしくない。
「それにしても、いくら子供のためだからって、そっちは簡単に結婚を決めていいの?」
「問題はないです。それに形式的には結婚となりますが、実際には共同生活をするだけにすぎませんから」
松島和葉が一旦口を止めたのを待ってたかのように、タイミング良く老婆のウエイトレスがなみなみとコーヒーが注がれたカップをテーブルに置く。
ごゆっくりとひと言だけ残して、老婆はさっさとカウンターへと戻っていった。
早速カップに唇をつけ、コーヒーをひと口飲んでから和葉が言葉を続けた。
「あくまでお互いのプライベートを尊重しながら生活をしたいんです。もっとも、高木さんは子供が苦手というお話でしたので、それほど心配する必要はないと思いますが」
「なるほどね。こっちに干渉するつもりはないから、そっちにも構うなってことか」
昨日も確認したとおり、夜の夫婦生活も含まれてるだろう。大恋愛の末に一緒になるわけじゃない。好意を抱いてもいないのに、肉体を許す女性など存在しない。そのぐらいは春道も重々承知していた。
春道が全部理解してくれてると知ると、あからさまにホッとした様子を相手が見せた。そこまで肌を重ねるのは嫌なのかと、軽くショックを受ける。
確かに極上美人の松島和葉と、町中を探せばそこら辺にごろごろいそうなレベルの春道とではお世辞にもつりあってるとは言えない。
それにしても、先ほどの態度はあんまりである。とはいえ、相手が言っていたとおり、あくまで他人同士の共同生活。言わばルームメイトと形容するのが相応しいのだ。性生活を期待するのが無謀と言える。
それに当初の約束どおり、生活費や食生活等の面倒。加えて毎月の小遣いまで貰えるのであれば、肉体関係が持てるかどうかなど些細な問題にすぎなかった。
事前の契約に偽りがないか、改めて春道が確認すると、静かに和葉が頷いた。
「もちろんです。もともと無理を言い出したのはこちらなのですから、特別待遇を保障するのも当然です」
「それだけわかれば充分だ。荷物もそれほど多くないし、明日からでも早速引越しの準備を始めるよ」
「ありがとうございます」
テーブルの上で松島和葉がぺこりと頭を下げて礼を述べてきた。
「気にしなくていいよ。基本的に世話になるのは俺なんだから」
それに春道には急がなければならない理由があった。現在請け負っている仕事の納期が迫りつつあるのだ。必要以上に時間をかけすぎると仕事に失敗してしまう。
信用が第一の職種だけに、一度でも納期をオーバーしてしまうと、途端にクライアントからの依頼数が激減する・
どうしても多少は時間をロスしてしまうが、無事に住居の移動が完了すれば、家政婦のいる生活ができるようなものだ。
炊事や洗濯等の煩わしさから解放され、今までそれらに使っていた時間や労力を仕事に向けれる。そうすれば多少の遅れは簡単に取り戻せる自信があった。
「あ、そうだ。姓はどうする。夫婦別姓でいくのか?」
「私はそのつもりでしたが、高木さんは何かご不満ですか」
「いや、文句があるとかじゃなくて、そっちの意向を聞きたかっただけだ」
これから春道と和葉は、仮面夫婦と言っても相違ない関係になるのだ。事が正式にスタートする前に、入念に打ち合わせをしておかないと、いつボロがでて周囲に怪しまれるかわかったものじゃない。慎重すぎるくらいで丁度いいのだ。
「別姓はいいとして、高木さんって他人行儀な呼び方は止めてもらえるかな。仮にも夫婦になるんだから、さんづけでもせめて名前で呼んでくれないか」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 09:22
愛すべき不思議な家族 5
要望に対して少し考える姿勢を見せたあとで、松島和葉は春道に承諾の言葉を伝えてきた。
「では、私のことも遠慮せずに名前で呼んでください」
「そうさせてもらうよ。こちらとしても両親に嘘をつかないといけないんだ。それも残酷な嘘をね。ならせめてバレないようにして、不出来な息子が無事に結婚できたという幸せな事実をあげたい」
春道の説明に和葉の顔が曇る。申し訳ない気持ちが強くなったからかどうかは定かではない。
「高木――いえ、春道さんはご両親と仲がよろしいんですね」
唐突に松島和葉がポツリと呟いた。
「何で?」
「先ほど、ご両親を悲しませたくないようなことを言ってらしたじゃないですか」
「両親がいたからこそ、今の俺がある。仲が良いとか悪いとかよりも、感謝の思いを持ってるだけだ」
「結局仲が良いってことではないのですか」
「感謝イコール新密度にはならないさ。現に俺はここ最近、ほとんど親と顔を合わせてなければ会話もしていない。大体そんな論理が通用するなら、この世界で人から感謝される職業に就いてる人間は皆大モテだろ」
「違います。感謝なんて単語が思い浮かぶ時点で、親子関係は良好なんです」
これまで冷静沈着を売りにしてたような女性が、何故ここまでムキになってるのか理由がわからない。もしかして、松島和葉は自分の両親とうまくいってないのだろうか。
さすがに気になったが、相手に必要以上に干渉しないと決めたばかりなだけに、そこらへんを聞いたりするのはルール違反に思えた。
考えてみれば、松島家の事情がどうなっていようと春道には関係のない話だ。
「とにかく夫婦別姓にして、互いに名前で呼び合う。必要以上の干渉はお互いになし。取り決めはこの程度でいいのか」
平行線を辿るだけの、両親との仲についての議論を延々と継続してても仕方ない。若干強引ではあるものの、春道は話題を変えた。
「はい。それで大丈夫です」
「引越しの準備ができ次第、そちらに電話を入れる。まさかそっちが不在時に、俺が勝手に出入りしてあれこれするわけにもいかないだろ」
あくまで家の持主は松島和葉なのだ。もちろんすぐに「そうですね」と相手は首を上下させる。
ここで春道はある事に気づく。お互いの両親への挨拶と結婚報告だ。結婚までの流れを考えると大袈裟な式をあげる可能性は低いが、顔合わせ等はしないとさすがにマズいだろう。
報告等に関して春道が尋ねると、意外にも松島和葉は必要ないと首を左右に振った。
「あの子にはもう結婚してあると伝えてますし、両親には葉書や電話で報告します」
常識的に考えてそれはどうかとも思ったが、春道自身フリーのプログラマーとして仕事を始めてから、忙しさ等もあって友人の数は極端に減っていた。
それに両親も、春道が決してマメな性格の持主ではないと知っている。和葉の望みどおりにしても、あまり不信感は抱かれないかもしれない。
わかったと言葉を返すと、またもや松島和葉がお礼を口にした。一応、自分でも非常識な要求をしてると理解してるのだ。
結局、後日文章のみの葉書で両親や友人に報告する方向で話はまとまった。
「世間一般的に浮気と呼ばれる行為をされても、なんら問題はありません。厳密に言えば浮気にはならないのでしょうし。ただ、葉月にだけはバレないようにして下さい。あの子を悲しませたくはないですから」
「わかった」
春道は一応そう答えたが、生まれてから今日まで性交の経験はないのだ。そんな男性がポンポンと浮気なんて行為をできるはずもない。あえて己の恥を晒す必要もないので、わざわざ説明する気もない。
ふと店内にある壁時計を見ると、もうほとんど閉店の時間だった。客もすでに春道たち以外はいない。
心優しい老人スタッフたちは、それでも客を急かしたりはしない。客が居たがれば、閉店時間を過ぎても営業を続けてくれる。
何度か閉店時間ギリギリに来て食事をしていたため、身を持って知っていた。いついかなる場合においても、ここの従業員は常に客を優しく出迎え、接してくれるのだ。
だからと言って、好意に甘えるつもりはなかった。話すべき事案はほとんど終わっているし、これ以上粘る必要がないからだ。
松島和葉も同意見のようで、見ればすでに席から立とうとしている。
「では、近々ご連絡があるのをお待ちしています。今日は有難うございました」
立ってから頭を下げると、和葉は春道が止める間もなく伝票を持って、カウンターへと向かっていった。
男が女性から奢られるのはなんだか恥ずかしかったが、これからはヒモのような生活を春道は送るのだ。
年収がそれほど多くないだけに、背に腹は変えられないのが現状だとしても、嬉しい反面やはり情けなくも思う。
結局、春道は和葉が代金を支払うのを黙って見届け、店の外で別れたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 12:14
愛すべき不思議な家族 6
喫茶店での話し合いから三日。時間は慌しすぎるほどに経過していた。
松島和葉が持ってきた婚姻届にサインをして、それを彼女が市役所に届け出た日に晴れて春道は妻帯者となった。
相手は事前の話し合いどおり、葉書で親族や友人に報告をしたみたいだが、春道は数少ない友人にはメールで、両親には電話で結婚したことを伝えた。
事後報告となってしまっただけに、両親は酷く驚いたあとで怒ったが、最終的には春道だからしょうがないで片付いてしまった。
ことさら父親は嫁の顔を見せろとうるさかったが、春道は「そのうちな」と告げただけで煙に巻いた。里帰りしてる暇はなかったし、どう考えても和葉がついてきてくれるわけがない。
とはいえ、いつまでも息子の嫁が正体不明では両親も困るかもしれないので、後でデジタルカメラで和葉を撮影したのを、プリントアウトして送ってやろうと思っていた。そのぐらいなら和葉も協力してくれるはずだ。
結婚式等を行ったりもしないので、それほど春道の周辺が騒がしくなったりはしなかった。親しい友人たちと数回メールのやりとりをしたぐらいだ。
それでもするべきことだけはたくさんあった。様々な書類の変更手続きがもっとも面倒で手間がかかった。
そして今日、いよいよ引越しの決行となったのである。
荷物は必要なもの以外は捨てたり、親友にあげたりしたため、春道ひとりでも全然大丈夫な量だった。
それでも自分の車で運ぶにはキツかったので、軽トラックをレンタルしてきた。中ぐらいの大きさのダンボールで、わずか十個程度だったため、一回で全部を荷台に乗せられた。
松島家に着くと、不干渉を宣言しながらも手伝ってくれるつもりだったらしく、動きやすそうな服装の和葉が家から出てきた。
たまたま今日は日曜日だったので、学校が休みの松島葉月も母親より先に玄関から外に飛び出してきていた。
春道が和葉と入籍したので、戸籍上は本当の娘になっている。
まだ童貞だっていうのに、いきなり子持ちになってしまうなんてな。まるでドラマのごとき展開に巻き込まれた自分自身に、春道は信じられない気分で苦笑した。
「今日からパパも一緒に住むんだよね」
軽トラックの運転席から降りたばかりの春道に、人懐っこい笑顔を浮かべた葉月が走り寄ってきた。
「ああ。よろしくな」
子供と接する機会が極端に少なかっただけに、どういうふうにしたらいいかわからず、普通に友人と話すような口調になってしまう。
「ほら、葉月。パパの邪魔をしたら駄目よ」
念願の父親が家に来た嬉しさからか、早速まとわりつきだした葉月を、母親である和葉が制した。
実際その行動は有難かった。あのままでは、娘となった少女の相手をするだけで日が暮れてしまう。
「葉月もパパを手伝うのー」
子供らしく手足をジタバタさせて、唇を尖らせる。どうやら仲間外れにされるとでも思ってるらしい。
「俺なら大丈夫だ。せっかくの休日なんだから、友達とでも遊んでくるといい」
時刻は午前十一時まであと少し。丁度子供たちが元気に遊びまわってる頃だ。
もっとも春道の子供時代とは違い、現代の子供たちは外に出て遊ぶ機会が減ってるようだった。学歴社会において有利に生きさせるために、親たちは競い合うように幼少時代から我が子を塾に通わせる。
勉強漬けのストレスを解消するために、子供たちが好んで使用するのがゲーム機だ。時代の進歩とともに、ひとりでも充分に遊べる環境がそこかしこにあった。
ゲームのプログラムの仕事も、たまには請け負う春道からすれば好ましい事態かもしれないが、やはりどことなく寂しさを覚えてしまう。
「ヤだ。今日はパパとずっと一緒にいるの」
娘となった少女がどういうタイプかは知らないが、とりあえず春道の遊んでこい指令は即座に却下されてしまった。
「葉月、パパを困らせないって、昨日ママと約束したでしょう」
「だってぇ」
母親にたしなめられ、葉月がシュンとする。多少はかわいそうな気がしないでもないが、和葉とは必要以上にお互いのプライベートに干渉しないと取り決めてある。
相手のプライベートには娘のことも含まれてると考えて間違いないため、春道がここでとやかく言うべきではない。
春道が荷物を降ろしてるあいだ、母親が娘の説得を必死に続けていた。向こうとしても、娘が春道にべったりまとわりつくのは避けたいのだろう。
何せ春道がへそを曲げて結婚生活を止めると言い出せば、これまでの和葉の苦労は水の泡になる。しかも事前に春道は子供の相手が苦手だと告げているのだ。こちらに気を遣って、娘の説得をしてるのは明らかだった。
やがて渋々ではあるものの、葉月は母親の言葉に頷いた。名残惜しそうにしながらも、遊びに行ってくると告げて、自宅前からどこかへ走り去っていった。
田舎町だけに、遊ぶスペースはいたる所に存在している。公園の数も都会よりずっと多い。バスケットのゴールやボールも、ほとんどの公園に設置されている。
昔に比べれば外で遊ぶ子供たちはずっと少なくなっており、宝の持ち腐れだと近所の中年親父が以前に愚痴ってたのを思い出した。
邪魔者と言えば失礼だが、作業を遅らせる存在がいなくなったので、引越しは順調すぎるほどに進んだ。松島和葉も手伝ってくれ、瞬く間に春道の荷物は二階に運び込まれた。
「食事は冷蔵庫に毎食分入れておきますので、お好きな時間に召し上がってください。もちろん食べなくても結構です」
基本的に二階だけでも生活できる環境なため、細かい部分は春道に任せられた。
「では、何か用があれば呼んで下さい」
そう言って、松島和葉は階段を下りていく。運ぶまでは手伝うが、そこから先はご自由にどうぞと言わんばかりである。
資料整理とかもあるので、手間はかかるが以降はひとりでやる方が何かと都合がいい。気を遣ってくれたのか、干渉したくなかったのかは不明だが、ひとりになれたのは正直有難かった。
昔から食事等もひとりのケースが多かったので、各種色々と揃っている二階の生活環境は充分に満足できるレベルだった。これなら松島家の人間とは、必要以上に関わらない生活も可能だ。
廊下を見渡せば、隅に洗濯物入れと書かれた少し大きめのカゴが置かれていた。恐らくあのスペースを利用して、洗濯物の受け渡しをするつもりなのだ。
汚れた衣服をカゴに入れておけば、いつかはわからないが松島和葉が下へ持っていき、自分たちのを洗うついでに春道のもやってくれるのだろう。
元々洗濯機は所持してなく、もっぱら近くのコインランドリーを使用してた春道にとっては嬉しい限りだった。さすがに下着類は自分で洗おうかとも考えたが、今さら格好つけても仕方ないのでパンツ等も遠慮なく洗濯してもらうことにする。
そう言えば、友人たちが大人の本を買う時にレジが若い女性だと、購入を躊躇ったりするケースがあるらしいのだが、春道の場合はそういったシチュエーションで憂慮した経験はなかった。
目的の物が見つかれば相手がどんなタイプであれ、平然とレジまで持っていく。そんな性格だけに大人の本を買っても、友人たちみたいに色々と隠したりはせず、堂々と部屋の本棚に並べていた。
知り合いは口を揃えて春道を強者と称したが、そんな自覚は何ひとつなかった。強いて言うなら、友人たちみたいに隠し場所について等、悩んだりするのが面倒くさかっただけなのである。
春道とて羞恥心のひとつやふたつ程度は持っている。それを滅多に表にださないだけだった。
恥ずかしい感情よりも、パンツを和葉に洗ってもらった方が春道にはメリットが多いと踏んだのだ。
「さて、これからの生活について考えるまえに、まずは荷物を片してしまうか」
松島家の二階には個室がふたつ存在していたので、ひとつを仕事部屋に。もうひとつを私室兼寝室として使用することに決めた。
これまで住んでいた、ひと部屋だけの狭いボロアパートと比較すれば、まさに天と地ほどの待遇の差だった。将来の経歴に離婚歴をつける代償とはいえ、ここまで至れり尽くせりでいいのかとも思う。
松島和葉からの要望は一緒に住んでほしいというだけで、別に熱心に父親役を演じてくれと頼まれたりもしてない。むしろ関わってほしくなさそうな感じだった。
娘があまりにも駄々をこねるので、仕方なしに春道と結婚するなんて荒業を考えたに違いない。娘が父親を必要としていても、彼女はまったく必要としてなさそうだったからだ。
和葉が春道に必要以上に干渉しなくていいと言ったのは、少しでも早く娘に父親への興味をなくしてもらいたいからではないだろうか。父親が同居してても、以前の生活と何ら変わらないと実感すれば、やっぱり父親なんていらないと葉月が思う可能性もある。
そうすれば即座に父親役の春道は不要になり、再び母娘ふたりきりの平和な生活に戻れる。春道と葉月に仲良くなってほしくない。それが松島和葉の本音かもしれない。
人懐っこい娘とは対照的に、母親は人を寄せつけないオーラを常に発してる感じだった。あくまで春道の推測にすぎないが、当たってる自信はある。
だからと言って、この恵まれた生活を一日でも長く続けるために、松島和葉のご機嫌を進んでとろうとは思わなかった。
契約が予定よりずっと早く終わっても、春道自身には何の文句もなかった。我侭を言わなければ、家賃の安いアパートなどいくらでもある。
最初から本気の結婚ではないだけに、最悪のパターンをすでに複数は想定していた。追い出されたら追い出されたで、短いホテル暮らしが楽しめたと思えばいいだけなのである。
とにかく新しい環境は、仕事をするにあたっては最適である。この状況が継続されてるうちに、ひとつでも多くの仕事を完成させて金を稼ぎたかった。
ダンボールを開け、持ってきた私物を取り出すが、ほとんどはパソコン関連で占められていた。
書斎と決めた部屋に、組み立て式のデスクセットを運び、電動ドライバーで形にしていく。多少面倒ではあるものの、組み立て式は簡単に分解と復元ができるので、こういった引越し時には便利である。
同じく組み立て式の木製の本棚を完成させ、三段式の本棚を横にして床に置き、その上に同じタイプの本棚をさらにふたつ重ねる。
これで持ってきた書類はあらかた収納するメドがついた。続いて、仕事道具となるデスクトップパソコンを机の上に設置する。ノートパソコンも持ってはいるが、自宅での仕事では主にデスクトップを使う。特に理由はないが、以前からそうしている。
事前に松島和葉に職種を説明していたので、本来はネット環境がなかった松島家でもつい先日、ネット回線が開通していた。
ファイルの整頓も終わり、一応仕事ができる状態にはなった。残りの荷物は布団等なので、私室に決めた部屋へ行って布団を敷く。幼少時から寝相が悪い春道は、ベッドだと夜中に床へ落ちてしまうため、常に布団を愛用していた。
それに仕事時間が不規則なため、いつでも睡眠がとれるように布団は常に敷きっ放しである。
人並みにテレビを見たりゲームもするので、持ってきたそれらの機器を私室に並べて、春道の引越し作業はほぼ完了した。
午前中から始めたはずが、すでに外は日が傾きだしていた。松島葉月が二階に上がってくる気配が一切なかったので、まだ外で遊んでるのか、もしくは母親である和葉が制止してるかである。
昼食もとらずに結構な重労働をこなしたため、先ほどからしつこく腹の虫が鳴いている。松島和葉に言えばすぐにでも食事を用意してくれるだろうが、春道にはまだやらなければならないことが残っていた。
軽トラックのキーを片手に階段を下りる。突き当りがすぐ出入口なので、誰かに気づかれたりはしなかった。玄関に並んでる靴を見ると、葉月はもう帰宅してるようだ。
車に乗り込み、エンジンをかけてからアクセルを踏む。レンタカー屋に、この軽トラックを返しに行かなければならない。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 12:15
愛すべき不思議な家族 6
無事に軽トラックの返却を終えたあと、徒歩で旧自宅となったボロアパートへ戻り、駐車場に停めてある自分の車へ近づく。
自慢の愛車は黒のソアラだった。昔見た漫画でその存在を知り、実物を見た瞬間にひと目で気に入った。
少ない年収の中で必死にやりくりをして、分不相応にも購入してしまったのだ。もちろん中古だが、比較的新しい年度のを選んだので、かなり値が張った。
しかもローンを組んだのはいいが、二年なんて短い期間にしたおかげで、支払いはかなり大変だった。現在ではローンも払い終えてるのでその点は大丈夫だが、問題は維持費と燃費の悪さだ。
もっとも燃費なんぞを気にするようなら、スポーツカーに乗るなと言われるのがオチである。
松島家では自家用車を所持していなかったので、自宅前の駐車スペースは春道が自由に使っていいと和葉から言われていた。
通常の車より少しだけうるさいマフラー音を轟かせて新居前に到着する。駐車スペースに車を停めていると、玄関から松島葉月が飛び出してきた。まるで午前中のVTRを見てるかのごとき光景に、春道は思わず苦笑する。
駐車を終えて運転席から降りると、すぐに娘となった少女が駆け寄ってくる。
「パパ、お帰り。もうすぐ晩御飯だよ」
朝と変わらない無邪気な笑顔だった。
「いや、悪いけど俺は仕事があるから」
基本的にずっとひとりで食事してきた春道にとって、他人と一緒に食卓を囲むのは違和感があると同時にプレッシャーでもあった。
今夜もひとりで食事をしようと思って、途中コンビニへ寄って弁当を買ってきていた。
「……そんなにお仕事、忙しいの?」
一緒に夕食をとるのを、心から楽しみにしていたのかもしれない。少女の目はみるみるうちに涙ぐみ、口調も不安定になっていく。
だから子供は苦手なんだよ。心の中で呟いた春道が、どうやって葉月をなだめようか考えてると、ベストタイミングで母親の和葉も外へ出てきた。
娘と春道のあいだに漂う雰囲気から事情を察知したのか、一直線に娘へ近寄って声をかける。
「あまり無理なお願いをしては駄目よ」
春道に対する時と違い、諭すような口調の中にもどこか優しさが感じられる。
「だって葉月、パパとせっかくお食事ができると思って……」
すっかり半泣きの葉月の頭を撫で、慣れた様子で和葉は娘を落ち着かせていく。この状況を無視するわけにもいかず、ボーっと春道はその光景を見てるだけだった。
「パパはお仕事が忙しい人なのって、ちゃんとママは葉月に教えておいたでしょう」
「うん……」
涙を母親に拭いてもらった葉月が、春道の方を向いて「ごめんなさい」と謝ってきた。どうやら一緒に食事をするのは諦めてくれたらしかった。
「お仕事頑張ってね」
「あ、ああ……」
多少の罪悪感に襲われながらも玄関で靴を脱ぐと、真っ直ぐ春道は二階へ向かったのだった
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 12:16
愛すべき不思議な家族 7
目を開けると、薄暗い室内だけが春道にお早うと告げてくれた。
朝に眠る機会も多いので、私室の窓にはすべて真っ黒なカーテンをかけている。
新たな住居となった松島家の二階の部屋は、どちらも超がつくぐらい日当たりが良かった。高さのある建造物が少ない田舎物件の特権とも言えるが、その中でもここは群を抜いて素晴らしい。松島母娘も良い物件に当たったものである。
しかし、仕事中は日光の爽やかさが心をリフレッシュさせてくれるケースがあっても、こと睡眠中に関すると話は別である。徹夜明けで疲れていても、燦々と頬に日光が当たり続ければ、ぐっすり眠るのは至難の業だ。
幸い、前のアパートでも使っていたカーテンが、こちらでもそのまま使えたので早速重宝してる。
布団から上半身を起こし、枕元に置いてある時計を見ると、すでに正午を過ぎていた。この時間であれば、今は家に誰もいないはずである。
松島和葉は市内にある大手小売店で、総務の仕事をしていると教えられた。一部上場企業の地方店で、若いながらも課長の肩書きを持ってるらしかった。春道にあれだけの好条件を出せるくらいなのだから、給料も結構な額を貰ってるはずである。
娘の松島葉月は地元の小学校へ行っている。五、六歳程度だと思っていたら、実は小学二年生で七歳なのだと言う。今年十二月に誕生日を迎えれば八歳だそうだ。
これらの情報も、すべて松島和葉から得たものである。丁度、二階に洗濯物がないか見に来た彼女とばったり遭遇し、夕食を共にとれなかったのを謝るついでに春道から質問したのだ。
ちなみに食事に関しては、別に一緒にする必要はないと言われた。気が楽になると同時に、春道は和葉に好かれてない事実を再認識させられたのだった。
起床した春道は、脳を少しでも働かせるために洗面所で顔を洗う。元々二世帯住宅として作られた家だけに、一階とは別に二階にも洗面所やトイレがある。特別な用事がない限りは、わざわざ一階に足を運ぶ必要はない。
洗顔と歯磨きを終えてサッパリすると、次は俺たちの番だとばかりに腹がぐーっと大きな音を立てた。
仕事がひと段落して、眠ったのが今朝の五時過ぎ。夜食として、仕事をしながらスナック菓子を食いまくったりしたのだが、それでも胃袋は今日も元気に餌を催促してくる。
何気なく二階の廊下に置いてある小型冷蔵庫を開くと、中にはラップに包まれたお盆が入っていた。
取り出してみると、おかずが一式乗っている。どうやら春道が仕事をしてるあいだに、和葉が作って入れておいてくれたらしい。食事の乗ったお盆はみっつあり、朝昼晩の分が一気に用意されていた。
昔なら冷えたまま食べなくてはいけなかったご飯も、今では文明の力で一分も待てば温かくできる。春道はお盆のひとつを冷蔵庫から取り出し、私室へと戻った。
私室にある電子レンジでメニューに温かみを復活させてから、少し遅めの朝食にする。
松島和葉の手料理は初めて食べたが、相当な腕で、小さな定食屋ぐらいなら営業できそうな味である。あっという間に、春道は朝食に選んだメニューを平らげてしまった。春道が男性なのも考慮して、量は多めに用意されていたので充分に満足できた。
腹も膨れたら、あとは仕事にとりかかるだけである。空になった容器が乗ったお盆に再びラップを戻して、冷蔵庫の横に置いておく。空になった茶碗等を冷蔵庫にしまうのも変だったし、こうしておけば和葉も片付けやすいかと思ったのだ。
仕事部屋へと入り、パソコンと向かい合う。電源を入れて、起動するのを待つあいだ、春道は自分自身をまるで引きこもりみたいだなと思っていた。
仕事の性質もあるが、二階からほとんど降りたりせず、食事や洗濯は和葉がやってくれる。そういう約束なのだから、引け目を感じたりはしてなかった。
ただし近所の人間からは、そのうち駄目亭主とか言われだすのはほぼ間違いない。シーンを想像して、春道はまたひとり苦笑いを浮かべるのだった。
人間、本気でひとつの物事に集中すると時間を忘れてしまうものである。今現在の春道がいい例だった。
いい加減にしろよと、腹の虫に怒鳴られてキーボードから手を離せば、すでに午後の十時をまわっていた。
仕事部屋を出ると、昼に置いておいた容器は変わらず廊下に存在していた。松島和葉まだ二階へ上がってきてないようだ。
もしかして毎日朝にまとめて作って、ついでに容器もさげるのだろうか。だとしたら、春道ひとりでずいぶんな量の皿や茶碗を使うことになる。
もっとも百円ショップで簡単に揃えられる今の時代、それほど費用はかさんだりしない。
春道は冷蔵庫から、本日ふたつ目のお盆を取り出す。冷凍食品もあるが、手作りもきちんとあって、しかもほとんどのメニューは被っていない。春道も自炊経験者だけに、素直に感心した。
見れば、もうひとつのお盆に乗ってるおかずもほとんど同じものがない。さすがに一品や二品はあるが、それでもかなりの気の遣いようである。何せひとつのお盆には、白米が入った茶碗の他に五品程度のおかずが用意されてるのだ。
自炊少々、コンビニ弁当多数の日々を送ってきた春道からすれば充分すぎるほどだった。日中と同じように私室で電子レンジを使ってから、お盆と一緒に用意されていた箸を使って食事をする。
箸はデザインのない真っ黒な色だけのタイプで、すべて同じ箸がお盆とセットになっていた。家族のと区分するために、松島和葉がこの箸を春道用に選んだのだろう。
相変わらず味は抜群で、前回同様に幸せなひと時を堪能させてもらった。空になった食器は昼の残骸の横に並べておく。
「次は風呂か……」
ここで春道は考えた。松島家にも風呂はあるが、銭湯に慣れているだけにどちらを利用しようか迷ったのだ。しかしすぐに疲れをとるには、大きな浴槽でゆっくり湯に浸かるに限ると判断する。
女家族の松島家だけに、男の春道には使われるのは嫌かもしれないし、銭湯は幸いにして午後の十一時まで営業している。急いで向かえばギリギリなんとかなりそうだ。
「よし、決めた」
春道は私室に戻り、風呂道具を持って部屋から出た。下に降りてチラリとリビングを見ると、電気はついていなかった。
玄関には葉月の靴はあっても、和葉の靴はない、もしかしてまだ会社から帰宅してないのだろうか。
考え込みそうになったところで、ハッと春道は我に返った。今はそんなことを考えてる場合じゃなかったと気づいたのだ。急がないと銭湯が閉まってしまう。
鍵を開けて外に出ると、事前に預けられていた合鍵を使って、しっかりと戸締りをする。小さな少女ひとりしかいないのに、玄関のドアをフリーパスにしていくほど春道もアホではなかった。
閉店時刻が迫りつつあったので、烏の行水になってしまった。それでも足をゆっくりと伸ばして浴槽に浸かったおかげで、かなりの体力を回復できた。
濡れた髪を夜風になびかせながら家路につく。冬場だと間違いなく風邪をひいただろうが、幸いにして季節は緩やかに夏へ進んでる最中である。ドライヤーの代わりになってくれるし、火照った肌を程好く冷ましてくれる。
家に到着する頃にはあらかた乾いていたが、念のために私室でドライヤーを使うことにする。合鍵を使ってドラを開けると、そこにはまだ松島和葉の靴はなかった。
地方店とはいえ、大手企業の管理職。担当する業務と責任は、想像以上に凄いのかもしれない。フリープログラマーなんて仕事をしてる春道には、あまりの縁のない状況や感情だった。
意外なのは娘命みたいに見えていた和葉が、平気――じゃないかもしれないが、葉月をひとりぼっちにさせてる現状である。
春道の勝手な想像では、毎日きちんと定時で帰宅して、温かな手料理を振る舞いながら明るく一日の報告をしあってるとばかり思っていた。
舞台となるべきリビングは今も明かりがなく、暗闇と静寂に包まれている。物音が一切しないところを見ると、葉月はもう自室で眠ってるのかもしれない。
似てるな。靴も脱がずに玄関で立ち尽くしてる春道は、ふと己の幼少時代を思い出した。
実家は決して裕福ではなかった。そのせいで春道が小さい頃から、両親は共働きで夜遅くまで必死に仕事をしていた。
二十代後半にもなった現在なら大変さも理解できるが、当時はとても悲しく、切なかった記憶しか残ってない。
生まれ育った実家はボロアパートで、リビングなんて上等な空間はなかった。両親と一緒に寝てる部屋で、電気もつけずに早い時間から布団にこもっていた。
両親が常に一緒だった人間からは羨ましがられるかもしれない。テレビのチャンネル争いなんて存在せず、夜更かしをしても、宿題をしなくても誰にも注意されない。
一部の人間から見れば、まさに幸せの極致だろう。だが当事者たる高木春道少年は、微塵もそんな考えを持ってなかった。
好きなテレビアニメを見ても妙に楽しくなく、ひとりで座る食卓は無意味に広かった。それはとても無慈悲で、まるで君は陸の孤島に住む唯一の人間なんだよと宣告されてるみたいだった。
冷めたままのご飯を食べ、宿題をすませたら、とりたててすることもないのでひたすらボーっとしている。そんな小学生時代を終えて、中学生になると両親からプレゼントだとパソコンを与えられた。
その頃になっても経済力はあまり変わってなく、両親は相変わらず共働きだった。
罪滅ぼしの意識でもあったのか、パソコンに遊び相手をしてもらえということだったのか。意図は未だにわからないが、両親が知り合いから譲ってもらったパソコンが春道の大親友となってくれた。
パソコンとプログラムの楽しさにハマり、高校生になればバイトをして、新たなハードやソフトウェアを購入した。
こうした学生時代を通過して、今の高木春道という人間が形成された。
友人はいないわけではないがそれほど多くなく、人付き合いはあまり得意ではない。だからこそあまり人と顔をあわせなくてすむ、在宅でのプログラマーなんて職業に落ち着いたのだ。
他人の目からは寂しい人生に見えるかもしれないが、後悔はしていない。天職だと思える職業に出会え、ご飯も食べれるだけの収入もあるのだ。もっとも今現在はイケメンホストよろしく、ヒモ同然の生活をしているが。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 12:17
愛すべき不思議な家族 7
とその時、唐突に背後で物音がした。驚いて振り向くと、松島和葉がようやく帰宅をしたようだった。
「どうしたんですか、こんなところで」
春道とは違い、さして驚きもせずに和葉が声をかけてきた。
返事をするまえに、春道が持っていた風呂道具を見て、なるほどと頷く。
「銭湯に行ってきたのですね」
何故、家風呂を使わなかったのかとは聞かれなかった。お互い不干渉を約束しているからか、単に興味がないだけなのか。
恐らく後者だろうなと春道は思った。松島和葉という女性は、とても綺麗なのだがどこか冷めた目をしている。今風に言えば、クールビューティとでも形容するべきか。とにかく、並の男では近寄れない雰囲気を漂わせている。
春道にしても、向こうから声をかけられてなかったら、とてもこうして会話ができる関係にはなれなかっただろう。通常とは違う特殊な関係ではあるものの、一応は夫婦なのだ。
「今、仕事の帰り?」
答えはわかりきっていたが、なんとなしに聞いてみる。
「ええ、そうです」
「いつもこんなに遅いんだ」
「早めに帰宅できる場合もありますが、基本的に遅番という夜のシフトをこなす機会が多いです」
別に答える理由はないのだが、質問に対して松島和葉は丁寧な答えを返してくれた。
「じゃあ、あの子はいつもひとりで?」
「葉月ですか? そうですね、今日みたいなケースではそうなりますね。でもきちんと夕食は朝のうちに作って冷蔵庫に入れてありますので、心配はないと思います」
なるほどと春道は頷いた。要するに春道に食事を提供してくれるパターンと一緒なのだ。
「……子供は苦手だと伺ってましたが」
「え? ああ、苦手だ。嘘を言った覚えはない。それがどうかした」
「いえ、葉月を心配してくださってるような発言でしたので」
「それで本当は子供好きなんじゃないかって思ったのか」
「そこまでは……ただ何となく気になったものですから」
「その台詞のとおりだ」
春道がそう言うと、松島和葉は「え?」と顔にハテナマークを浮かべた。
「俺も小さい頃は両親の帰りが遅くてね。いつもひとりきりで飯を食ってたんだ。当時の俺になんとなく状況が似てる気がしてさ。それでさっきの言葉どおり、何となく気になっただけだ」
和葉は春道の答えに、素直に納得してくれたようだった。
「あの……」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
不意に松島和葉が顔を俯かせ、玄関に沈黙が舞い降りた。気まずくなった春道は部屋に戻って仕事をすると告げて、やや急いで靴を脱いで二階に上がっていく。
その途中で頑張ってくださいと、和葉の小さな声が春道の背中に届いてきたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 13:58
愛すべき不思議な家族 8
そして気づけばまた朝がやってきていた。
いや、すでに昨日同様、春道が目覚めた頃には朝と呼べる時間帯はとっくに通り過ぎていた。
洗顔を終えて冷蔵庫の中を覗くと、きちんと三食分のお盆が新たに投入されていた。
夜食にみっつめのセットを平らげ、廊下に置いてた食器もすべて片付けられていた。遅番が多いシフトだと言ってただけに、朝は比較的時間があるのかもしれない。
と言っても春道が目覚めた時には、すでに松島和葉は出勤してしまっている。
今日の仕事を開始する前に、まずはお盆のひとつを冷蔵庫から取り出して、私室にて腹ごしらえをする。
いくら胃腸が頑丈にできてるとはいえ、起きたてはやはりサッパリ系が好ましい。メニューを見比べた春道が朝食――というか昼食に選んだのは、野菜炒めがメインのセットだった。
一緒についている煮物や、ワカメとじゃがいもの味噌汁も実に美味である。料理下手な春道には難しい品目だけに、こうして食べられるのはラッキーだった。
松島和葉はもの凄い女性だと、改めて春道は実感した。食事の用意はもちろんながら、二階の洗面所やトイレ等も毎日きちんと掃除してるようだった。家でもこの調子なら、きっと会社でも手を抜いたりせずに、一生懸命仕事をしてるに違いない。
尊敬すると同時に、少し頑張りすぎなのではないかとも思った。春道の世話をする条件で、結婚の話を受けたのだから当然の待遇ではあるものの、これでは和葉自身のプライベートな時間などとても持てない。
春道の場合は好きな仕事だし、疲れれば多少の休憩時間をとって私室でゲームをしたりする。うまくストレスを発散させながら日々をこなしていた。
しかし和葉の場合は――。
そこまで考えたところで、春道は首を左右に振った。明らかに松島和葉は、自分たちの生活に深く干渉されるのを望んでいない。それは春道も同じである。
となれば、あれこれ考えたりするのは時間の無駄。相手方にとっても大きなお世話だろう。春道はこのテーマの思考をストップさせ、食事を平らげたあとは即座に仕事モードへ頭を切り替えるのだった。
そんな生活が一週間ほど続いた。
環境はまさにお手伝いさん付きのひとり暮らしで、快適なことこの上なかった。おかげで予定よりも早く仕事が完成し、ついさっきメールでクライアントに送ったところだった。これで早ければ明日にでも、報酬の百万円が振り込まれてるはずだ。
今回は報酬が高いぶん、納期もかなり厳しかった。それでもなんとかなったのは、松島和葉のおかげである。
いたれりつくせりの生活だっただけに、仕事にだけ集中してればよかったのだ。結果、引越し前と比べると倍の速度で作業を進行できた。
事前の約束どおり、小遣いとして五万円がすでに手渡しで和葉から支給されていた。食料を調達するわけでもないので、充分すぎる額だ。結局一万円だけを手元に残し、四万円は自分の口座へと振り込んだ。
車のローンも終わってるだけに、月々の支払いと言えば携帯電話の料金ぐらいだ。ネットの接続費用なんかも和葉が負担してくれてるので、この調子でいけば貯金が増える一方である。
幸いにして仕事は順調。程好く依頼がきてるので、無理をせずに処理できそうだった。
母親である和葉が厳しく言ってくれてるのか、娘の葉月が二階に上がってくることもなかった。当初はまとわりつかれまくって仕事にならないんじゃないかと危惧してただけに、これもまた春道にとっては有難かった。
春道が二階から下りるのは、閉店ギリギリに銭湯へ行ったりなどに限られるため、引っ越してきた当日以降、葉月とは顔をあわせていない。
加えて和葉の帰りが連日遅いため、いつもひとりで夕食をとってるようだった。
家の出入口をくぐるとすぐに階段があり、上った突き当りが仕事部屋である。なので仕事に没頭してる時は気づけないが、それ以外の場合は葉月の帰宅に気づくことができる。数日ほど鍵の開く音が聞こえた経験があった。
それはほとんど同じ時間帯で、常に葉月ひとりだけだった。以降はリビングに少し滞在したあと、自室にこもるようである。
ますます自分に似てるなと春道は思った。
小学校時代の春道はほとんど友達がおらず、よくひとりで行動してたのを覚えてる。中学生からはなくなったが、小学生当時は何かと病弱で心身ともに弱かったのだ。おかげでいじめられ、だいぶ辛い思いをしたのを覚えている。
元いじめられっ子の勘は今でも有効で、松島葉月に対しては陽性反応を示していた。クラスの中で孤立し、母親はほとんど家にいない。悲しみも苦しみも自分ひとりで背負うしかないが、十歳にも満たない子供――しかも女の子にはシビアすぎる。
直視するのも嫌な現実から、なんとか助けてもらいたくて父親の存在を欲する。丁度その後、偶然にも母親から教えられていた父親の姿を発見する。
滅多にお目にかかれる展開ではないが、ドラマの撮影だとすればベタである。恐らく春道の推測は合ってるだろう。
だとしたら、松島葉月の現状はあまりに不憫だった。正式に血が繋がってないとはいえ、ようやく見つけた父親とのコミュニケーションは禁じられてるも同然。同居人数が増えただけで、とりまく状況は何も変わらない。
顔を見るたびに明るく振舞っていた少女も、さすがに精神的に追いつめられて絶望してるに違いない。
しかしそれがわかったとしても、手助けをしてやるかどうかは別問題だ。松島和葉の立場からすれば、娘が父親に失望し、嫌ってくれるのこそ理想なはずだ。
料理や洗濯の手間が一気に楽になるし、何円と待たずに離婚もできる。まさに一石二鳥に他ならない。
相手の狙いに予想がついてる以上、春道が葉月のためであったとしても、親しくするのを和葉が嫌うかもしれない。悩んだ末に導き出した結論は、このまま様子を見ることだった。
食事を終えて満腹になったところで、春道は私室内の壁にもたれかかって大きく伸びをする。納期の迫った仕事は終わったため、昨日までみたいに必死こいてパソコンのモニターとにらめっこする必要はなくなった。
これで撮りためていたDVDや、買いためていた小説を心置きなく楽しめる。酒は付き合い程度にか飲めないので、真昼間から酔っ払おうとは思わない。DVDを見ながら喉を潤す飲料は、ミルクティーやアイスココア等である。
実は春道は、一般的な女性と張り合えるぐらいの大の甘党だった。以前に間食でないおやつを連日食べまくり、体重が困った状態になってしまってからは多少控えているが、やはり本能の欲求には逆らえない。
ちなみに甘い食物を容赦なくとっていた当時の体重は、少なく見積もっても今より十キロは重かった。
アイスココアとスナック菓子をお供にしながら、DVD観賞を始めようとした春道だったが、ここで思わぬアクシデントに襲われてしまう。
なんとココアも紅茶もコーヒーも切らしてしまっていたのだ。飲みものを自ら作ったりせず、自動販売機等から調達してる春道ならではの失態だった。
そう言えばストックがなくなりそうだから、あとで買いに行かなければと思っていたのだ。ハッとして春道は、菓子類の置き場所も確かめてみる。
「スナック菓子類も底をついてたのか」
納期に追われてたとはいえ、少し間抜けな話である。忘れたりしてなければ、銭湯の帰りにでもコンビニへ寄っていた。
田舎町ではあるが、少し歩けばコンビニ程度は存在する。田舎らしく全国チェーン店ではないし、二十四時間営業はしていない。大手コンビニと比較すれば格段に品揃えは劣るが、ジュースと菓子はそれなりに売っている。
後悔先に立たずなんて言葉があるとおり、今さら騒いだところでどうにもならない。ここはおとなしく買物に出かけるしかない。
意を決してと表現するほど大袈裟な行動はないが、とりあえず春道は外行き用の服に着替えてから階段を下りた。
「ん?」
階段の突き当たり、玄関に丸められたメモ用紙みたいなのが落ちている。拾い上げると、春道は中身を見る。
「……さすがは小学生だな」
メモ用紙は握り潰されたみたいにクシャクシャだったが、ボールペンで書かれてる文字はしっかりと認識できた。
――父なき子。嘘は泥棒の始まり。
字が汚いのを見ると、恐らくクラスの中心的児童が葉月に対して行ったいじめだろう。ボキャブラリーのなさが小学生らしさ全開だ。
すでに大人になってる春道だからこそ、こういった悪意の文章を見ても何とも思わないが、体だけじゃなく心もまだ幼い当事者の少女にとっては話も変わってくる。
父親がいないのをからかわれた葉月が反論。しかし父親になったばかりの春道は、家からほとんど外出しないため正体不明。なおかつ松島和葉はご近所さんに、結婚の報告等は別段してなかったようである。
町内で取り決められた事項にはきちんと従いそうだが、進んで近所付き合いをしたがるタイプではない。
結果、松島家は孤立した存在になり、噂話が好きな田舎のおば様方は、勝手な推測に基づいて松島家の内情をあれこれと話し合う。
いつしか子供たちの耳にも入り、立派ないじめの土台が完成する。この方式にも困ったものだが、そのおば様方に真実でも話そうものなら、事態はさらに悪化すること間違いなしである。
やれやれ、どうしたものか。ため息をついたところで春道はハッとする。松島母娘に関しては先ほど様子見を決めたばかりなのに、早速決定に反して少女の身を案じてる自分がいたからだ。
よくよく見れば、玄関には春道の革靴の他に、女の子らしい小さな靴があった。
時刻はまだ正午過ぎ。帰宅するには早すぎる。もしかしたら学校が嫌で、仮病を使って
逃げ出してきたのかもしれない。
そんなことを思っていると、不意にリビングのドアがガチャリと開いた。持ってたメモ紙を、慌てて春道はジーンズのポケットにしまいこむ。
「あ、パパだー」
しょげている風だった表情がパッと明るく輝く。リビングから姿を現したのは、一応春道の娘でもある松島葉月だった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 13:59
愛すべき不思議な家族 8
トコトコと近づいてきて笑顔を見せるが、大きめで愛らしい目が充血していた。さっきまで彼女がどんな状態だったかは容易に想像がつく。
「パパのお仕事って大変なんだね。いつもお部屋にいるんだもん」
久しぶりに会えて嬉しいのか、少女は春道の右手を両手でギュッと握り締めながら会話を続ける。その仕草は、まるでひとりぼっちにしないでほしいと心の底から叫んでるようだった。
なまじ学校でいじめられてるのを知ってしまっただけに、なんて言葉をかけてやればいいのかわからない。
春道が無言だったので機嫌を悪くさせてしまったと勘違いしたのか、相手の表情が曇る。
「大丈夫だよ。葉月、絶対パパのお仕事の邪魔をしないから。ママにも言われてるし」
笑顔がどことなく翳っていく。口では強がってもまだ子供。ひとりきりで家にいるのは寂しいに決まっている。
今でこそ他人と深く関わるのは面倒くさがる春道だが、幼い頃は誰かに構ってほしくてたまらなかった。だからこそ、松島葉月の気持ちがよくわかる。
だが娘の与り知らぬところでとはいえ、春道は和葉と互いのプライベートには深く干渉しないと約束している。残酷かもしれないが、これはあくまで松島母娘の問題なのだ。
「ごめんなさい。葉月、もうお部屋に戻るから、パパもお仕事頑張ってね」
そうしてひとりで部屋にこもって、一体何をするのだろうか。宿題か、それとも寂しさの中で学校でのいじめを思い出して、誰にもわからないようにまたひとりで泣くのか。
いずれにしても、遊びたい盛りの年頃の女児とは思えない選択肢しかない。毎日帰宅してきてから外に出かけないので、友達もいないのかもしれない。
考えれば考えるほどに昔の春道に似ていた。春道の場合は中学生になって親友ができてからは、それまでのいじめられっ子人生が一変した。おかげで中学生からの想い出はまともになったが、小学生時代は未だに思い出したくもない過去のひとつである。
「今日は……学校はどうしたんだ」
春道に背を向けようとしていた、松島葉月の動きがピタリと止まる。見上げる表情は驚きに満ちていた。
ビックリしたのは春道も同感である。無意識のうちに、気づいたら目の前の少女に話しかけていたのだ。
自覚してる以上に情け深い人間だったのか。もしくは、過去の自分とそっくりな境遇の少女を放っておけなかったのか。どちらにしろ、一度話しかけてしまっただけに、もうあとにはひけない。
「今日は午前中で終わりの日だったんだよ」
案の定、嬉しそうな顔をして葉月が質問に答えた。綺麗な瞳をキラキラさせて、こちらの次の言葉を待っている。
「買物に行くんだけど、それなら一緒に来るか」
「うんっ」
瞬間、信じられないような顔をしたあとで、元気一杯に葉月が頷いたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 14:08
非常抱歉!
忘记放 愛すべき不思議な家族 7
大家原谅!
愛すべき不思議な家族 7
目を開けると、薄暗い室内だけが春道にお早うと告げてくれた。
朝に眠る機会も多いので、私室の窓にはすべて真っ黒なカーテンをかけている。
新たな住居となった松島家の二階の部屋は、どちらも超がつくぐらい日当たりが良かった。高さのある建造物が少ない田舎物件の特権とも言えるが、その中でもここは群を抜いて素晴らしい。松島母娘も良い物件に当たったものである。
しかし、仕事中は日光の爽やかさが心をリフレッシュさせてくれるケースがあっても、こと睡眠中に関すると話は別である。徹夜明けで疲れていても、燦々と頬に日光が当たり続ければ、ぐっすり眠るのは至難の業だ。
幸い、前のアパートでも使っていたカーテンが、こちらでもそのまま使えたので早速重宝してる。
布団から上半身を起こし、枕元に置いてある時計を見ると、すでに正午を過ぎていた。この時間であれば、今は家に誰もいないはずである。
松島和葉は市内にある大手小売店で、総務の仕事をしていると教えられた。一部上場企業の地方店で、若いながらも課長の肩書きを持ってるらしかった。春道にあれだけの好条件を出せるくらいなのだから、給料も結構な額を貰ってるはずである。
娘の松島葉月は地元の小学校へ行っている。五、六歳程度だと思っていたら、実は小学二年生で七歳なのだと言う。今年十二月に誕生日を迎えれば八歳だそうだ。
これらの情報も、すべて松島和葉から得たものである。丁度、二階に洗濯物がないか見に来た彼女とばったり遭遇し、夕食を共にとれなかったのを謝るついでに春道から質問したのだ。
ちなみに食事に関しては、別に一緒にする必要はないと言われた。気が楽になると同時に、春道は和葉に好かれてない事実を再認識させられたのだった。
起床した春道は、脳を少しでも働かせるために洗面所で顔を洗う。元々二世帯住宅として作られた家だけに、一階とは別に二階にも洗面所やトイレがある。特別な用事がない限りは、わざわざ一階に足を運ぶ必要はない。
洗顔と歯磨きを終えてサッパリすると、次は俺たちの番だとばかりに腹がぐーっと大きな音を立てた。
仕事がひと段落して、眠ったのが今朝の五時過ぎ。夜食として、仕事をしながらスナック菓子を食いまくったりしたのだが、それでも胃袋は今日も元気に餌を催促してくる。
何気なく二階の廊下に置いてある小型冷蔵庫を開くと、中にはラップに包まれたお盆が入っていた。
取り出してみると、おかずが一式乗っている。どうやら春道が仕事をしてるあいだに、和葉が作って入れておいてくれたらしい。食事の乗ったお盆はみっつあり、朝昼晩の分が一気に用意されていた。
昔なら冷えたまま食べなくてはいけなかったご飯も、今では文明の力で一分も待てば温かくできる。春道はお盆のひとつを冷蔵庫から取り出し、私室へと戻った。
私室にある電子レンジでメニューに温かみを復活させてから、少し遅めの朝食にする。
松島和葉の手料理は初めて食べたが、相当な腕で、小さな定食屋ぐらいなら営業できそうな味である。あっという間に、春道は朝食に選んだメニューを平らげてしまった。春道が男性なのも考慮して、量は多めに用意されていたので充分に満足できた。
腹も膨れたら、あとは仕事にとりかかるだけである。空になった容器が乗ったお盆に再びラップを戻して、冷蔵庫の横に置いておく。空になった茶碗等を冷蔵庫にしまうのも変だったし、こうしておけば和葉も片付けやすいかと思ったのだ。
仕事部屋へと入り、パソコンと向かい合う。電源を入れて、起動するのを待つあいだ、春道は自分自身をまるで引きこもりみたいだなと思っていた。
仕事の性質もあるが、二階からほとんど降りたりせず、食事や洗濯は和葉がやってくれる。そういう約束なのだから、引け目を感じたりはしてなかった。
ただし近所の人間からは、そのうち駄目亭主とか言われだすのはほぼ間違いない。シーンを想像して、春道はまたひとり苦笑いを浮かべるのだった。
人間、本気でひとつの物事に集中すると時間を忘れてしまうものである。今現在の春道がいい例だった。
いい加減にしろよと、腹の虫に怒鳴られてキーボードから手を離せば、すでに午後の十時をまわっていた。
仕事部屋を出ると、昼に置いておいた容器は変わらず廊下に存在していた。松島和葉まだ二階へ上がってきてないようだ。
もしかして毎日朝にまとめて作って、ついでに容器もさげるのだろうか。だとしたら、春道ひとりでずいぶんな量の皿や茶碗を使うことになる。
もっとも百円ショップで簡単に揃えられる今の時代、それほど費用はかさんだりしない。
春道は冷蔵庫から、本日ふたつ目のお盆を取り出す。冷凍食品もあるが、手作りもきちんとあって、しかもほとんどのメニューは被っていない。春道も自炊経験者だけに、素直に感心した。
見れば、もうひとつのお盆に乗ってるおかずもほとんど同じものがない。さすがに一品や二品はあるが、それでもかなりの気の遣いようである。何せひとつのお盆には、白米が入った茶碗の他に五品程度のおかずが用意されてるのだ。
自炊少々、コンビニ弁当多数の日々を送ってきた春道からすれば充分すぎるほどだった。日中と同じように私室で電子レンジを使ってから、お盆と一緒に用意されていた箸を使って食事をする。
箸はデザインのない真っ黒な色だけのタイプで、すべて同じ箸がお盆とセットになっていた。家族のと区分するために、松島和葉がこの箸を春道用に選んだのだろう。
相変わらず味は抜群で、前回同様に幸せなひと時を堪能させてもらった。空になった食器は昼の残骸の横に並べておく。
「次は風呂か……」
ここで春道は考えた。松島家にも風呂はあるが、銭湯に慣れているだけにどちらを利用しようか迷ったのだ。しかしすぐに疲れをとるには、大きな浴槽でゆっくり湯に浸かるに限ると判断する。
女家族の松島家だけに、男の春道には使われるのは嫌かもしれないし、銭湯は幸いにして午後の十一時まで営業している。急いで向かえばギリギリなんとかなりそうだ。
「よし、決めた」
春道は私室に戻り、風呂道具を持って部屋から出た。下に降りてチラリとリビングを見ると、電気はついていなかった。
玄関には葉月の靴はあっても、和葉の靴はない、もしかしてまだ会社から帰宅してないのだろうか。
考え込みそうになったところで、ハッと春道は我に返った。今はそんなことを考えてる場合じゃなかったと気づいたのだ。急がないと銭湯が閉まってしまう。
鍵を開けて外に出ると、事前に預けられていた合鍵を使って、しっかりと戸締りをする。小さな少女ひとりしかいないのに、玄関のドアをフリーパスにしていくほど春道もアホではなかった。
閉店時刻が迫りつつあったので、烏の行水になってしまった。それでも足をゆっくりと伸ばして浴槽に浸かったおかげで、かなりの体力を回復できた。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 14:08
愛すべき不思議な家族 7
濡れた髪を夜風になびかせながら家路につく。冬場だと間違いなく風邪をひいただろうが、幸いにして季節は緩やかに夏へ進んでる最中である。ドライヤーの代わりになってくれるし、火照った肌を程好く冷ましてくれる。
家に到着する頃にはあらかた乾いていたが、念のために私室でドライヤーを使うことにする。合鍵を使ってドラを開けると、そこにはまだ松島和葉の靴はなかった。
地方店とはいえ、大手企業の管理職。担当する業務と責任は、想像以上に凄いのかもしれない。フリープログラマーなんて仕事をしてる春道には、あまりの縁のない状況や感情だった。
意外なのは娘命みたいに見えていた和葉が、平気――じゃないかもしれないが、葉月をひとりぼっちにさせてる現状である。
春道の勝手な想像では、毎日きちんと定時で帰宅して、温かな手料理を振る舞いながら明るく一日の報告をしあってるとばかり思っていた。
舞台となるべきリビングは今も明かりがなく、暗闇と静寂に包まれている。物音が一切しないところを見ると、葉月はもう自室で眠ってるのかもしれない。
似てるな。靴も脱がずに玄関で立ち尽くしてる春道は、ふと己の幼少時代を思い出した。
実家は決して裕福ではなかった。そのせいで春道が小さい頃から、両親は共働きで夜遅くまで必死に仕事をしていた。
二十代後半にもなった現在なら大変さも理解できるが、当時はとても悲しく、切なかった記憶しか残ってない。
生まれ育った実家はボロアパートで、リビングなんて上等な空間はなかった。両親と一緒に寝てる部屋で、電気もつけずに早い時間から布団にこもっていた。
両親が常に一緒だった人間からは羨ましがられるかもしれない。テレビのチャンネル争いなんて存在せず、夜更かしをしても、宿題をしなくても誰にも注意されない。
一部の人間から見れば、まさに幸せの極致だろう。だが当事者たる高木春道少年は、微塵もそんな考えを持ってなかった。
好きなテレビアニメを見ても妙に楽しくなく、ひとりで座る食卓は無意味に広かった。それはとても無慈悲で、まるで君は陸の孤島に住む唯一の人間なんだよと宣告されてるみたいだった。
冷めたままのご飯を食べ、宿題をすませたら、とりたててすることもないのでひたすらボーっとしている。そんな小学生時代を終えて、中学生になると両親からプレゼントだとパソコンを与えられた。
その頃になっても経済力はあまり変わってなく、両親は相変わらず共働きだった。
罪滅ぼしの意識でもあったのか、パソコンに遊び相手をしてもらえということだったのか。意図は未だにわからないが、両親が知り合いから譲ってもらったパソコンが春道の大親友となってくれた。
パソコンとプログラムの楽しさにハマり、高校生になればバイトをして、新たなハードやソフトウェアを購入した。
こうした学生時代を通過して、今の高木春道という人間が形成された。
友人はいないわけではないがそれほど多くなく、人付き合いはあまり得意ではない。だからこそあまり人と顔をあわせなくてすむ、在宅でのプログラマーなんて職業に落ち着いたのだ。
他人の目からは寂しい人生に見えるかもしれないが、後悔はしていない。天職だと思える職業に出会え、ご飯も食べれるだけの収入もあるのだ。もっとも今現在はイケメンホストよろしく、ヒモ同然の生活をしているが。
とその時、唐突に背後で物音がした。驚いて振り向くと、松島和葉がようやく帰宅をしたようだった。
「どうしたんですか、こんなところで」
春道とは違い、さして驚きもせずに和葉が声をかけてきた。
返事をするまえに、春道が持っていた風呂道具を見て、なるほどと頷く。
「銭湯に行ってきたのですね」
何故、家風呂を使わなかったのかとは聞かれなかった。お互い不干渉を約束しているからか、単に興味がないだけなのか。
恐らく後者だろうなと春道は思った。松島和葉という女性は、とても綺麗なのだがどこか冷めた目をしている。今風に言えば、クールビューティとでも形容するべきか。とにかく、並の男では近寄れない雰囲気を漂わせている。
春道にしても、向こうから声をかけられてなかったら、とてもこうして会話ができる関係にはなれなかっただろう。通常とは違う特殊な関係ではあるものの、一応は夫婦なのだ。
「今、仕事の帰り?」
答えはわかりきっていたが、なんとなしに聞いてみる。
「ええ、そうです」
「いつもこんなに遅いんだ」
「早めに帰宅できる場合もありますが、基本的に遅番という夜のシフトをこなす機会が多いです」
別に答える理由はないのだが、質問に対して松島和葉は丁寧な答えを返してくれた。
「じゃあ、あの子はいつもひとりで?」
「葉月ですか? そうですね、今日みたいなケースではそうなりますね。でもきちんと夕食は朝のうちに作って冷蔵庫に入れてありますので、心配はないと思います」
なるほどと春道は頷いた。要するに春道に食事を提供してくれるパターンと一緒なのだ。
「……子供は苦手だと伺ってましたが」
「え? ああ、苦手だ。嘘を言った覚えはない。それがどうかした」
「いえ、葉月を心配してくださってるような発言でしたので」
「それで本当は子供好きなんじゃないかって思ったのか」
「そこまでは……ただ何となく気になったものですから」
「その台詞のとおりだ」
春道がそう言うと、松島和葉は「え?」と顔にハテナマークを浮かべた。
「俺も小さい頃は両親の帰りが遅くてね。いつもひとりきりで飯を食ってたんだ。当時の俺になんとなく状況が似てる気がしてさ。それでさっきの言葉どおり、何となく気になっただけだ」
和葉は春道の答えに、素直に納得してくれたようだった。
「あの……」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
不意に松島和葉が顔を俯かせ、玄関に沈黙が舞い降りた。気まずくなった春道は部屋に戻って仕事をすると告げて、やや急いで靴を脱いで二階に上がっていく。
その途中で頑張ってくださいと、和葉の小さな声が春道の背中に届いてきたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 15:04
愛すべき不思議な家族 9
自分でも気持ちの整理がつかないうちに、春道は血の繋がってない娘と並んで外を歩いていた。日中なら近くのスーパーが営業してるので、そこへ行くつもりだった。松島母娘と、二度目の対面を果たしたあの店だ。
道順は葉月も知ってるらしく、先導するかのごとく少し前を歩いている。
表情どころか、全身から一緒にお出かけができる嬉しさみたいなオーラが放出されていた。ここまで喜んでもらえると、子供が苦手な春道もさすがに悪い気はしない。
「パパとこうしてお出かけするの、ずっと夢だったんだ」
「そうなのか」
「うんっ。ママから初めてパパがいるって教えられて、写真を見せてもらってからはずっと頭の中で想像してたの」
もう一度春道は「そうなのか」と同じ台詞を返した。愛想がないわけでも、少女を嫌ってるわけでもない。本当にそれ以外の言葉が思いつかなかったのである。
学校でいじめられ、友達もおらず、頼りの母親は深夜まで帰ってこない。辿り着いた暇つぶし方法こそ、想像世界でのひとり遊びだったのである。
引越し当日、作業の邪魔をしないよう遊びに行って来いと春道は言ったのだが、もしかしたら凄く残酷な要望だったのかもしれない。
「学校は楽しいか」
「うん。友達もたくさんいるし、凄く楽しいよ」
ニッコリ笑顔で葉月が答えた。春道がいじめの事実を知ってるとは夢にも思ってないのだろう。恐らく母親の松島和葉にも、心配をかけさせまいと同じように言ってるに違いない。
まだ十歳にもなってないのに、まるで大人みたいな心配りの仕方だった。
子供なんて憎たらしいぐらいにしか思ってなかった春道に、急速に少女への同情心が芽生えていた。
父娘らしく手を繋ぎ、スーパーを目指す。傍から見る分には、本物の親子に見えてるだろう。しかし実際には違い、まだ親子関係に慣れてない春道は顔が赤くなるほどに照れていた。
顔面が火照ってるのが自覚できるだけに、急いで気分を落ち着かせようとする。このままではまるで変質者だ。
葉月との会話には上の空になってしまったが、努力の甲斐あって目的の店に到着する頃には平常心に戻っていた。
「このお店にママと来た時、パパと会ったんだよね。きっとまた会えるって思ってたから、葉月はすっごく嬉しかったんだ」
当時の喜びを表現するかのごとく、少女はその場でピョンピョン飛び跳ねる。さらに言葉を続けた葉月は、スーパーに来るのはそれ以来だとも教えてくれた。
松島母娘と、この店で偶然の再会をしたのは二週間近くも前である。
少女がひとりで外出した形跡はほとんど見られないだけに、もしかしたらそのあいだはただ学校と家を往復する日々だったのかもしれない。
引きこもりも仕事の一部になってるどこかのフリープログラマーじゃあるまいし、不健康極まりない生活である。
しかも登校すればいじめられ、家へ帰ればひとりぼっち。精神科医じゃない春道でも、この調子なら遠くない将来に少女が鬱病になる可能性が高いとわかる。
他人の家庭問題なのだからと、割り切れれば楽にはなれる。なのに実行できそうにないのは、知らないうちに葉月へ情が移ってしまったからだろうか。
「それで、パパは何を買いに来たの」
自分は一体どうするべきかと悩む春道に、葉月が明るい声で聞いてきた。出かける前に一瞬だけ見せた落ち込んだ表情が、今ではすっかり消えている。どうやらこの買物は、彼女にとっても気晴らしになってるらしい。
先々のことはわからないにしても、今はそれで充分かもしれない。単純に春道は思った。
「買いに来たのは、ジュースやお菓子さ」
入口付近に積み重ねられている、買物カゴを左手でひとつ取りながら答えた。
ジュースとお菓子。子供なら誰でも喜ぶ単語に、葉月もパッと表情を輝かせた。
「パパもそういうの食べるんだねー」
「そりゃ、そうさ。いくつになっても、美味しいものは美味しいからな」
「うん、わかるよ。葉月もチョコレートとかプリンとか大好き」
女の子らしく、甘い食物の名称が横からポンポンと出てくる。
楽しそうな少女を連れて、真っ直ぐ春道は目的地であるお菓子やジュースのコーナーに突き進む。何回も利用してるだけあって、店内の間取りはほぼ正確に頭の中へインプットされていた。
迷わずに飲料水コーナーへ到着すると、缶のコーヒーやらココアやらをまとめて二十缶はカゴに入れる。
大量買いに縁がなかったのか、初めて見たかのような驚きぶりを葉月が示した。
「次は菓子だな」
すぐ側にあったスナック菓子売場で、これまた大量に確保する。あっという間にカゴは満杯になり、筋力トレーニングでもするつもりかぐらいの重さになる。
これで春道自身の買物は終わったが、ツカツカと歩いていき、あるデザートを最後に二個カゴに入れた。子供に大人気のビッグサイズプリンである。
「一個は……お前にやるよ」
言葉のあいだにわずかな間を入れて春道が伝えると、飛び上がらんばかりに少女が喜んだ。人目も気にせずにおおはしゃぎである。
「本当!? 本当にいいの」
「ああ、約束だ」
「ありがとう」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、何度も何度もお礼の言葉が口にされる。よほど嬉しかったのだろう。そんな少女の姿を見ていたら、不意にまた昔を思い出した。
たまに母親が早く帰ってきて、買物に行くと聞くと、荷物持ちをするなどと理由をつけてとにかく一緒に行きたがった。
当時は小学校の低学年だったので、荷物持ちとしてたいした戦力にはならなかったが、それでも母親は春道の言葉に微笑んで頷いたものだった。
近所のスーパーでおまけ付きのお菓子をねだり、一個だけ買ってもらう。小学生だった春道少年は、それが楽しみで仕方なかった。
状況は多少違っているが、あの時の母親も今の春道と同じ、微笑ましい気持ちになっていたのかもしれない。
そこまで思ってから春道は苦笑いをする。子供が苦手だと自負してるくせに、これではまるで子供大好きの親バカである。
「どうかしたの」
小首を傾げて見上げる葉月に、春道は何でもないと答えてレジへと向かう。生活環境が変わったせいで、心の調子が少し狂ってるのかもしれない。
プリンを買ってやる時、途中で一瞬言葉を詰まらせたのも、相手の少女を名前で呼ぼうかどうか悩んだせいだった。結局面と向かって名前で呼ぶのは照れ臭くて、お前なんて無骨な言い方になってしまったが。
レジで会計を済ませると、レジの女性が商品を入れてくれた袋からプリンを一個だけ取り出して、そっと少女に手渡した。
一緒に店を出てからも、まるで宝物を扱うように両手で大事に持っている。時折じーっと手の中のプリンを見つめては、何かを思い出したかのように無邪気な笑顔を見せる。
「そんなにプリンが好きだったのか」
あまりに同じ光景が繰り返されるため、たまらず春道が聞いた。
「違うよー」
楽しげな笑みを浮かべたままの少女が、ブンブンと小さな顔を左右に振った。
「プリンも大好きだけど、それよりパパに買ってもらえたのが嬉しいんだよ」
なんとも泣かせる台詞だった。考えてみれば、子供だった頃の春道もお菓子やおまけなんかより、母親が自分のためにお菓子を買ってくれた事実の方が嬉しかったのかもしれない。
幼少時代の自分の姿が脳裏に蘇ってくると同時に、その時の親の気持ちまで流れこんでくるようだった。
共働きで忙しいなりにも、子供のことをきちんと両親は考えていたんだなと再認識させられる。子を持って初めて親の考えや心情がわかると言われるが、実際そのとおりかもしれないと春道はつくづく実感していた。
「うふふ、楽しみだなー」
「楽しみにするのはいいけど、ちゃんと夕食後に食べるんだぞ。甘いものを先に食べると、ご飯を食べる量が減ってしまうからな」
言い終えて、また苦笑いをする春道。今の台詞は、自分の子供時代に散々口うるさく両親から言われたものだった。それをまさか、春道自身が口にする日がこようとは夢にも思ってなかった。
「わかってるよ。ママにもよく言われてるしね」
返ってきた反応も、当時の春道のとよく似たものだった。もっとも、隣を歩いてる少女の方がずっと素直な性格をしてはいるが。
和やかな雰囲気のまま、松島家――葉月にとっては自宅に到着する。厳密に言えば、春道にとっても現在の自宅なのだが、まだそう呼ぶ気にはなれなかった。自分は居候であるという認識が未だに強いからだ。
家の中に入ると、春道は仕事をすると少女に告げて、二階にある己の居住区へと向かった。葉月は名残惜しそうにしてたが、わかったと返事をして、改めてプリンのお礼を言ったあと部屋で宿題をすると教えてくれた。
冷蔵庫に缶ジュースを一本だけ除いてしまいこみ、菓子類を専用の場所に置いたあとで春道は敷きっ放しの布団の上に座った。差し迫った仕事はないため、いるのはDVDデッキ等が揃ってる私室だ。
仕事に関してはひと段落してるのだから、別に葉月と遊んでやってもよかったのだが、これ以上彼女と一緒にいると、さらに情が移りそうで怖かったのだ。
同じ屋根の下に住んでるものどうし、仲良くなっても住みにくくなったりはしない。ただ仲良くなりすぎると別れが辛くなる。もしかしたら、それを危惧して松島和葉は相互不干渉を決めたのかもしれない。
いつになるかは不明だが、離婚すると決まってる人間と必要以上に親しくなっても、お互いに得は少ない。
であるならば、どこかで一線を引いて付き合った方が、最終的に受けるダメージをいくらかは軽減できる。
これからは不用意な行動や言動には気をつけるようにしよう。そう決意した春道は、とりあえず仕事で溜まったストレスを癒すため、缶コーヒーとスナック菓子をお供に、今度こそDVD観賞を始めるのだった。
一本、二本と見終わり、夕食をとったあとで三本目を見ようかと思ってると、珍しく私室のドアがノックされた。
もしかしたら葉月だろうか。春道は廊下にいるであろう人物に対して「どうぞ」と告げた。
ドアが開かれ、室内に入ってきたのは松島和葉だった。
「部屋に鍵をかけたりはしないのですか」
春道が用件を尋ねる前に、逆に和葉から質問されてしまった。
「一応は企業秘密の資料なんかもあるから、仕事部屋には鍵をかけてるさ。私室にはわざわざかけておく必要もないだろ」
この家に住んでるのは松島母娘と春道の三人だけ。ふたりとも寝込みを襲うタイプではないし、今のところ命を狙われる理由も見当たらない。
基本的に戸締りはしっかりと和葉がしてるだけに、家外から侵入者がやってくる可能性は極端に低いはずだ。
「そうですか」
「まさかそれを聞くために?」
静かに松島和葉が首を左右に振る。元気いっぱいの娘とは対照的な動作だ。
「お礼を言いに来たのです」
「お礼?」
最初、相手が何を言ってるのかピンとこなかった。和葉には世話になりっぱなしで、世話をした記憶は一切ない」
「プリンの一件です」
そう言われて、ようやく昼間の出来事を思い出した。見ていたDVDがなかなかに面白くて、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「食後にどこからかプリンを取り出してきて食べ始めたので、どうしたのと聞いたらパパ――高木さんに買って頂いたと」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 15:05
愛すべき不思議な家族 9
食後の娘の様子がわかったということは、今日は早めに返ってきていたのだろう。そう言えば、現在時刻もまだ午後八時前だ。
「冷蔵庫に閉まっていたみたいで、とても美味しそうに食べてました」
「それは良かった。それとも余計なお世話だったか」
「いえ。あの子も喜んでいたようですから」
表情を変えずに、淡々と和葉が言葉を続ける。
「そこでお礼を言うついでに、代金をお返ししようと思いまして、お邪魔させていただきました」
「代金って……いいよ、そんなの」
パタパタと右手を振りながら春道が答えた。買ってやったと言っても、百円ちょっとのプリン一個だけである。
確かに春道の年収は大手企業で役職についてる和葉より少ないだろうが、そこまで金にガツガツしてるわけでもない。それに、あれはあくまで葉月へのプレゼントだったのだ。
理由もきちんと説明したのだが、それでも松島和葉は納得してくれなかった。
「貴方に結婚してほしいと頼んだのは私ですが、何も本当の家族になってほしいと頼んだ覚えはありません」
まるで謎かけのような台詞を和葉が告げた。目は真剣そのもので、適当な気持ちで言ったりしてないのは明らかだった。
「私はあの子とふたりだけで生きていければよかったんです。それがあの子を傷つけまいとついた嘘から、こんなことになってしまうとは夢にも思いませんでした」
自分の不在時に、愛する娘にちょっかいをだされたのが不愉快なのか、棘のある言葉がズバズバと唇から繰りだされる。
「自分がついてしまった嘘である以上後にはひけないので、やむを得ず夫婦となる道を選択しました。ですがご承知のとおり、私と高木さんは何も大恋愛をして今の形に落ち着いたわけではありません」
「それはわかってる。この生活はあくまでお互いの損得勘定に照らし合わせた結果生まれたものだ。離婚してほしいと言われれば、俺はすぐにでも応じる」
春道の言葉を聞いた和葉が頷く。
「それにそっちの魂胆も大体読めてる。俺に無愛想な態度をとらせて、あの子が持ってる父親像を壊そうとしてるんだろ。そうすれば、予定してる期間よりずっと早く母娘だけの生活に戻れる」
「そこまでご理解していただけてたのでしたら、改めて私から申し上げることはありません」
悪びれもせず、春道の目を見据えたまま松島和葉はそう口にした。
たいした女だと春道は思った。隠していた本心を知られてもなお、狼狽した様子を微塵も見せずに相対してるのだ。
いや、もしかしたらすでに自分の意図が見破られてると想定してたのかもしれない。バレてなければ変わらず接しておけばいいし、そうでなくても対応はさして変わらない。あくまで春道が和葉との結婚に応じたのは、待遇の良さにあると知ってるからだ。
春道にしても、松島和葉が好意を寄せてくれてるなんて微塵も思ってない。利害関係の一致のみによる仮面夫婦。そんな現実は百も承知だった。
「頭の良い高木さんなら、何も言わなくても察していただけますよね」
「要するに、お嬢ちゃんとあまり関わるなってことだろ」
和葉が頷く。やはり表情は変わらない。
「冷たい女だとお思いでしょうが、これもあの子のためなのです。仲良くなり、高木さんを慕えば慕うほど、別れの時はよりショックが大きくなるでしょう」
そのあとで和葉は、万が一真実を知られてしまった場合もと付け加えた。それに関しては同感だったので、特に春道に反論する理由はなかった。
「わかった。これからは気をつける」
春道が言うと、ようやく松島和葉が少しだけ笑顔を見せた。
「ではプリンのお金を――」
「それはいらないと言った。代わりにこれをやるよ」
相手の台詞を途中で制し、春道はズボンのポケットに入れたままにしてあった一枚の紙切れを和葉に差し出した。葉月と出かける前に玄関で拾った、悪口が書かれたあのメモ紙である。
「いけません。こちらがお世話になったお返しに来ておいて、さらに物を受け取ったりなどとてもできません」
何を勘違いしたのか、そう言って松島和葉が首を左右に振った。
「紙切れ一枚を他人へのプレゼントにする人間なんてそういないだろ。これは恐らく葉月が落としたものだ」
娘の名前が出たことで、和葉の視線がスッと鋭さを増していく。
「そこまでわかってるのなら、どうしてあの子に返さず、高木さんが所持してるのでしょうか」
「非人道的な行為だと責めるのも結構だが、まずは中身を見てみろよ。それで理由がわかる」
どうしようか少し思案してたようだったが、結局促されるままに和葉はクシャクシャのメモ用紙の中身に目を通した。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 16:37
愛すべき不思議な家族 10
「これは――」
書かれていた内容を知った松島和葉が、驚きに満ちた声とともに目を見開いた。
「こんなの……あの子、一度も……」
成熟した女性らしく、色っぽい唇がショックでわなわなと震えている。
「いじめられてるなら、ひと言相談してくれてもよかったのに、どうして黙って……」
「心配をかけたくなかったんだろ」
春道には葉月の気持ちが、痛いほどよくわかった。
「どうしてそんなことがわかるんですか」
「俺も同じだったからさ」
相手から視線を外し、少し俯き加減で呟いた。それは春道の中で、あまり思い出したくない出来事の部類に入るからだ。
「小学生の頃、いじめられた経験があるってだけだけどな」
いまいちピンときてなさそうだった松島和葉に説明の言葉を付け足した。
どう返したらいいのかわからず、困ったような、それでいて悲しそうな顔をしている。ポーカーフェイスな彼女にしては珍しい反応だった。もしかしたら同情してるのかもしれない。
「そんな目で見るのはやめてくれ。昔の話だ。それより、娘の現状をどうにかするために知恵を絞らないといけないんじゃないか」
「わかりました。この情報を教えてくださって感謝します」
そう言うと松島和葉はテーブルの上に千円札を一枚置き、そのまま立ち去ろうとする。
春道が「オイッ」と慌てて声をかけた時には、すでにバタンと音を立ててドアが閉まっていた。
部屋にやってきた当初から床に座らず、立った状態で会話をしてたので、行動に移る速度がかなりのものだったのである。
本意ではないが、こうなってしまっては仕方がない。松島和葉はいなくなってしまったが、一応お礼を言ってから春道は千円札を手に取ったのだった。
翌日は午前中から松島母娘はいなかった。葉月は学校へ行ってるので当然なのだが、和葉は珍しかった。いつもなら掃除をしてる音や、洗濯機の音が聞こえてきたりする。
それがない理由はたたひとつ。外出してるのだ。今日に限ってシフトが朝だったのかどうかは不明だが、とにかく家にはいなさそうだ。
仕事がひと段落したおかげで、昼夜逆転の生活を元に戻すのに春道は成功していた。現在時刻は午前十時。春道からすれば立派な早起きである。
例によって冷蔵庫から食料を取り出していると、玄関のドアが開く音がした。松島和葉が外出してるのであれば、きちんと鍵をかけてるはずなので、合鍵を持ってる母娘のどちらかが返ってきたのだろう。
昨夜、改めて必要以上に関わるなと忠告されてるので、朝食を持った春道は気にせずに自室へと戻る。
腹も減っていたので早速ガッついていると、廊下から足音が聞こえてきた。葉月はこれまで二階へ来たことはないので、どうやら帰宅したのは和葉だったようである。
ドアがノックされ、春道が入室を促すと、現われたのは予想どおりの女性だった。
「美味しく頂いてるよ」
食事中だった春道は持っていた茶碗を軽く掲げ、私室にやってきた松島和葉に声をかけた。
「お口にあってるのでしたら、何よりです」
「味には満足してるよ。料理が上手なんだな。で、今日はどうした」
「はい。今朝、学校へ行ってきまして、担任の先生にいじめの件についてお願いしてきたところです。高木さんにはお世話になったので、一応ご報告をと思いまして、失礼ながら伺わせていただきました」
相変わらず事務的な口調で告げたあと、話はそれだけですと言い残して、足早に退室していってしまった。
娘がいじめられてる情報を提供したのが春道だけに、経過を報告する義務があると判断したのだ。大手企業の役職者らしい律儀な性格である。
朝食を平らげたあと、食後の缶コーヒーで食休みをとる。
放っておけと言われただけに何もするつもりはないが、恐らくいじめは止まらないだろうと考えていた。もしかすれば――。
そこまでで、春道は思考するのを止めた。手出ししない人間が、あれこれ悩んでもしょうがないからだ。それに松島和葉が選択した対応策で、いじめがおさまる可能性もある。
松島母娘のことを頭から放り出し、春道は仕事の合間に得られる数少ない休日を堪能しようと決めたのだった。
午前中からDVD観賞に精を出し、昼ごはんを食べてからは、ゆっくりと好きな作家の小説を読んでいた。
平和な生活が続くはずだった午後に、突然の異変が訪れた。
この家は田舎にあってなお、商店街から少し離れた場所に建っているので、周囲の喧騒が気になったりなどほとんどない。なのに、今日に限ってはやけに外で子供たちの声が響いてるのだ。
何事だと思って窓から玄関前を覗いて見ると、ひとりの少女が複数の男子小学生に追われているところだった。
遠くからでは判別しにくいが、恐らくは小石を投げつけてくる相手に怯えながら、追われてる同じ小学生の少女は急いで松島家の玄関の鍵を開け、家の中へと逃げ込んだ。いじめられてたのは、この家の住人である松島葉月だったのだ。
まだいじめ足りないとばかりに、三人のランドセルを背負った男児たちは、家の周りをウロウロしながら何事か叫んでいた。
せっかくの休日を楽しんでいる春道にとっては、うるさいことこの上ないのだが、松島家の問題にタッチしてほしくないという和葉の意向は無視できない。
男児たちを放置したまま観察していると、篭城した葉月を外に引っ張り出すのは難しいと判断したのか、最後に何事か捨て台詞を叫んで帰って行った。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 16:37
愛すべき不思議な家族 10
嵐が去って多少は恐怖が和らいだのか、ようやく一階から物音がし始める。
多分部屋にこもって泣いたりするんだろうなと思ってると、意外にも葉月は二階へと向かってきてるようだった。シンとした状況で読書してただけに、室外の様子がはっきりとわかるのだ。
「……パパー」
さすがにいつも変わらない調子で呼ぶのは無理だったようで、その声には少女が本来持ってる明るさはなかった。
「……こっちの部屋にいる」
一瞬どうしようか迷ったが、無視するのもかわいそうなので、一応用件だけでも聞いてやろうと呼びかけに応じた。
春道の声が聞こえたのか、真っ直ぐ少女は私室へと向かってくる。遠慮気味にドアが開かれ、松島葉月が部屋に入ってきた。
「あ、あのね……」
「――悪いけど、少し休憩してるだけで、すぐに仕事へ戻らないといけないんだ。用があるなら和葉――ママが帰ってきたら伝えておいてくれ。そうすれば後で聞く」
用件を切り出す前に春道からこの場で聞くつもりがない旨を告げられ、少女は絶句してしまっていた。
かわいそうな気がしないでもないが、家主である和葉の指示だけに、不用意に相談に乗ってやるわけにもいかない。
それでも何事か言いたそうにしていたが、春道が目もあわせないでいると、やがて蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」とだけ口にした。
部屋に来た時よりも、暗く沈んだ顔で退室する少女を春道は黙って見送る。これでいいんだという気持ちと、彼女への同情心が春道の中で対立して激しい渦を巻く。
だが戸籍上は本当でも、真実の意味で自分は本当の家族ではないのだ。そう言い聞かせて、なんとか自分自身の気持ちを落ち着かせる。
それにしても、やはり松島和葉の選択した方法は逆効果だったか。半ば予想していたので、結果に驚きはしなかった。
恐らくは和葉に抗議を受けた担任教師あたりが注意したのだろうが、いじめっ子たちはそれが気に入らなくて葉月に報復を開始したのだ。
実情を知らない男子小学生たちは、松島葉月が教師に告げ口をしたと思ってるに違いない。
チクるなんて生意気な奴だと、いじめはさらに教師の見てないところで、巧妙さを増しつつエスカレートしていくはずである。
何故ここまで詳しく想像できるのかと言えば、他ならぬ春道自身の経験談だからだ。
いじめをなくすには常に一緒にいて、共に戦ってくれる親友を作るか、いじめっ子たちを味方につけるかのどちらかしかない。
突き詰めれば他に方法は沢山あるのかもしれないが、春道の人生経験に基づいた解決策だった。ちなみに春道の場合は前者のパターンでいじめを克服しており、その友人とは未だに親しくしている。
松島和葉が娘のためにと選んだ対応策は、決して間違ってはいない。成功する可能性が必ずしもゼロではないからだ。
しかし、教師に口頭で注意されたぐらいでおさまるのなら、昨今のいじめが社会問題になったりはしない。むしろ逆効果になってしまうパターンがほとんどだ。
仮に熱血教師が、体罰で心と体の痛みをいじめっ子側に教えようとしても、現実にそんな真似をすれば、凄まじい速度でPTAやら何やらが学校に乗り込んでくるだろう。昔と違って、教師が校内のいじめを抑えるのはかなり難しくなっている。
それなのに教師を頼ったということは、よほど松島和葉は平和な学生時代を送ってきたのだと簡単に推測できた。
三十路まであと少しなのに、すっぴんでもあれだけの美貌である。きっと幼い頃から学校のアイドルとして、周囲からもてはやされてた可能性が高い。
加えて、今の歳にして大手企業で役職をもらってるのだから、学歴もあれば能力も確かなのは明らかだ。
こんな人間をいじめようと考える人間はまずいない。仮にいたとしても、強固な意志を持ってる女性だけに、己の力だけで解決したりしても不思議ではない。
いじめても面白みがない人間に対しては、いじめる側もすぐに興味を失う。加害者がいじめをする理由は単純だ。もっとも多いと思われるのが、楽しいからなんて理由だろう。
次にありそうなのが、好きな異性に対するちょっかいから、次第にエスカレートしてしまうケースだ。原因が後者であれば、ふとしたきっかけでおさまる場合がある。
質の悪いのが前者のパターンだ。首謀者が飽きるまでいじめは続けられ、飽きたら飽きたで別の標的を定めて新たないじめを展開する。テレビのニュースで話題になるのは、高確率でこのケースである。
春道は松島葉月に関しては、最悪のパターンではないと予想していた。楽しいだけの理由だとすれば、もっと葉月を困らせる要求をするはずだ。例えば金銭なんかも該当する。
葉月の様子を見てると、結構長期間いじめられてそうなのに、金銭を要求されたりはしてなさそうである。
されていれば、とっくの昔に小遣いでは間に合わなくなり、最終的に親の財布から抜き取ろうとする。
見るからにしっかり者の和葉が、お金にルーズだとは考えにくいため、そんな真似をしようものなら一発でバレること間違いなしだ。
そこまで切羽詰まってる状況になってたら、とてもじゃないが父親をどうこうと言ってる場合ではなかったはずだ。
とはいえ、このまま放置しておいても大丈夫とは決して言えない。現に松島葉月は憔悴しきった表情をしてたし、いじめっ子グループもわざわざ自宅まで追ってきたのだ。
俺はいつから、こんなにお節介な性格になったんだろうな。気づけばもどかしい気持ちを抱いて、悶々としてる自分自身に春道は苦笑する。この家に住ませてもらってから、何度同じことを自問自答しただろう。
わかったのはどれだけ孤独を愛してたとしても、そう簡単に人間は情を捨てられない事実だった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 16:38
愛すべき不思議な家族 11
気づけばいつの間にか夜になっていた。空腹に負けて考えるのを止めるまで、春道は数時間もひとりで悩んでいたことになる。しかも自分以外の人間の問題についてだ。
考えるのも疲れたので、夕食をとろうと廊下に春道が出た時、丁度松島和葉が帰宅したようだった。まだ午後八時前であり、彼女の帰宅時間からすれば比較的早い部類に入る。
冷蔵庫から夕食を取りながら、春道は耳を澄ましてみた。もしかしたら、母娘でひと悶着あるかもしれないと思ったからだ。
教師に密告したという理由で、葉月は更なるいじめを受けた。しかし当の彼女はそんな行動をした覚えはない。
となれば、いきつく結論はただひとつ。自分ではない誰かが、担任にいじめの実態を報告したのだ。いかに鈍感な人間でも、ここまで条件が揃ってれば誰の仕業か気づく。
今日の様子を見てる限り、松島葉月の味方になってくれてるクラスメートは存在してない可能性が高い。
松島葉月にしてみれば、母親のせいでいじめの悪性度が高くなったとも言える。普通の家庭であれば、子供が親に「余計な真似をするな」と、くってかかってもおかしくない状況だ。
この家に来てから、春道は少女が怒ってる姿を見たことがない。顔をあわせる機会が極端に少なかったせいもあるが、それでも松島葉月が怒鳴ってるシーンは想像しづらかった。
春道の心配をよそに、一階から修羅場になってるような物音は聞こえてこない。いつもどおりの静かさが、平和だと証明していた。
若干拍子抜けしつつも、ホッとした春道は私室に戻って夕食を平らげた。基本的に他人事だったとしても、争いは好きではないのだ。
そのあとは食休みも兼ねて、溜まっていたDVDの観賞を始める。気になったテレビ番組をDVDに撮り溜めておき、仕事がひと段落してる期間に一気に消化する。それが春道の生活パターンの一部だ。
仕事に精をだすようになれば、当然娯楽に使える時間は大幅に減る。好きな番組があったとしても、悠長に見てはいられない。
医療を特集した二時間番組を見終わり、次はお笑いにでもしようかと、夜食のスナック菓子を片手にDVDの保管場所を漁る。しかし目的のDVDを見つける前に、私室のドアが何者かにノックされた。
午後九時にもなると、少女は自室にこもってるのがほとんどだ。ましてや日中、春道に冷たく追い返されてるのだから、松島葉月が来訪する可能性は限りなく低い。
「開いてるよ」
春道が入室を促すと、現われたのはやはり母親の方だった。
「今度は何?」
「最終報告です。先ほど葉月から、いじめが止まったと聞きました。いじめられだしたのはつい最近からだったようで、大事にならないうちに対応できたのが幸いでした。これも高木さんのおかげです。どうもありがとうございました」
「……どういたしまして」
ペコリと頭を下げた和葉に、春道はそう言うしかなかった。家まで追い回される目にあってもなお、娘は母親に心配をかけまいと嘘をついたのだ。そこまでの決意があるのなら、彼女の嘘を覆す必要はない。
「どうかしましたか。なにやら難しい顔をしておられますが」
「いや、何でもない」
「そうですか。では、私はこれで失礼させていただきます」
退室する前にもう一度礼をして、松島和葉は廊下へと戻っていった。
こちらの微妙な表情の変化を見破れるのなら、娘の嘘も簡単に見抜けそうなものだが、彼女に葉月の言葉を疑ってる様子はなかった。
娘に全幅の信頼を置いている。言葉にすれば格好いいかもしれないが、それは大人のエゴに他ならない。ひょっとしたら、子供は心の底では親が真実に気づいてくれるのを待ってるかもしれないのだ。
すっかりお笑いのDVDなど見る気が失せ、座りこんだまま腕を組む。
松島母娘は相手を思いやった方法を互いに選んだわけだが、結局は何の解決にもなってない。下手をすれば、事態が悪化する可能性もゼロではない。
人間関係とはなんと面倒なものか。それでも人は、決してひとりでは生きていけない。
などと柄にもなく哲学的なことを考えていたせいか、銭湯に行く時間が過ぎている事実に気づくのが遅れてしまった。
――ヤバい。急いで春道は準備を整え、駆け足で近所の銭湯へと向かうのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 16:38
愛すべき不思議な家族 11
翌朝、春道が起床した時には、すでに家には誰もいなかった。和葉はともかく、葉月は毎日いじめられるとわかってるのに登校してるのだ。学校など行っても楽しくないだろうに、たいした根性である。
もしくは「絶対に休むな」などと脅されていて、行かざるを得ないのか。担任教師が注意をしただけに、表立っていじめられる回数は減るだろうが、今度はより陰険かつ悪質な手法を使ってくるようになる。
いや、クラス全員がいじめに加担しているか、見て見ぬふりをしてるのなら、以前よりも堂々とやってくるかもしれない。
とにかく、松島葉月のいじめ問題は何ひとつ解決していない。なのに、母親の松島和葉は終了した事案だと思っている。
厄介な事態にならなければいいのだが。そう思いながら春道は洗顔を済ませ、専用の冷蔵庫から朝食を取り出す。この作業も半月ほど繰り返してると、もはや慣れたものである。
朝食に選んだセットを私室に持ち込んで、いざ手をつけようとした春道だったが、寸前で動きをピタリと止めてしまう。調味料を切らしてたのを思い出したのだ。
味覚に関しては人それぞれの好みがあるので、春道が使う調味料は自分で用意することになっていた。別に松島家のを使ったら駄目だとかではなく、単純に自分専用の調味料を用意することにしたのだ。
例えば目玉焼きにしても、塩で食べる人間もいれば、醤油やソースなど様々な味付け方法がある。たかが調味料とバカにできない。
素材の味をそのまま楽しむのも食の一興と言えなくもないが、やはりないよりはあった方がいい。背に腹は変えられず、春道は松島家の調味料を借りに行くことにした。
幸いにして松島母娘は外出している。一階のキッチンをうろついたところで、顔を合わせる可能性はない。
松島和葉と結婚の話をして以来のリビングとキッチンに到着する。しっかり者の彼女らしく、仕事と家事の両立を見事にこなしている。きっちりと片付けされており、すぐに散らかってしまう春道の仕事部屋や私室とはえらい違いだった。
目当ての醤油を見つけ、誰もいない空間に一応「借ります」と声をかけてから、醤油入れを手に取った。
さて、二階へ戻ろう。リビングをあとにしようとする春道だったが、視界の隅にある物を捉えて足を止める。
それはゴミ箱だった。一番上にプリントのような紙が丸められて、無造作に放りこまれていた。
本来他人のゴミ漁りをする趣味はないが、何故かクシャクシャになってる一枚のその紙が気になって仕方なかった。
とりあえず中身の入った醤油入れをテーブルに置き、可愛らしいサイズとデザインのゴミ箱からプリントを拾う。
どうやら少女が通っている小学校からのお知らせみたいだった。何だろうと思って紙を元に戻していくと、すぐに父兄参観の太い文字が飛び込んでくる。
なるほどなと春道は思った。昨日の松島葉月の行動はこれのせいだったのだ。初めて二階に上がってきて春道の私室のドアをノックしたのは、いじめをなんとかしてほしかったのではなく、父兄参観があると伝えたかったのだ。
プリントをよく見てみれば、授業参観は今日の午後二時からとなっている。
リビングにある時計で現在時刻を確認する。午後一時を少し過ぎた頃だった。
プリントはもっと前に貰っていたはずだろうに、遠慮からなかなか春道に話せなかったに違いない。だがプリンの一件から、少し打ち解けた雰囲気になったため、彼女からすれば一か八かでお願いしようとした。
あくまで春道の想像でしかないが、当たってる自信は十二分にあった。決死の勇気で春道の部屋に来たところ、冷たく追い返されてしまう。相当に落胆していた様子が、クシャクシャになってるプリントから見てとれる。
どういうわけか春道は悩んでいた。
母親の松島和葉からは、あまり娘と深く関わらないでくれと言われている。それなのに、今から準備をしても授業開始に間に合うかどうか計算してるのだ。
フリーのプログラマーなんて仕事をしてるだけに、人付き合いは得意じゃない。春道の性格を知ってる友人が、今の心境を聞いたらきっと驚く。お前はいつから、そんなお人好しになったんだと。
もしくはロリコンの気でもあったのかと、白い目を向けられてしまうかだ。
さらに悩みは深くなるが、考え込んでる間にも時計は正確なリズムとともに秒針を動かす。もはやゆっくりと思考を重ねてる余裕などなかった。
――やらなくて後悔より、やって後悔。どちらも後悔する可能性があるのだとしたら、いっそ何も考えずに前へ進めるだけ進めばいい。覚悟を決めた春道は醤油入れを元の場所へ戻し、急いで二階の私室へと駆け込む。
授業参観なのだから、身だしなみくらいはきちんとして行かなければならない。久方ぶりに髪の毛をセットし、数少ないスーツに袖をとおす。手鏡を探しだし、どんな感じかチェックしてみる。
急ごしらえにしては、なかなかである。ハンサムとは言えないまでも、決して容姿に不自由してるわけではない。きちんとした格好をすれば、しっかりとした大人になる。
普段はラフな服装に、セットとは無縁の髪型をしてるのでモテそうなタイプには見えない。だが事実は少しだけ違う。
異性にモテたいと願い、おしゃれに精をだしてた学生のひと頃はそこそこ女生徒からの人気もあったのだ。
けれどある時急に、着飾って自分を偽るのがアホらしく思えた。それ以来、女性に執着しなくなった。格好をつけて相手に気を遣って、運良く恋人をゲットできたとしても、その努力を持続させなければ女性はすぐに離れていく。
元々内気ではなくても奥手な性格だっただけに、女性を繋ぎとめておく行為や苦労が面倒臭くなったのだ。
容姿ではなく、マメな男こそが女性にモテる。昔、誰かから聞かされた言葉だったが、歳を重ねるごとに意見の正しさを実感した。もうすぐ三十歳になるというのに、未だ春道が童貞なのがいい証拠である。
それでもたいした問題に思ってなかった。一生を女性経験なしで終わるのも一興だと思っていたし、縁というのは自分から探しに行かなくても、時がくれば向こうからやってくるものだという持論を信じていた。
現に少し特殊なパターンではあるが、松島家との縁は春道が望む望まないに関わらず、突然目の前に現われた。だからこそ、こうして既婚者になれたのである。さらに縁あって、自分の血を分けてないにしろ娘もできた。
幼少時代の春道と、松島葉月の現状が似てるのも、ひょっとしたら何かの縁かもしれない。今ではそう思っていた。
都会のホストばりにキめて、春道は家を出る。愛車に乗って、目指すは当然松島葉月の通う学校である。
スポーツカーらしく豪快なマフラー音を轟かせ、勢いよく発進させる。腕時計をチラリと見ると、すでに授業開始時刻に迫りつつあった。ギリギリ間に合うと思っていたのだが、予想以上に準備に手間取っていたようだ。
普段から格好つけ慣れてるのなら、そうでもなかったに違いない。しかし久しく身なりをビシッと整える生活とは無縁だっただけに、考えていたより手つきがおぼつかなかったのである。
歩けば結構な距離でも、車という文明の産物を使えば目的地までさほど時間はかからない。田舎には似つかわしくない爆音を響かせて、車が小学校の敷地内に定められた駐車場に到着する。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-25 16:43
现在看了一下发现我并没有漏掉第7章未放上来.
可是刚刚怎么都找不到---------
难道自己会隐藏??
这个小说有点长,大家慢慢读.希望各位喜欢------
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:04
愛すべき不思議な家族 12
よほど聞きなれない音だったのか、窓際の席に座っている何人かの児童が、校舎から駐車量をチラ見してきた。
その後春道が車から降りると、窓越しに見える児童の顔が増えていた。生徒が教室内を自由に動けてるので、なんとか授業開始にはギリギリセーフのようだ。
だがホッとしたのも束の間だった。滅多に鳴らない携帯電話が、何をトチ狂ったのかスラックスのポケット内で暴れだしたのだ。
授業の邪魔になれば申し訳ないと思い、事前にマナーモードにしていた。したがって、購入時から一度も変えてない着信音が鳴ったりはしなかったが、代わりにさっさと電話にでろよとばかりに本体が振動している。
無視をしてやろうかとも思ったが、携帯電話のディスプレイに表示された名前を見て、選択できない方だと判明する。
発信者は懇意にしてくれてる会社の社長だったのだ。小さい会社ながらも、業績を最近グングンと伸ばしてるところで、昔から付き合いがあった。
フリープログラマーとなった春道に、初めて仕事をくれたのがこの会社なのだ。以来ほとんど専属で仕事を発注してくれる。年収の大半を占めており、これまでなんとか生活してこれたのもそのおかげだった。
そんな理由から無視できない春道は、マナーモードになっている携帯電話の受話ボタンを押す。
「あ、高木君?」
もしもしと応答するよりも早く、相手の声が耳に届いてきた。
「どうかしたんですか」
「いや、例の仕事に関してなんだけどさ」
少しばかりの休みを満喫してから、とりかかろうと思っていた仕事のことだろう。まさか納期を早めてほしいなんて要望じゃないよな。内心ビクビクしながら、春道は相手の次の台詞を待った。
「ちょっと量が増えそうなんだけど大丈夫かな。その分報酬も上げるし、納期も少しくらいなら延期してもいいからさ」
「大丈夫です」
春道は即答した。納期の変更なしで、仕事量が増えるのなら少しは考えたかもしれないが、延期してもいいのだったら話は別だ。ましてその分、ギャラもきちんと上乗せしてくれると言ってるのだから、仕事を貰ってる側からしたら断る理由などなかった。
「それは良かった。なら追加分の指示をメールで送っておくから、あとで見といて」
「わかりました。それじゃ、失礼します」
電話を終えると、校舎内はシンとなっていた。どうやらすでに授業が始まってるらしい。用件だけ聞いて通話を早めに切り上げたはずなのだが、どうやら思ってた以上に時間がかかっていたみたいだった。
業務上の話だった場合、第三者に聞かれたらマズいと判断して車内で通話していたので、再び春道は運転席から地面へと足をつける。
少し遅刻してしまったな。一度ため息をついてから車にロックをかけ、小走りで授業中の校舎へと向かう。
靴箱が並ぶ懐かしい光景の玄関を通り抜け、教室の脇を通過するたびに児童たちの元気な声が聞こえてくる。
一階には理科室等の特別教室があり、プラスして一、二年生の教室。二階に職員室や三、四年生の教室。そして三階に五、六年生の教室等がある。
田舎の小学校だけに生徒数はさほど多くなく、一学年に二クラスずつしか存在していない。しかも一クラスに二十数人程度だ。
春道が小学生だった頃も児童減少が叫ばれていたが、それでも今ほどではなかった。一学年に三クラスはあったし、一クラスあたりの人数も三十人台だったと思う。
対岸の火事みたいに思っていた少子化問題だが、こうして小学校の現状を見て初めて大変な事態なのではないかと感じる。
とはいえ、今は将来の日本を憂いてる場合ではない。すでに授業は開始されてしまっているのだ。
ご丁寧に廊下のあちこちに校内の案内図が設置されているので、それを見て春道は自分が行くべき教室の位置を確かめる。わざわざ授業参観用に教師たちが用意したのだろう。
松島葉月は小学三年生なので、在籍してる教室は二階になる。止めていた歩を再び進ませる春道だったが、途中でふとした疑問に頭を悩ませる。授業参観に来たはいいが、肝心の葉月の教室が何組かわからないのだ。
松組、竹組とある二クラスのうち、どちらに所属してるのかわからない。偶然家で見つけたプリントには書いていたはずだが、そこまで確認してなかったし、そのプリントも持ってきてはいない。
まいったな……。そうは思っても、家にプリントを取りに戻ってる時間はない。立ち止まって悩んでても仕方ないし、いっそ勘で選ぶしかなかった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:06
愛すべき不思議な家族 12
といっても二クラスしかないのだから、確率は二分の一である。仮に松組に入って松島葉月がいなかったら、竹組に所属してるのが確定する。春道はまず、三年松組に入ってみることにした。
目的のクラスを発見して、いざ教室のスライドドアに手をかけると、まるで春道の到着を待っていたかのごとく教室内から女子児童の声が聞こえてきた。
「先生、松島さんだけ相手がいませーん」
相手を小ばかにするからかい口調。もしかしたら声の主は、松島葉月をいじめてる生徒のひとりかもしれない。
教室内でどんな授業をしてるのかは不明だが、とにかく葉月が目の前の松組にいるのだけはハッキリした。
さらに続くからかいの台詞と、他の児童の笑い声。教師がそれを止めようとするも、あまり効果は現れていない。声の感じからして、担任は若い女性のようだ。
教室内での様子を廊下から分析してても埒が明かないので、春道は意を決してドアを開いた。
ガラガラと特有の音が鳴り、教室内の視線が春道ひとりに集中する。生徒も教師もシンとなり、突然の乱入者に驚いてるようだった。
教室内を見渡せば、予想どおりに若い女性が教壇に立っている。生徒たちは机を教壇から見て横向きにし、それぞれパイプイスに座っている大人の男性と向かいあっていた。
どうやら生徒たちの父親みたいだが、スーツ姿の人間さえあまり多くなく、春道のようにビシッと決めてる男性は皆無だった。
もしかしてやりすぎてしまったか。雑音が止んだ周囲の様子からそう思い、少し後悔をし始めた時、松島葉月の嬉しそうな声が飛んできた。
「パパッ!」
その言葉に、教室内が再び騒がしさを取り戻す。
「葉月ちゃんのお父様ですか」
「ええ、そうです」
多少気恥ずかしかったが、否定したら単なる不審者なので、女性教師の問いかけに頷く。
歳は春道よりも三つ、四つ程度は下に見える。まだ新米教師といった感じだが、その分若々しく、顔もスタイルもなかなかのレベルだった。
「それでは、娘さんの向かいのイスに座ってください。丁度、生徒たちにお父さんの似顔絵を描いてもらおうとしてたんです」
「そうなんですか」
と言って春道は、立ち上がって手を振っている松島葉月の席へと近づいていく。他のイスは全部埋まっているのに、そこだけポツンと空席になっていた。
どうやらひとりだけ相手がいないのを、同級生にからかわれていたようだ。そのせいもあるのか、春道が正面に座ると、松島葉月の笑顔は未だかつてないほど明るく輝いた。
「似顔絵か。カッコよく描いてくれよ」
「うんっ!」
小学三年生にもなって、授業参観で親の似顔絵を描かせるのもどうかと思うが、学校――もしくは女担任の方針なら仕方ない。
大体親密な学校関係者でもない春道が、こんな状況で変にツッコみをいれようものなら、教室内にいる全員に空気の読めない男と思われること間違いなしである。
おとなしく絵のモデルになっていると、松島葉月は真剣な表情でスケッチブックに鉛筆を走らせている。真面目にやってる相手からすれば失礼かもしれないが、どことなく微笑ましく思えてしまう。
春道は決してロリータコンプレックスなどではない。ただ、子を持つ親の気持ちが少しだけわかった気がしたのだ。
――ん? ふと視線を感じ、周囲を見渡すと数人の女児が慌てて春道から目を逸らした。来ないと思っていた同級生の父親――つまりは春道がやってきた事実にまだ驚いているのだろうか。
「どうかしたの」
左右に気を配っていた春道に、可愛らしい声が目の前からかけられた。
「いや、なんでもない。それより似顔絵はできたのか」
「えへへ~」
大切な宝物でも隠そうとするかのごとく、葉月がスケッチブックをギュッと両手で抱きしめた。恐らくもう完成したのだろう。
春道が教室に到着して十五分程度が経っている。他の児童たちも、続々と自分の父親の似顔絵を書き終えたみたいだった。
「では、皆の作品をひとりひとり発表してもらいます」
キリのいいところで女担任が両手を叩き、似顔絵を描く時間を終了させた。
出席番号の若い順から黒板の前に呼ばれ、教卓の上で作品を発表していく。
なんと言えばいいのか、非常に小学生らしい完成品の数々にどこか和やかな気分になっていた。春道が日頃接する絵といえば、グラフィックデザイナーが手がけたアートばかりだからかもしれない。
そんな感想を抱いてる間に、いよいよ松島葉月の番となった。しっかりと両目で春道を見つめながら、誇らしげにスケッチブックを教卓に乗せる。
児童の父親たちから「おおー」と感嘆の声が漏れた。元々デザイン系の素質でもあるのか、小学校の低学年とは思えないくらい上手だった。
無論、プロの作品と比べるのは失礼にしかならないレベルだが、それでもこれまで見てきたクラスメートたちの作品の中では群を抜いている。
娘さんの作品はどうですかと女担任に尋ねられたので、春道は「ええ、とても上手です」と答えて拍手をした。
すると他の父親たちからも拍手が起こり、照れくさそうにしながらも、松島葉月はまんざらでもない様子だった。
最後に子供たちから父親に似顔絵がプレゼントされ、父兄による授業参観は幕を閉じた。今日だけは掃除も免除され、児童たちは父親と一緒に帰ることが許された。
春道もそうしようと思っていたところ、女担任に突然呼び止められた。用件を尋ねると、どういうわけか女性教師は頬を朱に染めてもじもじとしている。
「あの……失礼ですが、葉月ちゃんのお父様はどんなお仕事をなさってるのですか」
春道の職種が葉月と何の関係があるのかと思ったが、担任教師からの質問だけに邪険に扱ったりもできない。
「フリーでプログラマーをしています。昔からPC関係は強かったので、気づいたら今の仕事をしていました」
そう言ってガラにもなく愛想笑いを浮かべると、女担任の顔の赤みが一段と増したようだった。
「そうなんですか。以前に葉月ちゃんから、お父様はお仕事が忙しくて遠くにいるのだと伺っていたものですから」
聞けば松島葉月の入学時から、ずっと担任はこの女性教師が務めてるとのことだった。
生徒数も多くない学校だけに、特別な事情がない限りは同じ教師が複数年担任をするらしい。
それなら大層仲が良いのかと思いきや、松島葉月はあまり担任に懐いてるようには見えなかった。
それも当然かと春道は思う。担任教師と仲が良かったら、葉月がいじめられてる問題についてもっと真剣に取り組み、いじめが拡大するのを防いでくれていたはずである。
現在こうして向かい合っていても、相手の口から紡がれるのは雑談ばかりで、いじめのいの字もでてこない。松島和葉が娘のいじめについてクレームをつけたのだから、事情を知ってるはずなのにである。
さらに女担任が何事か口にしようとした時、思いがけない人間から声をかけられた。葉月の同級生の男子児童である。その顔にどこか見覚えがあるなと思っていると、素早く松島葉月が春道の背に隠れた。
葉月の行動で相手の正体を思い出す。春道の記憶が確かならば、松島家前までやってきて、執拗に葉月をいじめようとした男子児童のひとりだったはずである。
「プログラマーってことは、ゲームとかも作ったりするんですか」
いじめっ子らしく生意気な口をきくだろうと想定していたのに、男児は春道の予想を裏切って丁寧な言葉遣いで尋ねてきた。
よく見れば背後には仲間らしき男児も2人ほどいる。保護者の姿が見えないので、恐らく子供たちを残して先に帰ったのだろう。
どことなく緊張してるような男児たちからは、それほど悪辣ないじめっ子である印象は受けない。
「そうだな。そういった種類の発注も受けたりはするな。例えば――」
相手の態度がわりかしきちんとしていたので、春道もそれなりに対応し、自分が手がけたゲームソフト名を二つほど教えた。
有名メーカーの作品ではなく、あまり大作でもなかったが、どちらもそこそこ売れたタイトルだった。男子生徒たちも知ってたらしく、一様に目を輝かせて「すげー」などと小学生らしく感激する。
この状況はうまく使えるかもしれない。そう判断した春道はその場にしゃがみこみ、男児たちに目線の高さを合わせた。
「君は葉月の友達なのか」
春道が事情を知ってると思ってない男児たちは「はい」と元気よく返事をする。
そんなの嘘だと言いたいのか、背後では松島葉月が春道のジャケットの裾を強く握り締めてきた。
両者の対応に内心苦笑いを浮かべながら、春道は言葉を続ける。
「なら安心だな。実は娘が学校でいじめられたりしてないか、とても心配だったんだ」
この台詞に、男児たちがギクリとして顔色を変える。見れば、成り行きを見守っている女担任も同様だ。もしかしたら、この女教師は積極的に生徒間の問題に対処してないのかもしれない。
悪質ないじめをする児童はもちろん悪いが、しっかり注意できない担任教師も問題である。もっとも、モンスターペアレントなんて言われる非常識な保護者が増えてきた昨今では、仕方のないことなのかもしれない。
とにもかくにも、松島葉月を娘と呼ぶのに多少の照れを感じながら、春道は彼女がいじめられなくなるための工作過程を進行させる。
「君らが仲良くしてくれてるのなら、娘もいじめられる心配はないな。仮にいじめられてたとしても、守ってくれるよな」
「も、もちろんだよっ」
実は自分たちがいじめをしてる張本人なんです。そんな台詞が言えるはずもなく、男児たちは揃って元気よく首を上下に振る。
「あ、あの、こ、今度遊びに行ってもいいですか」
「葉月がいいと言うならな」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:06
愛すべき不思議な家族 12
恐る恐る尋ねてきた男児のひとりに対して、キッパリとした口調で春道は告げた。
児童らの目的はわかっている。制作途中や新作のゲームがないか、春道の仕事場を見学したいのだ。
自分たちの目的を達するには葉月の機嫌が第一条件だと教えてやった以上、男児たちが彼女をいじめたりする回数は激減するだろう。もしかすれば点数稼ぎのために、他の児童たちによるいじめから松島葉月を本当に守ってくれる可能性もある。
逆に松島葉月を脅したりして、春道の仕事場からゲームを盗んで来いとか、力ずくで家に遊びに行くのを了承させる等のパターンも考えられるが、そうなったらまた別の対策を施すしかない。
要はいじめをなくすには、こうやって仲間を作らせればいいのだ。とはいえ、仲間でいさせるために万引き等をさせたりするグループには決して入れてはならない。
そうなるとなくなったようでいて、新たな形でいじめに近い行為が展開する結果となってしまう。
できればこれで万事うまくいってくれればいいがと思いつつ、春道は男子生徒たちとの会話を切り上げる。教室内で結構話し込んでいたせいで、帰宅してない児童はほとんどいなかった。
「それでは私たちもこれで失礼します」
まだ何か話したそうな感じだったが、引き止めるほどの話題ではないのだろう。女担任は頷いて、春道たちを見送ってくれた。
「じゃ、帰るか。それとも、どこかに用でもあるのか」
校舎から外に出て、愛車の前まで来たところで春道は松島葉月に尋ねた。
ブンブンと首を左右に振った葉月だったが、相変わらず春道の車に乗ろうとはせずにジーっと見つめてるだけだ。
もう一度どうかしたのか聞くと、今度はにぱっと無邪気な笑顔が向けられる。
「葉月、パパの車に初めて乗れるから嬉しいのー」
春道からすれば、たったそれだけのと言える理由なのだが、彼女にとってはまったく違うみたいだった。松島葉月はそれほどまでに、父親とコミュニケーションをとるのを望んでいたのだ。
父親としての経験など皆無に等しい春道は何と言っていいかわからず、ただ「そうか」とだけ口にして愛車の助手席のドアを開けてやった。
やはり嬉しそうな顔をして葉月が乗り込む。
「なあ」
ドアが閉まったのを確認してから、車内で春道は葉月に声をかけた。
「多分、明日からいじめは止むと思うけど、そうならなかったら俺に言えよ。こう見えても、いじめの切り抜け方なら結構知ってるんだぜ」
「――ウンっ」
一瞬きょとんとしたあとで、松島葉月は心からの笑顔を浮かべたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:07
愛すべき不思議な家族 13
松島葉月の授業参観に行ったその日の夜。夕食を平らげ、私室で資料整理をしていると足音が近づいてきた。
やっぱりかとため息をつきつつ、春道は足音の主がやってくるのを待った。
足音が部屋の前で止まると、ドアをノックされるより先に春道は「開いてるよ」と廊下にいる人物に声をかけた。
少しの沈黙の後、部屋のドアがゆっくりと開けられた。廊下に立っているのは、春道が想像したとおりの姿だった。
「失礼します」
丁寧に告げたあと、入室した松島和葉が丁寧にドアを閉める。元々が自分の家の部屋だけあって、実に慣れた手つきだった。
松島和葉は床に座っていた春道と、正面から向かい合える位置で腰を下ろした。瞳には強い意志力が満ち溢れており、言いたいことを言うための準備は万端そうである。
「……用件はおわかりですよね」
とりあえずは落ち着いた静かな声だ。もっとも、松島和葉が声を荒げて喚きたてるシーンなんてなかなか想像できない。
「授業参観の件か」
「そうです。一体どういうつもりですか」
春道を責めるような口調で、和葉が尋ねてくる。
「捨てられていた父兄参観のプリントを発見しちまってな。気づいたら教室にいたわ」
「ふざけないでください」
松島和葉の声に怒気がこもる。ふざけてるつもりは全然ないのだが、相手はそう思ってはくれなかった。
「そういったのを見つけたのなら、まずは私に教えてくれるべきではありませんか。それを黙っていたどころか、勝手に参加してくるなんて理解に苦しみます。それに私の記憶が確かなら、貴方は子供嫌いなはずですが」
「そのとおり。鬱陶しいから子供は嫌いだ。記憶は間違ってないな」
「そうですか? 今回の貴方の行動は、とても子供嫌いの男性とは思えませんが」
「それについてはまったくの同意見だ。だから俺も自分自身が不思議で仕方がない」
別に相手をからかったりしてるつもりはない。その台詞は嘘偽りのない正直な春道の心情だった。
松島葉月に構うほどに、こうして面倒な事態になるのは目に見えていた。なのに、今日の父兄参観に行ってしまったのだ。
「貴方は一体何がしたいのですか」
苛々した口調で松島和葉が春道に言葉をぶつけてくる。普段は冷静なのに、娘のこととなると途端に落ち着きを失う。一人娘を溺愛してるのだろうが、やや過保護に思える。
「別にしたいことはないけどな」
「だったら何故――」
これでは堂々巡りだ。頭の痛い展開に、春道は軽くため息をつく。
「愛娘が大事なのはわかるけど、もう少し子離れしたらどうだ」
思わず口にしてしまったひと言。これが余計に相手の怒りを呼ぶ。
「な、な、何で貴方にそんなことを言われないといけないんですか!」
まさに家中に怒鳴り声が響き渡る。あまりの激しさに、家が揺れたような気さえした。
「葉月は私の娘です。貴方の子供ではありません!」
「だったら父親がいるなんて嘘をつかないで、正直に親は自分ひとりだと言っておけばよかったんだ」
「できるものならそうしてます。こちらにも色々と事情があるんです!」
丁寧な言葉遣いは変わらないが、口調はどんどん強くなってくる。真正面から睨みあう形になり、ピリピリとした緊張感が室内を包みこむ。
大きく息を吐き、春道は肩をすくめる。喧嘩をしても春道に得などないので、先に引いたのだ。
「悪かったよ。怒らせるつもりはなかった。以後は勝手な真似をしないと約束する」
「……わかっていただけたのなら、それでいいんです。父親としての役割を期待してるわけではないのですから」
相変わらず松島和葉はズバッと言葉を突き刺してくる。話を終えれば長居は無用とばかりに、さっさと和葉が退室する。
「台風は去ったみたいだな」
遠ざかっていく足音を聞きながらボソッと呟く。余計な問題を起こし、それをこじらせた挙句に今の生活が壊れる。これはかなり勿体ない。世間一般的に見ても、春道の現状はかなり恵まれているからだ。
元々深く関わる気はなかった。当初の予定どおりになっただけで、何も問題はない。娘がまたいじめられれば、母親の和葉がなんとかすればいいんだ。こっちにはもう関係ない。
「……仕事の準備でもするか」
わずかな休みを終えれば、すぐに次の仕事が待っている。もやもやした気分を晴らそうと、春道は仕事部屋へと向かうのだった。
春道が仕事にとりかかりだした頃、一階のリビングでは松島家の母娘が顔を合わせていた。
普段から仲が良く、起きていれば和葉が帰宅するなり玄関まで走ってくる。そんな愛娘に抱擁するのが、仕事で疲れた和葉の数少ない癒しのひとつだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:07
愛すべき不思議な家族 13
だからこそ、同居人の高木春道による子離れをしろ発言に腹がたった。たまらず声を荒げてしまったほどである。
娘に寂しい思いをさせたくないばかりに、難儀な状況になってしまった。よもや適当な写真から選んだ男性が、近所に住んでるなんて想像ができるわけもない。
さらに偶然が偶然を呼んで、たまたま出かけた銭湯で出会ってしまう。葉月が最初に高木春道を見つけたのだが、あの時はビックリしすぎて心臓が止まるかと思った。
教えた父親は嘘でしたなんて、長年信じさせてきた和葉には言えなかった。混乱する頭をフル回転させ、とっさに春道を父親に仕立て上げる計画を思いつく。
できるかぎり相手に有利な条件を提示し、首尾よく承諾を引き出した。色々とリスクも高いが、当時はそれがベストではなくてもよりベターだと判断したのだ。
結果として、娘の葉月は父親だと信じてる男性と暮らせて満足そうである。高木春道も見た目どおりのタイプで、同居をスタートさせても和葉の肉体を求めてきたりなんてことはなかった。
いくら性交はなしの項目を条件に含んでいても、遊び人でナンパ好きな軽い男ならこうはいかない。その点では運が良かったとも言える。けれど最近になって誤算が生じてきた。
初対面時の葉月に対する態度から考えても、子供好きな雰囲気はなかった。それなのに、段々と高木春道が娘に構い始めてるのだ。葉月があの男に近づくたび、いつボロがでて偽の親子関係がバレるか和葉はひやひやものである。
和葉には娘の葉月の存在こそがすべてだった。現在の関係が予期せぬ形で解消されたとしても、春道は損をしたな程度にしか思わないだろう。誰が一番傷つくかと言えば、他ならぬ可愛い葉月なのである。
それを避けたいがために、ほとんど面識のない男性と結婚までしたのだ。数々の犠牲を払ってきた以上、バッドエンドだけは絶対に許されない。
「パパとお話してきたのー?」
にぱっと笑顔を見せて葉月が聞いてくる。和葉も笑みを浮かべて「そうよ」と言葉を返す。
「ね、葉月」
「なあに」
「あんまりパパに迷惑をかけては駄目よ」
食後のデザートでもあるプリンを食べていた葉月の手がピタリと止まった。顔もにこやかさが消えて、真面目な表情になっている。
「葉月、パパにめーわくかけてないもん」
唇を尖らせて反論してくる。これはかなり珍しかった。普段から聞き分けがよくて素直な子なのだ。
「学校の行事があるならママに話してほしいの。できるかぎり何とかするから」
娘が高木春道と仲良くなるほどに、別れの時が辛くなる。確実に訪れる将来へ向けて、今のうちから準備をする必要があった。そうすればいざそういった展開になっても、葉月が負う心のダメージは少なくてすむ。
「葉月が授業参観のプリントをママに見せてくれてたなら、パパに迷惑をかけずに済んだのよ」
なるべく優しい口調を心がけたがあまり効果はなく、段々と葉月は泣きそうになっていく。
「……だって、ママじゃなくて、パパがくるやつだったんだもん。葉月ひとりだけ、ママがくるのは変だもん」
だからこそ葉月は、和葉に知らせたりせずにプリントを捨てたのだ。それを偶然にも高木春道が発見した。
ここで終わってれば何の問題もなかったのに、よりにもよって春道は葉月の通う小学校へ行ってしまった。あまり娘に構ってほしくない和葉からすれば、まさに小さな親切余計なお世話だった。
高木春道の軽率な行動によって、葉月は父親への慕情の念を募らせる。まったくもって好ましくない事態だった。
「そんなことないわ。父兄参観だから、ママが行ったら駄目なんてことはないのよ」
諭すように説明しても、相手はまだ幼い小学生。大人の理屈にはい、そうですかと簡単に納得してはくれない。
「でも、今日はパパが来てくれたもん。全然めーわくしてなかったもん」
「それは……きっと、葉月に心配をかけさせたくなかったのよ。パパはお昼に仕事ができなくなってしまったわ。けれど葉月がママに話してくれてれば、そんな結果にはならなかったのよ。わかるわね? だから次は――」
「どうしてそんなこと言うのッ!」
リビングテーブルを両手でバンと叩いて、葉月が立ち上がった。勢いがつきすぎたせいで、ガタンとイスが倒れる。
これほどまでに激しい反応を示すのは珍しかった。相手は自分の娘なのに、和葉は一瞬ビクンとしてしまう。
「せっかくパパと仲良くなれたのに、葉月は嬉しかったのに、なんでママは怒るの」
「怒ってるわけではないわ。ただ、あまりパパを困らせてほしくないの。仲良くなるのはとてもいいことよ。だけどパパのお仕事が遅れれば、困る人がたくさんいるの」
なんとか説得しようとすればするほど、葉月の機嫌はどんどん悪くなる。ずっと父親を恋しがっていた彼女にとって、やっと会えた男性。しかも当初はロクに相手をしてもらえなかったのに、ここ最近になって親密度を増すのに成功した。
葉月にしてみれば、理想の展開に違いない。それなのに母親の和葉が、高木春道と仲良くしないよう注意したのだから、気に入らないのも当然の話だった。
わかっていても妥協したりはできない。娘が父親だと信じてる男性は、いずれ去っていくのである。
「どうしたの。葉月はそんな聞き分けのない子ではないでしょう。少しおかしいわよ」
「葉月、おかしくないもん。おかしいのはママだもんっ!」
完全に駄々っ子モードに入っている。滅多にない状態だけに、かなり手こずりそうだ。
「パパはすっごく優しいもん。いじめだって、助けてくれたのはママじゃなくてパパだもんっ!」
「――!? ど、どういうこと……?」
娘の発言にビックリして説明を求める。
葉月の話によれば、和葉が担任にいじめをなんとかするよう頼んだことで逆に酷くなったらしい。それを高木春道は見越していて、うまくいじめっ子たちを諭してくれたのだという。
初めて耳にしただけに、さすがの和葉も驚きを隠せなかった。道理で、急激にあの男を娘が信頼するようになったわけである。
保護者としての対応力は向こうが上だったのだ。認めたくはなかったが、認めざるを得なかった。そんな悔しさも相まって、思わず和葉は声を荒げてしまう。
「とにかくママの言うとおりにしなさい。わかったわね!」
「いやだっ! ママなんてだいっ嫌い!」
涙をボロボロとこぼしながら、葉月がリビングから走り去っていく。
ただでさえ小さな背中がさらに小さくなる。遠ざかる娘の姿に後悔の念が強まる。嫉妬心から芽生えた怒りで冷静さを欠いてしまった。
「待って、葉月」
急いで娘のあとを追うも、一歩遅かった。和葉の目の前で無情にもドアが閉まる。鍵をかける音が聞こえ、ドアノブを回しても空しくガチャガチャと鳴るだけだ。
万が一の事態に備えてと、各部屋に鍵をつけていたのが災いした。ドア越しにいくら娘の名前を呼んでも返事すらない。完全に和葉のミスだった。自室に篭城されると、もはや今日に限っては手の施しようがない。
今夜中の説得を諦めた和葉は、ひとりトボトボとリビングへ戻る。イスへ座り、ダイニングテーブルに両肘をついて、顔を両手で覆う。
目を閉じれば、どうしてという思いだけが浮かんでくる。何年もかけて築いた娘との信頼関係が、たったひとりの男の存在で瞬く間に崩れていく。
けれど高木春道だけを責めたりはできなかった。彼は和葉によってこの生活に巻き込まれたのも同然なのだ。
いっそ契約を破棄して出て行ってもらおうかとも考えたが、そんな真似をすればいよいよ葉月は和葉を許さないだろう。もしかしたら、父親だと信じてる春道と一緒に家を出て行ってしまうかもしれない。
ならば彼は本当の父親ではないと告白してしまおうか。いや、駄目だ。和葉はかすかに顔を左右に振って、頭の中にある考えを追い払った。
そもそも無謀な生活を始めたのは、娘に父親がいないと言いたくないからだ。素直に答えてしまえば、当然理由も説明しなければならない。
それだけはどうしても嫌だった。和葉のため、そして葉月のためにも、架空であれ父親を存在させておく必要があったのだ。
少し考えれば、こういった状況になる可能性も充分に想定できた。しかし父親だと娘に教えてきた男性が偶然にも見つかってしまった以上、棘が多くてもこの道を選ぶしかなかったのである。
どうすればいいのか。いくら悩んでも答えが見つからない。とにかく今夜は休もう。明日になれば、お互い冷静になってしっかりと話し合えるはずだから……。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:08
愛すべき不思議な家族 14
高木春道が朝――と言っても正午近くに起床すると、家の中に人の気配はなかった。松島和葉は会社に、松島葉月が小学校に行ったのだろう。
部屋から出ると、まずは洗顔と歯磨きをしてサッパリする。そのあとで、例のごとく用意されていた朝食を冷蔵庫から取り出して口にする。
昨夜もめてしまったため、変な味付けになってるんじゃないかとも思ったが、どうやら松島和葉は陰険なタイプではないらしい。
きちんと今日の食事が用意されてた時点でわかっていたが、こうして自分の舌で確認するとより安心できた。
今朝も無事に食事を終え、仕事にとりかかるべく専用の部屋へ行く。
イスに座って、早速デスクトップPCの電源を入れる。
それにしても昨日はまいった。ディスプレイに映しだされた起動を告げるメッセージを見ながら、元凶となった出来事を思い出す。
自分でも理由はわからない。とにかく無性に、松島葉月の小学校で行われていた父兄の授業参観に行きたくなったのだ。
決して春道は厄介ごとを好む性格ではない。それでも春道は参加してしまった。昨日みたいな事態になると、充分に考えられたのにである。
結果、松島和葉と言い争いになった。しかも売り言葉に買い言葉的な展開で怒らせてしまう。さすがにあれは失敗したと、ひとりになってから反省した。あとで機会があれば、松島和葉に謝罪するべきだろう。
考えがまとまったところで、タイミング良くOSの起動が完了した。まずは目前にある仕事を優先しなければならない。一度深呼吸をして集中力を高めてから、春道はキーボードに手を伸ばすのだった。
ふーっと大きく息を吐き、両手の動きを止めた頃にはすでに正午を過ぎていた。
いつの間にこんな時間になってたのか、なんて驚いたりはしない。こういったケースはこれまで何度も経験している。
子供の頃から物事に没頭すると、時間を忘れてしまう質なのだ。大人になってもそれは変わらない。食事の時間を逃してしまい、一食を抜くなんて松島家に来るまでは日常茶飯事だった。
今回は幸いにして、食事時間を大幅に過ぎてるわけではない。用意されていたセットの中から昼食を選択し、私室にて平らげていく。仕事のペースは順調で、この分なら余裕を持って納期には間に合わせられる。
それもこれも衣食住のうちの2つが、松島和葉によって援助されてるからだった。いくら相手の状況に合わせての結婚とはいえ、多大に世話になってるのには変わりない。やはり相手の意向を充分に尊重する必要がある。
それでなくても、春道は昨日彼女を怒らせてしまったばかりなのだ。これからはもっと冷静に物事を考え、下手に怒らせないようにしないとな。
昼食を終えてひと休みすると、すでに結構な時間になっていた。夕方にはまだ時間があるとはいえ、そろそろ学生たちも帰宅を始める頃だ。そうなると松島葉月も――。
玄関のドアが開いた音が聞こえたかと思うと、すぐにドタドタと何者かが勢いよく階段を上ってくる。
こちらの都合などお構いなしで、ノックもなく私室のドアが開かれた。正体は松島葉月で、走って帰ってきたのか息を切らしている。
まさか、また同級生にいじめられたのか。けれど、松島和葉には関わらないでくれと何度も怒られている。ここは一体どうするのがいいのか。
「ママなんてだいっ嫌い!」
ランドセルを背負ったままの葉月の第一声がそれだった。とりあえずいじめられてはいないみたいだが、何のことかわからない春道は呆然としてしまう。
「だってね、だってね。葉月とパパが仲良くするの、駄目って言うんだよ」
よほど頭にきてるのか、かなりの剣幕と早口でまくしたててくる。これまで春道に迷惑かけないようにと、二階に来るのを散々躊躇っていた少女と同一人物とは思えなかった。
やはり本音では、本物の父親と信じてる春道に甘えたくて仕方なかったのだろう。丁度このぐらいの年齢が、一番両親を必要とするのかもしれない。
我慢していたのが、先日の授業参観で春道に優しくされたのをきっかけに、一気に爆発したのだ。春道から歩み寄っただけに文句は言えないが、元来の子供嫌い――と言うよりかは苦手意識が払拭されたわけではない。
「そういうことを言うな。彼女――いや、ママだって、葉月や俺のことを考えたうえでの発言だろ」
一応は松島葉月は娘で、松島和葉は春道の奥さんなのである。あまり他人行儀な呼び方もできなければ、呼び捨てにするのもいまいち抵抗がある。向こうが春道を好いていないからだ。
そこで照れ臭いのを我慢して、あえてママなんて単語を選んだ。これからは葉月の前では、和葉をママと呼ぼう。恥ずかしくても、何かと好都合だ。
春道にしても、松島葉月にどうやって接するべきか未だ悩んでいた。心の奥底にお人好しが眠ってるのには気づいてたが、こうまでややこしい事態に発展する原因になるとは想像もしていなかった。
ここで突き放すような態度をとったとしても、あらゆる意味での絶妙なタイミングで、またお人好しに目覚められたら何の意味もなくなる。きちんと方針を決めておかなければならない。
「仲良くするのが駄目なんじゃなくて、俺の仕事が遅れたりしないか心配してるんだ。葉月もそれぐらいはわかってるな」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:08
愛すべき不思議な家族 14
他人の子供と遠慮して扱うより、ここはドラマなどで見るような父親タイプを演じるべきだ。悠長に照れ臭いなどと言ってる場合じゃない。
松島葉月はまだ納得しておらず、唇を尖らせて不満を露にしている。本人からすれば、せっかく出会えた父親とコミュニケーションをとりたくてどうしようもないのだ。
「あとできちんとママに謝るんだ。いいな」
「……ヤだ……」
近頃の子供のわりには素直なタイプだと思ってただけに、松島葉月の反応は春道にとって予想外だった。
「だって、葉月はパパと仲良くしたいんだもん。パパは葉月とおしゃべりするの嫌?」
今にも捨てられる子犬のごとき瞳で見つめられれば、間違っても「もちろんだ」などとは答えれない。やはり子供は面倒だ。そう思っても、もはや後の祭りである。
「今のままだと嫌になるな。でも葉月が素直ないい子になるなら、これからはなるべく一緒に遊べる時間ができるかもしれないな」
それまでは不満一辺倒だった葉月の表情が、春道の台詞でガラリと変わった。にこやかな笑みを浮かべ、何度も「本当?」と聞き返してくる。
「ああ、本当だ。その代わり――」
「うん! 葉月、ちゃんとママに謝る」
まるでどこぞのテレビ局で放映している昼メロを見てる気分だった。挙句にはその中の登場人物――しかも主役級になってるのだから質が悪い。
本音は子供と遊んでる時間はほとんどないに等しいのだが、先ほどのように言わない限り彼女は納得しなかったはずだ。実現できるかは別にしても、決して間違った選択ではなかった。無理やり感は否めないが、春道はとりあえずそう思うことにする。
「これで話は終わったな。悪いが俺はまだ仕事中だ。遊んだりするのはまた後でな」
「……うんっ!」
松島葉月はすぐにでも遊んでほしそうな顔をしてたものの、駄々をこねるだけ損とふんだのか、わずかな沈黙のあとで元気よく頷いた。
少女が退室したあとで、春道は大きくため息をついた。相互干渉なく平和な生活を送る予定だったのに、気づけばどんどんドロ沼にハマっている。それも春道から足を踏み込んでるのだ。
いい加減にしないとなと思っても、ここまできてしまったら簡単には引き返せない。春道が家を出たとしても、半端じゃないくらいに葉月が泣き喚くだろう。そうなると、和葉がその方法を選択するとは考えにくい。
結局は春道次第なのだが、すでに情が移ってしまったのか、当初みたいな素っ気ない態度を葉月に対してとれなくなっていた。
だからといって、あまりに仲良くなりすぎても松島和葉の怒りをかうだけだけである。頭の中がこんがらがってきて、何をどうすればいいのかまったくわからない。
そうして悩んでいるうちに、気づけばすっかり夜になってしまっていた。
何か用でもない限りは一階へ降りないので、松島母娘が現在どうしてるかなんてわからない。ただ今夜は松島和葉の足音が春道の私室へと迫ってこないので、恐らくは平和なのだろう。
外はすっかり暗くなっており、松島和葉もすでに帰宅している。娘との一件を想像以上に気にしていたに違いない。これで落ち着いてくれればいいのだが。私室でまったりと食後のひと時を楽しみながら、春道はそう考えていた。
あまり松島母娘を気にかけていたら、仕事が全然手につかなくなってしまう。他人の親子関係に世話を焼くのもほどほどにしないといけない。
厳密には結婚してるから他人ではないのだが、和葉は今でも春道を他人としか認識してないはずだ。
春道も松島和葉の方針に異論はなかったのに、様々な松島葉月への同情心から現在のややこしい状況になってしまった。もはやなるようにしかならない。それぐらいの心境で生活していくしかなかった。
明日になったら、気晴らしにどこかへ出かけるのもいいかもしれないな。幸い仕事の納期までには余裕がある。多少の融通はきくのが、この仕事の一番の利点だった。
そのために今夜は少しでも仕事を進めておくか。食休みを終了させ、春道は私室から仕事部屋へと向かうのだった。
丁度その頃、一階では松島和葉と、娘の松島葉月がリビングテーブルに向かい合って座っていた。
本当なら今日も残業して深夜帰宅になりそうだったのを、仕事を切り上げて帰宅してきたのだ。それもこれも、昨日の葉月との一件があったからである。
これまでロクに反抗なんてしてこなかった娘が、声を荒げてまで和葉に激怒したのだ。母親になってから初めての経験だっただけに戸惑いを覚え、仕事なんてほとんど手につかなかった。
なんとか娘と仲直りをしたくて、会話の時間を多めにとろうとシフトどおりに定時で帰宅した。昨夜みたいに自室に篭城されたらどうしようと心配していたが、こうして無事に二人でリビングテーブルに座っている。
腕によりをかけて作った和葉の料理を、美味しいといつもどおりの笑顔で葉月が食べてくれている。その光景を見てるだけで、胸が熱くなった。
時には喧嘩もする。でもすぐに仲直りできた。これも親子だからだ。不安定な要素はあるけれども、何も心配する必要はない。
ホッとしながらも食事を終えると、葉月の方から昨夜のことを謝罪してきてくれた。これも和葉にはとても嬉しかった。注意したことを葉月もわかってくれたのだ。
それなら、これからはパパにあまり迷惑をかけないでくれるわよね――。
和葉が念を押す直前に、葉月がまったく予想してなかった台詞を口にした。
「ママにちゃんと謝ったら、これからはパパが遊んでくれるって約束してくれたんだー」
「え……?」
ズキリと和葉の胸が痛んだ。
娘が謝罪してくれたのは、和葉との関係を気遣ってではなく、あくまで父親である高木春道に促されたからの結論だったのだ。しかも代償は和葉がもっとも望まないものだった。
娘が……あれほど可愛がっていた葉月が自分から離れていく。頭の中が真っ白になって、途方もない絶望感を一緒に連れてくる。
「は、葉月……」
「ごちそうさまでしたー。あ、葉月、宿題があるからお部屋でお勉強するねー」
「え? え、ええ……」
屈託のない笑顔で告げられると、和葉は何も言えなくなってしまう。
使い終わった食器をキッチンに下げ、リビングから退出していく娘を、和葉はただただ呆然と見送る。
引き止めようとして唇を開くも、どんな言葉を繋げたらいいのかわからずに、みっともなく開け放たれたままになっている。普段キリッとしている和葉だけに、会社の部下たちにはとても見せられない表情だった。
リビングのドアがバタンと閉められる。娘の行為に、和葉は親子関係を拒絶されたような気がした。
どうして? どうしてこんなことになっているの。私が悪いの? 葉月が悪いの? それともあの男――。
思考が暗黒の世界に堕ちかけた和葉を制止するかのように、突然リビングにある固定電話機が鳴り出した。
ショックが大きすぎてすぐには動けなかったが、ベル音は諦めきれない様子でいつまでも鳴り続けている。
仕方がないと混乱を収拾できないままで、受話器を取った。
「和葉か、大変だ。親父が倒れた」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:09
愛すべき不思議な家族 15
それは松島和葉がとても聞き慣れた、それでいて懐かしい声だった。この声を聞くのは何年ぶりになるだろう。完全に働かない頭で、ぼんやりと考える。
ああ、そうだ。あの件があって、私が家を飛び出してからだから――。
「おい、葉月。聞いてるのか? 返事くらいしたらどうだ!」
強い口調で怒鳴られ、一時的に葉月の言動によって受けたショックを忘れる。
「……聞こえてるわ、兄さん」
電話の相手は和葉の二つ上の兄、戸高泰宏だった。幼少時は随分と遊んでもらった記憶が今もしっかりと残っている。
兄と名字が違うのは、相手がどこかの家の婿に入ったからではない。和葉自身も、以前は戸高姓を名乗っていた。
姿は見えなくても、電話向こうにいる兄も和葉がボーっとしてるのに気づいていたのだろう。わざわざもう一度同じ台詞を繰り返した。和葉たちの父親が突然倒れたと。
「……とにかく一度こっちに帰ってこい。話はそれからだ」
「どうして?」
「どうしてって……家族だからに決まってるじゃないか」
「そう思ってるのはきっと兄さんだけよ。いいえ、もしかしたら兄さんも世間の目があるから一応連絡しただけかもしれないわね」
図星だったのか、それとも怒りを覚えたのか。血を分けた実兄である泰宏が少しの間沈黙した。
「……あの人は、兄さんがこうして私に電話をかけていることすら知らないんでしょう? バレたら兄さんがあの人に怒られるわ」
「あの人なんて言い方はよせ。お前の――」
「私はそうとは思わない。とにかく余計なお世話だわ」
瞼を閉じて和葉は首を左右に振った。脳裏には幼い頃からの思い出が蘇ってくる。そして数年前で突然に終わりを告げる。
「……もう、電話を切るわ」
「そうか……けど、気が向いたら――」
「あり得ないわ」
泰宏との会話を打ち切ると、抑えきれない感情から受話器を叩きつけるように電話機へ置いた。
その音がよほど大きく響いてしまったのか、自室から娘の葉月が再度リビングへとやってきた。クリクリっとした可愛らしい瞳を真ん丸くさせながら、どうしたのと近寄ってくる。
「……何でもないわ。宿題は終わったの?」
「ううん、まだだけど……」
「駄目じゃない。それなら早く終わらせないと。あんまり遅くまで起きてると、明日の学校に遅刻しちゃうわよ」
できる限り優しい笑顔を作ったつもりだったが、きちんと笑顔と呼べるものになっているかどうかは自信がなかった。
和葉の微妙な態度を敏感に察知したのか、葉月も「……うん」と頷いたものの、微妙な表情をしている。
「ママも会社でいじめられてるの? だったらパパに――」
「――やめてッ!」
ビクッと葉月が身体を震わせるのを見て、和葉はハッとしてしまった。
「ご、ごめんなさい……葉月、マ、ママが困ってると思って……」
「あ……い、いいのよ。ママこそごめんね。でも大丈夫だから、葉月はお部屋で宿題をしなさい」
ギスギスした雰囲気をなんとか立て直そうとしたものの、さすがに無理だった。立ち去る葉月の顔は、最後まで今にも泣き出しそうに悲しげだった。
ひとりきりになったリビング。電話の前にしばらく立ち尽くしたあとで、和葉は自分の頬をペシッと叩いた。
どんな事情があったにせよ、娘に八つ当たりするなんて最低だ。自責の念が募る。
苛々した状態で高木春道の名前を出され、つい声を荒げてしまった。和葉も本当はわかっていた。葉月も高木春道も何も悪くはないのだ。すべての元凶を作ったのは自分自身なのだから……。
大きく伸びをしてから、高木春道は仕事部屋の椅子から立ち上がった。腰痛防止のクッションを敷いてはいるものの、長時間座っていればさすがに尻が痛い。
仕事に精をだすあまり、結局徹夜してしまった。この状態では、とても外に出て気晴らしをしようなんて気にはならない。おとなしく仮眠をとるのが無難な選択だろう。
そう言えば今は何時なのだろう。時計の針さえ目に入らないほど集中していたので、正確な現在時刻を把握できていない。
春道自身の感覚では、まだ早朝だったのだがすでに正午をまわっていた。PCに集中しすぎていたせいで、時間間隔はまともではなくなっていたらしい。
そう言えば、随分前から外が明るかったような気もしていたが、どうやら気のせいではなかったみたいだ。
昼過ぎだと気づくと、急に空腹を覚えた。さっきまでまったく減っていなかったくせに、我が腹ながら現金なものである。
廊下に出て、いつもどおりに冷蔵庫から用意されてる食事を取り出す。
ここで春道は「ん?」と一度手を止めてしまった。冷蔵庫にあった三つの膳を比べてみたのだが、似通ったメニューばかりだったのである。
これまでこんなケースはなかった。どうしたのだろうとも思ったが、毎日春道の食事を用意してて疲れたのだろうとすぐに思いなおした。同じおかずが続いたとしても、食事を用意してもらえるだけで有難い。
さして気にせずに選んだメニューを持って私室へ入り、テーブルに乗せてからさっそく朝食兼昼食となった食事をとる。
ここでも春道の手が止まった。味は確かに美味しいのだが、それでもいつもの松島和葉の手料理に比べれば少し劣ってるような気がしてならない。単なる気のせいなのか。
全然食べれるのでたいして問題はないが、ここ毎日和葉の料理を食べている春道だから気がつけたのかもしれない。もしかしたら、まだ松島葉月とのいさかいが続いてるのかもしれない。
けれど、仮にそうだったとしても春道ができるフォローはすべてしたつもりだった。あとは余計な口を挟まないのが無難かつ、解決への近道となる。
結論がせっかくでたのに、嘲笑うかのごとく、食事を終えた春道の部屋で足音が向かってくる。考え事に夢中で、誰かが帰宅した事実にさえ気づいてなかった。
忙しない足音は松島葉月のものだろうと簡単に推測できた。母親の松島和葉が走りながら階段を上ってくるのを、見たことも聞いたこともないからだ。
春道から声をかけるまえに、まるでいるのをわかってるみたいに私室のドアがノックされた。いつもは少し躊躇いがちにノックするのに、今日に限ってはそういった様子はない。
とりあえず春道は来客を室内へと招き入れる。私室のドアをノックした人物は、予想どおりに学校帰りの松島葉月だった。
教科書などを自室へ置いてすぐに、春道の部屋まで直行してようだ。息を切らしながらドアを閉めて、春道の側へちょこんと座る。
「ママが変なのっ!」
松島葉月が春道の袖を掴み、そう叫んだあとでグイグイと引っ張る。事態はとても深刻なのだと、全身を使って示してきた。
そこまでは葉月の仕草からわかっても、詳しい事情は何ひとつわからない。何せ、春道ひとりだけが二階で生活してるのだ。監視カメラと盗聴器でも仕掛けてない限り、一階にいる松島母娘の動向など知る由もない。
とにかく情報がなければ話にならない。そこで春道は葉月に話を聞いてみる。
「……なるほどな」
松島葉月はかなり興奮していて、時折支離滅裂になってしまうので理解するのは大変だったが、要約すると昨夜の電話以降様子がおかしいということだった。
話はある程度わかったものの、肝心の電話をしてきた相手や内容については、葉月も把握していない。これではどうしようもない。
「しばらく様子を見るしかないな」
ボソっと口にしたひと言に、松島和葉が絶句する。もしかしたら、俺ならすぐに解決してくれると幻想を抱いてたのかもしれないが、内情を知れないのだからそれは無理だ。
「葉月の時みたいに、すぐになんとかできないのー?」
やっぱりな質問が、戸籍上は娘となっている少女から春道に放たれた。適当にあしらえば、松島葉月もきっと春道に幻滅する。母親の和葉にしても、余計な真似をされるより有難がるかもしれない。
春道は少し考えた後に、頭の中によぎった案を却下した。後々どうなろうが、本気で母親を心配してる少女に適当な返答などできないと判断したのだ。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:09
愛すべき不思議な家族 15
それにこう見えて、松島葉月は頭の良い少女である。冷静になって考えれば、春道の意見にどれだけ信憑性があるのか、すぐに判断できるだけの能力を備えている。変に誤魔化すのはやはり得策ではない。
繰り返しになるものの、電話をかけてきた相手や内容を知らないとどうしようもない。春道は改めて松島葉月にその旨を告げた。
「そっか……」
憐れなくらいガックリとする姿を見ても、こればかりは仕方がない。いくら春道といえど、何でもできるわけではないのだ。松島葉月もわかってはいるのだろうが、期待をしていた分、落胆も大きかったと見える。
トボトボと部屋から出て行こうとする背中は、いつもよりさらに小さかった。幼いながらに母親を助けたいと願う心は立派だが、やはり子供が大人を救おうとするのは難しい。
「せめて内情がわかればな……」
春道の私室から退出した松島葉月が、階段を下りていく音を聞きながら誰にではなく呟く。そして、またも松島母娘の問題に干渉しようとしてる自分に春道は苦笑する。
「俺もなかなか救いようがないな」
常に自由を求めていながらも、孤独に寂しさを覚える。ひとりになりたくてなってるのに、ひとりだと寂しいと泣いている。虚勢を張っているわけではなく、どちらも本心なのだ。だからこそ矛盾さの中で悶々とする。
人間とはかくも厄介な生き物だ。哲学的な思想と戯れるのも時には必要だが、今の春道にはもっと大事なことがあった。
それは睡眠である。食事をして腹が膨れたせいで、いよいよ本格的に睡魔が襲ってきたのだ。徹夜してる状態で抗ってもロクな結果にはならない。春道はおとなしく仮眠をとろうと、さっさと着替えて布団で体を横にするのだった。
小さな足で階段を下りきったあとで、松島葉月は最後にもう一度だけ二階を見つめた。二階には葉月の父親が住んでいる。
最初から同居していたわけではなく、仕事が忙しいと家にいなかった父親の高木春道を、葉月が近所の銭湯の外で偶然に発見したのが始まりだった。
父親がいないせいで幼い頃から、なにかと同年代の子供たちにからかわれてきた。それに母親の松島和葉も、近所のオバさんたちから色々とよくない噂を流されてるようだった。
そんな状態で長い年月を過ごしてきただけに、父親と同居できると決まった時は本当に嬉しかった。これで母親も葉月も幸せになれると本気で思った。
最初はどこか怖くて。近寄りがたかった春道とも近頃はだいぶ親密に話せるようになってきた。
……と葉月自身は思っている。けれど、母親の松島和葉と父親の高木春道が仲良く笑い合ってるシーンは未だに見ていない。それも心配の種のひとつではあった。
けれど高木春道は葉月の想像どおりに優しく、和葉も含めて3人仲良くなれるのも時間の問題だと思っていた。そこに今回の事件である。
正確には事件と呼べるものなのかどうかはまだわからない。しかし先日見た和葉の様子は、娘の葉月でもこれまで目撃したことがないくらいに苛々していた。
お母さん、大丈夫かな。なんか変な病気にでもなったのかな。
自室に戻ってから椅子に座り、机の上に今日の宿題を広げてみたものの、とてもじゃないがやる気にはなれない。
これまでは小学校で、同級生からいじめられる問題で頭を悩ませる時間が大半だった。どう解決したらいいのかまったくわからなかった葉月に、ひょいと横から救いの手を差し伸べてくれたのが高木春道だった。
そのことを話した時も母親の松島和葉は機嫌が悪くなったけれど、昨日の夜ほどではなかった。せっかく悩ましい問題が解決したと思ったのに、直後に新しい問題が発生して、葉月はまた頭を抱えるハメになる。
いじめを解決してくれた父親に助けを求めたが、期待していた答えは最後まで返ってこなかった。
春道は事情を詳しく知りたいと話していたが、昨日の様子では葉月が何を聞いても和葉は答えてくれないに決まっている。
どうしたらいいんだろう。結局はこの言葉に行き着く。悩んでも悩んでも答えはでない。
リビングでお水でも飲んでこよう。葉月が席を立つのを見計らってたかのように、突然電話が鳴りだした。
家には葉月の他に春道もいるが、仕事の邪魔になっては駄目だからと、二階と一階の電話番号は別々になっている。和葉が仕事で不在にしてる以上、一階で鳴ってる電話機は葉月がなんとかしないといけない。
電話機はリビングにあるので、トコトコと葉月は早足で現場へ向かって受話器を取る。
「はい、もしもし」
「あれ? もしかして、君は……」
「どちら様ですか?」
呆然としてる電話向こうの相手に名乗るよう促すと「初めまして。僕は君の伯父さんだよ」と挨拶されたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:09
愛すべき不思議な家族 16
おじさんって誰だろう。それが電話で応対している松島葉月の感想だった。
日頃、母親の松島和葉が昔の思い出を語るケースはまったくと言っていいぐらいにない。葉月も親戚と呼ばれる人間たちとは会った経験がなかった。
それが当たり前の状態になっていたので、とりたてて会いたいと思ったことはない。伯父さんとはどういうものか、電話相手から詳しく聞いてようやくわかったくらいである。
「ほ、本当にママの……お兄ちゃんなの?」
「ああ、そうだよ。ママはいないみたいだね。何時頃、帰ってくるかわかるかな」
和葉の行動予定を葉月もある程度把握してないと、万が一の事態に対応できなくなるので、毎月の和葉の出勤シフト表は毎月渡されていた。
リビングの伝言ボードに張ってあるシフト表を見ると、今日の勤務終了は午後六時になっている。とはいえ、残業が多いだけにアテにはできない。
シフト表の隣には、和葉が勤めている会社の電話番号と、直通の内線電話の番号が書かれたメモ帳もあった。緊急の用事なら連絡しても文句は言われない。
「いつ帰ってくるかはその日によって違うから、詳しくは……」
最近はオレオレ詐欺なんてのも流行しているし、顔も見えない相手の言葉を額面どおりに信じるのは無用心だ。何せ葉月は、伯父さんと言われても、顔どころか声も聞いたことがないのである。
「そうか……なら、君に伝言を頼もうかな」
電話向こうで少し考えた後、伯父と自称する人物は戸高泰宏と葉月に自己紹介してから、本題に入った。
「実はお母さんのお父さん……要するに、君のお爺さんの具合が悪くなってしまってね」
「えっ!? お祖父ちゃん!?」
これまたビックリな発言だった。父親がいるとは教えられていても、祖父がいるとは教えられてなかった。何故、母親の松島和葉がその事実を隠していたのか考える余裕もなく、葉月は伯父にその話は本当なのかしつこく尋ねる。
「もちろんだよ。どうやらお母さんは君に教えてなかったみたいだね」
「うん。伯父ちゃんのことも知らなかった」
「そうか。仕方がないかもしれないね。そうだ。まだ君の名前を聞いてなかった。いつまでも君って呼んでるのも失礼だからね」
「私は葉月。松島葉月って言います」
続いて自分の年齢も伯父に説明する。
「まだ小学校の低学年なのに、きちんとした受け答えができるんだね。伯父さん、感心したよ。これなら安心して伝言を頼めるよ」
葉月が戸高泰宏から頼まれたのは、一度ど実家に帰ってきてほしいというものだった。
「葉月ちゃんだって、お祖父さんに会ってみたいだろ?」
会いたいかどうかで問われれば、葉月の答えは決まっている。母親以外の家族はいないと思ってたのに、本当はお祖父さんまでいるのだ。会いたくない理由など見当たらない。
昔からお正月が明ければ、今年はお祖父さん、またはお祖母さんからどのくらいお年玉を貰ったという話ばかりが聞こえてきた。
葉月もお年玉は貰っていたが、あくまでも母親の松島和葉ひとりからだけだった。決まってそういった話には加われず、幾度も疎外感を味わってきた。そんな葉月だからこそ、お祖父さんがいる事実だけで胸が熱くなった。
「うん……会いたい」
素直な気持ちを葉月は口にしていた。相手の満足そうな様子が、電話から伝わってくる。
「なら、お母さんと一緒においで。お祖父さんも伯父さんも葉月ちゃんを待ってるから」
きちんとした会話はそれで最後だった。あとは簡単な別れの挨拶をして電話を切った。何もかもが突然の展開で、心の整理ができない葉月の心臓はドキドキしっ放しである。
それにしても母親の松島和葉は、どうしてお祖父さんの存在を内緒にしていたのだろう。もしかしてお父さんなら何か知ってるかもしれない。急いで葉月は再度二階へと向かうのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-27 09:10
愛すべき不思議な家族 16
ドンドンと部屋のドアがノックされる前に、高木春道は松島葉月の来訪に気づいていた。足音に特徴があるので、松島母娘のどちらが来たかはすぐに判別できる。
つい先ほど松島葉月の相談に乗ったものの、何もしてあげれずにガッカリさせてしまったばかりだった。
普段は仕事の邪魔になるからと、あまり二階に上がってこない少女にしては珍しい。よほど重大な事件でも起きたのかもしれない。ノックの音もいつもより荒々しかった。
「パパー。お祖父さんがママで内緒だったから、凄いビックリしたのー」
「……そうか。俺も今驚いてる最中だ」
慌てふためく少女は、部屋に入ってくるなり口早に台詞を発したが、支離滅裂で理解できる内容ではない。
とりあえずストックしてる飲料の中から、葉月でも飲めそうなジュースを探す。徹夜明けの気分を落ち着かせる際によく飲むグレープフルーツジュースしかなかったが、コーヒーよりはマシだろうと手渡す。
興奮のしすぎで彼女自身も喉の渇きを自覚していたのだろう。受け取ったと同時にプルタブを開けて、一気にジュースを飲み干した。
「酸っぱいよー」
一気飲みしてから言う台詞ではないと思うが、とにかく多少は気持ちを落ち着かせられたみたいだった。
「で、何がどうしたって?」
当初の説明ではまったく意味がわからなかったので、少女の呼吸が整うのを待って再度尋ねた。
「そうなの。ママが内緒でお祖父さんだったんだよー」
飲んだジュースの代金を払え。思わず春道はそう言いそうになる。駆け足でここへやってきたと思われる少女は、まだ頭をパニくらせているようだった。
「ママがお祖父さんだったら、俺はお祖母さんになるのか」
「違うよー。ママがね、お祖父さん隠してたの。で、葉月が見つかったの」
何のクイズだ、これは。そうは思っても、これ以上具体的な話は望めそうもない。頼みの綱の少女は興奮しっぱなしで、フンフンと荒い鼻息を室内に放出している。
少ない情報量から、葉月が何を言いたいのか考える。重要になってくるキーワードは「ママ」と「お祖父さん」だろう。それにさっき彼女は何て言ってたか。
ほんの数秒前に交わした会話の記憶を手繰り寄せる。ママがお祖父さんを隠してた。そうだ。確かに隠してたと言っていた。
ここまで考えて、ようやくぼんやりと解答が見えてきた。もしかして――。
「葉月にはお祖父さんがいたけど、ママが内緒にしてた。これで合ってるか?」
「うんー。何でー?」
問いかけに問いかけが返ってきた。恐らく少女の発した疑問符は、何故母親が祖父を隠していたかということだろう。
祖父の問題なら、父親も知っていて当たり前。少女がそう考えるのは、むしろ自然の流れだ。しかし実際問題、戸籍上のみの父親である春道にわかるはずもない。
「ママが帰ってきたら聞いてみな」
無難にこう答えるしかなかった。お祖父さんと言われても、松島和葉の父親なのか、それとも少女の本当の父親の父親なのか。それすらも春道は知らないのだ。
迂闊なことを言って墓穴を掘ったりしたら、それこそ松島和葉に何を言われるかわかったものじゃない。
「えー。パパ、教えてくれないのー? ズルいー」
「俺は仕事中だ。邪魔をしちゃ駄目だって、ママに言われてなかったか?」
「そうだけど……」
葉月が言葉を詰まらせる。少々意地悪な気がしないでもないが、この状況から無事に春道が逃げるためにはやむを得なかった。
「でも、パパっていつもお布団の隣でお仕事してるのー?」
うっ……! 発生した呻きを、なんとか春道は声に出さすに心の中で処理をする。慌しい足音に邪魔されたが、仕事ではなく睡眠をとろうとしていた最中だった。
疑惑の視線が、最近娘になったばかりの少女からじーっと向けられる。最終兵器を繰り出し、確実な勝利を手に入れたとばかり思ってたのに、まさかの反撃を食らってしまった。
「ちょっと忘れ物を取りに来たんだ。すぐに仕事をする部屋に戻るさ」
「パジャマ着てるのに?」
まるで松島和葉ばりの洞察力である。以前なら、何も言わずにすんなり退室してたはずが、迂闊に仲良くなってしまったせいで簡単にツッコまれる状況を作りだしてしまった。まさに自業自得である。
これだから子供は嫌いなんだよ。そう思ったところで後の祭り。こうなれば仕方ないと、春道は開き直って強引に会話を終了させる道を選ぶ。
「そのとおりだ。俺は気合を入れて仕事をしたい時はパジャマ姿でやるんだよ。知らなかったか?」
「でも、この間はちゃんとお洋服――」
「さあ、仕事だ仕事。葉月も宿題があるんだろ。部屋に戻って勉強しないとな」
「え? ちょ……パ、パパ!?」
まだ何か言いたそうな少女の背中を押し、半強制的に部屋から退室させる。急な出来事に抵抗もできず、廊下に追いやられた松島葉月はドア越しに「パパのけちー」となんとも可愛らしい声で、なんとも子供らしい文句を口にした。
「お祖父さんがそんなに気になるんなら、きちんと今夜ママに聞いとけよ」
明日もこんな騒ぎに巻き込まれたら洒落にならない。予定外の事態が続くほどに、人間はボロをだしやすくなる生物なのだ。
それは春道だけに通じる論理かもしれないが、とにかくややこしそうな問題は松島母娘だけで解決してもらうに限る。
「わかったー。パパも仕事頑張ってねー」
部屋から追い出されたのに別段怒ってる様子はなく、独特の語尾を延ばす口調で逆に春道を気遣ってくれた。
もしかしたら、仕事をしてたという嘘を完全に見抜いた上での高度な嫌味かもしれないが、松島葉月が意図してそんな台詞を言うとはとても思えない。
何か返事をしてやろうかと思案してる間に、トコトコと少女の足音が部屋の前から遠ざかっていくのが聞こえた。
しょうがないから仕事をするか。一度は本気になった春道だったが、襲いくる睡魔に結局勝てず、私室の布団で横になるのだった。
ドタドタとうるさい足音が、一直線に惰眠を貪ってる春道の下へと向かってくる。寝ぼけた状態でも正体が誰だかはわかる。松島葉月だ。また何か問題でも発生したのだろうか。
ドアがドンドンとノックされる前に、上半身をのっそり起こす。時計を見ると、すでに夜を通り過ぎて朝になっていた。仮眠のつもりが、しっかり熟睡してしまった。
仕事はあるものの、緊急を要してはないだけに問題はない。たまにはゆっくり眠るのもいい。結果的に強烈な目覚ましで、途中覚醒するハメになってしまったが。
案の定、慌しいノックの音が室内に響く。そう言えば昨日、祖父の問題で母親の松島和葉とよく会話するように言っていた。その報告だろうか。
パジャマ姿のまま、春道は「開いてるよ」と声をかけた。
「パパー、お仕事は……」
笑顔のまま、松島葉月が絶句した。パジャマ姿でボサボサ頭の春道を直視している。
……相手の反応で、昨日仕事をするからと部屋から追い出した光景が脳裏に蘇ってきた。
「何だよ。せっかく仕事を終えて、眠ったばっかだったのに」
ちょっと怒った声をだし、ずっと寝てたわけじゃないとわざとらしいアピールをする。ドアを開けて廊下に立ってるのが松島和葉だったら、一発で嘘だと見抜くに違いない。
「ご、ごめんなさい……」
信じてくれたのか、それとも怒声に畏怖してしまっただけか。葉月はすぐに謝罪してきた。素直な反応をされれば、春道も他に何も言えなくなる。
「で、どうかしたのか」
「そうだった。パパを呼びにきたのー」
「呼びにきた? 何のために」
「一緒にお祖父ちゃんの家に行くんだよー」
にこやかに葉月が本題を告げてきた。なるほど、お祖父ちゃんの家へ一緒にねぇ……。
「――って、何ィ!?」
予想外の展開に驚く春道を、松島葉月は嘘じゃないばかりに、瞳をキラキラ輝かせながら何度も頷いたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:53
昨天比较忙所以都没有空放上来----
对不起各位啦
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:54
愛すべき不思議な家族 17
話は半日ほど遡る。
父親の部屋から追い出された松島葉月は、トボトボと階段を下りて自室へと戻った。突然現れたお祖父さんに、頭脳は混乱しっぱなしである。
母親である和葉が会社から帰ってきたら話を聞こうと決め、それまでに学校からの宿題を済ませようとする。
まるで手につかない。腰を下ろしてる椅子の上で両手を組む。机の上で開かれたノートの上で、直前まで使用していた鉛筆がコロコロと転がる。
どこまでいくのか見てれば、ノートのすぐ隣で同じように開いてあった教科書にぶつかって、鉛筆のひとり旅は終了した。
いつもなら宿題に手こずったりはしない。学級内でも葉月の成績は常に上位で、勉強に関して和葉に怒られた経験はない。
もっとも別に勉強が好きなわけじゃなくて、友人もおらず、やることも他になかったので仕方なく教科書を開く生活をしてたら、いつの間にか成績が上昇してただけだった。
それでも学力テストでいい点をとれば母親が褒めてくれる。閉鎖的だった葉月の社会において母親の存在は非常に大きく、褒められるために勉強してたといっても過言ではない。
だがこのところその図式は崩れつつあった。勉強は今までどおりしてるけれど、葉月の個人社会において父親である高木春道の存在が非常に大きくなっていたのだ。
だからこそ問題が発生すれば、常に忙しそうな母親よりも先に春道へ相談に行く。今日は邪険にされてしまったけど、大抵は面倒臭そうにしながらも話を聞いてくれる。
「お父さん、きっと寝ちゃってるよね」
仕事と言っていたが、どう考えてもパジャマ姿でするとは思えない。仮に葉月なら、パジャマを着て宿題をしたりしないからだ。
同級生の中には、眠る前にパジャマ姿で宿題をする子もいるみたいだけど葉月は違う。母親の和葉から、幼い頃にきちんとパジャマは眠る前に着るものだと教育を受けたせいもあり、私服でないといまいち集中できないのである。
一度パジャマで宿題をしようとしたけれど、すぐに眠くなってしまって、それどころではなくなった。
結局、翌日に早起きをして慌てて宿題をしたのを昨日のことのように覚えている。
本当はもっと父親とたくさん話をしたかった。でも眠ろうとしてた春道を起こすのもかわいそうである。
「お祖父さんか……どんな人なんだろー」
気を取り直して宿題をしようとするも、すぐにまだ見ぬ祖父のことを考えてしまうのだった。
「駄目です」
帰宅したばかりの母親に、葉月が電話での内容を告げた途端に即答された。
「どうしてー」
「どうしてもです」
唇を尖らせて反論した葉月に、母親は一切譲ろうとはしない。
何故、お祖父さんの存在を内緒にしてたのか聞いても教えてくれない。会いに行きたいと言えば、ロクに考えもせずに拒否される。意地悪をされてるとしか思えなかった。
「いいもん。じゃあ、パパに連れてってもらうもん」
「いい加減にしなさい。最初にママとした約束を忘れたの? パパの仕事の邪魔をしないはずでしょう」
「……う~……」
「パパがママと離れて暮らしてたのは仕事のためだと説明したわよね。それでも家族のためにパパは一緒に暮らしてくれてるのに、葉月が仕事の邪魔ばかりしてると、また出て行ってしまうかもしれないわよ」
「いやっ!」
反射的に葉月は叫んでいた。いると聞かされてた父親と一緒に暮らすのを、心の底から望んでいたのは葉月だった。せっかく願いが叶ったのに、また離れ離れになるのは絶対に嫌だった。
「それならわかってくれるわね。ママも仕事で都合がつかないし、パパもお仕事が忙しい。仕方ないの」
母親である和葉の言いたいことは充分理解できた。けれど、どうしてもお祖父さんに会いたいという心を抑えこめない。
「わかった……」
「よかったわ。今度休みがとれたら、代わりにどこか他の場所に連れて行って――」
「葉月がひとりで行ってくる」
この申し出はまったく予想してなかったみたいで、さしもの和葉もすぐには言葉を見つけられず口を半開きにしてしまっている。
「地図とお金さえ貰えば、ママとパパに迷惑かけないようにするから」
考えた末の結論だったが、これも和葉には承諾してもらえなかった。
「まだ小学生の娘を、知らない場所にひとりで行かせられるわけないじゃない」
「なら、ママがついてきてよ!}
「いい加減にしなさい。いつからそう聞き分けが悪くなったの? 素直じゃない子はママ、嫌いよ」
「だってお祖父さんに会いたいんだもん!」
周りにいた子供たちは、皆お正月とかになれば両親だけじゃなく、お祖父さんやおばあさんからもお年玉を貰っていた。
他にもお祖父さんの家で虫を取って一緒に遊んだとか、母親しか知らない葉月にとっては羨ましい限りの夏の思い出がクラスメートたちにはあった。
以前ならこうした我侭を口にはしなかった。働いてる母親が大変だと子供ながらにわかっていたからだ。けれど父親と一緒に住めるようになって、少しずつ欲がでてきたのかもしれない。
何度もベッドの中で思い描いていた理想の家族が作れるような気がして、葉月の感情は自分でもコントロールできないぐらいに昂っていた。
「駄目よ」
どれだけ葉月が頼みこんでも、相手の答えは一貫して同じだった。
「……ママとママのパパ――葉月のお祖父さんは仲が悪いの。だいぶ前に絶交してるの。だから会いたくないのよ」
いつまでも葉月が引かないので、理由を話して納得させようと思ったのか、いつになく怖い顔と口調で和葉がそう告げた。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:54
愛すべき不思議な家族 17
あまりに迫力があったので、葉月は一瞬何も言えなくなってしまった。いつの世も子供より親が強いもので、本気で言われると太刀打ちできない。まして葉月はまだ子供だ。
いつもならここで勝敗は決する。だからこそ、和葉も少し強めの口調を選んだに違いない。しかし今回だけは勝手が違った。
「喧嘩してるんだったら、仲直りしなきゃ駄目でしょ! 自分だけじゃなく、他の人のことも考えなさいって、ママがいつも葉月に言ってるんじゃない!」
ほとんど泣きながら葉月は叫んでいた。どうしてもお祖父さんに会ってみたかった。
「ママ、お願い! 一回だけでもいいの」
涙ながらの懇願を続ける葉月を、母親の和葉はしばらく真っ直ぐ見つめていた。やっぱり駄目かと、諦めかけた時だった。
和葉が目を伏せて、小さくため息をついたのだ。
「仕方ないわね。わかったわ。ママと一緒にお祖父さんのお家へ行きましょう」
葉月は目を輝かせる。和葉はかなり頑固なところがあるので、連れて行ってもらえるとしても、もっと苦戦すると想定していた。まさしく嬉しい誤算だった。
「じゃあ、パパにも言わなきゃ」
葉月の提案に対して、母親が反対する前に言葉を続ける。
「お祖父さんに会いたいって言ったら、パパがママに相談しなさいって言ったの。だからパパも一緒なの」
かなり強引な理由づけだったが、母親と父親、それにお祖父さんも一緒になって遊ぶ。それこそが葉月の夢のひとつでもある。父親の高木春道が一緒でなければ叶わないのだ。
これに母親の同意を得るのも、かなり大変だろうと葉月は予測していた。しかし結果は予想を裏切るものだった。
「……いいわ。ただし、パパが一緒に行ってくれるって言ったらの話よ」
「うんっ」
葉月は元気一杯に返事をした。
それからは楽しい気分で一日を過ごせた。食事もいつもより美味しく感じられ、お風呂もいつもより楽しかった。
幸いにして明日からは土日になる。学校は休みなので、翌日には出発することになった。残っている問題は、父親の高木春道である。
普通に頼んでも一緒に行ってくれるかは五分五分。しかも日中眠そうだったので、もしかしたらまだ寝ているかもしれない。無理やり起こして、機嫌を悪くさせては元も子もない。なので葉月は明日の早朝に狙いを定めた。
起きるて準備を終えると同時に、春道の私室へ行って寝ぼけてる状態の父親に有無を言わさず同行させるのだ。
土壇場の状況になれば、高木春道は味方になってくれる。半ば確信めいたものが葉月にはあった。
すべては明日だ。楽しみにしながら、葉月はベッドに入るのだった。
廊下から松島和葉は、自室に戻った娘の様子を窺った。どうやらすでに眠ったようだ。
リビングに戻り、椅子に座ってテレビもつけずにボーっとする。すでに睡眠を開始するのに最適な時間になっており、必要な家事もすべて終えていた。
まさか葉月を狙ってくるとは予想外だった。兄に電話をして文句を言おうかとも思ったが、葉月が祖父にあそこまで会いたがってる以上、相手を責めたところでどうにもならない。
父親と絶好している。娘の葉月に言ったとおりだった。正確には和葉が自分の父親――つまりは実家から勘当されていた。
実家を出た時に、和葉は二度と戻るまいと心に決めた。それがこんな形で自分にたてた誓いを破る結果になろうとは想像もしてなかった。
加えて、本来なら何の関係もない高木春道も同行するかもしれない。同居したての頃なら拒否されただろうが、現在の彼は葉月が頼めば応じる可能性が高い。
それをわかった上で、和葉は娘の申し出を全部了承したのだ。実家に戻れば、確実に娘だけじゃなく、夫の顔も見せろと要求されるのは明らかだったからである。
結婚したことは実家には告げてない。だから兄も知らない。和葉自身から言うつもりはなくても、娘の葉月が兄に教えるケースは十二分にあり得る。
そうなった場合、その場に戸籍上の夫である高木春道がいないと、またややこしい問題に発展しまう。
あまり関わりたくない問題だったからこそ、父だけじゃなく、兄とも実家を出てから一度も会ってなかった。
けれどこうなってしまったからには、もう関わりたくないなどとは言ってられない。どうせ直面するのなら、この機会に一気に片付けてしまおう。それが和葉の考えだった。
実家は車でも電車でも、一日あればゆっくり着くことができる。近くもないが、極端に遠くもない。現代は交通整備がされており、車の場合は高速道路。電車の場合は新幹線を使えばいいだけである。
どちらもオフシーズンなので、お正月やお盆みたいに帰省客でごった返すこともない。スムーズに目的地へ行けるはずだ。
夕食後に会社に電話して、明日と明後日の二日間を有給休暇にしてもらった。ここのところ働きづめだったので、直属の上司である店長も快く休みをくれた。
何気なく天井を見上げる。実家に住んでいた頃の思い出が蘇ってくる。
地元には仲の良い友人もいるし、家族とも決して仲が悪いわけじゃなかった。そのすべてを変えてしまったのがあの問題だった。和葉が実家から勘当されることになったあの――。
「……とにかく明日ね」
下手に夜更かしをして体調を崩しても仕方ないので、和葉も自室に戻って眠ることにする。
そして、久しぶりに実家に戻る運命の日を迎えるのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:54
愛すべき不思議な家族 18
何でこんなことになってるんだ。私室でスーツに着替えている高木春道の脳内では、巨大なハテナマークが無数に並んでいた。
仕事をし終えたあとで、戸籍上で最近娘となった松島葉月から相談を受けた。確か内容は祖父に関するものだったと記憶している。
父親をほしがる娘のためにと、葉月の母親である松島和葉は春道に結婚してほしいと頼んできた。数々の好条件と引き換えに、愛のない結婚を了承する。
その時に決めた約束事のひとつに相互不干渉があった。お互いの生活を尊重するために、必要以上に相手の生活に入りこまないようにしようということだ。
それがどうしたわけか、子供嫌いなはずなのに春道から松島葉月の世話を焼いてしまった。それ以来、どうも懐かれている。
好ましくない状況だと、何度も松島和葉から怒られ、その度に気をつけようと思うものの、どうしても決意したとおりにはいかない。
そして今日。これまた何でか、松島和葉の実家に春道も同行することになったのだ。
緊急の仕事ではないので日程に余裕があり、なおかつ和葉の承諾も得てるらしきことを葉月が言っていた。そうなれば居候に等しき春道は従わざるを得ない。
祖父に関しては、戸籍上は父親でも実際は他人の春道がどうこう言える問題ではない。だからこそ、母親である松島和葉に相談しろと葉月に言った。
わりと素直な性格をしてる松島葉月は、そのとおりに母親と話し合ったのだろう。どういういきさつがあって、家族三人で実家に行くことになったのかは不明なままだ。
仮初の夫婦である春道と和葉だけに、ひょんなことでボロがでないとも限らない。スーツに着替え終えても、春道の気は重かった。
「乗りかかった船か……」
一度大きくため息をついてから、決定してしまったのは仕方ないと気合を入れる。松島和葉は一階で、娘の松島葉月は二階の廊下で春道を待っている。出発の時間もあるので、そろそろ部屋を出ないといけない。
私室のドアを開けると、即座に葉月が駆け寄ってきた。よく懐いてる子犬みたいだ。
合流した松島葉月を連れ添って階段を下りると、すでに松島和葉は突き当たりの玄関で待っていた。準備したものを入れたバッグを二つ側に置き、すでに靴をはき終えている。
荷物のうちのひとつは可愛らしいリュックサックで、見つけた葉月が楽しそうに背負う。まるで遠足気分な我が子を見て、少しだけ和葉が微笑む。春道には決して見せない表情だ。
一泊したとしても明日には帰ってこれるので、春道は一切着替えなどを準備していない。元々無頓着なタイプなので、同じ服を二日続けて着てもわりと平気だったりする。
「で、実家にはどうやって行くんだ」
今朝方、松島の実家に向かうと告げられたばかりなので、移動方法などはまるで知らされていない。葉月に聞いてもよかったが、朝からだいぶ興奮してるので、まともな返答が得られるとは思えなかった。
「新幹線でと思っています。実家も田舎なので、結構電車を乗り継ぐことになります」
となると時刻表を見ての移動になる。何事も余裕を持って望みたい性分だけに、キツキツのスケジュールには若干の抵抗がある。万が一不測の事態に陥った場合、次の手に困ってしまうからだ。
そこで春道は車では駄目なのか和葉に聞いてみる。車ならいちいち乗り継ぐ必要はない。それに文明の発達した昨今では、高速道路なんて便利なものも存在する。
悩む和葉に、隣で話を聞いていた少女が「葉月もパパのお車がいいー」と春道の考えに賛同した。こうなれば娘を溺愛している和葉が反対するわけもなかった。
車で移動することになり、春道が鍵を開けると和葉が葉月を後部座席に乗せた。それから自分が助手席へと乗る。一応は夫婦なのだから、家族で出かける配置としてはこれが普通なのかもしれない。
「では、おせ――いえ、お願いします」
途中で和葉が言葉を変更した。恐らくは春道に「お世話になります」と言おうとしたのだろう。けれど、それではあまりに他人行儀すぎる。そこでわざわざ言い直したのだ。
とはいえ、途中まで台詞が出かかるあたり、やはり葉月とは違って家族とは認めてないようである。
当然の話だった。春道とて、未だこうして和葉たちと暮らしてる現実に違和感を覚えたりするのだ。ほとんど初対面に等しかった男女が、何の感情もなく突然結婚したのだから無理もない。
とりあえず松島の実家までのナビを和葉に頼み、春道は車のエンジンをかける。マフラーから威勢のいい音が鳴り響く。今日も愛車はご機嫌のようだった。
ガレージから車を発進させ、松島和葉の案内で目的地を目指すのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:55
愛すべき不思議な家族 18
高速道路を使い、途中途中でパーキングエリアにも寄りながら、なんとかその日のうちに松島の実家へと到着する。
考えてみれば、松島和葉と結婚したはいいものの、春道は相手方の両親へ一度も挨拶をしていない。
それは和葉も同様だったが、春道はわざわざ両親に紹介する必要もないと思ってたので、実家に連れ帰ったりはしてなかった。頼んでも断られそうだったし、どうせ松島葉月に父親が不要になれば離婚する約束なのだ。
「うわー。おっきいお家ー」
田舎と和葉が称してたとおり、この近辺で目撃した景色と言えば田んぼと森程度だ。春道たちが住んでるところも都会とは言えないが、この地域こそ田舎と呼ぶに相応しい。
平屋が多い一帯の中で、ひときわ目立つ立派な家。昔ながらの由緒正しき家柄といった感じで、一見すると武家屋敷を連想させる。
「こ、ここが……本当に……?」
思わず春道まで上擦った声をだしてしまう。テレビでしか見た経験のない建物だった。車から降りた松島和葉は、どこか忌々しげに春道の問いかけに頷いた。
道中から機嫌が悪かったが、実家が近づくに連れて拍車がかかっていた。無愛想ながらもきちんと応対してくれるいつもとは違い、迂闊に話しかけられないオーラが全身から発せられている。
何かとんでもない事態に巻き込まれてしまったんじゃないか。嫌な汗が春道の頬を流れた。
「なんかねー。ママはお祖父さんと絶交してるんだってー」
ぴょんと後部座席から地面に飛び降りた松島葉月が、にこやかな笑顔でとんでもない事実を通告してきた。
絶交――それはすなわち、松島和葉が実家から勘当されてるということではないのだろうか。そんな事実はまったく聞かされていなかった。
葉月に前から知ってたのか聞くと、さも当然そうに「うんー」と肯定の言葉が返された。
道理で松島和葉が、父親――葉月にとっては祖父の存在を隠していたわけである。どんな理由があるかは不明だが、そんなデリケートな問題に娘を関わらせたいはずがない。
恐らくは何度も松島葉月の頼みを拒絶したに違いない。それでも最終的には娘の熱意に折れた形になったのだろう。そうでなければ、こんな展開になるとは考えられなかった。
かなりヘビーな問題なのに、自分なんかが関わってもいいのだろうか。漠然とした不安を春道は感じていた。それでもここまで来た以上、和葉たちと一緒にいくしかなかった。
松島和葉も肉親などに、春道と結婚した本当の意味を教えてるとは思えない。ならば、春道と和葉はれっきとした夫婦なのだ。妻の問題は夫の問題でもある。ここで春道がいなければ、後々面倒事に発展するかもしれない。
逃げたところで厄介な事態が好転するはずもない。どこかで必ず向き合わなければならない。それが本当の夫婦だったらの話だが。
春道と松島和葉の夫婦関係は独特なので、どちらかと言えば巻き込まれたような気がしなくもない。今更そんな恨み言を口にしても後の祭り。なるようにしかならない。
覚悟を決めて、春道も車から降りてロックをする。家も広大なら、土地も広大。駐車スペースには困りようもなかった。
和葉は自分の荷物を持ち、少し離れた場所で娘と一緒に春道を待っている。とっくの昔に置いていかれたと思っていたが、そうではなかった。
少し嬉しく感じたものの、よくよく考えてみれば初めて来た嫁の実家で、夫をひとり置き去りにして行くケースもそうそうない。
葉月に「パパ、早くー」と呼ばれ、少し急ぎ足で春道は二人に追いつく。
「ここが私の実家です。訳あって勘当されてますが」
淡々と松島和葉から、実家と現状の説明がされた。勝手知ったる我が家のはずなのに、やはり嬉しそうな様子は微塵もない。
春道自身も、自分の顔が引きつってるのがわかった。どんな事情があるにせよ、実家から勘当されたからには複雑に決まっている。
実家とは割と疎遠な春道でさえも、両親から勘当だと通告された経験はない。何をどうすれば、そこまで事態が発展するのか想像もつかなかった。
何はともあれ、必要以上に松島家の問題に口を挟むつもりはなかった。解決するかどうかも含めて、あくまで松島和葉の判断次第なのだ。ここで春道が変に横槍を入れれば、さらに面倒な事態になるのは想像に難くない。
あまり実家のことは語りたくないのか、それきり無言になった松島和葉がスライドタイプの古めかしい入口を開ける。
ガラガラと特有の音が鳴り、玄関が姿を現す。視界に映った景色は、これまたテレビでよく見るような由緒正しきものだった。
帰宅すれば「ただいま」と言うのが普通なのだが、松島和葉の場合は「ごめんください」と感情のこもってない声で、玄関奥に向かって声をかけた。
小さな声だったがきちんと届いたようで、奥から足音が聞こえてくる。葉月が春道の私室へ来る時みたいな慌しさはない。あくまでも、家の雰囲気どおりの丁寧さを備えていた。
玄関からの道筋は一本で、突き当たりで廊下が左右に別れている。初めて来た春道には、もちろんどちらにどんな部屋があるかなど知る由もない。
やがて右側の廊下から、ひとりの若い男性が姿を現した。すぐに玄関までやってきて、まずは一度ぺこりと頭を下げた。
年齢は春道より少し上程度。顔つきはいたって穏やかで、見るからに好青年といった感じである。かけている眼鏡が育ちの良さをより際立たせている。
体型もスラッとしているけども、痩せすぎといった感じはしない。標準体型という形容が一番相応しい。面影がどことなく松島和葉に似ていると思っていたら、男性はまず最初に「よく帰ってきてくれたな」と和葉に声をかけた。
「葉月まで使って、そう仕向けたのは兄さんでしょう。別に帰ってきたわけではありません」
瞼を閉じ、不機嫌さを隠そうともせずに、松島和葉は兄と呼んだ目の前の男性にそっけなく言い放った。
辛辣な台詞を浴びせられた男性は苦笑いを浮かべながら、今度は春道の方を向いた。
「初めまして、戸高泰宏です。和葉はおしとやかそうでいて、気が強いから貴方も大変でしょう」
「い、いえ、そんなことはありません。あ、私は高木春道です」
同情の視線を向けられても、そのとおりですよなどと春道は口が裂けても言えない。差し障りのない言葉を返してから、春道も自己紹介して頭を下げた。
それと同時にある種の疑問も生じた。
「戸高……?」
思わず頭の中に浮かんだ疑問を口にだしてしまった。マズいと思った時には、増した濃度の苦笑いを浮かべる戸高泰宏がいた。
「ある程度の事情は妹から聞いてると思いますので、正直に話します。妹――和葉は戸高家から勘当された身ですので、母方の旧姓である松島を名乗ってるのです」
無礼な態度をとってしまったにもかかわらず、それを咎めることもなく懇切丁寧に戸高泰宏が事情を説明してくれた。どうやら普通にいい人のようである。
それにしてもずっと松島の実家だと思ってたのが、まさか戸高家という別姓の家だとは予想もしてなかった。
和葉は当然ながら、葉月もある程度は承知してたようであまり驚いてない。それとも単に事態が理解できてないだけなのか。それは松島葉月本人にしかわからない。
「おじさんがママのお兄さんなのー?」
ここまで大人たちのやりとりを黙って聞いていた松島葉月が、ここで初めて口を挟んできた。春道と歳がさほど変わらない相手を、平気でおじさん呼ばわりするとはさすが小学生である。歳の若さなら最強の部類に入る。
「そうだよ。伯父さんがママのお兄さんだ」
それでも戸高氏は嫌がりもせず、しゃがみこんで葉月と目線を合わせてから笑顔でそう答えていた。
「積もる話や聞きたいこともあると思うけど、とにかく父と会ってくれないか」
「……そうね」
気乗りはしてなさそうだったが、一応松島和葉は頷いた。実家へ来た本来の目的は、葉月が祖父と会いたがっていたからだ。娘の希望を叶えるためには、どれだけ嫌でも一度は勘当した父親と会わなければならない。
はたしてそういった時の心情とはどんなものなのか。同じ事態に直面した経験のない春道にはわからなかったが、とにかく和葉や葉月とともに、戸高家にお邪魔させてもらうのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:55
愛すべき不思議な家族 19
「何しにきた」
春道たち一向が戸高泰宏の案内で、葉月の祖父――言わば松島和葉を勘当した実の父親の部屋へ入った瞬間に、室内にいたひとりの男性から発せられた言葉がそれだった。
老齢と呼ぶにはまだ少し若い。中年と形容するのが一番妥当に思えた。恐らくは五十代半ば程度から後半ぐらいだろうか。口元には立派な鬚を生やしており、春道の初見のイメージは田舎の大地主といった感じだった。
「親父。せっかく和葉が戻ってきてくれたのに、そんな言い方はないだろう」
春道たちと一緒にいた戸高泰宏が、食ってかかるようにベッドで横になっている男性に近づいていく。
「俺は帰ってこいと頼んだ覚えはないぞ」
自力でベッドから上半身を起こし、戸高泰宏の父親と思われる男性がきっぱりと言い放った。昔ながらの頑固親父の印象で、素直に謝ったりするタイプにはとても見えない。
この父親と話がこじれたら大変だろうな。春道でさえも、他人事ながらそう思ってしまう。松島和葉の場合はそんな人間と、喧嘩どころか勘当されてしまってるのだ。
ちらりと横目で様子を窺うと、何の感情も抱いてないようだった。ベタなドラマだったら、ここで孫の葉月が父娘の雪解けのための重要な役目を果たしたりする。
考えてから、まさかそんな展開はないだろうと頭の中で春道が否定してると、母親の和葉よりも早く娘の葉月が口を開いた。
「アタシのお祖父さんなんですか」
初対面の相手だろうか。いつもみたいに自分のことを名前で呼ばずに問いかけた。そう言えばと春道も記憶を蘇らせる。
銭湯で初めて松島葉月と出会った時も、彼女は自分をアタシと呼んでいたはずだ。記憶力はさしてよくないはずなのに、何故こんなことを覚えてるのか不思議だった。
「違う」
松島葉月の問いかけに対して、見事なまでのぶっきらぼうな答えが返ってきた。表情ひとつ変えてないところを見ると、どうやら強がりなどでわざと口にしたわけではなさそうである。
「余計な世話を焼いてくれたのはお前か、泰宏」
ギロリと男性に睨まれ、戸高泰宏氏は何も言い返せずに押し黙ってしまう。完全に迫力負けしていた。
それでもはるばる来てくれた春道たちに悪いと思ったのか、若干弱々しい口調ながらも戸高泰宏は必死に反論する。
「親父が頑固だから、こんな機会でもないと和葉と和解できないだろう。いい加減に意地を張るのは止めてくれ」
「ほう。俺が意地を張ってるだと。何故、お前にそんなことがわかるんだ? 是非とも理由を教えてくれないか」
威圧感たっぷりにプレッシャーをかけられると、せっかく集めた気力もどこかへ飛び散ってしまう。
恐らくは父娘を仲直りさせようと、戸高泰宏は妹である松島和葉にあの手、この手で勘当された実家に帰宅させようとしたのだ。
とりあえずの目論みは成功し、こうして家族揃って実家へ戻ってきたわけだが、父親をどうやって説得するかまでは頭がまわってなかったみたいである。
戸高泰宏氏に思慮が足りないとは一概に言えない。理由はあの男性の頑固すぎるくらいの性格にある。仮に素直に仲直りをしてくれと頼んでも、まず間違いなく首を縦には振らない。そこで娘である和葉から歩み寄らせる方法を考えついた。
父親にとっては孫となる葉月も同行してくるし、多少は素直になってくれる。そう考えたくなるのもわからなくはない。だが兄妹ならわかるだろうが、松島和葉もおしとやかそうに見えて芯は頑固だ。改めて実の父娘なのだなと実感する。
「もういいわ、兄さん。どうせこうなるのがわかっていたもの」
相変わらず感情のこもってない顔と声で、松島姓を名乗ってる娘が他人事のように呟いた。悲しみさえ表面に出なくなるほどの冷め切った親子関係。勘当されたのはだいぶ前だと簡単に想像がつく。
「わかっていたのに、泰宏の口車に踊らされたのか。相変わらず愚かな人間だ。少しも成長していないようだな」
「……他人である貴方に言われる筋合いはないと思いますが?」
父娘の間で背筋がゾクリとするほどの緊張感が生まれる。何でこんな場所に着いてきてしまったのか、今更ながらに春道は後悔していた。
「ママ、それはめー、でしょ!」
戸高泰宏氏も口を挟めない状況の中、複雑に絡み合った空気を甲高い声が打ち砕いた。
声の主は松島葉月だ。子供だからこそ、大人では口出しできない状況下でも発言できたのかもしれない。
いや、意外と洞察力が鋭い少女だけに、わかっててピリピリとした空気を壊した可能性もある。そうだとしたらたいしたものだ。
「葉月……?」
きょとんとしてる母親の前に立ち、松島葉月はもう一度「めー、なの」と唇を尖らせて母親を注意する。こうした仕草だけを見てると、小学生というよりまるで幼稚園児だ。
「喧嘩してても、お祖父さんは他人じゃないの。葉月のお祖父さんなの」
真剣な顔つきで、必死に松島和葉へ抗議をする。親しい人間が母親ひとりしかいなかった少女にとって、祖父の存在は春道たちが思ってるよりも大きいのかもしれない。
父親を求めた状況からも、葉月が何より家族を欲しがってるのはよくわかる。戸高家へ来るまでは、楽しい話でもしながら皆で夕食をする。そんな光景を何度も頭の中に思い描いていた可能性も否定できない。
本当は父親とは会いたくなく、勘当された自宅にも帰りたくなかったはずの松島和葉でさえ、娘の熱意に動かされたといっても過言ではないのだ。
「お祖父さんも、喧嘩したら仲直りしないと駄目なのー」
プンプンと怒る松島葉月が、祖父にも苦言を呈する。これまたベタなドラマだったなら、ここで父娘がお互いに謝罪して一件落着となる。しかし現実は甘くなかった。
「俺に孫はいない。どこの子供かは知らないが、勝手に家に入ってくるとはよほど躾がなってないのだな」
元気印がトレードマークの松島葉月も、強面の顔にギロリと睨みつけられればさすがに怯む。
葉月が春道の顔を見て助けを求めてくるが、生憎と何を言ったらいいのかわからない。基本的に結婚の挨拶さえしてないし、そもそもこうした家族間の問題に口を挟める立場ではなかった。
それは松島和葉も重々承知しているのだろう。春道に被害が及びそうと見るや、娘の髪の毛を撫でながら優しい声で「帰りましょう」と呟く。
「でも……だって……」
葉月は何度も祖父と母親の顔を見比べる。綺麗に輝く瞳からは、現状をなんとか打破したいという強い意志が伝わってくる。
松島和葉とその父親に仲直りしたがってる空気があれば話は別だが、春道の目からはどうにも両者の溝は深いように見える。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:56
愛すべき不思議な家族 19
「さっさと帰れ」
これまでと何ら変わらないキツい口調。何者も寄せつけない厳しさがそこにあった。松島葉月と、彼女を戸高家に導いた泰宏氏だけが落胆の表情を浮かべている。
これ以上の会話は無意味だ。第三者である春道でもはっきりとそうわかるのだから、当事者たちはより強く感じてるに違いない。
「帰るわよ」
もう一度、松島和葉が娘に告げる。戸高泰宏氏は何も言わない。父娘を仲直りさせるのを、すでに諦めているふうだった。
「いやだもんっ! こんなのいやだもんっ! だって、だって……」
嗚咽を漏らし始めた松島葉月が、両目から溢れてくる涙を洋服の袖で拭う。大人たちとは違い、特殊な事情を知らない子供だからこその反応だった。
それゆえにとてもストレートで、感情が各人の胸に深く突き刺さる。なんとかしてやりたいとは思うが、直面している問題の根の深さを知らない春道が発言しても焼け石に水どころか、余計に事態を複雑化させる原因になりかねない。
「……帰れ」
その場を動こうとしない少女ひとりに、松島和葉の父親冷たい台詞をぶつけた。会うのを楽しみにしていた親族からの心無い仕打ちに、葉月は何も言えずに俯いて泣きじゃくる。
申し訳なさそうな顔をしている戸高泰宏を横目に、和葉は娘の背中を押して、ともに父親の部屋から退出する。
残っていても仕方ないので、春道もそれに倣う。すぐに戸高泰宏氏も部屋から出てきた。
「……帰ってくるべきではなかったわ」
実兄の顔を見もせずに言い放ち、和葉は葉月の手を握ったまま歩き出す。春道の記憶が間違ってなければ、向かった先には玄関がある。
松島和葉からすれば、元々ここは勘当された実家。別姓を名乗ってる以上、自分には関係ないとすでに割り切ってるのだろう。そこへ愛してやまない娘への今回の一件。怒りがマックスレベルに達してると推測するのは、さして難しくもない。
「確かに、和葉の言うとおりだったかな」
自嘲気味に戸高泰宏氏が笑う。この人はこの人なりに家族を想って、今回の一件を演出したのだ。結果は失敗に終わってしまったが、決して悪い人ではない。
父親に似て、頑固で芯の強い一面が松島和葉あるのは、兄である戸高氏が一番よく知っている。だからこそ、あえて急いで後を追おうとしないのだ。
表面では平静を装っていても、内心ではマグマのごとく彼女の怒りは沸騰してるに違いない。そんな状況で無理に会話をしようとするのは、火に油を注ぐようなものである。
なかなか意見を曲げようとしない女性だけに、戸高氏が引かない限りは喧嘩になるのは必至。それぐらいは兄妹ではない春道でも十二分にわかっていた。
「せっかく来てもらったのに、申し訳なかったね」
だからというわけではないだろうが、戸高泰宏は春道にペコリと頭を下げていた。相手はどういった経緯で、春道と松島和葉が結婚したのか知らないだけに、自分はただの付き添いなのでと軽く受け流すわけにもいかない。
「まさか親父があそこまで意固地になるとは思わなかった。完全にこちらの読み違いだよ。無駄足を踏ませてしまった」
丁寧に謝罪してくれる戸高泰宏氏に、春道は「気にしないでください」と返答する。それしか言いようがなかった。
「そう言ってもらえると助かるよ。和葉は容姿は母親に似たんだけど、性格は父親似でね。兄妹だからなんて理由は通じない。母親が生きてれば、まだ少しは違ったのかもしれないけどね」
どうやら松島和葉の実母はすでに他界しているらしい。お互いの家族構成など報告しあってないので、初めて知った。何て返したらいいかわからず、春道が無言でいると戸高泰宏は構わずに台詞を続ける。
「幼い頃に母親を亡くしてから、親父は男手ひとつで俺たち兄妹を育ててくれた。和葉だってそれぐらいはわかってるはずなんだけどね」
そう言って、どこか寂しそうに戸高氏がフッと笑った。困った。やはり何を言っていいのかわからない。春道が葉月を連れて、先に車へ向かうべきだった。今更ながらに後悔する。
「あんなことがあったからしばらく連絡はとってなかったけど、たったひとりの妹だからね。ずっと心配はしていたんだ」
戸高氏の会話内容から、他に兄弟はいない事実も判明する。こうして自分だけ、松島和葉の家族構成を知っていくのは不公平な気もしたが、何も春道から質問したわけじゃない。相手から積極的に話してくるのだ。
「でも無事に結婚もしたみたいだし、安心したよ。妹をよろしくお願いします」
これまでで一番丁寧なお辞儀だった。兄妹だからこそ遠慮のないやりとりがあるのかもしれないけど、血の繋がりは決して消えない。心配するのは当然だった。
春道が「わかりました」と返事をすると、満面の笑みで戸高泰宏が頷いた。この場で真相を暴露したところで誰も得はしない。真剣に受け止めて間違いはなかった。
「それにしても、よく和葉との結婚を決意したね」
松島和葉の頑固な性格を言ってるのだと思ったが、互いの損得だけを考えての結婚だけにキツくあたられたりした経験はない。むしろきちんと食事等の世話を、事前の約束どおりにしてもらってるので感謝したいくらいである。
「いえ、特に問題はなかったですよ」
「そうか。君は器が大きいんだな。奥さんと血が繋がってない子供も、きちんと自分の娘として受け入れたんだからね」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:56
愛すべき不思議な家族 20
……え? 頭の中に無数の疑問符が発生する。春道は戸高泰宏の台詞を思い出す。奥さんと血が繋がってない子供も、きちんと自分の娘として受け入れた。それが意味するのはつまり――。
「……あれ? もしかして、知らなかったのかな……」
返事をしない春道の態度を見て、戸高氏がまたやらかしてしまったのかと、実に気まずそうにする。
「いえ、大丈夫ですよ。少し考え事をしてただけですから」
「ああ、よかった。余計なことを言ってしまったのかと思ったよ。和葉に怒られる案件が無駄にひとつ増えてしまうところだった」
心の底からホッとしている戸高泰宏に、充分余計な情報を与えてくれたので、あとで妹さんから大目玉を食らうと思いますなんて春道にはとても言えない。
妹との結婚を受け入れたのだから、当然娘の問題も承諾済みだと相手は思ってたのだろう。勝手な推測で物事を口にするあたり、慎重かつ冷静な松島和葉の実兄とはとても信じられない。
むしろ戸高泰宏と松島和葉に血が繋がってないと言われた方がピンとくる。
「昔から大事なところでひと言多くてね。親父からも妹からもよく怒られたよ。こういうところは母親に似てしまったみたいでね」
愛想笑いを浮かべてはいるが、春道にとって戸高泰宏の性格が父親似だろうと、母親似だろうとそんなのはどうでもよかった。
重要なのは、松島和葉と松島葉月に血が繋がってない点についてである。もっともそのあたりの事情を知ってる感じをだした以上、戸高泰宏に実情を聞くわけにもいかない。
仮に問われた時点で「知らなかった」と答えていても、春道と和葉の夫婦間の問題になるので相手は答えてくれなかっただろう。
ただ松島の実家を訪ねるだけと思いきや、とんだ重大な情報を得る結果になってしまった。松島葉月は知らない可能性が高いし、直接松島和葉に尋ねても「貴方には関係ありません」で終わりそうだ。
そのあたりの事情については、時期が来たら松島和葉が娘に直接教えるに違いない。春道が余計な口を挟むのは、それこそ筋違いになる。ここは知らないふりをしておくのが一番いい。それが考えた末に導き出された結論だった。
ふと気づけば、戸高泰宏はどうやら自分たちの母親についての話をしていた。父親とは違っておっとりしており、滅多に怒ったりしなかったらしい。
「その代わり、一度怒ったら親父でさえも手をつけられなくてね。優しさと厳しさを兼ね備えた人だったよ」
戸高泰宏氏の母親についての話がひと段落すると、それを待ってたかのように足音がひとつ近づいてきた。
「ここにいたのね」
スッと姿を現したのは松島和葉だった。玄関まで行ったはいいものの、なかなか春道がついてこないので心配になったのかもしれない。
「……悪かったな」
気まずそうに謝罪した兄に、妹は無表情のままで首を左右に振った。
「勘当された実家に戻ると決めた時に、こうなると大体予想はついてたから。わからなかったのは、きっと兄さんだけよ」
穏やかな口調ではあったものの、言ってる内容はかなりドギつい。要するに、戸高泰宏氏の思慮不足を暗に責めたのである。
「そうかもしれないな」
妹の真意に気づくと同時に、父親と積極的に仲直りするつもりもないと悟ったのだろう。兄である戸高氏はどことなく寂しそうだった。
「……兄さんのせいではないわ。何もなかったとしても、いずれはこうなっていたと思う。私とあの人は、まるで火と油だもの」
娘だからこそ、父親との相性がよくわかっているのだ。加えて頑固な性格をしてる松島和葉は、自分からは決して頭を下げない。
意地を張り合ってしまうだけの事件があったのだと簡単に推測できるが、わざわざ春道が自分から首を突っ込むべき案件ではないのだけは確かだった。
戸高泰宏氏の迂闊な発言のせいで、半分程度は巻き込まれてしまっているが、今後気をつければ問題はない。
「そうか。でも、このままでお前は本当に後悔しないか?」
あくまで長男として、家族の不和を心配しての戸高氏の発言だった。それがわかってるからこそ、松島和葉も邪険には扱えないのだ。
「……わからないわ。でも、今はこのままでいいと思ってる。心配しないで」
わからない――。正直な和葉の心境に違いない。兄である男性ももそれを理解して、これ以上うるさく言うつもりはないようだった。
「わかった。和葉の好きなようにすればいい。最後はお前の問題なんだからな」
「ごめんなさい。兄さんにはいらない迷惑と心配をかけてしまったわね」
「いや、気にしないでくれ。これまでは親父と一緒に住んでるだけになかなか連絡できなかったけど、今回はなんか嫌な予感がしてな。和葉を呼んだ方がいいような気がしたんだ」
「嫌な予感?」
戸高泰宏氏が発した言葉に、松島和葉がピクリと眉をひそめた。
「あ、また余計なことを言ってしまったな。気にしないでくれ。何かの確証があるわけじゃないんだ。あれだけ元気だった親父が急に倒れたから、変に神経質になってるのかもしれないな」
「そう……」
これまで素っ気ない態度をとっていた松島和葉の表情に、かすかな暗い影ができた。勘当されてても、血を分けた実の父親である事実に変わりはない。意味深な発言をされれば気になって当然である。
「ま、何かあっても大丈夫だ。こうして長男である俺が一緒に暮らしてるんだからな」
ほんの少し不安顔になった妹を元気付けようと、戸高泰宏氏が笑みを見せた。名字は別になってしまっても、二人はやはり兄妹なのだと実感する。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:57
愛すべき不思議な家族 20
「本来なら早く結婚して、跡継ぎでも見せてやれば親父も喜ぶんだろうが、いかんせん相手がいないからな」
春道に視線を移したあとで、戸高泰宏が照れ臭そうに笑った。妹に先を越されたと思ってるようだが、実際には松島和葉も独身みたいなものだ。
もちろん相手はそれを知らないので、妹をお願いしますと春道に握手を求めてきた。
ここで真実を説明するわけにもいかず、春道は「わかりました」と応じるしかなかった。戸高泰宏とガッチリ握手をしてる光景を、側にいる松島和葉が複雑そうに見守っている。
「親父が何と言おうと、ここはお前の実家なんだ。好きな時に帰って来い」
春道と短い握手を終え、泰宏が実妹にそう声をかけた。
「追い返されるだけだわ」
「……それを言わないでくれよ」
戸高泰宏が苦笑いを浮かべたのとほぼ同時に、松島葉月もまた春道たちのところへやってきた。
「ごめんなさい。待たせてしまったわね」
実兄との別れの挨拶もそこそこに、母親でもある松島和葉は娘の下へ歩み寄っていく。
春道も戸高泰宏へ挨拶をしてから、和葉の後をついて戸高家の玄関へと向かう。相当な広さなので、ひとりで行動すれば大人でも迷子になる可能性があった。
戸高泰宏氏は結局玄関先まで見送ってくれ、春道たちが車に乗り込む姿を眺めている。途中で葉月に小遣いを渡そうとしたのだが、それは妹の和葉が丁重にお断りしていた。
例え兄といえど、戸高家の人間に借りみたいなものを作るのが嫌だったのかもしれない。本来なら文句を言いそうな葉月も、祖父との一件がよほど応えたのか何も言わなかった。
全員が車に乗り込んだのを確認したあとで、春道は戸高泰宏に運転席で一礼してからアクセルを踏んだ。
田舎には不似合いな豪快なマフラー音が響き渡り、戸高家の窓がカタカタと震える。出発した時同様に、松島和葉が何かを言いたそうにしながらも途中で口をつぐむ。
恐らくは排気音のうるささに文句をつけたいのだろうが、戸高家まで連れてきてもらった手前、なかなか言い辛いのだ。ましてや溺愛してる娘の松島葉月は、春道の車を特に気に入ってるようだった。
「……いいのか」
春道の問いかけに、松島和葉は頷いて答えとする。事は和葉の問題であるだけに、本人の意思に従えばいい話だ。
本格的にアクセルを踏み、長い時間をかけて来たわりにはほとんど滞在しなかった戸高家――松島和葉の実家を後にする。
このまま自宅に戻るのもいいが、それだと次の日の朝になってしまう可能性が高い。ほとんど休みもなく運転してきて、帰りも徹夜になるのはさすがにキツかった。
「……宿を取った方が良さそうですね」
助手席から見てるだけでも、春道の疲労具合が想像できたのか、思いがけない提案が松島和葉からされた。
これに喜んだのは松島葉月だった。後部座席から身を乗り出し、ホッとしてる春道と、背筋を伸ばしたまま座っている和葉の間に割り込んでくる。
「どこかにお泊りするのー?」
祖父である人物に冷たくされ、しょんぼりしてたかと思いきや、すでに本来の明るさを取り戻している。
「ええ。温泉があって、料理がおいしいと評判の旅館よ」
娘に説明しながら、和葉が春道に道順を告げる。実家に泊まるものとばかり思っていたが、松島和葉はこうなるのを予測して事前に宿を予約していたのだ。
春道が大丈夫そうなら宿を電話でキャンセル。大丈夫じゃなさそうなら、予約していた宿に向かう。大手会社の役職をもらってるだけあって、なかなかの手際のよさである。
松島和葉も色々とショックを受けていたので、嫌なだけの思い出にしないためにも母親らしく気を遣ったのだろう。例え血の繋がってなくても、葉月は大事な娘なのだ。
そこまで考えてから、春道は小さく舌打ちをした。血の繋がり云々は松島母娘の問題だ。変な態度をしてしまって、葉月に不信感を抱かれでもしたらマズい。
あくまでも春道は何も知らない。そういった意識で松島母娘に応対しなければいけないのだ。和葉が真相を告白する前に、事が露見してはどうしようもない。
「……」
「……どうかしたか?」
いつの間に娘と話し終えたのか、松島和葉が助手席から春道の横顔をジーっと見ていた。
「……いえ。そこを左です」
まったく表情を崩さずに、松島和葉は口頭でナビの役割を果たす。一体何だったんだと悠長に考えてる暇はない。ここは春道も通った経験のない場所なのだ。うっかり助手席からの指示を聞き逃すと面倒なことになる。
「温泉ってどれぐらい広いかなー」
そんな春道の微妙な焦りを露知らず、にこにこと楽しそうに松島葉月が声をかけてくる。
「ママが見たパンフレットでは、なかなか綺麗で大きかったわよ」
「えー。ママひとりで泊まるところ、決めちゃったのー」
「だって、葉月は気持ち良さそうに寝てたもの。起こしたらかわいそうでしょう」
「そういう時はいいのー。あーあ、葉月も一緒に決めたかったなー」
拗ねかたも、すっかりいつもの松島葉月に戻っている。これなら何の心配も――。
春道が何気なく、戸籍上は娘になっている少女の顔を見ると、頬に薄っすらと涙のあとが残っていた。細かく観察すれば目も充血している。幼い少女にとって祖父のキツい態度は、精神的なダメージが大きかったのだ。
いつまでも悲しんでると、春道や和葉が心配するかもしれない。幼い少女は大人の二人を気遣って、わざと気丈に振舞っていた。衝撃の事実に気づいて、春道は思わず苦笑する。
もしかしたら、自分なんかより松島葉月の方がよっぽど大人かもしれない。和葉もそうした心遣いに気づいたからこそ、いつもと変わらぬ調子で娘と会話をしてるのだ。
「ごめんなさい。次は葉月が起きてる時間に決めましょう。そうすれば、自然と話に加われるもの」
お祖父さんと仲良く遊ぶつもりだった葉月の前で、万が一の保険として宿を取っておくね、などと説明できるわけがない。春道が和葉の立場でも、間違いなく同じようにしていた。
「うんー。その時はパパも一緒だからねー」
何て返事をするべきか。春道が迷ってると、助手席から凛とした声が発せられた。
「見えました。あそこにある旅館が本日の宿です」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:57
愛すべき不思議な家族 21
「あー……いい気持ちだ」
思わず高木春道はそう呟いていた。
オフシーズンだったこともあり、辿り着いた旅館に宿泊客はそれほどいなく、こうして時間ぎりぎりになれば温泉はほぼ貸切状態だった。今頃は松島葉月も母親とともに温泉を満喫してるに違いない。
部屋に案内してくれた客室係の女性が、この旅館の売りは温泉なので、お食事前にどうですかと勧めてくれたのである。
長旅で葉月も疲れてるだろうからと、松島和葉が賛成した時点でとりあえずの行動指針が決定した。
スポンサーとなるのは松島和葉なだけに、簡単に反対はできないし、またするつもりもなかった。基本的に春道も温泉が好きだったからである。
足を伸ばして温泉に浸かれば、心地良い温かさが全身を包む。一日中のアクセルワークに疲れた足を労わってくれて、たちまち夢見心地になってしまう。
銭湯と違って湯船の温度は控えめだが、そのぶんゆっくり入れるというものだ。あまり長湯が好きではない春道であっても、温泉に関しては話が別だった。
もっともあまり長時間浸かってると簡単に逆上せてしまう。普通のお風呂と違い、温泉成分が肌に染みこむため、上がってから一気に汗が噴出してくる。これがたまらないと同時に、気をつけないと大変な事態になる。
家の風呂に縮こまって入浴するのがあまり好きではないからこそ、春道は松島家に居候してる現在でも毎晩銭湯に通ってるのだ。
住んでいる地域は田舎だけに温泉もそこそこの数があり、たまに足を伸ばしたりすることもある。温泉経験値を着実に積み重ねてきたからこそ、注意点もよくわかるのだ。
松島葉月が温泉ではしゃぎすぎてないか心配になったが、すぐに頭から振り払う。冷静でしっかり者の松島和葉がついてるので、危険な事態にはなりそうもない。
それよりも問題は他にあった。松島和葉が予約していたのは一部屋だけだったのである。戸籍上は家族になってるのだから当然なのだが、さすがにこれには春道もまいった。
邪な願望があるわけではなかったが、同じ部屋で一晩を過ごすとなれば嫌でも意識するに決まっている。もっとも松島葉月も一緒なので、間違った展開にはなるとは思えない。
いなくても、春道が万が一迫ったところで鉄の意志でシャットアウトされて終わりに違いない。杞憂に終わるとわかっていても、簡単に割り切れないのが男心というものである。しかも春道は未だチェリーボーイなのだ。
「……考えてても始まらないか」
思考を重ねすぎた末に、湯あたりをしてダウンなんて洒落にもならない。春道は温泉からあがるとフェイスタオルで身体を拭いてから、脱衣所に向かうのだった。
浴衣というのはどうも肌に合わないので、春道はスーツ姿のままだった。元々が安物だったので、ぞんざいに扱うのも抵抗はなかった。着替えを持ってこなかった春道は、最初からスラックスのまま眠るつもりだったのだ。
旅館内にある休憩スペースに用意されていたソファに座りながら、松島母娘が温泉から上がってくるのを待つ。一人旅なら自由に行動できるが、今回は同行者がいる。勝手な真似は慎まなければならない。
黙って待ってるのも暇なので、春道は共用のスペースをひととおり見物する。オンシーズンになると家族連れが多いのか、色々な遊ぶものがある。
ゲームセンターにあるようなアーケード台から、卓球台まである。自動販売機もジュースだけじゃなく、アイスもある。普通の旅館なら当たり前なのだが、ここしばらくは旅などしてなかったので新鮮に感じられた。
ましてや春道は、旅館に泊まってもひとりの場合が多かったので、多数で遊ぶ空間には興味を持ってこなかった。こうしてマジマジと見物するのも初めてだった。
「あ、パパだー」
聞き慣れた元気いっぱいの声で現実に引き戻される。温泉の出入口を見れば、しっかりと髪まで乾かした松島葉月が飛び跳ねながらこちらへ向かってきた。
祖父に冷たくされたショックも、少しは温泉が癒してくれただろうか。なんて柄でもない心配をする自分自身に気づいて、春道は苦笑する。本当にいつからこんなお節介焼きになってしまったのだろうか。
と、ここで春道はふとある事実に気づく。戸高泰宏氏は、松島和葉と松島葉月の血が繋がってないと口を滑らせた。そうすると松島葉月と戸高泰宏の父親――つまりは祖父との血も繋がってないことになる。
「どうかしたのー」
考えこんでいる春道の顔を、すぐ側までやってきた松島葉月が下から覗きこんでくる。クリクリとした大きな瞳が爛々と輝き、好奇心旺盛な一面が顔に表れている。
直前まで考えていた内容を当事者に言えるはずもなく、とりあえず春道は曖昧に誤魔化しておく。
少女は納得してなさそうだったが、それ以上追及してきたりはしなかった。元気が有り余ってる年頃だけに、周囲に存在している多種多様な遊戯台に興味を惹かれてるようだ。
鋭い洞察力と大人な心遣いができる少女も、やはりこのへんは子供なのだなと安心する。
きょろきょろと葉月が周囲を見渡してると、娘を追うようにして松島和葉も女性用の入口から出てきた。半乾きの髪と浴衣が絶妙にマッチングして、なんとも悩ましい。
何を考えてるんだと、春道は慌てて頭を左右に振る。夫婦なのだから、妻に欲情するのは別に悪くない。ただ、普通の夫婦関係の場合に限る。
「やっぱり、パパ、なんか変だよー」
春道の挙動不審ぶりは、周りにある数々の遊戯代よりも松島葉月の興味を惹いたようだった。間近で首を振ったりしてれば当然だが、今回の場合は誰も春道を責めたりできない。
「パパに迷惑はかけてない」
昼間の一件を和葉も気にしてるのか、必要以上に優しげな声で娘に尋ねる。
すると葉月はすっかりいつもどおりの笑顔を浮かべ「かけてないよー」と返す。普段の日常でも、最近はよく見かけるようになった光景だった。
松島和葉は春道の隣に腰を下ろし、片手で愛する娘の髪の毛を撫でる。見つめる視線は母親の慈愛に満ちており、とても血が繋がってない娘に向けるものとは思えない。
戸高泰宏氏の台詞は何かの間違いだったのではないか。そう思えてくるものの、身内の言葉だけに真実味もかなりある。
「ねえ、パパ。卓球やろー」
何度となく同じ考えを頭の中で展開している春道に、松島葉月が生来の明るい声で袖を引っ張ってきた。
葉月も和葉も浴衣を着ており、何より三人ともお風呂上りである。これで卓球なんてしたら、せっかくの入浴が無駄に終わること間違いなしである。
今夜ばかりは、どんな我侭も許してやろうと決めてたに違いない松島和葉も、さすがに呆れて口をあんぐりさせている。
「無理を言って、パパを困らせたら――」
「――わかった。やろう」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-4-29 08:58
愛すべき不思議な家族 21
松島和葉が驚いて春道の方を振り向く。葉月を説得しようとしてる最中に台詞を強制終了させられたばかりか、子供が嫌いだと口にしていた春道がこんな得のない申し出を了承するとは夢にも思ってなかったに違いない。
確かに春道にしても、松島和葉が同席してるので、必要以上に葉月と会話などをしようとは考えてなかった。
けれど、今回ばかりは多少優しくしてやっても罰は当たらないし、たまにはこんなのもいいかなという気持ちになっていたのである。
これに大喜びなのは、提案者の松島葉月本人だった。彼女もまた、恐らく断られると諦めつつも、駄目もとで誘ってきたのだろう。
それが受け入れられたのだから、はしゃぎまくるのも無理はなかった。早速春道と葉月は、スペースにある卓球台を使って対戦を開始する。
春道が賛成してしまったので、今さら反対とも言い出せない松島和葉が、専用のボードを使用しての得点係を務めることに決定した。
いくら子供の葉月が相手とはいえ、温泉上がりに卓球なんてしたら汗をかくのは間違いないが、夕食のあとでもう一度入浴する楽しみが増えたと思えばそれほど腹も立たない。
まさか自分が子供にこんなに優しくするなんてな。卓球のラケットを握り締めつつ、春道は現在の自分自身に驚いていた。
松島母娘と接してるうちに、無意識の間に春道本人が変わったのだ。そうでなければ、説明がつかない出来事が多すぎる。
「それじゃ、いくよー。手加減しないからねー」
宿泊を予約した旅館の和室内で、春道は窓際に座って澄んだ星空を見上げていた。
手加減してやろうと思ってたのに、つい大人げなく卓球で葉月に勝利してしまい、最終的にむくれた葉月と和葉のダブルスと春道が勝負する形になった。
今度は母親を味方につけた少女が雪辱を果たし、大満足で部屋に戻り晩御飯を食べた。さすが旅館だけあって、なかなかに豪勢な食事で葉月も大喜びだった。
もっとも味覚音痴な春道には、普段の食事の方が美味しく感じられたが、和やかな雰囲気をわざわざぶち壊す必要もないので黙っていた。戸高泰宏なら、もしかしてポロッと口を滑らせていたかもしれない。
夕食後、また卓球をやろうと葉月に誘われる。もうひとゲーム少女に付き合ってから、それぞれ再び温泉に入って卓球でかいた汗を洗い流した。
これだけはしゃげば、幼い少女が疲れないわけもなく、二度目の温泉から母親とともに出てきた頃には瞼は半分閉じられていた。
本当はもっと遊んでいたそうだったが、明日もあるからと松島和葉が娘を寝かしつけたのである。
布団は和室の中に仲良く三つ並べられており、無難に真ん中が松島葉月で、入口側が松島和葉となった。残りが春道となり、こうして消灯したあとも、窓際でおとなしく行動してるぶんには二人を起こさなくても澄む。
それにしてもまいった。つくづく春道は己の小心ぶりを痛感していた。側で妙齢の女性が寝てる事実だけで、目が冴えて眠れなくなってしまったのである。
「……ありがとうございました」
突然に呟かれたお礼に驚き、春道は慌てて声がした方を向く。ひとりスヤスヤと眠っている松島葉月を背にして、室内に立っていたのは松島和葉だった。
電気を消した和室を月明かりが照らし、浴衣を纏った美女は妖艶さに満ちている。音もなく畳を歩いてくる仕草は、まるでテレビドラマで人気女優が演じてるかのようだ。
「もしかして……起こしてしまったか」
書類上だけで家族になったに等しい男が、いつまでも睡眠をとらずに室内でうろうろしてれば気になって当然である。春道にその気がなくても、和葉が危機感を覚えていた可能性も否定できない。
眠れなくても、せめて布団に入ってジッとしてればよかったかな。そんな後悔が春道の中で芽生える。
「いいえ。最初から眠っていませんでしたから、どうかお気になさらないでください」
そう言ったあとで、松島和葉は春道の向かいにあった席に腰を下ろした。和室内の窓際は板張りになっていて、そこに対面式の配置で座椅子が二つ置いてある。春道はそのひとつに座っていたのだ。
「ありがとうございました」
松島和葉が再度、春道にお礼を言ってきた。まるっきり心当たりがないので「お礼を言われるようなことはしていない」と返す。
そのあとで松島葉月と卓球をして遊んだ事実に気づく。もしかして、元気のない娘を気遣って遊んでくれてどうもありがとうという意味なのかもしれない。だとすれば、素直に受け取っておくべきだった。
何気に後悔する春道の正面で、和葉は少しだけ顔を俯かせて「兄さんは悪い人ではないのですけれど、少しお喋りなので困ります」と発言してきた。
これでようやく春道もピンときた。和葉は実兄が、自分と娘に血の繋がりがないことを教えたと気づいてるのだ。その上で何も触れてこない春道に謝意を表したのである。
「いいさ」
短く応えた春道に、松島和葉もまた「はい」と短い言葉だけを発した。
その後、松島和葉が布団に戻って睡眠をとるまで、無言のまま二人で闇夜を照らす月を見つめていたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-13 17:14
最近都好忙、没有办法跟咖啡见见面-------
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-13 17:18
愛すべき不思議な家族 22
温泉から戻って以来、松島和葉は以前ほど春道に冷たく当たらないようになっていた。表面上はこれまでとまったく一緒だが、松島葉月が春道に積極的に話しかけたりしても、うるさく注意しなくなったのだ。
大事な娘にとって、春道は害のない人物と判断したのだろうか。そこら辺の理由は特に不明で、聞くつもりもなかった。変なふうに首を突っ込めば、せっかく好転した状況も悪化しかねない。
春道の仕事も順調で、ほとんどサラリーマンと同様の時間で一日のノルマが終了するようになっていた。このぶんだと締め切りまでは余裕で間に合いそうだ。
夕方近くになったところで、春道は仕事部屋から私室に戻る。
途中で玄関のドアがガチャリと開く音がした。普段より少し遅めの時間に、松島葉月が帰宅してきたのだ。
春道も出席した授業参観以来、小学校での少女に対するいじめは圧倒的に減少したみたいだった。
主にいじめの首謀者だった男児が春道の作戦により、どちらかと言えば松島葉月の味方にまわった。元々該当の男児はクラスの中心的人物だっただけに効果は絶大で、面と向かっていじめる生徒はいなくなったらしい。
これは松島葉月本人から春道が聞いた話だった。元々好きな子ほどなんとやらの心境だったのだろう。首謀者の人間が嫌がらせをやめれば、取り巻きの連中も追随する必要はなくなる。
大半のクラスメートが、次のターゲットになるのを恐れて葉月をいじめていた可能性が高い。自らの安全が保障されれば、好きこのんで他人を嬲りたがる人間などそうはいない。こうして松島葉月へのいじめ問題は終息したのである。
以降は同性の友人もできたみたいで、今日みたいに少し遊んでから帰宅する機会も徐々にだが増えていた。それでも午後五時前に帰宅して宿題をしようとするあたり、少女の真面目さがうかがえる。
ドタドタと階段を駆け上る音が聞こえてきた。もちろん足音の主は、今や春道の娘でもある松島葉月で間違いない。何度も聞いてると、姿を確認するまでもなくわかる。
周囲を気遣って大人な一面を見せたかと思えば、こうして無邪気で元気な子供らしさを爆発させたりもする。松島葉月という少女は、本当にわからない。
もしかしたら子供自体がこういうものなのかもしれないが、以前に父親の経験がない春道には知る由もない。
真っ直ぐに私室のドアがドンドンドンとノックされる。前から思っていたことだが、どうして少女は春道の仕事部屋からノックしないのだろう。ひょっとして、いつも遊んでると思われてるのではなんて心配をしてしまう。
春道が「開いてるよ」と答えると、今度は遠慮気味にドアが開かれた。先ほどまでの展開なら、おもいきりオープンする方が流れ的にも合ってると思うのだが……。やはり子供はわからない。
「一番が運動会でパパなんだよー」
どうかしたのか尋ねた春道に対して、少女から返ってきた言葉がこれだった。
松島葉月は過剰に興奮すると、どうも支離滅裂な発言をする癖がある。確か以前にも似たようなケースがあったはずだ。
「……じゃあ、二番は文化祭でママか」
「もー、パパってば何言ってるのー。お熱でもあるのー?」
そう言って葉月は、手のひらを春道の額にピタリと当てた。昔ながらの熱の測り方だが、恐らくは過去に風邪を引いた時、母親の松島和葉にしてもらったのを覚えてたのだろう。
松島葉月の小さな手が離れるのを待ってから、熱があるとしたらお前の方だろとツッコみたいのを抑えて「熱はない」とだけ春道は答えた。
「で、運動会がどうしたのかもう一度説明してくれるか。わかり易く最初からな」
先ほどの台詞を繰り返されたところでわかるわけもないので、わかり易くの部分を強調して再度の説明を求める。
「うんっ!」
葉月は元気よく返事をしてくれたが、春道は一抹の不安を覚えつつ相手の話に耳を傾ける。
「えっとね。葉月の学校で運動会があるのー。パパも参加できるのがあるから、それで一番をとってもらうのー」
完璧に理解したとは言い難いが、ある程度の事情はわかった。要するに、松島葉月の小学校で開催される運動会へ、春道にも参加してほしいと言いたいのだ。
本音は詳細まできちんと説明してほしいのだが、小学生の女の子にそこまで求めるのは無理がある。
いや、松島和葉と長年過ごしてきたであろう少女ならば或いは……。
そこまで考えて春道は左右に首を振る。今は松島葉月の資質について思考してる場合ではなかった。
葉月は目をキラキラと輝かせながら「もちろん、参加してくれるよね」と、学校から渡されたであろうプリントを春道に手渡そうとする。
しかし春道は考えた末にそれを受けとらなかった。多少は葉月と会話しても、文句を言われなくなったとはいえ、やはり母親の松島和葉の許可なしに春道が承諾するのはマズい。
プリントを受け取ってくれない春道を見つめる瞳が、少しずつ潤んでくる。人前で号泣したりしないタイプでも、悲しければ必然的に涙は溜まる。
この歳になって運動するのはなと、及び腰になっていた春道もそんな仕草を見せられれば決断せざるを得ない。
「わかった。ただし、ママがいいと言ったらだ。駄目だと言われたら、素直に諦めろ」
「パパ、ありがとー」
「いや、まだ礼を言うには……」
「ママが参加するなら、パパも参加するってことだよね。葉月ね、家族みんなで運動会に参加するのって夢だったんだー」
少女の中ではすでに春道の参加は確定してるらしく、泣きそうな表情はどこへやら。ケタケタと楽しそうに笑っている。
「お昼休みに、パパやママと一緒にお弁当を食べるのー。今から楽しみだよね」
だよねと同意を求められても、迂闊に「そうだな」と応じたりはできない。あくまでも、松島和葉の許可があることが前提なのだ。
一応はその点について念を押しておく必要がある。そう判断して春道は、一応は娘である少女に話しかけようとする。
「それじゃ、葉月は宿題をするねー。パパもお仕事頑張ってねー」
まるで言わなくても結構ですとばかりに、葉月はツッコみを許さない笑顔で手を振る。
「え? お、おい……」
春道の呼びかけにも動きを止めたりせず、ドアを開けて廊下に出ると、丁寧に葉月はドアを閉めた。
ひとり唖然とする春道の耳には、部屋の前からパタパタと走り去っていく少女の足音だけが響いていた。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-13 17:19
愛すべき不思議な家族 22
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
いつにも増して丁寧に頭を下げる松島和葉がそこにいた。夜になって帰宅したと思ったら、娘とは対照的な足取りで春道の私室までやってきたのである。
恐らくは夕食の席で、娘の松島葉月から運動会の件を聞いたのだろう。それ以外に、春道がお願いされる案件など思いつかない。
「いいのか?」
春道は尋ねた。和葉は以前から葉月とあまり親しくしないでくれと申し出ていた張本人だ。娘の運動会に春道が参加するのを、心から喜んでるとはとても思えない。
「……あの子が何よりそれを望んでいますから。それに貴方は不必要な混乱を起こすのを好まないタイプのようですし、葉月の機嫌を損ねてまで反対する理由がありません」
淡々と喋っているが、もしかすると松島和葉は、春道をほんの少しだけでも認めてくれたのかもしれない。
母親のお墨付きを貰った形になったわけだが、今回ばかりは微妙な気持ちだった。何故なら、二十代も後半――しかも職業柄仕方ないとはいえ、ほとんど引き篭もりの男が外で運動をしなければならないのだ。
いっそ、貴方の参加は認めませんと言ってくれた方が、春道にとっては幸せだったかもしれない。
もっともその場合は、元気な少女が泣き喚きながら文句を言いに来るであろうことは想像に固くない。何より春道自身が、和葉の許可さえ得られれば運動会に参加しても構わないと、松島葉月本人と約束してしまったのである。
乗りかかった船。ここ最近で、何度となく春道は自分自身に同じ言葉を与えてきた。一体どこへ向かおうとしてるのか、それは春道本人にもわからない。
「まだ何かあるのか」
いつもなら話が終わればすぐ退室するのに、今日はまだ春道の私室に座したままだ。実家で身につけたものなのか、綺麗に背筋を伸ばしても何ひとつ苦にしてる様子はない。
「ありがとうございました」
「……何の話だ」
いきなりお礼を言われてもわけが分からない。この間、実家まで乗せていったことだろうか。頭の中で色々と考えていると、松島和葉本人が理由を告げてくれた。
「……兄は少し、迂闊なところがあるので困ります」
相手の台詞で、ようやく合点がいった。
「知っていたのか」
「……やはりそうだったのですね」
今度はやられたと思った。松島和葉は、正確に春道と戸高泰宏の間で交わされた会話の内容を知ってたわけではなかった。要するにカマをかけられて、春道は見事に相手の術中にハマッてしまったのである。
考えてみれば、会話の場に同席してなかった和葉が内容を知ってるはずもない。戸高泰宏氏に負けず劣らず、春道も十分に迂闊だった。とはいえ松島和葉にバレても、こちらが内情を知ったのは不可抗力である。責められる原因にはならない。
それを松島和葉本人も重々承知してるのだろう。春道に文句を言うような様子は微塵もなかった。
「……貴方は私と葉月の関係を知っても、何事もなかったかのように接してくれました。理由を聞きたがるわけでもなく、特別な目で見るわけでもなく、本当にいつもと変わらない態度でした」
実際はこうして和葉にバレてしまってるので、正確にはいつもと変わらないどころか、そこそこの違和感を発していたと考えて間違いない。
そのことを口にしようかと思ったが、止めておいた。どうにも野暮な気がしたのだ。
「……おかしな人ですね。人と関わりたがらない雰囲気を持ってるのに、他人の娘の世話を焼いたり、かと思えば普通の人なら気になって当然の話題でも興味を示さない」
「興味がないわけじゃないが、聞いたところで俺が口を出せる問題でもないだろ」
ごく当たり前の発言をしたつもりなのだが、春道の台詞を聞いた松島和葉はクスリと笑う。
「ひねくれてるようで正直。孤独を好んでるようで寂しがりや。本当に珍しい……あまり接した経験のないタイプです」
「……自分の内面を分析されるのは、あまり気持ちのいいものじゃないな」
「そうですね。失礼しました」
「ま、いいさ。それより、今日は随分と饒舌だな。どうかしたのか」
春道の指摘を受けた松島和葉は、僅かに心外だというような表情を浮かべた。
「常日頃から無口ではなかったと自覚してますが……そうですね。もしかしたら、はしゃいでいる葉月の楽しさが知らない間に移ってしまったのかもしれません」
「やれやれ……そんなにはしゃいでるのか」
「ええ。色々と覚悟しておいた方がいいかもしれませんね」
最後にそう言い残すと、座った時と同様に優雅な動作で松島和葉が立ち上がる。
何かと騒がしい娘とは対照的に、ゆっくりと和葉が退室していった後で、春道は運動会について考える。
手抜きなんてしたら、大騒ぎするだろうな。苦笑いを浮かべながらも、どこかで楽しみにしている自分自身を発見して、春道はもう一度無人の部屋で苦笑いするのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-13 17:19
愛すべき不思議な家族 23
そして運動会の当日がやってきた。父兄の参加は児童よりも遅くて構わないのに、朝も早くから春道は何度も松島葉月に起こされた。
目覚まし時計よりも強烈な朝を与えてくれた少女に、これまた何度もきちんと運動会へ行くと約束させられた。嬉しい反面、万が一の事態を考えると心配でたまらないのだ。
両親に学校の行事に参加してほしいと熱望した経験がないだけに、どうしてあそこまで喜べるのか春道にはいまいちピンとこない。
だからといって、少女にねちねちと質問して相手の楽しさを半減させる真似はしない。 性分ではないし、それで喜ぶほどお子様でもない。もっとも相手が葉月だけに、こちらの意図などお構いなしの展開になる可能性も否定できない。
経緯はどうあれ、春道はきちんと葉月が通う小学校の運動会に参加するつもりだった。交わした約束を破るのもあまり好きではない。その割には、葉月にあまり構うなと和葉から言われていたのに、現在のような状況になってしまっている。
矛盾を覚えつつも、都合のいいように解釈しつつ、春道は本日の朝食を私室にて頬張る。
相変わらず美味しい松島和葉の手料理を平らげたあとで、ようやく準備を開始する。
松島葉月はとっくに登校しているが、それは色々と準備をするためだ。今から身支度を整えても、運動会の開始までには余裕で間に合う。それほど早朝に起こされたのである。
パジャマから着替えようとしたところで、春道は手の動きをピタリと止める。運動会に何を着ていけばいいのか迷ったのだ。
授業参観の時みたいに、まさかスーツで行くわけにもいかないだろう。ネクタイ締めて、革靴でグラウンドを走ったりなんかしたらいい笑い者だ。
ならばどうすればいいのか。子育て経験などありもしないだけに、明確な答えが見つからない。松島和葉に相談するという選択肢も存在するが「どうぞ、お好きなようにしてください」なんて回答が返ってくるのは想像に難くない。
正解がわからないのなら自分流でいくしかない。一般的かどうかは不明だが、とりあえず春道は部屋着でも使用しているジャージを身に纏った。
本来ならPC関連の仕事をしてる人間らしく、インターネットなどで検索すればよりベターだったに違いない。しかしこの時の春道には、頭の片隅にもそんな考えは思い浮かんでなかった。
動きやすい服装が一番なはずだ。そう判断して、春道はジャージで行くことに決めた。あとは移動手段だが、これは車で問題ない。小学校側が近くに、運動会に参加する父兄のために駐車場を用意してくれている。
田舎なだけに空いてる土地は余っており、役所に使用目的を説明して当日だけ借りたのだ。何故、春道がこうまで事情を知ってるのかといえば理由は簡単。松島葉月から見せられた運動会のお知らせのプリントに、はっきりと記入されていたのだ。
運動会の開始は午前十時から。私室の時計は午前九時を過ぎたところだ。そろそろ向かっておくか。ギリギリになりすぎると、駐車場が混み合って面倒臭くなるかもしれない。
ジャージに着替えただけで、他に何かを持ったりせずに春道は私室から廊下に出る。
階段をゆっくり降りていくも、家の中に人の気配は存在しない。松島葉月が登校したあとも、確かに母親の松島和葉は残っていたはずである。
念のためにこっそりとリビングを覗いてみるも、やはり誰もいない。恐らくは先に徒歩で、葉月の通う小学校へ出発したに違いない。
このところ戸籍上は娘になった少女だけじゃなく、夫婦となった母親とも関係は良好だと思ってただけに、少し意外な感じがした。
もしかしたら松島和葉が春道を待ってくれていて、一緒に運動会の会場となる小学校のグラウンドへ向かうのではないかと想像していたのだ。
結果は真逆だった。残念な気分と、当然だという気分が混ざり合った複雑な感情が春道の中に芽生える。
ここ最近、松島和葉が春道に歩み寄ってきたように見えたのは、実家に戻った一件で多少気落ちしていたせいかもしれない。表面上はそう見えなくても、彼女は立派な大人だ。感情をコントロールする術くらい知っていて当然である。
いないのはどうしようもないので、春道はひとりで葉月の通う小学校へ向かうことにする。車を使うのでたいした時間はかからない。
玄関で靴を履いた春道は、無人となる家のドアにきちんと鍵をかけてから、目的の小学校へと出発するのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-13 17:20
愛すべき不思議な家族 23
時間に余裕を持って出たはずが、駐車場は多数の人間で混み合っていた。考えることは皆一緒だなとため息をつきつつ、無事に駐車を終えて小学校のグラウンドへ到着した頃には、児童たちの元気な声が青空の下で響いていた。
全学年合同で行う運動会。高学年の生徒が低学年の生徒の面倒を見て、微笑ましくも順調に進行されている。
児童に負けず劣らず保護者の数も多く、ざっと見渡しただけでは、松島母娘を見つけるのは困難だった。
不審者ばりにうろうろしてると、グラウンドから耳に馴染みのある声が飛んできた。
「パパー」
短距離走の順番待ちをしている少女が、周囲の目も気にせずにぶんぶんと春道に向かって手を振っている。
挙動不審ぽかっただけに訝しげな視線を集めていたが、それが一気に四散する。児童の父親だと判明したので、周囲が警戒をといてくれたのだ。
安堵したのも束の間。今度は別のプレッシャーに苦しめられる。
大事な娘さんに手を振り返さなくてもいいんですか? 周囲の視線はほぼ確実に、揃いも揃って春道にそう問いかけていた。
柄ではない。釈明しても、名前も知らない保護者たちに通じるはずがない。かといってここで平然と無視したら、松島葉月は極端に落ちこんで悲しむに決まっている。
そうなれば、泣きべそをかく女児に同情が集まるのは必然。春道が悪者扱いされるのも必然。とるべき行動はひとつしかなかった。
「葉月、頑張るからねー」
春道が手を振り返したのを受けて、さらに大きく手を振りながら葉月が叫んだ。より多くの視線を集める結果になり、恥ずかしさで顔が熱くなっていく。鏡を見なくても、真っ赤になってる己の顔が容易に想像できた。
にこにこ笑顔満開の女子児童が、整列係の上級生に諭されてようやくおとなしくなってくれる。これにより、周囲の視線からもなんとか解放される。
現場を少し離れた位置で春道は足を止めた。どうせ恥をかいたのなら、松島葉月に母親の居所を尋ねればよかったのである。
けれど今さら戻ってもいい笑い者だ。自力で和葉を探すしかない。悲壮な決意をして、春道は再度そこらへんをうろうろし始める。
とはいってもあまり遠くへは動けない。短距離走に参加する葉月を観なければならない。あの少女のことだから、走る直前に春道の姿を確認できるまで探すに決まっていた。
万が一、その時になって春道を見つけられなければ、後で色々と文句を言われる。それに松島和葉の目的も、運動会に参加する娘の姿を見物することだ。葉月が見え辛い場所にいるとは思えない。
推測は見事に的中していた。保護者用のスペースの最前列で、地面に敷いたビニールシートの上に膝を折って座っていた。リラックスしきっている周囲とは対照的に、どこか緊張感のようなものが感じられる。
もっとも松島葉月にとっては、あの状態こそが自らのスタンダードなのだろう。小さい頃に習ったものは、大人になっても覚えてるとよく言われるが、よほど厳しく躾けられたに違いない。それとも根が真面目すぎるだけなのか。
理由はどうであれ、春道があれこれと指摘する問題ではない。今はとにかく、多少のプレッシャーは我慢してでも、和葉と一緒にいさせてもらうのが得策だった。
春道は人ごみを掻き分けて、松島和葉が陣取っている場所に辿り着く。
「ここ、いいか」
「ええ、どうぞ」
短い会話を交わしたあとで、春道は松島和葉の隣に腰を下ろす。二人の間にバスケットが存在してるので、正確には隣とは言えないかもしれない。それでも春道にとっては、至近距離と形容しても構わないぐらいだった。
私室で会話する場合は離れて向かい合うし、車で松島和葉の実家まで往復した時は葉月がいたのでそれほど意識しなかった。
今回は状況がまるで違う。多数の人間が集まる場所で、仲良く一緒に座って運動会を見物しているのだ。誰に質問しても、春道たちを夫婦だと答えるはずである。
柄にもなく春道は緊張していた。女性と交際した経験も、同年代の男性と比べて少ないのが影響してる可能性もある。けれど、これまでこんな気持ちになったりはしなかった。
どうしてだろうと理由を考えてるうちに、春道は以前よりも松島和葉を意識するようになっていた自分自身に気づく。だからこそ、少し特殊な状況になっただけでうろたえてしまうのだ。
チラリと横目で隣を見ても、当の松島和葉本人に春道を意識してる様子はなかった。いつもと変わらない態度や仕草で、愛娘の出番を今か今かと待ちわびている。
事あるごとにこうした姿を見ている春道には、とても和葉と葉月に血が繋がってないとは思えない。何かの間違いではないのかと考えるも、事情を知ってる親族の戸高泰宏の言葉だけに信憑性は高い。
「……頑張って」
隣から呟きがボソッと聞こえてきた。見れば拳を握り締めた松島和葉が、前方を凝視している。いよいよ松島葉月の出番が目前に迫ってきたのだ。
前の組がゴールする前に、葉月たちの組がスタートラインのすぐ後ろに整列させられる。低学年の部なので、一年生から三年生までの各クラスからひとりずつ参加している。高学年の部は残りの四年生から六年生までが合同で行われる。
この方式だと低学年が圧倒的不利に思えるが、運動能力の優劣は年齢で決まらない。年下が年上に勝つなんてのはよくある話だ。どうなるかはやってみなければわからない。
いよいよ葉月たちの組になり、号令役を務める教師が「位置について」と発する。
スタートラインに並んでいる児童たちが前傾姿勢になり、準備が整ったところで教師が専用の道具でパアンと合図を出す。
松島葉月を含めた女児たちが一斉に駆け出し、各々のクラスメートたちが大声を上げて応援をする。
優勝クラスには豪華商品があるなどの特典はない。このぐらいの年齢は、とにかく勝負事には夢中になる。春道もそうだった。恐らくは隣にいる松島和葉も――いや、もしかしたら違うかもしれない。
何にせよ、松島葉月も参加している短距離走はスタートしている。全員が全力でゴールへと向かう中、葉月が一歩分周囲より前に出る。それと同時に、娘を後押しするかのごとく松島和葉も身を乗り出す。
普段は冷静沈着でも、娘が絡めばそれは一変する。まさに我が子を応援する母親の眼差しで、競技が行われているグラウンドを真剣に見つめている。
道中転びそうになったりもせず、松島葉月は誰よりも早くゴールラインへ駆け込んだ。児童たちの控えてる場所の一角から、わっと大きな歓声があがる。どうやら葉月が所属してるクラスみたいだった。
少し恥ずかしげに仲間たちにガッツポーズをしてみせたあとで、満面の笑みを春道と和葉にくれた。いじめにあっていた頃の悲しそうな雰囲気はどこにもない。その事実に改めて安堵する。
こうして午前中の競技はあっという間に消化されていくのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-13 17:21
愛すべき不思議な家族 24
昼休みになって、大多数の生徒が親と一緒に昼食をとっていた。もちろん松島葉月も同様である。
正午からの四十五分は昼休みと定められており、その時間帯だけはクラスから離れて保護者と行動してもいい決まりになっていた。
なので葉月も友人たちと一時的に離れて、春道や和葉と一緒の時間を過ごしている。
もふもふと和葉の作ったおにぎりを頬張りながら、一生懸命に話しかけてくるも何を言ってるのかは理解できない。
そうしてるうちに、母親から「食べるか喋るか、どちらかにしなさい」と注意され、ひとまずは食べることに集中する。しかしすぐにまた同じ展開になる。
運動してお腹が空きまくっているが、運動会の短距離走で一位になった自慢もしたい。幼い少女の考えはそんなところだろう。だからこそ、先ほどみたいな状態になるのだ。
小さな口一杯に食物を詰め込み、頬を膨らませてる様子を見てると、どうもハムスターを思い出してしまう。
「ふぇも、はぁふぅひぃ、ふぅおいれふぉ」
相変わらず、何て話しかけられてるのかはわからない。ただ、口をもごもごさせてる姿はやはり小動物にしか見えない。
そんなことばかり考えてるものだから、春道の視界の中で、娘である少女の顔が突如ハムスターに変化した。
首から下は体操着姿の少女なのに、顔だけは巨大なハムスター。不気味なはずなのに、どこか愛くるしさも備わっている。そんな姿に春道は思わず吹きだしてしまった。
突然の出来事だったので、食事中の葉月のみならず母親の松島和葉も、魔法瓶から紙コップにお茶を入れようとしていた動作を中断する。ここでようやく笑うのを止めた春道だったが、過ぎた時間は決して戻らない。
「何で、パパは笑ったのー。面白いことがあったなら、葉月にも教えてくれないと駄目なんだからー」
口内の食物を胃袋へ落としてから、松島葉月が春道のジャージの袖を引っ張る。この格好だと浮いてしまうかと危惧していたが、他の父親も似たり寄ったりの格好だった。
ちなみに松島和葉は七分袖で無地のTシャツに、下はブルーのジーンズという実に動きやすそうな格好だ。もっとも授業参観などならともかく、運動会で着飾ってくる母親の方が今日に限っては少数派になる。
服装といえば、春道が小学生の頃はまだ女子はブルマーを着用していたものだが、現在では男女ともに同じ形状の半袖、短パンになっている。別に変な趣味はないので、時代の流れと言われれば素直に頷くが、ほんの僅かな寂しさも覚えてしまう。
「だから、何が面白かったのー」
考え事に耽っていたせいで、松島葉月の相手をするのをすっかり忘れていた。おかげでジャージの袖が、早くも少し伸び気味になっている。春道が反応するまで、ずっと引っ張り続けていたに違いない。
一応は松島和葉も普段同様に娘の行動を諌めていたみたいだが、運動会でテンションが上昇している愛娘には効果がなかったようだ。
素直に「お前の顔」とは言えないだけに、気にするなと煙に巻こうとするもなかなか納得してくれない。これは難儀しそうだなと思っていると、都合よくあと少しで昼休み終了を告げるアナウンスがグラウンドに流れた。
葉月たち児童は所属する学級に戻らなければならず、とりあえずこの問題の解決は後回しになる。
春道が考え事をしてる間に、昼食を食べ終えて休憩をしていた松島葉月は、多少残念そうにしながらも所定の場所へ戻っていく。
なんとか助かったな。声に出しそうになって、慌てて途中で引っ込める。葉月はいなくなっても、春道の側には愛娘を溺愛している母親の松島和葉がいるのだ。下手なことは言わないのが無難である。
とりあえず安堵してから、春道はほとんど昼食をとってない事実に気づく。お腹が空いてなかったわけではなく、葉月やその友人たちの相手をしていてゆっくりしてる暇がなかったのだ。
ようやくのんびりと食事ができるようになったところで、春道はビニールシートの上に置かれているバスケットに手を伸ばす。中には和葉手製の三角おにぎりが並んでいる。
バスケットはもう二つあり、そちらにはおかずが多数つめられている。合計三つのバスケットが存在してるが、三人分の食料なのでとりわけ多くもない。
「……いいんですか?」
左手におにぎりを持ち、右手に割箸を持って本格的に食事をしようとした春道に、思わぬ人物から待ったがかかった。隣に座っている松島和葉だ。
もしかしたら、これは娘のためだけに用意した昼食ですとか言われるのだろうか。しかしすでに春道は、僅かといえバスケット内のおかずを口にしている。今さらそんな警告を受けるとは考えにくい。
お互いを見合ったまま、僅かな沈黙が発生する。このまましばらく続くかとも思ったが、春道が要領を得ていないと理解した和葉が先に言葉を続けた。
「もうじき参加予定の父親による短距離走の時間ですけど、運動前にお腹に食物を入れても大丈夫ですか」
「……え?」
春道は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。台詞内容に驚きを隠せなかったのだ。
「……あの子は、パパからきちんと了承を貰ったと言ってましたけど、まさか春道さんは知らなかったのですか」
「い、いや、もちろん知ってたよ」
ジト目に近い視線を向けてくる和葉のプレッシャーの前では、そう答えるしかなかった。それに言われてみれば、確か最初に運動会について聞いた時、一番がどうのと言われていた記憶がある。
万が一聞いてなかったとしても、そこら辺を確認する時間は充分すぎるくらいにあった。きちんと何の種目に参加するか把握してなかったのは、春道の落ち度と言わざるを得ない。
スポーツ万能とまではいかないものの、運動神経はそれほど悪くないと自負している。こうなったらやるしかない。問題は長年の引き篭もり生活で、どこまで肉体が弱まっているかである。下手したら走ってる途中で足がもつれて派手に転びかねない。
松島和葉に参加する種目の詳細について尋ねようとしたところで、グラウンド内にその旨を告げるアナウンスが流れた。午後一番の種目が父親による短距離走だったのだ。
食事しようとするのを制止されて当然である。むしろ助かったと言ってもいい。満腹の状態で全力で走ろうものなら、よしんば完走できたとしても、醜態を晒してしまう確率はかなり高い。
「とりあえず、行ってくるか」
おにぎりと割箸を元の場所に戻し、春道は座っていたビニールシートから立ち上がる。同じ境遇の父親たちと目が合うと、誰もが「負けませんよ」声高らかに宣言してるみたいだった。皆、自分の子供にいいところを見せようと必死なのだ。
この機会に父親の威厳でも回復しようと思ってるのだろうか。本物の父親とは言い難い春道にはいまいちわからない感情だった。
担当の児童たちの案内で、春道たち父親一同は白線――つまりはスタートラインの後ろに整列させられる。春道の順番は前から数えて五番目だった。
順番待ちをしてる時間で、春道は何気に考える。普通、こうした運動会で保護者が参加する競技といえば、我が子と一緒に二人三脚なんて種目がもっともメジャーかつポピュラーなはずだ。
何故に運動不足な中年親父連中を集めて、短距離走を開催せねばならないのか理解不能である。本来なら参加を辞退したいところだが、今さらになってそんな真似をしたら松島母娘に何を言われるかわからない。
そうこうしてるうちに、春道の出番がきてしまった。周囲を見渡せば、メタボリックになりかけのお父さんたちが揃っている。これならなんとかなりそうだ、などと油断は禁物。太っていても運動神経抜群の人間も、広い世の中には多数存在する。
「パパー! がーんーばーってー!」
どの児童よりも大きな声が、グラウンド上に響き渡った。松島葉月の声援を皮切りに、次々とスタートラインに並ぶ父親たちへ応援メッセージが飛んでくる。
どうやら学級別に分けられており、この種目も順位ごとの点数がそれぞれに与えられるみたいだった。そんなわけで「葉月ちゃんのお父さん、頑張れー!」と男女問わずに沢山の声が春道に浴びせられる。
たまにはこういうのも悪くないな。そんなふうに考えれるほど、春道は素直な性格をしてなかった
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-13 17:22
愛すべき不思議な家族 24
児童の父親全員が参加してない点から深読みしてみると、強制参加の種目ではない。そこまで推測できればあとは簡単。要するに春道は、クラス代表のひとりとしてこの場にいるのである。恐らく葉月の奴が立候補したに違いない。
「パパー! がーんーばーってー!」
先ほどとまったく同じ応援メッセージが、松島葉月の口から発せられる。無責任とはまさにこのことだ。
代表になってるからには、無様な成績で終われば、直接的には非難されなくても落胆の視線に襲われること間違いない。余計な重圧をありがとう。膨大な皮肉を込めて、是非とも呑気に観戦してる少女に送ってやりたい気分だった。
安請け合いを後悔しても、とっくの昔に引き返せる状況じゃなくなっている。何故なら、春道はすでに白癬のすぐ内側に並び、スタートの号砲を待ってる段階なのだ。
春道がどれだけ悲しんでも時計の針は無情に進み、パアンと乾いた音が澄み切った青空へと木霊す。
こうなればヤケクソだと、春道は一歩目を踏み出す。昔からスタートは得意だったので、いの一番にトップスピードまでギアを入れ替える。チラリと横目で左右を見ても、迫ってくる人影は確認できない。
一度走り出してしまえば、余計なことを考える余裕もなくなる。児童たちの大声での応援も耳に入らず、視界に移っているゴールテープだけをひたすらに目指す。
種目が始まるまではあれだけ長く感じたのに、いざ本番になると一瞬である。現役世代とは違い、足が多少言うことを聞いてくれないが、なんとか転倒だけは逃れそうだった。
走りながらも、心臓がバクバクいってるのがわかる。それこそ学生の頃はこんな距離なんて何でもなかったのに、三十も間近に迫ってくるとこんなにもキツくなるとは想像以上だった。
日頃の運動不足を本気で嘆きつつも、ゴールは目前。途中から速度が落ちてきたのは、体力の無さゆえである。他の父親連中も同様だったのが救いだった。
結局、春道は誰にも追いつかれたりせずに、トップを守ったままゴールテープを最初に切る。一位になった嬉しさよりも、もう走らなくてもいい嬉しさが勝ってるのは、立派な中年になってる証拠だろう。
「パパ、かっこいいーっ!」
人を勝手に学級の父親代表に推薦してくれた少女の歓声が届く。疲れと安堵で、後でとっちめてやろうという気さえなくなっていた。
やはりブンブンと両手を大きく振ってくる松島葉月に控えめに応じつつ、春道はゆっくりと呼吸を整える。職業、引き篭もりと形容しても過言ではない人間に、短距離走みたいなハードな種目をやらせるのは禁物だ。下手をすると大変な事態になりかねない。
兎にも角にも、最低限の責任だけは果たせた。これで葉月もクラスメートにからかわれたり、なんて展開にはならないはずだ。肩の荷が下りたところで、改めて春道は大きなため息をつく。
ゴール地点にいた児童から「おめでとうございます」と声をかけられてから、のんびりと歩いて松島和葉が座っている場所まで戻ることにする。あとは食事をしながら、ゆっくりと観戦してればいいだけだ。
他にも参加する種目がありますよ。なんて台詞を言われないように祈りつつ、陣取っている地点を目指すのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 12:24
没有人顶~~~
不知道大家喜不喜欢~~~~
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:31
愛すべき不思議な家族 25
「お疲れ様でした」
陣取っていた場所に戻るなり、松島和葉はわざわざ立ち上がって春道を出迎えてくれた。短距離走は想像以上に疲れたが、こんなふうに美人な女性に労をねぎらってもらって悪い気はしない。
奇妙な縁で知り合ったとはいえ、一応は目の前の女性と春道は夫婦なのである。
「……座らないのですか」
立ったままボーっとしてる春道を、松島和葉が訝しげに見つめてくる。想像世界から不意に現実へ引き戻され、必要以上にうろたえてしまう。半分声を裏返させながら「何でもない」と答えておく。
すぐにビニールシートへ座ると、春道に倣って和葉も再び腰を下ろした。
何気に違和感を感じて周囲を見渡すと、慌てて目を逸らす中年男性の姿が複数発見できた。もちろん春道に興味を持ったわけではなく、彼らのお目当ては隣にいる松島和葉で間違いない。それだけの美貌なのである。
運動会当初から覚えていた違和感みたいなものは、児童たちの父親連中からのやっかみの視線だったのだ。
自分たちにも好きで結婚した奥さんがいるだろうに。そんな感想を抱きながらも、春道はどこか得意げな気分になるのだった。
午後の競技が佳境にさしかかりだした頃、スックと松島和葉がいきなり立ち上がった。
「少し行ってきます」
何事かと戸惑っていると、松島和葉はそう告げてきた。恐らくはトイレだろうと判断し、春道は「わかった」とだけ返した。
それから結構な時間が経過しても、松島和葉は戻ってこない。思わず下世話な推測をしてしまうが、相手に失礼だと浮かんだ考えを頭を左右に振って放棄する。
お弁当も満足に食べて、体力もある程度回復している。だが近日中に筋肉痛になるのは、ほぼ決定してるも同然だ。どうせ避けられないのなら明日にでもなってほしい。明後日以降だと嫌でも老化を思い知らされる。
毎日こまめに運動でもしようかなと、満腹感でまったりしつつも考える。健康のためにもなるし、一石二鳥だ。
「ぱぁーぱぁー!」
怒声ともとれる叫びが、春道の耳に飛び込んできた。完全に不意突かれた形になり、普段の倍ぐらいの勢いで驚く。
考え事を強制中断させられた春道は、声の主を探す。誰が呼んだかはすでにわかっている。わからないのはどこにいるかだ。
こっちこっちと呼ばれた方を見ると、そこには互いの足首をタオルで縛った松島母娘の姿があった。
他にも同様の格好をした児童と保護者のコンビが多数おり、これからどんな競技が行われるかは容易く想像がつく。母親と娘の二人三脚だ。
列に並んでる女性チームの後ろには、男子児童と父親による二人三脚のコンビが控えていた。どうやら性別で組み分けをしているらしい。
この種目もそれほど参加人数は多くなく、各クラスから男女五名ずつといった程度だ。松島葉月の性格から察するに、恐らくこの競技も立候補したに違いない。
初めて両親が揃って参加してくれる運動会だけに、はりきりたいのかもしれない。もっとも、ただの運動好きなんて可能性も考えられる。どちらにせよ、運動会は児童たちが主役であり、その中のひとりである少女が楽しんでいるのなら問題はない。
あっという間に松島母娘の順番になり、同じ学級や同学年の女性チームとスタートラインに並ぶ。なんとしても活躍したい松島葉月は、見るからに力が入っている。
担当教師による合図で、各自まずは最初の一歩を踏み出す。二人三脚は、走り出してしまえば意外とそのままの勢いでゴールまで行けるため、スタート直後が肝心だった。
それがわかっているらしく、松島和葉は前に出たがる娘を絶妙にコントロールしつつ、慎重かつ順調な滑り出しとなった。
逆にスタートダッシュを狙ったペアは、意図に反して見事にコース上で転んでしまう。まだ年齢が低い女子だけに、泣きそうになる児童も存在していた。
そんな中、松島葉月と和葉の母娘はゴール地点目指して一直線に突き進んでいる。このままいくと、トップも現実味を帯びてくる。決して熱血タイプではないのに、何故か観戦にも力が入ってしまう。
二人三脚が途中まで進んだ頃、不意に春道は誰かに肩を叩かれた。ビックリして振り返ると、そこにいたのは松島葉月の担任である女教師だった。
「少しお話があるんですけれど、お時間いただいてよろしいですか」
まさか、また葉月がいじめられたりしてるのだろうか。しかし少女にそういった様子は見受けられないし、あえて春道に隠してるとも考えにくい。
とにかく担任教師を邪険にしたりもできないので、春道は頷いて相手の要求に応じる。
松島母娘は二人三脚に熱中してるため、こちらに気づいてない。競技中に声をかけるわけにもいかないし、仕方ないので黙って春道はこの場を一時離れることにした。
運動会が行われてるグラウンドと対極に位置する校庭まで来たところで、ようやく前を歩いていた女教師が足を止めた。
「自己紹介がまだでしたね。私は小石川祐子と言います」
「……高木春道です」
周囲を見渡しても、活気溢れる場所とはとても思えない。こんな人気のない場所でする話なのだから、さぞや重要な案件なのだろう。そう身構えていたのに、女教師の第一声は自己紹介だった。
これから本題に入るに違いない。きちんと話を聞くために集中してるのに、どうしたのか小石川と名乗った女担任は一向に口を開こうとしない。それほどまでに言い辛いとは、一体どんな問題が発生してるのか。
「葉月ちゃんのお父様は……その、失礼ですが、名字が違うんですね」
春道は思わず「はぁ!?」と叫ぶところだった。緊張して身構えていたところに、先ほどの発言である。もしかして、当たり障りのない会話から始めて、後々に本題へ突入しようという意図なのだろうか。だとしたら、付き合っておいた方がいい。
「昔から夫婦別姓にしてましたからね。別に他意はありませんよ」
柄ではないが、愛想笑いを浮かべながら女教師の問いかけに答えていく。重要な話題に移るのを緊張して待ちながら、春道は頭の片隅で二人三脚の結果はどうなっただろうなんて考えるのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:31
愛すべき不思議な家族 25
「あれー……パパ、いないよー」
一等賞になった商品のボールペンを、パパに早く見せたいとせがむ娘と一緒に松島和葉は保護者の控え場所まで戻ってきていた。
和葉が準備したビニールシートや昼食が入ったバスケットはそのままに、高木春道の姿だけが見えなくなっているのだ。
競技に参加する前はもちろん、二人三脚の途中で横目で確認した時も確かにひとりで座っていた。じっくり観察したわけでもないが、変わった様子も別段見受けられなかった。
「お手洗いに行ったのではないかしら」
考えられるのはその程度しかなかった。和葉の言葉を聞いた葉月は、曇らせていた表情をパッと晴天に変える。
「そっか。それならすぐに戻ってくるよね」
にこにこしながら同意を求めてくる娘に、和葉もまた微笑みながら「そうね」と応じる。
それにしてもと和葉は思った。いくら葉月が人懐っこくて、父親の存在を熱望してたとはいえ、まさか高木春道が娘からここまで好かれるようになるとはまったく想定してなかった。
いつ終焉を迎えるかわからない夫婦関係だけに、最初はあまり葉月と深く関わらせるつもりはなかった。幸いにして相手も子供に興味はなさそうだったし、冷たいかもしれないが、そうすることで娘が心にダメージを負う危険性を少しでも減らせると判断した。
しかし葉月のいじめ問題発覚を契機に、その方針はあっさりと崩れ去ってしまう。見事なまでに解決して見せた高木春道に、娘はこの上ないほどに傾倒した。
このままでは危険だと判断し、二人の仲を引き離そうと試みたものの、愛する葉月からの反感を買っただけ。逆に和葉と娘の関係が、一時的にせよ危うくなってしまった。
どうしたらいいのかわからなくなっていた矢先に、勘当されていた実家に戻るはめになったのである。そこで実兄の戸高泰宏が、高木春道に和葉と葉月の関係を暴露してしまう。
しかし高木春道はあれこれ詮索しようとはせず、口だしもしてこなかった。まるで和葉の思惑があるから、己はいらぬ口を挟むべきではない。そう言ってるようだった。
本音はどうか知らないが、相手の対応は実際ありがたかった。意図せずに内情の一部を知ったからといって、すべてを説明する義理も責任もない。けれど、事実を葉月に教えると脅されれば、和葉は高木春道の要求にひとつの例外もなく応じたに違いない。
単純に思いつかなかっただけかもしれないが、それでもそんな悪質な真似をするタイプの人間でないことは確かだ。そう判断した和葉は、ある程度高木春道を信用して付き合っていこうと決めた。
異質な夫婦関係であっても、交わした約束が有効である限り夫婦である事実に変わりはない。それならば、少しでも娘が喜ぶ方向へ行こうとシフトチェンジしたのだ。
「パパ、遅いね……」
葉月の言葉で和葉は我に返る。考え事をしていたので気づかなかったが、トイレにしては時間がかかりすぎてる気もする。かといって、わざわざ探索する気にはなれない。お腹の調子を崩して、トイレにこもっている可能性も否定できないからだ。
とりあえず、もう少し待つべきだと思ったが、葉月は早く高木春道に二人三脚で一位になった自慢をしたくて仕方ないようである。
ほとんど制約のない保護者と違って、学校に所属している葉月は定められている規則に従わなければならない。新たな種目が始まれば、クラスの待機場所へ戻る必要がある。
「わかったわ。ママが少し探してくるから、葉月はここで待っていなさい」
放っておけば今にも「探しに行ってくる」と言い出しそうな娘の機先を制して、和葉は自らそう切り出した。
「うんっ! 葉月、ここで待ってるね」
しょげそうになっていたのが嘘みたいに、明るい口調で葉月が応じる。勤め先では冷静沈着な女性として通ってる和葉も、この笑顔だけには弱かった。
周囲には他の大人たちも多数いるので、ひとりで残しておいても心配はない。和葉はもう一度娘を見たあとで、ビニールシートから立ち上がる。
探すと告げて出発したまではいいものの、当てなど何ひとつない。適当に歩いたところで見つかるはずもなく、諦めかけていると葉月と同じ学級にいる児童の母親と遭遇した。
都合がつけば保護者同士の会合に参加していたので、その女性とも面識はあった。話好きと評判になってるだけあって、ひとりで歩いていた和葉にすぐさま声をかけてくる。
「娘から聞いてたけど、松島さんの旦那さんって結構男前なのねぇ。うちの人とはえらい違いだわ」
そうした目で高木春道を見たりしてなかったので、和葉は「そうですか」としか答えようがない。自宅でもほとんど見かけたりせず、和葉が部屋を訪ねた時には、大抵セットされてないボサボサ髪で目元まで隠れてるので容姿の良し悪しなど判別がつかなかったのだ。
もっとも和葉自身がそうした色眼鏡で見られるのを嫌うので、誰が相手でも外見をどうこう言ったりはしないし、応対の仕方を変えたりもしない。そうした態度が気取ってると、学生時代に一部の女生徒から反感を食ったりもしたが昔の話である。
「でも気苦労が絶えなさそうよね。さっきも担任の女の先生と二人きりで歩いてたわよ。あれはきっと人気のない校庭へ向かってたのね。何をするつもりなのかしら」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、顔見知りの他児童の母親がそんな台詞を口にしてきた。親切心で教えたわけではなく、面白がってるのは明らかだった。
普通の奥さんなら怒るところなのかもしれないが、和葉と春道の夫婦関係はおよそ常人には共感できないぐらいの異質なものだ。好意で結ばれてるわけでもないので、そんな話を聞いても嫉妬したりしない。
「そうですか。ありがとうございます」
和葉が何ひとつ変わらぬ表情でお礼を言うと、相手は拍子抜けしたような感じで「え、ええ……」と戸惑い気味に応じた。
その後は言葉を発するでもなく、そそくさと立ち去っていった。恐らくは仲の良い他の母親に、このことを言いふらしてまわるつもりなのだろう。
勝手にすればいい。先ほどの女性にはそれで済むが、高木春道に関しては一応探しておくべきだと判する。ジェラシーどうのこうのではなく、もしかしたら娘の葉月についての話し合いをしてる可能性もあるからだ。
人気のない校庭へ向かっていたのではないか。そういう情報を手に入れたので、とりあえずはそちらへ行ってみることにする。それでいなかったら、諦めて葉月が待ってる場所へ戻ればいいのだ。
この小学校は結構敷地が広く、同じ校庭といってもまったく手入れされてない林のようなところも存在する。なるほど。確かに密談などをするには丁度いい。
そんな感想を抱きつつ、目に見える範囲だけを捜索していく。すると、程なくして高木春道と女担任の姿を発見できた。
他人の会話に、ズケズケと入り込んでいくのはさすがに気が引ける。ひとまずは様子見をするべきかもしれない。そう思った和葉の耳に、葉月の担任である女教師の驚くべき言葉が風に乗って届いてきた。
「私……貴方のことが好きになっちゃったみたいなんです」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:32
愛すべき不思議な家族 26
松島葉月の担任を務める女教師に呼び出されたまではいいものの、肝心の重要な話はまったくでてこない。もうとっくに松島母娘が参加していた二人三脚も結果がでてる頃だろう。いい加減に苛々してきた春道は、単刀直入に尋ねることにした。
「そろそろ本題に入ってもらえませんか」
春道の発言を受けて、松島葉月の担任を務める女教師の表情が一変した。
ようやく本題に入ってくれるらしい。そう思ってホッとしたのも束の間だった。小石川祐子と名乗った女担任の次の台詞は、全然予想していなかった驚愕をもたらした。
「私……貴方のことが好きになっちゃったみたいなんです」
……何だ。一体全体何がどうなってるんだ。内心で春道はパニクっていた。無理もない。松島葉月に関する話だと思っていたら、いきなり告白をされてしまったのだ。これでビックリするなという方が無理な相談だ。
「……な、何かの罰ゲームですか……?」
なんとか平静を保とうとしたが、こうした状況に慣れてないだけに声がどもってしまう。どうしてこんな事態になってるのか、未だに理解不能である。
「そ、そんなんじゃありません。へ、変な意味じゃなくてですね……」
その台詞で春道はピンとくる。
「ああ、人間的に好きになったとかですか。どうしてそう思ったかは知らないですけど、そんな風に評価してもらえるほど人間はできてないですよ」
考えてみればおかしな話なのだ。前方に立っている女教師と会ったのは、葉月の授業参観での一回だけだ。しかも些細な立ち話をごく短時間した程度。告白などの展開になったりするわけもない。
だがこれで納得した。恐らく松島葉月のいじめをなんとかしたのを春道だと知って、お礼でも言いたいのだろう。しかしおおっぴらに謝罪すれば、自分ではいじめを処理できませんでしたと、事情を知らない人間にまで暴露するようなものだ。
そこで思いついたのが、人気のない場所でお礼を言うことだったに違いない。春道とて、悪戯に葉月がいじめられてた問題を蒸し返すつもりはないし、解決したのは自分だと自慢する気もほとほとなかった。
頭の中で結論が出たおかげで、春道はだいぶ冷静さを取り戻していた。あとは素直にお礼の言葉を受け取って、運動会を行っているグラウンドへ――。
「――いいえ、違います。そうじゃなくて……愛してるんです」
おもいきって告白しちゃいましたとばかりに、小石川祐子は顔を真っ赤にしている。勝手に言い切ったみたいな感じになられても、春道にはどうしていいかわからない。
ひとめ惚れなぞ経験のない春道には、相手の思考回路がまるで理解できなかった。一度しか会っておらず、しかもロクな会話をしてないのに愛してるなんて言える時点で、違う人種なのではないかとさえ思ってしまう。
「……本気ですか」
戸惑いつつも、やや呆れ気味に尋ねた春道に女教師は勢いよく頷いた。教職についてはいるものの、今の対応からしても精神年齢は実年齢より幼いのかもしれない。松島葉月と大差ないようにも感じる。
「……申し訳ないですが、俺には妻がいるんで無理です」
妻がいなくても、こういったタイプの女は苦手なので付き合うつもりはなかった。だから童貞なのかもしれないが、性経験をしたいがためだけに付き合ったりするのはより失礼になる。
「そういう男っぽいところが、いいんですよね。ますます憧れちゃいます」
まだ若そうに見える外見どおり、大学を出てすぐ教職へ就いた女性なのかもしれない。
「正直、私……奥さんより満足させてあげる自信ありますよ」
舌なめずりでもしそうな勢いで、小悪魔みたいな笑みを浮かべる。顔立ちもどことなく年齢より若く見えるので、可愛い系の女性として仲間内の男性からは人気も出るだろう。
しかし、こういったタイプの女性は同性にはあまり好かれない。春道が学生時代の頃、こういった女子がクラスにいた。男子生徒にチヤホヤされる代わりに、どことなくほかの女生徒からは煙たがられてるように見えたものだ。
おまけに奥さんより満足させれるなんて台詞を、平然と口にしてくるあたり他人の物を極端に欲しがる人種である可能性が高い。
本来ならこうした女性とは係わり合いになりたくないのだが、松島葉月の担任を務めてる女教師だけにそうもいかない。適当にあしらった挙句、春道以外の人間に影響が及んだりしたら洒落にもならない。
「葉月ちゃんのお父さんがその気なら、今夜にでも時間を作れますけど?」
女性経験のない春道にとって、魅力的すぎるお誘いなのは確かだ。けれど童貞歴もここまでくると、若い頃と違って焦りはすっかり消えている。むしろ一生このままでもいいや的な、変な余裕さえ生まれていた。
さらに奥さんより満足させてあげると言われても、比較対象となるべき体験がないのでいまいちピンとこない。したがって春道には、あまり有効な誘惑手段とはならなかった。
「どうですか?」
「遠慮しときます」
再度、今夜の逢瀬について尋ねられた瞬間、きっぱり春道は拒絶の返事を相手へ差し出す。
直後の視界に映ったのは、唖然とする女教師の顔だった。もしかして、誘った相手に断られた経験がないのかもしれない。
悪いことをしてしまったかなと一瞬思ったが、よくよく考えれば悪いのは春道ではなく、既婚者の男性にモーションをかけてきた女教師の方だ。印象どおりの男らしさを発揮した形になったのだから、向こうもこれでスッパリ身を引いて――。
「どうしてですか!?」
――くれなかった。ヒステリック気味に叫び、下手をすると春道に掴みかかってきそうな剣幕だ。
「確かに綺麗な奥様ですけど、女は顔だけじゃないでしょう! 色々と他にも見るべきところが――」
「だからって不倫は駄目だろ」
あまりに相手が子供じみてるので、ついつい春道も地がでてしまった。さすがにまずかったかと若干慌てるも、大木を背にしている女教師はお構いなしだった。
「不倫するのが怖いのね、この臆病者! 奥さんより私に魅力を感じておきながら、せっかくのチャンスをふいにするなんて信じられないわ!」
春道からすれば、あまりに乱暴な発言をする正面の女性が、小学校の教師になれている事実の方がずっと信じられない。
「……悪いけど、別にチャンスだとか思ってないぞ。大体、自分の奥さんの方がずっと魅力的だしな」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:32
愛すべき不思議な家族 26
――ガクッ!
意図せずに高木春道と娘の女担任の会話を盗み聞きする形になっていた松島和葉は、二人の死角になっている木の陰で危うく体勢を崩し、地面へ倒れこみそうになってしまった。
なんとかギリギリのところで踏み止まれたので、高木春道たちには和葉の存在がバレなかったみたいである。
本当に危なかった。それというのも、高木春道が変な台詞を恥ずかしげもなく堂々と口にするからだ。もう少しで「え?」と素っ頓狂な声まであげるところだった。
本心からの台詞かどうかは不明だが、和葉を驚かせるには十分すぎるほどのインパクトがあった。もっとも、高木春道本人はこの場に当人がいると思ってないからこそ、あのような発言ができたのだろう。
ますます簡単に二人の前に出るわけにはいかなくなった。先ほどの台詞を聞いてたと判明すれば、高木春道だけではなく和葉まで変に気まずくなってしまう。聞かなかったことにするのがよりベターな選択である。
「な、何ですか、それ。女をバカにするのもいい加減にしてください!」
高木春道の心情を正確に理解するのは不可能だが、迷惑がってるのは表情を見れば明らかだった。確かに和葉の目から見ても、あの女担任の行動はまともと言い難い。 運動会の最中に職務を放棄した挙句に、児童の保護者を誘惑してるのだ。
「別にバカにしてるつもりはなく、素直に思ってることを言ってるだけなんだがな」
高木春道の言葉で、幼稚な女担任がさらに激昂する。優しい両親のいる裕福な家庭で、我侭いっぱいに育てられた女性なのかもしれない。相手が自分の意のままにならないだけで怒るなんて、未熟もいいところだ。
他人が自分の想像どおりに行動してくれること自体が稀なのである。すべてがすべて、頭の中で思い描いたように展開するなら、現実世界で苦労する人間など誰ひとり存在しなくなる。
先ほどまで大騒ぎしそうな勢いだったのに、今度は急に女担任が押し黙った。ようやく諦めたのだろうか。高木春道はそう判断したみたいで、心なしか顔に安堵が浮かんでいる。
「……ずいぶんと奥さんを愛してるようですけど……私、知ってるんですよ」
思わせぶりな口調に、隠れている和葉が眉をしかめる。学校行事以外であの女教師と会話をした覚えはないし、昔からの友人だったりもしない。
娘がこの小学校に入学してなければ、赤の他人としてそれぞれの人生を過ごしていた確率が非常に高い。間違っても重大な秘密を打ち明けたりするような相手ではなかった。
何を言い出すのかと、高木春道のみならず和葉も耳を澄ませる。
「葉月ちゃんの血液型……お父さんともお母さんとも違いますよね? 本人はその意味に気づいてなかったようですけど、お二人からは生まれるはずのない血液型です」
小石川祐子という名前の女教師の口から発せられた事実に、和葉の背筋が寒くなる。確かにそれは女担任の指摘どおりだった。
最初に高木春道の血液型を聞いた時、本心では最悪だと絶望した。和葉と一緒だったのである。せめて葉月と一緒だったなら……何度もそう思った。
けれど娘に父親――高木春道の血液を尋ねられた時、和葉は素直に教えた。本人が自発的にこの意味に気づく頃には、物事をある程度理解できる年齢になってるだろうと予測したのである。
そうなってから和葉は、娘に出生の秘密をすべて打ち明けるつもりだった。一時は高木春道が口を滑らせたりしたらどうしようなどとも考えたが、そういうタイプではないとわかって最近では安心するようになっていた。
ところが、まさかこんなところに乱入者が存在するとは砂粒ほども予想してなかった。まだ真実を打ち明けるには、葉月は幼すぎる。女担任がどういうつもりで言ったかは知らないが、マズい展開になりつつある。
嫌な予感が頭を離れず、全身にべっとりと汗をかく。いっそこのタイミングで姿を現して、相手を怒鳴りつけてやれば――いや、それだと向こうが逆上して葉月にすべてをバラす可能性がでてくる。それだけはどうしても避けたかった。
「――だから?」
酷く冷たい声が高木春道の口から発せられた。夫婦となってるだけあって、それなりに会話をしてきたが、あんな態度も口調も初めてだった。
威圧的な雰囲気に押されたのか、女担任がその場から一歩後退りする。
「だ、だから……お、奥さんは隠し事をしてたんですよ。葉月ちゃんは貴方の本当の娘じゃないんです!」
高木春道のどこがそんなに気に入ったのか、気後れしてるのに小石川祐子は引く素振りを見せない。
「そんなのとっくの昔に知ってるよ。けど、血の繋がりってそんなに大事か? アンタは両親と血が繋がってないと言われたからって、今までの思い出全部を嘘だったと思うのか。違うだろ。子供じみた発言は止めろ」
高木春道の発言は、和葉が驚くほどに言いたいことを代弁してくれていた。
完全に立ち入る隙はないとこれで悟ったのか、ギリッと唇を噛みながらも女教師は両目に涙を溜めている。
「葉月にその事実を暴露したいなら勝手にすればいいさ。けど、その時はそれなりの代償を払ってもらうからな」
「……じょ、女性を脅すんですか……?」
「脅してるつもりはねえよ。最初に問題発言をしてきたのはそっちだからな。くだらない真似は止めた方がいいぞっていう忠告だ」
最近は女性に言い争いで負ける男も多いと聞くが、小石川祐子との一件にかんしては、完全に高木春道の勝利だった。
「べ、別に葉月ちゃんに言うつもりはありませんよ。私だって、そこまで鬼じゃないですから」
負け惜しみだとしても、本心からの言葉に思えた。これでとりあえずはひと安心といったところだ。
「その代わり……奥さんには別です」
「奥さんに……って、ますます言っても無駄だろ。何を考えてんだ」
「葉月ちゃんの件じゃありません」
今度はこっちが攻勢になる番だとでも言いたげに、精神年齢が低いと想像できる女教師が笑みを浮かべた。
「ここで密会してた事実を懇切丁寧にご報告してあげます。子供の運動会を途中で放り出して、人気のない場所で私を口説いてましたってね。嫌だって抵抗したのに、旦那さんが無理やり――なんて言葉も付け加えたら一体どうなっちゃうんでしょう」
……そろそろ頃合だろう。そう判断した和葉は二人に向かって一歩足を踏み出す。
「……別にどうもなりません」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:35
愛すべき不思議な家族 27
松島葉月の担任を務める女教師に呼び出されたまではいいものの、肝心の重要な話はまったくでてこない。もうとっくに松島母娘が参加していた二人三脚も結果がでてる頃だろう。いい加減に苛々してきた春道は、単刀直入に尋ねることにした。
「そろそろ本題に入ってもらえませんか」
春道の発言を受けて、松島葉月の担任を務める女教師の表情が一変した。
ようやく本題に入ってくれるらしい。そう思ってホッとしたのも束の間だった。小石川祐子と名乗った女担任の次の台詞は、全然予想していなかった驚愕をもたらした。
「私……貴方のことが好きになっちゃったみたいなんです」
……何だ。一体全体何がどうなってるんだ。内心で春道はパニクっていた。無理もない。松島葉月に関する話だと思っていたら、いきなり告白をされてしまったのだ。これでビックリするなという方が無理な相談だ。
「……な、何かの罰ゲームですか……?」
なんとか平静を保とうとしたが、こうした状況に慣れてないだけに声がどもってしまう。どうしてこんな事態になってるのか、未だに理解不能である。
「そ、そんなんじゃありません。へ、変な意味じゃなくてですね……」
その台詞で春道はピンとくる。
「ああ、人間的に好きになったとかですか。どうしてそう思ったかは知らないですけど、そんな風に評価してもらえるほど人間はできてないですよ」
考えてみればおかしな話なのだ。前方に立っている女教師と会ったのは、葉月の授業参観での一回だけだ。しかも些細な立ち話をごく短時間した程度。告白などの展開になったりするわけもない。
だがこれで納得した。恐らく松島葉月のいじめをなんとかしたのを春道だと知って、お礼でも言いたいのだろう。しかしおおっぴらに謝罪すれば、自分ではいじめを処理できませんでしたと、事情を知らない人間にまで暴露するようなものだ。
そこで思いついたのが、人気のない場所でお礼を言うことだったに違いない。春道とて、悪戯に葉月がいじめられてた問題を蒸し返すつもりはないし、解決したのは自分だと自慢する気もほとほとなかった。
頭の中で結論が出たおかげで、春道はだいぶ冷静さを取り戻していた。あとは素直にお礼の言葉を受け取って、運動会を行っているグラウンドへ――。
「――いいえ、違います。そうじゃなくて……愛してるんです」
おもいきって告白しちゃいましたとばかりに、小石川祐子は顔を真っ赤にしている。勝手に言い切ったみたいな感じになられても、春道にはどうしていいかわからない。
ひとめ惚れなぞ経験のない春道には、相手の思考回路がまるで理解できなかった。一度しか会っておらず、しかもロクな会話をしてないのに愛してるなんて言える時点で、違う人種なのではないかとさえ思ってしまう。
「……本気ですか」
戸惑いつつも、やや呆れ気味に尋ねた春道に女教師は勢いよく頷いた。教職についてはいるものの、今の対応からしても精神年齢は実年齢より幼いのかもしれない。松島葉月と大差ないようにも感じる。
「……申し訳ないですが、俺には妻がいるんで無理です」
妻がいなくても、こういったタイプの女は苦手なので付き合うつもりはなかった。だから童貞なのかもしれないが、性経験をしたいがためだけに付き合ったりするのはより失礼になる。
「そういう男っぽいところが、いいんですよね。ますます憧れちゃいます」
まだ若そうに見える外見どおり、大学を出てすぐ教職へ就いた女性なのかもしれない。
「正直、私……奥さんより満足させてあげる自信ありますよ」
舌なめずりでもしそうな勢いで、小悪魔みたいな笑みを浮かべる。顔立ちもどことなく年齢より若く見えるので、可愛い系の女性として仲間内の男性からは人気も出るだろう。
しかし、こういったタイプの女性は同性にはあまり好かれない。春道が学生時代の頃、こういった女子がクラスにいた。男子生徒にチヤホヤされる代わりに、どことなくほかの女生徒からは煙たがられてるように見えたものだ。
おまけに奥さんより満足させれるなんて台詞を、平然と口にしてくるあたり他人の物を極端に欲しがる人種である可能性が高い。
本来ならこうした女性とは係わり合いになりたくないのだが、松島葉月の担任を務めてる女教師だけにそうもいかない。適当にあしらった挙句、春道以外の人間に影響が及んだりしたら洒落にもならない。
「葉月ちゃんのお父さんがその気なら、今夜にでも時間を作れますけど?」
女性経験のない春道にとって、魅力的すぎるお誘いなのは確かだ。けれど童貞歴もここまでくると、若い頃と違って焦りはすっかり消えている。むしろ一生このままでもいいや的な、変な余裕さえ生まれていた。
さらに奥さんより満足させてあげると言われても、比較対象となるべき体験がないのでいまいちピンとこない。したがって春道には、あまり有効な誘惑手段とはならなかった。
「どうですか?」
「遠慮しときます」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:35
愛すべき不思議な家族 27
再度、今夜の逢瀬について尋ねられた瞬間、きっぱり春道は拒絶の返事を相手へ差し出す。
直後の視界に映ったのは、唖然とする女教師の顔だった。もしかして、誘った相手に断られた経験がないのかもしれない。
悪いことをしてしまったかなと一瞬思ったが、よくよく考えれば悪いのは春道ではなく、既婚者の男性にモーションをかけてきた女教師の方だ。印象どおりの男らしさを発揮した形になったのだから、向こうもこれでスッパリ身を引いて――。
「どうしてですか!?」
――くれなかった。ヒステリック気味に叫び、下手をすると春道に掴みかかってきそうな剣幕だ。
「確かに綺麗な奥様ですけど、女は顔だけじゃないでしょう! 色々と他にも見るべきところが――」
「だからって不倫は駄目だろ」
あまりに相手が子供じみてるので、ついつい春道も地がでてしまった。さすがにまずかったかと若干慌てるも、大木を背にしている女教師はお構いなしだった。
「不倫するのが怖いのね、この臆病者! 奥さんより私に魅力を感じておきながら、せっかくのチャンスをふいにするなんて信じられないわ!」
春道からすれば、あまりに乱暴な発言をする正面の女性が、小学校の教師になれている事実の方がずっと信じられない。
「……悪いけど、別にチャンスだとか思ってないぞ。大体、自分の奥さんの方がずっと魅力的だしな」
――ガクッ!
意図せずに高木春道と娘の女担任の会話を盗み聞きする形になっていた松島和葉は、二人の死角になっている木の陰で危うく体勢を崩し、地面へ倒れこみそうになってしまった。
なんとかギリギリのところで踏み止まれたので、高木春道たちには和葉の存在がバレなかったみたいである。
本当に危なかった。それというのも、高木春道が変な台詞を恥ずかしげもなく堂々と口にするからだ。もう少しで「え?」と素っ頓狂な声まであげるところだった。
本心からの台詞かどうかは不明だが、和葉を驚かせるには十分すぎるほどのインパクトがあった。もっとも、高木春道本人はこの場に当人がいると思ってないからこそ、あのような発言ができたのだろう。
ますます簡単に二人の前に出るわけにはいかなくなった。先ほどの台詞を聞いてたと判明すれば、高木春道だけではなく和葉まで変に気まずくなってしまう。聞かなかったことにするのがよりベターな選択である。
「な、何ですか、それ。女をバカにするのもいい加減にしてください!」
高木春道の心情を正確に理解するのは不可能だが、迷惑がってるのは表情を見れば明らかだった。確かに和葉の目から見ても、あの女担任の行動はまともと言い難い。 運動会の最中に職務を放棄した挙句に、児童の保護者を誘惑してるのだ。
「別にバカにしてるつもりはなく、素直に思ってることを言ってるだけなんだがな」
高木春道の言葉で、幼稚な女担任がさらに激昂する。優しい両親のいる裕福な家庭で、我侭いっぱいに育てられた女性なのかもしれない。相手が自分の意のままにならないだけで怒るなんて、未熟もいいところだ。
他人が自分の想像どおりに行動してくれること自体が稀なのである。すべてがすべて、頭の中で思い描いたように展開するなら、現実世界で苦労する人間など誰ひとり存在しなくなる。
先ほどまで大騒ぎしそうな勢いだったのに、今度は急に女担任が押し黙った。ようやく諦めたのだろうか。高木春道はそう判断したみたいで、心なしか顔に安堵が浮かんでいる。
「……ずいぶんと奥さんを愛してるようですけど……私、知ってるんですよ」
思わせぶりな口調に、隠れている和葉が眉をしかめる。学校行事以外であの女教師と会話をした覚えはないし、昔からの友人だったりもしない。
娘がこの小学校に入学してなければ、赤の他人としてそれぞれの人生を過ごしていた確率が非常に高い。間違っても重大な秘密を打ち明けたりするような相手ではなかった。
何を言い出すのかと、高木春道のみならず和葉も耳を澄ませる。
「葉月ちゃんの血液型……お父さんともお母さんとも違いますよね? 本人はその意味に気づいてなかったようですけど、お二人からは生まれるはずのない血液型です」
小石川祐子という名前の女教師の口から発せられた事実に、和葉の背筋が寒くなる。確かにそれは女担任の指摘どおりだった。
最初に高木春道の血液型を聞いた時、本心では最悪だと絶望した。和葉と一緒だったのである。せめて葉月と一緒だったなら……何度もそう思った。
けれど娘に父親――高木春道の血液を尋ねられた時、和葉は素直に教えた。本人が自発的にこの意味に気づく頃には、物事をある程度理解できる年齢になってるだろうと予測したのである。
そうなってから和葉は、娘に出生の秘密をすべて打ち明けるつもりだった。一時は高木春道が口を滑らせたりしたらどうしようなどとも考えたが、そういうタイプではないとわかって最近では安心するようになっていた。
ところが、まさかこんなところに乱入者が存在するとは砂粒ほども予想してなかった。まだ真実を打ち明けるには、葉月は幼すぎる。女担任がどういうつもりで言ったかは知らないが、マズい展開になりつつある。
嫌な予感が頭を離れず、全身にべっとりと汗をかく。いっそこのタイミングで姿を現して、相手を怒鳴りつけてやれば――いや、それだと向こうが逆上して葉月にすべてをバラす可能性がでてくる。それだけはどうしても避けたかった。
「――だから?」
酷く冷たい声が高木春道の口から発せられた。夫婦となってるだけあって、それなりに会話をしてきたが、あんな態度も口調も初めてだった。
威圧的な雰囲気に押されたのか、女担任がその場から一歩後退りする。
「だ、だから……お、奥さんは隠し事をしてたんですよ。葉月ちゃんは貴方の本当の娘じゃないんです!」
高木春道のどこがそんなに気に入ったのか、気後れしてるのに小石川祐子は引く素振りを見せない。
「そんなのとっくの昔に知ってるよ。けど、血の繋がりってそんなに大事か? アンタは両親と血が繋がってないと言われたからって、今までの思い出全部を嘘だったと思うのか。違うだろ。子供じみた発言は止めろ」
高木春道の発言は、和葉が驚くほどに言いたいことを代弁してくれていた。
完全に立ち入る隙はないとこれで悟ったのか、ギリッと唇を噛みながらも女教師は両目に涙を溜めている。
「葉月にその事実を暴露したいなら勝手にすればいいさ。けど、その時はそれなりの代償を払ってもらうからな」
「……じょ、女性を脅すんですか……?」
「脅してるつもりはねえよ。最初に問題発言をしてきたのはそっちだからな。くだらない真似は止めた方がいいぞっていう忠告だ」
最近は女性に言い争いで負ける男も多いと聞くが、小石川祐子との一件にかんしては、完全に高木春道の勝利だった。
「べ、別に葉月ちゃんに言うつもりはありませんよ。私だって、そこまで鬼じゃないですから」
負け惜しみだとしても、本心からの言葉に思えた。これでとりあえずはひと安心といったところだ。
「その代わり……奥さんには別です」
「奥さんに……って、ますます言っても無駄だろ。何を考えてんだ」
「葉月ちゃんの件じゃありません」
今度はこっちが攻勢になる番だとでも言いたげに、精神年齢が低いと想像できる女教師が笑みを浮かべた。
「ここで密会してた事実を懇切丁寧にご報告してあげます。子供の運動会を途中で放り出して、人気のない場所で私を口説いてましたってね。嫌だって抵抗したのに、旦那さんが無理やり――なんて言葉も付け加えたら一体どうなっちゃうんでしょう」
……そろそろ頃合だろう。そう判断した和葉は二人に向かって一歩足を踏み出す。
「……別にどうもなりません」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:39
不好意思连载重复了-----
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:40
愛すべき不思議な家族 27
突如、飛んできた聞きなれた声に高木春道は驚きを隠せなかった。小石川祐子と名乗った女教師と自分以外には誰もいないと思っていたのだ。
声の主は予想どおりに松島葉月の母親である和葉だった。一体いつの間に来ていたのか、春道の心臓がバクバクと鳴りだす。前方にいる女担任に、松島葉月との血の繋がりを指摘されたシーンよりも何故か緊張してしまう。
ツカツカと歩み寄ってきた松島和葉が、真正面から小石川祐子と向き合った。
「貴女みたいな方に誘惑されるほど、彼は頭が悪くありません。それより運動会の最中にこんな場所へいていいのですか。職務怠慢ですよ」
「ち、違いますよ。これは松島さんの旦那さんが、私を無理やり誘いだして――」
「そうなのですか。先ほどの会話だと、貴女が彼を脅してたように聞こえましたけれど、私の気のせいだったようですね」
淡々と反論する松島和葉の前に、次第に女教師は何も言えなくなっていく。それにしても、いつからこの場にいたのかが春道にとっては多分に気になる点だった。
基本的に松島和葉は美人だが、どこか冷たい印象も受ける。そんな女性が押し殺した声と真顔で会話してるのだ。相手へ与えるプレッシャーは生半可なものではない。女担任に同情する余地はないが、和葉の会社の部下には多少同情する。
「し、失礼しますっ!」
しばらく継続された無言かつ恐怖の見つめあいは、小石川祐子の逃走という形で決着がついた。バタバタと走り去っていく姿を、春道は松島和葉と一緒に眺める。
「……どうして応じなかったのですか」
顔の位置を変えずに、松島和葉が尋ねてきた。最初は質問の意味がわからなかったものの、すぐに女教師との一件だと気づいた。
応じる、応じないなんて言葉が出るくらいなのだから、小石川祐子に告白された時にはすでに松島和葉はこの場へ到着していたのだ。
それはつまり、告白を断った際に春道が発した台詞をも聞かれていたということになる。急に気恥ずかしさがこみ上げてきて、相手の顔がまともに見れなかった。
「確かに葉月の父親になってほしいとお願いはしました。けれど、恋愛関係まで束縛した覚えはありません。貴方にその気があるのなら、自由にしていただいて結構です」
小石川祐子と会話してた時同様に、感情のこもってない声で告げられる。こうして聞いてると、春道を嫌ってるのではないかとさえ思えてくる。
「なかなか可愛い女性だと思いましたけれど、あんなにあっさりと袖にしてしまってよろしかったのですか」
改めて言われると、多少惜しい気がしないでもない。しかし、再度告白されても春道の返事は変わらない。
「可愛ければ誰でもいいってわけでもない。それにそこまで言うんなら、何であの女教師とわざわざ言い争いまでしたんだよ」
「……先ほどのケースでは、ああするより他になかったからです。世間一般の夫婦はパートナーの浮気を阻止しようとするのが普通でしょうから、該当する常識に従って行動しました。他に質問はありますか」
これではまるで教師と生徒である。小石川祐子より、松島和葉の方が教職に相応しく感じる受け答えだった。
「……ならお言葉に甘えて、もうひとつ質問させてもらう」
「何でしょうか」
「どうして、アンタがここにいるんだ」
松島葉月が所属するクラスの担任である女教師に連れ出され、春道は誰にも言わずにこの場所までやってきている。要するに、自発的に探そうとしない限り、高い確率でこの場所を見つけるのは不可能だ。
「二人三脚で一位になった賞品を見せようと、葉月が保護者の観覧場所まで来たのです。ところが肝心の人物の姿が見えませんので、娘に代わって私が探すことになりました」
説明に不自然なところは何もない。それに松島葉月の性格を考えると、実に納得できる理由だった。娘が関与してなければ、松島和葉が春道を探して歩き回るなんてほとんどありえない。
「ならさっさと戻るか。今頃はムクれてるだろうしな」
――パパは、どうして葉月の活躍を最後まで見てなかったのー。唇を尖らせて抗議してくる少女の姿が頭の中に思い浮かんできた。
思わず笑みを漏らした春道を見てたかどうかは不明だが、松島和葉は先にひとりでスタスタと歩き出していた。目的地は言わずもがなだ。
誰もいなくなれば、こんな薄気味の悪い場所に用はない。春道も足早に前を歩く女性の背中を追いかけるのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:41
愛すべき不思議な家族 27
「パパは、どうして葉月の活躍を最後まで見てなかったのー」
松島和葉から遅れること数秒。ビニールシートが敷いてある場所まで戻った春道を待っていたのは、予想どおりの台詞とふくれっ面だった。
「わかりやすくていいな、お前は」
あまりの的中率の高さに、春道はたまらず吹きだしてしまった。松島葉月にとっては、予想外の行動だったのだろう。怒っていた顔がキョトンとする。
「何で、葉月が怒ってるのに笑うのー」
春道が笑ったからか、少女もまた文句を言いながらも笑いだす。
ふと気になって、チラリと横目で松島和葉を見れば、口元は笑顔の形を作っているものの、どこか寂しげな雰囲気だった。
「あ、呼ばれたから、行ってくるねー」
そう言うと葉月は立ち上がり、自らのクラスの待機場所まで走っていく。つい先ほど拡声機を使って、教師のひとりが児童たちに集合するよう告げたのだ。
春道が席をはずしてる間に二人三脚どころか、最終競技の児童たちによるクラス対抗リレーも終了してしまっていたようだった。予定されていたプログラムをすべて消化したので、残りは閉会式だけである。
「……シートを片付けますが、よろしいですか」
松島和葉から聞かれ、周囲の様子を窺うと他の保護者たちも帰り支度を始めだしていた。肯定の返事をした後で、春道は急いでビニールシートから退けた。
「帰りはどうするんだ」
「葉月たちは会場の後片付けをしたあと、一度学級に戻って先生からのお話を聞くみたいです」
運動会の最中にあんな一件があっただけに、真っ先に小石川祐子の顔が思い出されてしまう。それがわかったのか、手際よく後片付けをしていた松島和葉がボソリと呟いた。
「……春道さんも参加してきますか」
「勘弁してくれ」
迷わず春道はそう口にしていた。子供じみた女教師との会話のシーンが、脳裏に蘇ってくるだけで頭が痛くなる。これ以上の厄介ごとは心の底からごめんだった。
「そうですか。私は葉月を待ってますので、どうぞ先にお帰りになってください」
少し考えたのち、春道は「わかった」と返事をした。先に帰れと言われてるし、逆らってまで一緒に帰りたいとは思わない。何より小石川祐子と遭遇する事態を避けたかった。
もしかしたら松島和葉もその点を心配して、春道に帰宅を促してくれたのかもしれない。
「なら荷物は一緒に持って帰っておくぞ。運動会で疲れてるのに、余計な労力を使う必要はないだろ」
「……そうですね。お願いします」
これぐらいは平気ですと言われそうな気もしていたが、松島和葉は素直に春道の言葉に従った。料理がすべて平らげられたバスケットと一緒に、ビニールシートなどが入っているリュックサックなどを手渡してくる。
それらを受け取った後で、春道はひとり駐車場へ向かって歩き出すのだった。
いつもより早い時間に銭湯へ行き、運動会の疲れを癒してから春道は私室でゆったりとしていた。
すでに時刻は夜になっており、夕食はとっくに済ませてしまっている。あとは何をするも自由なのだが、日中に体を動かしたせいか仕事だけはする気になれなかった。
そんな春道の私室のドアがトントンとノックされた。ボーっとしてたせいか、今回は近寄ってくる足音にまるで気がつかなかった。想像以上に疲れてるんだなと思いつつも、春道は来訪者に「どうぞ」と告げる。
室内へ入ってきたのは、松島和葉だった。一緒に葉月の運動会へ参加しただけに、向こうもまた疲れが残ってるような顔をしている。
律儀な性格をしてる女性だけに、荷物を持ち帰ったお礼でも言いにきたのだろう。別段そんなのは必要ないのだが、素直に受け取っておくにこしたことはない。だが相手の言葉は春道の予想とはまったく違っていた。
「実は急に泊まりの出張が明日から入ってしまいまして……申し訳ないのですが私の不在期間中、娘の――葉月の世話をお願いできないでしょうか」
役職を預かってる身なのだから、出張はあって当然で別に不思議はない。むしろ今日まで、そういった話がでてなかったのが不思議なくらいだ。
「それは構わないが、どれぐらいの日数を予定してるんだ」
「そうですね……それは、まだ何とも言えません。先方との交渉が長引けば予定をオーバーするかもしれませんし、スムーズに運べば前倒しもありえます」
まったくの正論だが、春道は和葉の言動にわずかな違和感を覚えていた。どこがと言われても指摘はできてないが、とにかく何かもやもやしたものが残る。
口調はいつもの松島和葉と一緒だし、表情も多少の疲労を除けば、特に不審な点は見当たらない。恐らくは春道の考えすぎだろう。多少強引な感がしないでもないが、とりあえずはそれで納得しておく。
「ふむ。ま、明日から数日と考えておけばいいんだな」
「はい……あ、いいえ。今夜からです」
「今夜!? まさか徒歩でいける距離への出張なんて言わないだろうな」
都会と違って、春道や松島母娘が居住しているこの田舎町は、交通機関はほとんど発達していない。夜も午後九時を過ぎれば、電車なんてほとんどなくなる。バスはもっと早い。かろうじて機能してるのは、数少ないタクシー程度だ。
「急いで駅へ向かえば、ギリギリで間に合う電車がありますので、それに乗ろうと考えています」
松島和葉が最初に説明した明日というのは、交渉を開始する日だったのだ。確かに今夜中に出発できれば、それだけ仕事も早く始められる。しかし運動会に参加した日ぐらいは、せめてゆっくり休んでも――。
――待てよ。春道はふと考え方を変えてみる。早く出張を済ませれば、それだけトータルで家を空ける日数は少なくなる。和葉なりの計算に基づいた計画なのかもしれない。だとしたら、反対する必要はなかった。
「わかった。それにしても大変だな」
「……いいえ。それより、不在の間は食事を用意できなくなってしまいます。交渉を持ちかけた立場でありながら、身勝手だと重々承知してますがどうかご助力をお願いいたします」
そう言うと、松島和葉は超がつくほど丁寧に春道へ頭を下げてきた。厳密に言えば契約違反になるのは間違いないが、これまでも充分に世話をしてもらっている。多少は仕方ないどころか、別に問題はない。
その旨を告げた春道にもう一度しっかりしたお礼を口にしてから、忙しなく松島和葉が退室していく。よほど急いでいたのか、会話をしてる間もずっと立っていたのだ。
それからほどなくして、玄関のドアが開閉される音が春道の耳にまで届いてきた。普段が冷静沈着な松島和葉にしては珍しく、とても慌ててるようだった。
会社勤め――しかも余計な肩書きを持つと大変だな。他人事ながらに春道がそんな感想を抱いていると、またもや気づかないうちに私室のドアがノックされたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:45
愛すべき不思議な家族 28
先ほど松島和葉に対応した時同様に「どうぞ」と室内へ入るよう促す。両手でドアノブを回し、扉をゆっくりと開いたのはもちろん松島葉月だった。
日中の運動会であれだけはしゃいでただけに疲れてグッタリしてるかと思いきや、そんな様子は微塵もなかった。もしかしたら、春道より体力はあるかもしれない。
松島和葉の出張で、数日間とはいえ二人で生活しなければならない。恐らくはそのことについての話だろう。
「ママがいない間、パパのご飯は葉月が作ってあげるねー」
展開はほぼ予想どおりだったが、台詞の内容はまったく違っていた。そんな提案をされるとは微塵も想定してなかっただけに、春道は思わず「なんだって?」と口にしていた。
「だからー。パパのご飯を葉月が作るのー」
そう言うと松島葉月は、何故か腕まくりをした後で小さな力こぶを作ってみせる。……いや、正確には作る仕草をしたと言った方が正しい。女児の小さな腕には、まだ筋肉と呼べるものは存在してなかったからだ。
「……お前、料理作れたのか」
いつもは母親である和葉が料理してくれていたので、その辺の実情にかんしては全然知らない。松島母娘は仲が良いので、一緒に料理を楽しんでいたりしても不思議じゃない。要するに葉月が料理できても、それほど驚くべき事実ではないということだ。
「わかんなーい」
能天気かつ意味不明な返事が春道の耳を直撃する。これもまた頭の片隅にもなかった台詞だった。
「だってー。葉月ひとりで料理したことないんだもん」
「ひとりでってことは、ママと一緒に料理した経験はあるのか」
「うんー。おいもさん洗ったり、お皿をテーブルに並べたりするのー」
それは料理と言わねえよ。喉元までこみあがってきた言葉を、なんとかギリギリのところで呑みこんだ。ツッコみを入れるよりも先に、確認しなければいけない点がある。
「お前……包丁持ったことあるか?」
「ないよー。ママが危ないからまだ駄目って、持たせてくれないのー」
「……頼むから無理はするな」
張り切るのはおおいに結構だが、勝手に料理をされて怪我でもしたら、松島和葉が戻ってきた時にどれほど叱られるかわかったものじゃない。
「もー。パパまで葉月を子供扱いしちゃ駄目ー。もう立派な大人なんだからー」
春道の心配も知らずに、母親不在の間に活躍を虎視眈々と狙う女児は出鼻を挫かれて早速むくれてしまう。
だからといって「それじゃ、お任せしようかな」とは間違っても言えない。ここは少女に諦めてもらうより他はなかった。とりあえず話題を変えるべく、春道はいつも和葉出張の際はどうしてるのか尋ねる。
「わかんなーい」
ほんの少し前に聞いたのと、まったく同じ言葉が少女の口から吐き出された。それを聞いた春道は、思わず体勢を崩して床に倒れこみそうになってしまった。
「わかんないって、何でだよ」
「だって、ママのしゅっちょう? って初めてなんだもん」
「初めて!?」
驚いて春道は少女に聞き返す。再度葉月が肯定の返事をしたことから、どうやら聞き間違いではなかったみたいである。
確かに考えてみれば納得もできる。あれだけ娘を溺愛している松島和葉が、いかに仕事とはいえ、自宅に葉月をひとり残して何日も家を留守にするわけがない。だからこそ、これまで出張してこなかったのだろう。
だとすれば変だ。顎に手を当てて春道は考える。和葉がずっと役職を会社から与えられていた事実からすれば、恐らく出張しなくてもいい勤務契約になっていたに違いない。
それとも春道がいるので、安心して家を空けられるようになったとでもいうのだろうか。――いや、それはない。頭の中で浮かんだ理由は即座に否定された。
確かに出会った当初よりは信頼してくれてる感はあるものの、それでも娘の葉月に比べれば、和葉の対応はしっかりと一線を画している。そんな春道に、大事な愛娘を好んで何日も預けるなんて実に想像しにくい。
しかしながら、現実ではすでに松島和葉は出張に出発している。もしかしたらわざと出張のふりをしておいて、春道が変な真似をしないか試そうとしてるのだろうか。……違うな。またもや春道は自身の結論を瞬時に却下する。
大事な娘を餌にするような真似を、あの松島和葉がするはずがない。単純に出張に行っただけの可能性もあるが、それだとどうも納得がいかない。単に春道の性格がひねくれてるせいなのかもしれない。けれど、どうもしっくりこないのだ。
となると別の理由になる。つまりは春道に娘を預けてでも、家を空けなければならない理由ができた――。
そこまで考えた瞬間に春道はハッとした。まさかとは思いつつも、もしそうであるならば和葉の行動にも納得がいくのだ。
「ねえ、パパってばー」
ふと呼ばれてることに気づいて、少女を見ると例のごとく唇を尖らせていた。どうやら何度となく、春道を呼んでいたみたいだ。
「悪い。どうかしたか」
「晩御飯は葉月特製のスペシャルカレーにするのー」
相談もなしに、少女の中ではすでに決定事項となってるようだった。怖いもの見たさで、スペシャルカレーをオーダーしてみたい気もするが、春道の想像どおりならそれどころではない。
「葉月が嫌じゃなければ、今夜は外食にしないか?」
春道がそう提案すると、松島葉月は顔を輝かせて笑みを作った。どうやら反対意見はないようで、どこへ行くかも聞かずに「じゃあ、準備してくるねー」と、超特急で春道の私室から退出していくのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:45
愛すべき不思議な家族 28
すっかり夜のカーテンに包まれた街中を、春道が運転する車が走り抜けていく。助手席には、お出かけ用の洋服に着替えた松島葉月が座っていた。
「それにしても、パパって黒い色が大好きだよねー」
確かに黒は好きだが、何がなんでもその色でなければいけないというわけではない。基本的に黒だと汚れが目立ちにくいのではないかと考えて、ひとり暮らしを始めた頃から好むようになってきたのだ。
何故、松島葉月がそんな台詞を発したかといえば、きちんとした理由がある。家を出かける前に洋服のコーディネートについてアドバイスを求められた春道は、迷わずに基本色が黒の服を指定したのだ。
少女にとっても気に入ってる洋服の一着であったらしく、春道のリクエストに素直に頷いてくれて現在は可愛らしい黒のワンピースを身に纏っている。靴ももちろん黒だ。
「ところでどこにご飯を食べに行くのー」
「……詳しく考えてなかったな。葉月はどこがいい? 好きなとこでいいぞ」
「それならねー。ファミレスがいいー」
田舎町にもファミレスはある。もっとも居住地の近所ではなく、それなりに離れた場所だ。しかも近隣にはその一店舗だけなので、それなりに混んでたりする。
色々なメニューがあるので、田舎町から出た経験のない子供たちには珍しくもあり、楽しくもあるのだろう。聞くところによれば、たいていが小さな子供をつれた家族で店内は賑わってるらしかった。
春道は該当の店に入ったことはない。どう考えても男ひとりで、食欲を満たしに行くような店だとは思えなかったからだ。店側からすればどんな客でも大歓迎なのだろうが、普通の定食屋と違って気軽に入店できなかった。
だが今夜に限っては、戸籍上もきちんと娘である松島葉月が同行している。間違っても香気の視線で注目される事態にはならない。
まずは腹ごしらえをしてからだな。長くなるであろう今夜から明日に備えて、とりあえず空腹を満たすべく春道は一路、松島葉月が指定したファミリーレストランへと向かうのだった。
「おいしかったねー」
女児ながらもハンバーグ定食をぺろりと食べ、デザートにチョコレートケーキまで平らげた松島葉月が大満足した様子で駐車場に止めてある春道の車に乗り込んだ。
運動会の昼休みに食事を一緒にした際も思ったが、あの小さな身体によくあれだけ入るものだと半ば感心する。春道はパスタのミートソースとグラタンを食べた。ファミレスなんて久しぶりだったが、以前よりも美味しくなってる気がした。
運転席に乗った春道が車のエンジンをかけると、隣にいる松島葉月がそわそわと身体を右に左に小さく揺らしている。
トイレを我慢してるわけではない。何故そんなことがわかるかといえば、退店する際にトイレはファミレス内で済ませておけと春道が指示しておいたからである。
少女が落ち着かない理由については心当たりがあった。このぐらいの年齢では、夜に外出する機会なんて滅多にないので、冒険に来たぐらいの感覚でワクワクしてるのだ。
「どっかで遊んで帰りたいんだろ」
春道がそう言うと、待ってましたとばかりに松島葉月がにぱっと笑う。やはりどこかに寄り道したがっていたのだ。けれどそれをなかなか自分から言い出せなくて、挙動不審ぎみな態度になってしまっていたのである。
「なら、ドライブでもするか」
「うんっ」
春道の提案に、松島葉月は大喜びで返事をする。さらに笑顔を輝かせながら「どこに行くのー」と尋ねてきた。
「……少し遠くまで行こうかと思ってる」
「葉月なら大丈夫だよー。明日、学校お休みだしー」
「そうなのか」
問いかける春道に、少女は再度「うんっ」と元気に返事をして頷く。
松島葉月の小学校では毎年、創立記念日に運動会を開催しているらしい。その振り替え休日として翌日は休みになるという話だ。
その小学校しか知らない葉月にとっては当たり前なのだろうが、春道からすればどことなく不思議に思う。そんな真似をしなくても、普通に創立記念日を休日にすればいいように感じてしまうのだ。
ちなみに春道が子供の頃通っていた小学校は、保護者が観覧しやすいようにという理由で日曜日に運動会が開催された。翌日は葉月のケースと同じで、振り替えの休日なる。たいていがこのパターンだと思っていただけに、少女の話を聞いて若干驚いた。
「じゃあ、いっそ泊りがけにしてしまうか」
「えっ!? でもママに内緒で、そんなことしていいの?」
普段は明るい態度で比較的何にでも応じる少女も、さすがに今回は驚きを隠せないようだった。無理もない。母親の不在時に一泊でどこかへ行こうと誘われれば、不審に思って当然である。
だが春道自身も、まだ若干躊躇ってる部分はある。ママという単語が葉月の口から出たが、予想どおりの展開になっているのなら、松島和葉は春道のとった行動に激怒するのは間違いない。
「なあ、葉月。お前……お祖父さんのこと、どう思ってる」
お祖父さんというのは、もちろん戸高の姓を持つ松島和葉の実父である。以前はせっかく出向いたが、けんもほろろに追い返されてしまった。当時は葉月もかなり悲しんでいただけに、まだその記憶は残ってるはずだ。
「……凄く怖かったけど、でも……それでも、葉月のお祖父さんだもん。知らないって言われたけど、間違いないんだもん」
やはりこの少女は、何より家族の絆を大事に思っている。その結論に達した瞬間に、春道の腹も決まった。
確信があるわけじゃない。けれど、春道はどうしても自分の想像どおりの状況になってるような気がしてならなかった。これで松島和葉が単なる出張だったら、土下座でも何でもすればいいだけだ。
「なら、俺を信じろ」
「……うんっ!」
春道の言葉に松島葉月は一瞬だけキョトンとしたが、数秒後には相変わらずの元気な声を聞かせてくれたのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:46
愛すべき不思議な家族 29
どうしてこんなことになったのだろう。松島和葉は、今にも雨が降りそうな空を見上げてそんなことを考えていた。
大切な愛娘の運動会に参加し、入浴と食事を済ませたあとで、運動会で活躍した葉月の自慢話をゆっくり聞いてあげようと思っていた。
そんな矢先に鳴り響いた携帯電話の着信音。ディスプレイにはあまりお目にかかりたくない発信先が表示されていた。気は進まなかったものの、電話を取り内容を聞く。それがそもそもの間違いだったのかもしれない。
……いや、正解だったのだろうか。曇っているせいか、今日はやけに風が冷たく感じる。思わず和葉は両手で自分の身体を抱いた。
そういえば葉月は元気にやってるだろうか。娘と離れてまだ丸一日も経過してないのに、とても寂しく思える。
突然の出来事だったので、和葉は高木春道に娘を預けてきた。自分の気持ちどうこうよりも、そうする他に選択肢がなかったのである。
「和葉、こんなところにいたのか」
庭でボーっとしていた和葉に、背後から声がかけられた。静かに振り向けば、実兄の戸高泰宏が立っている。
和葉が父親から勘当されてしまったがゆえに別姓を名乗ってはいるが、間違いなく血の繋がった唯一の兄だった。
昨夜、この戸高泰宏からの連絡を受けて、和葉は大急ぎで電車を乗り継ぎ、勘当される前までは実家だった戸高家へやってきていた。
「……今日は冷えるな」
隣にやってきた泰宏がボソリと呟く。和葉同様それほど厚着はしていない。夏も間近なこの季節を考えれば当たり前だが、今日に限っては上着が必要なくらいの天候だ。
「……そうね」
幼い頃から周囲には「あまり似てない」と言われてきた。母親に似ている和葉に対して、兄の戸高泰宏は父親似だった。もっとも性格にかんしてはその逆である。ずっとそれを煩わしいと思っていた。
「嫌な予感が当たってしまったな……」
戸高泰宏の声に、この前あった時のような元気さはなかった。無理もない。実の父親がこの世からいなくなったのだ。勘当されていた和葉でさえも、少なからずショックを受けている。
病名は癌だった。頑固者の父親は、和葉はおろか一緒に暮らしてる戸高泰宏にも病名を告げてなかった。医者を説得して、最後の最後まで隠しきったのである。
そんな父親も世間的には人望があったらしく、訃報を知った人間が次から次に戸高家を訪れていた。
田舎町だけに、ほとんどの住民が噂で和葉が勘当された理由を知っている。そのためお悔やみを告げる相手は、戸高泰宏ひとりだった。
別に犯罪に手を染めたわけではない。ただ、親戚も含めて、どう接したらいいのかわからないのだ。もっとも、それはそれで和葉も気が楽だった。
兄である戸高泰宏の手伝いをしてるうちに、いつの間にか夜が明けて朝になっていた。まるで天まで悲しんでるかのごとく、青空と太陽を隠している。
「……あれだけ元気だったのにな」
とりとめのない会話を、二人だけの兄妹でなんとなしに続ける。別に目的はなかった。ただぼんやりと会話してるにすぎない。
和葉はもちろん、戸高泰宏が泣いてる姿もまだ見ていなかった。もしかしたら兄妹揃って、まだ父親を亡くしたという実感がないのかもしれない。
勘当された身とはいえ、娘だけに当然息を引き取った父親の姿も見ている。安らかな表情は寝顔と大差なく、朝になったらひょっこりと起きてきて、実家へ戻っている和葉を見て「何でお前がここにいるんだ」と怒鳴りそうだ。
暇ができればそんなシーンが幾度も頭の中で再生された。そのたびに、何て言い返してやろうかなんて考えたりもする。
……けれど、朝がきても頭に描いていた映像は現実にならなかった。相変わらず瞼を閉じている父親は横たわったままで、誰の呼びかけにも応えない。
「……なあ」
ボーっとしている和葉を正気に戻そうとするかのように、戸高泰宏が少しだけ大きな声をだした。顔だけを兄へ向けて、次に紡がれる言葉を待つ。
「……実家に戻ってこないか。もちろん葉月ちゃんも、旦那さんも一緒にさ」
よもやの提案に、驚いた和葉は目を大きく見開いた。家を継ぐのは長男の戸高泰宏と、生まれた時点ですでに決定している。仮に和葉が勘当されてなかったとしても、それだけは絶対に覆らない。
押し黙ってる和葉を見て、自分が何を言ったかようやく気づいたらしく、慌てて戸高泰宏は右手を顔の前で左右にパタパタと振った。
「あ、いや、違うんだ。家のことをお前に押しつけようとしてるんじゃなくて、俺も含めて皆で一緒に暮らさないかってことさ」
多少口は軽いが、戸高泰宏は決して悪い人間ではないし、身の回りのことを何ひとつできないほど自堕落な性格もしていない。兄妹ゆえの贔屓目ではなく、ひとりの人間として和葉は泰宏をそう評価していた。
もしかしたらこれを機会に、二度と実家には戻ってこなくなるのではないか。もしくは戻ってきづらくなるのではないか。そんな心配をしたからこそ、先ほどの提案をしてきたに違いない。心配性なところも母親そっくりだ。
「あまり笑えない冗談ね」
「冗談なんかじゃないさ、俺は本気で言ってる。部屋はそれなりにあるから、あまり不自由さは覚えないはずだ」
「そういう問題ではないの。私がこの家に住むことを、あの人が快く思わないでしょう」
あの人というのは、先日死去したばかりの父親のことである。それにいくら家主が変わったからといって、急に家に戻ったりすればご近所のいい噂になるのは間違いない。
「それはそうかもしれない。けど、俺はお前が間違ったことをしたとは思ってないぞ」
戸高泰宏にしては、珍しく強い口調でそう言いきった。和葉自身も同じように思っている。しかし父親は違った。
和葉が父親から勘当される原因となった出来事。それは娘である葉月との出会いから始まる。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:47
愛すべき不思議な家族 29
もう何年も前になる強い雨の日、早歩きで帰宅を急ぐ和葉は誰かに足を掴まれた。痴漢かと思い、もう片方の足で何者かの手を踏みつけようと――したところでピタリと止めた。
足を掴んでいたのはひとりの女性だった。豪雨の中で傘も差してないので全身びしょ濡れになっている。身に着けている衣服から察するに、女性はホームレスであるとすぐにわかった。
こんな田舎町にも少なからず、住居を持たない人が存在している。むしろ土地が余っているぶんだけ、都会からやってくる人も多い。そうした人たちは、主に川原などで生活しており、よく役場の職員たちとぶつかったりしていた。
この時、和葉は正直面倒くさい事態になったと内心で舌打ちをした。実家は古くから続く家柄のため、当主の父親はしきたりなどに厳しい。当然のごとく門限は決められており、その時刻は間近に迫っている。
門限を破った理由が、ホームレスの相手をしてたなんて知ったら、烈火のごとく怒るに決まっていた。父親は偏見の塊みたいな人物であり、自分の言うことは絶対だと思っている。これが当主だと言わんばかりの態度だが、年頃の和葉にしてみれば鬱陶しいだけだ。
そんな理由があったので、早くこの場を立ち去りたかったが、ホームレスだからといって無下に見捨てていくわけにもいかない。自分はあの父親とは違うのだ。
ホームレスの女性の顔は泥だらけだが、よく見れば整った顔立ちをしている。それに年齢も若そうで、まだ二十代後半ではないだろうか。きちんとした身なりをすれば、かなりの美人であるのは間違いない。
「……この子を……お願い……します……」
「え? な、何ですか」
もぞもぞと女性が動き、懐から取り出したのはなんと赤ん坊だった。何がどうなってるのか、和葉にはますますわけがわからなくなる。もしかしたら、何かの事故に巻き込まれてしまったのだろうか。
落ち着くように自分へ言い聞かせながらも、気が動転している和葉は思わずその赤ん坊を女性から受け取ってしまった。するとホームレスの女性はにこりと微笑んだ。
「……暗闇でも……明るく……輝く……月のように……どうか……生きて……」
唖然とする和葉の足元で、渡した赤ん坊を見上げながら途切れ途切れに呟き、そしてガックリと顔を地面に伏せてしまった。
「――!? だ、大丈夫ですか!?」
雨音に負けない大きな声で呼びかけても、相手からの反応はない。まるですべての体力を使い果たしたかのように、グッタリとしている。
「そ、そうだ……で、電話を……!」
ゲームなどの類は一切買ってくれない親ではあったが、もしもの事態に備えて携帯電話だけは持たせてくれていた。バッグの中から慌てて取り出し、赤ん坊を落さないように気をつけながらボタンを押す」
「に、兄さん!? わ、私よ。和葉!」
人口もそれほど多くなければ、交通事情もあまりよろしくない田舎町。大きな病院など近所にあるわけもなく、救急車でホームレスの女性が病院へ到着したのは、和葉との遭遇から二時間は経過したあとだった。
――もう少し早く到着していれば……残念です。
担当した医者の発した台詞が、和葉の心にずっと突き刺さっていた。救急車を呼んだのは和葉ではなく、兄の泰宏だったのだ。
パニックになっていた和葉は、救急車を呼ぶより先に家族――兄へ助けを求めてしまった。何をどうしたらいいかわからず、呆然と立ち尽くしてるところへ、連絡を受けた兄が自転車をこいでやってきてくれた。
その後、状況を認識するやいなや、泰宏はすぐに和葉の携帯電話で救急車を要請した。急いで現場へ来たので、傘も差さずに着の身着のままだったのだ。
そうして到着した救急車に和葉とともに乗り、現在へ至ってるわけである。病院の看護婦さんから渡されたタオルでひととおり衣服を拭いたあと、泰宏はそれを羽織るように肩へかけている。
びしょ濡れになっていたのは兄の泰宏だけではなかった。和葉もまた、途中から傘を差すのを忘れて全身を雨に打たれていたのである。兄と同じく看護婦さんから受け取ったタオルを肩にかけていた。
看護婦さんが気を利かせて暖房を入れてくれたので、寒くはないし衣服も乾き始めていた。けれど身体の震えが一切止まらない。恐怖か後悔か。詳しい理由は不明だが、奥歯がガチガチと鳴っている。こんな経験は初めてだった。
「気にするな……っていうのは無理か……」
「……当たり前のことを言わないで」
自らを抱きしめるみたいに、和葉は胸の前で交差させた両手をそれぞれ左右の肩へ置く。不意に指先へタオルが触れ、思わず強く握り締める。
「……そうだな。けれど、お前のせいじゃない」
優しい口調で泰宏が声をかけてくる。どこから見ても傷心の和葉を、兄なりに励まそうとしてくれてるのだろう。
「……私のせいよ」
黙っていても気は晴れない。それどころか、発狂してしまいそうだった。
「……私があの場で冷静さを失わず、兄さんみたいにきちんと対処できていれば、あの女の人はもしかしたら……」
知らず知らずのうちに涙が頬を濡らしていた。人前でボロボロと泣くのも初めての経験だった。
「自分を追い込むのはよせ。俺とお前の立場が逆だったとしても、きっと結果は変わらなかった。電話を受けて、不測の事態に対する覚悟がある程度できてたから、たまたまうまく行動できたにすぎない」
和葉の電話は酷いものだった。ろくに用件も伝えられず、ただ大変だと繰り返していただけのような気もする。正直なところ、何を話していたかも覚えてないくらいなのだ。
「慰めなんかいらない! 私が冷静だったなら……しっかりしていたなら……救えたのに……死なせなくてすんだのに!」
「だから落ち着けって! 目の前で人が死んでショックなのはわかるけど、自分を追い詰めたって何にもならないだろう。それに、きちんと対処できてたからといって、絶対に救えたとも限らない」
「な――!? だったら、どうして兄さんはそんなに冷静なのよ! 父さんと一緒で、ホームレスなんてどうでもいいと言うの!? そんなのおかしいじゃない。同じ人間でしょう!」
激昂して叫んだあとで、荒い呼吸を繰り返す。泰宏にあたるのは筋違いだとわかっていても、自分の感情をどうにもコントロールできなかった。
そうしてるうちに、ひとりの看護婦が処置室から出てきた。声を荒げた和葉を注意しにきたのだと思っていたが、どうも様子が違う。その顔は妙に嬉しそうなのだ。
「赤ちゃんは無事よ」
看護婦の口からでてきた言葉を聞いた時、和葉は最初何を伝えたいのか理解できなかった。
「……お前が偶然通りかからなければ、守れなかったかもしれない命だよ」
兄の泰宏に言われてようやく意味に気づき、ホッとした和葉はその場にへたりこんでしまったのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:47
愛すべき不思議な家族 30
――見てみますか?
看護婦に尋ねられた和葉は即座に頷き、未だ震えてる身体を兄に支えてもらいながら、案内されるがままに歩く。
辿り着いた部屋の中には、小さなベッドにこれまた小さな赤ちゃんが寝せられていた。病院へ連れてきた時よりずいぶん顔色が良くなり、傍目からでももう安心だとわかる。
「……よく頑張ったな」
泰宏の台詞は、赤ちゃんと同時に和葉へも向けられていた。兄なりに励まそうとしてくれてるのがわかっても、とても素直には受け取れなかった。
肩に置かれた手を弾き、振り返って本能のままに感情を爆発させようとした瞬間だった。
不意に上衣の裾が引っ張られる。驚いて背後を振り返ると、ベッドから赤ちゃんが手を伸ばして和葉の服を掴んでいたのだ。
「だあだあ」
生まれて間もない状態で、雨に濡れていた赤ちゃんは先ほどまで生死の淵を彷徨っていた。にもかかわらず、今は元気に笑っている。
反応しなくなったホームレスの女性を見て、脆いと痛感させられた人間の命。しかし今では、こんなにも力強いものなのかと驚かされている。
くりくりとした瞳にじっと見つめられているだけで、怒る気力が萎えていく。沈みきっていた心が、緩やかにではあるけども浮上していくのを和葉は感じた。
「よろしければ、抱いてみますか」
「い、いいんですか……?」
これまで赤ん坊に興味を持った経験などなかった。基本的に子供は嫌いではないけれど、どちらかといえば苦手だった。そんな和葉が、思わず両手を伸ばしていたのである。
まだ三十代前半程度の看護婦さんの手から、和葉の腕の中へ赤ん坊の身体がそっと乗せられた。あれだけ小さく見えていたのに、抱いてみると意外に重い。ずっしりと両手へ伝わってくる重みこそが、命の証なのかもしれない。
そんなふうに考えると、何故だか急に涙がこぼれた。普段はあまり泣かないのに、色々な出来事が立て続けに起きてるせいか、情緒不安定になってるみたいだった。
ホームレスの女性は残念だったけれど、せめてこの子だけでも助かってよかった。和葉は初めてそう思えた。幾度も自分の過失だと己を責め続け、疲れきっていた精神が少しだけ何かから解放される。
けれど……この子の母親はもういない。幼い頃に母と死に別れているだけに、充分すぎるくらいにその寂しさや悲しさは知っている。しかしそれでも、和葉には優しい母親との思い出が少なからず残っていた。
名前も知らない赤ちゃんには、思い出を作る権利すら与えられなかった。和葉が味わってきた境遇より、ずっと辛くて過酷な人生を歩まなければならない可能性が高い。
せめて父親が見つかればいいのだけれど……。そんな願いを持った和葉の下へ、息を切らせた父親がやってきた。
和葉が兄の携帯電話へ連絡した頃には、とっくに自宅へ戻っていたはずである。ならば兄から事情は聞いていてもよさそうだが、病院へ駆けつけてくるまでずいぶんと時間がかかっていた。
室内へ歩み寄ってくる父親を見て、和葉は門限を破ってしまっていることに気づく。とはいえ、不測の事態に巻きこまれての結果なので怒られる心配はないだろう。
「……あのホームレスの子供か」
すぐ側まできた父親が、和葉の両手の中にいる赤子を見下ろしながらそう言った。声には何の感情もこもっておらず、あまりの不気味さに背筋がゾクリとする。
無言の和葉に代わって、看護婦が父親の言葉を肯定し、泰宏がこれまでの事情をひとつひとつ説明していく。そうしてすべてを聞き終えた父親は、正面にいる和葉へこう告げた。
「いつまでそんな汚らわしい子を抱いているつもりだ」
放たれたのは、あまりにあんまりな台詞だった。これまでの感情すべてが吹き飛び、数瞬、和葉の思考が停止する。
「ホームレスの子など捨て置け。まったく、面倒な事態に巻き込まれおって……」
明らかに父親は怒っているが、その理由がいまいち理解できない。一体この人は何を言ってるのだろう。ようやく思考能力が戻ってきた和葉が、一番最初に思ったのがそれだった。
「さすがにいいすぎじゃ……」
普段はあまり父に抵抗しない泰宏が、今回ばかりは眉をひそめて反論する。恐らく和葉と同じ印象を抱いたに違いない。
「言いすぎどころか、言い足りないぐらいだ。大学受験を控えてる身で、厄介事に首を突っ込むとは何事か」
――そう。和葉は現在高校三年生で、もうすぐ卒業と受験を控えていた。今日も大学入試のために、父親の知り合いのところへ勉強を教えてもらいにいっていたところなのだ。
キツい物言いに反感を覚えたのは事実だが、間違った指摘でもない。学校での成績はトップクラスだが、志望している大学もトップクラス。他者に構ってる余裕などないのである。
和葉と泰宏が押し黙ったのを受け、自らの言い分を理解させたと解釈した父親が、ほんのわずかながらも口調を穏やかにする。
「わかったら、お前たちはもう家へ戻れ。あとのことは俺がなんとかしておく」
そうするのが一番だと和葉にもわかってはいた。けれど、どうにも確認しなければ、我慢できない点がひとつだけあった。
「……この子のお父さんを――」
「――無駄だ」
台詞の途中にもかかわらず、父親が和葉の声を遮った。どういう意味か尋ねると、まっすぐに目を見つめられる。まるで聞く覚悟があるかと確認してるようだった。
「……お願い。教えて」
今日一日でとんでもない事態に遭遇し続けている。こうなれば、ひとつふたつ増えたところで一緒だ。和葉が折れないと悟ったのか、父親はふうと小さなため息をつく。
「川原で若い男の死体が見つかった。致命傷となるような外傷はなかったことから、警察では事故死として処理する可能性が高いそうだ。付近で若い男女のホームレスの目撃証言があることから、その子の父親と考えて間違いないだろう」
和葉の視界が真っ暗闇に包まれた気がした。絶望を味わうというのは、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。
父親は古くから続く家の当主であるため、警察や政治家とも多少の繋がりを持っている。なかなか病院へ来なかったのも、そうした情報を知り合いの刑事から入手していたためだったのだ。
「……この子は……どうなるの」
「どうもならん。孤児として施設に預けられるだけだ」
常識的に考えて、それが当たり前の選択だった。別にこの子だけではない。望んでもないのに、不幸な境遇で生きていかなければならない子供は世の中にたくさん存在する。
そうとでも考えなければ、和葉の心はどうにかなりそうだった。ほんの少しの時間とはいえ、こうして赤ちゃんの温もりを知ってしまっているのだ。
「もう充分だろう。早くホームレスの子供をベッドに戻せ。戸高の姓を名乗る娘が、いつまでも醜態を晒すな」
赤ちゃんを抱くことがどうして醜態になるのか。生まれや育ちだけで、その人間のすべてを判断するなんて間違ってる。声高に指摘してやりたかったが、親の保護がなければ生きていけない和葉にはそんな力も権利もない。
ごめんなさい。仕方がないのよ。心の中で赤ちゃんに謝罪しつつ、和葉は小さな身体をベッドに戻そうとした。
「――え?」
いつの間にか赤ん坊は、和葉の上衣の袖を握り締めていた。しっかりとしがみついている様子は、まるで離れたくないと意思表示してるかのようだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-18 14:48
愛すべき不思議な家族 30
「だあだあ」
楽しそうな微笑がそこにあった。見捨てようとしていた和葉に、心から安心しきった笑顔を見せてくれている。
自然と視界が涙で滲む。そうだ、自分はこの子を託されたんだ。そんな思いがこみあげてくる。
「私――私が、この子を育てる」
泣きそうになってるせいで声は震えているが、和葉はきっぱりとそう言いきった。自分の発言がどんな意味を持ってるかも、家族がどういう反応を示すかもわかっている。それでも、その選択肢を選ばずにはいられなかった。
「お、お前……自分が何を言ってるのか理解してるんだろうな!? 情にほだされたのだろうが、愚かすぎるぞ! それでも戸高の姓を名乗る者か。恥を知れッ!」
怒鳴られることは予想済みだったが、よもやここまでの罵詈雑言を浴びせられるとは思わなかった。せっかくの決心に水を差され、さすがに和葉もカーっとなってしまう。
「愚かなのはこの子を見捨てようとしてるお父さんじゃない! 自分がしようとしてることぐらい、きちんと理解してるわ」
「いいや、理解などしていない。大体、まだ学生であるお前が、どうやってその赤子を引き取るつもりだ! 無理やり引き取ろうとなんかしたら誘拐だぞ! お前も戸髙家の人間なら、もっと思慮深くならないか!」
「何よ、さっきから戸高、戸高って! お父さんと同じ名字のせいで赤ちゃんを見捨てないといけないなら、私はこんなのいらない! どう考えても人の命より大事なものではないもの!」
売り言葉に買い言葉。お互い頭に血を上らせた状態で睨み合う。和葉には冷静に物事を考える余裕などなくなっていた。
「落ち着け、和葉。お前の気持ちもわからなくはないが、こればっかりは親父が正しい。お前がどんなに望んだって、無理なこともこの世にはあるんだ」
ひとり客観的な立場から言い争いを見ていた泰宏も、ここで父親側になった。これで和葉の味方は誰もいなくなったのだ。
「そんなのやってみないとわからないじゃない。どうして皆、この子を見捨てる方向で話を進めようとするのよ」
「別に見捨てようとしてるわけじゃない。施設に行ったからといって、不幸になるわけじゃ――」
「それが当たり前だからだ。この馬鹿者が! 我が娘ながら、まさかここまで愚かだとは思いもよらなかったわ! お前が今日まで生きてこられたのは誰のおかげだ!」
泰宏が説得を試みようとしてるのを遮り、父親がよりいっそう声のボリュームを上げて、痛烈な言葉をぶつけてきた。
そう言われてしまったら、和葉には返しようもない。普段ならここで折れてしまっていただろう。けれど、現在の和葉は通常とは違い意固地になってる状態だった。
「別に育ててくれなんて頼んだ覚えはないわ! そんなに言うのなら途中で見捨てればよかったじゃない。この子のように!」
「おい、和葉!」
さすがに言いすぎだと思ったのか、いつもは温厚な泰宏まで大きな声で注意してきた。だがここまできたら和葉も引き返せない。実兄の言葉にも耳を貸さず、自分がこの子を育てるとしつこいまでに繰り返す。
「何度も言ってるけど、少しは落ち着けよ。今のお前は混乱してるだけだ。とりあえず一晩ゆっくり休めば――」
「――もういいっ!」
これまでで一番大きな父親の怒鳴り声だった。室内どころか、病院中に響き渡りそうなぐらいの怒声に、他の医者や看護婦たちもわらわらと集まってくる。
「そこまで言うのなら勝手にしろ。ただし家からは出て行ってもらうぞ。俺の言ってる意味がわかるな」
和葉は無言で頷いた。家を出て行け――つまりは父親から勘当されたのだ。親子の縁を切られる。その事実に心が痛烈に締めつけられるも、両腕の中にある重みを守るために耐えなければならなかった。
「お、おい……和葉……」
うろたえる泰宏が親子仲を心配して、今のうちに謝っておけと忠告してくる。親切心で言ってくれてるのはわかっていたが、どうしても和葉は首を縦に振れなかった。
「ごめんなさい、兄さん。私……この子の母親になってあげたいの」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-27 15:57
愛すべき不思議な家族 31
「そ、そんなことを勝手に決められても困りますよ!」
シンと静まり返った室内で、真っ先に声をあげたのは父親でも泰宏でも和葉でもなかった。赤ちゃんを救った医師だった。当直は産婦人科の先生だったらしく、おかげで赤ちゃんの処置も的確に行われた。
この医師のおかげで赤子は命を救われたのだが、今は困りきった顔をしている。
「お父さんの言うとおり、君の判断は正常だとは思えない。少し落ち着きなさい。大体そう簡単に母親になれるわけがないだろう。養女にするとしても、君はまだ未成年なんだ」
思いがけない援軍を得た泰宏が、まったくそのとおりだとばかりにウンウン頷く。これでは、父親もさぞかし得意げに和葉を糾弾してくるだろうと思いきや、何も喋ろうとはしない。それどころか――。
「この女性が母親になりたいといってるのだから、そうしてあげればいい」
と、この場にいる全員が驚く台詞を口にした。助け舟――とは少し違う。実の娘である和葉を、この女性呼ばわりしたのだ。恐らく父親の中では、すでに娘として扱われてないのだろう。だからこそ、先ほどの発言がでてきたのである。
「二人のホームレスは、身元が判明するものを何ひとつ持ってなかった。そしていくらかの外傷はあるものの、他殺と断定できるほどではない。そして他のホームレスとの繋がりも一切ないようだ。こうなってくると、身元の特定は難しい」
父親の台詞は、知り合いの刑事から聞いた話がベースとなっている。そうでなければ別に警察関係者でもない父親が、そこまで内情を把握できるはずがない。
「ならばいっそ、彼女が産んだということにすればいい。見知らぬ男と夜を共にし、妊娠させられた挙句捨てられたのに、それでもその男の子供を産んだ。親に勘当される理由としてもピッタリだ。そうは思わないか」
視線を向けられた和葉は無言で頷いて見せた。赤ちゃんの母親になると決意した瞬間に、周囲からの誹謗中傷を受けるのは覚悟していた。父親はそれをもっとも過酷な条件で、実の――いや、かつて娘だった人間に味わわせようとしてるのだ。
「な、何を言ってるんだ。親父も正気になれ。さすがに大人げないぞ」
珍しく泰宏が父親を叱責する。だが、それを受け入れられるような人間だったならば、この話もここまでこじれてはいない。赤ちゃんが成人するまで、戸髙家で面倒を見ればよかっただけの話なのだ。
もっとも何より家名を大事にする父親が、そんな真似をできるはずもなかった。古い土地柄のせいか、この田舎町では必要以上にホームレスは嫌われている。
どうしてそうなってしまったのか理由も考慮せずに、ただひたすら汚らわしい存在として扱う。もしかしたら、ホームレスたちを余所者と認識しているのかもしれない。排除することにより、自分たちのエリアを守ろうとしている。
仮説が正しいのだとしたら、なんとちっぽけな存在なのか。年代のせいかもしれないが、和葉にはそこまでして大事に家名を守らなければいけない理由がわからなかった。
「これは俺が決めたことだ。それとも、お前も家を捨てるぐらいの覚悟で逆らってみるか。遠慮ならしなくてもいいぞ」
父親の言葉に、泰宏は無念そうに黙ってしまう。長男である兄は、常日頃から戸高の姓を告ぐ存在として心構えなどを教えこまれていた。次期当主として、家名の大事さは和葉などよりずっとよく理解している。
そんな兄が家を捨てるなど言えるはずもなかった。東京の大学を卒業すると同時に、父親の命によって実家へと戻ってきたぐらいだ。
今は父親の仕事を手伝いつつ、万が一の事態のために備えている。周囲も泰宏が家を継ぐと思ってるだけに、和葉より兄がいなくなる方が父親のダメージも大きい。
それでもあえて先ほどの台詞を口にした。その事実は、父親もそれだけの覚悟をしてるのだと泰宏に通告したも同然だった。そしてそれは和葉も同様である。
「で、ですから、勝手に話を進めないでくださいと言ってるんです!」
横やりを入れてきたのは、またしても赤ちゃんを救ってくれた医師だった。父親が有力者なのを知ってるのだろう。少し怖がってる様子も見受けられるが、それでも自分の言いたいことをしっかり口にしようとしている。
「妊娠届も提出してないし、母子手帳だって貰ってないでしょう。妊娠していたことを証明するものが何ひとつないのに、個人の判断で勝手に出産したことになんてできるわけがないんですよ!」
言われてみればもっともな理由である。女性とはいえ、そうした事態に直面した経験のない和葉は、妊娠及び出産時に何が必要かなんてほとんど知らない。友人に聞こうにも、自分自身も含めて、皆まだ学生なのだ。
「それにお腹が大きくなってれば周囲だって気づきます。妊娠の兆候もなかった女性が、いきなり出産しましたなんて言っても、信じてもらえるわけがない。諦めてください」
「そうでもないぞ」
医師は和葉に諦めてくださいと言ったのに、そう応じたのは父親だった。どうやらここまできた以上、てこでも親子の縁を切りたいのだろう。中途半端を好まない性格をしてる父親らしい判断である。
「どこかの国の女性の話で、腹筋を鍛えていたがためにあまりお腹が目立たなかったという事例があったはずだ。絶対にないとは言い切れない。それに妊娠がわかっても、出産まで医者に行かない女性だっているだろう」
何故、父親がそんなことまで知ってるのかは謎だが、和葉としても一度母親になりたいと決めただけになんとかしたかった。縁を切られた立場ではあっても、心の中で父親だった男性を応援する。
「そ、それはそうかもしれませんが、今回とはまったく話が違います。お話にあった女性は、どちらも当人が妊娠していたことが前提でしょう。その赤ちゃんは、お嬢さんがお腹を痛めて産んだ子供ではありません!」
「わからない奴だな。だから和葉が今日ここで出産したことにすればいいだろう。どうせ、その赤ちゃんの出生届けはまだ提出されてないはずだ」
「そんな無茶な……! それでは私に不正をしろと言ってるようなものじゃないですか」
「ようなものじゃなく、はっきりとそう言っている。今頃理解したのか」
いけしゃあしゃあとそんな台詞を口にした父親を前に、正義感溢れる産婦人科医もさすがに絶句してしまった。堂々と虚偽の書類を作成しろと言われるなんて、想像もしてなかったに違いない。
いや、もしかしてその可能性があると考えていたからこそ、赤ちゃんの処遇を正当な手段で決めることを望んだのかもしれない。
「お前じゃ話にならんな。院長と直接話すことにしよう。お前は病院へ泊まらせてもらえ。どうせ赤ん坊と離れる気もあるまい」
指摘されたとおりだった。和葉がいない隙に、望まない方向へ事が進んでたりすれば後悔してもし足りない。きちんと赤ちゃんの母親と認めてもらえるまで、この場にいるつもりだった。
「ま、また勝手に決めないでください。そんな真似は許可できません」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-5-27 15:57
愛すべき不思議な家族 31
意地でも引く気配を見せない医師と父親が睨みあう。そんな中、小走りにひとりの老齢の男性がやってきた。白衣を着てるのを見る限りでは、どうやら男性もこの病院の医師みたいだった。
「院長先生」
最初に赤ちゃんを抱かせてくれた看護婦が、老齢の医師をそう呼んだ。幼い頃から優良健康児だった和葉は、病院のお世話になった経験がほとんどない。家族で病弱なのは、すでに亡くなってしまっている母親だけだった。
「こ、これは戸高様」
父親の姿を確認した院長が慌てて頭を下げる。病院に対してか、それとも院長個人に対してかは不明だが、どうやら何か便宜を図ってあげているようだった。
垣間見た大人の世界に汚らわしさを覚えたものの、和葉はそれをぐっと我慢した。自分もいずれは、そうした世界の中で歯車として生きていかなければならないのだ。
小声で院長と父親が話し合い、やがてとりあえず和葉が赤ちゃんと同じ病室へ泊まることを特別に許された。
そのあとで、院長の判断に露骨な不満顔をした医師が呼ばれ、父親も含めた合計三名がどこかへと歩いていく。恐らくはどこかの個室で、損得勘定を丸出しにした話し合いが行われるに違いない。
喧騒が収まったことで、看護婦たちも通常の夜間勤務へと戻っていく。赤ちゃんを抱かせてくれた看護婦だけが「何かあったらナースコールで呼んでね」と和葉に声をかけてくれた。他の人たちはあまりかかわりたがってなかった。
優しくしてくれた看護婦も、仕事だからと割り切って和葉に接してくれていたのかもしれない。そこまで考えて、疑い深くなってる自分自身に嫌気を覚えた。神経が昂ぶってるせいで情緒不安定にでもなってるのだろうか。
「……本当にお前はそれでいいのか」
心の中を読めるわけではないだろうが、計ったようなタイミングで泰宏が話しかけてきた。赤ちゃんを抱いたままで、和葉は視線だけをそちらへ向ける。
「親父のことだから、強引に院長や担当医師を丸め込むかもしれない。けど、やろうとしてるのは明らかに違法行為だ。バレた時はお前だけじゃない。その子も被害を受けるんだぞ。きちんと後々についても考えろ」
やはり兄の泰宏にしては厳しい口調だった。それだけ妹である和葉の心配をしてくれてるのだ。気持ちはありがたかったし、指摘された点も正しい。理屈ではわかっているのに、どうにも感情がコントロールできない。こんなケースは生まれて初めてだった。
チラリと赤ちゃんに視線を向けると、周囲が静かになったせいかすやすやと寝息を立てていた。とても幸せそうな表情をしており、眺めてるだけで和葉の心も癒される。心の底から守ってあげたいと思うのは、母性本能が刺激されてるからなのだろうか。
理由はわからなくても、赤ちゃんの母親になるという決意だけは変わらない。それを兄の泰宏にも告げる。仮に事が露見して、強制的に離れ離れにさせられる未来しか待ってなくても、今の気持ちを何より大事にしたかった。
「……お前にそこまでの覚悟があるのなら、俺はもう何も言わないよ」
肩をすくめて小さく息を吐いたあとで、諦めるように泰宏は言った。けれどその顔には、わずかながらに笑みを浮かべている。
「ところで、その子の名前はどうするんだ」
赤ちゃんと和葉以外で、個室に唯一残っている泰宏が不意にそんな質問をしてきた。聞かれて初めてそのことについて考える。
本当の母親であるホームレスの女性はすでに他界しており、身元不明なので名前を知ることすらできない。事情を知ってるであろう夫らしき男性も、妻とは別の場所で息を引き取っていたみたいなので、そちらからも教えてもらうのは不可能だ。
となると夫婦の名前から一文字もらって……なんて名前の付け方もできない。本来母親になるはずだった女性に申し訳なく思いつつも、和葉が独自に名前を決めさせてもらうことにする。
看護婦から赤ちゃんは女の子だと聞いているので、それらしい名前をつけてあげないといけない。加えてせっかく縁を持つことになるのだから、その証も刻みたかった。
「……そうね。和葉の葉に月で、葉月なんて名前はどうかしら」
思案を重ねて決めたつもりだったが、自分の名前が入ってるので苦笑されるかもしれない。そう思っていたが、予想に反して泰宏はからかったりせず「いいんじゃないか」と言ってくれた。
いくらこの世に存在しない夫婦とはいえ、人の子を横取りしてまで自分の子供とするのだ。和葉にこの先、輝ける人生が待ってるはずもない。けれど、せめて赤ちゃんには明るい人生を歩かせてあげたい。そんな願いも込められている。
「満月みたいに、まん丸で可愛い顔をしてるもんな。この子にはぴったりの名前だよ」
泰宏にそんなことを言われて、和葉は驚きのあまり目をパチクリさせてしまう。
「どうかしたのか?」
「……いいえ」
小さく首を左右に振ってから、改めて葉月と名づけた赤ちゃんの顔をじっくり眺める。確かに泰宏の言うとおり、例えるなら丸いお月様というのが一番ぴったりだった。
「……よろしくね。私の可愛いお月様」
和葉が挨拶すると、眠ってるはずの赤ちゃんが「こちらこそ」と微笑んでくれたような気がした。
作者:
taotao0
时间:
2009-6-1 16:05
月光下的村庄
要知道我的村庄有多美,是在月光下才能够明白的。尤其是在十五的夜晚,月亮圆得不能再圆的时候,看我银光笼罩下的村庄,那种银亮的静美,会使人不忍心把目光移开。
在这样的夜晚,我喜欢爬到山冈上去,坐在山崖边的那块大石头上,遥遥地俯瞰我的村庄。在这个位置上,我的村庄就一览无余了,在平日里难以看清楚的角落,此刻都能尽收眼底,在月光的浸泡下成为一幅有着远年意味的图画。
wow gold
,
那些弯弯的梯田,一层一层地依着山势螺纹般地向上盘绕着,每一层梯田里,都有一轮月亮,同样地圆着,微风一吹,水面就荡漾着涟漪,把月光荡漾得碎银子似的。看着满梯田都是碎银子,就觉得我的村庄是那么富有,富有得把银子到处堆放,随处乱扔了。
在这明亮的月光下,村人们还没有休息,零星地有人在犁田。坐在山冈上远远望去,那月下的犁田,就成了风景画里最美妙的一笔:牛在前面拉着犁头,农夫在后面掌着犁把,在间隙的吆喝声中,翻动着一弯田里的银光。由于离得远,那犁田的农夫和牛就显得异常渺小,像是被谁在不经意间随手点上去的。但是,这一点比什么画都要生动,因为,他在动,隐约还可听到哗哗的犁田声和农夫的吆喝声,一声声传入耳里,就又像在看一部有声的黑白电影。最有趣的,是在这时候有小女子出得门来,朝着犁田的爹大声喊道:“爹,吃夜饭啦!”喊声刚落,整个山凹里就回荡着“吃夜饭啦”的声音,久久不息。在这喊声回荡了几个来回后,山凹里紧接又回荡着小女子她爹的声音:“好呵!”于是,她爹收拾起犁头,在田边洗净了腿上的泥,扛着犁,赶着牛,慢悠悠地踏着月光回家去了。
在皎洁的月光下看农舍,又是另一番美。那些农舍,星星点点地散落在山坡间,农舍上青青的瓦片,泛着光,幽蓝幽蓝的。这边山坡上的瓦是幽蓝幽蓝的,那边山坡上的瓦还是幽蓝幽蓝的。在幽蓝的瓦片下面,是窗户。窗户里的灯,橘红橘红的,异常地醒目与温馨。这橘红的灯光从窗户里射出来,与银色的月光一混合,梦一样勾勒出竹枝的剪影,在微风中摇曳。而在那些房顶上间隔着的亮瓦,依然透出橘红的光,星星点点的,把个幽蓝的瓦片映衬得更加地幽蓝起来。一百多户农舍都幽蓝着,且又分布在山山坡坡间,且又隐隐约约在竹林里,就觉得我的村庄像是被谁故意设计成这样的,否则,不会如此的疏疏离离、飘飘然然而又大大方方。
wotlk gold
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离我最近的那户农舍,在房顶上的瓦片上漫步着的黑点,是黑猫;白点,是白猫。我隐约听见它们嘶春的叫声,长一声短一声的,像在欢乐中哭。我知道,这是它们在闹洞房了,几个月后,就会有一群花白相间的小猫围绕在它们的身边。果然,它们在叫唤一阵后,便不再叫了。我知道,它俩是去结婚去了,是进洞房去了。那对猫能够在十五的月亮下结婚,把月光当作它们洞房里的烛光,真是浪漫而又诗意十足啊!在我的村庄,就连猫也是喜爱月光,并专挑月色皎洁的夜晚成婚呵。
村口的那棵巨大的黄葛树,在没有月光的夜晚,我是不敢独自从它的下面经过的,总以为在它黑森森的影子里,藏着什么妖怪或是魔鬼。但是,在月光明亮的夜晚,它就不再可怕。此刻坐在山冈上遥遥地望着它,我这才发现它原来是那么地和蔼可亲。它那巨伞一样张开着的树冠,不再绿,也不再黑,是银色的,每一片叶子,都像是小小的镜子,反射着月光,闪闪烁烁着,波光粼粼的。在这样的闪烁中,黄葛树显得异常高贵,而且是那样雍容、大度、气派。在它闪烁的光斑后面,偶尔传出几声鹧鸪鸟的叫声,把我的村庄啼叫得格外地宁静而幽雅起来。
在这样的夜晚,村边的那条小溪,银亮亮的,瘦长瘦长的,十分醒目。它弯来绕去,很顽皮的样子,忽而跑进竹林里去了,不见了许久后,它忽而又从一户农舍的后面跑了出来。在溪流里,月光十分明亮,被水花漾着,满满一溪细细碎碎的光斑,点点又点点,粼粼又粼粼,沿着小小的堤,细碎的光斑们也就弯来绕去,一路小跑,跑进了我的村庄,在村子里精神抖擞地绕过几道弯和下过几道坎后,它又一路小跑出了我的村庄,跑出了一路银铃铃的歌声。小溪上有一座石拱桥,非常诗意地弯着,它从小溪的那边,弯弯地弯到小溪的这一边。月光下的石拱桥,显得有点儿朦胧,远远望去,它就成了山水画里的背景,静静地弯在那儿。在月光下看这石拱桥,我就特别感谢着祖先,觉得他们的审美特别高,觉得他们创造美的手艺特别好。这座石拱桥究竟有多少年了,没谁说得清楚,我爷爷说他的爷爷还很小的时候,就有这石拱桥了。这石拱桥已经存在了许多年,已经美过许多代人的日子,如今,它美着我,美着这个月色撩人的夜晚,在这小山村,静静地,无言地,弯出一弯不朽的诗意,装点着银光如水的我的村庄。
这时候,我的村庄整个儿地静下来了,先前飘扬在农舍上的炊烟,此刻沉到山凹里去了,薄纱一样笼罩着那些树,那些庄稼。由于气流的关系,沉下去的炊烟,就呈现出时浓时淡的景致。浓的烟带,被月光照得洁白,像一条很长很柔的哈达,梦一样在山野间绕来绕去;淡的烟带,朦朦胧胧地透明着,隐约可以看见下面的田埂、小树和麦苗。还可以隐约看见两只狗追赶着,嬉戏着,并不时发出几声清脆的吠声。是的,在这样的时刻,还在外面嬉戏着的,就是那两只狗了,那些牛已经进棚,那些鸡已经回窝,那些鸭不再嘎嘎叫,而那些劳累了一天的村人们,已经关灯,开始进入梦乡,任那轮圆圆的月亮静静地悬挂在天上。
看过月光下的村庄后,我情不自禁地把头仰了起来,看着天上的月亮。此刻的月亮是那么圆,它的边沿儿,是那么明晰,明晰得像是用刀切出来似的。它离我是那么近,我清楚地看见它上面那些灰色的纹路。外婆曾经告诉我,说那些灰色的纹路,就是吴刚伐着的桂树。还说那灰色纹路的里面,有一座美丽的宫殿,嫦娥姑娘就是要到那里面去,会她的哥哥……
wow gold
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这样的故事已经伴随我许多年了,这样的月光已经照耀我的村庄许多年了,它还要一直照耀下去。在这样的月光下,麦子黄了,又收割了;秧苗绿了,又结出金灿灿的谷子了;村庄里的那些娃子,长大了,结婚了,当爹当妈了,后来又当爷爷和奶奶了,再后来,他们逝去,在月光中逝去,那么安详,那么坦然。月光伴随过他们整整一生,照耀过他们整整一生,他们有福了,好命了,能被诗意的月光照耀一辈子,还需求什么呢?能被银子似的月亮伴随一辈子,还梦寐什么呢?是的,这就足够了,让老的老去吧,让小的长大起来,我的村庄就在这样的月光中,过了一年又一年,又迎接着一年又一年,直到永远。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-4 11:11
愛すべき不思議な家族 32
例の看護婦が、こまめに和葉と赤ちゃんがいる個室に顔を出してくれたため、夜泣きなどに困ったりはしなかった。気持ちが高揚していたせいか、ほとんど睡眠はとれてないのに不思議と眠気はない。
泰宏は昨夜のうちに帰宅しており、現在は個室に和葉と女の子の赤ちゃんだけがいる。早朝から朝日が元気に働いており、窓から柔らかな日差しが肌へ降り注いでくる。
そんな爽やかな朝を満喫していると、唐突に部屋のドアが開かれた。廊下に立っていたのは、父親とこの病院の院長先生の二人だけだった。昨夜はもうひとりの医師もいたのだが、先に帰ったのだろうか。
「受け取れ。これでお前は俺の子じゃなくなる。せいせいするな」
憎まれ口を叩いた父親が和葉へ手渡してきたのは、出産証明書だった。すぐ後ろに立っていた院長が、それを持って役所へ行けば実の子供として認可されると教えてくれた。そのあとで、決してこのことを他言しないようにとも付け加えられる。
病院の長が率先して法を犯すとなると、やはり父親は多額の寄付金か何かをしてるのだろう。考えられなくもない。ここは和葉の母親がなくなった病院でもある。その当時から繋がりがあったのだとしたら、入院先に選んだのも頷ける。
「十日だけ猶予をやる。その間に荷物をまとめて、父親が誰かわからない子を連れて出て行くのだな。恥知らずな不良娘として」
「……わかったわ」
和葉にはそう返事をするしかなかった。こうなるのがわかっていて、赤ちゃんの――葉月の母親になりたいと願ったのだ。別に後悔はしてないし、する必要もない。
「俺の子じゃなくなるんだから、戸高の姓を名乗るのも許さん。これからはあいつの姓だった松島を使え」
「……私としては、ありがたいかぎりだわ」
父親のことだから、名字も勝手に決めろと言われる可能性もあると思っていた。それが母親の姓である松島を名乗れるのだから、本当に嬉しかった。
「赤子は入院が必要だそうだ。その間に色々な手続きを済ませておけ」
そう言い残して父親はさっさと部屋から出て行き、ひとり残った院長先生が赤ちゃんのこれからについて説明してくれた。こうして和葉は、母親としての一歩を踏み出すことになったのである。
住むところは兄が用意してくれた。成人している泰宏の名義でアパートのひと部屋を借りてくれて、高校を卒業するまでの間そこへ住んだ。幸いにして卒業間近だったので、高校へ行く日数はあまり多くなかった。
それでも学費は自分で稼がなければならないため、放課後は毎日バイトをして収入を得た。働いてる時間は個人で経営している民間の保育所へ預け、その費用も必要だった。
二つのバイトをかけもちして、月に十万円以上稼いだが、それらはすべて必要経費で消えていった。幸いにしていくらかの貯金をしていたので、それを切り崩して極貧ながらも生活はできていた。
周囲の反応は予想どおりに冷たく、それまで友人だった者たちもひとり、またひとりと事情をしるたびに離れていった。事情というのは、もちろん和葉が男遊びの末に子供を妊娠して産んだというものだ。
変な同情をされるのも嫌だったし、そうすることが父親との約束だったため忠実に守った。後ろ指を差されるのは毎日で、さすがに辛く思った時もある。けれど、バイトを終えて保育所へ行くとすぐに疲れは吹き飛んだ。
娘となった葉月の可愛らしい笑顔を見るたびに、自分の決断は間違ってなかったと確信できた。これからも頑張る気力が湧いてきて、毎日忙しく過ごしてるうちに周囲の雑音は気にならなくなり、いつの間にか学校を卒業していた。
子持ちになった身で大学へ行くのは難しく、和葉は迷わず就職を決意した。けれど事情が知られている地元では、そう簡単に決まるわけがなかった。そこで和葉は住み慣れた土地から出て行くことを決意する。
母親との思い出が残る町に未練がないわけではなかったが、自分を知る人間が誰もいない土地で生活したかった。そうすれば煩わしい噂話や、人を目の前にしてのヒソヒソ話に苛々したり悲しんだりする必要もなくなる。
住み慣れた町を離れると決めたまではよかったものの、別に行くあてがあったわけじゃない。そこで日本地図だけを頼りに、色々な土地を葉月と一緒に下見してまわった。そうして選んだ新天地は、地元より発達してるものの、わりと田舎な町だった。
高校を卒業したばかりでありながら、すでに子持ちの若い女性。住むところを探すだけでもひと苦労だった。安いホテルに泊まりながら、就職活動をする日々。そんな中、ひとりの老婆と出会い、住んでいた家を安値で貸し出すと申し出てくれた。
安ホテルから職業安定所へ行く途中に、その老婆の家はあった。毎日挨拶をしてるうちに仲良くなり、お昼ご飯をご馳走してくれたりもした。お金も身よりもない和葉にとってはありがたいかぎりで、生まれて初めて人の優しさに感謝した。
近々、子供夫婦の家へ厄介になるということで、現在の家をどうしようか丁度悩んでいたらしい。老婆の好意に甘え、和葉は格安で住む家を見つけた。住民票を移し、きちんとした住所ができたことでなんとか就職もできた。とはいえ、正社員ではない。
正社員を探しても手ごたえがなかったので、おもいきってパートで大手企業の地方店へ入社した。とにかく収入を得るのが第一条件だと判断したのである。家賃が格安だったため、他にもアルバイトをすれば生活はなんとかなりそうだった。
朝早くから葉月を民間の保育所へ預け、がむしゃらに和葉は働いた。その頑張りのおかげで、パートながらも長時間の勤務を会社から認められる。自給も格段に上がったので、もうひとつアルバイトを辞めた。
総収入は若干減少したものの、その代わりに葉月と過ごせる時間が増えた。これが一番嬉しかった。誰も頼る人間がいなかった中で、なんとかおぼろげながらも人生に光が見えてくる。実家を出てからすでに三年が経過していた。
そうして毎日が忙しく過ぎていき、和葉が会社から正社員にならないかと誘いを受けた時には、葉月はもうすぐ小学生になろうとしていた。もちろん生活のために快諾する。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-4 11:11
愛すべき不思議な家族 32
たくさん寂しい思いもさせてきたが、家にいる間はなるべく葉月と一緒に過ごした。その途中で親切にしてくれた老婆が亡くなる。葬儀に参列した和葉は、その席で老婆の子供と話をして現在住んでいる家を購入することになった。
大手企業の社員となっていただけに、銀行も快く融資してくれた。現金で家の代金を支払い、あとは毎月銀行に借金を返済していくだけである。葉月も家を気に入っていたので、丁度よかった。
だがとある日、問題が発生する。保育所の頃から父親を恋しがっていた葉月が、どんな人なのか熱心に尋ねてくるようになったのである。困った和葉は適当にアルバムをめくる。そうして一枚の写真に偶然目をとめた。
――ポツポツと雨が降ってきた。しずくが空を見上げている和葉の顔へ当たり、まるで涙のように頬を流れていく。
「……本当に大丈夫か」
兄の声で、過去の回想から完全に現実へと意識が戻ってくる。いつでも泰宏は和葉を心配してくれていた。長年互いに連絡を取り合ったりはしなかったけれど、それだけはよくわかっている。
一生懸命がむしゃらに生きてきて、ようやくゆとりを持ち始めた頃に高木春道と出会った。ものすごい偶然に、初対面の時は心臓が止まりそうなぐらい内心で驚いていた。
何とも言い難い奇妙な展開で結婚することになり、久しぶりに和葉は兄の携帯電話の番号を押した。手短に結婚の報告をした和葉に心からの「おめでとう」とくれた。あの嬉しそうな声は今でもはっきり思い出せる。
「いつまでもここにいたら風邪をひくぞ。家の中に戻ろう」
雨は少しずつ勢いを強めだしていた。このまま外にいれば、遠からずびしょ濡れになってしまうだろう。泰宏の言葉に頷き、和葉は玄関へ向かおうとした。
「ママー」
「――え!?」
突如耳へ届いてきた聞きなれた声に驚き、和葉は玄関へと続く門の方を向く。そこにいたのは、紛れもなく娘の葉月だった。過去の幻影などではなく、しっかりと成長した今現在の姿だ。
駆け寄るよりも先に、どうしてこんな場所にいるのかが疑問で、思わず和葉はその場に立ち尽くしてしまう。ぼーっとしてる横を通り抜け、葉月に近づいていったのは泰宏だった。そしてよく見れば、娘の側にはもうひとり人間がいる。高木春道だ。
正体が判明するなり和葉は駆け出していた。愛する娘が自分を呼ぶ声すら聞こえず、真っ直ぐに高木春道の前を目指す。
――パアンッ! 相手が口を開くより早く、和葉は高木春道の頬へ平手を見舞っていた。乾いた音が、雨天の空へ実にこぎみよく響き渡る。唖然とする周囲に構いもせず、気づけば和葉は声を張り上げていた。
「一体どういうつもりですか!?」
「マ、ママ……?」
「葉月は少し黙ってて!」
怒鳴られた葉月は、驚いたような悲しそうな顔をしながらも和葉の言葉に従う。叩かれた高木春道は別に怒りもせず、普段と同じ目で正面から見つめ返してくる。
この場へ葉月を連れてきたということは、和葉がついた嘘は見破られてしまっていたということに他ならない。けれど娘を伴ってやってくるのはルール違反だ。出張とまで嘘をついてこの事実を隠そうとしたのに、これでは苦労が台無しである。
「どういうつもりか聞きたいのはこっちだ」
悪びれもせず、高木春道がしれっと口にした。どうやら先日、多少はいいところがあると見直したのは和葉の大きな間違いだったらしい。結局のところ、この男性に思慮深い一面などなかったのだ。
別に父親――葉月にとっては祖父の死を知らせたくなかったわけではない。けれど教えたら、確実に娘は実家へ着いてきたがるに決まっていた。和葉はそれを避けたかったのだ。
理由は簡単。親戚一同が集まる場所に連れてくれば、いやおうなく葉月が和葉の実の娘ではない事実がバレる。父親同様に戸高の名を大事にしてる人々だけに、和葉が葬儀に参列するのさえ嫌がったくらいなのだ。
自分のせいで娘をこれ以上苦しめたくない。そんな思いから嘘をつき、今回の葬儀へひとりだけで参加した。仮に高木春道にバレたとしても、和葉の意図を理解してくれると信じていた。根本的にそれが愚かな考えだった。
「……そっちが怒るのも当然だ。けど、少しは葉月の気持ちも考えろよ。経緯がどうであれ、こいつにとって祖父には変わりないだろ。葬式に参加して悲しむ権利はあるはずだ」
そんなことはわかっている。そしてそれが正しいとも。だからこそ、余計に和葉は腹が立った。どうして他人も同然のこの男に、こうまで言われなければならないのか。
「言われなくてもわかってるわよ! そっちこそ、私の意図を少しは理解しようとしたの!?」
「当たり前のことを聞くな。けど――」
「――信じられない! 考えた上でこの行動を起こしたってこと!? どこまで愚かなのよ。本当に信じられない!」
怒りに任せて発言してるだけに、当初は冷静に対応しようとしていた高木春道も、徐々に苛々し始めてるようだった。
けれど、ここまできたらどうにも止まらない。和葉は爆発してしまった感情を冷静に処理できず、ますますヒートアップしていく。
「まさか、ここまで最低な人間だとは思いもしなかったわ! 頭がおかしいんじゃないの!?」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-4 11:12
愛すべき不思議な家族 33
ある程度覚悟していたとはいえ、耳元で松島和葉にこれだけ怒鳴られ続けると、さすがの春道も嫌気を覚えてくる。最初は相手の気が済むまで怒られてるつもりだったが、段々と黙っていられなくなる。
相手が冷静さを失ってるのは、充分すぎるほどにわかっている。何せ、あの松島和葉が丁寧な言葉遣いも忘れて声を荒げているのだ。これまでの共同生活の中では、とても考えられない事態だった。
やはり松島和葉も普通の女性だったのだ。どこか安心したりもしたが、やはり芽生えた怒りすべてを打ち消すまでにはいたらない。
「悪かったよ。けど、とりあえずこっちの話も聞けって」
「お断りよ! 言い訳なんて聞きたくないわ! 大体、悪いと思ってるならまず最初に謝るのが普通でしょ! 違う!?」
「だから謝っただろうが!」
「はあ!? いつどこで誰が謝ったの!? 私にはちっとも理解できなかったわ! もう一度小学校で日本語を勉強してきたら!?」
「な――!? 黙ってれば好き勝手言いやがって……少しは他人の気持ちも考えろって言ってんだよ!」
「その台詞、そっくりそのまま返してあげるわ! 何なら利息もつける!?」
ギャーギャーと喚きあってるおかげで、ひとりまたひとりと野次馬が戸髙家の中から出てくる。葬儀の日に騒いでるのだから、迷惑を通り越して全員呆れてるに違いない。
「もうやめてよ!」
さらに過熱しそうになってる言い争いに、原因のひとつである小さな少女が割り込んできた。こちらも大きな声を発したりするのは珍しく、さすがの和葉も言葉を止めて愛娘を見る。
「パパ、悪くないもん。葉月が頼んだんだもん。だからパパを怒らないで」
興奮のしすぎで肩を大きく上下させている母親を、小さな娘が必死でなだめようとしていた。この光景だけ見れば、一体どちらが保護者なのかわからなくなる。
これで事態もある程度は収束するだろう。そう思った春道だったが、予想に反して思わぬ方向へ進みだす。なんと松島和葉が、いきなりボロボロと泣き出してしまったのだ。
「どうして……どうして葉月はママの味方をしてくれないの……そんなにママが嫌いなの!?」
普段溜めていた感情が大爆発してしまったのだろう。松島葉月の台詞にも、いちいち食ってかかっていく。完全な駄々っ子モード入っている。常に冷静沈着だった和葉に、こんな一面があったとは驚きだった。
「嫌いじゃないもん! 葉月、ママ大好きだもん。世界で一番大好きなんだもん!」
母親の涙につられてしまったのか、葉月までその場でわんわん泣き始める。可愛らしい顔をくしゃくしゃにしながらも、決して松島和葉から視線を逸らそうとしない。
「じゃあ何で、いつもいつもパパって言うのよ。ママがいればいいじゃない! それともやっぱり本当の子供じゃないから――」
「――おいッ!」
不穏な雰囲気に気づいて、慌てて春道が声を張り上げるも遅かった。決定的なキーワードが、和葉の口から発せられてしまった。
己の愚行にようやく気づいたのだろう。今頃になって松島和葉が顔面を蒼白にする。戸髙家の前だけ時間が停止したみたいだった。実に重苦しい沈黙が場を支配する。
誰も何も言わない。いや、言えないのだ。うっかりと口を滑らせることが多い戸高泰宏でさえ、顔を俯かせて唇を真一文字に結んでいる。どうしたらいいのか。どうすればいいのか。誰にも答えが見つからない。
「……もん」
どれほどの間、そうしていたのか。止まっていた時を再び動かしたのは、目を真っ赤に充血させている少女の言葉だった。
「葉月、ママの本当の子供じゃないって知ってたもん! 捨てられてたのを、拾ってもらったのわかってたんだもん!」
服の袖で涙を拭いながら、松島葉月は先ほどの母親の台詞内容よりも衝撃的な告白をした。これには周囲の大人たちが揃って目を真ん丸くする。よもや本人が出生の秘密を知ってるなんて、誰も想像してなかったのだ。
「は、葉月……貴女……」
拭いても拭いても溢れてくる涙をどうにもできず、鼻を啜りながら松島葉月が頷く。もしかしたら程度には思っていたが、まさか本当に少女が真実を知っていたとはさすがに春道も吃驚していた。
「……グスッ……ずっと前に、ママがお友達と話してるの聞いたの……。葉月が本当の子供じゃないのに、よく育ててるねってその友達が言ってたの……」
何か思い当たるフシでもあるのか、松島和葉はギクリとした様子で顔面を蒼白にさせている。少女に真実を知られてしまったのは、完全に自業自得のパターンだ。恐らく近くにいないか、遊びに行ってると思って電話か何かで話していたのではないだろうか。
家事をしながら電話をしていたりすれば、さすがの和葉も周囲への注意が疎かになる。客人を前にしていれば、他のことをしながら応対するわけにもいかないので、それなりに注意力が発揮されるはずだった。
そうとでも考えなければ、慎重な性格をしている松島和葉がそんなイージーなミスを犯すとは思えなかった。先ほどの喧騒で若干印象が変わりつつあるものの、ほぼ間違いない。
しかし、松島葉月が真実を知っていたのなら疑問がひとつ生じる。それは――。
「……そこまで知っていたのなら、どうして父親についてしつこく尋ねてきたの?」
松島和葉の質問は、春道も知りたかったことだった。葉月は自分が捨てられていたと口にした。それならば、父親とも血が繋がってないと理解してることになる。要するに、最初から存在しないはずの人間を求めたのだ。
「だって……だって……ママ、寂しそうだったんだもん。だからパパがいれば寂しくないと思ったの。それで……」
「――葉月っ!」
愛娘に駆け寄った松島和葉が、地面に膝をついて目の前にある小さな身体をギュッと抱きしめた。お互いの肩が小刻みに震え、小雨が降る中でただ無言で泣いている。
何のことはない。最初から松島和葉の心配は杞憂だったのだ。松島葉月は実の子供でない事実を認識しながらも、しっかり娘として生活していた。
いかに幼いとはいえ――いや、幼いからこそ、真実をしったあとでふんぎりをつけるのが大変だったはずである。それなのに少女は変な遠慮をするわけでもなく、松島和葉の愛情に応えていたのだ。
「……道理で年齢よりも、ずっと大人っぽく感じたりするわけだ」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-4 11:12
愛すべき不思議な家族 33
松島母娘が抱き合ってるシーンを眺めながら、誰にともなく春道が呟いた。葉月が時折感じさせた年齢不相応な雰囲気は、こうした苦労から無意識のうちに身につけたものだったのだ。
「……ごめんなさい。葉月、ごめんね……」
「葉月こそごめんなさい。葉月ね、ママが大好きだよ。本当だよ」
「ええ、わかってるわ。ママもよ。葉月が大好きなの。だから……これからも貴女の母親でいさせてくれる?」
わずかに顔を離し、松島和葉が正面から葉月の目を見つめる。もちろん少女が首を左右に振るはずもなかった。
「葉月のママは、ママしかいないもん! だからママも、ずっと葉月のママだよ!?」
「……もちろんよ。葉月が嫌だって言っても、一生ママを続けるからね」
ここでようやく二人が笑う。大きな胸のつかえがとれたような、とても爽やかな心からの笑顔だった。それにつられたかのように、天まで雨を降らせるのを止めてしまった。
「……春道君……君は……その……」
これまで黙って成り行きを見守っていた戸高泰宏が、小声で春道に話しかけてきた。これもまた当然の展開だった。先ほどの松島母娘の会話からすべてを把握するのは不可能でも、何か不自然な点を感じるのはさして難しくない。
「……ただの雇われた父親ですよ」
そう言って春道は小さく笑った。それ以外に言いようがなかった。多少呆れてはいたが、別に怒ったりはしていない。むしろこれでよかったのだと思っている。快適な生活を失う結果にはなったが、そもそも計画自体が異常だったのだ。
「雇われた父親……って、どういう……」
「言葉のとおりですよ。まあ、その役目も終わりましたけどね」
元々、春道と松島和葉が結婚したのは葉月のためだった。愛娘が欲した父親として適当に指名し、奇跡的に近所で出会ってしまった。そこから今の生活が始まる。けれど、今回の一件でその必要はなくなった。
葉月は自分の生い立ちを知っていた。そして父親を求めたのは、母親のためだったのである。
実家から勘当されたのが、少なからずショックだったのだろう。それゆえ不意に寂しそうな顔をしてしまい、その場面を松島葉月に偶然目撃されてしまったのだ。
何のことはない。お互いがお互いを想って、父親を欲しがったのだ。それがわかったのだから、これからはそれぞれの寂しさを母娘で補っていけばいい。努力すれば、きっと血よりも濃い絆を作れる。心の中で、春道は松島母娘にエールを送った。
「役目が終わった……? ちょっと待ってくれるかな。俺には何がなにやら……」
「そんなことより、誰か呼んでますよ。行かなくていいんですか」
恐らくは親戚のうちの誰かだろう。何か泰宏に用があるらしく、遠くからこちらをじーっと見つめている。
戸高泰宏も視線に気づいたようで、そちらを向くと「あ、いけない」と声をあげた。どうやら何か大事な用を忘れていたようだ。
「とにかく、あとで話をしよう。春道君も葬儀とかには参加してくれよ」
それだけ言い残すと、戸高泰宏は慌てた様子で見ていた人がいる方へ走っていく。忙しないことだ。去っていく背中を眺めながら、春道は苦笑する。
「あの……」
そんな春道に遠慮がちな声がかけられた。松島和葉だった。隣には愛娘の葉月もおり、小さな肩をしっかり片手で抱いている。今回の一件で、二人の絆はより強くなったみたいだった。
「気にするな。あの場面で平常心を保っていられる人間の方が珍しいだろ」
「……すみませんでした」
本当に申し訳なさそうな様子で和葉が謝罪してくる。言い争いをしていた光景を冷静に振り返ってみて、自分も大人げなかったと気づいたのだろう。
もっとも、怒られるのを覚悟してきておきながら、言い返してしまった春道も褒められたものではない。ゆえに和葉を責める資格はなかった。
「ママをいじめちゃ駄目なんだからね」
「いじめないさ」
春道の言葉を聞くと、小さな少女がにぱっと笑った。これまで見てきた笑顔の中でも、一番輝いてるように思えた。
「ねえ、葉月もママと一緒にいていいー?」
「……ええ、もちろんよ。葉月にとってもお祖父さんなんだものね」
「うんっ」
これまた嬉しそうに松島葉月が頷く。そうこうしてるうちに、再び戸高泰宏が家の外に出てきた。
「悪いけど、和葉たちも来てくれないかな」
これから何が始まるのか、来たばかりの春道にはわからないものの、色々と仕事があるのは間違いない。それに勘当された身とはいえ、一応は血の繋がりがあるのだ。松島和葉が戸高泰宏に必要とされるのも当然だった。
「わかったわ」
松島和葉が泰宏へ返事をすると同時に、娘の葉月が春道へ手を伸ばしてくる。
「パパもいこっ」
隣にいる和葉が春道を見ながら頷いた。参加しても構わないという意思表示なのだろう。しかし春道は、松島葉月の手をとることができなかった。
「……取引先から電話がきたみたいだ。仕事の話かもしれない。悪いけど先に行っててくれないか」
そう言って春道は携帯電話をズボンのポケットから取り出し、受話ボタンを押して耳に当てた。少女は少し寂しそうにしたものの、母親に「仕事だから邪魔しちゃ駄目よ」と言われて、仕方なしに引き下がる。
「ちゃんと後で来てね。約束だよ」
「……ああ、すみません。ええ、その件でしたらもう大体できてます。はい……」
再び泰宏に呼ばれたこともあり、松島母娘は春道ひとりをこの場に残して玄関へ向かっていく。そうして視界から誰もいなくなったのを確認して、春道は携帯電話を切った。唐突だったが別に構わない。どうせ最初から電話などかかってきてないのだ。
「……じゃあ、行くか」
春道はゆっくりと歩きだす。戸髙家の玄関へではなく、向かっているのは愛車をとめている場所だった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-10 09:11
愛すべき不思議な家族 34
「パパ、遅いねー」
松島和葉が異変に気づいたのは、愛する娘である葉月にそう言われた時だった。昨夜から引き続いての訪問客の相手や、段取りを消化するのに一生懸命でそこまで気が回っていなかった。確かに遅すぎる。
「葉月、呼んでくるねー」
止める暇もなく、葉月はパタパタと走っていってしまった。知り合いもいないに等しく、幼い少女にとってはかなり心細いに違いない。
けれど、仕事相手との商談なら長引く可能性もある。電話をしてる最中に葉月がまとわりつけば、高木春道に迷惑をかけてしまう。ただでさえ、和葉はみっともない姿を見せているのだ。これ以上の失態はさすがに避けたかった。
ひとまずの作業を終えたところで残りを泰宏へ任せ、和葉もまた娘を追って高木春道を探しに行く。恐らくは車の中で電話をしてるはずだ。
和葉が玄関から外へ出ると、今にも泣きそうな顔の少女がひとりで周辺をうろうろしていた。
「葉月、どうしたの」
名前を呼ばれてこちらを向いた葉月は、涙を両目からこぼしながら駆け寄ってくる。
「パパがいないのー」
慌てふためいていた娘の行動から、大体の察しはついていた。和葉はまず葉月を優しく慰める。
「きっとお車で電話してるのよ。きちんと探してみたの?」
言われて初めて、葉月は「あっ」という顔をした。どうやら高木春道の姿だけを探していたようである。
「そっかー。さすがママだね」
「フフ。それじゃ、ママと一緒に探そうか」
「うんっ」
元気に頷いた娘と手を繋ぎ、和葉は戸髙家の敷地内にある車をとめれるスペースへと向かう。他の弔問客の車もあるだけに、高木春道が使用するとしたらそこしかない。
だが和葉の予想は見事に裏切られた。戸髙家に来てるのは年配の方が多いだけに、高木春道のようなスポーツカーがあればおおいに目立つ。それを見逃したりするはずもない。念のためにもう一度確認してみるも、やはり該当の車は存在しない。
なら別の場所だろうか。和葉は葉月の手を引いて歩きだす。
「ママ……」
時間が経過するたびに、娘が悲しげに顔を歪める。どこを探しても、高木春道の車が見当たらないのだ。それでも戸髙家へ戻る気にはなれず、ひたすら葉月と二人で周囲を探索する。そうこうしてるうちに、戸高泰宏も玄関から外へやってきた。
「どうかしたのか」
「パパが……パパがね、いないの……どこにもいないの」
泣きじゃくりながら、必死に戸高泰宏へ葉月が訴える。それを聞いて兄も吃驚したみたいだった。
「それなら、電話をかけてみたらどうだ」
至極まっとうな提案が泰宏からされた。そんなことにも気づけないなんて、もしかしたら和葉は自分が思っていた以上に慌てていたのかもしれない。
とりあえず三人で家の中へ戻り、和葉はバッグの中から自分の携帯電話を取り出す。アドレス帳から高木春道の番号を呼び出し、ディスプレイに表示させたところで発信ボタンを押す。
「パパ、どこにいるの?」
横から葉月が、しきりに和葉の服の袖を引っ張ってくる。相当に心配してる様子だが、娘を喜ばせれる返答はできそうになかった。何度電話をかけても通話中になってしまうのだ。
「もしかしたら……」
電話をかけるのを諦め、発信を終了させたあとで和葉は口を開いた。
「急ぎの仕事が入って、先に家へ戻ってしまったのかもしれないわ」
「そうなの?」
葉月が小首を傾げる。可能性としては否定できないが、確率はかなり低い。そうはわかっていても、娘へ正直に告げたりはできなかった。そんな真似をすれば、すぐに自分も帰ると言いだしかねない。
いくらねだられたところで、それだけは応じられなかった。和葉自身も気にならないといえば嘘になるが、散々迷惑をかけてきた手前、こういう時ぐらいはしっかりと兄の泰宏を手伝ってあげたかったのである。
「けど、それだったらいくらなんでもひと言ぐらい――」
「――言う暇もなかったのよ。それに現代には携帯電話という便利な道具もあるわ。後からでも、好きなだけ連絡をとることは可能でしょう」
葉月を安心させるための言葉を並べつつ、和葉は視線で泰宏に余計なことを口にしないよう釘を刺す。意図が通じたらしく、兄はすまないといった感じで軽く頭を下げてきた。
「少しだけパパのことは我慢してくれる? 葉月だって、お祖父さんへ会いに来てくれたんでしょう」
そう言われると何も反論できないらしく、不満げな表情ではあるものの葉月も納得してくれた。とにかく、今は父の供養をする方が先なのである。
嫌な予感を覚えつつも、それからは忙しく時間が過ぎていった。そうして気づけば、外では太陽と月が主役を交代していた。といっても、厚い雲のおかげで月明かりが窓を照らしたりすることはなかった。
高木春道が行方不明になったことでグズるかと思っていた葉月も、悲しそうな顔を見せずに和葉の仕事を手伝ってくれた。おかげで現在は、だいぶ状況も落ち着いている。
親戚の叔父さんたちが見知ってる客の相手をしてくれているので、和葉たちはこうして父親の部屋の整理に専念できていた。明日になれば火葬場へ行き、その翌日に葬儀となる。
本当は早く自宅に戻りたいだろうけど、説明を受けた葉月は「ママと一緒にいる」と言ってくれた。和葉にはそれが何より嬉しいと同時に、娘へ申し訳なさを覚える。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-10 09:11
愛すべき不思議な家族 34
少しでも不安を解消してあげようと、父親の部屋へ来る前に再度高木春道の携帯電話を呼び出してみたが、結局話し中のままだった。これにはさすがの和葉も怒りを覚えた。家に戻るなら戻るで、ひと言くらい残していくのが普通なのだ。
何故、そんな当たり前のこともできないのか。もしくはする気がなかったのか。だとしたら――。あまり望ましくない解答へ辿り着いたところで、和葉は小さく首を左右に振る。娘の心情を考えても、頭の中に浮かんだ展開にだけはなってほしくなかった。
「おい、和葉。これ」
急に泰宏が慌てた声をだした。何事かとそちらを見れば、兄の手には遺言書と書かれた封筒があった。わずかに特徴のある大きくて力強い字。間違いなく父親の書いたものだ。幼い頃から何度も見てきてるだけに、確かな自信が和葉にはあった。
戸髙家の次代当主となる泰宏が、代表して封を開く。中には薄い紙が一枚だけ入っていた。書かれている内容を兄が声をだして読む。
「自分の死後、財産を息子の泰宏と娘の和葉にそれぞれ譲るものとする。娘が拒否した場合は、孫である葉月に権利を与える」
「え……?」
思わず和葉は素っ頓狂な反応をしていた。あの父親のことだから、てっきり勘当した娘は他人であり、遺産相続の権利はない。ぐらいのことを書いててもおかしくないと考えていた。
「ど、どういうこと……?」
まだ状況がよく理解できず、和葉は泰宏に尋ねる。遺言書の内容はそれだけだったらしく、顔を上げた兄は該当の紙を手渡してきた。
震える右手で受け取り、紙に書かれている文字をひとつひとつ両目で確認していく。泰宏が気を遣って発言したわけではなく、紛れもなく遺言書の内容どおりだった。それが和葉には納得できない。
戸髙家にそれなりの資産があるのはわかっていたが、最初から父親の死後に遺産を貰おうなんて思ってなかった。勘当された以上、それは当然である。むしろ要求する方がどうかしてるのだ。
「ママー。お祖父さん、葉月を孫だってー」
「ああ、そうだな。きちんと和葉のことも娘って書いてある」
何がなんだかわからず、無言の和葉に代わって泰宏が葉月に言葉を返していた。
本来なら喜ぶべきことなのかもしれない。けれど、素直に「ありがとう」なんて口にできなかった。何故、今さらそんな遺言を残したのか。疑問ばかりが浮かんでくる。
「口ではなんやかんや言ってたけど、やっぱり心の底から和葉を勘当したりできなかったんだろうな」
感慨深そうに泰宏は呟くが、それは当事者ではなかったからこそ言える台詞だ。証拠に、とても和葉にはそんなふうに思えない。
「……気まぐれに決まってるわ」
ひねくれてると思われても、そう簡単に割り切れるほど、家を出てからの年月は楽なものではなかった。
「違うさ」
「どうして断言できるのか、私にはわからないわ。証拠でもあるのかしら」
「あるよ。ほら」
そう言って、泰宏がひょいと和葉へ何かを投げてよこした。相手の突然の行動に戸惑いつつも、両手で飛んできた物をなんとか掴む。
「これは……」
自らの両手の中身を確認した和葉は、瞬間言葉を失ってしまった。兄が投げたのは、和葉名義の預金通帳だったのである。
「見てみろよ」
泰宏に促され、震える指先で通帳をめくる。そこには和葉が勘当された日から、毎月一定の金額が振り込まれていた。先月まで休みなく継続されており、相当な金額が貯まっている。
何故。どうして。そんな言葉ばかりが浮かんできては、ぐるぐると和葉の頭の中を駆け巡る。まったく意味がわからなかった。
「……これが、せめてもの罪滅ぼしだったとでもいうの……」
「いや、違うだろう」
またも和葉の呟きに対して、兄の泰宏が否定の言葉を返してきた。どうして断言できるのか、やはり疑問に思いながらも、相手の次の台詞を待つ。
「単純にお前がいつ帰ってきても、頼ってきてもいいように貯めておいたんだろ。そんな場面になってたとしても、どうせ適当な理由をつけて怒鳴ってただろうけどな」
「……わからないわ。私には……」
「親父の心は親父にしかわからないさ。けど親父は確かにお前を愛してた。それじゃ、納得できないか」
「できないわよ!」
これまでの苦労も思いだされて、たまらず和葉は叫んでしまっていた。幸いにして家の中にいる他の人間には聞こえなかったらしく、騒がしく誰かが乱入してくるような事態にはならなかった。
「……じゃあ、なんで勘当なんかしたのよ……この家で……葉月を育てさせてくれなかったのよ」
「……なあ、考えたんだけどさ。お前がもしこの家に残ってたら、色々な誹謗中傷に晒され続けなければいけなかったんじゃないか」
和葉は何も答えない。わざわざ肯定する必要もなかった。現実に出て行くまで、ずっと後ろ指を差されていたのだ。
「どれだけ親父や俺が守ろうとしても、陰口は決してなくならない。最終的にいたたまれなくなって、お前は家を出たんじゃないだろうか」
「……そうかも……しれないわね……」
「本当にお前を娘と思ってないなら、違法な手段まで使ってまで望みを叶えたりはしない。本来なら、無理やり諦めさせればいいんだ。親父にはその力があった」
確かにそのとおりだ。それに万が一事態が露見すれば、当事者である父親も無傷では済まない。自分のことで精一杯だったけれど、和葉以上に相手はリスクを負っていたのだ。
「わざわざ勘当することで、お前が出て行きやすい環境を作った。そうは考えられないか? 仮に葉月が戸髙家の養女になっていたら、事情を知る人間がたくさんいるこの土地で幼少期を過ごさなければいけなかった」
兄の言いたいことは和葉にもわかった。そうなっていれば、恐らく葉月はこの間まで受けていたいじめより、もっと辛辣で酷い目にあっていた可能性が高い。
「誤算があったとすれば、二人とも頑固だったってことだけじゃないか。片方は援助したくてもそれを言い出せず、もう片方は頑ななまでに頼ろうとしなかった。難しいな、人の心ってのはさ」
やはり和葉は何も言えない。胸に預金通帳を抱いたまま、その場に両膝を突く。何もかもが衝撃的すぎて、そう簡単には自分の中で整理できなかった。
そんな和葉の肩がポンポンと誰かに叩かれた。顔を向けると、そこにはこれまで無言だった葉月が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「やっぱり葉月のお祖父さんだったね」
意味が通ってそうで、通ってない台詞なのに、何故か和葉の心は温かいものに包まれる。
「……そうね」
頷いたあとで、和葉は父親の死後初めて涙を流したのだった。
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-18 10:24
早上好!
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-18 10:25
愛すべき不思議な家族 35
「本当にいらないのか」
和葉と葉月が自宅へ帰る日の朝になっても、兄の泰宏はまだそんな台詞を言っていた。幾度も重ねてきた討論。それは父親が残した和葉名義の預金通帳をどうするかである。
兄の泰宏は持っていくように言ってくれたが、和葉に受け取るつもりはなかった。長年のわだかまりが単純に消化できるはずもなく、頭では理解していても、心にはまだもやもやしたものが残っている。
それに父親が和葉をずっと娘だと思っていてくれたのなら、何ひとつ親孝行できないままに旅立たれてしまったことになる。ならばせめて、最後くらいはという思いもあった。
だからこそ、和葉は泰宏に残されたお金をお葬式代などに使ってほしいと告げた。しかし、人がよいせいか単純には頷いてくれない。これは親父が娘のために残したものなんだからの一点張りである。
何度も何度も口論になったが、和葉の決意の固さを認識した泰宏がようやく昨夜になって諦めた……はずだった。
「結論は昨日でたはずよ」
和葉に残されたお金であるならば、和葉の好きなように使いたい。その言葉が泰宏を頷かせる決定打となった。それでも残りはお前のものだと譲らなかったが、和葉に受け取るつもりはない。
今後、必要になった時のために預かっておいてほしい。そう言って兄を納得させたものの、受け取りにくることはないだろう。最後まで父親に頼らず、残りの人生をまっとうに送ることが一番の恩返しになるのではないか。そんなふうに考えていた。
「わかった。このことにかんしてはもう何も言わないよ。けど、春道君のことは……」
「それも大丈夫よ。急ぎの仕事が入ったから先に家へ戻ったと、私の携帯電話へ連絡があったわ」
「そうか。それならいいんだ」
泰宏が心からホッとしたような様子を見せた。同時に、手を繋いでいる娘も顔を輝かせている。葉月もまた、ずっと高木春道がどうしてるのか気にかけていた。
そんな二人の表情を見て、和葉は心が痛んだ。電話があったというのは嘘だった。実際にはいくら連絡をとろうとしても、高木春道の携帯電話に繋がることはなかった。
だがそれを今この場で言ったところで、心配性な兄を余計に心配させてしまうだけだ。そうすればあれこれと、また世話を焼きたがるだろう。自分の問題であまり迷惑をかけたくなかったのである。
「じゃあ……行くわ」
「ああ……ちょくちょく遊びに来い。ここはお前の実家なんだからな」
小さくながらも、和葉はコクンと頷いた。頻繁に戻ってきたりはしないだろうが、これまでみたいに何年も音沙汰なしということにはならないはずだ。
「バイバイ、伯父さん。またねー」
和葉と繋いでるのとは別の手を、泰宏に向かって葉月は大きく左右に振った。和葉の父――お祖父さんに嫌われてたわけではないとわかって、過去の冷たい仕打ちについても全然気にしないようになっていた。
それでも時折寂しそうにしてたのは、やはり生前に仲良く祖父とおしゃべりをしたりしたかったからに違いない。今となっては不可能だが、できれば望みを叶えてあげたかった。
和葉がそう思えるようになったのも、父親が残してくれた遺言書や通帳のおかげで、わずかながらも本心を理解できた気がしたからである。
別れの挨拶を済ませ、少し歩いたあとで和葉は幼少時代を過ごした戸高家を振り返った。
「――え?」
「ママ、どうしたのー」
「……いいえ。何でもないわ」
「あ。伯父さん、まだ手を振ってくれてるね。バイバーイ! またねー!」
玄関の前に立ってこちらを見てるのは、紛れもなく実兄の泰宏だった。葉月の呼びかけに応えて、何事か大きな声で叫んでいる。
……やっぱり気のせいよね。泰宏へ最後にもう一度頭を下げて挨拶してから、和葉は前を向く。
――また来いよ。
聞きなれた声が、どこからともなく和葉の耳へ届いてきた。それは兄のものでなければ、他の親戚たちの誰でもない。やはり先ほどのは気のせいじゃなかったのだ。
「……またね」
ほんの一瞬だけ、玄関前で小さく手を上げていた男性の姿を思い浮かべながら、和葉は小さな声で別れの挨拶を口にした。
「お父さん……」
作者:
niehuiyao
时间:
2009-6-18 10:26
愛すべき不思議な家族 35
長い時間電車に揺られ、ようやく戻ってきた自宅。家の中にあった光景は、和葉が予測したとおりの状態になっていた。
帰ってくるなり、高木春道へ会いに行こうとした愛娘を、あえて和葉は止めなかった。どうせ、いずれはバレる。それがいつになっても同じだと判断したのだ。
ひとつ小さなため息をついたあとで、和葉もまた葉月同様に階段を上る。部屋の前で呆然としてる娘を見つけるのは、その直後のことだった。
「……ママ……パパは……」
大きく開け放たれたドアの横で、室内を見て葉月が呆然としている。覗かなくても結果はわかっていたが、それでも一応部屋の様子を確認する。
高木春道の私室として貸していた部屋は、見事なまでにもぬけの殻となっていた。持ち込まれた道具類はすべて運び出されており、葉月と二人だけで生活していた頃の光景に戻っている。
連絡がつかなくなった時点で、ある程度予測はついていた。しかし、あの状況で抜け出すわけにはいかなかった。葉月には恨まれるだろうが、仕方なかったのである。
「……どうして……」
いつも元気一杯な葉月も、これにはかすれた声をなんとかしぼりだすのがやっとだった。和葉が側に来たのを知ると、顔を向けて「どうして!」と大きな声を発した。
「だって、ママ……パパが連絡あったって……だから、葉月……なんで……」
混乱しきっている葉月は、動揺しまくりの台詞を投げかけてくる。すぐには何も答えられず、しゃがみこんで相手に目線を合わせた和葉は、大事な愛娘を両手で抱きしめた。
「ママ……?」
「……ごめんなさい」
「……どうして? どうして謝るの!?」
あまりにまっすぐな視線をまともに見つめ返せず、和葉はたまらず目を逸らしてしまう。高木春道が出て行った理由も、ある程度の予測がついていた。
元々この結婚は、父親を欲しがった葉月のために和葉が提案したものだった。せめて娘が成人するまでは、本当の父親のふりをしてほしい。そう高木春道に頼み込んだ。その代償として、衣食住を提供すると約束したのである。
お互いにメリットがあったからこそ、これまで共に生活をしてこれた。だが戸髙家での出来事で、その状況は一変する。当の葉月自身が、和葉の本物の娘でない事実を知っていたのだ。それは高木春道に関しても当てはまる。隠すべき真実はなくなった。
それに加えて、葉月が父親をしつこいくらいに求めた理由も明らかにされた。母親である和葉が寂しそうだったから。それゆえに父親の存在を求めたのである。
二つの事実を知った高木春道は、母娘が互いの存在をもっとも大事にしてると理解した。そして自分がこの家にこれ以上滞在する理由はないと判断したのだろう。仮に和葉が相手の立場だったとしてもそう考えていたに違いない。
もう一度、高木春道が私室として利用していた部屋を見渡してみる。すると床に一枚の紙切れが落ちているのを見つけた。葉月から両手を離し、立ち上がった和葉はゆっくりと近づいていく。
拾い上げた紙には、離婚届と書かれていた。高木春道の名前が記入され、印鑑もしっかりと押されている。あとは和葉が必要な欄を埋め、役所に提出すればすべてが終わる。
「ママ……ねえ、ママ……?」
部屋の真ん中で立ち尽くしている和葉へ、とことこと葉月が近寄ってきた。目には涙を浮かべ、今にも号泣しそうな勢いだ。娘は悲しむだろう。それでも真実を告げないわけにはいかない。
「聞いて……葉月」
今一度、目線を相手に合わせてから、和葉は落ち着いた声で娘へ話しかける。
「高木春道さんは、葉月と血が繋がってないわ。それはわかってるのよね」
他ならぬ葉月自身が、戸髙家においてその事実を認めている。今さら「違う」なんて答えが返ってくるはずもなかった。小さく頷いた娘へ、さらに和葉は言葉を続ける。
「あの人がパパになってくれたのは、ママが頼んだからなの。実際には知り合いでも何でもなく、ただ偶然あの場で出会っただけの人だったのよ。だから――」
「――違うもんっ!」
突如として葉月が大きな声を発した。首を勢いよく左右に振り、和葉の説明を拒絶する。あれだけ慕うようになっていたのだから、こうした結果になるのもある程度予測がついていた。けれど、もう我侭は通用しない。
和葉はできるかぎり丁寧に、結婚前に喫茶店で高木春道と交わした約束事についても教える。普通はこのぐらいの年齢の子に話すべきではないのかもしれないが、葉月は思っていたよりもずっと大人だった。下手に誤魔化す必要はないと判断したのだ。
「高木さんが提案に賛同してくださったのは、待遇だけじゃないと思うの。こちらの境遇にもある程度同情したからこそ、あんな変な結婚にも応じてくれたのよ」
結婚するというのは簡単なことじゃない。和葉だって、娘のためとはいえかなりの決意が必要だった。相手は得ばかりだから、特に反対はしないだろう。当時はそんなふうに軽く考えていた。
けれど今になって初めてわかる。和葉みたいに何の支えもなく、知り合ったばかりの異性と簡単に結婚なんて決断できない。立場が逆だったら、はたして自分は応じていただろうか。答えはでない。それぐらい難しいのだ。
既婚者となれば、必然的に足枷をつけられるようなケースもでてくる。何も得ばかりではないのだ。もしかしたら、和葉や葉月が知らないところで、高木春道はずっと苦労していたかもしれない。
それは本人でなければわからないが、もしそうだとしたらそろそろ足枷を外してあげるべきなのではないだろうか。和葉はそう考えていた。
望む望まないにかかわらず、高木春道のおかげで解決した問題もある。葉月や父親との関係にしてもそうだ。これが和葉ひとりだったら、ここまでうまく事は運んでいなかったに違いない。
もしかしたら、途中で万が一の事態になっていた可能性も否定できない。お節介ぶりにいらいらしたこともあったが、高木春道が家に来た効果は想定していたよりもずっと大きかった。
「高木さんには、高木さんなりの人生がある。葉月だって同じでしょう? それを私たちの都合で好き勝手に左右させてはいけないの。わかるわよね」
「わかんないっ!」
「……葉月」
しゃくりあげながら叫ぶ娘の姿に、心が強烈に締めつけられる。
「パパは……葉月のパパなんだもんっ! 偽者とか本物とかないもんっ!」
「……でもね。高木さんは家を出て行った。これは紛れもない事実なの。私たちと暮らしたいと思っていたら、こんな真似はしなかったと思うわ。だから……仕方ないの」
「そんなの……でも……やっぱり葉月、パパと一緒がいい。せっかく仲良くなれたと思ったのに……こんなのいやだよぉ」
悲しみに号泣する娘を前にして、和葉は母親としてただ抱きしめてあげることしかできなかった。少しでも心の傷が癒されるように、両腕にギュッと力を入れる。その腕を葉月がそっと掴んできた。
「ママは……?」
「……え?」
「ママは……パパがいなくていいの? 寂しくないの? 悲しくないの? 辛くないの? 葉月みたいに泣きたくならないの?」
「それは……」
なんとも言えなかった。正直に白状すれば、考えたことがなかった。――いや、もしかしたら考えないように意識してたのかもしれない。口ごもったままの和葉に、葉月はなおも強い口調でたたみかけてくる。
「葉月、ママもパパも大好きなんだもんっ! 二人とも大切な家族なんだもんっ!」
ズキンと胸が痛んだ。まさか葉月から、そんな台詞を聞かされるとは思ってもいなかった。一緒に過ごした時間は少なくても、娘の中ではかけがえのない人生の一ページになっていたのだ。
長い時間をかけて信頼関係を構築してきたのに、高木春道は一年もかけずに愛娘からそれを得てしまった。嫉妬しないと言えば嘘になる。しかし、それよりも――。
「……そんなに……パパと一緒がいいの?」
「三人がいいの。それにママのお兄さんとかがいて、皆で楽しく遊ぶの。にこにこ笑顔で一緒にいるの」
顔どころか洋服まで涙を濡らし、必死で訴えかけてくる葉月に、和葉はこれ以上我慢するように告げたりできなかった。
「――わかったわ。それなら、ママと一緒にパパを迎えに行きましょう」
「うんっ!」
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