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标题:
[老狼原创]和歌の表現技巧(谨以此献给喜欢和歌以及准备专八的朋友们)
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作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 00:57
标题:
[老狼原创]和歌の表現技巧(谨以此献给喜欢和歌以及准备专八的朋友们)
目録
和歌とは………………………………………………………………………………………………1楼
1、【五七五七七】 ………………………………………………………………………………2楼
2、【字余り】 ……………………………………………………………………………………2楼
3、【句切れ】 ……………………………………………………………………………………3楼
4、【歌調】…………………………………………………………………………………………4楼
5、【倒置法】 ……………………………………………………………………………………5楼
6、【体言止め】 …………………………………………………………………………………5楼
7、【枕詞】 ………………………………………………………………………………………6楼
8、【序詞】 ………………………………………………………………………………………7楼
9、【掛詞】………………………………………………………………………………………10楼
10、【縁語】……………………………………………………………………………………11楼
11、【歌枕】……………………………………………………………………………………12楼
12、【本歌取り】………………………………………………………………………………13楼
13、【対句】……………………………………………………………………………………14楼
14、【折句】 …………………………………………………………………………………15楼
15、【擬人法】………………………………………………………………………………16楼
16、 【見立て】………………………………………………………………………………16楼
17、 【なれや】………………………………………………………………………………16楼
参考:
1、和歌の歴史…………………………………………………………………………………17楼
2、和歌の種類…………………………………………………………………………………18楼
3、主要な枕詞…………………………………………………………………………………19楼
4、代表的な掛詞………………………………………………………………………………20楼
5、主な歌枕と連想される事物……………………………………………………………21楼
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:05 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 00:58
ご存知の通り、和歌とは:日本に古くから伝わる詩の形式である。古くは短歌、長歌、旋頭歌など数種類あった、平安時代以降、それは事実上短歌のみとなった。
こう言うと、今に言う和歌は実に短歌である。短歌も日本に古くから伝わる詩の形式である。お正月によくやる百人一首歌合せも、すべてこの形式でよまれている。短歌は 五・七・五・七・七 の五句からなり、合計で31音であることから「三十一文字(みそひともじ)」とも呼ばれている。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:06 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 00:59
1
【五七五七七】
が和歌の基本のリズムである
和歌を詠む時、先ず五七五七七のフレーズに切る。指を折って数えると確実である。例えば:
あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
[3/恋/柿本人麿/拾遺集]
但しこのリズムは、時と場合によって意図的に崩される場合がある。本来の音数より多い場合を
「字余り」
、少なくなる場合を
「字足らず」
という。では、次に「字余り」を簡単に説明する。
2
【字余り】
今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな
[21/恋/素性法師/古今集]
この第四、五句が普通の和歌とちがって、七ではなく、八となる。此れが「字余り」という現象である。
字余りの句に共通した特徴は、ア行の仮名が含まれていることである。日本語は子音と母音の組み合わせで一つの音のかたまりを聞き取る仕組みになっているが、ア行の音は母音だけですから、一つ前の仮名の母音と融合してひと続きの音になって、二つの仮名で一つの音のかたまりに聞こえるのである。字余りであっても音余りにはならないのである。この法則を発見したのは本居宣長である。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:06 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 01:00
3 【句切れ】
結句(第五句)以外で意味上の区切り、または特定の句で切れている状態を指す。例えば:
[初句切れ] 契りかな//かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは
[42/恋/清原元輔/後拾遺集]
[二句切れ] わびぬれば 今はたおなじ//難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ
[20/恋/元良親王/後撰集]
[三句切れ] 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり//人知れずこそ 思ひそめしか
[41/恋/壬生忠見/拾遺集]
[四句切れ]わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと 人には告げよ//海人のつり舟
[11/羇旅/参議篁/古今集]
もちろん、和歌の中に句切れが無いこともあるし、一首の和歌の中に句切れが二個所以上場合もある、例えば:
[句切れなし] あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
[3/恋/柿本人麿/拾遺集]
[初句二句切れ] 人もをし//人もうらめし//あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は
[99/雑/後鳥羽院/続後撰集]
其れ以外に初句三句切れ、初句四句切れ、二句三句切れ、二句四句切れ、三句四句切れもある。此処に例を挙げ無い。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:06 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 01:03
4 【歌調】
「歌調」とは、歌のリズム、いわゆる「調子」のことで、今風の歌(音楽)でいえば「拍子」とか「ビート」とかにあたります。和歌の中に五七、七五の歌調が有る。
1)五七調: 雄大・素朴・男性的なリズム。力強く、荘重な調べとなる。「万葉集」に多い。一般てきに、二句・四句切れの和歌が五七調である。
例えば: わびぬれば 今はたおなじ
難波なる みをつくしても
逢はむとぞ思ふ
[20/恋/元良親王/後撰集]
2)七五調: 優美・なだらかなリズム。繊細・優美な調べとなる。『古今集』以後の歌集に多い。一般てきに、初句・三句切れの和歌が七五調である。例えば:
契りかな
かたみに袖を しぼりつつ
末の松山 波越さじとは
[42/恋/清原元輔/後拾遺集]
なお、句切れがあれば、格調は必然的に決まってくるが、句切れがないときは、意味のつながり(枕詞・序詞など)や言葉の使い方などから判断することになる。例えば:
これやこの
行くも帰るも 別れては
知るも知らぬも あふ坂の関
[10/雑/蝉丸/後撰集]
此処の七五調が対句という表現から判断されたんである。また、格調は、歌の雰囲気や印象を左右するだけではない。歌の内容もこれに従って述べられる。(つまり、句読点のようなもの。)格調をおさえておかなければ歌の意味を取り違えてしまう場合もある。例えば:
奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の 声きくときぞ 秋はかなしき
[5/秋/猿丸大夫/古今集]
この歌を[五七調]とみるなら、「紅葉踏み分け」と、「鳴く鹿」の間には断層があるので、「紅葉踏み分け」ているのは作者ということになる。
奥山に 紅葉踏み分け
鳴く鹿の 声きくときぞ
秋はかなしき
意味:
奥山に紅葉を踏み分け
鳴く鹿の声を聞く時こそ
秋は悲しいものだ
一方、[五七調]とみるなら、「紅葉踏み分け」は、「鳴く鹿」に従属する語句となり、「紅葉踏み分け」ているのは、「鳴く鹿」ということになる。
奥山に
紅葉踏み分け 鳴く鹿の
声きくときぞ 秋はかなしき
意味:
奥山に
紅葉を踏み分けて鳴く鹿の
声を聞く時こそ秋は悲しい
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:06 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 01:05
5
【倒置法】
主語と述語、修飾語と被修飾語などの文節の順序を入れ替えて語勢を強める表現技法である。修辞的効果を高め、読み手の注意を惹きつけることができる。例えば:
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか
[41/恋/壬生忠見/拾遺集]
6
【体言止め】
歌の末尾(第五句)を体言で止める表現技法である。述語が途切れた印象から、読み手にその後を想像させて余情や余韻を深めることができる。新古今時代に最高潮に達した。
例えば:
わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと 人には告げよ 海人の
つり舟
[11/羇旅/参議篁/古今集]
其の以外に、『小倉百人一首』の2番、10番、29番、31番などがこの技法が採用されている。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:07 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 01:08
7
【枕詞】
ある特定の語句の直前に置かれ、語調を整えたり、印象を強めたり、具体的なイメージを喚起するために用いられる表現技法である。そのほとんどは五音句からなる。例えば:
ちはやぶる
神
代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
[17/秋/在原業平朝臣/古今集]
ひさかたの
光
のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ
[33/春/紀友則/古今集]
ここで「ちはやぶる」が「神」にかかる枕詞で、「久方の」が「光」にかかる枕詞である
枕詞が以下の種類がある
1) 意味的な関連によるもの
a、修飾的
あかねさす
紫
野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(万葉集)
b、比喩的
降る雪の
白
髪までに大君に仕へまつれば貴くもあるか(万葉集)
2) 音的類縁性によるもの
c、音調的
浅茅原
つばらつばら
に物思へば故りにし里し思ほゆるかも(万葉集)
d、掛詞的 わが待たぬ春は来ぬれど
冬草の
か(枯*離)
れにし人はおとづれもせず(古今集)
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:07 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 01:11
8
【序詞】
具体的なイメージを与えて、ある語句を導き出すために用いられる表現技法である。枕詞と機能は同じであるが、一句からなる枕詞とは違って、数句からなる長いものである。かかることばも枕詞のように一定せず、自由に修飾できるため、和歌に複雑な効果を与える、『万葉集』によく使われている。例えば:
あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし
夜を ひとりかも寝む
[3/恋/柿本人麿/拾遺集]
その和歌に、初句から三句までは、『ながながし』を言う為の序詞。序詞は以下の三形態がある。
1)同音の繰り返しでかかる。
住の江の 岸に
寄る
波
よる
さへや 夢の通路 人目よくらむ
[18/恋/藤原敏行朝臣/古今集]
ここでは、「住の江の岸に寄る波」は「よる」を導き出す“序詞”。 この序詞の中の「寄る」は「寄せくる」の意味、つぎの「夜(よる) 」に同音のくり返しでかかる序。
2)比喩としてかかる。
わが袖は
潮干に見えぬ 沖の石
の 人こそ知らね 乾くまもなし
[92/恋/二条院讃岐/千載集]
第二・三句は比喩の序詞としての下の句にかかる。「寄石恋」という題で詠まれた歌。恋の嘆きに人知れず涙を流す我が身を、いつも海中に没している石にたとえている。この比喩は自然で巧みなので評判となる。
3)掛詞としてかかる。
たち別れ
いなばの山の 峰に生ふる
まつ
としきかば 今帰り来む
[16/離別/中納言行平/古今集]
「いなばの山の峰に生ふる」は「まつ」を導き出す序詞である。 「まつ」は「松」と「待つ」の掛詞である。 また、「いなば」は「往なば」と「因幡(稲羽)」の掛詞である。
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本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:07 编辑
]
作者:
洲洋
时间:
2005-12-20 20:06
太棒了
明天正好安排复习这部分
快要考了
急啊
呵呵
谢谢啦
太谢谢了
作者:
zeno
时间:
2005-12-20 21:56
太棒了,期待中
最好再来点日本文学史什么的,呵呵
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:05
9【掛詞】
同音異義語を用い、一つの語に二重の意味を持たせる表現技法である。「言い掛け」ともいい、「懸詞」の字をあてることもある。文脈が複雑になり、より豊かで奥行きの深い作品を構成することができる。『古今集』以後の和歌に盛んに用いられるようになり、散文でも謠曲、道行文などには多く用いられた。例えば:
わびぬれば 今はたおなじ 難波なる
みをつくし
ても 逢はむとぞ思ふ
[20/恋/元良親王/後撰集]
「みをつくし」は、「身を尽くし」と「澪標」の“掛詞”。
名にし負はば 逢坂山の
さね
かづら 人に知られで
くる
よしもがな
[25/恋/三条右大臣/後撰集]
「逢」は「逢ふ」と「逢(坂山)」の、「さね」は「さ寝」と「さね(かづら)」の、「くる」は「来る」と「繰る」の、それぞれ“掛詞” である。
また、掛詞も二種類がある、下に例を挙げて説明しよう。
1) 前後の文脈をつなぐ掛詞
ももしきや 古き軒端の
しのぶ
にも なほあまりある 昔なりけり
[100/雑/順徳院/続後撰集]
2) 前の語句を並列的に受ける掛詞
山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も
かれ
ぬと思へば
[28/冬/源宗于朝臣/古今集]
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:07 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:07
10 【縁語】
ある語を中心として、それに関連の深い語群を意識的に用いる表現技法である。文脈が複雑になり、より豊かで奥行きの深い作品を構成することができる。掛詞と共に用いられることが多い。中古以後の歌学に於いて重んじられた修辞法で、題詠の場合、特に重視され、『新古今集』に盛んに表れている。例えば:
みちのくの しのぶ
もぢずり
たれ故に 乱れ
そめ
にし われならなくに
[14/恋/河原左大臣/古今集]
「みちのくの しのぶもぢずり」は「乱れ」を導き出す序詞である。「そめ」は「初め」と「染め」の掛詞である。 「もぢずり」「そめ(染め)」は縁語である。
住の江の 岸に寄る波
よる
さへや
夢
の通路 人目よくらむ
[18/恋/藤原敏行朝臣/古今集]
「よる」は「寄る」と「夜」の“掛詞” である。「よる」と「夢」は“縁語” である。
かくとだに えやは
いぶき
の さしも
草
さしも知らじな
燃ゆる
思
ひ
を
[51/恋/藤原実方朝臣/後拾遺集]
「いぶき」は「伊吹」と「言ふ」の“掛詞”。 「思ひ」は、「思ひ」と「(思)火」の“掛詞”。 「いぶき」「もゆる」「(「思ひ」の)ひ」は、「もぐさ」の“縁語”。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:07 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:10
11 【歌枕】
古来より繰り返し和歌に詠み込まれてイメージの固まった地名。そのイメージにより歌に余情を持たせ、また特定の連想を促す表現技法として用いられる。例えば:
これやこの 行くも帰るも 別れては しるもしらぬも
あふ坂
の関
[10/雑/蝉丸/後撰集]
逢坂
:滋賀県大津市逢阪。山城・青海国境にあたり、機内の北限の関があって、ここを過ぎると東国であった。今も幹線道路と鉄道が並行して走る、交通の要衝である。関跡の近くには蝉丸を祭った神社がある。62の清少納言の歌にも「逢坂の関」が詠まれ、25の三条右大臣の歌には「逢坂山」の名が見える。「
逢坂
」は「
難波
」と共に百人一首で最も多く登場する歌枕である
名にし負はば
逢坂山
の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
[25/恋/三条右大臣/後撰集]
夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに
逢坂
の
関
はゆるさじ
[62/雑/清少納言/後拾遺集]
難波
潟 みじかき蘆の ふしの間も あはでこの世を すぐしてよとや
[19/恋/伊勢/新古今集]
難波
江の 蘆のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき
[88/恋/皇嘉門院別当/千載集]
等々
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:07 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:11
12 【本歌取り】
有名な古歌を意識的に取り込み、その歌の持つ情緒や趣向を取り入れる表現技法である。本歌を連想させることによって構成が重層的になり、余韻を深めることができる。例えば:
浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき
[39/恋/参議等/後撰集]
此の和歌が「本歌取り」の技巧が使われている。その本歌は:
浅茅生の 小野の篠原 忍ぶとも 人知るらめや いふ人なしに(詠み人知らず)
『古今和歌集』「巻十一・恋歌一」
である
契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 浪越さじとは
[42/恋/清原元輔/後拾遺集]
この歌には“本歌取り”という技巧が使われている、本歌は
君をおきて あだし心を わが待たば 末の松山 浪もこえなむ(東歌)
『古今和歌集』「巻二十」
である。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:08 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:12
13【対句】
類義語や対義語を並べ、一対のものとして表現する。特に超過にみられる。例えば:
これやこの
行くも帰るも
別れては
しるもしらぬ
も あふ坂の関
[10/雑/蝉丸/後撰集]
「行く」と「帰る」、「しる」と「しらぬ」が、それぞれ対句である。
月
みれば
ちぢ
にものこそ 悲しけれ
わが身一つ
の 秋にはあらねど
[23/秋/大江千里/古今集]
「ちぢ(千々)」と「一つ」、「月」と「わが身」がそれぞれ対句になっている。この辺りにも、漢詩的要素がある。
いにしへ
の 奈良の都の
八重
桜
けふ九重
に にほひぬるかな
[61/春/伊勢大輔/詞花集]
「いにしへ」と「けふ」、「八重」と「九重」が、それぞれ対になっている。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:08 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:13
14【折句】
これは特別な修辞技巧である。折句は一つ一つの句に、それぞれ一文字ずつ言葉を分けて隠す遊びだそうである。では、例を挙げて此の下の和歌のそれぞれの最初の文字を拾って見ろう:
唐衣 着つつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ
から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ
「かきつはた」……カキツバタという植物の名が出てくる。これは折句という者である。最後の文字に言葉が現れるのを「沓(くつ)」という。次の歌をみて下さい。
夜も涼し 寝覚めの仮庵(かりほ) 手枕(たまくら)も 真袖(まそで)も秋に 隔てなき風
よるも憂し ねたく我が背子 果ては来ず なほざりにだに しばしとひませ
表向きは男女の恋のやりとりであるが、最初の歌の折句には「よねたまへ(米給へ・米を下さい)」、沓(後ろから読むのです)には「せにもほし(銭も欲し・金も欲しい)」という言葉が表れる。一方返歌の方には、折句に「よねはなし(米は無し・米はない)」、沓に「せにすこし(銭少し・お金なら少しは)」という言葉が隠れている。これは『徒然草』の吉田兼好と友人であった頓阿のやりとりである。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:08 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:14
15【擬人法】
ある事柄を人間の行為や感情になぞらえる表現技法。想像力を呼び起こし、読み手の注意を惹きつけることができる。例えば:
小倉山 峰のもみぢば こころあらば 今ひとたびの みゆき待たなむ
[26/雑/貞信公/拾遺集]
「小倉山」はいうまでもなく京都嵯峨野にある名山。定家がこの「小倉百人一首」を撰したのもこの山の山荘である。ここでは小倉山の峰の紅葉を擬人化にする、その美しさをそのままに、どうか散らずにいておくれ。もう一度帝の行幸の日を待っていて欲しい。
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ
[36/夏/清原深養父/古今集]
ここでは月を人間になぞらえている。 (月は、夜歩き、昼間はどこかの雲に宿をとって寝る)
16 【見立て】
和歌に多く用いられる「見立て」の表現は、本来はまったく別のものであるものを、共通点に着目して、同じものだとして考えたり扱ったりすることで、いわゆる「比喩」のことである。例えば:
田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
[4/冬/山辺赤人/新古今集]
富士が真っ白な衣を着ている、と見立てたことになる。
天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
[12/雑/僧正遍昭/古今集]
舞姫を天女に見立て、空の風に向かって呼びかけるという趣向には柄の大きな華やかさがある。
山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり
[32/秋/春道列樹/古今集]
事実としては、山の中の川に散った紅葉が流れきらないのを、しがらみをかけたとしている。此れは「紅葉」を「しがらみ」に見立てたもの。また、本来しがらみは人がかけるものなのに、風がかけたとしている。これは「風」を擬人化したものである。
「見立て」で、いろいろな歌を調べまして、【なれや】という現象を発見することができる。
17 【なれや】
『古今和歌集』の中の恋の歌に「なれや」を使ったものがいくつかある。「なれ」は断定「なり」の已然形、「や」は疑問の係助詞である。「AはBなれや」という構文で、「AはBなのだろうか、そうではないのだけれどなあ」という、ついついぼやきたくなるような思いを表現する。例えば:
秋の野に 置く白露は 玉なれや つらぬきかくる くもの糸すぢ
[古今和歌集/巻四/225/文屋朝康]
秋の野に置く白露は珠であろうか、蜘蛛の糸がそれを貫いて掛けている、という歌。 "つらぬきかくる" は、貫いて(草などの間を)渡している、という感じか。 この歌は 「白露=玉」の譬えを 「蜘蛛の糸」で再び写実に戻しているところがポイントである。 「白露」も 「蜘蛛の糸」も透明なイメージがあるので、その背景である "秋の野" をどう見るかによって印象が変わってくる。
わが恋は 深山隠れの 草なれや 茂さまされど 知る人のなき
[古今和歌集/巻十二/560/記友則]
この和歌は、「我が恋」を「深山隠れの草」に見立てています。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:08 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:17
附1、和歌の歴史
和歌には、上代を中心に「和する歌」、すなわち「相手に詠み返す歌」の意味での用例も見られる。奈良時代には、やまとうたに当たる意味の言葉は倭歌と表記された。
和歌(やまとうた)の詩形は本来、長歌に見られるような五・七を繰り返し最後に七を加えて終わるものであり、その形は短歌にも継承されている。そのため、万葉集など奈良時代以前の和歌は、五・七を一単位として詠み最後に七で終わらせると、歌の意味とリズムが合致してしっくりと読めるものが多い。(五七調とも)
しかし平安時代以降短歌が主流になると、五・七の単位ではなく、五・七・五を上の句、七・七を下の句、と分ける現代同様の七五調の短歌の詠み方が一般的となる。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:08 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:18
2、和歌の種類
長歌
五・七を繰り返し、最後を五・七・七もしくは七で終わらせる形式。万葉集に多く見えるが、古今集の時点ではすでに作られなくなっている。多く反歌と呼ばれる、歌の要約などに使う短歌を付す。
短歌
現代では一般的に和歌といえば狭義には短歌のこと。五・七・五の上の句、七・七の下の句から成る。
旋頭歌
五・七・七・五・七・七の形式。
その他
薬師寺の仏像に彫られていた、仏足石歌碑体(五・七・五・七・七・七)。また「片歌(かたうた)」(五七七、不完全な歌の意)、「連歌(れんが)」(五七五・七七。五七五と七七は別の人が詠む)と言う形式もある。
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:08 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:18
3、主要な枕詞
あかねさす(茜さす)→日、昼、照る、君、紫
あしのねの(葦の根の)→ねもごろ(懇)、別けて、短し、憂き、よ(世・夜)
いわばしる(石走る)→たき(滝)、たるみ(垂水)、あふみ(近江)
うばたまの(烏羽玉の)→黒、夜、夕、月、暗き、今宵、夢、寝\
ころもでの(衣手の)→ひだ(襞)、手長(たなが)、ま、なぎ
ひさかたや(久方や)→あめ(天)、あま(天)、そら(空)、月、雨、雲、光、星、夜
等等……
[
本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:09 编辑
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作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:18
4・代表的な掛詞
なみ 波・無み はる 春・張る ひ 火・思ひ・恋ひ
あき 飽き・秋 ひとよ 一夜・一節 かれ 枯れ・離れ
ふみ 文・踏み ながめ 長雨・眺め まつ 待つ・松
あかし 明かし・明石 きく 菊・聞く うら 浦・裏・心(うら)
あふ 逢ふ・逢坂 おく 置く・起く う 憂し・浮く・宇治
かた 潟・形・難し かり 借り・狩 しか 然か・鹿
よ 夜・節・世 ふる 降る・経る・古る・振る・故郷 もる 漏る・守る
いる 入る・射る いふ 言ふ・夕・結ふ
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本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:09 编辑
]
作者:
rikokushin
时间:
2005-12-20 23:19
5、主な歌枕と連想される事物
歌枕 連想される事物 歌枕 連想される事物
飛鳥川 明日、世の無常 逢坂 逢う、岩清水
伊勢の海 海人、貝 伊吹山 風、さしも草
宇治 憂し、網代 音羽山 音
春日野 若草、若菜 交野 桜、狩り
住江、住吉 松、忘れ草、神 末の松山 心変わり
高砂 松、桜、鹿 龍田川 紅葉
筑波山 峰 鳥部山 火葬の煙
長柄の橋 古びたもの 宮城野 萩、露
三輪 杉、待つ 吉野山 雪、桜、隠遁
小倉山 紅葉、鹿 姨捨山 月
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本帖最后由 rikokushin 于 2008-7-13 12:09 编辑
]
作者:
洲洋
时间:
2005-12-21 23:11
太太太太太太..................棒了
太太太太太太太......................感谢了
可是我还是不会翻译成准确的现代日语
一学期的古文没好好学
考试突击了
现在又差不多全忘了
哎
为了专八
再突击了
....
作者:
洲洋
时间:
2005-12-21 23:16
能不能请你解释一下押韵啊?
做题的时候出现
但是不太清楚
请教
作者:
风筝遇上风
时间:
2005-12-22 15:14
すごく助かりました。ありがとう。
作者:
新世代黑组长
时间:
2005-12-26 23:05
哈哈老师曰,老狼同学是个好学生,奖励一朵小红花
作者:
我顶你个肺
时间:
2006-8-16 21:47
qiang ren
作者:
ST0123
时间:
2010-8-10 14:59
好棒啊~
作者:
私房猫
时间:
2010-10-28 20:30
恩 这个可以借鉴哦 我也要去考专八啊
作者:
pentilun
时间:
2012-8-13 13:18
真是很详细,终于对和歌有了更深一点儿的认识。
作者:
不如微笑
时间:
2012-10-5 20:07
太好了,谢谢楼主
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