3.2 特性基
さきに述べた3種の基本となる化合物に特性基が置換(炭化水素の水素原子1個が基で置き換えられる)されて,新たな有機化合物ができあがる.このような観点から,置換された特性基を接頭語(または接尾語)として基本構造の化合物と組み合わせて呼称する命名法を置換命名法という.命名法としてはほかに,基官能式,付加式,除去式,接合式などがあるが,それらについては参考文献を参照されたい.
特性基の中には,接頭語としてしか用いられないものが決められている(表3.3).これら以外の特性基は,接頭語にも接尾語にも用いられるが,接尾語として用いられる特性基を主基という.2つ以上の特性基が含まれる化合物では,いずれを接尾語に用いるべきかの順位を決める必要がある.主基として呼称される順位を含めた主な特性基を表3.2に示す.
表3.2 置換命名法で用いられる特性基の接尾語と接頭語
表3.3 接頭語としてのみ呼称される特性基
a)置換の位置と数の表わし方
基本の化合物の炭素原子に番号をつけ,どの炭素に置換がおこっているかを示す.また,1つの化合物に同種の特性基が2つ以上ある場合はその数に応じて特性基の呼称の前にジ(di),トリ(tri),テトラ(tetra)などのギリシア数詞をつける.
i)脂肪族化合物
鎖式炭化水素では,側鎖や置換の位置を示す番号が最小になるように直鎖の炭素の端から番号をつける.
アミンは,位置番号を記さない特定の置換基である.すなわち,本来は炭化水素を基本化合物とすべきであるが,アミンの場合に限っては,アンモニアを母体化合物に用い,その誘導体として表記する.
例 CH3CH2NHCH3 エチルメチルアミン(ethylmethylamine)
H2NCH2(CH2)4CH2NH2
1,6‐ヘキサンジアミン(1,6‐hexanediamine)
ヘキサン‐1,6‐ジアミン(hexane‐1,6‐diamine)
ただし,ヘキサメチレンジアミン(hexamethylenediamine)という名称も認められている.
さらに,非対称の第2級および第3級アミンの場合には,その中で最も複雑な基を選び,その第1級アミンの窒素原子(N)にさらに置換基を導入したものとして命名することがある.その場合,置換基の位置を大文字のイタリック体Nで示す.
例 CH3CH2CH2N(CH3)2 N,N‐ジメチルプロピルアミン(N,N‐dimethylpropylamine)
脂環式化合物の場合も,鎖式化合物と同様に置換のおこる位置の番号が最小になるように番号づけを行なうが,不飽和結合があるときはその位置が最小となるようにする.
ii)芳香族化合物
ベンゼンでは,二置換体に対しては1,2‐,1,3‐,1,4‐のかわりに特にオルト(ortho,o‐と略記),メタ(meta,m‐),パラ(para,p‐)を用いる.
三置換体は,脂環式化合物と同じように1,3,5‐トリメチルベンゼンなどと呼称する.
縮合環の位置番号は次の方法で決める.まず,ベンゼン環を縦にして縮合環が水平方向になるべく多く並ぶようにし,さらになるべく多数の環が右上の区画に入るようにする.このような配置が2つ以上ある場合は左下の区画にくる数をなるべく少なくする.炭素の位置番号は,一番上で一番右の環の縮合位置の隣の原子から時計まわりの方向につける.2つ以上の環に共有されている炭素原子には番号をつけない.ただし,アントラセンとフェナントレンの位置番号は,この規則の例外である.
また,環が縮合した位置を表わすには基本骨格につけた番号の1‐2の位置をaとし,環にそってアルファベットを当てはめていく.
また非隣接2重結合が多い縮合環系では,2重結合の位置によって複数の異性体が存在することがある.その中で水素原子の位置さえ示せば同じ名称が使えるときは,水素原子の位置番号の次にイタリックのH(指示水素,indicated hydrogenとよぶ)をつけて区別する.
iii)複素環化合物
異種原子から番号をつける.異種原子が複数あるときは,片方からつけはじめ相手の番号がなるべく小さくなるようにつける.
縮合複素環化合物の番号は,芳香族の縮合環に準じてつけられる.
b)炭素原子を含む特性基
COOH,CHO,CN,CONH_などは,炭素原子を特性基のものとみなすか,基本化合物に属すとみなすかによって2通りの命名が可能である.表3.4の( )でくくったCまたはCHは,基本化合物に属しているとみなす.
表3.4
カルボン酸では,非環式のものは表の命名法Ⅱに従い,環式のものはⅠに従うのがふつうである.
同様にアルデヒドでも,環状アルデヒドはⅠに従い,非環状のものではⅡによって命名されるのがふつうである.CN,CONH2についても同様である.これ以外にも2通りの命名が可能なものがある(表3.2).
c)特性基が2つ以上ある場合
1つの化合物に2つ以上の特性基があるとき,どれを主基とすべきかという順位についてはすでに述べた(表3.2).主基を決めた後は,基本名から分離可能な接頭語をアルファベット順に(位置や数を示す語を冠して)並べる.
3.3 化合物名から化学式の誘導法
与えられた有機化合物名から,どのようにして化学式を誘導するかについて,その手順を簡単に述べる.
まず,化合物名を次の3つの部分にわける.
母体化合物+接尾語+接頭語
次に各部分について母体化合物は脂肪族,芳香族,複素環化合物のどれに属するかを見分け,接尾語から判明する主基または母体化合物の不飽和度を確定し,接頭語から残りの特性基(およびその位置と数)を知る.
例1 2‐メチル‐2‐ペンテン酸(2‐methyl‐2‐pentenoic acid),または2‐メチルペンタ‐2‐エン酸(2‐methylpent‐2‐enoic acid)
母体化合物は2‐ペンテン(2‐pentene,ペンタ‐2‐エンpent‐2‐ene)である.
接尾語から1位がカルボン酸になっていることがわかる.
CH3‐CH2CH=CH‐COOH
さらに接頭語から2位のHがメチル基で置換されていることがわかり,結局次の化学式が導かれる.
例2 o‐ホルミルベンゼンスルホン酸(o‐formylbenzenesulfonic acid)
母体化合物はベンゼン.接尾語からSO3Hが置換していることがわかり,さらに接頭語からSO3Hに対してオルトの位置にCHOが結合していることがわかる.ゆえに図のような手順で化学式が求められる.
例3 1‐メチル‐5‐アザ‐2,8,9‐トリオキサ‐1‐シラ‐トリシクロ[3.3.3.1_4,7]ドデカン
(1‐methyl‐5‐aza‐2,8,9‐trioxatricyclo‐1‐sila‐[3.3.3.1_4,7]dodecane)
母体となる化合物は,トリシクロ[3.3.3.1_4,7]ドデカンである.このことから,炭素原子12個からなる3環式化合物であることがわかる.3環式化合物は,基本となる2環式(この場合はビシクロ[3.3.3])化合物に,さらに架橋してできるものであるから,ビシクロ[3.3.3]ウンデカンをまず描き,番号を入れる(a).3環式にするための架橋は4と7を結び,間に1つ炭素が入る(b).さらに接頭語から,5位にN,1位にSi,2,8,9位に酸素原子3個が炭素を置換して入り,1位のSiには1個のCH_が結合していることがわかる(c).
3.4 慣用名(通俗名)
すでに記した複素環化合物などの他に,古くから知られている脂肪族や芳香族化合物に対してもIUPAC命名法によらない慣用名が認められているものがある.表3.5にそれらのうちのごくわずかの代表例を示す.これらの慣用名から化学式を系統的に書き出すことは不可能である.
表3.5 慣用名
|