三 江戸へ(3)
妙な男である。武士は、障子を開けっ放しにしたまま、黙って一座を見下ろしている。
お登勢は気づかぬふりをして、竜馬を相手に他愛もない話を続けていた。
寝待ノ藤兵衛だけは、
(不浄役人か)
一瞬ぎくりとしたらしいが色には出さず、いかにも堅気の旅商人たしく膝小僧をそろえ、小鉢のなかのものをつまんでいる。やがて武士は、
「失礼した」
障子を閉め、姿を消した。
(おかしな野郎な)
三.赴江户(三)
那武士有些蹊跷,拉开了移门,一声不吭地俯视着在座的几个人。
登势只当没看见,继续只跟龙马一个人说着话。
倒是夜猫子藤兵卫心里“咯噔”了一下,
(臭当差的?)
可他脸上一点儿也没带出来,摆出一副正经商人的样子,将膝盖头并紧,拣小钵里的小菜吃。不一会,那武士说一声:
“打扰了”
拉上移门,便不见了身影。
(来者不善呐)
藤兵衛は、さすがにその道で苔の生えた盗賊だけあって、武士の人体をそれとなく横目で観察してしまっていた。
浪人であった。旅汚れた黒の紋服(もんぷく)を着ており、紋所(もんどころ)は六本矢車(ろくほんやぐるま)だったと記憶している。まだ若いのに小びんのあたりの毛がむしられたように禿げていたのは、よほど剣術の修業を激しくやった男なのだろう。ただ、印象に、ひやりとするような暗いかげがあった。
藤兵卫不亏是个久历江湖的梁上君子,刚才他已不动声色地用冷眼打量过了那武士的周身上下。
那家伙是个浪人。只见他身穿一领黑色纹服(印有族徽的和服),已在旅途中弄脏了,记得那族徽乃是六羽攒心纹○1。年纪尚轻,然而鬓角处的毛发却像被拔掉了似的,光光的,可见他练剑下过苦功。然而,给人的印象中透着一种阴鸷。
「お登勢さん、今の浪人、宿帳ではなんという名になっているのかね」
と藤兵衛が聞くと、
「さあ」
お登勢も、客として始めて見る顔だったから、手をたたいて番頭に宿帳を持って来させた。
「奥州白河浪人初瀬孫九郎」
「これア、うそ名だね」
「どうしてわかるのどす?」
「六本矢車紋は、人間を斬った顔だよ。眼でわかる」
と藤兵衛は大真面目だった。
「人を斬って退転(たいてん)し、いま討手(うって)に追われている。あの男はわれわれをその討手とみた。だからいきなり障子を開けて確かめたのさ」
“老板娘,刚才那个浪人,循环簿上记的啥名字?”
“奥州白河浪人初濑孙九郎”
“假的吧”
“你怎么知道的?”
“那个六羽攒心纹,一副杀过人的脸色。看他的眼睛就知道了”
藤兵卫一本正经地说道。
“他杀人心虚,正被仇家所追杀,以为我们便是那仇家,所以猛地一下拉开了移门来查看的”
翌日、竜馬と藤兵衛は伏見を発った。
途中、雨の日が二日、風の日が二日あった。
桑名の渡しでは風浪が激しくて船待ちに一日を無駄にしたが、あとは東海道は快晴がつづき、竜馬には快い初旅なになった。
宮(熱田)
岡崎
御油
と泊まりを重ねて、竜馬の足はすっかり旅に馴れた。足が軽い。
翌日,龙马和藤兵卫离开了伏见。
途中,两天下雨、两天刮风。
抵达桑名渡口时,正值风急浪高,为等船白白浪费了一天光阴,之后,登上了东海道就是一路的响晴白日了,对第一次出门的龙马来说,可谓是一次愉快的旅行。
宫宿(热田)、冈崎、御油,一次次的夜宿,龙马的脚已完全适应了赶路,脚步也轻快起来了。
その浪人は再び見かけたのは、参州吉田(豊橋)の宿の茶店で昼代わりの餅を食べていた時であった。
深編笠(しんへんがさ)を傾け、よれよれの野ばかまをつけて、茶店に入ってきた。風体のわりに大小の拵えだけは不相応に立派で、銀のつかがしらをつけ、黒たたきの鞘、紫の下げ緒を腰間にみせている。
「坂本の旦那、六本矢車紋ですぜ」
「……」
竜馬は、黙って餅を食っている。
深編笠はどういうつもりか、竜馬の前でゆっくり笠をとり、聞き取れぬほどの低い声で、
「先日は失礼つかまつった」
この時藤兵衛は横から竜馬の顔を惚れ惚れと見た。この田舎者は、そっぽをむき、返事をせずに、悠然と餅を食っているのである。
在参州吉田(丰桥)客栈的茶铺里吃充当午饭的米糕时,他们又见到那个浪人。
只见他头戴一顶罩得很深的草帽,下穿一条诌巴巴的旅装裙裤,踏进了茶铺。模样不怎么样,插在腰间的长短两柄刀却很气派,银护手、黑漆鞘、紫色的绶带腰下飘摆。
“坂本少爷,六羽攒心纹”
“……”
龙马一声不吭地吃着米糕。
那深罩草帽不知何故,来到龙马面前慢慢地摘下草帽,用低得几乎听不清的声音说道:
“前些日子,冒昧了”
这时,藤兵卫看着龙马的侧面,简直看呆了。因为这个乡巴佬竟然扭过了脸,不理不睬地,悠然地吃着米糕。
「卒爾ながら」
浪人は、むっとしたらしい。
「先日の非礼をわびておる。足下にはお耳がござらんのかな」
「――」
竜馬は、無邪気な顔で往来を見ながら餅を食っている。目の前に人間いっぴきが立っているなどは、蝿が飛ぶほどにも思っていない顔であった。
(これは、いよいよたいしたたまだな)
藤兵衛はますます惚れてしまった。うまれて、こんな度胸のいい男を見たことがない。
しかし藤兵衛にすれば捨てておくわけにも行かなかった。相手の浪人はよほど癇癖(かんべき)の強い男らしくすでに眉間に赤黒い血をのぼらせている。何をするか分からなかったし、腕も立ちそうであった。
“劳驾”
那浪人有点上火了。
“前日冒犯,这厢在赔不是呢。足下莫非没带耳朵?”
“——”
龙马满脸天真地,一边看着大路一边吃着米糕。眼前分明站着个大活人,可对他说,似乎只是飞过了一只苍蝇。
(这下,越发地显得是个了不起的人物了)
藤兵卫越发地仰慕龙马了。自出生以来,他还没见到过这么有胆量的汉子。
龙马不理不睬,藤兵卫可不能坐视不管。因为那个浪人眉宇之间已经充血发紫,看来脾气不小。不知他会干出什么事来,本领看来还不弱。
「旦那。こちらのこちらの旦那が今何かおっしゃってるんだ。お耳に入らないんですかい」
「そうか」
竜馬はにこにこした笑顔をむけけ、
「かわりに聞いておいてくれ」
竜馬は茶代をおき、往来へ出てしまった。その瞬間、背中に抜き打ちの殺気を感じたが、
(なあに、斬られれば死ぬまでさ)
城が見えていた。松平伊豆守(まつだいらいずのかみ)七万石の居城である。櫓の背後に、眼に痛いほどの白い雲が湧き上がっているのが、絵よりも美しかった。
(江戸につくころには、すっかり初夏だな)
もう、浪人のことは忘れている。
“少爷,这位大爷在跟您说话呢,您没听见吗?”
“是吗?”
龙马笑嘻嘻地转过脸来,说道:
“你替我听一下吧”
龙马撂下茶钱,来到大路上。就在那一瞬间,他的后背感到了一股抽刀突袭的杀气,
(有什么啊,砍上了大不了就是一死呗)
他眺望着城郭。那是松平伊豆守○2七万石所居住的城池。箭楼后,翻卷的白云,耀人双眼,真是美不胜收。
(到江户之时,该当初夏了吧)
他已经把那浪人忘得一干二净了。
十五、六丁ばかり行って夕暮村の土橋にさしかかったとき、藤兵衛が息せき切って追いついてきた。
「野郎、ひどく怒ってましたぜ」
といった。
「そうかな」
「旦那を斬る、といってやがった。旦那となら、どっちが腕が立ちますかね」
「それア、間違いなく向こうが強かろう」
「あきれたねえ、旦那は。あいつは本当に抜きそうでしたぜ」
「もともと、あの男はおれになんのようがあったのかね」
龙马走过十五六丁(1丁=109米多一点)来到夕暮村的土桥边时,藤兵卫上气不接下气地赶了上来,说道:
“那家伙,火冒三丈”
“是吗?”
“说是要砍了少爷呢。少爷与他,谁更厉害些呢”
“那当然是他厉害了”
“服了你了。那家伙刚才可真的要拔刀了”
“那家伙,本来找我有什么事吗?”
「なんでもねえ。奴はやっぱり敵持(かたきもち)らしいんでさ。それも殊勝に逃げ回ってれゃ何だが、逆に返り討をねらって討手の連中をさがしているらしい。伏見寺田屋での一件は、やはり、われわれを討手と思い違いしたもんでしょう。さっきの吉田の宿の茶店では、われわれ二人とよく似た年格好の二人連れを街道で見なかったか、と訊こうと思ったらしいんです」
「なんだ、それだけのことか」
竜馬は自分がおかしくなってきたらしい。
「なにがおかしいんです」
“倒也没什么事。那家伙真是被人追杀来着。没命地四处逃串,同时也在寻找仇家的杀手,想干掉他们。伏见寺田屋那一节,似乎是将我等误认为仇家的杀手了。刚才在吉田客栈的茶厅里,是想问一下我们,路上是否看到两个模样与我们相仿的人”
“什么,就这点事啊”
龙马自己也觉得好笑起来了。
“有什么好笑的?”
「おれはまた、あいつは強請りかと思ったんだ。大坂でも岡田以蔵にとられてるから、これ以上盗られてはかなわんと思って、胴巻を上からしっかりおさえていた」
「冗談じゃない。そんなしおらしい顔つきじゃなかったですよ」
「おれの顔か。仏頂面は地顔だ」
「しかし、旦那は事が多いねえ。きっと旦那の一生は途方もなくにぎやかそうですよ。初旅そうそう、辻斬りに出会ったり、敵持にねらわれかけたり」
(たったいまも泥棒と連れ立って歩いていたり)
竜馬も、あきれている。
「しかしあいつは、伏見寺田屋で宿帳を見たのか、だんなの名前も行き先も知っていましたぞ。あいつは執念ぶかいからきっと意趣返しに来る」
「それはいい。江戸の修業の励みになる」
“俺还因为那家伙是来敲竹杠的呢。在大阪已给冈田以臧拿掉了点,要是再给敲掉一点就吃不消了。所以一直紧捂着缠腰来着”
“开什么玩笑。你刚才可没这么轻松啊”
“俺的脸吗?俺的本相就是板板的啊”
“话说回来,少爷的事也真多。少爷的一生想来也是轰轰烈烈的。头一回出门,就遇上了试刀的,又差点被亡命徒盯上”
(眼下不就正和小偷结伴同行着么)
龙马自己也觉得匪夷所思。
“不过,那家伙或许在伏见寺田屋看过循环薄,知道少爷的名字和去向。人又执拗好计仇,肯定会来报复的”
“行啊。这对俺在江户练功是个激励。”
さいわい、六本矢車の浪人に追いつかれることなく、二川(ふたがわ)、白須賀の宿をすぎ、竜馬と藤兵衛はやがて潮見坂にさしかかった。
(ほう)
眼が洗われるような思いがした。
右手に遠州灘七十五里の紺碧(こんぺき)がひろがっている。左手には、三河、遠江、駿河の山々が、天のすそを濃淡の青で染め分けて重なっていた。
しかもこの壮大な風景には主役がいた。富士である。竜馬にとって始めて見る富士であった。
富士は不思議な色をしていた。峰の雪が夕方の光をあびて真赤に染まっているくせに、すそは風にも堪えぬほどに軽い藍色の紗を引いているようであった。
幸好,没被那个六羽攒心纹的浪人赶上,过了二川、白须贺的宿头,龙马和藤兵卫很快就来到了潮见坂。
(嚯)
眼前一亮,眼珠子像是刚洗过的一样。
右边是远州滩七十五里的碧绿海空。左边是三河、远江、骏河的巍巍丛山,遥远的天际被染成浓淡不同的蔚蓝色,分别与各处的风景叠合在了一起。
更有甚者,在这壮丽的风景中还矗立着一位主角。那便是富士山,龙马初次看到的富士山。
富士山的风光瑰丽多姿,简直是匪夷所思。山顶上的积雪沐浴在夕阳之中,被染成了鲜红色,可山脚下却像是扯了一领弱不禁风的蓝色轻纱。 |