C9 B+ F* Q- k5 _% y, `; x2 U【外来者】 , _( I' Z) X6 [
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出处:『小さな手袋』; B7 Y. X0 p- n/ U% [' w
作者:小沼 丹(おぬま たん)
! Z1 M& r' o' A( J(1918年~ )7 ]9 K; x" y# N) x$ E
本名は小沼救(おぬま はじめ)。小説家・英文学者。早稲田大学教授。
. r, ]7 {) T; h; o$ i# H 『小さな手袋』は昭和五十年(1975年)までに書かれたもので、71編の随筆を収録。「外来者」はその中の一つである。
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0 l" n8 U! j! h 外国人の来訪をうけた大隈会館のひとこまとか、早慶戦や大学の先輩とかいった、身近な話題をユーモラスに扱った文学的エッセイ。% Z1 G% |9 t8 }) |. \
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①大隈会館:早稲田大学の大隈講堂に隣接する大隈庭園内に建つ旧大隈重信邸。
. X, W) C9 n# {2 [$ ]# M②早稲田大学:東京都新宿区内のキャンパスを中心とする私立大学。大隈重信が明治十五年(1882年)に小野梓・高田早苗らと創立した東京専門学校を、同三十五年に現名称に変更。現在九学部がある。" u$ N6 Y+ Y9 r2 f4 Y8 _
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外来者
3 {2 N x2 ]& G* X5 x" \0 v4 b7 q 学校のなかに大隈会館(おおくまかいかん)という建物があって、かなり広い芝生の庭を見ながら、食事したり茶を飲んだりできるようになっている。季節の花にも事欠かぬから例えば遠くの藤の花を眺めながらビールを飲むこともできる。しかし、ビールを飲んだりしていると、ロビーの方が急ににぎやかになることがある。ははあ、また現れたなと思う。たちまち、周囲は外国人と学生の群れで一杯になってやたらに英語が氾濫する。外国人連中は観光バスでやってくるらしく、どういう仕掛けになっているのか知らないが、三、四人の外国人に学生が何人か付き添った組が幾つかも出来て、テーブルに座っておしゃべりするのである。陽気のいいときだと庭を一周してテーブルに着く。あるいは、さんざんおしゃべりをした挙げ句、庭を一周して帰って行く。学生にとっては英会話の練習に絶好の機会なんだろうが、向こうの連中は一体どんな気でいるのかしらん?. q! o' O8 b, ? G W
いつだったか、一人で食事していたら例によってその一隊が繰り込んで来て、隣のテーブルに四人の婆さんと一人の真面目そうな学生が座った。見回すと、そのときは学生の数が不足していたものらしく、どのテーブルも外国人の方が多い。ビールを飲みながら隣のテーブルの話を聞くと、学生は何やら暗記してきたような口調で学校の話をしている。創立以来何十年とか、どんな講義があるとか、何時間やるとか、そんな意味のことを得意そうにしゃべっている。四人の婆さんを見ると、いずれも学生の口もとを見ながら熱心に耳を傾けているらしく、ときどき、オーとか何とか相づちを打つ。
' h0 L( z" K. y4 |* K. I3 x! I すると、突然、水玉模様のコートを羽織った白髪の婆さんが、
& ?4 X3 Q8 U* y ――それは何という大学であるか?/ p! m; W& w; i1 Y7 _
と質問を発した。やれやれ、どこに連れて来られたと思っていたのだろう?聞いていた僕は大いにがっかりして、内心学生に同情した。しかし、学生は一向にがっかりした表情など浮かべない。むしろ誇らしげに、早稲田大学であると答えた。% A! n( v& i2 q9 K
――早稲田大学……、と婆さんは二度ばかり繰り返した。
- o1 e, ~1 [( v, ]0 O7 L ――それはどこにあるのか?6 M9 ~+ D8 Y0 y3 J) i
――ヒア!と学生はテーブルを指でとんと叩いて叫んだ。ここが早稲田大学である。
$ v6 W' g% T K* ? これには白髪の婆さんも面食らったらしい。いや、その婆さんばかりではない。これは他の三人にも初耳だったらしい。四人は三十秒ばかり互いに顔を見合わせていた。それからぷっと吹き出すと頓狂(とんきょう)な声で笑い出した。笑いながら改めて四囲を眺め回し、その一人は僕のビールとビーフシチューの皿に深甚の関心を示した。もう一人の婆さんは、+ X) o! @. M! g
――なんと美しい庭であることよ!
0 j1 w1 G \) j$ k) [ と賛辞を呈することも忘れなかった。
1 ?! T6 U# B; L; i+ u3 ]. { 白髪の婆さんは、自分が迂闊(うかつ)だったと思ったのかどうか知らぬが、独り何遍もうなずいて、学生は何人いるかとか、面積はどのくらいあるのかとか尋ねた。面積の方は学生も答えられなかったが、婆さんにとってはどうでもいいことだったろうと思う。婆さんは珈琲を一口すすって云った。* }- }* l; X% @) z$ L+ r/ q$ e
――それは東京にある唯一の大学であるか?
7 z$ N2 n9 R9 K# ]3 B* b% P, U ――ノー、ノー。
2 h O' [; J7 X- I$ R 学生は威勢良く首を振って、東京に大学は非常に沢山あるけれども、これはベストユニバーシティーの一つである、と答えた。# Q; b; Y0 `& R+ Y
――ベスト!と婆さんは大きくうなずいた。オーイエス、オフ コース……。
- H: s" B2 i: T9 E それから、失礼にもはっはっはと大声で笑った。僕もつられてうっかり笑いそうになって、慌ててビールを飲み干したがビールはすっかりぬるくなっているのである。; n) d2 T$ Q$ ~8 M2 u' E# {6 Q \
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