1.悲しいほど美しい声であった。高い響きのまま夜の雪から木魂して来そうだった。
この文は葉子の声の質のみでなく、その性格までも暗示するものであるが、 後の文即ち「高い響きのまま夜の雪から木魂して来そうだった。」が特にすぐれていることにすぐ気付くであろう。
「木魂する」という言葉は次のような感じをあたえる。
ある高さをもった声が静寂な乾燥した空間にひびく。しかもその声は人間の 口から出た声ではなく、人間くさい声が自然のなかに広がって行って、これに応えて山や林から帰って来るその声は、もはや自然が発した声として私共にうけとれる。それは人間くささのない透明な美しい声として響く。その木魂が「夜の雪」から帰ってくるという。「夜の雪」という字によって青い水底のような夜の中を通して見る雪の色を思う。それは清冽な感じを与える。
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