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本帖最后由 Chocolate-S 于 2009-10-26 17:04 编辑
私の知っている寿司屋の若い主人は、亡くなった彼の父親を、いまだに尊敬している。死んだ肉親のことは多くの場合、美化されるのが普通だから、彼の父親追憶もそれではないかと聞いていたが、そのうち考えが変わってきた。
高校を出た時から彼は父親に、寿司の握りかた、めしのたきかた------寿司屋になるすべてを習った。父親は彼の飯の炊きかたが下手だとそれをひっくりかえすぐらい厳しかった。...。...ある日、たまりかねて、「なぜぼくだけに辛く当たるんだ」ときくと、「俺の子供だから辛く当たるんだ」と言いかえされたと言う。
父親が死に、一人前になって店をついでみると、その辛く当たられた技術が役にたち、なるほど、なるほどと彼はわかったそうである。
私はこの若主人の話を聞くたびに、羨ましいと心の底から思う。そこには我々がある意味で理想とする父親と子供の関係があるからである。
(遠藤周作「勇気ある言葉」)
問:「なるほど、なるほどと彼はわかった」とあるが、彼がわかったことは何か。
1. 父親が死んだ理由。
2. 店をついだ理由。
3. 父親が辛く当たった理由。
4. 筆者が彼を羨ましいと思っている理由。
原因をせつめいしてください、どうも^^ |
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