文明生活に飽いた人たちは、「自然に還れ」というような主張をする。それはいちおうもっともな主張であるけれども、そのような主張をしている人の生活をよく見ると、もっとも現代的な生活道具を十分に使っていると同時に、人工的な「自然」を取り入れることを主張しているに過ぎないことが多い。外国にある大規模の国立公園では自然保護がゆきとどいている。しかしそれは人間に都合のよい所だけをのこして、都合の悪い所は除いてあるので、昔のままの自然ではない。道は完全に舗装してあるし、きけんな動物や虫は駆除してある。飲料水は浄化してあるし、電気が使えることも多い。もし泊まれる設備があるとすれば、そこにはもちろんベッドがあり、水洗便所もある。文明生活の程度は保ったままで景色を楽しめるということである。今から三、四十年前には、日本では暖房は火鉢だけということが珍しくなかった。いまそれが強制されたらどうだろう。ほとんどの人は、火鉢にあたるだけで何の活動もしなくなるか、風邪をひくかするだけであろう。夏になって冷蔵庫を使わないで生活ができるだろうか。中世時代にはだれもがたべていたような腐りかけの肉を食べさせられたら、現代人の何パーセントが無事でいるだろうか。このような肉体的な条件を考えるだけでも、今の生活程度を昔のものに戻すことはほとんど不可能である。
問題:「それはいちおうもっともな主張である」で、筆者は「もっともな主張である」といいながら、なぜ、「いちおう」とことわっているのか。その理由として最も適当と考えられるものを、次から一つ選んで、記号で答えなさい。
A文明生活に飽いた人たちであって、真剣に「自然に還れ」と主張しているとは思われないから
B文明生活に飽いた人たちは、現代の生活道具のすばらしさを理解しないで、「自然に還れ」と言っているのだから
C文明生活に飽いた人たちは、昔のままの自然に還るということが不可能であることを理解して主張しているとは思われないから
D文明生活に飽いた人たちは、「昔のままの自然」の中で暮らしているのに、「自然に還れ」と主張しているのだから
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