本論の出発点として、会計や財務は「儲けの計算」に過ぎないということを再確認し、合わせて「儲けの計算」を学ぶ今日的意義について考えてみたいと思います。
0 D' O* w) [: q$ U――●会計とは: [0 ?/ N+ k# R+ L+ {4 S+ r
とかく会計や財務を扱った本というと、専門用語を多用した小難しい本という印象があると思います。たとえば、ある学者の方が書いた本では、冒頭に(企業)会計を次のように定義して論を進めています。
9 ?$ U6 b2 l* v7 x! F「企業会計とは、企業の経済活動を貨幣単位を用いて統一的に認識し、測定し、かつその結果を関係者に伝達する行為の体系である」
3 C- z( R' F+ p1 | 実は、上の定義は、筆者が10年ほど前に会計士試験の試験勉強をしていたときの会計学の教科書から抜粋したものです。正直言って、こんな堅い本を真剣に読んでいられたのが不思議なくらいです。 p- s# P: u1 L) i" l
果たして上の定義を読んで、一般の方は会計を学びたくなるでしょうか(学者の書いた本を引き合いに出すのは少々ズルいかも知れませんが)。
: K x. B6 l2 J8 ] では、会計とは何でしょう。率直に定義すれば、「会社が儲かっているかどうかの計算」のことです。どんなに小難しく定義しようと、とどのつまり「儲けの計算」に過ぎません。
2 b: k) @: y2 T! s2 r. _――●財務とは
( D6 W( Q, r( n3 _( @ さて、この「儲けの計算」という定義は、「財務」の定義にも「流用」できます。それは、「計算」という言葉を2通りに解釈できるからです。
% i8 h( c# H, Z v, \. Z 計算を、儲けに関する「結果の計算」と読めば会計の定義ですが、一方、儲けを出すための「シミュレーション計算」と読めば財務の定義になります(くどく説明すれば、財務の方は、「計算高い奴」というときの「計算」です)。7 E; l4 `, R C0 j2 P& V
でも考えてみれば、会計と財務は何も別々に存在するものではありません。もともと「儲けの計算」として誰でも持っている感覚を、学者なり専門家と呼ばれる人たちが勝手に細分化し、神棚へと鎮座ましましてしまっただけなのです。# G2 S7 O" b# g/ m, \( d
したがって、会計と財務とを区別することにはさして意味がありません。そこで、この連載では、私たちが持っている自然な感覚を大切にするべく、あくまで「儲けの計算」としてこれらの領域を扱っていきます。
9 y6 B6 D9 {9 |1 R `――●事業の両輪
4 J$ T, x/ S }% \1 z- l, H3 R あるベンチャーキャピタリストが、「投資先を選定する際のポイントは何ですか?」と訊かれて、こう答えました。
8 J) i2 {- `9 k y n* Y 「やはりと言うべきか、マーケティングと財務です。」
. z$ z( b' E7 s) ? やはり、「マーケティングと財務」なのです。事業化しようとする製品・サービスが顧客に売れなければ、お話にならない。また、売れたとしても、それで儲からなければ商売にはならない。, z1 ?) }; H* H
どうやって売るか(買ってもらうか)がマーケティングであり、どうやって儲けるか、もしくは、儲かるかどうかの見極めをするのが財務です。「儲けの計算」ができなければ、事業を運営していくことはできないのです。9 p; V7 ^9 t, E9 O
ベストセラーともなった『稲盛和夫の実学』という本の中で、氏は「会計がわからんで経営ができるか」と訴えています。多少、真意からは外れるかも知れませんが、この言葉は、「儲けの計算もできないようで商売ができるか」と解釈することもできるのではないでしょうか。1 B0 E% d: L8 U9 T/ W% N1 `1 h
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――●「今」、儲けの計算を学ぶ意義
3 H. l0 w: j; r/ I0 y8 H. z ところで最近、「儲けの計算」が重要性を増しています。かなり乱暴な言い方をすれば、昔は「儲けの計算」が特に必要とされない時代でした。作れば、売れば、自ずと儲けが転がり込んできたのです。1 o9 B& c" ?* S7 O* ~
しかし今は、「儲かるように」作らなければ、売らなければ、事業を継続できない時代になっています。「儲けの計算」も、より精度の高いものが求められつつあります。( F' Q. H2 s# R( l% E/ A8 M b
もうひとつ、「儲けの計算」に関する最近の傾向を指摘しておくと、「儲けの計算の変化」が挙げられます。# P: W# N7 u$ s" h0 Q
会計ビッグバン、キャッシュフロー経営、EVA――。経理財務の仕事をしていない人でも、これらの言葉を、新聞で、雑誌で、書店の店頭で、きっと目にしたことがあることでしょう。かつて、これほどまでに「儲けの計算」が注目を浴びたことはあったでしょうか。9 K7 S& w. G% n0 H1 F* F3 z6 q% d3 d* w* T
門外漢の方には、「一体何を騒いでいるのか」といぶかる向きもあるかも知れません。それは、
4 \* w3 L5 k7 h9 f「どうやら、これまでやってきた『儲けの計算』は間違っているらしい。自分たちは『儲かっている』つもりでやってきたのに、実は儲かってなかったようだ。アメリカ企業などに収益力で水をあけられてしまったのは、『儲けの計算』を間違えていたことにも一因があるらしい」
( @( u& d) ?9 @# ]# U5 j: Xということなのです。
7 b4 b/ e6 J g5 ]4 _8 |$ p4 N; C 何も今から、「時代遅れの」儲けの計算を学ぶ必要はありません。むしろ、すべての経営者、あるいは社員のひとりひとりが、「時代に即した」儲けの計算を学び、事業の継続発展に結び付けていくことを求められているのです。- ]' g% H3 p5 k5 L) R9 J$ [
「儲けの計算」を身につけるにあたっては、そもそも対象である「儲け」に対する問題意識をもつことが必要です。今回は「儲け」に対する認識をより明確なものにしていきましょう。
" p' m: \8 O9 t+ C――●問題意識の明確化$ b7 n( V7 i9 y! I' t3 X
「自分の行動が、あるいは会社の意思決定が、果たして本当に儲けに結びつくのかどうか」――こうした疑問や問題意識が「儲けの計算」を学ぶ原点だと思います。こうした意識なしに会計や財務をいくら学んでも、それはただの座学を収めたに過ぎません。「儲け」に対する意識が高まってはじめて、その計算を本当に身につけようとするインセンティブがはたらくのです。. ~2 i( N1 T$ m% e6 s4 H
さてこうした点で、社員のひとりひとりにまで「儲け」の意識が浸透している会社が日本でどれだけあるでしょうか。個人の実感としては、浸透していると断言できる企業はかなり少数のような気がします。
6 c( Y6 X, S) C! W& ` 大変失礼ながら、雇用情勢が厳しい現在でも、まだまだサラリーマンの大半は給料を「もらう」という感覚で捉えているのではないでしょうか(多分に自営業者のひがみかも知れませんが)。9 l; d$ M' ]7 \" ^" N7 i' R3 S: A [
「もはや給料は、黙って口を開けてもらえるのを待っている時代ではない。自分が稼いだ儲けの配分として受け取るべきものだ。」――こうした視点での人事制度改革が多くの企業で進んでいます。成果主義型人事と呼ばれるものです。
1 ~# i& M: O5 f$ g0 V% t 時代は確実に、ビジネスマン(ウーマン)のひとりひとりが「儲け」を意識せざるを得ない状況へと動いているのです。
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――●大きな「儲かる仕組み」の崩壊
; ]0 j) _& O: q では何故、ひとりひとりが「儲け」を意識せざるを得ない状況になってきたのでしょう。その時代背景を、人事コンサルタントの高橋俊介氏の所説を借りながら探ってきましょう。
4 A# R3 T6 F O0 m9 j' e 氏は、企業が変革を成功させるには、まずこれまでの「儲かる仕組み」が既に崩壊したことを認識した上で、前提条件からの見直しが必要になると説いています。' |- x+ [1 n1 `2 u: w0 M4 K
これまでの「儲かる仕組み」とは何でしょう。それは、本社中枢の限られた人たちがシナリオつくり、その他大勢の社員がそれに基づいて、会社の都合に合わせて商品を生産販売する、いわば中央集権的で「大きな儲かる仕組み」でした。" m4 P$ r. D+ A, J
しかし、規制緩和や技術革新、市場の成熟、変化スピードの増大などがこれまでの「儲かる仕組み」を崩壊させてしまいました。もはやマスマーケティング、マスプロダクションの時代ではなくなってしまったのです。0 q, V; v) `) i& V
これに代わって、今求められている「儲かる仕組み」とは次のようなものです。すなわち、顧客と現場で直接向き合う人たちが、顧客の都合に合わせて付加価値を創出する、いわば現場分散的で「小さな儲かる仕組み」です(詳しくは、『「自由と自己責任」のマネジメント』、ダイヤモンド社)。
7 z/ Y( X& K& Y, a$ R◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
+ w u) W+ o% H 「大きな儲かる仕組み」の中では、大半の社員は与えられたシナリオどおりに動くことを求められ、特に「儲け」を意識する必要はありませんでした。ところが、「小さな儲かる仕組み」の時代にあっては、社員のひとりひとりが「儲け」を生み出す存在になることを求められているのです(これに呼応して、成果主義的な報酬制度が導入されてきたわけです)。
0 ]) T' W; k1 G* R この結果、社員のひとりひとりにまで「儲けの計算」が必要になってきたのです
' V# z; ^5 v& U/ D/ j6 t――●自らを「儲けの計算」の対象としてみる
+ G: ^2 O O! T. s9 o3 t) J# |3 ~ 前のページでは、「儲け」に対する問題意識をもつことが「儲けの計算」を身につける上での出発点になると述べました。0 a1 ^* u; E6 L4 t, t1 q
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また、経営パラダイムがシフトする中で社員のひとりひとりが「儲け」を生み出す存在になることを求められ、報酬制度もそれに呼応して、稼いだ儲けに応じて支払われるものとへと移行しつつあることを見てきました。
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' F( w0 w9 n5 s3 E7 x; O! }! \4 L すなわち、社員のひとりひとりが「儲けの計算」の対象とされ始めてきているのです。人材の評価に関して最近しばしば耳にする、「コア人材」とか「含み損人材」という言葉もこの文脈の中に位置付けられるのものです。0 x& i% l( t+ n9 S5 `2 ?
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(「コア人材」とは、会社の中枢として利益の獲得に貢献する人、一方、「含み損人材」とは給料分のはたらきができない人、という意味です。)3 x! u) Z# Y+ {6 O6 B
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両者の違いはどこにあるのでしょう。結果として、コア人材が会社に儲けをもたらし、含み損人材が会社に損をもたらしているというわけではありません。我田引水な議論ですが、両者の違いは「儲けの計算」ができるかどうか、あるいは「儲けの計算」で動いているかどうかにあるとも言えます。
8 W' U/ C8 p' x" V いささか類型的に過ぎるかもしれませんが、コア人材と呼ばれる人たちは自らの市場価値を意識し、「自分の給料以上のはたらきはする」という職業意識を明確にもっています。- n- k( m/ I% U$ D/ l4 u" ?
また、自らに「儲けの計算」を当てはめるだけでなく、経営行動のひとつひとつに「果たしてそれで、最終的にペイするかどうか」という視点を持ち込んでいます。
. y0 L/ o: o9 F3 ]# B6 A 翻って、含み損人材はどうでしょう。まず、こうした人たちは、自らに対する「儲けの計算」をする気がないか、したとしても計算が間違っています(過大評価しています)。
2 U! c$ P; A4 k0 F 更にその行動原理も、個人や組織のメンツであったり、ごく個人的な趣味であったりします(組織体が、「儲けの計算」によらず、メンツや個人的な損得勘定だけで運営された場合どうなるかは、国や自治体の財政状態を見れば容易に分かることでしょう)。
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& S; ], G- m' i" _. p' q――●具体的に「儲け」を意識するには
/ K- T, m, T: ?! u* a さて、いくら「儲け」を意識すると言っても、「儲け」というひと言だけでは、少し漠然とし過ぎていて現実にはなかなか意識しづらい面があるかも知れません。
7 I+ I! X7 p# h. A( X% X: A4 Q 「儲け」を具体的に意識するには、それを「投資」>「運用」>「回収」のプロセスに分解して考えることが第一歩です。「儲け」とは、投資を運用して回収した結果(の損得)のことなのですから(もっとかみ砕けば、つかったお金をどれだけ回収できたか)。& z' o2 C$ z }" f. v
したがって、「儲け」を意識するには、まず「お金をつかうことはすべて投資」という認識をもつことが前提になります。投資というと、機械などの資産を買うことばかりを想像しがちですが、たとえば社員を1人雇うのも、鉛筆1本買うのもすべて投資なのです。! n) U: P9 r1 ~5 d4 W( Y& m
その上で、投資に見合ったリターンが得られるかどうかを、常に考える習慣を身につけることこそ、今ひとりひとりの社員に求められていることなのです。なお、投資と運用・回収(リターン)という意識をもつことは、「儲けの計算」を理解する上でも決定的に重要なことですので、十分に銘記しておいて下さい。 |