園ならばいい。あの純粋な園にならおぬいさんが与えられても俺には不服はない。あの二人が恋し合うのは見ていても美しいだろう。二人の心が両方から自然に開けていって、ついに驚きながら喜びながら互に抱き合うのはありそうなことであって、そしていいことだ。俺はとにかく誘惑を避(さ)けよう。俺はどれほど蠱惑的(こわくてき)でもそんなところにまごついてはいられない。しかも今のところおぬいさんは処女の美しい純潔さで俺の心を牽(ひ)きつけるだけで、これはいつかは破れなければならないものだ。しかしそれは誘惑には違いないが、それだけの好奇心でおぬいさんの心を俺の方に眼ざめさすのは残酷(ざんこく)だ。……
清逸はくだらないことをくよくよ考えたと思った。そして前どおりに障子にとまっている一匹の蝿にすべての注意を向けようとした。
しかも園が……清逸が十二分の自信をもって掴みうべき機会を……今までの無興味な学校の課業と、暗い淋しい心の苦悶の中に、ただ一つ清浄無垢(せいじょうむく)な光を投げていた処女を根こそぎ取って園に与えるということは……清逸は何んといっても微(かす)かな未練を感じた。そして未練というものは微かであっても堪えがたいほどに苦(にが)い……。清逸はふとこの間読み終ったレ・ミゼラブルを思いだしていた。老いたジャン・ルジャンが、コーセットをマリヤスに与えた時の心持を。
階子段(はしごだん)を規律正しく静かに降りてくる足音がして、やがてドアが軽くたたかれた。
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