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11(2)
彼の着た羊の毛皮は昔より幾分薄よごれているように見えた。毛は固く全体的に脂じみていた。彼の顔を覆った黒いマスクも、僕が記憶していたものよりはずっと貧相に見えた。まにあわせで作った粗末な仮装のように見えた。でもそれはこの穴ぐらのような湿っぽい部屋と、貧弱な灰暗い光のせいかもしれない。そして記憶というものがいつも不確かで都合の良いものだからかもしれない。しかしその衣装だけではなく、羊男自身も昔よりはいくらか疲労しているように見えた。この四年ほどの間に彼は年老いて体がひとまわり縮んでしまったように僕には感じられた。彼は時々深い息をついたが、その息は奇妙に耳障りな音を立てた。まるでパイプの中に何かが詰まっているようなごろごろとした居心地の悪い音だった。
「もっと前に来ると思ってたよ」と羊男は僕の顔を見て言った。「だからずっと待ってたんだ。この前誰かが来た。あんただと思った。でもあんたじゃなかった。きっと誰かが迷いこんできたんだね。不思議だね。他の人間がそんなに簡単にここに迷いこむことはできないはずなんだけど。でもそれはともかく、あんたはもっと前に来ると思ってた」
僕は肩をすぼめた。「ここに来ることになるだろうとは思っていたんだ。来なくちゃいけないとも思ってた。でも来る決心がなかなかつかなかったんだ。ずいぶん沢山夢を見た。いるかホテルの夢だよ。しょっちゅうその夢を見てた。でもここに来ようと決心するまでに時間がかかったんだ」
「ここのことを忘れようとしていたのかい?」
「途中まではね」と僕は正直に言った。そしてゆらゆらと揺れる蝋燭の灯に照らされた自分の手を見た。何処から風が入ってくるんだろう、と僕は不思議に思った。「途中までは忘れられるものなら忘れたいと思ってた。こことはもう無縁に生きていきたいと思った」
「あんたの死んだ友達のせいでそう思ったのかい?」
「そう。僕の死んだ友達のせいでだよ」
「でもあんたは結局ここに来た」と羊男は言った。
「そうだね、僕は結局ここに帰ってきた」と僕は言った。「この場所のことを忘れることは出来なかったんだ。忘れかけると、何かが必ず僕にここのことを思い出させた。たぶんここは僕にとって特別な場所なんだろう。好むと好まざるとにかかわらず、僕は自分がここに含まれているように感じるんだよ。それが具体的にどんなことを意味しているのかは僕にもわからない。でも僕ははっきりとそう感じるんだよ。夢の中でそう感じたんだ。ここで誰かが僕のために涙を流して、そして僕を求めているんだって。だから僕はここに来る決心がついたんだ。ねえ、ここはいったい何処なんだい?」
羊男はしばらく僕の顔をじっと見ていた。それから首を振った。「細かいことはおいらにもわからない。ここはとても広いし、とても暗い。どれくらい広くて、どれくらい暗いかはおいらにもわからない。おいらが知っているのはこの部屋のことだけだ。他の場所のことはわからないよ。だから詳しいことは何も教えてあげられない。でもとにかく、あんたがここに来たのは、あんたがここに来るべき時がきたからだよ。おいらはそう思う。だからそのことについてあんたはあれこれ考えることはない。たぶん誰かがこの場所を通してあんたのために涙を流しているんだろう。たぶん誰かがあんたを求めているんだろう。あんたがそう感じるなら、きっとそのとおりなんだよ。でもそれはそれとして、今あんたがここに戻ってきたのは本当に当然のことなんだ。鳥が巣に帰るみたいにさ。自然なことなんだよ。逆に言うなら、あんたが帰ろうと思わなければ、ここは全く存在しないのと同じことなんだよ」羊男はまた両手をごしごしとこすりあわせた。体の動きにあわせて壁の上の影が大きく揺れた。まるで黒い幽霊が頭上から僕に襲いかかろうとしているみたいに。まるで昔の漫画映画みたいに。
他所穿的羊皮和以前相比脏了几分。那些毛都牢固地沾上了油污。罩着他脸的面具和我的记忆中的相此看上去更加寒酸。看上去像是敷衍一时而制作的粗糙的伪装。也许是因为这个像是洞穴那样潮湿的房间或者寒碜的灰暗的光而造成的。也许是因为记忆这个东西不确定的原因。而且不仅仅是他的衣装,羊男自身与过去相比也疲劳许多。在这四年期间他已年老,也让我感觉到其身体缩了一圈。他不停地深呼吸,那呼吸发出了奇妙地耳朵障碍的声音。简直就像在呼吸道中有什么阻塞的东西那样咕噜咕噜,感觉到不好的声音。
“我想在这以前你肯定会来。”羊男看着我的脸说。“可是我一直在等着。在这之前有谁来过。我想是你。但并不是你。肯定是谁迷糊地走了进来。不可思议。别的人不会那么简单迷糊地来到这里。可是那是无意之中,我想你会在更早以前来的。”
我耸耸肩。“也想过希望能早点来到这里。也想过必须要来。但是决心始终没有定下来。做了很多梦。海豚宾馆的梦。总是做那样的梦。可是等到下决心来这里还是费了点时间。”
“是不是想把这里的事情忘掉?”
“在中间,”我很直接地说了。我望着被摇晃的蜡烛的光照着的自己的手。是从什么地方吹进来的风呢?我不可思议地想。“若是能在这中间忘掉的话希望能忘掉。想和这里无缘地生活下去。”
“是你死去的朋友原因而那样想?”
“是的。是死掉的朋友的原因。”
“所以你最后还是来到这里。”单男说。
“是的。我最后来到了这里。”我说。“这里的事情忘不掉。即便是忘掉了,肯定会有什么东西让我想这里的事情。对我来说这里大概是特别的场所。无论是喜欢还是不喜欢,我感到自己被包含在了里面。那具体是指什么意思,我自己也不明白。可是我却清楚地感受到了这一点。在梦中也有那样的感觉。在这里不知是谁在为我流泪,而且在向我请求。所以我才下定决心来到这里。那么,这里到底是什么地方呢?”
羊男发呆地看了一会儿我的脸。然后摇摇头。“详细的事情我也不清楚。这里很广阔,也很黑暗。到底有多么广阔,到底有多么黑暗,我也不清楚。我所能知道的也只是这个房间的事。别的地方的事就不明白了。所以详细的事什么也不能告诉你。总之,你来到这里之事,是你应该来到这里的时刻到了。我就这样想。所以有关那些事你也不用考虑这考虑那。大概是有谁在这个地方为你流泪。大概谁向你请求。若你有那样的感受,那肯定就是那样。所以,现在你返回到这里本是当然的事情。就像鸟回到家那样。很自然的事情。反过来说,如果你不想回来,就等同于这里根本不存在。”羊男还在使劲地搓着两手。和身体的动作一致,墙上的影子在大幅度地摇着。就像是黑色的幽灵从头上来袭击我那样。就像老的漫画电影那样。 |
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