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温度は急激に低下していた。この寒さには覚えがある、と僕は身震いしながらふと思った。骨にしみこむような湿気を含んだその冷気を、僕は前にも何処かで一度経験していた。遠い昔、遠い場所で。でもそれがどこだったか思い出せなかった。もう少しで思い出せそうなのに、どうしても駄目だった。頭の何処かが麻痺しているのだ。麻痺して固くこわばっている。
カタクコワバッテイル。
「もう行った方がいいね」と羊男は言った。「ここにいると、体が凍りついてしまう。またそのうちに会えるよ。あんたが求めさえすれば。おいらはいつもここにいる。おいらはここであんたを待っている」
彼は足をひきずりながら廊下の曲がり口まで僕を送ってくれた。彼が歩くとあのさら?さら?さら……、という音がした。それから僕は彼にさよならを言った。別に握手もしなかったし、特別な別れの挨拶もしなかった。たださよならと言っただけだった。そして暗闇の中で僕らは別れた。彼は狭くて細長い彼の部屋に戻り、僕はエレベーターの方に向かった。僕がボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと上にあがってきた。そして音もなくドアが開き、明るい柔らかな光が廊下にこぼれて僕の体を包んだ。僕はエレベーターの中に入り、しばらく壁にもたれてじっとしていた。ドアが自動的にしまったが、それでも僕はじっと壁にもたれていた。
さて、と僕は思った。でも「さて」のあとが続かなかった。僕は思考の巨大な空白の真ん中にいた。どちらに行っても、何処まで行っても空白だった。何にもいきあたらなかった。羊男が言うように、僕は疲れて脅えていた。そして一人ぼっちだった。森の中に迷いこんだ子供みたいに。
踊るんだよ、と羊男が言った。
オドルンダヨ、と思考がこだました。
踊るんだよ、と僕は口に出して復唱してみた。
そして十五階のボタンを押した。
十五階でエレベーターを下りると、天井に埋めこまれたスピーカーから流れるへンリー?マンシーニの『ムーン?リプァー』が僕を出迎えてくれた。現実の世界――僕がおそらく幸せになることもできず、おそらく何処にも行くことのできない現実の世界。
僕は反射的に腕時計に目をやった。帰還時刻は午前三時二十分だった。
さて、と僕は思った。さてさてさてさてさてさてさてさて……、と思考がこだました。僕は溜め息をついた。
温度在急剧下降。我的身体在发抖时突然想到这一点:曾遇到过这样的寒冷。带有湿气的刺入骨内的冷气,在这以前在什么地方曾经体验过。在很久以前,在一个很远的地方。具体在什么地方呢?我想不出来。稍微也能想出一点来但无论如何没有办法。脑中什么地点在麻痺之中。麻痺同时越来越僵硬。
越来越僵硬。
“还是赶紧走为好。”羊男说。“呆在这里,身体就会冻僵。如果你还有什么要求的话,还会在那里见面。我一直呆在这里。我在这里等着你。”
他拖着腿把我送到走廊拐弯的地方。他一走路就发生沙啦、沙啦、沙啦……的声音。之后我对他说再见。没有握手,也没有特别地客套。也只是说了声再见。接着在黑暗中告别。他回到了狭窄细长的自己的房间,我朝着电梯方向走去。按下按钮后电梯慢慢升上来。没有声音电梯门打开了,明亮温和的光线在走廊中笼罩着我的身体。我走进电梯,朝壁上死死地靠了一会儿。门自动关上,我依然还靠在壁上。
“那么,”我这么一想。在这之后再也没有连续想。我处在巨大的空白思考的之中。往哪里转去,转到什么地方都是空白。对什么都走到了尽头。正如羊男所说的那样,我累了我害怕了。而且是狐单的一个人。就像在森林中迷路的孩子那样。
跳舞吧。羊男说。
跳舞吧。我的思考反响一下。
跳舞吧。我重复地说出口。
接着按了十五层的按钮。
在十五层我下了电梯,安装在天棚里的喇叭播放着へンリー?マンシーニ的“ムーン?リプァー”来迎接我。现实的世界——我恐怕得不到什么幸福,恐怕什么地方也不能去的现实的世界。
我条件反射地把目光投到了手表上。归来的时刻是凌晨三点二十分。
那么,我想。那么那么那么那么……,思考又反响起来。我长叹一口气。 |
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