夢 の 夕 食
友達と映画を見るために、日比谷シャンテの前で待ち合わせをした。彼女は私の顔を見るなり言った。「お腹が減って死にそ。後でおいしいお寿司屋さんに案内するから、とりあえずハンバーガー買って行こうよ」
私と彼女は近くのハンバーガー店に入った。カウンターには客が行例を作っている。最後尾に並びながらふと店内を見ると、近くの席で銀髪のアメリカ人老婦夫が向かいあってハンバーガーを食べていた。プラスチックのトレイの上にはハンバーガーとコーラ-とフライドポテトが残っている。年の頃、六十代の半ばだろうか。二人何を話すということもなく、ただ黙ってハンバーガーとフライドポテトを食べ、コーラを飲んでいる。すると、妻のほうがバックを開け、ティッシュペーパーを出した。その時、バックの中にパスポートがチラッと見えた
私は何だか胸が痛くなった。都内のハンバーガーやフライドチキンの店では、よく外国人老婦夫の旅行者を見る。見るたびに私は「ごめんなさい」と言いたくなる。
彼らだってきっと懐石や美しい日本料理を食べたいに間違いない。しかし、この国の物価は半端ではないのである。まして、日本趣味の料理屋で懐石ともなれば、外国人には気絶しそうな値段であろう。老婦夫は子育てを終え、仕事の第一線から退いた今、蓄えたお金で夢を見て日本に旅してきて、そこで食べるものがハンバーガーとコーラとは夢にも思っていなかっただろう。もとよりアメリカから来た手軽な食べ物である。それが夕食ではどんなにかみじめだろうと思う。
しばらくすると、ジーンズにTシャツの若いアメリカ人の男が二人入ってきた。一見して旅行者とわかるが、若いのでこちらも「ハンバーガーで当然」という感じで気楽である。すると若い二人と老婦夫の目が合った。そして一瞬うちにお互いに目をそらした。見てはいけないものを見た気がして、私も目をそらした。今夜は「おいしいお寿司」は食べたくなかった。 |