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楼主 |
发表于 2010-5-24 07:41:19
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古野:4月9日、天水(てんすい)に途中下車してから陝西省(せんせいしょう)の宝鶏(ほうけい)を目指します。蘭州天水間(かん)の鉄道は戦後中国に残された日本人が協力して建設されました。段々畑(だんだんばたけ)には菜の花(なのはな)が咲いていました。' F; c: s5 H) z1 e% _: p
関口:
% z9 d7 F2 A- u, H: n3 ?1 ?: ], |古野:天の水と書く「天水」。大地が割れ、天の川から水が流れ込んだという伝説(でんせつ)から、この名(な)が付いたと言われています。
8 n3 s! x& V8 A関口:
+ E2 j/ _. k' u0 W* q9 n古野:天水には多くの泉(いずみ)が涌いているそうです。
@+ g( a+ r% n: w関口:* ?* C: s: ^/ K% c& Q# G% [/ L- [+ Y
古野:案内されたのはお寺でした。
+ H( r8 w0 o& F/ K$ g! ?関口:: m, u/ f# C$ V2 T
古野:泉の水で入れたお茶です。
( `/ M" s2 r5 V8 J関口:うまいうまいうまいうまい……、体によさそうだなあ。
1 g3 [5 U4 D) p6 A6 _古野:4月10日、この日は陝西省を走り、二箇所で途中下車して目的地の漢中(かんちゅう)駅に向かいます。
; Y& i- e9 T; ~% r( B0 h! ~1 F関口:
, H' J' ^( v; t# d/ O6 S' A- s古野:体操が始まりました。狭い車内でも運動ができるように考案(こうあん)された体操だそうです。% l' U/ v" C) Y- S6 T! o: J4 B
列車は黄河沿いに広がる黄土高原(こうどこうげん)を走ります。横穴式(よこあなしき)の住居(じゅうきょ)「ヤオトン」の跡です。地形の険しい黄土高原ではこうして崖(がけ)に住居が作られてきました。, h& o( T5 Y" t
少し遅め(おそめ)の朝食(ちょうしょく)。
6 m5 Q' T! J7 e; q* ]" a9 z関口:
4 r' ]3 c3 d; O, f1 x) J; f. ^+ a古野:乗務員(じょうむいん)が食事を取っていました。26時間走り続けるこの列車では乗務員は二交代制(にこうたいせい)で働きます。
+ R! U+ r) [, i! v3 p. L6 ^( y 仕事が始まります。! Z# P! a+ l2 [
関口:
: [! I3 b, {. [+ Z古野:車内清掃(しゃないせいそう)の時間。勤務は一日6時間から8時間です。 @0 o; z2 V8 H! b2 @2 Y* o1 r: ?
長江の支流(しりゅう)嘉陵江(かりょうこ)が見えてきました。南に向かうに連れ、緑が濃くなってきました。水と緑の美しい風景が続きます。5 T4 A) R1 F9 j2 _; s# G
関口:
1 @ B$ u( T/ M古野:略陽(りゃくよう)は人口凡そ21万の長閑(のどか)な町。, l" r/ o1 x) |1 Q: N9 Y
関口:
0 L v$ l$ Q/ g7 Q: z" o古野:のんびりと過ごす時間、スケチブック(画册素描簿、写生簿)を開きます。旅が始まってから、印象に残った風景や出来事を絵日記(えにっき)に書いてきました。0 P M) V$ m8 v) Y% }5 F1 z
関口:8 U8 C, r+ c% ?3 I3 g( a
古野:駅前で声を掛けてきた運転手さんです。
* k% g9 {5 A3 o. S ]* J5 \% y関口:/ e+ E8 v0 p0 [( F/ W
古野:20分ほど走ると、険しい山が迫ってきました。) h) v( d- @* n
関口:
) V' Y' n" o- Q D- |古野:料金は凡そ130円。
! ~9 ~, _0 G' a/ P関口:
' U# `4 A% B+ |; L古野:ここは「霊岩寺(れいがんじ)」というお寺。長い坂を上っていきます。
) |& R0 C K( ?# ~8 L6 S7 L 8世紀、唐の時代に天然(てんねん)の岩を刳り貫いて(くりぬいて)作られた石窟寺院です。+ M @" J |* i9 U/ V( a
関口:
, y1 l1 j9 T7 A6 o1 S T( B) X& J古野:寺は石窟の奥まで続いています。暗闇(くらやみ)の中に涅槃像(ねはんぞう)がありました。- E) R2 s4 {1 k* E# C p4 X7 h
列車は更に南へ。川の流れに沿って、山間(やまあい)の田園(でんえん)地帯を抜けていきます。* Q. O* ]; }/ L4 C$ B5 \$ r
関口:
- s; u3 J3 n% [" ?( J! [古野:陽平関は人口凡そ2万5千、古くから長安と成都を結ぶ交通の要衝でした。
2 C* a8 J" Q( T: x6 L関口:
' Y3 G7 ~) `" ^- M0 t& x古野:街角(まちかど)で子供達と出会いました。
4 z% H- L) g1 g/ A) D; T, m関口:
+ X4 M1 [4 {" Z( G, H& n% I7 E$ `古野:そこは鉄道員の家族が通う幼稚園でした。
, S# K) c6 f9 [* K1 r関口:. v( Y9 x( m t& l
古野:絵日記を書き始めると。9 \1 w) D- {# M( ]
関口:1 N# m: b5 Y& D& R' l8 P0 S
古野:4月11日、12日と旅は続きます。陝西省から四川省へと入っていきます。
$ v3 d. d3 \2 h4 A関口:0 S; {# x# _1 }( ^
古野:4月15日、旅は3週目に入りました。四川盆地(しせんぼんち)の中を走ります。
' M, {5 M0 j3 ?3 W& C; O, \& b関口:
v0 R+ l# V. y2 i; Y8 l& `) K古野:これから乗る列車は四川省各地と大都市成都を結んで走っています。今日は遂寧(すいねい)で途中下車をします。+ o( @, S5 h6 S; U, |/ A/ Y9 K1 P8 C9 ]
関口:
# [2 p2 J- [7 F* i; N" X$ I5 V古野:田園の緑が濃くなってきました。遂寧は田園の中に作られた駅です。田園地帯を歩いていると。
7 h$ C: h, J6 T関口:- z l3 m+ X: I2 Z. W) x- H# A
古野:近くに面白いものがあると、村の人が案内してくれました。; o1 n0 S' L3 V8 W: l
900年も前に掘られたという井戸がありました。: k; m. b/ `7 H$ ^: N6 R
関口:
7 U% ~2 M4 f5 _, i0 [古野:竹の筒(つつ)が引き上げられます。
2 {( F; x$ Q8 _) ^6 s3 f6 u( ]9 U栓(せん)を抜くと。
$ w' X9 L2 k9 V9 v$ G! }! I" U塩水の井戸でした。
* }) i1 T. m2 q, D' T 桶代わり(おけがわり)竹の筒は30メートルの深さまで下ろされます。そこに9 l1 H5 T# l4 O
岩塩(がんえん)の層を通ってきた地下水(ちかすい)が流れているそうです。昔はこの水を天日干し(てんぴぼし)にして塩を作り、絹(きぬ)や石炭と交換していたそうです。
3 w( F+ Q/ P- E9 N子供たちに誘われて村の中へ。, }1 p' |5 N' W: Y$ I
関口:
: Q8 d* x, a; x古野:気温は30度近く、汗ばむ(微微出汗)暑さです。6 J% Q( I- x% ?
牛たちが水浴び(みずあび)の真っ最中(まっさいちゅう)。& Z* J5 A7 d7 v2 j
関口:
& o+ A; n2 T* b) h0 M+ N古野:この村では働き手の多くが出稼ぎに出て行きます。両親が帰ってくるのは年に一度の旧正月(きゅうしょうがつ)だけ家も少なくありません。子供達はおじいさんやおばあさんに育てられてきました。
! N/ E- ]: T' h関口:
. A- ^' D) @" l' v: Z# {古野:菜種(なたね)が実っていました。
: U) t* n7 Y% o, y/ J) w: R' u関口:' I: ]+ s2 } U% z# C
古野:村の人たちは菜種と米を作って暮らしてきました。現金収入は少なく、子供の進学などのために出稼ぎが増えています。
2 Y% y& g. {% Z. N4 Z関口:' z$ `! t& {1 o7 M5 [: Q2 p, \
古野:軒先(のきさき)で一休み。0 J0 \( `7 S/ T4 r6 a. j
関口:8 L) X" W6 a0 I. h' I4 h
古野:今度は真水。
5 w1 E% g4 K1 ~# T関口:
, y, S; k7 a( }1 \4 m古野:4月16日、この日は四川省を南へ進み、巨大都市重慶で乗り換えて、貴州省(きしゅうしょう)に向かいます。- D6 G( q( X Y; ~6 l
ホームには長い列ができていました。
8 Q6 f& d) r9 X; U [3 [+ T( X水田(すいでん)が見えてきました。田植え(たうえ)が始まっているところもあります。8 S3 e; N$ B# c/ P9 |+ J
重慶の町です。重慶の人口は凡そ2800万、重工業で発展する中国最大の都市です。
5 v" a+ H4 q( }) k関口:
3 P8 p# M% e2 U B古野:重慶は古くは長江の水運(すいうん)の拠点として栄えてきました。支流の嘉陵江に作られた船着場(ふなつきば)(停泊处、码头、港口)。長江の流れに乗って中国各地からここに物資が運ばれてきました。
% \' U f7 C8 I9 u) o. p' _: p4 Y 船着場の近くに港町(みなとまち)の面影(おもかげ)を残す一角(いっかく)がありました。
4 `* N' B2 [# P7 |& x2 \, M5 q L r関口:
- W0 w+ G" |. O6 p9 s- h8 B* s古野:お茶を売る店に入ると、ご主人が中国の楽器(がっき)二胡(にこ)を引いていました。2 H0 T0 U; g" Q3 g, }
関口:
; ?4 h$ I2 z* R+ X& Q古野:取れたばかりの鉄観音茶(てっかんのんちゃ)を入れてくれました。急須代わり(きゅうすがわり)こぼしながら入れます。
7 t# g2 C; f3 _+ y関口:# w/ a s+ i A7 n8 p/ z, R
古野:4月17日から18日にかけては、アピンカーブのようなルートを走って貴州省から夜行列車(やこうれっしゃ)で四川省に戻り、成都を目指します。
: G% m/ g! L% b# r2 W 貴州省は山が多く、緑と水と山並みの美しい景色で知られています。山間に水田が続きます。貴陽まで5時間の旅。列車は貴陽の町に入ってきました。貴陽は人口凡そ350万、貴州省の中心地です。乗り換えの列車まで6時間、郊外に足を運んでみます。600年ほど前、明(みん)の時代からの伝統文化を守る漢族の村がありました。狭い路地(ろじ)に石を積み上げた家々(いえいえ)が続きます。) M( {7 L# f: f; n9 }
関口:5 j' H$ C. Z6 H/ t' q- A
古野:この三輪車(さんりんしゃ)で10分。皆で荷物を卸し始めました。渡されたのは?鶏も。お墓(はか)に着きました。
- z, w, b) W1 P5 O- ?9 \# ]8 o関口:0 D9 o3 C! M9 T* Q. x
古野:先祖(せんぞ)に鶏を奉げます(ささげます)。
/ D n2 N. B& U+ E! i7 f$ _関口:& d0 _- m" @, t1 C0 }
古野:この日は清明節(せいめいせつ)、日本のお盆に当たる死者を偲ぶ日(しのぶひ)です。黄色い紙は先祖があの世(あのよ)で使うお金。さっき持たされたのは爆竹(ばくちく)でした。
: j; I* |- v' W+ H関口:8 l% U; Q4 Y6 D* p
古野:これから内江(ないこう)までは15時間の夜行列車の旅。乗ったのは硬臥(こうが)、日本のJRで言えば、B寝台です。列車に揺られながら過ごす夜。$ Y4 h" s9 T( D1 O' ~
車内で迎えた朝。(1:36:21)3 o3 g, |3 q8 t/ f& R5 ]
棚田(たなだ)が見えてきました。田植え(たうえ)が始まっています。
P1 L( r% [9 V 無数の白い蝶(ちょう)が舞っています(まっています)。蝶の間を潜り抜けて(くぐりぬけて)、列車は内江(ないこう)の町に近付いてきました(ちかづいてきました)。6 ^; n; i8 h f+ j
関口:, d- h, {9 j% v5 l7 P( V" I
古野:内江は書画(しょが)や画家(がか)を輩出(はいしゅつ)した町として知られています。
& |4 h; w. t% ~- y8 w0 m- I関口:" ~! }: }- C5 \: D; p- M/ e: P
古野:風情(ふぜい)が残る坂道(さかみち)を下っていくと。書画の店がありました。# n- ~3 Q: \/ E
関口:8 B) |' a: r O6 S" d" U3 ?! }
古野:奥に書の先生がいました。; Q' ~$ y& ^; m4 N6 A
関口:
# J4 E# Y* k, d: T* a( T C+ E古野:お手本を見ながら、書いて見ます。
1 z' E! X4 a6 W' r7 n関口:7 p* q/ i4 |& x! ~) k
古野:旅を始めて、半月(はんつき)。関口知宏の中国鉄道大紀行。これから雲南省の昆明や大都市(だいとし)の広州を巡って(めぐって)。上海のある沿岸部を回り、春の旅のゴール、悠久(ゆうきゅう)の古都西安を目指します。関口さんの旅はまだまだ続きます。これからどんな出会いや発見が待っているのでしょうか。 |
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