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3 羊博士おおいに食べ、おおいに語る(7)
「日本の近代の本質をなす愚劣さは、我々がアジア他民族との交流から何ひとつ学ばなかったことだ。羊のこともまた然り。日本における綿羊飼育の失敗はそれが単に羊毛?食肉の自足(じそく)という観点からしか捉えられなかったところにある。生活レベルの思想というものが欠如しておるんだ。時間を切り離した結論だけを効率よく盗みとろうとする。全てがそうだ。つまり地面に足がついていないんだ。戦争に負けるのも無理はないよ」
「その羊も日本まで一緒に来たんですね」と僕は話をもとに戻した。
「そうだ」と羊博士は言った。「釜山から船で帰った。羊も一緒についてきた」
「羊の目的はいったいなんだったんですか?」
「わからん」と羊博士は突き出すように言った。「わからんのだ。羊は私にはそれを教えなかった。しかし奴には大きな目的があった。それだけは私にもわかった。人間と人間の世界を一変させてしまうような巨大な計画だ」
「それを一頭の羊がやろうとしたんですか?」
羊博士は肯いてロールパンの最後のかけらを口につっこむとぱたぱたと手をはたいた。「驚くことはない。ジンギス汗のやったことを考えてみろ」
「それはそうです」と僕は言った。「しかし何故今ごろになって、しかもこの日本を羊が選んだんでしょう?」
「たぶん私が羊を起こしてしまったんだろう。羊はきっと何百年ものあいだあの洞窟の中で眠っていたんだ。それを私が、この私が起こしてしまったんだ。
「あなたのせいじゃありませんよ」と僕は言った。
「いや」と羊博士はいった。「私のせいだ。もっと早くそれに気づくべきだったんだ。そうすれば私にも打つ手はあったんだ。しかし私は気づくのに時間がかかった。そして私が気づいた時には羊はもう逃げ出したあとだった」
羊博士は黙り込んで、つららのような白い眉毛を指でこすった。四十二年という時間の重さが彼の体の隅々にまで浸み込んでいるようだった。
「ある朝目が覚めるともう羊の姿はなかった。その時になって私はやっと『羊抜け』というのがどういうものかを理解することができた。地獄だよ。羊を思念だけを残していくんだ。しかし羊なしにはその思念を放出することはできない。これが『羊抜け』だ」
羊博士はもう一度ちり紙で鼻をかんだ。「さあ、今度は君が話す番だ」
僕は羊が羊博士を離れたあとの話をした。羊が獄中の右翼青年の体内に入ったこと。彼が出獄してすぐに右翼の大物になったこと。次いで中国大陸に渡り、情報網と財産を築きあげたこと。戦後A級戦犯となったが、中国大陸における情報網と交換に釈放されたこと。大陸から持ち帰った財宝をもとに、戦後の政治?経済?情報の暗部を掌握したこと、等等。
“将日本近代的本质愚蠢化,在于和亚洲其他民族的交流中也没有学到什么。对于羊也是如此。在日本饲养绵羊的失败,其原因就是只掌握到了羊毛和食肉自给自足这个程度。缺少生活水平的思想认识。经常盗窃脱离时间的结论。所有的都这样。没有脚踏实地,对战争失败也不是没有道理。”
“那种羊也一起来到日本了吗?”我把话题又转了回来。
“是的。”羊博士说。“从釜山坐船回来的。羊一起回来的。”
“那羊的目的到底是什么呢?”
“不明白。”羊博士想要说出来。“不明白。羊也没有告诉我。但是,这个家伙的确是有很大的目的的。单独对此我也明白。是不是有要突然改变人类和人类世界的巨大计划。”
“单单一只羊要做那样的事?”
羊博士点头,把面包最后剩余的碎片塞进口中,轻轻地拍了拍手。“没有什么吃惊的。看看成吉斯汗要做的事如何。”
“可能是这样的。”我说。“可是为什么到了现在,羊才会选择日本呢?”
“大概是我把羊唤醒的。羊肯定在那个洞中沉睡了几百年的时间,我把它,现在这个我把它唤醒了。”
“这并不是因为你。”我说。
“不。”羊博士说。“是因为我。应该更早地注意到它。那样的话我就有了处理的办法。虽然也注意到了但那需要时间。当我注意到的时候羊已经逃跑走了。”
羊博士沉默下来,用手指头梳理了一下像冰锥那样的白眉毛。四十二年时间的份量浸透到他体内的各个角落。
“一天早上我醒来的时候羊的影子已经没有了。到了那个时候我突然才明白什么是‘羊壳’。真是地狱呀。羊留下的只是思念。但是已经没有羊却不能释放出对羊的思念。这就是‘羊壳’。”
羊博士又一次用卫生纸擤鼻子。“那么,现在该你说话了。”
我讲了羊离开羊博士之后的事情。羊进入到了在狱中的右翼青年的体中。他出狱之后立即成为右翼的大人物。之后去了中国的大陆,建立起了情报网,也建立起自己的财产。战后成为A级战犯,用在中国大陆的情报网来交换被释放出来。以从大陆劫持回来的财宝为基础,掌控了战后的政治、经济和情报的后台。等等。
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