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8 風の特殊なとおり道(9)
ぱらぱらと読むともなくページをめくっていくと、最後の方に白いメモ用紙がはさんであるのが目についた。古い黄ばんだ紙をずっと見てきたあとでは、その白い紙片は何かの奇跡のように見えた。そのページの右端には巻末資料とある。そこには有名無名のいわゆる亜細亜主義者たちの氏名?生年?本籍が掲載されていた。端から順番に眺めていくとまんなかあたりで「先生」の名前にでくわした。僕をここまで連れてきた「羊つき」の先生だ。本籍は北海道――郡十二滝町。
僕は本を膝に載せたまま、しばらく茫然としていた。頭の中で言葉が固まるまで長い時間がかかった。まるで頭の後ろを何かで思い切り殴られたような気分だった。
気づくべきだったのだ。まず最初に気づくべきだったのだ。最初に「先生」が北海道の貧農の出身だと聞いた時に、それをチェックしておくべきだったのだ。「先生」がどれだけ巧妙にその過去を抹殺していたとしても、必ず何かしらの調査方法はあったはずなのだ。その黒服の秘書ならきっとすぐに調べあげてくれたはずだ。
いや、違う。
僕は首を振った。
彼がそれを調べていないわけがないのだ。それほど不注意な人間ではない。たとえそれがどれほど些細なことであるにせよ、彼はすべての可能性をチェックしているはずだ。ちょうど僕の反応と行動についてのあらゆる可能性をチェックしていたように。
彼は既に全てを理解していたのだ。
それ以外には考えられなかった。にもかかわらず、彼はわざわざ面倒な手間をかけて説得し、あるいは脅迫し、僕をこの場所に送り込んだ。何故だ?たとえ何をするにしても僕よりは彼の方がずっと手際よくやれたはずなのだ。また何らかの理由で僕を利用しなければならなかったとしても、最初から場所を教えることだってできたのだ。
混乱が収まってくると、今度は腹が立ち始めた。何もかもがグロテスクで間違っているような気がした。鼠が何かを理解している。そしてあの黒服の男も何かを理解している。僕だけが殆んど何のわけもわからずにその中心に立たされている。僕の考えていることの全てはずれていて、僕の行動の全ては見当違いだ。もちろん僕の人生は終始そういったものだったのかもしれない。そのような意味では僕には誰を責めることもできないのかもしれな |
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