size=3]余録
「お前は今夜、ニワトリが2度鳴く前に3度私のことを知らないというだろう」。聖書を読んだ方なら忘れられぬ場面だ。最後の晩餐(ばんさん)のあとでイエスは弟子のペテロにこう言った。その後、すぐにユダの裏切りにより彼は逮捕される▲裁判の場所まで遠くからついていったペテロだが、そこで周りの人に「お前も仲間だ」といわれ、繰り返し「あんな人は知らない」と釈明する。その3度目を言い終わらぬうちにニワトリが鳴き、ペテロは予言を思い出してワッと泣き出した▲若いころ自分がペテロならどうかと思いをめぐらした。念のためいえば何もホリエモンをイエスにたとえるわけではない。ただかつて彼を「わが息子」「新しい時代の息吹」などと呼んだ政治家らの逮捕後の豹変(ひょうへん)を見て、昔の記憶が思い浮かんだ▲その一人である小泉首相は「あのメディアの持ち上げようはどうか」と記者団に反論した。メディアの人気で小泉劇場を盛り上げようとした首相にいわれたくないが、テレビをはじめメディアの手のひらの返しようもすごい。小紙も個々に記事を点検すれば反省すべき点はあろう▲硬直した秩序を詐術で乱すことで人気を集めながら、自己中心の欲望にまかせて失敗するイタズラ者--誰かを思い出すが、実は世界中の神話に登場する「トリックスター」といわれる善悪賢愚の両面性をもつキャラクターの説明だ。この現代社会でメディアも政治家も神話そのままの筋書きに振りまわされたのが情けない▲「易経」の「君子は豹変す」には、すぐそのあとに続く言葉がある。「小人は面(おもて)を革(あらた)む」で、本来の意味は君子は日々進歩していくが、小人はうわべだけを変えるというのだ。昔の人からはしっかりと物事を学ぶことである。
毎日新聞 2006年1月26日 0時11分 |