咖啡日语论坛

 找回密码
 注~册
搜索
查看: 4803|回复: 6

池袋ウエストゲートパーク(连载)

[复制链接]
发表于 2004-11-27 12:14:43 | 显示全部楼层 |阅读模式
  

 
   おれのPHSの裏側にはプリクラが一枚貼ってある。おれのチームのメンバー五人が狭いフレームになだれこんで写ってる色のあせたシール。フレームの絵柄は緑のジャングル。バナナめあての下品な猿たちがスイングしてる。それはこっちの世界と変わらない。プリクラのなかには、ほっぺたとほっぺたをくっつけて、最高におもしろい冗談を今聞いたばかりって顔が並んでる。もちろん、ヒカルもリカもいる。なにがそんなにおもしろかったのか、おれはおぼえてない。そんなシールをいつまで貼ってるんだっていうやつもいる。そのたびに「夏の思い出」とか「過去の栄光」とか適当にこたえる。だけど、本当はなぜなのか、おれにもよくわからないんだ。


 おれの名前は真島铡Hツ辍⒊卮蔚卦喂I高校を卒業した。立派なもんだ。おれのいってた高校では、卒業までに三分の一が退学する。知りあいの少年課の吉岡がいってた。おまえのところはヤー公のファームだって。タタキに、ヤクに、出入り。筋のいいやつは、すぐに上からスカウトされる。なかには、ヤー公にもなれないほどあぶないやつもいた。例えば山井。やつとは小学校からの腐れ縁。やつはでかくて四角くて切れやすくて、なぜか髪の毛が硬い。てっぺんに金色のワイヤーを一万本くらい突き立てた高さ百八十五センチの冷蔵庫を想像してくれ。耳と鼻に開けたピアスを猛犬用のチェーンで結ぶのも忘れないように。やつの戦績はおれの知る限り、五百戦四百九十九勝一敗というところ。とっておきの一敗についてはあとで話すよ。
 やつのあだ名の元になる事件があったのは、中学校二年の夏。山井とクラスの誰かがつまらない賭けをした。東口の区立総合体育館でよく見かけるでかいドーベルマンに、勝てるかどうかってバカな話。山井はおれなら勝てるといい、誰かは無理だといい、みんなはおやつのパン代をそれぞれ思うほうに賭けた。つぎの土曜日、山井とその他大勢はぞろぞろと中学の校門を出て体育館へむかった。その犬がいた。体育館まえの広場、遠くに飼い主のじいさんが座ってる。ドーベルマンはベンチのしたの臭いをかぎながらうろついていた。山井は左手に牛肉の赤身をつかみ、犬へ差しだした。犬は大喜びでしっぽを振り、山井にむかって走っていく。山井は右手に得物を握りこんだ。五寸釘を打ち抜いた木の棒。安物のワインの栓抜きみたいなT字型。おれは山井が技術の時間に得物の先をグラインダーで尖らせるのを見た。五寸釘の先から飛ぶ火花。山井はドーベルマンがよだれを垂らしながら飛びついてくると、赤身を引っこめ右手をまっすぐに突きだした。狭い犬の額に吸いこまれる五寸釘。離れて見ていたおれには音さえ聞こえなかった。山井は右手を一度ぐるりとえぐってから引き抜いた。犬は山井の足元に落ちた。額からはほとんど血は流れていなかった。ドーベルマンは口から泡を吹き全身で痙攣《けいれん》している。誰かが吐く音が聞こえた。おれたちはみんな、素早く広場から消えた。
 つぎの月曜日から、やつのあだ名は「ドーベル殺しの山井」になった。


 高校を卒業したおれはプーになった。まともに就職もできなかったし、する気もなかった。アルバイトもだるいし、やる気がでない。おれは金がなくなると、おふくろがやってる果物屋を手伝ってこづかい銭を稼いだ。
 果物屋といっても銀座にあるようなこぎれいなフルーツパーラーなんかとはわけが違う。うちの店は池袋西一番街にある。それだけで地元のやつならわかる。店の並びはファッションマッサージやアダルトビデオ屋や焼肉屋。死んだおやじが残した露店に毛のはえたような店を守るのはおれのおふくろ。店先にはメロンやスイカ、出始めのビワやモモやサクランボなんて値の張るものばかり並んでる。財布のひもがゆるんだ酔っ払いを狙って終電間際まで店を開けてる、どこの駅まえにもきっと一軒あるような店。それがおれんち。店から、西口公園までは歩いてほんの五分。半分は信号待ちだ。
 去年の夏おれは小銭のあるときや仲間の誰かが金をもってるときは、たいていの時間を池袋西口公園のベンチで過ごした。ただぼんやりと座ってなにかが起こるのを待っているだけ。今日やることなんてなにもないし、明日の予定もない。退屈の二十四時間の繰り返し。でも、そんな毎日でもダチはできる。


 そのころおれの相棒はマサだった。マサは森正弘。おれのいってた高校から奇跡的に四流大学に滑りこんだ秀才。だがマサはほとんど大学には寄りつかず、いつもおれと西口公園でつるんでいた。おれといっしょだとナンパがうまくいくという。やつは日焼けサロンで真っ藷啢い啃丐颏悉坤堡啤⒆蠖衰豫ⅴ工蛉膜筏皮い搿Hツ辘瘟陇斡辘稳铡ⅳ欷郡沥衔骺冥瓮杈摔い俊S晁蓼辍=黏胜い扔辘稳栅侠Г搿¥い趣长恧胜ぁ%蕙丹猡欷庖晃膜胜筏琴Iい物もできずに、ただ店のなかをうろうろと歩いていた。退屈して地下のヴァージン・メガストアの本屋をのぞくと、そこでおもしろいものを見かけた。写真集や美術書、値の張る本が並んだコーナー。メガネをかけたチビのやせっぽちが、大判の本をショルダーバッグに押しこんでる。チビはそのままなに食わぬ顔でレジの前を無事通過。エスカレーターで一階にあがり丸井の正面入口から出ていった。おれたちもチビのあとを追った。交差点を渡り、東京芸術劇場まえの広場で追いつき、おれたちはチビにうしろから声をかけた。やつはそのままの格好で一メートルも飛びあがった。いいカモ。こいつはいくらになるだろうか。おれたち三人は近くの喫茶店に入った。


 結論からいうと一銭にもならなかった。アイスコーヒーをおごられただけ。チビの名前は水野俊司。盗んだ本はフランスのアニメ作家の画集だという。シュンは初めのうちはろくに口もきけなかったが、途中から早口で話しだすとこんどはとまらなくなった。田舎から東京に出てきてデザインの専門学校に入って三カ月。ほとんど誰とも口をきいていない。友達はいない。学校はバカばかり。授業はつまらない。
 早口で話すときも目に表情がなかった。ちょっとあぶない。おれとマサは目をあわせた。ついてない。こいつはタタイたりしてもしょうがないやつだ。シュンはバッグからクロッキー帖を取りだし、おれたちに自分で描いたイラストを見せた。すごくうまい。だがそれがどうしたというんだ。ただの絵じゃないか、そんなもん。おれたちは喫茶店を出て別れた。
 つぎの日、おれとマサが西口公園のベンチに座っていると、シュンがやってきて黙ってとなりに座った。クロッキー帖を取りだしイラストを描き始める。そのつぎの日も同じ。そうして、シュンはおれたちの仲間になった。
回复

使用道具 举报

 楼主| 发表于 2004-11-27 12:19:46 | 显示全部楼层
池袋西口公園(おれたちはカッコをつけるときはいつも「ウエストゲートパーク」と呼んでいた)の本当の顔は週末の真夜中。噴水のまわりの円形広場はナンパコロシアムになる。ベンチに女たちが座り、男たちはぐるぐると円を描きながら順番に声をかけていく。話がまとまれば、公園を出ていく。飲み屋も、カラオケも、ラブホテルも、すぐとなりだ。噴水のまえにはタンスくらいあるでかいCDラジカセが何台も並び、腹に響くようなベースにあわせて、ダンサーのチームが振りつけの練習をしてる。噴水の反対側では、シンガーの連中がギターを抱いて地面に座り叫ぶようになにか歌っている。最後のバスが出ていったあとのターミナルには、埼玉からきた族のクルマが列をつくり、のろのろと流しながらスモークガラス越しに女たちを口説いている。ねえ、おれたちとやんない? 公園の並びの東京芸術劇場は夜はシャッターをおろしているが、そのまえの広場は格好の遊び場だ。ボーダーとBMXのチームがスケートボードとマウンテンバイクのアクロバットを競いあっている。西口公園ではそれぞれのチームに見えない縄張があり、その境界線を武闘派のGボーイズが血の臭いを探すサメみたいにうろついている。公園の角の公斜闼膝蕞`ケット。みんな一晩じゅうなにかを売り買いしている。売人が五分置きに便所にはいり、ルーズソックスのコギャルも売人といっしょに男便所に消えていく。
 そして、土曜日の夜がくるたびにおれたちも熱い湯につかるように一晩じゅう西口公園で時間をつぶした。ナンパすることもされることもあった。ケンカを売ることも買うこともあった。だが、たいていの夜はなにも起こらず、なにかが起きるのを待っているうちに、東の空が透きとおり夏の夜が明けて始発電車が動き始める。それでもおれたちは「ウエストゲートパーク」にいった。
 他にすることはなにもなかったから。


 ヒカルとリカに会ったのもそんな週末の夜。その夜はおれたちにしてはめずらしいことに金があり、めずらしくマサのナンパは空振り続き。もうすぐ、夜が明けそうでマサは焦ってかたっぱしから女たちに声をかけている。やれそうならいいって感じ。おれは噴水の水が噴きあがりくずれて落ちるのをぼんやり眺めていた。シュンは街灯の明かりのした、いつものようにクロッキー帖にイラスト描き。するとおれたちのまえに足が四本並んだ。どちらも流行の白い革のサンダル。ヒールが十五センチもあるやつ。一組の足は色が白くすんなりと伸びて形がいい。もう一組は短いけれどよく焼けていて、肉がたっぷりつまってる。
「なにしてんの?」
 色韦郅Δ伐濂螭违恁氓`帖をのぞきこんで声をかけた。真珠色のスリップドレス。目がおおきくて、ちょっと猿がはいった顔。ショートカット、背がちいさくてかわいい。十六くらいかな。
「えー、すっごーい、チョウマ!!」
 なんで若い女の声ってこんなうるさいんだろう。笑い声なんてサイレンみたい。
「おまえら、うるせーよ」
 思わずおれがそういうと、色の白いほうがこたえた。
「いいじゃん、私たちイラスト見せてもらってるだけなんだから」
 色白のほうは背が高く、韦丐饯坤筏违隶樱预衰撺衰攻`ト。おっぱいがでかくて斜めうえにむかって突きだしている。『ヤングマガジン』のピンナップガールみたい。目があうと瞳は明るい茶色だった。ハーフかこいつ。
「まあまあ、いいじゃない、おふたりさん。なあシュン、お近づきの印にこのお嬢様たちのイラストを描いてさしあげろよ。おまえの絵なんて、こんなとき以外は役に立たないんだからさ」
 女たちと話しているおれたちに気づいたマサが、さっそく戻ってきて声をかけた。マサはこの女たちが気にいったみたいだ。特に色の白いほう。一生懸命コナをかけている。しばらくして、シュンの絵が仕上がった。クロッキーのしたのほう、西口公園の敷石のうえに色のづい俊Cà味趣筏盲荨W悚蚝幛送钉菠坤筏骏互珐`な招き猫のポーズでちょっと甘えたふくみ笑い。画面のうえのほうには、もうひとりの女がいた。真っ白でおおきな天使の羽をはやして宙に浮かんでいる。遠くを見ている視線、悲しそうな横顔。おれはシュンのイラストで初めて気がついた。色白の女はたいへんな美人だってこと。イラストは女たちに大受けだった。おれたち五人はそれから、近くのカラオケボックスにいった。明け方で腹がすく時間だったから。そして同じような歌をたくさん歌った。色白で背の高い女は渋沢光子、色潜长蔚亭づ现写謇硐悚茸约航B介した。ヒカルは私のことを本名のヒカリコで絶対に呼ばないでねといっていた。ちょっと変だなと思ったが、埼玉からきたブスが自分をジェニファーと呼べといいはったこともある。まあいい。ヒカルがなぜ自分の名前が嫌いなのか、その理由がわかったのはずっとあとになってから。
 もうすべて手遅れになってからだった。


 ヒカルとリカはそれから、毎日「ウエストゲートパーク」にやってくるようになった。ふたりのいってるお嬢さん学校も夏休み。おれたち五人はいつもつるんで遊ぶようになった。ヒカルは最初のころ、会うたびに誰かにプレゼントをもってきた。最初はこのまえのイラストのお礼だといってシュンにドイツ製の水彩色鉛筆。六十四色がきれいな木箱に納まってまぶしいくらい。おれはそれまでそんなものを見たこともなかった。つぎはマサにサファイアのピアス。台座は二十二金。友達の宝石屋の娘から買ったクズ石だといっていた。最後はおれ。ナイキのエアジョーダン。例の九五年のマイケル・ジョーダン・モデル。マコちゃんなら似合うと思って。やっぱり、うちのチームのヘッドにはカッコよくなって欲しいもんね。心配しないでね、親戚に個人輸入のスポーツショップやってる人がいるから安く手に入るんだよ。天使の笑顔。おれはしぶしぶ受け取った。
 あとで、リカを呼んで聞いてみた。
「ヒカルは、いつもこうなのか」
「うん、だいたいそうだよ。気にいった人なら」
「ヒカルの家、金持ちなのか」
「そう、代々続いた金持ちだって噂だよ」
「おやじさんなにやってんの」
「オークラ省のエライヒトだって」


 つぎの日、PHSでヒカルだけ呼びだした。待ちあわせは東口のP'パルコ。おれは入口の横の植えこみに座って待った。池袋の狭い空に入道雲が見える。約束の時間にヒカルはやってきた。白いノースリーブのワンピースに白いロングブーツ。アムロの背を高くして色を白くしてうんとグラマーにした感じ。それじゃあ、なにも残らないか。あたりの男たちの視線がヒカルの身体のラインを上下になぞるのがわかる。ヒカルがおれのとなりに座ると、男たちの視線は急に横にそれていった。
「初めてだね、マコちゃんとふたりきりで会うなんて」
「そうだな」
「なにか話があるんでしょう。ここ暑いからどっかサテンでもいこうよ。私がおごるから」
「いや、いいよ。おれが呼んだんだから、おれがおごる」
 おれたちは近くのマクドナルドにいった。アイスコーヒーをふたつ。二階の窓際に席を取る。窓から池袋駅まえの人波が見えた。
「で、話ってなんなの」
「プレゼントのこと」
 不思議そうな表情。ヒカルは黙っている。
「もうひと通りみんなにプレゼントやったろ。だから、プレゼントはおしまい。わかるな?」
「えー、わかんないよ」
 急にふくれ面になった。上目づかいの目が光った。泣くのか、こいつ。
「なあ、ヒカル、人にものをもらうとなにかお返しをしなけりゃならない。それにいつももらってばかりいると、つぎをあてにするようになる」
「いいじゃない。そしたら、つぎもヒカルがプレゼントあげるもん」
 ヒカルの目のふちから大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。となりに座っている男がおれをにらんだ。おれもじっとにらみ返す。やつは目を伏せた。
「いいか、ヒカル、おれたちはホストじゃない。金を使ってくれる女じゃなくても、好きならいっしょに遊ぶさ。だから、もうプレゼントはなし。いいな」
 ヒカルの表情が急に明るくなり、泣き笑いの顔になった。激しいやつ。
「ねえ、最後のもう一回いってくれる?」
「プレゼント……」
「それじゃなくて、そのまえの言葉」
 しかたがないから繰り返した。
「好きならいっしょに遊ぶさ。だから、泣くなよ」
 ヒカルに雨上がりの夏空のような笑顔が戻った。
 おれたちはマックを出た。駅まえのスクランブル交差点で信号待ちをしていると、おれの横でうつむいたままいった。
「ねえ、マコちゃん。誰かの誕生日とか特別にいいことがあっても、プレゼントはだめなのかな?」
「うーん、しょうがねえな。そういうときはいいよ」
 青になるといきなりヒカルが駆けだした。両腕を広げて飛行機のポーズ。人波をかわしながら右に左に旋回する。おれはあきれて見ていた。通りのむこう側に着くと、ヒカルは振りむいて両手でメガホンをつくり叫んだ。
「やっぱり、マコちゃんて、サイコーだよ。また明日遊ぼうね」
回复 支持 反对

使用道具 举报

 楼主| 发表于 2004-11-27 12:21:18 | 显示全部楼层
カラオケやクラブやゲーセンにいったり、ケンカしたり、CDや服をパクったり、盗んだ携帯電話ででたらめに国際電話をかけたり、テレクラのオヤジを呼びだして笑ったり。おれたちの遊びはたわいのないものだった。なんで、あのころはあんなにおもしろかったんだろうか。おれは今でもちょっと不思議だ。だが楽しい時間は続かない。
 八月の最初の週にあの連続女子高生絞殺未遂事件が起きた。池袋のストラングラー(首絞め魔)とかいって雑誌やテレビで話題になったから、まだみんなおぼえてると思う。最初の被害者は都立高校の二年生。池袋二丁目にある「エスパス」というラブホテルで意識不明のまま発見された。女はなにかクスリを飲まされ、首をひもで絞められてレイプされていた。つぎは二週間ほどして、駅の反対側、東口のホテル「2200」で、女子高をやめたばかりのプーの女が同じように意識不明で発見された。どちらも病院ですぐに意識を取り戻したが、犯人については固く口を閉ざして語らなかった。ストラングラーにひどく脅されたらしい。池袋の街には制服のパトロールや私服のデカ(ださいカッコ)があふれた。おれたちにはいい迷惑。
 そうこうしているうちに、どこかの週刊誌が被害者の女子高生の素行を調査してすっぱぬいた。タイトルは「コギャル売春の落とし穴」。同級生はウリの噂を話し、街の知りあいはふたりの値段をばらし、近所の主婦は壊れた家庭環境を楽しそうに語った。ウリで稼いだ金でふたりが買いこんだブランドもののリストは、その号の週刊誌の目玉になった。それからはどのマスコミでもなにを書いてもいいことになったらしく、ひどいイジメが始まった。特別料金でサドの客に首を絞めさせた。屍姦プレイの当然の代償。テレビではSM評論家が家庭でできる安全なSMプレイの解説をする。



 ストラングラーが騒がれだしたころ、リカとヒカルの様子もおかしくなった。なにか言い争っていたのに、おれたちがいくと急に仲のいいふりをしたり、カラオケボックスから真夜中に抜けだして帰ってこなかったり。おれは女同士のことだと思って放っておいた。
 ある日曜日の午後、ヒカルをのぞくおれたち四人はいつものように西口公園のベンチに集まっていた。ヒカルはおやじさんと何カ月もまえからの約束で芸術劇場でクラシックのコンサート。あとでおれたちと合流することになっていた。
 マサはヘアスタイルを念入りにチェックし、シュンは黙ってクロッキー帖にイラスト。いつもの通りの日曜日。化粧を直していたリカがおれのところにくるといった。
「ねえ、マコちゃん、相談があるんだけどな……」
「いいよ、いえよ」
「ここじゃ、ちょっと……」
「なんだよ、マコトだけにしか話せないような相談なのかよ」
 マサが横から口をはさんだ。
「そうだよ、大事な話だから、マサなんかには教えてあげない」
「いいよ、いいよ、ったく、どいつもこいつもマコマコってうるせーんだよ」
 なにかを見つけたらしく、シュンは手を振って立ちあがった。
「おーい、こっち、こっち」
 東京芸術劇場からおりてくる長いエスカレーターの列のなかにヒカルの姿が見えた。肩を出した深い青のドレス。結婚式の二次会なんかで着るようなやつ。マサのピアスのサファイアみたいに光ってる。髪をアップにしたヒカルはきれいだったが、どこか様子がおかしい。人形のようにぎくしゃくした歩き方。ヒカルは着飾った客でいっぱいの劇場まえの広場をふらふらと横切ると、まっすぐにおれたちのところにやってきた。そのまま、ベンチのまえにしゃがみこむ。顔色が悪い。血の気が失せて裸の肩は青い灰色。ヒカルはその場にすこし吐いた。透明な唾液が敷石に糸をひく。
「だいじょうぶか、ヒカル」
 おれたちはヒカルをベンチに座らせた。リカがヒカルの背中をさする。
「おい、シュン、ヒカルにあったかいコーヒーでも買ってきてくれ」
「どうしたの、だいじょうぶ、ヒカル」
 リカは心細そうだった。
 ヒカルはしばらく荒い息をしていたが、しばらくすると口を開いた。
「もう、だいじょうぶ。あのね、アンコールで嫌いな曲をやったの。それで気持ち悪くなっちゃって」
「それ、なんて曲?」
 シュンが紙コップのコーヒーを手渡しながら聞いた。
「ありがと。チャイコフスキーの『弦楽セレナード』」
 おれはそのときやっぱりヒカルはお嬢様なんだなと思った。別世界の話だ。
「あ、ヒカルのおとうさん!」
 おれたちは全員リカの視線の先に振りむいた。背の高い男が立っている。ダークスーツに銀のネクタイ。ふちなしのメガネ。髪の毛は半分白かった。おれはどこかのニュース番組のキャスターみたいだなと思った。目元がヒカルによく似てる。ヒカルのおやじさんはおれたちにあごの先で挨拶すると、劇場通りのほうへ歩いて消えた。
 ヒカルの様子が落ち着いたころ、おれはリカにいった。
「なあ、リカ、相談ってなんだ」
「ああ、あれね、ヒカルも調子悪そうだし、こんどにするよ」
「だいじょぶなのか」
「うん、だいじょぶ、だいじょぶ」
 リカは笑ってそういった。だが、だいじょうぶなんかじゃなかった。そのリカの笑顔をおれははっきりとおぼえている。無理にでも聞きだせばよかった。その相談はその場で永遠に消えてしまったのだから。



 つぎの週の夜、おれが店番をしているとPHSが鳴った。
「もしもしマコト。おれマサ、たいへんなことになっちまった……」
 マサの声が途中でとぎれて、がさがさともみあう音。
「おい、電話代わったぞ。こちら吉岡だ。今日の夕方、中村理香さんが遺体で発見された。今すぐ、池袋署にこられるか。話を聞きたい」
「わかった、すぐいく」
「それでな、おまえ今日一日なにしてた?」
「今日は一日店番だよ、おれを疑ってんのか」
「いいや、でも、まさかってことがあるからな」
 そうだ。そのまさかがリカのうえに起きた。なんだって起きることがある。
「それから、この件はまだ誰にも漏らすんじゃないぞ」
「わかってる、五分後」
「待ってる」
 おれはPHSを切った。二階にあがり、テレビを見てるおふくろに声をかけた。ちょっと出てくる。おれが階段を駆けおりるとあとからおふくろの声が追っかけてきた。今夜も帰らないのかい? ニュースショーでは恐ろしげに池袋西口のラブホテル街を歩く女性レポーターが映っていた。うちのすぐ裏のあたりだ。



 池袋警察署は芸術劇場の裏、ホテルメトロポリタンの隣にある。おれは酔っ払いとカップルでいっぱいの夜の池袋の通りを走りに走った。信号を無視して片側三車線の大通りを突っ切る。リカのことは思いださなかった。走るのは体育の授業以来。それでも足の筋肉は軽々と動いた。夜の風が身体の表をなでる。
 池袋警察署に着くと入口わきの階段を駆けのぼった。少年課の受付で吉岡の名を出した。その夜フロアはごった返していた。リカの事件のせいだろうか。奥のほう、窓際の机で吉岡が立ちあがりおれに手をあげた。机の横にパイプ椅子を置いて、マサが座っている。おれと目があうとマサは泣きそうな顔になった。
 吉岡はゆっくりと歩いてきた。おれから目をそらさない。
「よう、いきなり悪いな、マコト」
「そんなことより、リカはどうしちまったんだ?」
「まあ、こっちにこい」
 吉岡はおれの先を歩きだした。やつの背は低い。脂ぎった薄い髪と日焼けした地肌。安っぽい背広の肩に積もったフケ。おれは黙ってついていった。同じフロアの一角、取調室のドアが並んだ一番奥の部屋に案内された。ビッグブース、Gボーイズの連中がそう呼んでいる取調室。よほどヤバイことをやらなきゃビッグブースはのぞけない。やつらはそういっていた。吉岡と机をはさんで座ると、正面の壁の胸からうえは鏡になっていた。
「これから、おまえのいうことはすべて証拠として記録される。よく思いだして正直に話してくれ、いいなマコト」
 いつもの吉岡の声ではなかった。おれにではなく鏡の裏の誰かにむかって話している。吉岡は今日一日のおれの行動を聞いた。朝は何時に起きた? 昼飯はなにを食った? 昼飯のときなんのテレビを見てた? テレビでタモリはなにしてた? 店番の時間は? 顔見知りは店にきたか? 今日はメロン何個売れた? おれは思いだせる限り正確に話した。今夜はいつもの吉岡じゃなかった。十三で同級生の頬骨をへこませてから五年。おれは吉岡の取り調べには慣れてる。吉岡もおれが慣れてることは知ってる。鏡の裏のやつらはそれを知らない。
「中村理香さんと最後に会ったのはいつだ」
「このまえの日曜日」
「理香さんに特に変わったことはなかったか」
「ああ、なかった」
 なぜかわからないが、リカに相談があるといわれたことをおれはいわなかった。それで地雷を踏んだ。
「なにかおまえだけに、特別な相談があると、理香さんはいっていたんじゃないのか」
「ああ、そういえばそうだ」
 マサだ。しかたない。ヒカルの体調が悪くなったりして、結局その相談は聞けなかったとおれはいった。吉岡はまるでおれを信じない。それから小一時間、話はリカの「相談」のまわりをいったりきたりした。おれは同じ話を何十回も繰り返した。何度繰り返しても話が変わらないとみると、吉岡は席をはずし部屋を出ていった。取り調べが始まって二時間すぎている。吉岡はすぐに部屋に戻ってきた。
「まあ、いいだろう。いっていいぞ」
「ちょっと待ってくれ。おれは聞かれたことをすべて話した。だが、リカのことをなにも聞いてない。そっちだってすこしくらい教えてくれたっていいだろ」
 吉岡は苦虫を噛《か》み潰《つぶ》したような顔をした。おれの胸ぐらをつかんでおおきな声を出す。
「このバカ野郎。調子に仱毪省ⅳ长欷蠚ⅳ筏坤尽¥蓼à撙郡い圣隶螗豫椁恕ⅳいΔ长趣胜螭ⅳ毪筡
 おれの顔に吉岡のつばとタバコ臭い息がかかる。吉岡はおれだけに聞こえるように急に声を落とした。
「バカ野郎が、せっかくの芝居を台なしにしやがって。もうちょっと続けてろ。あとで教えてやる」
「どうも、すみませんでした、刑事さん」
 おれは思いきりおおきな声を張りあげた。
「まあ、いいだろう、おれの机で待ってろ」
 ビッグブースを出るとき吉岡はおれの肩を叩いた。いつもより当たりは強かったが、おれは申し訳ありませんでしたと、もう一度おおきな声であやまった。
回复 支持 反对

使用道具 举报

 楼主| 发表于 2004-11-27 12:36:23 | 显示全部楼层
吉岡の机にいくと、もうマサの姿はみえなかった。夜の十二時をすぎて、人影もまばらになっている。十五分ほどすると、吉岡がやってきた。
「マコト、おまえしょうがねえやつだな。本庁の捜査一課のまえで事件のネタなんか聞きたかったのか。やつら明日の新聞に載るようなことだって、もったいぶって極秘扱いしてんのによ、このど素人が」
「刑事さん、すみませんでした」
 おれはまた大声でいった。
 吉岡は苦笑いをしている。
「しょうがねえな、おまえいつでもそうならいいんだけどな。腹減ったろう。ラーメンでもおごってやる、さあこい」
 おれたちは警察署を出て、西口公園裏の博多ラーメンの店にいった。終電のあとでも店は満員。脂っぽいテーブルと椅子と空気。注文はラーメンと餃子とビール。コップは二個。
「飲むか」
 吉岡はおれに聞いた。首を振ると自分のコップに注いで一息で飲みほす。
「それより、リカのことを教えてくれ」
「まあ、ちょっと待ってろ」
 吉岡はな謳い蛉·辘坤贰ⅳ韦兢堡胜い瑜Δ吮潮砑垽蛄ⅳ皮普iみ始めた。
「本日、午後六時二十分、池袋二丁目のホテル『ノッキング・オン・ア・ヘブンズ・ドア』──なんでスケベホテルにこんなしゃれた名前つけんだろうな最近──602号室で埼玉県川口市の中村理香さん十六歳が遺体で発見された。発見者は同ホテルの清掃パートのおばちゃんだ。詳しくは司法解剖の結果を待たなければわからないが、死因はまあ絞殺だろう。首にひものようなもので絞めた跡が残っていた。警察では午後四時三分に中村理香さんといっしょにホテルに入った若い男の行方を鋭意捜査中だ」
 ラーメンがきた。白く濁ったスープを吉岡はうまそうにすする。おれははしを割ったが食欲がまるでなく、一口も食えなかった。
「犯人はやっぱりストラングラーなのか」
「わからんが、その線も有力だな」
「ビデオとかは残ってないのか」
「そんなもんですぐにホシがあがるんなら、東京中にカメラを置きゃあいいんだ。おれたちが楽になる。だがなストラングラーのときも、ホシは自分だけうまくカメラの死角をついてホテルのフロントを抜けている。やつは何度もスケベホテルの下見をしてるとおれは思うな。池袋のラブホテルに詳しいし、頭の切れるやつだ」
 おれは吉岡がラーメンと餃子を腹につめこむのを見ていた。今ごろになってリカの笑顔を思いだす。招き猫のポーズ。
「まあ、そんなに思いつめるな。だがな、なにか思いだしたことがあったら、いつでもおれに連絡すんだぞ。おまえ、おれの携帯の番号わかってんだろ」
「ああ」
 吉岡はビールの最後の一杯を飲みきった。
「こっちは、これから徹夜で書類書きだ。たまらんな……」
 おれは目のまえに置かれた空っぽのコップをじっと見つめていた。
「それからな、マコト、おまえ自分たちでなにかやろうなんて手を出すんじゃないぞ、この変態野郎は警察の獲物だ」



 つぎの日、おれたち四人は西口公園のベンチに集合した。リカの葬式にいくために。JRで池袋から川口へ。川口の駅からはタクシー。リカの家にいくのはみんな初めてだった。タクシーがリカの家に近づくとし郡摔膜瑜Δ摔胜盲俊¥ⅳ郡辘悉韦螭婴辘筏糠肿j住宅地。おれたちは行きどまりの路地の入口でタクシーをおりた。両側に白いマッチ箱のような家が並んでる。どの家にも同じような阒菠à纬啶せā¥坤ⅴ辚渭窑韦蓼à暇伽去匹欹鹰幞椁去欹荸`ターでごった返していた。喪服の人たちはスポットライトから顔をそむけて並んでいる。おれたちも列の最後についた。おれには初めての葬式だった。おやじのときはちいさすぎてなにもおぼえていない。玄関わきで名前を書いて香典を渡し、まえのまねをしているといつのまにかまた家の外に出ていた。あっけない。おぼえているのは、リカのおやじさんとおふくろさんと妹が三人で固まってちいさくなっていたこと。一晩で目のしたにくまができ顔から肉が落ちている。ショックのあまり涙も流せない顔。そして、天井まで届く白い花に囲まれた、リカなら自分では絶対に選ばない遺影。たぶん高校入学のときの写真なのだろう。リカはまだサロン焼けのしていない白い顔で純真そうに笑っている。家でのリカはどんなやつだったんだろう、おれには想像できなかった。
 外に出ると夏の午後の明るい日ざしがまぶしかった。リカの同級生の泣き声のなか、おれたちはリカの家を離れた。ヒカルは音を立てずに泣きながら歩いた。タクシーをとめて川口駅へ戻った。陸橋をのぼるときクーラーのきいたタクシーの窓いっぱいに入道雲が見えた。上半分は太陽があたって輝くように白い。リカはもう入道雲を見ることはない。おれの頭のなかではひとつの言葉がぐるぐるまわっていた。
 リカのためにできること、リカのためにできること、リカのためにできること。



 おれたちは川口駅の改札のまえで解散した。みんな言葉がすくない。マサとシュンは改札を通ってホームにおりていった。ヒカルはいつまでものろのろしている。おれはひとりになりたかった。
「おまえも、いけよ」
「ちょっと、話があるんだけど」
「聞きたくない」
「リカのことでも」
 リカのことなら聞かないわけにはいかない。ヒカルとおれは駅前のファミリーレストランにいった。硬いビニールの椅子に座る。ヒカルがいう。
「テレビとか雑誌とかで、いつかばれちゃうと思うから先にマコちゃんにいっておくね。あの、リカね、ときどきバイトしてたみたい。マサとシュンには、マコちゃんからいってね」
「それウリのことか」
「でも、最後までは売らないってリカはいってた。テレクラとかで客を探してカラオケいったりカップル喫茶いったり、Bどまりだって」
「だけど今回は……」
「そうだね、お金に困ったら最後までいってたのかもしれない」
 手をつけていないアイスコーヒーのコップが、びっしりと汗をかいている。
「ヒカル、リカの心配事聞いてないか。おれ、このまえの日曜日に相談があるんだけどっていわれて、そのままになってるんだ」
「あれのことかな」
 ヒカルは眉をひそめた。
「なんでもいい、いってみろよ」
「うん、ちょっと変だけど金離れがすごくいい客がいるんだって。リカはセンセイって呼んでた。怖いからって、待ちあわせの場所までリカといっしょにいったことがある」
「おまえ、その男の顔おぼえてるか」
「うん、だいじょうぶ」
 おれはPHSでシュンを呼んだ。シュンはまだ池袋にいた。クロッキー帖と鉛筆をもってすぐに川口に戻るようにいう。
 リカのためにできることが、なにかありそうだった。



 話だけで似顔絵を描くのは初めてだとシュンはいっていた。おれがセンセイの特徴をヒカルから聞きだし、それをシュンがちょっと描いてはヒカルに見せ確認する。作業はほんのすこしずつしか進まなかった。いつのまにか、ファミレスの窓の外は夜になっている。どうにか、ヒカルが満足できる絵があがるまでに三時間たっていた。絵のなかには髪を真んなかで分けた男がいる。ぼんぼんだ。あごのとがったスリムなハンサム。こいつ学校では成績が良かったんだろなとおれは思った。
「わるいな、シュン。これそこのコンビニでコピー百枚くらい取ってきてくれ」
 シュンがファミレスを飛びでていくと、おれはPHSでGKを呼びだした。



 GKはゴールキーパーの頭文字じゃない。Gボーイズの王様《キング》って意味。やつの名は安藤崇。タカシは池袋のギャングボーイズを束ねてる頭で、すべてのチームの王様。どんなふうにやったかって? こぶしとアタマで。おれのいってた高校の二大有名人ていうのが「ドーベル殺しの山井」と「カール安藤」だった。カールはカール・ルイスのカール。山井はでかくて力があってタフで強い。タカシはしなやかで速くて正確で強い。背は百七十五くらい。山井より十センチも低く、体だって薄かった。だがやつの腕や脚はぎりぎりに絞りあげたワイヤーロープのように引き締まっている。おれは、池袋のクラブでタカシがジャケットの袖に引っ掛けて、テーブルからグラスを落とすのを見たことがある。やつはなにかダチと話しながら落ちていくグラスに気がつき、すぐにテーブルのしたに手を伸ばした。つぎに手がテーブルのうえにあらわれたときにはさっきのグラスが握られていた。ドリンクは一滴もこぼれていない。しかもグラスをもった手は、グラスを引っかけた手と同じ手。魔法のような速さだった。おれはそのあと、タカシのところにいって話しをした。やつは生まれてからなにかを地面に落としたことがないといった。地面に着くまえにみんな拾えるじゃないかと。
 山井とタカシのタイマンがあったのは高三の夏。そのふたりがダントツで強いのがわかってるまわりが、卒業するまえにどちらが強いのか確かめたくて話をたきつけた。そうするとおかしなもので、だんだんとそうしなきゃならないムードに当人たちもなっちまった。ふたりにはいい迷惑。ある日山井がおれのところにきて、立会を頼むという。他には頼めるようなダチはいないからと。おれは別に自分を山井のダチだと思っていなかったが、恥ずかしそうに頼むやつを断りづらくなり話を受けた。
 つぎの日曜日、閉めきった体育館で世紀の対決は始まった。観客は満員、退学したやつさえ見物にきてる。賭け率は六対四で山井が優勢。板張りのバスケットコートのセンターサークルのなか、タカシは山井のまわりを左に円を描きながら、ちいさな素早いパンチを出した。背筋がすっきりと伸びて、腕だけがバネ仕掛けのように突きだされ跳ね戻る。同じ箇所に同じように鋭いパンチを三発四発。山井はなんとかタカシを捕まえようとしたが、タカシの脚には羽がついてる。たまに山井の振りまわす横なぐりのこぶしがタカシをかすめることがあった。しかし、そんなときもタカシは顔色を変えず決して大振りをせずに、同じように正確で速いパンチを当てていった。それを見たとき、おれはその勝負の行方がわかった。
 タカシのパンチは山井のパワーとスタミナを一撃ごとにそぎ落としていく。山井も化け物みたいにタフだった。パンチの雨を食らってもまえにまえに出ていく。しかし十五分後に立っていたのはタカシだった。もっとも、タカシの最後の台詞は「おまえとは二度とやりたくない」だったけれど。
回复 支持 反对

使用道具 举报

 楼主| 发表于 2004-12-4 16:14:27 | 显示全部楼层
「もしもし」
 タカシのゆったりした声がPHSから流れだした。
「おれ、マコトだ。今夜、各チームのヘッドを集めてくれないか」
「それはおまえのところの女の子のことか」
 あいかわらず、話が早い。
「そうだ、なにかしてやりたい。いいネタがある」
「ストラングラーか……」
 しばらく間が空いた。おれはPHSから流れる街の雑音に耳を澄ませていた。
「いいだろう、今夜九時にホテルメトロポリタンのロビーで会おう。招集をかけておく」
 タカシの電話は切れた。おれは心配そうにこちらを見ているヒカルにうなずいた。



 夜のホテルメトロポリタンのロビーはすいていた。ホテルマンの視線は、ロビーに置かれたソファの一角に集まっている。Gボーイズのヘッドが四人、ボーダー、BMX、シンガー、ダンサーそれぞれのチームのヘッドが各一人、そしてタカシとおれ。全員のメンツがそろうとおれたちはエレベーターでタカシが予約した会議室に移った。
 思いおもいの派手なカッコをしたガキが十人、じ铯沃匾郅毪撙郡い室巫婴摔饯攴丹盲俊¥胜胜我娢铯坤盲俊Ulも口をきかない。タカシが最初の挨拶をした。
「先週、定例のミーティングをしたばかりだが、急に集まってもらってすまない。今日は、例のストラングラーのことできてもらった。招集をかけたのはそこにいる真島栅馈¥撙螭省ⅳ饯い膜韦长趣现盲皮毪坤怼¥饯い膜违俩`ムの女が昨日殺されたことも。さあ、マコト、話せ」
 おれはリカの話をした。吉岡の情報とウリのバイトの話。そして、ヒカルの見たセンセイの話。おれは似顔絵のコピーの束を取りだし、メンバーにまわした。
「おれはこのミーティングでみんなにガードシステムを動かしてもらいたい。二十四時間のパトロールにホテルとテレクラの張り込みだ。それから池袋のあらゆるボーイズ&ガールズにこの似顔絵をもたせてほしい。二人死にかけて、一人はやられた。そろそろ、おれたちもこの街とおれたち自身のために、本気で動くときだとおれは思う」
「また、ストラングラーが動くという保証はあるのか」
 スキンヘッドのGボーイズのひとりがいった。
「わからない。でもこの一月で事件が三件も起きている。おれは間違いなく近いうちにまた起きると思う」
「そのセンセイがストラングラーだという証拠は? ただのスケベオヤジかもしれない」
 長髪をインディアンのように編みあげたシンガーのヘッドがいった。
「その可能性はある。だが、その線しかおれにはたぐる情報がないんだ。やってみる価値はある。それにおれたちは警察じゃない。どんな手を使っても口を割らせてやる。しらを切り通すことはストラングラーにも絶対できない」
 ひとりずつ順番に意見をいっていった。必ず発言しなければならないのがこのミーティングのルール。とりをタカシが締めた。
「よし、みんなの意見はわかった。これから一カ月間、Aクラスのガード態勢に入る。四交替で二十四時間、各チームからガーディアンを出してもらいたい。ラブホテル街、テレクラ、それにカップル喫茶。すべてにガーディアンを張りつかせよう。それから、池袋にいるすべてのガキにこの似顔絵を三枚ずつもたせろ。そのセンセイを第一のターゲットにして、年の離れたカップルには特に注意するように。いいか、こんどはおれたちがストラングラーを狩る番だ」



 リカの葬式の翌日から池袋の街はコンバットゾーンになった。警察も、Gボーイズも殺気立っている。新聞やテレビは連続絞殺未遂犯が、ついに最初の犠牲者を生んだとセンセーショナルに騒ぎ立てた。やつらは楽しそうだった。商売のいいネタ。おれは、ストラングラー狩りのコーディネーターになった。パトロールの人間の割り振りをし、各チームから連絡を受ける。そして三日に一回六時間、マサとシュンそれに都合がつけばヒカルといっしょに、池袋のジャングルの巡回に出た。おれのもとにはタカシから足のつかない携帯が五台届けられ、始終呼びだし音が鳴るようになった。頭を使ってくたくたになるのは生まれて初めての経験だ。



 それから一週間があっさりとすぎた。有力な情報はすくなく空振りが続いた。援助交際のオヤジとコギャルのカップルがいくつか網にかかっただけ。しかしガーディアンになった池袋のボーイズ&ガールズは誰ひとり文句をいわなかった。街でリカの顔を白钎抓辚螗趣筏浚豫伐悭膜蜃扭骏巫摔郡摔膜瑜Δ摔胜盲俊1kしたソバージュの頭、目にかかる髪を貫いてまっすぐに正面をにらむリカの強気な顔のしたには、REMEMBER Rと血のような赤い文字。サンシャイン通りに出ていた露店で、おれもそのTシャツをコロンビア人から買って着た。



 パトロールの合間、おれとマサとシュンが西口公園のベンチで休んでいると男がふたりやってきた。ひとりはメモ帖にセンスの悪い违伐绁毳扩`バッグ。もうひとりはおおきなフラッシュつきのカメラとカメラバッグ。首筋に流れる汗を拭きながら太ったメモ帖がおれに話しかけた。
「こんちは、君たち、殺された中村理香さんのことは知らないかな」
 おれたちは視線をかわした。マサの目が細くなる。あぶない。
「いいや、それ誰のこと」
 おれは調子をあわせた。
「ストラングラーに殺された女の子だよ。知ってるだろう、ウリをやってたとかいう。ホントについてないよな、ブランドの服だのカバンだの買うために身体売って殺されちゃうなんてさ」
「そうだな、なにかわかったことあるかい」
 おれは声を抑えた。
「いや、この子はまえのふたりと違って友達連中の口が固くてな。まあ、組織売春の疑いはちょっと出てきたんだけど」
 あのリカが組織売春? わからない。おれがもうすこし話を聞きだそうとするとマサがいきなりメモ帖を殴った。シュンはカメラにつばを吐き、催涙スプレーをカメラマンに吹きかけた。
「ふざけんじゃねえ、リカのでたらめ書いてっと、殺すぞ」
 マサが叫んでいる。
 人が集まってくるまえに、おれたちは走って西口公園から消えた。



 それからさらに二週間。ストラングラーの姿は見えず、Gボーイズの跳ねあがり連中が我慢できなくなり、オヤジ狩りを始めた。年の離れた援助のカップルを狙って。まあ、しかたない。自業自得。おれのPHSには吉岡から電話が入った。なにか狙ってんじゃないだろうな? 街がぶっそうだぞ。なにも知らない、なにもしてないとおれ。吉岡は獲物は必ず警察に渡せといって電話を切った。
 そのころ、真夜中のパトロールで。おれたち三人はラブホテル街をぶらぶらと流していた。コンビニのまえでGボーイがガードレールに座り、携帯でどこかに電話中。ガーディアンだ。むこうはこちらを視線で確認し、おれはちょっとうなずき返した。そのまま、両側にラブホテルが並んだ細い通りに折れていく。薄暗い。どこも空室の青いサイン。街灯の光りの輪のなか立ちんぼの女がふたりいた。ぎりぎりのミニスカート。遠目には若い女のようだが、そばによると深いしわを隠す化粧。三十代後半から五十までいくつにでも見える顔だった。ふたりはおれが着ているリカのTシャツを見た。
「がんばんなさいよ、あんたたち。その子の仇《かたき》とってやってね」
 おれはシュンが描いた似顔絵を渡した。リカの事件があってから、今までばらばらだった人間たちを結ぶかすかな絆が、池袋の街に生まれたようだった。



 一カ月のガーディアン活動も終わりに近づいた四週目の週末。機械のようにパトロールと張り込みは続いていた。Gボーイズはやると決めたら必ずやる。その夜は明け方まで当番だったので、おれたち四人は八時すぎに西口のマクドナルドで晩飯にしていた。ビッグマックたくさんとポテトとコーラ。どの席も満員で、タバコの煙で部屋の反対側がかすんで見える。土曜の夜は窓から見おろす池袋の人波もいつもより楽しげ。おれのリュックのなかで携帯のどれかが鳴った。ヒカルがリュックに飛びついて携帯を取りだす。二個目でビンゴ。おれに渡す。
「こちら、マコト」
「マコトさん、キラーズーのヨシカズです。今、丸井の裏のカップル喫茶『メゾピアノ』のまえにいます。センセイそっくりの男が若い女を連れてはいっていきました」
「わかった、そこにいてくれ。五分で着く」
 おれは電話を切り、みんなに声をかけた。
「カップル喫茶『メゾピアノ』、いくぞ」



 池袋西口ロータリー前のマクドナルドから、西口五差路の丸井まで早足で歩いて三分。丸井を通りすぎて二本目のちいさな道を曲がると飲み屋が集まった一角。カップル喫茶「メゾピアノ」はその通りの左手にある鉛筆みたいに細い雑居ビルにあった。看板などは出ていない。知らなければ通りすぎてしまいそうだ。通りに面した薄汚れたエレベーターのまえに、十四、五の中坊くらいの背の低いGボーイがいた。だぶだぶのジーンズを腰骨ではいて、なかで泳げそうなくらいでかいユタ・ジャズのユニフォームを着てる。おれは親指を立てて挨拶した。
「ヨー、ごくろうさん。やつは何分くらいまえに入ったんだ」
「まだ十分もたってないと思います」
「なんで、『メゾピアノ』だとわかった」
「エレベーターが六階に止まって空になって戻ってきましたから」
「このビル、エレベーターのほかに出入り口は」
「非常階段がありますけど、どちらにしてもビルの外に出るのは、この正面の入口を通らなきゃ無理です」
 ヨシカズははきはきとこたえた。賢いやつ。
「お手柄だな。キラーズーのヘッドとタカシによくいっておくよ」
 どうするかなあ? おれはヒカルを見た。ヒカルがうなずく。
「これから、おれはヒカルと店のなかに入ってセンセイの顔を確かめてくる。おまえはタカシに電話して、おれたちが張りついてることを報告してくれ。それからあと、おまえたちはタカシの命令で動いてくれ。いいな」
 おれはマサとシュンの目を正面から見た。シュンはうなずいた。マサはちょっと不満そうだったが、やはりうなずいた。
回复 支持 反对

使用道具 举报

 楼主| 发表于 2004-12-4 16:15:55 | 显示全部楼层
エレベーターのドアが六階で開くと狭い廊下をはさんですぐ正面にMezzo Pianoというプラスチックのプレートがさがった灰色のスチールドアが見えた。普通のマンションなんかのドアと同じ。店っぽくない。おれはドアを引いた。
 蛍光灯で明るい廊下にくらべて店のなかは薄暗かった。カーテンで仕切られた三畳ほどの狭いスペース。右手にカウンターがあり、さ庭骏い摔嗓袱绀冥颏悉浃筏恐心辘文肖毪盲皮い搿D郡饶郡ⅳ盲俊
「いらっしゃいませ」
 ひどく柔らかな声。ヒカルとおれは店のなかに足を踏みいれた。
「こちらへどうぞ」
 どじょう髭がおれたちを案内する。ぅ`テンを分けて店の奥にいくと、八畳ほどの横長のスペースに赤いベルベットのソファが六組、ちいさなテーブルをはさんで対面するように置かれている。暗さに目が慣れないおれには、ぼんやりした人の輪郭しかわからなかった。おれたちがはいっていくとカップルの動きが一斉にとまった。残りの空席は手前の角にひとつだけ。おれたちはそこに座った。どじょう髭がペンシルライトでメニューを照らし、ヒカルが注文する。
「ウーロン茶」
「それをふたつ」とおれ。
「かしこまりました」
 どじょう髭がカーテンをあげて出ていくと、となりの二十代後半のリーマンとOL風のカップルがまず動いた。女が男の足のあいだにひざをついてリーマンのペニスをくわえた。わざと音を立てる。男は尻を突きだしている女のタイトスカートを手を伸ばしまくりあげた。OLはしたになにもはいていない。正面の中年カップルに見せつけるように女は腰を小刻みに揺らせている。ヒカルがおれの肩に腕をまわし、耳の穴に舌をいれてから囁いた。鳥肌。
「マコちゃん、なにもしないとかえって変だよ。私はいいから気にしないで」
 ヒカルはそういうとおれの右手を取って、ホルタートップの胸に押し当てた。ノーブラ。どろどろと粘る熱い液体がつまった柔らかな風船。握り締めると指のあいだからなにかがこぼれそうだ。おれは勃起した。
 ヒカルの胸をもみながら、おれは店のなかを見渡した。おれたちの正面では頭が薄くなりかけたオヤジとその妻という感じの地味なふたりが目を丸くしている。このカップルはパス。となりのリーマンとOL、そしてそのむかいの手慣れたふうの中年カップルもパス。残るのは一番奥のソファの二組だけ。カップル喫茶では目をあわせたりしなければ、お互いにいくらしつこく見つめてもいいらしく(というよりみんなそうしている)おれには好都合だった。一番奥の斜めまえのソファには、ジーンズ姿の学生がふたりはまぐりみたいにぴったり張りついていた。そのうちにやつらはジーンズを脱ぎ、下着も脱いだ。白いソックスははいたまま。不思議だ。そして最後に、おれたちと同じ並びでソファをひとつ置いて、その男がいた。小便をするようなポーズを女にとらせうしろからクリトリスをこすっている。女はまだ若く、十代の最後のコーナーをまわったあたり。アーアーアー。男はふくろうのように首を振り周囲に視線を飛ばしていた。真んなか分けの髪、シュンの似顔絵よりやせて鋭そうな顔。だが、あのセンセイだった。おれはヒカルの耳に唇をつけて囁いた。ヒカルがため息を漏らす。
「手前の列の一番奥のカップル、よく見てくれ」
 ヒカルは頬を染めたままうなずいた。そのまままえかがみになり、おれの太ももに顔をのせ仱辘坤工瑜Δ税陇违渐榨·蛞姢搿%谣毪问证悉欷问ⅳ辘ⅳ盲骏榨ˉ攻施`のうえをなで続けている。しばらくすると、ヒカルはまたおれの首に抱きつき耳元でいった。
「間違いない、あの男がセンセイよ」



 それからしばらくいちゃいちゃのまねごとをして、おれとヒカルは店を出た。カウンターで金を払う。カウンターのまえに並んだ椅子に席が空くのを待つカップルが三組。エレベーターのなかで、ヒカルは癖になりそうといった。またふたりでこようねと。エレベーターをおりると雑居ビルのまえには誰もいない。ガーディアンらしき人影さえ、どこにも見当たらなかった。おれはすぐにタカシにPHS。
「タカシか、センセイに間違いないそうだ。確認してきた。これから、どうする?」
「まず、女を帰せ。クルマとバイクも用意してそのビルのまわりは網を張ってある。なあマコト、これからどうするじゃないだろう。おまえはどうしたいんだ?」
 タカシはだてにGボーイズのキングと呼ばれてるわけじゃない。やつには人の心を読む力がある。そこが山井との一番の差だ。
「おれは直接やつがストラングラーかどうか確かめたい。ちょっと荒っぽいことになるかもしれないけどな。やつを逃がさないようにバックアップだけ頼む」
「よし、いけ、マコト。ストラングラーをしとめてこい」



 あとで電話するといってヒカルを帰した。むちゃはしないでねと心配そうにいって、ヒカルは東京芸術劇場のほうへ消えていった。おれは路地を渡ったむかい側のガードレールに座って、センセイを待った。待つことはまったく苦にならなかった。
 REMEMBER R。
 それからさらに三十分、夜十時をまわった。何度目かのエレベーターの扉が開き、若い女の肩を抱いたセンセイが雑居ビルの入口にあらわれた。白っぽいスーツでネクタイはなし。肩にはコーチのショルダーバッグ。女の足元はかなりふらふらで、やつは女を支えるように歩きだした。振り返って後ろを確認する。おれも動きだした。丸井の交差点を渡り、芸術劇場へ。ボーダーやBMXのチームはいつもの土曜の夜と変わらず劇場まえの広場で見事なスタントを見せていた。センセイは人波をかき分けるようにして、西口公園の裏手にあるラブホテルにむかっている。ふたりは公園を出て芸術劇場わきの細い路地に入った。周囲に人影はない。暗い路地のつきあたりにはラブホテルが二軒。サービスタイム、四千円より。
 おれは早足でふたりを追い抜き、ラブホテルのまえに立った。センセイとおれの目があう。やつは俳優みたいな端正な顔。若く見える三十なかば。どこかの品のいい女子大のセンセイという感じ。意外と小柄だった。百七十ちょうどというところか。
「なんだ、君は」
「なんでもないよ、ただあんたがストラングラーかどうか、確かめたい」
 とたんにやつはあわてだした。泳ぐ目。
「なにをいってるんだ。私は彼女とデートしてるだけだ。強盗なら人を呼ぶぞ」
 女の目はとろんと溶けて、視線は夜の空をさまよっている。
「呼びたきゃ、どうぞ。だが、呼ばないんなら、そのバッグ見せてもらう」
 やつはいきなり女を突き飛ばした。女はそのままぐったりとアスファルトに倒れ、起きあがってこない。やつはショルダーバッグのポケットからなにか光るものを取りだしおれに向けた。細い刃。メスのようだった。センセイは泣きそうな顔になっている。
「いけ、早く、あっちいけ。のろのろしてると刺すぞ」
「やりたきゃやれよ。でも、おまえはもう絶対に逃げられない。こっちはあたりをびっちり張ってるんだ」
「嘘をつけ」
 路地裏で震えるメス。
「いいや、ほらあんたのうしろにも」
 やつはメスをおれにむけたまま、首だけでちらりと振りむいた。おれはリュックを肩から落とし、肩ひもをにぎってやつの右手に叩きつけた。ちいさく速く。リュックのなかには連絡用の携帯が五台とおれのPHSがはいってる。最初の一撃でメスが飛び、つぎは頭を狙った。二発三発四発。おれはリュックを振りまわし続けた。やつは頭をかかえてへたりこんでしまう。
「見事だな」
 おれの背後から声がした。リュックを振りかざしてすぐに振りむく。タカシが腕を組んで立っていた。薄く笑っている。
「ゲッ……」
 なにかを吐き戻すようなセンセイの悲鳴に正面を見ると、タカシのチームのやつが、ちょうどセンセイを蹴り倒したところだった。うつぶせにのびたセンセイの両手首と足首に、プラスチックの輪のようなコードを通す。コードを締めてぱちんと音を立てて留めると、やつはまったく身動きできなくなった。
「アメリカ製だ。よくできてるな」
 タカシがいった。おれは道端に落ちているやつのショルダーバッグを拾いあげた。フラップを開ける。麻のロープ、手術用の手袋、なにかわからないとろりとした透明な液体が入った小びん、バイブレーター二本、メスがもう一本、ポラロイドカメラ、ストップウォッチ。タカシはおれを見て首を振った。
「やめろ、見るな。私の私物だ。おまえたちはいったい何者だ。警察じゃないんだろ。私にこんなことをしてただで済むと思ってるのか」
 いも虫のようにもぞもぞと身体をくねらせながら、地面で男が叫んでいる。
 タカシは落ちているメスを拾った。男にむかって歩いていく。チームの男はさっと身を引いた。
「おまえ、『チャイナタウン』て映画知ってるか。ジャック・ニコルソンとフェイ・ダナウェイ。いい映画だったよな、おれはビデオで見ただけだけど」
 タカシはセンセイの横にしゃがむと髪をつかんで頭をもちあげた。じっとセンセイの目をのぞきこむ。
「ああ、知ってる。ロマン・ポランスキー監督。いったいなにをしようっていうんだ」
 センセイはタカシの目の力に負けて視線をそらした。
「おまえがすべてしゃべれば、なにもしない。おまえは池袋のストラングラーだな、どうなんだ」
 タカシはメスの先を、センセイの左側の鼻の穴にいれた。
「知らない、それについては私はなにもいいたくない。私には黙秘権があるはずだ」
 タカシはメスを手前に引いた。プツッと厚手のビニールを切るような音。センセイの小鼻が切れ、傷口から血があふれだした。わけのわからない悲鳴をあげるセンセイの歯と歯ぐきが赤く染まった。よだれといっしょに赤い泡がアスファルトに落ちる。
「よく切れるな、このメス。黙秘権などおまえにはない。もう一度聞こう。おまえはストラングラーだな」
 こんどは右の鼻の穴にメスをいれた。センセイは涙目になっている。
「わかった、もう切らないでくれ。そうだ、私がやったんだ」
「リカを殺したのもおまえなのか」
 おれはやつに聞いた。
「こたえろ」
 タカシはほんの二ミリほどメスを鼻の奥にすすませた。
「いいや、私は殺しはやってない。これはゲームなんだ。薬の量もきちんとはかっているし、首だってストップウォッチを見ながら絞めている。殺人なんてぶざまなことは、私はしない」
 タカシとおれは顔を見あわせた。
「本当か。本当にそうなのか」
 おれもやつの横にしゃがみこんだ。
「そうだ、いくら責められてもやっていないものはやっていない。それより、早く医者に連れてってくれ。私の鼻に傷が残ってしまう」
「無理だな、もうすぐ、ここには警察がくる。あんたはもう逃げられない」
 こたえるタカシの声を聞きながら、おれはリカのことを考えていた。こいつは本当にやっていないんだろうか。それとも、なんとかここを切り抜けたくてバクチを打っているのか。
「やめてくれ、金なら出す。一千万でも二千万でも、おまえたちが見たことのないような金を積んでやる。私は死んだ女のことはよく知らないんだ」
「おまえ、リカのこと知ってるのか」
 おれはいった。
「ああ、何度か援助したことはある」
「首も絞めたのか」
「一度だけだ。きちんと金も払ったし、お互い納得ずくのプレイだったんだ」
 おれには返す言葉がなかった。男の目に奇妙な光りが見えた。
「私にこんなことをして、ただでは済まさんぞ。警察に捕まるなら、そこでおまえたちのことを証言して訴えてやる。おまえたちも刑務所に送ってやるぞ、傷害罪だ」
 男は酔っている。自分がドツボにはまってることさえ忘れて。タカシはおおきく笑った。心から楽しそうに。
「おまえは自分が賢いと思ってるな。いつもお勉強ができたから、それだけの理由で。だがな、欲に誘われてジャングルに入っちまったときが、おまえの撙韦膜坤盲俊¥长长袱悚嗓螭胜肆⑴嗓胜膜啶坤盲皮蓼à撙郡い圣芝郡蚓趣Δ长趣胜螭皮扦胜ぁ¥铯毪筡
 タカシの顔で動いているのは口だけ。男のことを見てさえいない。
「うるさい、最高の弁護士を立てて私はすぐに戻ってくる。きっとおまえたちに復讐するぞ、金で動くヤクザものにおまえたちを襲わ……」
 タカシはメスを引いて、残りの小鼻も切った。髪をつかんだ左手でセンセイの顔をアスファルトに叩きつける。ほんの一瞬のことだった。ピッ、グシュ。鼻が潰れる音。男はなにか叫びながら泣いている。
「いこう、もうサツがくる」
 タカシはそういうと、右手をあげて人差し指で空中にちいさな円を描いた。路地の両端で通行人をとめていたGボーイズたちが去っていく。
「さあ、マコト。おれたちもいくぞ」
「どこへ」
 おれは泣いている男を見おろしていた。
「クラブへ」
「飲みにいくのか、これから」
「おまえもわからないやつだな。おれたちは今日、夕方からその店でずーっと飲んでるんだ。そうだろ」
 タカシはおれににやりと笑った。
「そうだな、おれたちは今だって本当はここにはいない」
 おれもタカシに笑いかけた。
 そしておれたちは戻った。本来おれたちが属しているところ、仲間が待ってる場所へ。



 クラブの名は「ラスタ・ラブ」。Gボーイズの息のかかった店だ。スプレーの落書きだらけのコンクリートのは洹¥饯我工悉郅趣螭少J切だった。ミーティングに顔を出していたヘッドがみんな集っている。一月近く続いたガード態勢がようやく明けて、もうお祭り騒ぎ。ゆったりしたレゲエのリズムにあわせて、みんなラムをくらい踊ってる。マサとシュンもいた。あちこちで乾杯の声が聞える。だが、おれはいくら飲んでも頭の芯が冴えたままだった。ストラングラーをしとめたのはめでたい(やつがあの場で逮捕されたことは、通報を入れた見張りからタカシのところに報告があった。)しかし、リカのことがアタマを離れない。おれにはストラングラーが嘘をついていたようには思えなかった。リカを殺した犯人は別にいるのかもしれない。流しの変態がもうひとり、この街をうろついているのだろうか。だが、それならおれにはもうなにもしてやれることはなさそうだ。静かに酒を飲んで時間をつぶした。これからようやく店が盛りあがるという深夜二時すぎおれは重い腰をあげた。店のドアを開けて外に出ようとすると、Gボーイがきてタカシが呼んでいるという。店の奥で取り巻きに囲まれているタカシのところにいった。視線があうとタカシはうなずいた。手でおれを呼ぶ。大音量のスライ&ロビー。タカシはおれの耳のそばでいった。
「今日はごくろうさん。マコト、おまえならいつでもうちのチームの幹部に迎えるぞ。それからな……」
 珍しくタカシがいいにくそうだった。
「あのヒカルって女に気をつけろ。それだけだ」
 おれは家に歩いて帰り、布団をかぶって寝た。帰り道では、こんどはタカシの「ヒカルのそれだけ」って言葉が頭のなかをぐるぐるまわった。その夜は悪い夢をたくさん見たような気がする。ひとつもおぼえていないが。
回复 支持 反对

使用道具 举报

 楼主| 发表于 2004-12-4 16:17:35 | 显示全部楼层
翌日の日曜日、おれは昼ごろ起きだした。新聞の社会面のトップは「連続絞殺未遂犯、逮捕!」の記事だった。布団のなかで新聞を読んだ。リカの事件があってから新聞を読むのが習慣になっている。今国語の試験をやれば、すこしはいい点が取れるかもしれない。
 ストラングラーはどこかの大学病院の麻酔医だという。三十七歳、独身。勤務態度はまじめで、将来を嘱望されたエリート。あの人がまさか。型通りの文章。だが、警察でもやはりリカ殺しは否認しているという。今後、じっくりと時間をかけて取り調べの予定。
 おれは西口公園にいった。いつものようにベンチに座る。マサとシュンがきて、夕方にはヒカルもそろった。おれは昨日の夜の話をした。タカシがストラングラーの鼻を切ったことを除いてすべて。リカのことではみんな納得はしていなかったが、自分たちでストラングラーを捕まえたことで満足してる、そんな感じ。そのまま、だらだらと無駄話が続いた。久しぶりにのんびりした日曜日の午後。もうパトロールはない。
 夕日がさしてビルの影が長く伸びていく。すぐに夏も終わりだ。おれはぼんやりと西口公園の円形広場を眺めていた。おれたちのベンチの反対側に「ドーベル殺しの山井」の懐かしい顔。山井は携帯を取りだしナンバーを押す。マサとしゃべっていたヒカルの携帯が鳴った。违抓楗坤违伐绁毳扩`からヒカルは携帯を取りだした。
「ハーイ、ヒカルです……なあに、ちょっと、あんた勝手にかけてこないでよ……用があればこっちからかけるよ、じゃあね」
 ヒカルはすぐに携帯を切った。初めはかわいい声だが、途中で急にブチ切れたようだった。おれはヒカルの声を聞きながら、山井をボーッと見ていた。やつの電話も終わったようだ。偶然だろうと思った。タカシの「それだけ」を思いだすまでは。
 その夜は、シュンとマサが「ラスタ・ラブ」で朝まで飲んでたこともあり、早めに解散した。つまんないといいながら、ヒカルも帰った。別れ際ヒカルはおれの胸元を人差し指でつつくと、またあの喫茶店いこうねといった。



 おれは家に帰るまえに、丸井の地下のヴァージン・メガストアに寄った。生まれて初めてのクラシック売り場。クラシックはまったく聞いたことがない。揃いのポロシャツを着て長髪をゴムで束ねた若い男の店員に聞いてみた。
「チャイコフスキーの『弦楽セレナード』あるかな」
 店員はおれをTのラックに連れていった。すごい量のチャイコフスキーがある。
「カラヤン、デイヴィス、バレンボイム、ムラヴィンスキー、指揮者はどれにしますか?」
 どれでもいいとおれがいうとその店員はお得だからこれがいいとデイヴィスのを渡してくれた。おれはレジでそれを買い、家に戻りCDラジカセにセットした。そのままその夜六回繰り返してその曲を聴いた。



『弦楽セレナード』は外国映画で舞踏会のシーンに流れるような曲だった。甘くて悲しいワルツみたいなやつ。優雅な社交界のお嬢様が、ふくらんだドレスで輪になって踊る踊る。おれはつぎの日もそのつぎの日も、朝から晩までその曲をかけてただ考え続けた。リカ、ヒカル、ストラングラー、山井、組織売春。同じ言葉が百万回くらいおれの頭を駆けめぐった。それでも考えるのはやめなかった。リカはもう考えることもできないんだから、それくらいしてやってもいいはずだ。
 三日目の夕方、おれはタカシにPHSをいれた。
「山井の携帯の番号を知りたいんだが、調べつくかな」
「空は今日も青いか? あたりまえのことを聞くな」
 タカシはすぐに折り返し山井の番号を教えてくれた。すぐにかけた。
「もしもし」
 街のざわめきをバックに山井の間延びした声が聞こえる。
「よう、おれマコトだ。ちょっと話があるんだけどな。今、時間取れるか」
「ああ」
「じゃあ、西口公園で三十分後に。いいか」
「ああ」
 電話は切れた。おしゃべりなやつ。



 おれはベンチに座り山井を待った。あたりは暗くなり始めている。家に帰るサラリーマンが足早に公園を横切り、平日なのでGボーイズもわずかだった。約束の時間をすこしすぎて山井の金色の頭が公園の東武デパート口に見えた。おれを見つけたらしく、まっすぐにむかってくる。ごつい违ē螗弗衰ⅴ辚螗哎蜘`ツに迷彩のパンツ、袖を切り落としたグレイのTシャツ。腕にはたくさんの切り傷が走っている。鼻と耳のピアスを結ぶチェーンはゴールドに替わっていた。
「よう」
 山井はおれのとなりに座った。
「ああ」
「なんの用だ」
 山井の声は低い。のどの奥で平らな石をこすりあわせたみたい。
「ヒカルのことを聞きたい」
 おれは山井から目をそらさずにいった。山井の表情はまったく変わらない。
「ようやく気がついたな」
「なにが」
「あの女がおれのものだってことだ」
「おまえたち、つきあってるのか」
 おれは驚いていった。
「いいや、つきあっちゃいない。だが、あの女はおれのだ」
「なぜ」
「今まで生きてきて、おれはおれと同じ種類の人間に初めてあった。それがあの女だから。おまえたちがいうようにはつきあってはいない。だけど、あの女はおれのだ。手を出したら、おまえでも殺すぞ、マコト」
 ドーベル殺しとお嬢様が同じ種類の人間だって。こいつはどうかしてるのか。
「おまえとヒカルが同じだなんて、誰も思わないだろうな」
「おまえたちにはわからない。あの女にだってまだわかってない。あの女は自分がおまえに惚れてると思いこんでる。知ってたか」
「まあな」
 しぶしぶこたえた。
「おまえは鈍いけど、いいやつだ。最後にいっとく。おれはおまえもタカシもこの世のなにも怖くはない。あの女を見つけたからな」
 山井は立ちあがった。また背が伸びたのかもしれない。おれは去っていくやつの分厚いドアみたいな背中に呼びかけた。
「なあ、このまえヒカルの携帯に電話したのはわざとだったのか。おれの目につくように」
「あたりまえだ」
 山井はいってしまった。あたりのサラリーマンは山井が歩いていくと自然に道をあけた。



 つぎの土曜の昼すぎ、ヒカルとふたりだけで待ちあわせをした。場所はやはり西口公園のベンチ。いい天気だった。もう九月なのに夏の日ざしが残ってる。ヒカルは初めて会ったときの违隶樱预赛のミニスカート。おれのとなりに飛び仱毪瑜Δ俗毪趣い盲俊
「なんか、うれしいな。マコちゃんとふたりきりで会えるなんて。ちょっと、早いけどこのまえのカップル喫茶でもいこーか」
 ヒカルはいつものように明るかった。天使のような笑顔。だが、山井はこの笑顔にまいったわけじゃない。
「おれ、だいたいわかったと思う」
 ヒカルは人の雰囲気を読むのが早い。表情がすぐに変わる。
「何のこと」
 慎重に言葉を返した。
「リカのことだよ」
「だって、あれはストラングラーがやったんでしょう」
「おれは違うと思ってる」
「じゃあ、誰がやったの」
「おまえ」
 ヒカルは凍りついた。ほんのすこしだけまがあった。
「なにいってんの、私がそんなことするわけないじゃん。リカとは友達だったのに」
「おれも本当にそう思うよ。でもおまえやったろう?」
 おれはヒカルの目をのぞきこんだままいった。
「私はやってないもん」
 おれはヒカルの目をさらに見つめた。おかしな光りが揺れてる。
「だから、山井にやらせた」
 ヒカルは耐えきれなくなったようだった。涙があふれて、ぷつぷつとおおきな目から落ちていく。それでも、おれはヒカルの目を見つめ続けていた。
「でも、私は山井に死ぬほどリカをびびらせてって頼んだだけだよ」
 おれはリカの葬式の日のヒカルの涙を思いだしていた。まだだ、ヒカルは底を見せていない。
「本当か、ヒカル、本当にそうなのか」
 おれはヒカルから目をそらさなかった。さらに力を入れて見つめる。山井もいっていた。どうせおれは鈍い男だ。
「本当のことをいったら、全部なくしちゃうよ。マコちゃんだって、きっと私のことを嫌いになる」
「本当のことをいわなければ、おれはおまえを憎むようになる。ヒカル、話せ」
 ヒカルはおおきなため息をついた。両目から涙が引いていく。カットの声がかかった素晴らしく演技のうまい女優みたいだった。声さえ変わった。
「わかった。話すよ。リカはついてなかった。夏休みの始めころ、リカはウリの仕事でストラングラーに会った。一週間ぐらいいつもスカーフ巻いていたのおぼえてるかな、リカはあれで首についたあざを隠してたんだよ。その後、ストラングラーがどじ踏んで大騒ぎになって、リカはだんだんびびりだした。あたし、やつを知ってる。マコトに相談したほうがいいかなって」
「でも、おまえはそれをとめた」
「そう、だってリカがマコちゃんにそれをいったら私のこともばれちゃうよ」
「ヒカルがオヤジたちに女の子を紹介してたってことか」
「そう。私が女の子たちを全部手配してた。私は学校も親も警察もへっちゃらだよ、でもマコちゃんに知られるのだけは嫌だった」
「どうして」
「それは、マコちゃんが……」
 ヒカルの顔つきがまた急に変わった。女優から幼い女の子へ。目がとろんと溶けてヤクを決めたみたいだった。ヒカルはきれいにマニキュアされた親指の爪を噛みだした。
「どうした、だいじょうぶか、ヒカル」
「それはね、マコちゃんがパパより年下の人で初めて好きになれた人だったからなの。あたしね、嫌だったけど、パパより年上の人しか好きになれなかったの」
「なあ、あのチャイコフスキーはなんだったんだ?」
「パパの大好きな曲だよ。パパはチャイコフスキーが好きで書斎に鍵をかけて、ふたりだけでよく聴いたんだよ。『弦楽セレナード ラルゲット・エレジアーコ』。パパはヒカリコのことをたくさんたくさんかわいがってくれたの。痛いときや嫌なときもあったけど、愛してる人同士はそういうことをするんだってパパはいってたよ」
 同じ種類の人間か、山井のいうとおりだった。山井のオヤジは近所でも有名なアル中で、理由があってもなくても山井や母親を殴りつけていた。うちの店先で冬の夜に雨宿りをしていたこともあった。朝ふたりで池袋のガード下で丸まって寝ているのを小学校にいく途中で見かけたこともあった。そのオヤジは山井が中学のころ肝臓で死んだ。やつはいい気味だといっていた。山井が犬を殺したのはそのすぐあとだ。
「ヒカル、初めてのときはいくつだったんだ?」
「幼稚園の年長さんのときだよ、いっぱい血が出て、ママにソファを汚したって叩かれたの。だから、ヒカリコはママが嫌いでパパが好きなの」
「もうわかった。ヒカル、いいよ」
「よくないよ!」
 ヒカルは叫んだ。また、張りのある女優の声に戻っている。爪も噛んでいない。ぎらぎらとぬめる目の光り。
「よくなんかない! あたしが山井にリカを殺してくれって頼んだんだから。山井はなぜかあたしのことがすぐにわかって、あたしに惚れた。あたしのためならなんでもしてやるって。他の人間にできないことでも、おれならやってやるって。だから、あたしは頼んだんだ。リカを殺してくれって」
「金か」
「お金はいらないって」
「ヒカル、おまえなにか山井に約束したのか」
「そう、身体をあげるって。セックス三回。でもキスはなし。あたしは好きな人にしかキスはしないよ」
「おまえが、そういったとき山井はどんな顔してた」
「知らない、山井の顔なんてよく見てないもん。ちょっと悲しそうだったかもね」
 おれは黙った。なにも言葉が浮かばない。土曜日の午後の西口公園にはボーイズ&ガールズが集まり始めている。噴水のざわめきとギターをあわせる音。高い空には薄っぺらな秋の雲。
「ねえ、マコちゃん。もうこんな話はなしにしようよ。マコちゃんが黙っていてくれたら誰にもわからないんだし。ふたりでこんなゴミみたいな街から出ていこうよ。私がいっぱい働いて、マコちゃんにはいつもカッコいいスーツ着せて、ポルシェに仱椁护皮ⅳ菠搿%蕙长沥悚螭韦郡幛胜椤⑺渐Ε辘颏浃盲皮猡いい琛¥栅郡辘沁[んで暮らそうよ。私の身体だって自由にできるんだよ。マコちゃんだって、私が欲しいでしょ? ねえ、ウンていってくれるだけでいいんだよ」
「そうしたら……」
「そうしたら、私たちは誰の手も届かないところで幸せになれる」
「おまえ、ほんとにそう思ってるのか。ほんとに誰もかれもだましたまま生きていけると思ってるのか」
「そうだよ。私はこれまでずーっとそうやってきたんだから。私はこれからだってそうするしかないんだから」
 ヒカルは立ちあがると、ふらふらと歩きだした。いつかコンサートでチャイコフスキーを聴いたあとの人形のような歩き方。そのまま芸術劇場まえの広場を横切っていく。おれはヒカルの背中をずっと見ていた。ヒカルは劇場通りでタクシーを停めて仱辘长螭馈¥欷悉ⅳ趣蜃筏铯胜盲俊%骏珐`はクルマの流れに消えた。おれがヒカルを見たのはそれが最後だ。
回复 支持 反对

使用道具 举报

您需要登录后才可以回帖 登录 | 注~册

本版积分规则

小黑屋|手机版|咖啡日语

GMT+8, 2024-5-8 05:15

Powered by Discuz! X3.4

© 2001-2017 Comsenz Inc.

快速回复 返回顶部 返回列表