おれのPHSの裏側にはプリクラが一枚貼ってある。おれのチームのメンバー五人が狭いフレームになだれこんで写ってる色のあせたシール。フレームの絵柄は緑のジャングル。バナナめあての下品な猿たちがスイングしてる。それはこっちの世界と変わらない。プリクラのなかには、ほっぺたとほっぺたをくっつけて、最高におもしろい冗談を今聞いたばかりって顔が並んでる。もちろん、ヒカルもリカもいる。なにがそんなにおもしろかったのか、おれはおぼえてない。そんなシールをいつまで貼ってるんだっていうやつもいる。そのたびに「夏の思い出」とか「過去の栄光」とか適当にこたえる。だけど、本当はなぜなのか、おれにもよくわからないんだ。
おれの名前は真島铡Hツ辍⒊卮蔚卦喂I高校を卒業した。立派なもんだ。おれのいってた高校では、卒業までに三分の一が退学する。知りあいの少年課の吉岡がいってた。おまえのところはヤー公のファームだって。タタキに、ヤクに、出入り。筋のいいやつは、すぐに上からスカウトされる。なかには、ヤー公にもなれないほどあぶないやつもいた。例えば山井。やつとは小学校からの腐れ縁。やつはでかくて四角くて切れやすくて、なぜか髪の毛が硬い。てっぺんに金色のワイヤーを一万本くらい突き立てた高さ百八十五センチの冷蔵庫を想像してくれ。耳と鼻に開けたピアスを猛犬用のチェーンで結ぶのも忘れないように。やつの戦績はおれの知る限り、五百戦四百九十九勝一敗というところ。とっておきの一敗についてはあとで話すよ。
やつのあだ名の元になる事件があったのは、中学校二年の夏。山井とクラスの誰かがつまらない賭けをした。東口の区立総合体育館でよく見かけるでかいドーベルマンに、勝てるかどうかってバカな話。山井はおれなら勝てるといい、誰かは無理だといい、みんなはおやつのパン代をそれぞれ思うほうに賭けた。つぎの土曜日、山井とその他大勢はぞろぞろと中学の校門を出て体育館へむかった。その犬がいた。体育館まえの広場、遠くに飼い主のじいさんが座ってる。ドーベルマンはベンチのしたの臭いをかぎながらうろついていた。山井は左手に牛肉の赤身をつかみ、犬へ差しだした。犬は大喜びでしっぽを振り、山井にむかって走っていく。山井は右手に得物を握りこんだ。五寸釘を打ち抜いた木の棒。安物のワインの栓抜きみたいなT字型。おれは山井が技術の時間に得物の先をグラインダーで尖らせるのを見た。五寸釘の先から飛ぶ火花。山井はドーベルマンがよだれを垂らしながら飛びついてくると、赤身を引っこめ右手をまっすぐに突きだした。狭い犬の額に吸いこまれる五寸釘。離れて見ていたおれには音さえ聞こえなかった。山井は右手を一度ぐるりとえぐってから引き抜いた。犬は山井の足元に落ちた。額からはほとんど血は流れていなかった。ドーベルマンは口から泡を吹き全身で痙攣《けいれん》している。誰かが吐く音が聞こえた。おれたちはみんな、素早く広場から消えた。
つぎの月曜日から、やつのあだ名は「ドーベル殺しの山井」になった。
高校を卒業したおれはプーになった。まともに就職もできなかったし、する気もなかった。アルバイトもだるいし、やる気がでない。おれは金がなくなると、おふくろがやってる果物屋を手伝ってこづかい銭を稼いだ。
果物屋といっても銀座にあるようなこぎれいなフルーツパーラーなんかとはわけが違う。うちの店は池袋西一番街にある。それだけで地元のやつならわかる。店の並びはファッションマッサージやアダルトビデオ屋や焼肉屋。死んだおやじが残した露店に毛のはえたような店を守るのはおれのおふくろ。店先にはメロンやスイカ、出始めのビワやモモやサクランボなんて値の張るものばかり並んでる。財布のひもがゆるんだ酔っ払いを狙って終電間際まで店を開けてる、どこの駅まえにもきっと一軒あるような店。それがおれんち。店から、西口公園までは歩いてほんの五分。半分は信号待ちだ。
去年の夏おれは小銭のあるときや仲間の誰かが金をもってるときは、たいていの時間を池袋西口公園のベンチで過ごした。ただぼんやりと座ってなにかが起こるのを待っているだけ。今日やることなんてなにもないし、明日の予定もない。退屈の二十四時間の繰り返し。でも、そんな毎日でもダチはできる。
そのころおれの相棒はマサだった。マサは森正弘。おれのいってた高校から奇跡的に四流大学に滑りこんだ秀才。だがマサはほとんど大学には寄りつかず、いつもおれと西口公園でつるんでいた。おれといっしょだとナンパがうまくいくという。やつは日焼けサロンで真っ藷啢い啃丐颏悉坤堡啤⒆蠖衰豫ⅴ工蛉膜筏皮い搿Hツ辘瘟陇斡辘稳铡ⅳ欷郡沥衔骺冥瓮杈摔い俊S晁蓼辍=黏胜い扔辘稳栅侠Г搿¥い趣长恧胜ぁ%蕙丹猡欷庖晃膜胜筏琴Iい物もできずに、ただ店のなかをうろうろと歩いていた。退屈して地下のヴァージン・メガストアの本屋をのぞくと、そこでおもしろいものを見かけた。写真集や美術書、値の張る本が並んだコーナー。メガネをかけたチビのやせっぽちが、大判の本をショルダーバッグに押しこんでる。チビはそのままなに食わぬ顔でレジの前を無事通過。エスカレーターで一階にあがり丸井の正面入口から出ていった。おれたちもチビのあとを追った。交差点を渡り、東京芸術劇場まえの広場で追いつき、おれたちはチビにうしろから声をかけた。やつはそのままの格好で一メートルも飛びあがった。いいカモ。こいつはいくらになるだろうか。おれたち三人は近くの喫茶店に入った。
結論からいうと一銭にもならなかった。アイスコーヒーをおごられただけ。チビの名前は水野俊司。盗んだ本はフランスのアニメ作家の画集だという。シュンは初めのうちはろくに口もきけなかったが、途中から早口で話しだすとこんどはとまらなくなった。田舎から東京に出てきてデザインの専門学校に入って三カ月。ほとんど誰とも口をきいていない。友達はいない。学校はバカばかり。授業はつまらない。
早口で話すときも目に表情がなかった。ちょっとあぶない。おれとマサは目をあわせた。ついてない。こいつはタタイたりしてもしょうがないやつだ。シュンはバッグからクロッキー帖を取りだし、おれたちに自分で描いたイラストを見せた。すごくうまい。だがそれがどうしたというんだ。ただの絵じゃないか、そんなもん。おれたちは喫茶店を出て別れた。
つぎの日、おれとマサが西口公園のベンチに座っていると、シュンがやってきて黙ってとなりに座った。クロッキー帖を取りだしイラストを描き始める。そのつぎの日も同じ。そうして、シュンはおれたちの仲間になった。 |