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楼主: winny

赤川次郎 [南十字星]

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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:33:17 | 显示全部楼层
13 最初の武勇伝

 大きい……。
 奈々子としては、成田空港だって、ずいぶん広い、と感じたのだが、ドイツの表玄関と言われる、フランクフルトの空港の広いことと来たら……。
「ここで待ち合せるのは大変なの」
 と、ルミ子が言った。「動かずにいるのが一番よ。向うが捜して来てくれるわ」
「そうね」
 と、美貴も肯《うなず》く。「奈々子さん、疲れてるんでしょ?」
「え?――いえ、まあ別に」
 アンカレッジを出てから、機内で映画が上映され、また食事。それから一眠りしてまた食事……。
 奈々子は、半分くらい食べてやめておいたが、一緒に仱盲皮い骏丧ぅ娜摔椁筏つ行预悉嗓欷猡欷い似饯椁菠皮い俊
「大丈夫ですよ。ここに立ってりゃいいんでしょ?」
「ハンスが迎えに来てくれると思うのよね」
 と、ルミ子が言った。
「ハンスって?」
 と、奈々子が訊《き》く。
「人の名だろ」
 と、森田が言った。
「分ってるわよ、それくらい! 犬やカモが迎えに来るわけ、ないでしょ」
 どうにも相性が悪いというのか、また二人でやり合っていると……。
「あ――」
 さっき、声をかけて来た紳士だ。
 あの後は別に口もきかなかったが……。
 スーツケースを一つ下げ、もう一方の手には、小ぶりのバッグを持っている。
 奈々子たちには気付かない様子で、空港のロビーを大《おお》股《また》に歩いて行った。
 歩き方が、奈々子には気になった。何だかいやに若々しい。
 もしかすると、見かけよりずっと若いのかも……。
 何となく目で、その後ろ姿を追っていると――。
 一瞬の出来事だった。その紳士とすれ違った男――金髪の、背の高い男だった――が、パッと紳士のバッグを引ったくると、駆け出したのだった。
「――おい! 待て!」
 紳士も唖《あ》然《ぜん》としたらしい。声を上げた時には、もう金髪の男の方は、人の間をすり抜けて、出口へ向って駆けていた。
 全く、反射的な行動だった。――奈々子は特別に度胸がいいわけでもないし、柔道や空手の心得があるわけでもない。
 それなのに、そのかっぱらいが、目の前五、六メートルの所を駆け抜けようとしているのを見ると、思わずパッと飛び出していたのである。
「危《あぶな》いわ!」
 と、美貴が叫んだ。「奈々子さん!」
 ここは日本じゃないんだ。――奈々子にもそれは分っていた。
 しかし、一旦飛び出したのを、今さら、止められやしない。
 奈々子は、その金髪の男に、真横から体当りした。
 相手も、まさかこんな所で邪魔が入るとは思ってもいなかったのだろう。
 もののみごとに引っくり返ってしまった。かっぱらったバッグが手から飛んで、床を滑《すべ》って行く。
 奈々子は駆けて行って、そのバッグを拾い上げた。
 金髪の男は、立ち上って、奈々子へ向って行きそうにしたが、その時、空港の警備員が走って来るのが見えて、パッと出口の方へ駆け出した。
 あの紳士が、やっと追いついて来て、
「やあ、これはどうも!――助かりましたよ」
「いいえ」
 奈々子は、バッグをその紳士へ返した。「たまたまぶつかっただけです」
「ありがたい! パスポートも全部入っていたんです。これを盗られたら、困り果てるところでした」
「どういたしまして」
 奈々子は、美貴たちの所へ戻った。
 あの紳士が、やって来た警備員に、事情を説明している。
「驚いた!」
 と、美貴が目を丸くして、「大胆なのね、奈々子さんって」
「本当」
 と、ルミ子が肯《うなず》いて、「相手が武器持ってたら、殺されてたかも」
 武器か。――そんなこと、考えもしなかったけど。
「私は、考える前に行動しちゃう人だから」
 と、肩をすくめて、「それで殺されても自分のせい。文句は言わないわ」
 ――森田も、ただ唖《あ》然《ぜん》として、声が出ない様子だ。
 すると、
「ルミ子!」
 と、声がして――どうやらこれが「ハンス」らしい。
「ハンス!」
 ルミ子が駆けて行って、その男にキスした。
「いつの間に、あんなボーイフレンドを作ったのかしら」
 と、美貴が言った。
「ハンスよ」
 と、ルミ子が引っ張って来たのは、若いが、一応背広を着てネクタイもしめた、ブラウンの髪の若者だった。
「コンニチハ」
 と、かたことの日本語で言って、何やらペラペラとドイツ語でしゃべり、奈々子の手を握った。
 奈々子は呆《あつ》気《け》に取られて、
「何ですって?」
 と、ルミ子に訊《き》く。
「勇気のある人だって、大感激してる」
「あ、そう」
「ヤアヤア」
 と言うなり、ハンスは、奈々子にチュッとキスしたのだった。
「気楽にキスしないで」
 と、真赤になって、奈々子は言った。
「『あ、そう』っていうのは、ドイツ語でも同じ意味なんですよ」
 と、ルミ子が面白そうに言った。「だからハンス、奈々子さんがドイツ語分るのかと思ったみたい」
「冗談じゃない、って、ドイツ語で何て言うの?」
 と、奈々子は訊いた……。
 
 ハンスの哕灓工胲嚖恰⒛巍┳婴郡沥膝邾匹毪丐认颏盲俊
 途中、ハンスはルミ子と何やら話していた。――美貴が話を聞いていて、
「確かにそうだわ」
 と、肯く。
「何が?」
「いえ、あのバッグを盗られた人のことです」
「ああ、あの人が何か?」
「かなり何度もこっちへ来てる人だ、って――」
「当人がそう言ってたわ」
「でも、おかしい、って」
「何が?」
「ハンスも、一部始終を見ていたらしいんですけど……」
「おかしいって」
 と、ルミ子が言った。「盗ってくれ、と言わんばかりの持ち方をしてたって」
 なるほど。確かに、いやに簡単にかっぱらわれてしまった。
「じゃ、どういうこと?」
「本当にこっちへ何度も来て、慣れてる人なら、あんな持ち方はしないって」
「初めてなのかしら、それじゃ」
「それでなければ」
 と、ルミ子が言った。「わざと、盗らせたか、ですって」
「どうして、わざと盗らせたりするの?」
「渡したい物があったのかも」
 と、ルミ子は言った。「渡したところを捕まったら、困るかもしれないでしょ。その点、引ったくりに遭って、バッグごとなくなっちゃえば……」
「じゃ、あの二人、仲間だった、っていうの?」
 奈々子は唖然とした。
「かもしれませんね」
 それを、私はわざわざ邪魔して、バッグを取り戻してしまった……。
 奈々子は、また頭をかかえてしまった。
 ――その内に車はホテルへ着く。
「フランクフルトでは一番格式の高いホテルです」
 と、美貴は言った。「もう入れるかどうか訊いてみますね」
 なるほど。時差で、今はまだ朝なのだ。
「――もう入れますって」
 と、美貴は言った。
「助かった!」
 と、奈々子は声を上げた。「一眠りできるぞ!」
「部屋へ行って少し休みましょう」
 と、美貴が言った。
 さすがに、奈々子もくたびれていた。
 美貴と二人で泊るには、少し広すぎるくらいのツインルーム。
「くたびれた!」
 と、奈々子はベッドの上にドタッと倒れてしまった。
「――少し眠るといいですわ」
 と、美貴は言った。
「ええ……」
「午後、時間があったら、ゲーテの家でもご覧になったら?」
「うん……」
「ゲーテの家といっても、別にそう珍しいというもんじゃありませんけど。――ゲーテはお好き?」
 返事がない。
 奈々子は、もうベッドでいびきをかいて眠り込んでいたのである。
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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:34:09 | 显示全部楼层
14 冴《さ》えた奈々子

 あの、いささか謎《なぞ》めいた老紳士――いや実際はもっと若いのかもしれないが――から、「美貴とルミ子の先生」かと訊《き》かれてショックを受けた奈々子だったが、ここ、フランクフルトのホテル、フランクフルターホフでは、若いところを立証して見せた。
 朝の内にホテルへ入り、ベッドに引っくり返るなり、グーッと二、三時間ぐっすり眠ってしまった奈々子、目が覚めると、すっかり旅の疲れも取れて、今度はまたグーッと……。
 これはお腹の方が空腹を訴えているのだった。
「――お目覚め?」
 美貴がもう、着替えをして、ソファに座っている。
「あら……。もう朝かしら?」
 なんて、やっぱり多少はボーッとしているらしい。
「お昼ご飯にしましょう、って、今、ルミ子から電話があったところ。――先にロビーへ行ってますわ。シャワーでも浴びて着替えられた方が」
「あ、そうですね。じゃ、そうさせていただこうかしら」
 と、奈々子はブルブルッと頭を振った。
 犬が雨に濡《ぬ》れて、水を切ってるみたいだ。
「街へ出ようと思ってるから、軽装でいらしてね」
 と、美貴は言った。
「ええ。でも水着じゃ困るでしょ?」
 奈々子も、冗談を言うだけの元気が出ていたのである。
 ――シャワーを浴びて、スッキリすると、
「ヨーロッパだ!」
 と、奈々子は声に出して言った。
 もちろん、浮かれていちゃいけないのだが、しかし、遠路はるばるやって来たのだという感激は、味わって、悪いこともあるまい。
 次の感激は――ホテルを出て、近くの広くてにぎやかなレストランで食べたソーセージのおいしかったことである。
 そうか。――ここはフランクフルトだ。
 それこそ本場のフランクフルトソーセージ!
 結構大きなソーセージ四本をペロリと平らげて、奈々子は満足だった。
「すっかり気分も良くなったみたい」
 と、ルミ子が言った。
「ええ」
 奈々子は胸を張って、「矢でも鉄砲でも持って来い!」
「かなわねえな」
 と、ブツクサ言っているのは、森田である。
「何よ、何か文句あんの?」
 と、奈々子は森田をにらんだ。
「いいか。日本とドイツってのは時差があるんだ」
「それぐらい知ってるわよ」
 と、奈々子は言った。
「普通の人なら……時差ボケってのにやられるんだ」
 と、言いながら、森田は欠伸《 あ く び》している。
「もうトシね」
 と、奈々子は言ってやった。
「何だと!」
「ちょっと」
 と、ルミ子が顔をしかめて、「あんた、ボディガードでしょ。用のない時は黙ってりゃいいの」
 ムッとして、森田はソーセージを食べ続けていた。
「時差ボケでも、食欲は落ちないみたいね」
 と、奈々子は言った。
 ところで――当然、この席にはハンスという青年も一緒だった。
 ルミ子が前にドイツへ遊びに来た時、知り合った、ということだが、体は大きくても年齢は二十歳、という。
「この人、今はヒマなんで、ともかくお手伝いすると言ってるから」
 と、ルミ子は言った。
 ハンスはニッコリ笑って肯《うなず》く。いかにも人の好さそうな笑顔だった。
「――そうだ」
 と、奈々子は、食後のコーヒーを飲みながら、「これから、どういう予定なんですか?」
「ええ」
 美貴は、ちょっと息をついて、「ともかく主人のいなくなった所まで、私たちの道すじを辿《たど》ってみようと思うの」
「いなくなったのって、どこなんですか」
 と、奈々子は訊《き》いた。
「ミュンヘンの郊外のホテルなの」
 そういえば、ミュンヘンなんて町もあったわね、と奈々子は思った。
 ともかく出発まで忙しくて、事前に予備知識を仕入れる時間なんて、全然なかったのである。
 ま、ダンケぐらい知ってりゃ何とかなるでしょ、と無茶なことを考えて、やって来たのだ。
「このフランクフルトでは、何したの?」
 と、ルミ子が訊く。
「ここは大きな都会だけど、そう見て回る所ってないのよね。むしろビジネスの町ですから」
 しかし、もし三枝成正が、志村の言っていたように、密輸に係《かかわ》っていたとしたら、こういう大都会の方が、何かありそうな気もする……。
 奈々子は、やっと本来の役目に立ち戻って、そう考えたりしていた。
「ゲーテ博物館へ行って、それから三越で買物して……。二日しかいなかったから、そんなものね」
「三越があるんですか」
 と、奈々子は言った。
「ええ、このすぐ近く」
「伊勢丹は?」
 訊いてから、奈々子は後悔した。
 ――食事を終えて、ともかく一同、店を出ると、その三越デパートへ足を向けたのだった……。
 
「いらっしゃいませ」
 日本語で挨《あい》拶《さつ》されるっていうのも、何となく妙な感じではあった。
 もちろん、デパートといっても、日本のそれのように大きくはない。しかし、ズラッと売子に日本人の若い女性が揃《そろ》っているのには、奈々子もびっくりしてしまった。
「これはどうも」
 と、かなり上の方らしい男性が、美貴のことを思い出したようで、急ぎ足でやって来た。
「三枝様でございますね」
「ええ」
 と、美貴は肯いた。
「その節はどうも……。ご主人のこと、気にはなっていたんでございますが」
「ありがとう。――まだ行方が分りませんので」
「さようでございますか。ご心配ですね」
 と、男の方も、深刻な顔で肯く。
「こちらへ立ち寄られた日本の方から、何かお聞きじゃありません?」
「残念ながら……。お話をうかがって、気を付けてはいたんでございますが」
「そうですか」
 ――奈々子は、その対話に耳を傾けながら、目はついウインドーの方を向いていた。
 と、女店員の一人が仕事の手を休めて、美貴の方を見ると、あっという顔になった。
 奈々子は、美貴をチョイとつついて、
「あそこの女の人、何か話がありそうですけど」
 と、言った。
「え?」
 男の方が目をやって、
「何だ。大江君じゃないか。――大江君」
「はい」
 その女店員がやって来る。
「何か知ってるのかい?」
「あの――今日、主任さんがお出かけになってる時に」
「どうした?」
「男の方がみえて……。この女の人を見かけないか、って」
「女の人?」
「ええ」
 その女店員は、美貴を見て、「この方の写真を見せたんです」
「まあ」
 美貴の頬が紅潮した。「それ――どんな男の人でした? 二十六、七の、背の高い――」
 夫のことを言っているのだろう。
 しかし、女店員は首を振った。
「いいえ、そんな方じゃありません」
「じゃ――」
「もっとお年《と》齢《し》の方です」
「いくつぐらいの?」
「たぶん……五十から六十くらいで。髪が少し白くなっていて……」
「――誰かしら?」
 と、ルミ子が言った。「どう見ても三枝さんじゃないね」
「他には何か?」
「いいえ」
「よくみえるお客かい?」
 と、主任の男性が言った。
「さあ。たぶん初めてだと思います。入って来られた時の様子が」
「なるほどね」
 と、ルミ子は肯いた。「お姉さん、心当りは?」
「ないわ。そんなお知り合い、こっちにはいないし」
「でも、お姉さんの写真を――」
「ちょっと」
 と、奈々子は割って入った。「その写真、どんな写真だった?」
「そうだわ!」
 と、美貴は目を輝かせて、「奈々子さんって頭がいいのね」
「どういたしまして」
「俺だって、今考えた」
 と、森田が呟《つぶや》いた。
 その女店員が、少し考えてから、写真の美貴の服装を説明すると、
「それ――今日、こっちへ来る時に着てた服だわ」
 と、美貴が面食らって言った。
「前には着なかったんですか?」
 と、奈々子が訊《き》くと、
「ええ。今度の旅のために買ったんですもの、それ」
「じゃ、どこでそんな写真を――」
 みんなが顔を見合わせる。
 待てよ、と奈々子は思った。
 五十から六十ぐらいの、髪の白くなった……。どこかで、そんな人を――。
「そうだわ!」
 奈々子が大声を上げたので、店の中が、シンと静まり返った。
「――耳が痛かったぞ」
 と、森田が言った。
「ね、美貴さん、あの人だわ、それ」
「え?」
「ほら、ファーストクラスに仱盲皮啤⒖崭郅撬饯啸氓挨蛉·攴丹筏俊筡
「まあ! 本当ね。それなら――」
「写真はきっと、飛行機の中か、アンカレッジで、そっと撮ったんだわ」
「そうですね」
 と、女店員が言った。「あれ、アンカレッジの空港でした」
 美貴は、戸《と》惑《まど》って、
「一体誰なのかしら、その人」
 と、首をかしげる。
「その人、何か言ってた?」
「いえ。何とも言わずに帰られましたけど」
 ――どうもいやな予感がする。
 奈々子は、あの紳士と、またどこかで出くわしそうな気がした。
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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:34:55 | 显示全部楼层
15 ディスコの男

「あなたは天才だって言ってるわ」
 と、ルミ子がハンスの言葉を通訳した。
「いえいえ」
 と、奈々子はしきりに照れている。
 ――ともかく、せっかくフランクフルトへ来たんだし、というので、呑《のん》気《き》すぎるような気もしたが、「ゲーテの家」というやつへやって来た。
 ゲーテったって、奈々子も名前ぐらいは知ってるが、今どき、「ウェルテル」だの「ファウスト」だの読む若者は、少なくなってしまった。
 奈々子も、ご多分に洩《も》れず、
「ゲーテってのは偉い文豪だった」というだけの感想を持って、「ゲーテの家」を出たのである。
「これから、ちょっと会いたい人がいるの」
 と、美貴は言った。「主人の会社の出張所があるのよ。そこの所長さんに。――奈々子さん、町の見物でもなさるのなら……」
「まさか」
「でも――」
「私、あなたのお父様に頼まれてるんですから。いくら怠け者でも、頼まれたことは、ちゃんとやります」
「ありがとう」
 と、美貴は微《ほほ》笑《え》んだ。「じゃ、ホテルへ戻《もど》りましょう。そろそろ所長さんがみえてるはずだわ」
 一同は、歩いて五、六分のホテルへ戻った。
 ロビーは、もちろん広いことも広いが、落ちついた居間、という雰《ふん》囲《い》気《き》で、日本のホテルのロビーみたいに、待ち合せの人で溢《あふ》れてるなんてことはない。
 小柄で、丸々と太った日本人の男性がソファから立ち上った。
「これは三枝君の奥さん」
「どうも、お忙しいのに、すみません」
 と、美貴は頭を下げた。
 ――しかし、その出張所の所長(といっても部下は現地の女性が一人いるだけらしい)から、新しい情報は入らなかった。
「一応、ここの警察の知り合いを通して、昨日もミュンヘンへ連絡して問合せてもらったのですがね」
 と、所長は言った。「目新しい情報はないようです」
 ま、着いた初日に、次から次へと何か分れば、こんな楽なことはない。
 その点では、あの白髪の男のことが引っかかって来ただけでも、何もないよりはましだろう。
 美貴が、話を切り上げようとした時、
「ね、お姉さん」
 と、ルミ子が言った。「あのおじいさんのこと、訊《き》いてみれば」
「そうね。所長さん、実は……」
 美貴が、例の白髪の男のことを、説明して、「こっちへ何度も来ている、と本人は言っていたようですけど、何か、心当りはありませんか」
 と、言った。
「さてね――」
 太った所長は、ハンカチで額の汗を拭《ふ》いて、「日本人は多いですからね、この町は」
「そうでしょうね。――無理なことをうかがって、すみません」
「いやいや」
 と、所長は立ち上った。
 ――奈々子は、あの白髪の初老の男のことを思い出していた。
 あの空港での歩き方。いやに若々しかったわ。
 アンカレッジでは、あんな風ではなかった。
 奈々子も気分が良くなかったから、はっきり憶《おぼ》えているわけではないが、もっと「老人らしい」歩き方だったような気がする。
 もしそうなら、あれはわざとそうして歩いていた、ということになる。
 つまり、もっと若い男なのかもしれない。
 前にもそんな印象を持ったが、奈々子は、はっきり、確信を持ったのだった……。
 
 あれやこれやで、すぐドイツ第一日目は夜になり、奈々子たちは、ホテルのダイニングルームで食事を取った。
 量の多いこともあって、何だか一日中食べてばっかりいるようだ、と奈々子は思った。もちろん、それがいやだってわけじゃないのだが。
 少々堅苦しいレストランか、と思ったが、そんなこともなく、至って気さくなマネージャーらしい男性がニコニコしながら、
「イラッシャイマセ」
 なんてやって、笑わせてくれる。
「――でも何ですね」
 と、奈々子は、部屋のキーを取り出して、「こういう由《ゆい》緒《しよ》あるホテルにしちゃ、ちょっとがっかり」
「本当ね。ヨーロッパの古いホテルは、キーも、古い、こったものが多いんだけど。時代ってものね」
 キーといっても、鍵《かぎ》じゃない。磁気カードなのだ。これをスリットへ差し込むと、鍵が開く。
 何だか味気ないのである。
 食事をしながら、ルミ子とハンスが、何やらヒソヒソ話している。
「――お姉さん」
 と、ルミ子が言った。
「なあに?」
「夜、ハンスと出かけていい?」
「どこに行くの?」
「ディスコ」
「まあ。――大丈夫?」
「平気よ。安全な所を知ってるから、ハンスなら」
「あんまり遅くならないのよ」
「へへ、やった!」
 と、ルミ子、ハンスをつついている。
 それからルミ子は、奈々子の方を見て、
「奈々子さん、ご一緒にどう?」
「私? やめとくわ」
「どうして?」
「だって、仕事が――」
「いいじゃない。じゃ、お姉さんも一緒なら?」
「ルミ子ったら」
 と、美貴が苦笑する。「奈々子さん、私なら構いませんから、行ってらしたら?」
「いえ、そんなわけにはいきません」
 大体、奈々子は、ディスコとかいうものがあまり得意でない。
「それに、まだ体調万全じゃないし」
「そんだけ食って?」
 と、森田が言った。
「うるさいわね。あんた、どこへ出かけるの?」
「俺は――ちょっと散歩だ」
 と、そっぽを向く。
「怪しげな所へ行くんじゃないの?」
「馬鹿言うな!」
 と、むきになったところを見ると、満更、その気もないではないらしい。
 ハンスが何か言った。ルミ子が訳して、
「ポルノショップみたいな所へ行くのなら、よほどよく知っている人と一緒でないと危いんですって」
「誰もそんなこと言ってない!」
 と、森田が目をむいた。
「よっぽど、そういうとこへ行きそうに見えんのよ」
 と、奈々子は面白がって言った。
「まさか――」
 と、美貴が、ふと呟《つぶや》くように言った。
「え?」
「いえ……。ここへ着いた次の日の夜、主人が夕食の後、出かけたの」
「どこへ?」
「分らないわ。何も言わなかった。『ちょっと出て来る』、とだけ言って……。まさか、そんな所へ行ったんじゃ……」
「ハネムーンで? まさか」
 と、ルミ子が言った。
「そうね。ただ……」
「何なの?」
「戻って来た時、あの人の上衣に、かすかに香水の匂《にお》いがしたの。今、思い出したわ」
 奈々子とルミ子は顔を見合せた。
 もしかするとそれは、殺された若村麻衣子と会っていたのかも……。
 いや、それはおかしい。そんなに早く、若村麻衣子が、二人に追いつけるはずがない。
「お姉さん」
 と、ルミ子が言った。「気晴しにディスコでワーッとやろうよ!」
「ワーッ!」
 と、ハンスがおどけた。
 みんな一斉に大笑いした。
 ディスコってのは、どこも同じようなもんね、と奈々子は思った。
 騒々しくて、人が多くて、空気が悪くて……。
 でも、静かで閑散としたディスコなんて、却《かえ》って気味が悪いかもしれない。
 ともかく――奈々子は踊らなかったが、全員揃《そろ》ってディスコへやって来ていたのである。
 ハンスが連れて来ただけあって、至って明るく、陽気な店で、日本人の観光客も、結構目につく。
 ハンスとルミ子は疲れも知らずに、踊っていた。
「――元気ねえ」
 と、テーブルで、アップルジュースを飲みながら、奈々子は感心した。
「奈々子さんだって若いのに」
 と、美貴が言った。
「いいえ。――私はご存知の通り、盆踊り専門」
 美貴が笑った。
 奈々子は、店の中を見回した。
 もちろん、ほとんどはドイツ人だろう。体の大きいこと……。奈々子たちなんか、「お子様」に見えるに違いない。
 ふと――奈々子は、一人の金髪の男に目を止めた。
 まさか……。見間違いかもしれない。
 でも、もしかして……。
 その、長身の金髪の男は、空港で、あの初老の紳士のバッグを引ったくった男とよく似ていたのだ。
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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:35:48 | 显示全部楼层
16 押し倒されて

 外国で、男性から話しかけられて、言葉も分らないのに、何となくニヤニヤして、
「ヤアヤア」
 とか言ったりするのが、日本の女の子の悪いくせ。
 などと、ガイドブックとか、女性週刊誌の〈海外旅行で被害にあわないために!〉なんて特集によくのっている。
 それは奈々子とて知らないわけではなかった。しかし、頭で分った通りに行動できりゃ、人間誰も苦労しないのである。
 ルミ子はハンスと相変らず元気に踊っていて、美貴はちょっとトイレに立っていた。そこへ――。
 ペラペラペラ、と何やらドイツ話で話しかけられて、テーブルに残っていた奈々子は焦った。いや、果してそれがドイツ話であったかどうかも、定かではないが、日本語以外なら、何語だって同じことである。
 そうそう。テーブルにはもう一人、あの森田という頼りないボディガードが座っていたのだが、時差ボケに、ここでワインなど飲んだせいか、コックリコックリ居眠りをしていたのだ。
 従って、奈々子は一人きりでいるのと同じだったわけで、そこへ、
「ペラペラ」
 と、話しかけられてしまったのである。
 いや、その若い男は、もちろん「ペラペラ」と言ったのではない。何か言ったのだろうが、奈々子にはさっぱり分らない。
 ここで、奈々子は、「絶対にやってはいけないこと」をやってしまった。相手がにこやかに微《ほほ》笑《え》んでいるので、やはりこっちも笑わなきゃいけない、と思った。
 日独の親善のために――というのはオーバーだが――奈々子は、つい、ニコニコ笑いながら、
「ヤアヤア」
 と、言ってしまった。
 そしたら、その若い男にいきなりギュッと腕をつかまれて、ぐいと引張られた。
「ワッ! 危《あぶな》いじゃないの! 転んだらどうすんのよ!」
 と、奈々子は抗議したが、全然相手には通じない。
 何だかわけの分らない内に、フロアの真中へ引張り出されてしまった。
 ともかく、一緒に踊ろう、と誘われたらしいのだ。しかし、奈々子としては、こんな所まで来て、恥をさらしたくはなかった。
 将来、もしハネムーンにフランクフルトへ来ることがあって、このディスコで、
「ちょっとおかしな日本の女が、ここで珍妙な民族舞踊を披《ひ》露《ろう》した」
 なんてのが語りぐさになっていたりしたら、見っともないではないか!
 で――奈々子は、フロアの中央に、頑《がん》として突っ立って動かずにいたのだった。
 すると――さっき見かけた、あの金髪の男が、不意に目の前に現われた。
 さっきは、すぐ人の間に紛《まぎ》れて、見失ってしまったのだが、今度は目の前に立っているのだ。
 チャンス、と思った。それに、近くで見ると、確かにあの時の男のように見える。
 その男は、誰かを捜している様子だった。
 踊っている人の間をかき分けて、右へ左へ、忙しく頭をめぐらせている。
 奈々子は、その男の腕をつかんだ。相手がびっくりして、奈々子を見る。
「捕まえた! ちょっと来てよ! あんたに話があるんだから」
 もちろん、こっちの言ってることなんて分らないだろうが、構やしない。奈々子は、その男を、自分たちのテーブルへ引張って行こうとした。
 すると――。
「何するんだ!」
 と、その金髪の男が、日本語で言った。
 これには奈々子も仰天した。
 何するんだ、というドイツ語があるのかしら?
「あの――あんたドイツ人じゃないの?」
 と、奈々子は訊《き》いた。
「ドイツ人だって、日本語をしゃべる人間はいる」
 と、その男は、もっともなことを言った……。
「じゃ、ちょうどいいわ。ちょっと来てよ」
 と、奈々子が引張ろうとすると、
「僕は忙しいんだ! 火遊びの相手がほしいんなら、他のにしてくれ」
 いくらかは外国人ぽいアクセントだが、実にさまになった日本語だった。
「あのね――」
 と、奈々子は言った。「…………」
 ちゃんと奈々子はしゃべったのである。
 しかし、それまでは比較的静かな音楽が流れていたフロアに、いきなり、耳をつんざく大音響が鳴り渡って、何を怒《ど》鳴《な》ろうと、全く聞こえなくなってしまった。
 その男も怒鳴り返したが、奈々子には全然聞こえない。それに向って、また奈々子が怒鳴る。
 ――二人は実に虚《むな》しいやりとりをくり返していた。
 その内、相手の男も、うんざりしたように天井へ目をやると、いきなり奈々子の手を引いて、どんどん歩き始めた。
「ちょっと!――私のテーブルはあっちよ! あっち!」
 と、抗議したが、もちろん相手の耳には届かない。
 どうも、今夜は強引にどこかへ引張られる夜のようだ。
 結局、奈々子は店の外まで連れ出されてしまった。
「――あんた、何よ、かよわい女の子を」
 自分で言うセリフにしては、少々妙なものだった。
 男は、やっと手を離すと、奈々子と向い合って、
「君の相手をしてるヒマはない! それが分れば、とっとと帰れ!」
 ――このころになると、その男が、空港であの老紳士のバッグを奪《うば》った男だという奈々子の確信は、揺ぎ始めていた。
 何となく、あっちはもう少し若かったような気がする。
 ま、こっちも、もちろん若い。しかし、身なりはもう少しきちんとしていて、ヘアスタイルも、ちょっと違ってるみたいだし……。
「あのね」
 と、奈々子は言った。「変な誤解しないでよ」
「誤解?」
「私はね、あんたに、ちょっと確かめたいことがあっただけ」
「何だ、一体?」
「あの――私とぶつからなかった?」
「君と?」
「空港で――その――私と」
「空港? いつの話だ?」
「いえ、別に……。違ってりゃいいの」
 奈々子は、どうもここは引っ込んだ方がいい、と判断した。
「待てよ。空港でぶつかった、なんて、まるで僕がスリかかっぱらいみたいじゃないか!」
「当り」
「え?」
「本当にそうなの?」
「冗談じゃない、僕は――」
 と、言いかけて、その男は、言葉を切った。
「あのね、やっぱり人違いだったみたい。失礼しました」
「動かないで」
「え?」
「じっとして」
「何よ、忙しいとか言っといて――」
 突然、奈々子は、その男に抱きかかえられて、地面に押し倒された。
 いきなり、こんな所で!――外国の男って、何てせっかちなんだ! このエッチ!
 だが、それは奈々子の誤解だった。
 バン、バン、という音が夜の街に響いて、ガラスの砕ける音がした。
 続いて、車の音。猛スピードで、車が走り去って行く。
「――やれやれ」
 と、男は起き上って、「びっくりしただろう」
「何事?」
 と、奈々子はキョトンとしている。
「銃で撃たれるところだったんだ」
「撃たれる?」
 奈々子は、立ち上った。――すぐそばに停《とま》っていた車の窓が、粉《こな》々《ごな》に砕けている。
「これが――?」
「誰かが、拳《けん》銃《じゆう》で狙った。君は、何か憶《おぼ》えが?」
「私? まさか! こんな――」
「かよわい女の子を、か」
 金髪の男は、愉快そうに笑った。「いや、面白い子だな、君は」
「あんた、どうしてそんなに日本語がうまいの?」
「日本の大学に通ってたからだ。君は東京から?」
「そうよ」
 と、奈々子が肯《うなず》く。「だけど――」
「奈々子さん」
 と、店から出て来たのは、ルミ子だった。
 ハンスも一緒だ。
「良かった! ここだったのね。姿が見えないから、お姉さんが心配して――。この人、どなた?」
 と、その金髪の男を眺める。
「知らない」
「じゃ、僕は失礼」
 と、日本語で言って、その男がさっさと歩いて行ったので、ルミ子はびっくりした。
「――驚いた! 奈々子さん、それじゃあの人と、どこかへ行くつもりだったの?」
「どこか、って?」
「どこか……。恋を語るとか」
「よしてよ!」
 と、奈々子は言った。「ここで押し倒されただけ」
 ルミ子が目を丸くする。
 と、あの男、少し行ってから、クルッと振り向くと、トコトコ戻《もど》って来た。
「な、何よ。文句あんの?」
 と、奈々子は強がって見せた。
 何しろこっちは三人である。
「僕はペーター。君は?」
「私?――奈々子」
「そうか」
 で――そのまま、また行っちゃったのである。
「あれ、何?」
 と、ルミ子がキョトンとして見送っている。
「さあ」
 と、奈々子は首をかしげた。
 しかし――本当に今の男、ペーターとかいったが、あの空港の、かっぱらいとは別人だろうか?
 奈々子には、よく分らなかった。
「――あら、いたのね」
 と、美貴が店から出て来た。「良かったわ!」
「ご心配かけて」
「いいえ。何でもなかったのなら、いいんだけど……」
「大したことないんです」
 と、奈々子は言った。「何だか、ペーターとかいう男に押し倒されて」
「え?」
「それと、ピストルで撃たれそうになったんです。それだけ」
 自分で言ってから、奈々子は、結構大変なことだったのかもしれないわ、と思ったのだった。
 ともあれ、フランクフルトの夜は、何とか死人も出ずに終り――ただ、ホテルへ引き上げてから、みんなは気付いたのだった。
 あのディスコに忘れものをして来たことに。
 ――森田が一人で、店に残っていたのである……。
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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:37:11 | 显示全部楼层
17 突然のラブシーン

「天高く、馬肥《こ》ゆる秋」
 なんて、奈々子は呟《つぶや》いた。
 特に理由はない。
 本当は、「芸術の都、ミュンヘン」と言おうとしたのである。それが「芸術の秋」になり、「天高く――」「食欲の秋」の方へと行ってしまったのだった。
 しかし、ミュンヘンはともかく、美しい街だった。
 フランクフルトが、大都会らしく雑然としていたのに比べると、こっちはぐっと静かで、落ちついている。
 もちろん、観光客は多い。しかし、石造りの古びた街並の方が、騒がしい観光客に勝っているのだ。
 ――さて、奈々子たちは、〈ホテル・フィアーヤーレスツァイテン〉に入って、一息ついていた。
 長い名前であるが、日本語なら、結構なじみがある言葉――〈四季〉という意味なのである。
「で、警察の方では何て?」
 昼食を、ホテルのレストランで取りながら、奈々子は訊《き》いた。
「それが妙なの」
 と、美貴は言った。
「私がハンスに電話してもらったのよ」
 と、ルミ子は言った。
「でたらめなんじゃないのか」
 と、森田が相変らず憎まれ口をきく。
「どうして私が嘘《うそ》をつくのよ」
「そりゃ知らないけどな。日本語ペラペラのドイツ人に、いきなり押し倒されて、ピストルで狙《ねら》われたなんて、誰も信じるもんか」
「ディスコに置き去りにされて、怒ってんのね」
 と、奈々子は言い返した。「心細くて泣いてたんでしょ」
「何だと!」
「二人とも、やめて」
 と、美貴が言った。「ルミ子、話をつづけて」
「うん。――ちゃんと警察には届けたし、向うも、その時は、色々調べてくれたのよ。ところが、今朝電話してみたら、『あれはもう処理済だ』って一言でチョン」
「処理済?」
「そう。妙な話よね」
 と、ルミ子は首を振った。
 ハンスが何か言った。ルミ子は、肯《うなず》きながら、
「ハンスの言うには、観光客相手の強盗か何かだと思って、本気で調べていないんじゃないかって」
「ま、いいですけどね」
 と、奈々子は、肩をすくめた。「日本じゃ、爆弾で店ごと吹っ飛ばされそうになるし、刺し殺されそうになるし、ドイツじゃ撃たれそうになるし……。どうせ私は長生きできないんだわ」
「そうだな」
 と、森田は言った。「せいぜい生きても九十年だな」
 奈々子はつかみかかろうとして、ルミ子に止められたのだった……。
 
 午後から、一行は町へ出た。
「昼間はドイツ博物館を回ったの。で、夕食を取って、夜は二人でオペラを見たのよ」
「オペラ……」
 奈々子は一瞬考えた。――美貴と三枝の足跡を辿《たど》る旅をしているわけだが、オペラを見ていて眠らずにすむだろうか?
「――いいお天気」
 と、ルミ子は言った。「じゃ、ともかく、ドイツ博物館へ行きましょうよ」
「ドイツって、一つしかないんですか、博物館?」
 と、奈々子は訊《き》いた。
「いいえ。どうして?」
「だって、他にもあるなら、ドイツの博物館はみんな〈ドイツ博物館〉じゃないかと思って」
 奈々子なりに、筋の通った意見だったのである……。
 ホテルを後に歩きかけると、後ろから、呼ぶ声がした。
「――あら、奈々子さん、お電話ですって」
 と、美貴が言った。
「私に?」
「浅田さんて言ったもの」
「でも――誰だろ」
 奈々子はホテルのロビーへ入って、フロントの電話に出た。
「ええと――ハロー、もしもし。グーテンターク」
 向うから笑い声が聞こえて来た。
「いや、元気そうだね」
「志村さんですね」
 と、奈々子はホッとした。
「どうかね、そっちは」
「ま、私以外の人は無事です」
「頑《がん》張《ば》ってくれ。――今、美貴はそばに?」
「いいえ。でも近くですよ。呼びましょうか?」
「いや、いいんだ」
 と、志村はやや重苦しい声になった。「実は、警察の人間が来てね」
「もう伝わったんですか」
「何が?」
「あ、いえ。――何の用事で?」
「うん。三枝君のことだ。どうも、彼が密輸に係っていたのは事実だったらしい」
「じゃ、そのせいで殺されたと?」
「こっちでも、受け入れ側を捜査しているということでね。何か知らないか、と刑事がやって来たんだ」
「じゃますます絶望的ですね」
 と、奈々子は祈るように、「私のお葬式は出して下さいね」
「心配するな。君の家族は?」
 真面目に訊《き》かれて、ますます奈々子は、暗い気分になってしまったのだった……。
 
「――飛行機だ」
 と、奈々子は目をパチクリさせた。
 ――ドイツ博物館へとやってきた一行は、まず入口の前庭に当る場所にでんと置かれた本物の飛行機に目を丸くしてしまったのだった。
 いや、美貴は前に来て知っているわけだが、ルミ子もここは初めてで、
「へえ! どうやってここに降りたんだろう?」
 なんて、奈々子の考えてるのと同じことを言い出した。
 もちろん、着陸できるわけはない。ここへ撙螭抢搐郡韦馈
 しかし、本物の輸送機が置いてあるというのは凄《すご》い――なんて思っていたら、それどころじゃなかった。
 奈々子は、〈ドイツ博物館〉なんていうから、日本でいうと〈郷土館〉みたいなものかと思っていたのだが、とんでもない話で、何しろ中の広いこと……。
 飛行機、船、列車、自動車から――およそ産業全般にわたって、「何でも」置いてあるのだ。
 しかも、どれも本物。――船や飛行機も、全部、実物が並んでいる。
 奈々子は、すっかり圧倒されてしまった。
 ルミ子も大喜びで、ハンスと写真をとり合ったりしている。
「――これ全部見て回ったんですか」
 と、奈々子は、美貴に訊いた。
「いいえ。ともかくここ、全部見て回ったら一日じゃ終らないくらい。あの人、車が好きだから、自動車の所を、長く見てたわ」
 ――奈々子は、船の陳列を見て歩いていた。
 第二次大戦の時、ドイツ軍が連合国を震え上らせた潜水艦、「Uボート」も、本物が置いてある。船腹を開いて、中が見えるようになっている。
「狭いんだ」
 と、伣M員のベッドとか、部屋を見て、奈々子は首を振った。「こんな所で、良く何か月も暮せたなあ」
「全くだね」
 と、声がした。
 振り向いた奈々子はびっくりした。――フランクフルトにいた、ペーターという男ではないか!
 今日は、背広にネクタイというスタイルである。
「あんた――」
「しっ」
 と、ペーターは、奈々子の腕を取って、「他の人たちはあっちにいる。――来てくれ」
「でも……」
 奈々子は、細い通路を通って、静かな場所へ出ると、「あなた、何者?」
 と、訊いた。
「僕は、日本流に言うと、麻薬捜査官だ」
「麻薬?」
 ペーターは肯《うなず》いた。
「君らがミュンヘンに発《た》ったと知ったんで、追いかけて来たんだよ」
「私は悪いことなんかしてないわよ」
「分ってる」
 と、ペーターは言った。「君に嘘《うそ》をついて悪かった。君と、フランクフルトの空港でぶつかったのは、確かに僕だ」
「やっぱり!」
 と、奈々子はホッとして、「私の記憶力も、捨てたもんじゃないわね」
「全くだ。君らの旅のグループのことも、調べたよ」
「何が分ったの?」
「君がユニークな女性だってことがね」
 と、ペーターは微《ほほ》笑《え》んだ。
「そんなことより、あの時、あなたがぶつかった年寄りは誰なの?」
「年寄りなんかじゃない。あの男はせいぜい四十歳ってところだろう」
「やっぱりね。歩き方が若かった」
「あいつは、日本からマークされている人間なんだ。しかし、『やっぱり』というのは?」
「あのね――」
 と、言いかけて、「でも、あんたが信用できるって証拠はどこにあるの?」
「疑うのかい?」
「そりゃ、知らない人ですものね」
「うむ。――困ったな」
「味方であることを立証せよ」
 と、奈々子は言ってやった。
「よし」
 と、肯いた、と思うと……。
 ペーターは、奈々子を抱きしめて、熱烈なキスをしたのだった……。
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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:37:59 | 显示全部楼层
18 金髪の彼氏

「じゃ、ディスコの前で撃たれたのは、私じゃなくて、あんただったのね」
 と、奈々子は言った。「良かった! 何で悪いこともしてない私が狙《ねら》われるのか、って悩んでたのよ」
「いや、すまなかった」
 と、ペーターが、みごとな日本語で言う。「あの店で、僕は情報屋と会うことになっていたんだ」
「へえ」
「その男はやって来なかった」
「私が邪魔したから?」
「そうじゃない」
 と、ペーターは首を振って、「翌朝、死体になって見付かった」
「あら」
 ――奈々子は、私も、いつかこんな風に話の種になって終るのかしら、と考えた。
「ありゃ変った女だった。殺しても死にそうもなかったけど、やっぱり死んだところを見ると、人間だったんだな」
 とか……。
 ところで――前章の終りで、ペーターと熱いキスを交わしていた奈々子だが、今はこんなに冷静に話をしている。
 あのキスの結果、どうなったかというと……。まあ、ペーターの頬《ほお》にまだ赤く手のあとが残っていることから、察しがつきそうである。
 全く、ドイツ人ってのはむちゃくちゃだ!
 いくら味方だって証明する方法がないからって、キスすりゃいいってもんでもあるまいが。
「――まだ痛い」
 と、ペーターが頬をさわって息をついた。
「自《じ》業《ごう》自《じ》得《とく》ってもんよ」
 と、奈々子は言ってやったが、多少は力を入れすぎたかな、という気もあって、「そんなに痛い?」
「愛情の表現だと思えば、我慢できるよ」
 ペーターの言葉に、奈々子は笑い出してしまった。
 このカラッとしたところが、奈々子らしさなのである。なかなか、ロマンチックなムードにゃなりそうにない。
 まだ二人はドイツ博物館の中にいた。何しろ、中は迷子になりそうなほど広い。
「――凄《すご》い博物館ねえ」
 と、奈々子はペーターと一緒に歩きながら言った。
「ドイツ人ってのは、いざ物を揃《そろ》えるとか、集めるってことにかけては、徹底してるんだ。きちんと分類して、整理して、何から何まで集めなきゃ気がすまない」
「らしいわね」
 と、奈々子は肯《うなず》いた。「圧倒される」
 本物の蒸気機関車を見上げて歩きながら、奈々子は、
「私たちのこと、調べたって――。じゃ、この旅の目的も分ってるの?」
「行方不明になってる、三枝って男を捜しに来たんだろ?」
「そう。あんたも三枝さんに興味あるの」
「うん」
 と、ペーターは肯いた。「こっちで消えたのは、やっぱり密輸に係《かかわ》り合ってたからだろう」
「美貴さん、可《か》哀《わい》そうに」
 と、奈々子は首を振った。「そういえば、どこにいるのかなあ。私、美貴さんのボディガードなんだから、そばにいなきゃいけないのよ。それをあんたが、キスなんかするから」
「いや、失礼」
 と、ペーターは笑った。「僕としては、君のことを守らなきゃいけないと思ってるんだよ」
「私?」
「ディスコの前で、僕と話しているのを見られてるだろ。僕の同類と思われたかもしれない」
「失礼ね。あんた男で、私は女よ。こう見えたってね」
「そう思わなきゃ、キスなんかしない」
 それも理屈だ、と奈々子は思った。
 ともかく、日本にいたって、爆弾で殺されかけたりしているので、奈々子、少々のことでは怖がったりしないのである。
 これを正しくは、「やけ」になっている、と言うのかもしれない。
「――あ、ルミ子さんの声だ」
 キャアキャア笑っている、明るい声が響いて来た。
「じゃ、僕はここで」
 と、ペーターが言った。
「これからどうするの?」
「また会うことになるだろうね」
 そう言ってニヤッと笑うと、ペーターは足早に、姿を消してしまった。
「――フン、きざな奴《やつ》」
 と、奈々子は肩をすくめたが、まあそう悪い気もしなかった。
 あのキスも、突然のことでもあり、道を歩いていて、ちょっと人とぶつかったようなもんだ(大分違うかな)。少なくとも、胸のときめく暇もなかったけど……。そう悪い奴でもなさそうじゃないの。
「――あ、いたいた」
 と、ルミ子が奈々子を見付けて、「捜したのよ!」
「ごめんなさい」
 と、奈々子は頭をかいて、「ちょっと船の中で昼寝してたもんだから……」
 このジョークが、割合、まともに受け取られるのを見て、奈々子は少し反省した。――私って、そんなに変ったことをやる人間と見られてるんだろうか……。
 奈々子たちは、自動車の集めてある一画へやって来た。
「わあ、クラシックカー!」
 と、ルミ子が飛び上ってハンスの手を引張ると、
「ねえ! ここで写真とって!」
 と、騒いでいる。
「――いいわねえ、若くって」
 と、美貴が言った。
「美貴さんだって、若いじゃないですか」
「だけど、十代の子にはかなわないわよ」
「そんなこと言って! 若くない、ってのは、ああいうのを言うんです」
 奈々子は、すっかりへばって、ベンチにのびている森田の方を指さした。
「あの人だって、若いでしょ、まだ」
「きっと、ふだんの栄養状態が悪いんでしょう」
 と、奈々子は言った。「――三枝さん、ここに長くいたんですね?」
「そう。あの人、車が好きだから。――もう、ポルシェとか、その辺の車、いつまでも飽《あ》きずに見てて。私が呆《あき》れて先に行っちゃっても、三十分も来なかったわ」
 と、美貴は微《ほほ》笑《え》んだ。
 三十分も。――ということは、ここで、三枝は一人になったわけだ。
 大体、ハネムーンに来て、夫と妻が長いこと別々になる、ということは少ないだろう。
「他に、ご主人が一人でいたってこと、ありました? フランクフルトで、夜、ちょっと出かけてらしたんですよね」
「ええ。その時以外は……。そうねえ。あんまりなかったと思うけど」
 と、美貴は言った。
「ここで三十分ほど一人でおられた時はどうでした?」
「どうって?」
「誰かとひょっこり会ったとか、そんなことなかったでしょうか」
「さあ……。何も言ってなかったけど」
 と、美貴は首をかしげた。
 まあ、ハネムーンの最中でなくても、少しボーッとしたところのある美貴のことだ。少しぐらい夫の様子がおかしくても気が付くまい。
 ――その後、もう少し博物館の中を見て回り、一行は引き上げることになった。
 今度は、忘れずに森田もくっついて来ている。
「絵ハガキ、買って行こう」
 外へ出た所で、大きな売店があり、色々売っている。ルミ子がハンスを引張って、中へ入って行った。
「――そうだわ」
 と、美貴が言った。「思い出した」
「え?」
「あの時、帰りに絵ハガキを買おうって言ってたの、あの人。でも、出て来ると、さっさと行っちゃうんで、私、訊いたのよ。買わなくていいの、って」
「ご主人は何て?」
「くたびれたから、早く帰ろうって。絵ハガキなんか、どこででも買えるよ、って言って……。何だか、ちょっと苛《いら》々《いら》してるみたいだったわ」
 すると――やはり三枝は、博物館の中で誰かに会ったのではないか。それとも、誰かを見かけて、会いたくないので、急いで帰ろうとした……。
 フランクフルトの夜の外出、そしてここでの三十分。
 その二つには意味がありそうだわ、と奈々子は思った。
 
 拍手の音で、奈々子はハッと目が覚めた。
 え? もう終っちゃったのかしら?
 パチパチ、と拍手をして……。
「休《きゆう》憩《けい》だわ」
 と、ルミ子が席を立つと、「奈々子さん、ロビーに出てみる?」
「ええ、それじゃ……」
 やっぱり、眠ってしまった。
 夕食でお腹も一杯。心地良く音楽なんか流れていたら、つい眠くなるのも無理はない。
 ――ホテルから歩いて数分の、国立オペラ。
 ボックス席というやつを一つ、奈々子たちのグループで占めていた。おかげで、奈々子が居眠りしても、あまり周囲に迷惑にはならなかったのである。
 まだ拍手は続いていたが、奈々子はロビーへ出て、伸びをした。
「シュトラウスっていうから、ワルツかと思った」
 と、奈々子は呟《つぶや》いた。
 それは、ヨハン・シュトラウス。このオペラはリヒャルト・シュトラウスで、二人は別に親類でも何でもないということを、奈々子は初めて知ったのだった……。
 ロビーが、まるで宮殿のように広くて立派である。――この辺が、日本の劇場とは大分違うのね、と奈々子は思った。
 ボックスの番号を間違えないように、とよく確かめてから奈々子は、広い階段を下りて行った。
 絵や彫刻の飾られた部屋で、簡単な飲物や軽食を出している。
 奈々子は、ワインを一杯もらって、ゆっくりと周囲を見回した。
「――失礼」
 ポンと肩を叩《たた》かれて振り向くと、タキシード姿の紳士。
「何だ、あんた、また来てたの」
 ペーターである。
「ボックス席にいたね。下から見てたよ」
 奈々子は、赤くなって、
「趣味悪いわね、全く!」
 と、にらんでやった。
「いやいや」
 ペーターは笑って、「リヒャルト・シュトラウスで眠っても、そう恥ずかしくはないさ。みんな一緒?」
「ええ。何人起きてたかは知らないけどね」
「今夜は日本人が少ないね。まあ、ツアーで見に来るようなプログラムじゃないんだろうけど」
「一人なの?」
「君と二人」
「今だけよ」
 と、奈々子は言ってやった。
「何か食べる?」
 お腹一杯、と言おうとして――おごってくれるのを断るのも、もったいない、と思い直すところが、我ながら情ない。
「じゃ――何があるの?」
「サンドイッチぐらいかな」
「いただくわ」
 と、奈々子は言った。
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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:38:46 | 显示全部楼层
19 消えた奈々子

 で、まあ――当然予想されたことではあるのだが、次の幕でも、奈々子は十分としない内にウトウトし始めたのだった。
 手にしていたバッグがストンと落ちて、ハッと目を覚ますと――オーケストラがワーッと鳴り出して、奈々子は飛び上るほどびっくりしてしまった。
 その後は、眠ることもなく、曲も、じっと耳を傾けていればなかなか楽しいもので、
「オペラって、結構面白いじゃん」
 などと考えたりしていた……。
 幕が下りて、また拍手、拍手……。
「あと一幕ね」
 と、美貴が言った。「奈々子さん、退屈じゃない?」
「いいえ。割といいもんですね」
 何というオペラかも知らないで、言うもんである。
「――あいつはグーグー眠って」
 森田は、休憩時間になっても、ほとんど起きることもなく、ひたすら眠りこけていた。
「人のことは言えませんけどね」
 と、奈々子は笑って言った。
「ロビーへ出るわ。奈々子さんは?」
「私も」
 またワインでもおごらせてやれ、と思っていたわけでは――多少、あった。
 もちろん、ペーターが、また来ていればの話だが。
 さっきのロビーへ来てみると、前より人が多く、中には目をみはるようなイヴニングドレスの女性もいる。
「はあ……」
 と、思わず奈々子も見とれてしまった。
 あの格《かつ》好《こう》そのものより、それが似合うということが凄《すご》い!
 中に一人、真《しん》紅《く》のドレスに、どう見てもイミテーションとは思えない、重そうな(!)ダイヤのネックレスをした美女がいて、周囲の男たちの目をひいていた。
 やはり、目立つ人は目立つのである。
 すると――その女性にワイングラスを持って来て手渡している男……。
 ペーターではないか!
 奈々子は頭に来た。一人だとか言っといて!
 しかし、本気で怒る気になれないのも、事実である。何といっても――奈々子と、その女性では、比較のしようもない。
 奈々子は、ペーターと目が合うときまりが悪いので、そのままボックス席へと引き返すことにした。
 ハンスとルミ子が腕を組んで、広い階段を下りて来る。
 奈々子は、ボックス席に入って、誰もいないのを見て、肩をすくめた。どうやら、あの森田も、目が覚めて外へ出ているようだ。
 美貴の席に、分厚いパンフレットが置いてあった。奈々子は、そのまま美貴の席にちょっと腰をおろすと、パンフレットをめくった。
 もちろん、日本語じゃないから、何だか分らないので、パラパラめくって写真だけ見ていると――。
 誰かがボックスへ入って来た。
 振り向くと、体の大きな、ドイツ人らしいのが二人、奈々子にペラペラと話しかけて来る。
「は? あの――あのね、私、分んないんです、ドイツ語。――ええとね、イッヒ――何だっけ?」
 焦《あせ》った奈々子は、立って行って、男たちに身ぶり手ぶりで、説明しようとした。
「ノーノー。ナイン、ナイン」
 男の一人が、いつの間にか、奈々子の後ろへ回っていた。
 奈々子の顔に、いきなり、ハンカチが押し当てられた。アッと思う間もない。
 ツーンと来る匂いが頭の天《てつ》辺《ぺん》まで貫くようで、スーッと気が遠くなる。
 抵抗するにも、腕の力が違う。身動きも取れずにいる内に、奈々子は目の前が真暗になり、完全に気を失ってしまっていた。
 
「――あら、あれ」
 と、ルミ子が足を止めた。
「どうしたんだい?」
 と、ハンスが訊《き》く。
「今、男の人たちに挟まれて行ったの――奈々子さんみたいだったけど」
「まさか。日本人の男性?」
「ううん。ドイツ人じゃないかな」
 ――お断りしておくが、この会話は、本来ドイツ語で交わされているのである。
「――人違いね、きっと」
 と、ルミ子は呟《つぶや》くと、肩をすくめた。
 ボックス席に戻《もど》ると、美貴と森田は席に戻っていた。
「奈々子さん、見た?」
 と、ルミ子は訊いた。
「いいえ。まだ戻っていないわ」
「どうせ、聞いたって分らんのだから」
 と、森田が憎まれ口を叩《たた》く。
「そう……」
 ルミ子は、肯《うなず》いて席についたが、足の先に何かが触れた。拾い上げて、
「見て。奈々子さんのバッグ」
「あら。バッグを置いて?」
「おかしいわ。今、よく似た人が男二人に挟まれて出口へ行くのを見たの」
 美貴が立ち上った。
「行ってみましょ」
 ハンスもせっつかれて、みんなで階段を駆け下りて行く。
 ルミ子は、下の入口の所に立っている女性に、日本人の女性を見なかったか、と訊《き》いた。
 返事を聞いて、美貴もルミ子も、青くなった。ハンスが、急いで外へ駆け出して行った。
 一人、わけの分らない森田が、
「どうしたんです? 迷子にでもなったんですか」
 と、訊いた。
「日本人の女性が一人、気を失って、男二人に連れられて出て行ったって。――貧血を起こしたんだって言ってたそうよ」
「どういうことだ?」
「鈍いのねえ!」
 と、ルミ子が頭に来て、「誘《ゆう》拐《かい》されたのよ! 決ってるじゃないの!」
「どうしたらいいかしら」
 と、美貴は呆《ぼう》然《ぜん》としている。
「今、ハンスが、見に行ってるわ」
 ハンスが、すぐに駆け戻って来た。
「どうだって?」
 と、森田が訊く。
「――どこにも見当らないって。警察へ届ける?」
「そうね」
「ハンスが言うには、奈々子さんのことを、分っていて誘拐したのか、それとも、ただ日本人でボックス席にいるから、お金持だと思って誘拐したのか分らない、って」
「だとすると……。向うから連絡があるわね。きっと」
「お姉さん、森田さんとホテルに戻っていて。何か連絡が入るかもしれないわ。私とハンスは、これが終るまでボックスにいてみる。犯人が、連絡をここへよこすかもしれない」
「分ったわ」
 美貴が、ため息をついた。「――大変なことになっちゃったわ……」
 
 ガタン、ガタン。
 ずいぶん揺れるわね、この車。
 奈々子は、まだ眠りつづけていたが、それでも、いくらか意識が戻《もど》り始めていたのか、車が揺れていることは、分っていた。
 ひんやりした空気が、頬《ほお》を撫《な》でる。――外へ出たらしい。
 ヒョイとかかえられて、どこへ行くのかしら、などと思っていると……。
 ブルル……。エンジンの音。そして大きな揺れ。
 船?――モーターボートか何かだろうか?
 手足にしびれる感覚がある。――縛《しば》られているのだと分った。
 何も見えないのは、目隠しされているからで、口にも何か布を押し込まれている。
 頭がはっきりして来ると、やっと奈々子も、自分がどういう状況下にあるのか、分って来た。
 誘《ゆう》拐《かい》されたんだ!
 車、ボート……。どこへ連れて行かれるんだろう?
 ともかく、あのミュンヘンのホテルへ連れて行ってくれるのでないことだけは、確かだった……。
 美貴もルミ子も、とても追って来てはくれていないだろう。
 あのペーターとかいう奴《やつ》! 肝心の時には役に立たないんだから!
 こうなったら、逆らっても仕方ない、と度胸を決めたものの、怖いことには変りがない。
 何やらドイツ語でしゃべっているのが、耳に入って来る。
 しかし――どうして私なんか誘拐したんだろう?
 奈々子としても、自分が大金持の令嬢に見えないだろうということは、分っている。美しさのあまり、どこかの王様が、
「あの娘をさらって来い」
 と、言いつけた、とも……考えにくい。
 すると、例の密輸に係る連中が、やったのだろうか? でも、何の目的で?
 いくら考えても、そこまで分るわけがない。
 と――ボートのエンジンの音が、急に静かになった。
 ガクン、とボートが何かにぶつかる。着いたらしい。
 ヒョイ、と一人が奈々子を軽々とかかえ上げた。
 そこから十分ほどだろうか。上りの道らしく、さしもの大きな男が、途中で息を切らしてブツブツ言っている。
 失礼ね! そんなに重くないわよ、私は!
 ――どこかへ着いたようだ。
 ドアの開く音。そして、コーヒーらしい匂《にお》いが漂っていた。
 数人の話し声。――そしていきなり奈々子は固い床の上に投げ出されて、したたか頭とお尻《しり》を打った。
 目かくしが外される。まぶしさに目がくらんで、しばらく何も見えなかった。
 それから、口の中へ押し込んであった布が取れて、やっと大きく息ができた。
 まだ、何だか視界がボーッとしている。
「窮屈な思いをさせて悪かったね」
 突然、日本語が聞こえた。「しばらくの辛抱だよ。三枝美貴さん」
 と、その男は言ったのだった。
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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:40:01 | 显示全部楼层
20 とらわれの奈々子

 三枝美貴さん?
 何言ってんだろ、この男は。――奈々子は呆《あき》れて、
「ふざけんじゃないや」
 と、言ってやろうとした。
 しかし――幸か不幸か、まだ薬の効果が切れていなかったらしく、
「アアアア……」
 と、赤ん坊がオモチャでもほしがっているような声しか出なかったのである。
「おいおい」
 と、その日本人の男は立って「令夫人にひどい扱いをするなよ。丁《てい》重《ちよう》にもてなさなくちゃ」
 奈々子は、男たちにかかえられて、木の椅《い》子《す》に腰かけさせられた。手足の縄はといてくれたが、しびれていて、すぐには全然感覚が戻《もど》らない。
 ――やっと、部屋の中の様子が見えて来た。
 古びた木造の建物。
 暖炉があって、木の机と椅子。――それに腰かけているのは、どれも赤ら顔のドイツ人らしかった。
 いや、ドイツ人と思ったのは、みんなドイツ語をしゃべっていたからだ。
 ただ一人の日本人は、普通の感覚でいえば太っているが、何しろ他の男たちが大きいので、何だか貧弱に見える。
 隅の方に立っている、際立って大きな二人は、奈々子をあのオペラ劇場から、さらって来た連中である。
 男たちは、奈々子を指さしながら、ああでもないこうでもない(かどうか知らないが)、とやっている。
「――当然ドイツ語は分るだろうね」
 と、男が言った。
 奈々子は黙って首を横に振った。
「おやおや。――名門のお嬢さんが、ドイツ語もできないのか」
 悪かったわね。
「この連中、みんな君のことを、『東洋の神秘』だと言ってる」
 あ、そう。
「日本とドイツでは、美人の基準も大分違うからね」
 どういう意味だ?
「ともかく――窮屈だろうが、しばらくここにいてもらうよ」
 あのホテルの方がずっといいわ。――奈々子は当り前のことを考えた。こんな所、一ツ星でもないじゃないのよ。
「ま、気の毒だとは思うがね、恨みたければご主人を恨むことだ」
 ここまで来て、奈々子はハッとした。
 そうか! この人たち、私を美貴さんと間違えて誘《ゆう》拐《かい》して来たんだわ。
 もちろん、読者はとっくに分っていただろうが、これは奈々子が馬鹿だったのではなく、薬で頭がボーッとしていたせいなのである。
 よりによって!――この私がどうしてあんなお嬢さんと……。
 奈々子は、どうしたらいいか、と迷っていた。
 人違いだ、と主張するのも一つの方法だが、しかし――そう分ったからって、
「そりゃ失礼!」
 と、菓子折でもくれて帰してくれる、とは思えない。
 むしろ、アッサリ「消される」心配もありそうだ。
 逆に、美貴だと思っている限り、この連中も何かに利用するつもりだろうから、奈々子を殺したりしないだろう。
 それに――もちろん、奈々子も怖かったのだが――好奇心もある。
 こいつらと、三枝とはどんな関係なのだろう。
「分りました」
 奈々子は、できるだけ、美貴の言い方をまねて、おっとりとした口調で言った。
「分りゃ結構、下手に逃げようとすると、あの二人がどうするか分りませんよ」
 と、男はニヤリと笑って、「そういう時は殺しさえしなきゃ、何をしてもいい、と言ってありますからね」
 フン、この助平!
 奈々子は、ちょっと咳《せき》払《ばら》いして、
「恐れ入りますが、お茶を一杯、いただけません?」
 うん、これはいい。なかなか、決ってる!
 すぐに、コーヒーをくれた。日本茶がいい、と言おうと思ったが、やめておくことにした。
「どうも」
 と、一応、礼など言って、「――あなたはどなたですの?」
「おっとこりゃ失礼」
 と、男は立ち上って、「私は商人で、神原と申します」
 と、格《かつ》好《こう》をつけておじぎをする。
「神原さん」
 と、奈々子は会《え》釈《しやく》して、「どうしてこんなことをなさるんですの?」
「それは、ご主人のせいです」
「うちの旦那がどうしたんです?」
 言ってから、しまった、と思った。つい、『うちの旦那』なんて言ってしまった!
 しかし、神原という男、別に妙とも思わなかったようで、
「取引きですよ、マダム」
 マダム、ね。――ドイツ語はマダムじゃないわよ、確か。
「取引きとおっしゃいますと?」
「つまり、あなたのご主人との取引きを、有利に撙证郡幛违`ドですな」
「主人との?」
 奈々子は、本当にドキッとした。「じゃ、主人は生きている、と?」
「おやおや」
 神原は笑って、「お芝居がお上手だ。――分ってますよ、ちゃんと」
「何のことでしょう?」
「あなたも、この仕事には一枚かんでおられる」
「私が?」
 何のことだろう?
「まあとぼけているのもいいでしょう」
 と、神原は言った。「あなたを捕えてあると言ってやれば、ご主人も焦《あせ》って姿を現わすでしょうからね」
「何のことか私には……」
 と、奈々子は気取って言った。「私は主人を捜しに来ただけですわ」
「なるほど。そういうことにしておきますか」
 神原は、二人の大男に肯《うなず》いて見せた。「いいですか。この建物は人里離れた湖《こ》畔《はん》の山の上にある。いくら大声を出しても、むだですよ」
「分りました」
「おとなしくしていれば、そう辛い思いはせずにすみます」
 二人の大男に挟まれて、奈々子は立ち上った。
「お部屋はどちら?」
「ここの二階です」
「分りました。じゃ、参りましょ」
 奈々子は、ぐっと胸をそらし、平然とした様子で、自分から階段の方へと、歩き出したのだった……。
 二階のドアの一つを開いて、大男が促《うなが》すままに、奈々子は中へ入った。
 バタン、とドアが閉り、カチャッ、と鍵《かぎ》のかかる音。
 ――奈々子は、部屋の中を見回した。
 まあ、予想していたほどひどい所でもなかった。
 たぶんこの家自体が、古い農家で、ここは主寝室だろう。割合に広くて、古い木のベッドも、日本のダブルベッドぐらいある。
 木の表面は、いかにも古びているが、一応清潔な感じではあった。
 奈々子は、ベッドに腰かけると、まだ少し頭がクラクラして、ゆっくりと横になった。
「――参ったな」
 と、呟《つぶや》いて、天井を見上げる。
 いくら美貴を守るためとはいえ、代りにさらわれるとは思わなかった。――特別手当をもらわなきゃ。
 あの神原の話では、やはり、三枝は生きている。そして、ペーターの言っていた通り、何かよからぬ密輸に係り合っていたらしい。
 ただ、奈々子の気になったのは、美貴も仲間だったかのような、神原の言葉だ。
 もちろん、奈々子を美貴と間違えるような男だ。勘違い、ってことも、充分にあり得るが……。
 それにしても……。あのドイツ人たちも、密輸に関係しているんだろう。
 ヨーロッパのように国と国が地続きの場所では、密輸といっても、そう難しくあるまい。
 日本からヨーロッパへ来て、奈々子は奈々子なりに、「外国」というものの考え方が、全然違うんだ、ということに気付いていたのである。
 さて――問題は、人違いと分った時である。
 殺されるのは嫌いだ。まあ、好きな人間はいないだろうが。
「何か、武器がいるわ」
 と、奈々子は呟いた。
 あの二人の大男でも、不意を襲えばやっつけられるようなもの。――何かないかしら?
 奈々子は、起き上って、部屋の中をあちこち捜し始めた……。
 
「――どう?」
 と、ルミ子は訊《き》いた。
 ハンスが首を振る。
「そう……」
 ホテルのロビーに戻《もど》った面々、じっと押し黙って、沈んでいる。
「いよいよ決ったわね」
 と、美貴が言った。「誘《ゆう》拐《かい》よ」
「そうね」
 ルミ子が、肯《うなず》いて、「今になっても、何の連絡も入ってない。犯人の手がかりもないのよ」
「どうしたらいいかしら」
「ああ、あの時、すぐ追いかけてれば!」
 と、ルミ子は悔《くや》しそうに言った。
「こうしていても、仕方ないわ」
 と、美貴は言った。「警察へ届けましょう」
 すると、
「それはやめた方がいい」
 と、声があった……。
 みんなびっくりして振り向くと、
「あ!」
 と、ルミ子が言った。「あのディスコの前で――」
「ペーターといいます」
 離れた椅《い》子《す》から、立ってやって来ると、「申し訳ありません。様子がおかしいので、聞いていました」
「あなたは……」
「あの人に一目惚《ぼ》れして、追って来たんです」
 ペーターの言葉に、誰もが呆《あつ》気《け》に取られたが、ただ一人、美貴は、
「そうですか。じゃ、何か力を貸して下さいな」
 と、身をのり出したのだった。
「物好きな」
 と、言ったのは、「役に立たないボディガード」の森田。
「あんたは黙ってろ」
 と、ルミ子にやられて、ムッとしたように口をつぐむ。
「僕の聞いたところでは――」
 と、ペーターが言った。「彼女はあなたに付添って来た、と」
「ええ、そうです」
「つまり、本来のお金持はあなたですね」
「まあ……そうです」
「では、はっきりしている」
「というと?」
「奈々子さんは、あなたと間違えられたのです」
 美貴は唖《あ》然《ぜん》として、
「まあ――どうしましょ」
 と、言った。
「しかし、警察へ届けて、人違いと分ったら、彼女は却《かえ》って危険です。役に立たないから、と殺される心配もある」
「それじゃ――」
「こういうことは、裏のルートで探るのが一番です」
「裏のルート?」
「そうです」
 ペーターは肯いて、「彼女を何とか、無事に取り戻すこと。それが第一です」
 と、力強く言った。
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 楼主| 发表于 2005-1-9 11:40:41 | 显示全部楼层
21 広告は呼ぶ

「何だと?」
 電話を聞いて、志村は言葉を失った。「さら……」
「さらわれちゃったの」
 と、ルミ子が言った。
「さらわれた……。皿が割れたわけじゃないんだな」
 奈々子が聞いたら怒っただろう。
 ここは志村のオフィス。――国際電話というので急いで取ったら、このニュースだ。
「で……何か手がかりは?」
「犯人が身代金でも要求して来ればともかくね。今のところ何の連絡もないの」
 と、ルミ子が言った。
「もし、金を要求して来たら、すぐに言って来い。命にはかえられん。いくらでも出すからな」
「うん。――あ、お姉さんが戻《もど》って来たわ」
「美貴に、元気を出せ、と言っといてくれよ」
「分った。また連絡する」
 ルミ子からの電話は切れた。
「――やれやれ」
 志村は、ため息をついた。「何てことだ!」
 志村としては、自分が説得して、あの奈々子を美貴に同行させたのだから、責任を感じるのも当然である。
「困ったものだ……」
 と、呟《つぶや》いて、考え込んでいると、
「――失礼します」
 と、秘書が入って来た。
「何だ?」
「お客様です」
「誰だ?」
「野田様という方ですが」
「野田……。そうか。通してくれ」
 と、志村は言った。
「――どうも」
 と、入って来たのは、野田悟である。「やあ、どうかね」
 と、志村は言った。「かけたまえ」
「すぐ失礼します」
 と、野田は軽く腰をおろして、「美貴さんが、あっちへ行かれたというのを聞いたので」
「うん、そうなんだ」
「何かつかめたようですか」
 野田の質問に、志村はすぐには答えなかった。
「――実はね」
 と、志村は言った。「もう一人、行方不明になった」
「え?」
「君も知ってたな。浅田奈々子という娘」
「ええ。喫茶店で働いてた子でしょ」
「美貴についていてもらおうと、同行してもらったら……」
「あの子が消えたんですか」
 と、野田は目をパチクリさせている。
「どうやら、誘《ゆう》拐《かい》されたらしい」
 と、志村が言うと、野田は言葉もない様子だった。
 志村は、少し考え込んでいたが、
「君――忙しいだろうね」
「僕ですか」
「うん。もしできたら、またドイツへ行ってくれないか」
「しかし……」
 と言いかけて、野田は、ちょっと肩をすくめると、「分りました」
「行ってくれるかね」
「はい。あの子のことも心配です」
「金ですむことなら、まだいいんだが……」
 志村は、そう呟《つぶや》いてから、「じゃ、仕《し》度《たく》ができ次第、出発してくれ」
 と、言った。
 
 ところで――誘拐された奈々子の方は、といえば……。
「一、二、一、二……」
 ハアハア息を切らしながら、体操しているのは、やはり、いざという時、あの二人をやっつけるため――かといえば、そうでもなくて……。
 ドアが開いて、大男の一人が、盆を持って入って来た。
「――もう食事?」
 奈々子は、ため息をついた。「お腹、空いてないわよ」
 何しろ日本語が通じないので、どうにもならない。
 ドカッと盆をテーブルに置いて出て行ってしまう。
「参った!」
 と、奈々子は、息を弾《はず》ませている。「ブロイラーにしようってのね!」
 ともかく、誘拐された人間が、こんなに沢山食事を与えられたことは珍しいんじゃないか、と思えるくらい。
 今も大きな皿に、ローストしたポークが山盛り。
 いくら奈々子だって、この三分の一で充分である。
 しかも、この量の食事が、三食出て来るのだ。せっせと邉婴筏皮い毪韦狻ⅳ工蚩栅工郡幛坤盲郡韦扦ⅳ搿
 しかも、食べずに残すと、あの見張りの大男が、えらく怖い顔をして怒る。仕方なく、また食べる、ということをくり返していた。
「これが新《あら》手《て》の拷《ごう》問《もん》かしら……」
 などと呟《つぶや》きながら、仕方なく食べ始めると――。
 またドアが開いた。
 神原だ。――奈々子にニヤッと笑いかけると、
「元気そうで何より」
 と、言った。
 奈々子は、「美貴らしさ」を装って、
「私にご用ですの?」
 と、訊《き》いた。
「喜んでもらいましょうか」
「というと?」
「連絡が取れましたよ、ご主人と」
「まあ」
「生きていたのは、事実だったんですな。もちろんあなたは、ご存知だったはずですが」
 知るもんですか、そんなこと。
「で、主人は何と?」
「直接話したわけではありません」
 と、神原は言った。「新聞にね、広告を出したんです」
「それで?」
「ご主人から、返事の広告がありました。――これで、あなたも無事に帰れそうだ」
「それは結構ですわね」
 奈々子は微《ほほ》笑《え》んで、「一口いかがです?」
 と、フォークで、肉を突き刺した。
 
「――どう思う?」
 と、ペーターが言った。
 ホテルでの、昼食の時間。
 ペーターが新聞をみんなに回していた。
「〈品物を買い戻したい〉か……」
 ルミ子は肯いて、「確かに怪しいわね」
「こういう広告は、よく誘拐事件の時、使われるんだ」
 と、ペーターは言った。
 ――すでに、奈々子が消えて四日。
 美貴など、大分食欲もなくなって来てしまっている。
「でも……私と間違えられたとしたら、その広告は?」
「誰か、あなたと係《かかわ》りのある人が出したものでしょう」
 と、ペーターは言った。
「お姉さん!」
「主人だわ」
 と、美貴は言った。「生きてたんだわ、やっぱり!」
 急に目を輝かせて、
「何とかして、その広告主を突き止めるのよ」
「落ちついて下さい」
 と、ペーターは言った。「問題はそう簡単じゃない。広告主が分っても、当然、あなたのご主人、本人ではありませんよ」
「だとしても――」
「もちろん手がかりにはなります。しかし――」
 ペーターは、ふと言葉を切った。
「どうしたんですの?」
「いかん」
 ペーターは、立ち上ると、急いでレストランを飛び出して行った。
「どうしたのかしら?」
「ほら、あんたも行きなさいよ!」
 ルミ子に怒《ど》鳴《な》られて、森田も、渋々、ペーターの後を追って出て行った。
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发表于 2005-6-27 13:11:31 | 显示全部楼层
すばらしい!!!!
すっど探している。どうも
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