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2 彼女の消滅、写真の消滅、スリップの消滅(2)
僕が離婚を承諾し、彼女がアパートを出ていってしまってから既に一ヵ月が経っていた。その一ヵ月には殆んど何の意味もなかった。ぼんやりとして実体のない、生温かいゼリーのような一ヵ月だった。何かが変ったとはまるで思えなかったし、実際のところ、何ひとつ変ってはないなかったのだ。
我同意离婚。她离开公寓已经过了一个月。在那一个月中几乎没有任何意思。整日无所事事,就像温热的果汁冻那样的一个月。我简直也没有想过会有什么变化,而实际上的确也没有任何变化。
僕は朝七時に起きてコーヒーを淹れ、トーストを焼き、仕事にでかけ、外で夕食を取り、二杯か三杯酒を飲み、家に帰って一時間ばかりベッドの中で本を読み、電灯を消して眠った。土曜日と日曜日には仕事をする代わりに朝から何軒か映画館をまわって時間を潰した。そしていつもと同じように一人で夕食を取り、酒を飲み、本を読んで眠った。そんな風にして、ちょうどある種の人々がカレンダーの数字をひとつずつ黒く塗りつぶしていくように、僕は一ヵ月を生きてきた。
我早上七点钟起床,煮泡咖啡,烤面包,外出工作,在外吃晚饭,喝二、三杯酒,然后回家,在床上躺着看书一个小时,然后关灯睡觉。在星期六、星期日不工作,就到几家电影院看电影以消磨时光。和平时一样一个人在外吃晚饭、喝酒、看着书睡觉。就像那种人那样,一个个地塗黑月历上的数字一天一天地来度日。我也这样度过了一个月。
彼女が消えてしまったのは、ある意味では仕方のない出来事であるような気がした。既に起ってしまったことは起ってしまったことなのだ。我々がこの四年間どれだけうまくやってきたとしても、それはもうたいした問題ではなくなっていた。はぎ取られてしまったアルバムと同じことだ。
她的消失在一定意义上讲,那是没有办法的事情。既然已经发生的事情就只能承认它的发生。在这四年间别管我们是多么美满地度过,但那已经不是什么重要的问题了。就像那撤去照片整理过的相册一样。
それと同じように、彼女が僕の友人と長いあいだ定期的に寝ていて、ある日彼のところに転がり込んでしまったとしても、それもやはりたいした問題ではなかった。そういうことは十分起こり得ることであり、そしてしばしば現実に起ることであって、彼女がそうなってしまったとしても、何かしら特別なことが起ったという風には僕にはどうしても思えなかった。結局のところ、それは彼女自身の問題なのだ。
和那种事情一样,她和我的朋友在长时间里定期睡觉,最后有一天她干脆住到那里。这样做也不是什么大事情。这样的事情是十分正常发生的事,而且也是经常发生的事。即便她是真正成为那种状态,我也没有想过产生了什么特殊事情。总之,那是她自身的问题。
「結局のところ、それは君自身の問題なんだよ」と僕は言った。
“最终还是你自身的问题。”我说。
それは彼女が離婚したいと言い出した六月の日曜日の午後で、僕は缶ビールのプルリングを指にはけて遊んでいた。
说这些话是在她提出离婚的六月一个星期天的下午,我把灌装啤酒的盖正拿在手里玩。
「どちらでもいいということ?」と彼女は訊ねた。とてもゆっくりとしたしゃべり方だった。
“你是说怎么做都无所谓?”她问。她说话非常慢。
「どちらでもいいわけじゃない」と僕は言った。「君自身の問題だって言ってるだけさ」
“说实在的,并不想和你分开。”过一会儿后她说。
「本当のことを言えば、あなたと別れたくないわ」としばらくあとで彼女は言った。
“也并不是什么都无所谓。”我说。“我只是说这是你自己的问题。”
「じゃあ別れきゃいいさ」と僕は言った。
“即然这样不分开也好。”我说。
「でも、あなたと一緒にいてももうどこにも行けないのよ」
“可是,和你在一起什么地方也去不了。”
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