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1 鯨(くじら)のペニス、三つの職業を持つ女(8)
「親しい友だちとして、君に質問したいことがあるんだ」と僕は言った。
“既然已经成为好朋友了,我有个事情要问你。”我说。
「いいわよ」
“可以,请吧。”
「まずひとつはなぜ耳を出さないのかということ。もうひとつはこれまでに君の耳が僕以外の誰かに特殊な力を及ぼしたことがあるかということなんだ」
“第一个问题是为什么不把耳朵显露出来?第二个是到目前为止除我之外你的耳朵还对谁有那种特殊作用?”
彼女は何も言わずにテーブルの上に置いた両手をじっと眺めていた。
她什么也不说,死盯着放在桌子上的两只手。
「いろいろあるのよ」と彼女は静かに言った。
“有很多要说的。”她很平静地说。
「いろいろ?」
“有很多?”
「うん。でも簡単に言ったしまえば、私が耳を出していない方の自分に慣れてしまったからということになるわね」
“是的。但是简单地说,我已经变成不把耳朵露出来的我了。”
「つまり耳を出している時の君と、耳を出していない時の君は違うっていうことなのかな?」
“也就是说,把耳朵表露出来时候的你和不往外表露时候的你,两者是完全不同的。”
「そうね」
“是这样的。”
二人のウェイターが我々の皿を下げ、スープを運んできた。
两个服务员把我们的盘子收走,把汤送了过来。
「耳を出している時の君についてはなしてくれないかな?」
“不给我讲一讲把耳朵显露出来时候的你吗?”
「ずいぶん昔のことだからうまく話せないわ。本当のことを言うと、十二の齢から一度も耳を出したことはないの」
“这是很久以前的事了,也不能很具体地说了。总得来说,从十二岁以后再也没有把耳朵露出来一次。”
「でもモデルの仕事をする時には耳を出すわけだよね?」
“那么,做模特的时候也不把耳朵露出来吗?”
「ええ」と彼女は言った。「でもあれは本当の耳じゃないの」
“是的。”她说。“可是那并不是真的耳朵。”
「本当の耳じゃない?」
“不是真耳朵?”
「あれは閉鎖された耳なの」
“那是被关闭的耳朵。”
僕はスープを二口飲んでから顔を上げて彼女の顔を見た。
我喝了两口汤之后抬起头看着她的脸。
「閉鎖された耳についてもう少しくわしく教えてくれないかな?」
“对于被关闭的耳朵不给我稍微详细地说明一下吗?”
「閉鎖された耳は死んだ耳なの。私が自分で耳を殺すのよ。つまり、意識的に通路を分断してしまうってことなんだけど……わかるかしら?」
“被关闭的耳朵就是死掉的耳朵。是我自己把耳朵杀掉了。实际上从意识上把通路切断了。这个你明白吗?”
僕にはよくわからなかった。
对我来说还是不明白。
「質問してみて」と彼女は言った。
“那就一点一点问吧。”她说。
「耳を殺すというのは、耳が聴こえなくなるということ?」
“把耳朵杀死的话,那耳朵就不能听了吧?”
「ううん。耳はちゃんと聴こえるの。でも耳は死んでいるのよ。あなたにもできるはずよ」
“不是的。耳朵当然还能听。可耳朵的确是死了。当然你也可以这样做了。”
彼女はスープ?スプーンをテーブルに置くと背筋をしゃんと伸ばし、それから両肩を五センチばかり上に上げ、顎を思いきり手前に引き、十秒ばかりその姿勢を続けてから急にがくんと肩を落とした。
她把汤匙放到桌子上,很优雅地伸了伸后背,然后把两肩抬高了五厘米,使劲地把颚头向前引,把这种姿势保持了十秒钟之后,猛地把肩放了下来。
「これで耳が死んだの。あなたもやってみて」
“这样做下来耳朵就死了。你也试一试。”
僕は彼女と同じ動作をゆっくり三度くりかえしてみたが、何かが死んだという印象は持てなかった。ワインのまわりかたが少し早くなっただけだった。
我慢慢反复做了三遍和她一样的动作,完全没有什么要死的迹象。也只是酒劲上的稍微快了一点。
「どうも僕の耳はうまく死ねないようだな」と僕はがっかりして言った。
“没有办法,我的耳朵的确还没有死。”我很灰心地说。
彼女は首を振った。「いいのよ。死なせる必要がなければ、死なせることができなくてなんの不都合もないんだから」
她摇摇头。“是这样的。若是没有必要让它死,当然就不会死的,也很正常的。”
「もう少し質問してもいい?」
“那么还可以接着问吗?”
「いいわよ」
“可以,请接着问。”
「君の言っていることを総合してみると、こういうことになると思うんだ。つまり君は十二歳まで耳を出していた。そしてある日耳を隠した。そしてそれから現在に至るまで一度も耳を出していない。どうしても耳を出さなくちゃいけない時は耳と意識のあいだの通路を閉鎖する。そういうことだね?」
“那么综合一下你所说的,大概是这样的。在你十二岁之前耳朵是露在外面的。有一天你把耳朵隐蔽起来,从那时到现在一次也没有把耳朵露出来过。当必须要把耳朵露出来的时候,就把耳朵和意识之间的通路关闭掉。是不是这样的?”
彼女はにっこりと笑った。「そういうことよ」
她笑了一下。“是这样的。”
「十二の齢に君に何が起ったんだ?」
“在十二岁的时候,你发生了什么事?”
「急がないで」と彼女は言って右手をテーブル越しに伸ばし、僕の左手の指にそっと触れた。「お願い」
“不用那么急。”她说着把右手伸过桌子,摸到我左手指。“求求你了。”
僕はワインの残りをふたつのグラスに注ぎ、ゆっくりと自分のグラスをあけた。
我把剩余的葡萄酒往两个杯子里倒,慢慢地把自己的杯子喝干。
「まずあなたのことを知りたいな」
“我想先知道你的事情。”
「僕のどんなことを?」
“我的什么事情?”
「全部よ。どんな風に育ったかとか、年はいくらかとか、何をしているかとか、そんなこと」
“全部呀。在什么情况下长大的?年龄多少?正在做着什么事?这些所有的事情。”
「平凡な話だよ。すごく平凡だから、きっと聞いているうちに眠くなっちゃうよ」
“都是太平常的事情了。因为极其平凡了,在听的时候你就会睡着的。”
「私、平凡な話って好きよ」
“我,就喜欢这些平凡的事。”
「僕のは誰も好きになってくれないようなタイプの平凡な話なんだ」
“我的这些,都是谁也不会喜欢的非常平凡的事。”
「いいから十分間話して」
“若可以的话,用十分钟给我讲一讲。”
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