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2 奇妙な男の奇妙な話(2)(5)
「もうひとつ、血瘤に関して奇妙な事実がある。つまり一九三六年の春を境にして、先生はいわばべつの人間に生まれ変わったんだ。それまでの先生はひとことで言ってしまえば凡庸な行動右翼だった。北海道の貧農の三男坊に生まれて、十二の歳に家を出て朝鮮に渡り、それもうまくいかずに内地に戻って右翼団体に入った。血の気だけは多くていつも日本刀をふりまわして、といったタイプさ。たぶん字だってロクに読めなかったはずだ。しかし一九三六年の夏に刑務所を出ると同時に先生はあらゆる面で右翼のトップにおどり出たんだ。人心を掌握するカリスマ性、綿密(めんみつ)な論理性、熱狂的な反応を呼びおこす演説能力、政治的な予知能力、決断力、そして何よりも大衆の持つ弱点をてこにして社会を働かしていける能力だ。」
男は一息ついて軽い咳払いをした。
「もちろん右翼思想家としての彼の理論と世界認識は他愛のないものだった。しかしそんなのはたいしたことじゃない。問題はそれをどこまで組織化できるかだ。ちょうどヒトラーが生活圏と優性民族という他愛のない思想を国家レベルで組織化したようにね。しかし先生はそういった道を歩まれなかった。彼が歩んだのは裏の道――影の道だ。表面には出ずに、裏から社会を働かす存在だ。そのために彼は一九三七年に中国大陸に渡った。しかしまあ、それはいい。血瘤の話に戻ろう。私が言いたいのは、血瘤派生じた時期と彼が奇跡的な自己変革を遂げた時期が実に一致しているということだ」
「あなたの仮説によれば」と僕は言った。「血瘤と自己変革のあいだに因果関係はなく、位置的にはパラレルで、その上に謎のファクターがあるということですね」
「君は実にわかりがいい」と男は言った。「明確にして簡潔だ」
「それで羊がどこに絡むんですか?」
男はシガレット?ケースから二本目の煙草を取り、爪の先で先端を整えてから唇にはさんだ。火は点けなかった。「順番に話す」と男は言った。
重苦しい沈黙がしばらくつづいた。
「我々は王国を築いた」と男は言った。「強大な地下の王国だ。我々はあらゆるものをとりこんでいる。政界、財界、マス?コミュニケーション、官僚組織、文化、その他君には想像もつかないようなものまでとりこんでいる。我々に敵対するものまでとりこんでいる。権力から反権力に至る全てだ。それらの殆んどは自分がとりこまれていることにさえ気づいていない。要するにおそろしくソフィスティケートされた組織だ。そしてこの組織を先生は戦後一人で築きあげたんだ。つまり先生は国家という巨大な船の船底を一人で支配しているわけさ。彼が栓をぬけば、船は沈む。乗客はきっと何が起ったわからないうちに海に放り出されるだろうね」
そして彼は煙草に火をつけた。
“还有一个和血瘤有关的奇妙的事实。那就是以一九三六年的春天为界,先生可以说生活到了另一个世界。到那时的先生简单地说就是平庸的右翼分子。他是北海道贫农的第三个儿子,十二岁时离开家去了朝鲜,在那里也并不很好,回到内地后就加入了右翼团体。那真是血气方刚天天挥舞日本刀,总之就是这种人。大概连个字都读不通。但是在一九三六年从监狱出来后,由于各种原因先生跳升到右翼的领导层。把常握人心的超人魅力、周密的逻辑性、调动狂热反应的演说能力、政治的予知能力、决断力,最重要的以大众的弱点为杠杆从事社会活动的能力。”
男的喘口气咳嗽了一下。
“总之,作为右翼思想家的他的理论和对世界的认识不值一提。但这也并不太重要。主要问题是能把这些事情组织到什么程度。正好德国的Hitlor那样把生活圈和优等民族的思想组织上升到国家级水平。但是先生并没有走那样的道路。他走的是歪门邪道——阴面的道路。没有表现在表面上,从内部操纵社会。为此在一九三七年去了中国大陆。这样还不错。那我们还是回到血瘤这个话题。我想说的是,生长血瘤的时间和他完成自己变革这个奇跡的时间是一致的。”
“根据你的假设,”我说。“血瘤和自己的变革之间没有什么因果关系,和这两者的位置并行的有一个谜一般的因素。”
“看来你的理解能力非同一般。”男的说。“明确而且简单。”
“那么,羊是从什么地方开始紧密相关呢?”
男的从银制烟盒里取出两根香烟,用手指尖整理了烟的一端后用嘴刁了起来。但并没有点着。“按顺序说吧。”男的说。
沉闷的沉默持续了一段。
“我们组建了王国。”男的说。“是强大的地下王国。我们操纵了各个方面。政界、金融、新闻煤体、官僚组织、文化,除此之外甚至连你想像不到的东西都渗透进去。甚至还包括和我们敌对的组织。也包括所有从权力到反权力。那些所有组织连自己被笼络的感觉都没有。概括地说恐怕是个老练而有风趣的组织。而且是在战后由先生一人把这个组织建立起来的。所以可以说先生一个人控制着国家这个巨轮的船底。他要把栓抽掉,大船就会沉下去。那些乘客在不明不白之中沉入到海底。”
接着他把烟点着了。 |
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