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【天声人語】
2006年05月04日(木曜日)付
新しい壁に、短冊が掛けてある。〈憲法記念日ペンを折られし息子の忌〉。87年の5月3日、ここ兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局で銃撃されて死亡した小尻知博記者の母、みよ子さんが詠んだ。
在新墙壁上,挂着一个写有和歌的条幅:“于宪法纪念日折笔吾儿之忌日”。这和歌是87年5月3日,在兵庫县西宮市朝日报社阪神分社遭枪杀的记者小尻知博的母亲美代女士所写的。
建て替えられた阪神支局の新局舎が、この春に完成し、中に「朝日新聞襲撃事件資料室」が設けられた。昨日そこに立って、凶行のすさまじさと卑劣さを、改めて胸に刻んだ。
重建的阪神分社的新大楼于今年春天完工,里面特别设立了一个“朝日报社袭击事件资料室”。我昨天前往拜会,凶徒的残忍与卑劣,再次让我感到义愤填膺。
茶色に変色した「犯行声明文」の現物がある。文章のところどころに小さな四角い穴があいている。鑑定するために警察が切り取った跡だ。「すべての朝日社員に□□を言いわたす」の二文字は「死刑」だった。
资料室里陈列了一份已变成了茶色的“行动声明书”的原物。在文章的多处地方都有一个个四方形的小洞。那是警察为了做鉴定而切走的。“警告所有的朝日报社职员□□”里被切走的两个字是“死刑”。
小尻記者や重傷を負った犬飼兵衛記者が、仕事の後にすきやきを囲んで座っていたソファが、当時のように置かれている。撃たれた小尻記者が頭をうずめた黒いソファには、チョークの白い線が、その時の姿を伝えるようにうっすらと残っている。
小尻记者与当时身负重伤的犬饲兵卫记者等在工作完毕后常常围在一起吃火锅时坐的沙发也按当时的模样摆在那里。黑色沙发上,被枪击后的小尻记者埋下头的地方还隐隐约约留着用粉笔画的白线,那一刻的情形仿佛历历在目。
暴力で言論を封殺しようというようなやり方に屈することはできない。自由な言論活動は、メディアのためというより、まっとうな社会を築くために不可欠なものだ。戦前に、新聞としての任務を果たし得なかった苦い歴史を繰り返さないためにも、である。
决不能向试图以暴力来封杀言论的暴行屈服。自由的言论活动,不单对于媒体,对于构筑一个健全的社会来说更是必不可少的。这也是为了不让战前那段无法履行报纸的使命的痛苦历史再次重现。
支局の入り口のそばには、以前のようにして一本の桜が立っていた。長い間、支局員たちを見守り、あるいは犯人を見たかも知れない。見上げると、枝先に花が二つ、三つ咲き残っている。青い空を背にして、白い象眼のように浮かんでいた。犯行現場の局舎は消えたが、小尻記者は心の中に生き続ける。
在分社的入口旁边,跟以往一样伫立着一棵樱树。这么长的时间里,它一直在看护着分社的员工,或许,它也看到了罪犯。我抬头望去,在枝头上还绽放着两三朵花。在蓝天的衬托之下,象白色的象眼似的突显而出。行凶现场的建筑已经不在了,但小尻记者却永远活在大家心中。 |
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