「 雪 女 」

白猫女

『　雪　女　』（短編／テーマ「雪」） (2004-01-13 10:59:20)
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text: 北川冬弥
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, @; l9 T0 \- C2 l& T　私の名前は久保井幸といった。幸せ、と書いて「ゆき」

　病弱でとても色白な娘だった私は、幼いころ、同級生の男の子たちに、「雪女」と

; u; h, v: e7 p2 O+ ]9 k" ]: P& t  qよばれからかわれたことがあった。
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　雪女は雪のおばけ。まっしろけっけの雪女。クボイユキは雪女。
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　そんな風にはやしたてられ、私は泣きながら家へ帰った。
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　大好きだった祖母に泣いて帰った理由（わけ）を話すと、彼女は細い目をさらに細
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めて静かに言った。

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　幸、知ってるかい。

6 [! f- b: V# z% Z2 D6 s& m5 S　雪女はかわいそうな女なんだよ。

　雪女は人に姿を見られたら、その人間を殺さなくちゃならない決まりだった。

3 z( w8 H7 X: V9 t/ F　だけどある日、姿を見られた男のことを、彼女は愛してしまったのさ。
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' m! h# i) b) t　だから雪女はね、自分に会ったことを誰にも言わないと約束させて、その男を殺さ

なかったんだ。

　でも男は約束を破った。
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6 ]! Y& n, P( _9 g/ u# m+ S　自分の女房が雪女だと知らないで、女房に全部話しちまったのさ。
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　約束を破られて、雪女は怒ったと思うかい？

　そうだね、たしかに怒っただろうね。

! d) a' N" k6 N9 C　でももっと強く感じたのは、きっと悲しいって気持ちだよ。

　愛した人に裏切られた。
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　そのことが、ただの娘を雪女に変えてしまったのさ。

# ?, E& d- F( f- g　いいかい、幸。

　女を雪女にするのは、男なんだよ。
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　馬鹿な男が、幸せな娘をかわいそうな雪女にしてしまうのさ。
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( Z2 v! U* `8 }7 ~! W4 h3 Z) W9 G　だからね、雪女を嫌わないでやっておくれ。

　本当は、とてもかわいそうな女なんだよ。
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　そして彼女は、つけくわえるようにこう言った。


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7 I; D+ s4 t5 w0 H/ ?　それにね、幸。

　雪女は、肌がすきとおるように白くて、紅をさしたような赤い唇をして、�くて長

+ u- U- I+ V, W5 R2 oい髪を持った、とてもきれいな女（ひと）だったんだよ。

) m! I. |- X9 O　ほら、幸も色白でまっすぐな�い髪を持っていて、口も花びらのようにきれいな赤\
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+ c/ k8 a) W. F. W1 w' U, b( Xだ。
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　雪女と同じ、きっと大したべっぴんさんになるよ。
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3 S* P+ U( @4 |' n　明日また友達にからかわれたら、こう言っておやり。

　知らないのかい。雪女はすごい美人だったんだよ。ってね。

　……だからもう、泣かないでいいんだよ。ね、幸。

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4 n% o* U7 t: w8 S/ q　もう、二十年以上も前の話。
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　ずうっと長い間、記憶の彼方においやられていた、祖母との小さな思い出。
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　大好きだった祖母も、私が大学に上がる前に亡くなった。
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　女手一つで私の父を育てた彼女にも、悲しい女の過去があったのだろうか。
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　あまり自分のことは話さない人だった。
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　けれどあの雪女の話をした時の祖母は、いつもの祖母とは明らかに違っていたよう

4 u7 Y( w4 C' W8 G5 _に思う。
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　だから今も、あの時の彼女の話を、こんなにも鮮明に覚えているのだろう。



9 b3 W6 T6 c9 G; n9 }( I　祖母の予言通り、私はそれなりに美しい娘へと成長した。

　十代のころからボーイフレンドには不自由せず、社会人になってからも、デートの

誘いは多かった。

　そして勤めていた会社で主人と出会い、彼の方から申し込まれて結婚した。

　優しく快活で職場での評判も高かった主人は、まさに申し分ない結婚相手だった。
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% k$ |: S) k/ a　結婚して七年。
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3 Y' ^2 M6 N/ `$ h6 l; A　子供はいないけれど、夫婦二人、幸せな結婚生活を送っていた。

  ?/ u$ W8 o3 t" `! G　このままずっと、今の幸せが続くのだと信じていた。



　……いつからだろう？

　夫の深夜の帰宅が増えたのは……。

5 ]# K+ x6 Y1 e2 h　いつからだろう？

　彼が私に、いつかの温かな眼差しを注いでくれなくなったのは……。


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　蛍光灯の明かりに照らされたダイニングテーブルの上。

　スーパーのビニール袋に入れられたままの食品が、所在なげに置かれた傍ら。
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　大きく引き伸ばされた何枚もの写真が、両肘をついてうつむく私の目の前にある。

　写真の入っていた茶封筒には、大きなゴシック体で、有名な調査事務所の名前が印

2 q; d  Y9 w" C# n5 b刷されていた。

　今日の夕方、買い物帰りに受け取った夫の調査報告書。
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　写真には、ネオン煌めく夜の街で、見知らぬ女と腕を組み歩く、見知らぬ私の夫が
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いた。

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5 Y# @, ], j2 D! d: T- d　静かにとつとつと語る祖母の声が、目を伏せて物思う、私の耳の奥でこだまする。
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　――　いいかい、幸。
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　女を雪女にするのは、男なんだよ。

　馬鹿な男が、幸せな娘をかわいそうな雪女にしてしまうのさ　――


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* A% j9 ]$ ]6 ^' S& Q- {　ふいに、闇に沈んだ玄関から、耳障りな金属音が響いた。
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　帰宅した夫が、玄関扉の鍵を開けようとしているのだ。

/ [# s/ D/ `% J　もうそんな時間かと壁の時計を見上げると、針は午後十時過ぎを指していた。

" l; v8 t6 u! r7 K# `& f. P　以前は八時前には帰宅していた。
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　きっと今日も、写真の女と会ってきたのだろう。

　そうして私が何にも知らないと思って、ぶっきらぼうに「風呂に入る」とだけ言う
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のだろう。

- R. a. ]5 ~$ E9 X$ e　残念ながら、今日は彼の望む食事も風呂も用意されてはいないけれど。
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$ w1 q% }% g( Q5 E5 d　昔読んだ雪女の本。

　その中で、彼女が夫に向けた言葉がよみがえる。
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　――　なぜ、裏切った……。
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　彼女は、どんな思いであの言葉を口にしたのだろう。

　……涙は出ない。

　凍てついた心からは、もう何も生まれない。
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　私はゆっくりと立ち上がりながら、今は亡き祖母にそっと呟いた。
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　おばあちゃん。

1 C/ B1 {+ C% W5 e　私の中にも、雪女はいたよ……。
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5 k7 L1 o+ [) L' F; `

　了
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. v6 ~! z7 L. O9 |　（あとがき）


! z+ ~6 R8 H; q" n) W0 e, g+ y
1 S& ]+ q- O% q" h　初めまして、こんにちは。

『未完百五円』のメンバー、北川冬弥と申します。
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3 Z6 B7 k+ `3 E* Y3 k　K.NIGHTさんに続き、おこがましくも二番手として名仱辘蛏悉菠蓼筏郡�、読者の

' P* s0 v- c# h6 F0 {みなさんの期待を早くもトーンダウンさせる結果になったのではと、心底危惧してお

; v8 }! Z5 A: ~0 q6 F3 zりますです……（滝汗）
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5 o7 a4 Q" p3 ^: Z　しかし主将格はまだまだ控えておりますので、その点はご安心下さい（笑）

　私自身、一読者として、次にどんな作品が登場するのか、楽しみにしている次第で
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" a, ~4 U5 K$ rす。

9 I- m' _) V# d" H( @2 N7 Y8 t% p　また、別テーマにてアイデアが浮かびましたら、リベンジの意味もこめて、ぜひ挑
4 @! v7 @2 v& G/ v7 a7 u+ |2 j8 V9 {
8 E8 C+ r( G/ d戦させていただきたいと思います。
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　その時はまたよろしくお願いします。


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  r* Q/ \" c1 g　最後に。
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) n/ a& N8 `9 z　拙い作品をここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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7 A& q5 c) N4 b( i; r+ Q　感謝をこめて。


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　　2004年1月　　北川冬弥　
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Mashimaro

ううん、ちょっと悲しい物語だね........現実には溢れるほどあるけど............

eri

悲しいっすぅ、泣T_T