天声人語
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悪筆を自認する者に、『徒然草』の兼好法師は心強い味方である。〈手のわろき人の、はばからず文書き散らすはよし〉と作中に述べている。自身は名筆で知られていた。だが下手でも遠慮せず、大いに手紙を書けば結構、と心やさしい▼〈見苦しとて人に書かするはうるさし〉とも言う。みっともないからと代筆させるのを、かえって嫌った。「うるさし」には、繰り返されることを厭(いと)う響きがある。手もとに届く手紙に、きっと代筆が多かったのだろう▼師走も半ば、年賀状の受け付けが今日から始まる。この週末、賀状書きにいそしむ方もおられよう。ここ数年は、あて名も印刷が増えた。手もとを見ると、今年届いた6割はあて名が印刷だ。うち半分は裏面にも肉筆がない▼相手の面ざしを浮かべながら、名前を書いて、ひとこと添える。そうした賀状書きは、古風になりつつあるようだ。パソコンで頼むと印刷から投函(とうかん)まで代行してくれるサービスも人気らしい。究極の「代筆」に、法師は何を思うだろう▼写真などなかった昔、人は、その肉筆で人をしのんだ。〈はかなき筆の跡こそ長き世の形見〉と『平家物語』にもある。今でも変わりはない。麗筆ばかりでなく、ミミズののたくりも金釘(かなくぎ)流も、懐かしい姿や声に重なっていく▼「はばからず書き散らした」ひとりに作家の向田邦子さんがいる。マス目も気にせず書いて、活字になると「嫉妬(しっと)」が「猿股」になっていたりしたそうだ。愉快な逸話を生んだ手書き時代のたそがれは、心さびしくもある。 |