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发表于 2008-5-19 10:25:20
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天声人語 r9 U: }! S0 A l' Y% c" T e1 H
2008年05月17日(土曜日)付
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ミャンマー(ビルマ)の水害被災者を思いながら、あの国の短編小説の翻訳集を読んだ。物語はどれも、イラワジ川のデルタ地帯が舞台である。豊かな水が漁労や農耕を支える。その一帯に今回のサイクロンは牙をむいた▼小説には、迷信にとらわれた人々も登場する。諭しても聞き入れない。その頑迷を「水牛のそばで竪琴を奏でる」ようだと嘆く場面があった。日本なら「馬の耳に念仏」だろう。国際社会の働きかけに聞く耳を持たない軍事政権が、現地のことわざに重なる▼「モノはほしい。人はいらない」という頑迷を、軍事政権は崩さない。その救援物資も横流しがはびこっているという。飢え、脱水、さらに伝染病。天災から逃れた命が、人災に脅かされる。いたたまれない様が、閉ざされがちな現地から伝わってくる▼大地震の中国からも痛ましい報道が続く。救援ははかどらない。「妹を救いたい」と泣きながら、震源の町へ歩く男性を、本紙の記者が伝えていた。妻に止められたが、遺書を置いて出てきたという。被災地を覆う悲しみと絶望に、言葉もない▼その地へきのう、日本の国際緊急援助隊が入った。9年前のトルコ地震での活動を思い出す。がれきの中から老いた女性を救い出した。固唾(かたず)をのんでいた住民から、歓声と拍手がわき起こったという。たとえひとりでも、死地から救い出された命は、多くの人に希望と勇気を分け与える▼「命の竪琴」の奏でる調べを、ミャンマーの為政者にも聞いてほしい。水牛ではないのだから、聞く耳はあるはずだ。 |
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