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发表于 2008-7-28 09:28:55
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2008年7月26日(土)付
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「鬼籍に入(い)る」という言葉がある。その意味を女子大生にたずねたら、「長男の嫁になること」と答える者が多かったそうだ。中国文学者の一海知義さんが、人づての話として『漢語四方山(よもやま)話』(岩波書店)に書いている▼この珍解答には腹を抱える人も、さて「憮然(ぶぜん)」や「檄(げき)を飛ばす」の意味をご存じだろうか。文化庁の「国語に関する世論調査」によれば、7割以上が意味を取り違えていたそうだ▼「憮然」は、失望してぼんやりする様子。「檄を…」は、自らの主張を広く知らせて同意を得る。それが元の意味だ。だが多くが、前者を「腹を立てている様子」、後者を「元気のない者を叱咤(しっ・た)激励する」と誤って使っていた▼「日本語の乱れ」と嘆く向きもおられよう。だが、これらはもはや「誤」が「正」になった感がある。「憮然」から想像するのは仏頂面であって、失望の顔ではあるまい。歩く人が多くなれば、それが道になっていく▼とはいっても、気になるのはカタカナ語である。多いと感じる人が8割を超す。開化期の文化人たちは、なだれ込む外国語と格闘し、「社会」「個人」「哲学」…と片っ端から新しい日本語の服を着せた。いまは裸のまま、ネットに雑誌にカタカナが躍る。席巻ぶりを、4割の人が「好ましくない」と見ている▼ところで冒頭の「鬼籍に入る」は、人が亡くなることを言う。鬼の字にはもともと、「人が帰る所」という意味があるそうだ。カタカナ語に虫食いにされて、美しい日本語がいつか鬼籍に入ることにはならないか。心配である。 |
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