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发表于 2004-10-5 06:38:10
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10月05日% R, f# u4 S1 l; q; c
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「世界が変わって見えた」。近視の知人から初めてめがねをかけたときの体験を聞いたことがある。「汚いものもよく見えて、少々がっかりもしたけれど」とも。 , z: D& G' M) o% o9 g
& u5 F+ [0 _! X! a0 l% X6 p& C* A 世界像を変えるほどのめがねだが、発明者ははっきりしない。ガラス製造技術が発達した13世紀イタリアだという。14世紀からは絵画にもしばしば登場する。いまでいう老眼鏡、あるいは読書鏡である。当初からいかに着用するかが難題だった。手で支える。鼻にかける。試行錯誤が続いた。 + } J8 D+ G' P3 f7 b" ~
0 X; W- F9 R6 R/ Z2 d) ~% q9 V 日本には16世紀、宣教師ザビエルが伝えたとされる。舶来品として珍重されたが、大名など特権階級にしか手に入らないものだった。本格的なめがね製造が始まるのは明治に入ってからだ。 6 v! h. r7 d2 I* p1 g4 m$ ?8 u- V' m
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いま日本のめがね人口は5千万とも6千万ともいわれる。国民の半数近くがめがねの世話になっている。アジアの難民らにめがねを贈る活動を続けてきた富士メガネが、第1回「朝日企業市民賞」に決まった。世界には、めがねがなくて不自由な思いをしている人が少なくないことを教えられる。
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愛知県知多市の大智院は「めがね弘法」として知られる。目の不自由な人が弘法大師像に祈願したところ、目が見えるようになった。代わりに像の左目が傷ついたため、めがねがかけられたという。毎年10月末に「めがね供養」が営まれ、集まっためがねはスリランカの恵まれない人たちに贈られる。 . B |/ T, v; q2 [* S( [
# v$ p* g7 D- H+ o' A+ W5 L5 ] 〈あたらしく玉取換へし眼鏡にて仰げば空の春の星青し〉宮柊二。秋の高い空ならどうだろうか。めがねを通して世界のいまが見えてくることもある。 |
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