舞姫 & h/ ~2 a; d, g: _ f8 H# W
森鴎外 : Y- z8 h+ x8 _9 S. i
(私の豊太郎、これほどまでに私を欺いたのか) ; r, W- F1 t* T0 W# | h
4 h& ?( K; h" i. \) _ イタリアの港から帰国の途について二十日、五年前の往路ではいくらでも文章が書けたのに、復路の今は全く書けない。それは、ドイツで身についた無感動の習性、自分への不信感のためとも言える。だが、最大の理由は人の知らない悔恨である。今、船はサイゴンに停泊中、静かな船室で一人、この点について書いてみよう。) |, y T& D% u4 j
大田豊太郎、私のこの名は学生時代いつも首席に記されていた。官吏になって三年、官命を受けて、渡独。華麗なるベルリン、しかし私はどんな誘惑にも心を動かすまいと努め、官事の暇に大学で政治学や法学を学び始めた。それから三年、二十五歳の私は、自由な大学の影響か、これまでの自分が所動的、器械的人物だと思われ、官長の言いなりになってきた自分が物足りなくなった。本当の自分が、表れてきたのである。学問も、歴史や文学に惹かれるようになった。% L/ U# ]' |# w! |
そんな私を官長が良く思う筈はない。しかも、私は、留学生仲間と遊ぼうともしなかった。それは、臆病だったからにすぎない。しかし、それが彼らの嫉妬を買い、中傷されることにつながった。
" E8 d4 b/ U6 ^4 k; t9 D ある日の夕暮れ、クロステル街の教会の前を通り過ぎようとすると、すすり泣く十七八の少女がいた。「どうしましたか」思わず私は声をかけた。彼女は驚いて私の黄色い顔を見つめたが、率直な気持ちが表れていたのだろう、「私をお救いください。父が死んで明日はお葬式なのに、家には貯えがないのです」と言う。貧しい家に案内された私は、時計を外して渡した。この時から、私と踊り子エリスとの交わりが始まったのである。ところが、私たちはまだ無邪気な関係でしかなかったのに、ある同郷の留学生が、私が踊子と遊んでいると官長に中傷した。かねがね私を嫌がっていた官長は、私を免職処分にした。私は苦境に陥ったが、エリスとは離れがたい仲になった。
7 G0 q$ b1 G, D+ a/ t' a; D2 k+ V/ ~6 r8 b 私を助けてくれたのは、大学時代の友人・相沢謙吉である。彼の紹介で新聞社のベルリン通信員になることができた。またエリスは、彼女の家に同居できるように計らってくれ、貧しくも楽しい日々を送るようになった。確かに私の学問は荒んだ。しかし、私は仕事を通して現実の世の中に詳しくなり、同郷の留学生が夢にも知らぬ境地に到達していた。8 x8 @% Q8 i/ [$ }9 h1 {2 ?
明治二十一年の冬はやって来た。北ヨーロッパの寒さは耐えがたい。しかもエリスに妊娠の兆候があり、将来におぼつかなさを覚えるばかりだった。そこへ、相沢から手紙が来た。天方大臣とベルリンに来ている。大臣に紹介するから来いというものだ。早速ホテルに赴き大臣に会うと、ドイツ語文書の翻訳を頼まれた。その後、相沢から昼食に誘われた。私の苦境を知った彼は「語学の才能を示して大臣の信用を得ることが名誉挽回の第一歩だ。そのためには、エリスとの関係を絶て」と忠告した。深い霧の向こうに一点の明かりが見えた。しかし、エリスの愛も捨てがたい。決断できない私は、友人の言葉のままに約束してしまった。外は寒かった。私の心も寒かった。
0 f; i9 p# T2 J 一ヵ月後、大臣の通訳としてロシアに随行した。妊娠したエリスからはよく手紙が来た。「あなたを思う気持の深さがしみじみ分かりました。大臣に重用され、東の国にお帰りになるなら、私もご一緒します。どんなことがあっても、私を捨てないでください。」エリスのこの言葉で、私は自分の立場を理解した。私は、仕事しか頭になかった。しかし現実には、エリスと絶縁して大臣の信頼を獲得し、日本へ帰国しようとする立場にあるのだ。私は、本当の自分を得て器械的人物にはなるまいと誓っていた。しかし今、天方大臣の操り人形でしかないのである。2 w1 W+ B" q" O2 _- z6 d
元旦、私はベルリンに帰った。「よくお帰りになりました。お帰りにならなければ、私はきっと死んでいたでしょう」私の気持はこれまで定まらず、望郷と栄達の心が時々エリスへの愛情を圧していたが、この一瞬、迷いは消え彼女を抱いた。エリスは、おしめを準備していて、生まれてくる子に私の苗字をつけるように願った。
" N' X1 u0 y2 [8 R$ h 数日後、大臣に招待された。大臣は、私の語学力を認め、女性関係もないと相沢から聞いていて、日本への同行を勧めた。私は、この話に応じなければ、国を失い、名誉挽回の道を断ち、この異郷の地に埋もれてしまうと思い、「承知しました」と無節操に答えてしまった。帰ってエリスになんと言おうか。私はホテルを出て、雪の中をさまよい歩く。「自分は許されぬ罪人だ」という思いでいっぱいだった。やっとエリス元にたどりついたものの、そのまま倒れこんでしまった。
9 e1 i7 W1 h1 u 数週間してやっと意識が回復した私は、エリスの余りの変わりように驚いた。ひどく痩せて、血走った目はくぼみ、頬の肉は落ちていた。相沢が、彼女を精神的に殺したのだ。相沢は、真相を全てエリスに話してしまい、エリスは、「私の豊太郎、これほどまでに私を欺いたのか」と叫び失神してしまったという。しばらくして眼が覚めたときには、人もわからず、おしめを顔に当てて泣くばかり。医者は、心労で起ったパラノイアという病で治る見込みはないと言う。
* S( a! G! o: Z# e 生きた屍となったエリスを抱いて、私は何度涙を流したことだろう。大臣と帰国の途につく時、エリスの母に生活費を渡し、あわれな狂女の胎内に残した子が生まれる時のことも頼んだ。ああ、相沢謙吉のような良友は得がたい。しかし、私の脳裏には一点の彼を憎む気持が今日までも残っているのだ。(1890年発表)2 z) e0 F7 o* ]
" w3 g8 X6 {2 }" @5 m' G【注 释】
! ~& z Y9 H, N臆病:小心谨慎,怕事6 ]" D4 M- ^3 o' J7 m/ f; O
すすり泣く:抽泣% s( @# j* |' C( N$ u; ~
無邪気:天真7 i. W5 }, j0 v0 w$ d, X
かねがね:早就
' s# k4 z8 X& i0 }: r# X" O計らう:荒废1 l8 o, D* V: }7 J$ l P
荒む:荒废
4 a/ z9 Z8 E ~: D! l% }覚束ない:不安
. V9 m) |- q! W3 M' L早速:马上. u! t, p# I8 H+ X ~+ b) J! K2 f
妊娠:怀孕% x1 ]5 J! Q$ j! G
絶縁:断绝关系. f8 i: m1 [3 H& i
おしめ:尿布
1 p/ b+ z/ d" Xさまよう:彷徨
1 z) b3 O7 j9 \3 pくぼむ:陷下去: ]; w/ a$ g& g5 p1 h) T J
失神:晕过去- K! t" b8 {8 L6 ?: s' b1 F
哀れ:可怜的
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[ 本帖最后由 nic 于 2008-1-8 14:35 编辑 ] |