特集 トヨタを支える“影”の巨人 最強職人集団デンソーの凄み( 2005/7/23 )
トヨタ躍進の“影”には、日本最強の部品メーカーの存在がある。技術、品質、コストと、自動車メーカー以上に厳しい競争を強いられる部品業界で、破格の成長を続けるデンソーだ。知られざる“巨大モノづくり集団”の、強さの秘密を探る。 本誌・河野拓郎
売上高三兆円到達も目前! 自動車業界瞠目の“モノづくり”
発生した不良品が、申告者の氏名とともにズラリと並べられている。三重県いなべ市のデンソー大安製作所の一角、「学習広場」と名づけられたスペースの“展示物”である。見せしめではない。逆に、称えるためだ。なにしろ、ここでは不良品発生を申告した者に「発見者表彰」が授与されるのだ。
「昨日、不良が発生しましたので報告します。原因は……」
朝9時、広場に作業服姿の従業員と、工場長ら管理職約50人が集まっていた。同工場が「不良品ゼロ」を目指して1984年から始めた「朝一活動」だ。
プロジェクターに映された資料を示しながら、ライン担当者が不良品発生の状況、そして暫定対策、必要な恒久対策まで、ロジカルに説明していく。続いて技術者が、コンピュータで解析したより詳しい原因と対策を報告する。前日に起きたばかりの問題が、翌朝にはそこまで分析されている。
約15分のミーティング終了後、工場長が「よく見つけてくれたな」と報告者に声をかけた。この活動を始めて以来、不良発生件数は、じつに94%減少した。大安製作所は現在、デンソーの「モデル工場」と位置づけられ、ここでの数々の取り組みは、今後国内外の各生産拠点に移植されることになっている。
ホンダや日産も魅了 ず抜けた技術力と高品質
「系列」の部品メーカーとして、トヨタ自動車との関連で語られることの多いデンソーだが、それ自体が、子会社・関連会社200社、従業員約10万人を抱える巨大なグループである。約2兆8000億円を誇る売上高はマツダにほぼ匹敵し、国内の自動車関連企業で、トヨタ、ホンダ、日産自動車に次ぐ4位に当たる。部品メーカーとしては、米デルファイ、独ロバート・ボッシュに次ぐ世界第3位であり、約8%という良好な営業利益率とともに、右肩上がりの成長を続けている。
デンソーの取引先は、国内外のほとんど全自動車メーカーにわたる。まぎれもなくトヨタグループの一員でありながら、トヨタ向けの売り上げは45%にすぎない。特に国内メーカーは、いまやデンソーなくしては存在しえないとすらいわれる。社名の元である各種電装品をはじめ、カーエアコン、カーナビゲーションなど、世界シェア一位の製品も軽く十指を超える。
それというのも、デンソーの提供する技術と品質が、きわめて高い評価を得ているからだ。
「クルマ一台丸々作れる力を持っている」。ある自動車メーカーの調達担当者は、デンソーの技術力をそう評する。実際同社は、素材開発や、半導体の開発・生産まで自ら行なう“超ハイテク企業”である。その実力は、トヨタグループ躍進を支え、時にトヨタ自身への脅威にすらなるほどだ
技術開発への投資は、売り上げ比八%前後という高い数字をキープする。ちなみに、トヨタは4%である。先進技術への投資にも積極的で、必要とあらば従来の領域から踏み出すことも厭わない。
その最たる例が、半導体だ。68年にはIC研究所を設立し、その2年後には工場を立ち上げている。自ら半導体の生産にまで乗り出したのは、「当時は電機メーカーに話を持っていっても相手にされなかった」(伊藤昇平・技術開発担当常務役員)からだが、結果的に、デンソーは貴重なコア技術を手にすることになった。自動車の電子化が急速に進んだ今、エレクトロニクス関連事業は売り上げの15%を占める重要な領域だ。
トヨタで「カンバン方式」の生みの親・大野耐一氏の薫陶を受け、4年前にデンソーに移籍した岩月伸郎専務取締役は、デンソーの生産技術の特色を「精密加工、自動化、高速化に長けていることだ」と分析する。特に自動化に関しては世界トップクラスだ。この面でもまた、内製化が原動力となっている。代表例は、ICや電子制御部品を生産する最先端の“無人工場”幸田製作所である。デンソー製のロボットが目にもとまらぬ速さで組み付け作業を行ない、次の工程へ自走していく様は圧巻だ。67年にまで遡る、ロボット研究の成果である。
同時に「機械と人との連携」にも執念を燃やす。そもそも、いかに高度な設備でも、人間が使いこなせなければ意味がない。主力製品の一つである、カーナビゲーションシステムを生産する愛知県安城市の高棚製作所には、「30センチ君」と名づけられた不思議な道具がある。中に入れば、自分の周囲360度、30センチメートルの距離がひと目で把握できる装置だ。組み立て工程での動作を分析したところ、部品などは作業者から30センチメートルの位置に置かれているのが、最も効率がよいとの結果が弾き出されたのだという。
同種のアイディアだが、さらにタイの工場では、作業効率を最高にするため、設備に合わせ身長155センチメートルの女性を従業員として優先採用したというからすさまじい。
冒頭で紹介した大安製作所には、「工程プロ」と呼ぶ制度もある。工場の従業員が、作業の手順や注意点を文書化した「作業要領書」を暗記し、そのとおりに実践できるかどうかをテストする。ラインを見回る工場長が、雑談のついでにひょいと抜き打ちテストを行なうこともあるが、従業員が動じることはない。ほぼ全員が「プロ」の資格保持者だ。要領書の作成は、現場リーダーが行なう。作業者のスキルを底上げすると同時に、個人のカンや工夫といった「暗黙知」を「形式知」化するための仕組みである。
これらの偏執的なまでの取り組みが、高品質と低コストを実現し、顧客の信頼を生み出す源泉だ。「デンソーの品質意識は“別格”。もしなにか問題が起きても担当者が電話一本で即座に飛んで来る。その後の原因分析のスピードと内容もすばらしい」と、前出の自動車メーカー調達担当者はほめちぎる。
「技能五輪」への挑戦で“高度熟練技能者”を育成
モノづくりとは、突き詰めればそれを担う「人材」をいかに育成するかである。昨今、人材育成を強調する企業は珍しくはないが、デンソーの場合、それは創業直後から連綿と続くアイデンティティそのものであり、教育体制もきわめて体系的に構築されている。
デンソーでは、「技術」と「技能」をクルマの両輪と位置づけ、「技能者」の育成にことのほか力を入れる。技能者とは、平たくいえば「職人」である。創業五年後には早くも「技能者養成所」を設立、その後これは「デンソー工業技術短期大学」に発展し、2001年には同校を中心に全社的な教育機能を担う「デンソー技研センター」が分社化された。
デンソー工業技術短大は、高校、高専、短大の各課程を有し、そのうち高校課程と高専課程が、技能者育成を受け持つ。かつては各企業が競って同種の学校を設立したが、中卒レベルからの教育を行なっているところは、今ではデンソー、トヨタ、日立製作所の三社だけだ。技研センターへの投資は年25億円に上るが「それだけのコストをかける意味がある。世界レベルで戦うには必須の機能」と、同センターの荻野幸一社長は言い切る。
技研センターによる取り組みの象徴が、六三年に始まった「技能五輪」への挑戦だろう。1000分の1ミリメートルという単位で超精密加工を競い合うこの国際大会でのデンソー選手の活躍は、97年に放映されたNHKの特集番組で一躍有名となった。デンソーのメダル獲得率は、77%を誇る。
|