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发表于 2008-4-30 09:25:50
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生ける埋葬
一
荒れはてた座敷に、お竜はひとりひっそりと待っていた。
そばに、破れた|行《あん》|灯《どん》が、はだかのあぶら火を、めらめらとゆらめかしている。
祖父江主膳が入ってきた。大刀を片手に、|凄《すさ》まじい眼色だったのが、坐っている娘の顔をみて、思わず二、三度まばたきをした。
お紋からきいてはいたが、あんまり相手があどけない顔をした娘なので、拍子ぬけを禁じ得なかったのだ。
「お竜とはおまえか」
と、主膳は呼んで、坐った。
「当家のあるじ、祖父江主膳じゃ」
「ああ、お路さんの|旦《だん》|那《な》さま。……」
主膳はけむったそうな表情をしたが、
「お紋からきいたが、小伝馬町のお路が、そなたにいろいろと世話になったそうじゃな」
「べつに、それほど世話はしないけど――」
「ああいや、いまおまえは、わしをお路の旦那と呼んだようだが、あいつは入牢前、当家よりひまをつかわしたとは申せ、もとはわしの女房じゃ。礼をいう」
|陰《いん》にこもり、もってまわった礼のいいかたに、
「じゃあ、いまの御新造さまは、お紋さん?」
と、お竜はケロリといった。主膳はへどもどして上眼づかいに見やったが、この相手が、どういうつもりで言ったのか、見当もつかない。そうだ、いったいこの女は、何をお路からきいてきたのか。何を、どこまで知っているのか?
「たわけ、あれは妾じゃ」
うっかり、言った。
言って、はっとしたが、お竜は意外とした様子もなく、のみこみ顔にうなずいて、
「道理で、ここへへいきで上りこんだわけだ」
「お紋のことはよい。ところでおまえ、お路から妙な伝言をきいて参ったそうじゃな」
「ああ、死顔の蝋兵衛さんという人形師から、あたしに似せた人形をつくってもらってここへもってきたら、きっとお金はくれるからって……でも、あっさり断わられちゃったよ。娘のお紋さんに、門前ばらいさ。そしたらお紋さんがね、そんなものをつくらなくたって、そう旦那に話しさえすればお金はまちがいなくくれるっていったけど、ほんとうかしら?」
周囲を見まわして、
「そんなお金があるかしら? 御家人は貧乏だってきいてたけど、なるほど相当なもんだわねえ」
主膳は苦笑した。じぶんでお紋をたしなめたくせに、だんだんこの娘に対する警戒心をといてきていた。これが大岡越前の娘かもしれないなどいうばかげた疑いは、まったく脳中からぬぐい去られている。
「無礼なことを申すな。こうみえて、金はあるぞ。話によっては、やらんでもないが」
「あら、そう、話によってはね」
「おまえ、お路はいかなる罪人か知っておるのか」
「なんだっけ、間男を殺しちまったんだって……旦那もボンヤリしてたもんねえ、そういえば、女房に間男されるような顔だよ」
主膳はまた苦笑した。はじめて逢った娘なのに、腹のたたないのがふしぎである。
「ああ、そうだった! その間男は|中間《ちゅうげん》で、たいした色指南の達人だったってねえ。……」
「中間も中間じゃが、お路も武家の女房にあるまじきたわけものじゃ。祖父江の家名に末代までの恥辱をあたえおった!」
お竜はぷっと吹き出した。
「旦那もずいぶんコケンをおとしたわけねえ」
「されば、この|面《つら》に終世ぬぐうべからざる泥をぬられたも同然じゃ」
「泥――|蝋《ろう》じゃない?」
主膳は、ふっとお竜の顔をみた。
「なに、何と申した?」
「そうじゃない? 泥をぬられて、おきのどくさま。けれど、ぬけぬけと色指南などと|刺《いれ》|青《ずみ》した男には、とてもかないっこないわね、まして女の方は――お武家の御新造さまだもの、あたしみたいなあばずれとちがって、赤ん坊の手をねじるようなものだったにちがいないわ。かんべんしてあげておくんなさいよ。ねえ、旦那、……」
いまのはききちがいかと、主膳はほっとして、
「お竜、おまえは、そんなことをお路の口からきいてきたのか」
「え、ちょっとだけどね、でも、お路さん、その中間のことを話すとき、ウットリした眼つきだったよ。……」
「ぷっ、左様にたわけた女じゃ。何を申そうと、とりあげるに足らぬ女であることは、それでわかる。……お竜、かえれ、といいたいところじゃが、せっかくお紋がつれてきたのじゃ。今夜はここにとめてやる。そこでじゃ……」
主膳の声は、猫なで声だ。お竜の声もふくみ笑いをまじえた甘美な声だし、夜ふけのしじまを縫うささやきは、まるで|喋々喃々《ちょうちょうなんなん》たる恋の語らいともきこえる。――そうなのだ。|灯《ほ》かげにおぼろに浮かぶ娘の顔がこの世のものならぬほど美しいことを発見したとたん、主膳の心に妙な雲がむらむらとかかってきた。相手がふうてん[#「ふうてん」に傍点]だ、なんとなく、そんな気がしてきたせいもある。――
「先刻から、おまえ、わしをしきりに気の毒がっておるが、そうばかにしたものでもないぞ。ふむ、十平次の色指南か。十平次めがお路にどのようなことをしたか、それもお路はしゃべったのか。……」
ひざをすすめ、お竜の手をとらんばかりに、
「蝋兵衛の人形などどうでもよいわ。わしはほんもののおまえの方がずんと気に入ったぞ。……」
そのとき、|襖《ふすま》の外で、ちえっと舌うちの声がきこえて、だれか立ち去った気配がしたが、主膳は気がついたのか、意にも介しないのか、
「これ、娘、わしの指南が十平次より下手か上手か、見せてやろう……」
「旦那、蝋面をつけなきゃ、きぶんが出ないよ。……」
「なに、蝋面?」
「そらっとぼけちゃいやだよ、主膳さん。お路さんが、蝋兵衛さんの細工物をここへもってゆけといった意味がわかったよ。あの蝋兵衛の仕事場を見りゃ、だれだっておッたまげらあ。見ない人間にゃ思いもよらない、あたしだってまさかと思ってたが、あの蝋兵衛の蝋面は、生きている人間そっくり。……」
「わしが、蝋面をどうしたというのか?」
「はじめに十平次におまえさんの顔の蝋面をつけさせて、お路さんと密通させようとし、それにしくじったら、こんどはおまえさんが十平次の顔の蝋面をつけて、お路さんをびっくりさせたろう。十平次はお路さんが殺すまえに、おまえさんが殺してたのさ。そして|闇《やみ》の中のドタバタで、おまえさんは十平次の屍骸をお路さんに刺させて、じぶんは逃げてしまったのだろう」
主膳は白くつりあがった眼で、お竜をにらんでいた。ふうてん[#「ふうてん」に傍点]どころではない、ということがやっと思い知らされたのだ。
が、片頬をゆがめて、彼はニヤリとした。
「おい、それだけ知っていて、うぬァどうしてここへ入ってきたのだ。そんなせりふでゆすりをやって、恐れ入るおれと思ったか」
「おまえさんがどんな人間か、今夜逢うまで知るはずがないじゃあないか。もっとわからないことがたんとあったのさ」
「な、なんだ」
「どうしてそれほどまでにして、じぶんの女房を罪人にしたかったのか。――」
そのとき、襖の外で声がした。
「おまえさん、何やらずいぶん話がはずんでるようだが、穴はゆっくりでいいのかい?」
|嫉《しっ》|妬《と》にジリジリしているお紋の声だ。主膳ははっとして、
「穴か。――いそぐぞ!」
片膝たてると、|鞘《さや》|鳴《な》り|一《いっ》|閃《せん》、びゅーっと横なぐりに光流がはしった。手応えはない。お竜の姿はさっとうしろへ飛んで、すっくと立っている。
「へただなあ! これじゃあほんとに出世の見込みはない」
「くそっ」
主膳は逆上した。おどりかかる|剣《けん》|尖《せん》から、|飛《ひ》|燕《えん》のように身をひるがえすお竜の手に、きらっと|匕《あい》|首《くち》がひかるのをみると、祖父江主膳の眼はくらんで、
「この野郎!」
侍らしくもない叫びとともに、かっと|斬《き》りこんだ――のは、行灯。
しかし、そのため座敷は闇と化して縁先の月光がぱっと浮かびあがった。逃げるつもりか、それともはじめて入った屋敷で闇は勝手がわるいと考えたのか、お竜はつつと月明りのなかへ泳ぎ出る。――とたん、
「あっ」
彼女のからだが崩折れて、どうと庭へころげおちた。あばら家の縁の板が腐っていたのを踏み破ったのだ!
「ざまをみろ!」
のしかかって斬りおろす大刀の下で、青い火花がちる。受けは受けたが、匕首がとんだ。つづく第二撃の|刃《やいば》の下で、お竜の声がつっぱしった。
「主水介、来るんじゃないよ。――」 |
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