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自信過小、自分探し世代の憂鬱
20代おおう「心はニート」
厚労省は学校を出ても働かないニートを52万人と算出した。でも、いま働いている人の中にも「もしかしたら自分も」という不安を抱えている人は少なくない。
編集部 内山洋紀
彼に出会ったのは、去年の11月ごろだった。
都内の専門商社で営業職正社員として働くトシオさん(28)は、得意先回りを終えて、会社に向かっていた。戻れば、上司に誰と会って、どんな話をしたということを細かく報告する決まりだ。上司は、それに逐一細かい「指導」を入れてくる。
ああ、やだ。毎日毎日報告して楽しい話なんてねえよ――。
午後4時、会社に近いターミナル駅を降りたところで、30代ぐらいの若いホームレスの男がいるのを見つけた。自転車でいっぱいの駅前広場のベンチに寝っ転がり、スポーツ新聞を見ていた。長身でメガネ、両耳からあごまでずっとヒゲが生えている。何となく自分に似ているような気がした。
この人には、誰かに報告することなんてないんだろうな――。
週日の反動か、トシオさんは週末はずっと家で引きこもる。土曜の午後遅く起きたら、缶ビール片手にファンタジー小説を読む。
50万の通帳見るだけで
それからしばらく、駅を通るたびに「彼」の姿を探した。ひと月ぐらいたち、雨の中に白いものが混じる頃、姿が見えなくなった。
まさか――。
たぶん、別の場所に移動したのだろう。でも、トシオさんはその冬、ボーナスで買おうと思っていた液晶テレビをあきらめて、貯金に回した。
現在残高50万円ちょっと。通帳を見ながら、今退職しても、半年は何もしないで生きていける、と考えるだけで、ホッとする。
若い会社員の離職率は、不況にもかかわらず増えている。厚生労働省が若年者の離職理由を調べたところ、貸金や労働条件の不満もあるが、「仕事が自分に合わない」「人間関係がよくない」「キャリア形成の見込みがない」などといった理由が上位に並ぶ。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の副統括研究員、小杉礼子さんは昨年から今年にかけて、無職か不定期アルバイトなど「定職を持たない」若者50人に聞き取り調査をし、理由をまとめた。
「人間関係が不安」「一度就職したが自信喪失」「やりたいことがわからない」「刹那的」
四つの分類は、先に挙げた離職理由と重なる。
学校などを卒業(または中退)していながら、仕事をしていない若者を今、ニート(NEET)と言う。英語の「Not in Education, Employment or Training」の頭文字を取った言葉だ。
厚労省は今年9月、日本にいる15歳から34歳までの「ニート」の数を52万人と算出した。ただこの数字には、ハローワークに通ったり、就職情報誌を眺めたり、年に一度でも就職活動した人は含まれないから、実際働いていない若者は、もっと多いはずだ。
さらに、今は働いていてもトシオさんのように「できればやめたい」と思っている、いわゆる「潜在的ニート」が20代の間に広がっている。
都心にある超高層ビル。静かな室内には、パソコンのキーをたたく音だけが響く。ウェブサイトの制作に携わるショウコさん(27)は、同じ部屋にいるはずの同僚と、メールで会話をする。
「例の案件だけど……」
打ち合わせは、いつのまにか自分たちの将来の話に。
「いつまで、この会社にいるつもり?」
「やばいよね―。このままじゃ」
入社4年目。そろそろ転職して、新しい経験を積んだほうが将来のためになる。そんな思いが強い。別に会社の業績が悪いわけでも、キャリアアップしたいという強い欲求があるわけでもない。だが、なんとなくこのままではいけないのでは、と不安になる。
疲れ切って帰宅した後、寝る前に、転職情報サイトを眺めるのが日課になった。でも、知るのは現実の厳しさだ。
「ホームページ制作」で探すと、今の給与水準よりも高い求人は、高度な技術がいるものばかり。自分の実力で応募できそうなものだと、月収は3分の2ほどになり、アルバイトや契約社員が多い。
「ああ、自分は他の誰かに簡単に置き換えが可能なんだ」
何で仕事続けてるのか
そもそも、今の仕事は本当に「自分のやりたいこと」だったのだろうか。転職サイト巡りは、いつしか別の業界へ。でも、また考える。アルバイトから始め、正社員を目指し、一人前になるまで5年はかかるかな。アルバイトのまま、クビになるかもしれない。今の正社員の地位を捨ててまで、飛び込む成算はない。
じゃあ、今の会社でこつこつ頑張って出世を目指すかと言えば、何か違う。成果主義だから、頑張れば信頼は上がり、責任も増えるのに。上の世代を見ても、目指す理想像が見当たらない。
「私、何で仕事してるんだろう」
学生時代は違った。都内の国立大で、演劇活動に熱中、役者も裏方もこなした。将来はキャリアウーマンになると決め、結婚退職する「腰掛けOL」こそが、女性の地位を下げている原因だと思っていた。しかし、今はできれば早く結婚して、会社をやめたい。
実家に帰った日曜日、居間のテーブルで両親とテレビを見ながら、ついつぶやいた。
「今の仕事を続ける意味がわからない。やめたい」
「真面目にやってれば、どこかで誰かが見ててくれるはずだ。我慢しなさい」
「終身雇用でもないのに、そんなことあるわけない。自分の業績を大げさにアピールできて、はじめて評価されるんだよ」
他人を押しのけてアピールするのも嫌だ。それにそこまでするような仕事なんだろうか――。
「やりたいことがわからない」「やりたいことが絞りきれない」と悩む若者は多い。
30歳未満の若者を対象にした「ヤングハローワーク渋谷」でカウンセリングをしている臨床心理士の菊池尊さんによると、相談の3割はそんな悩み。芸能界やファッション業界などを挙げて「どうしたら就職できるのか」と相談する人も、3割近いという。
「でも、就職するために、具体的な努力をしている人はとても少ない。何となく就職が難しい華やかな業界に絞ることで、無自覚のうちに『現実的な選択』から逃げてしまっているようです」
自分らしさの強迫観念
ニートを分析した共著『ニート』を執筆した東大助教授の玄田有史さんは、次のように分析する。
「失われた10年で、社会が一人前の大人を育てる自信を失った。それがそのまま若い人の自信のなさにつながっている。とはいえ自信のなさは、実際には『自分はもっとできるはず』とか根拠のない自信と表裏一体です。できないことを認めて、開き直ることができない。『自分らしい生き方』を探さなければという強迫観念が強い」
番組制作会社に勤めていたヒロシさん(27)が、会社をやめて「失踪」したのは今年初めのことだ。携帯の電源は切ったまま、親にも友人にも言わずに、飛行機で沖縄に飛んだ。
社会人3年目で、念願だったこの業界に転職した。小さな会社で、即戦力として期待されていた。と言っても、映像の専門学校に半年通っただけで、業界用語も機械の使い方もわからなかった。経験不足をカバーするために、誰よりも先に出社し、雑用は自分から何でも引き受けた。頑張りから、15分間のコーナーを任された。
編集スタジオに入るのは、いつも深夜未明だった。機材に慣れておらず時間がかかるからと、先輩が会社にいる間は遠慮する。疲れ切った体で、自分のイメージ通りに番組ができない。
「わかりにくいなあ」
先輩からそう言われた番組も、時間がなく、そのまま放映された。自分で見ることができなかった。嫌な考えが渦を巻き始め、止まらない。自分はダメ人間だ。もうダメなんだ――。
ニートの気持ちわかる
過去を振り返っても、自分の人生は、周囲の期待に応えるために努力してきた。高校で父親が死亡。「おれが大学に行けなかった分、お前には大学に行って欲しい」が口癖だった父親のために、受験勉強を頑張った。
卒業後、菓子メーカーに就職。営業を希望したが、配属は店舗での販売。売り上げデータを見ていて、自分よりも同期の女子社員のほうがレジの売上額が多いことに気づき、自信を急になくした。
沖縄では8カ月、ホテルでアルバイトとして働いた。そのうち、ちゃんと働きたいという思いが募り、帰ってきた。ただ、次の仕事選びはまだしていない。
「もう2回も仕事を辞めましたからね。今度こそ自分に合った一生やれる仕事につきたい。急いで決めて失敗するのは嫌です」
小杉さんはこう話す。
「労働市場の流動化で、転職組正社員に求められるスキルは上がる一方。若い人には、以前と比べて相当厳しい状況だと思います」
千葉県市川市で、ニートやひきこもりからの就労を手助けするNPO法人「セカンドスペース」を運営している成瀬栄子さんは、企業に対して、ニート経験者の雇用を進めてくれるよう呼びかけている。しかし、ある企業では、
「今は、大学新卒でも、派遣社員が当たり前ですからね」
と、苦い顔をされた。
「結局のところ、働こうと思っても、壁が高すぎて手が届かない。それで自信をなくして、ますますニート状態が長期化するというのが、現実なんです」
一方、玄田さんは同じ若者からの「共感」に期待している。玄田さんのもとには、『ニート』を読んだ若い会社員から、
「ニートになる人の気持ちはわかる」「ニートの人たちのために何かがしたい」
そんな手紙が届いているという。
(文中カタカナ名は仮名、次の記事も) |