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发表于 2004-12-29 06:43:27
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12月29日付
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1 c9 x* _: E4 D. T 「海水は絶壁のごとく高く盛り上がりながら、飛ぶ鳥よりも早く、ぐんぐんこちらへ押し寄せてきた」。人々は「つなみだ――!」と叫んだ。(『明治文学全集 小泉八雲集』)
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7 c, v* {' W- V! ] 八雲(ラフカディオ・ハーン)がつづったこの文章が英語で「津波」が登場した最初である、とはオックスフォード英語辞典の説明だ。1897年のことで、前年、2万人以上が犠牲になった三陸大津波の記憶がまだなまなましいころの記述である。
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$ ^5 n3 r3 e* l3 \: V: s0 P その後、「ツナミ」は世界に通用する日本語の一つになった。日本がたびたび痛い経験を強いられ、研究も進んだということだろう。同時に他国の関心がそれほど高くなかった証しでもあろう。その落差があまりに悲劇的に出てしまった。
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. n, E; r+ L/ f3 q' z1 E9 k$ p いま世界のメディアはスマトラ沖地震に発する「ツナミ・ディザスター(津波災害)」について報じつづけている。「たとえようのない自然の恐ろしい姿だった。思わずノアの方舟(はこぶね)を思った」「世界の終わりだと思った」。各地での体験談が津波の衝撃の大きさを伝える。 , n# T9 j' d% f. r0 E
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直撃を受けたインド領のアンダマン・ニコバル諸島では、壊滅した島もあるのではないか、と危惧(きぐ)される。「そよ風に揺れるヤシの葉、真っ白な砂浜……海辺でゆったりくつろぎを」と宣伝される島だった。被害の広がりが、まだ確認さえできていない現状だ。 4 ^' ]5 ^0 J) e+ L( x' h& D' ?
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ハーンが描いたのは、古老がとっさの知恵で村人を津波から救う物語だった。今度の未曽有(みぞう)の災害をめぐっても、海の異常を察知した知恵者が、人々を救った例があったのかもしれない。 |
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