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发表于 2008-4-30 09:37:25
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二
「こ、ここで待っておれ、うごいてはならぬぞ」
と、外陣の外にお竜を待たせて、さきにかけこんでいった山伏は、なかで、何を相談したのか、ややあって、ふたたびあらわれた。
「参れ」
と、呼んだ声も、勢いをとりもどして、のしかかるような|凄《せい》|烈《れつ》さがあった。
ぎぎぎぎ……とうしろで|唐《から》|戸《ど》がしまる。ほのぐらい外陣のなかに入って、お竜はぐるっとまわりを見まわして、空中にもえあがる|陰《いん》|火《か》をうけて蛇の肌みたいにうすびかる円柱のかげに、じっとこちらを見ているものと眼があった。
三つ脚の台にのっている美しい女の生首だ。脚のあいだには、香炉がるる[#「るる」に傍点]とけむりをはいていた。
「これは、玄光法印の修法により、黒縄地獄の底から救抜された女の首じゃ。見よ、法印が呪法のありがたさ、恐ろしさを。――」
と、山伏はお竜をふりかえってから、そばの経机にのっている|碁《ご》|笥《け》のふたをひらいて、なかに黒白いりまじってぎっしりとつまっている碁石を、まず右手で、次に左手で、思うままにとるようにお竜に命じた。
お竜は右手をひらいて、その石の数が、黒六つ、白三つであることを見た。
「|南《な》|無《む》、青面|金《こん》|剛《ごう》、天竜|荼《だ》|枳《き》|尼《に》|天《てん》、右方の石数を告げたまえ。――」
「南無、青面金剛、天竜荼枳尼天、黒六つ、白三つ。――」
と、みごとにいいあてた。
お竜は左手をひらいて、黒二つ、白五つであることを知った。
「南無、|鬼《き》|子《し》|母《も》|神《じん》、|氷《ひ》|迦《か》|羅《ら》|天《てん》、左方の石数を告げたまえ。――」
「南無、鬼子母神、氷迦羅天、黒二つ、白五つ。――」
山伏が、どうじゃ、という表情で、
「すべて、これ、法印の御力の顕現でござる。――」
と、おごそかにいいかけたとき、お竜はくつくつ笑い出した。
「そんな法力なら、わたしもちゃんともっているぞえ」
「な、なに?」
「青面金剛とは六つ、天竜荼枳尼天とは三つ、鬼子母神とは二つ、氷迦羅天とは五つの合図であろう。神仏の名を以て数の隠語とし、こちらでおまえがのぞきこんでむこうに知らせれば、御苦労にはるばる黒縄地獄の底からくる人を待たいでも、だれにでもわかります」
かるく言ってのけられて、山伏が口をぱくぱくさせて眼をむいたままなのを、ふりかえりもせず、お竜は手にしていた碁石をピューッと投げた。
――と、生首ののっていた台の脚のあいだに、何やらもののくだける異様な音がひびいて、ぱっと香炉がきえ、同時にキラめく破片が四方に散乱した。そして、そのかわりに、台の下にかがんでいる女の胴があらわれた。
「おほほほほほほ」
笑うお竜の眼のまえで、女の生首はニューッと宙に舞いあがって――いや、台に穴をあけ、そこから首だけのぞかせていた女は、|狼《ろう》|狽《ばい》して立ちあがって、にげかかる。首の下に台をつけたその|恰《かっ》|好《こう》をみれば、お竜ならずとも笑わずにはいられないが、山伏の|形相《ぎょうそう》は笑うどころではない。
「あっ、こ、こやつ、何をいたすっ」
「鏡をこわしてみただけです。三脚の台にあのとおり穴をあけて首を出させ、その脚に三面の鏡をはれば、鏡はあらぬかたの暗い壁と香炉をうつし、遠目にはまるで胴なしの首とみえようが――それにしても、こんな子供だましのからくりで、町の人々をまどわし、その魂と財宝をまきあげるとは、それこそほんとに地獄におちる罪とは思わぬかえ」
山伏はとびかかろうとしたが、足の裏のいたみによろめき、ふいに背をみせて、内陣の方へはしった。
「各々――お出合い下さい! 無法者でござる!」
と、こけつまろびつ、唐戸にしがみついて、
「法印どの、仰せのごとくとりはからいましたが、きゃつ、心服いたすどころか、破壇のふるまいに出てござる。お出合い下さい!」
と、絶叫した。
ふつう内陣外陣のあいだに仕切りはないが、この山伏寺では、|或《あ》る必要からそれが設けてあった。すなわち内陣でもえる護摩の炎が、鏡の秘密を暴露することをおそれたのである。その唐戸がひらいて、護摩壇のうえにすっくと白頭巾が立ちあがるのがみえた。まわりの修験者たちも、いっせいに騒然となる。
「八丁堀同心の妹と申したな」
と、白頭巾が、ふるえ声でいった。
「うぬはいったい何しにきたのか。祈祷をねがって入りこみ、わが玄々教の聖壇をけがすに|於《おい》ては、そのままには捨ておかぬ。たとえ町奉行といえども、|調伏《ちょうぶく》の修法にかけるぞ!」
「おおこわい、左様にお奉行さまにつたえておこう」
と、お竜は胸を抱いて笑った。
「こんなこけおどしの邪教、大山師どもの宗門を、大目に見のがして下されたお奉行さまにつたえたら、さぞくしゃみをなさることであろう。それほど玄々教をごひいきあそばすお奉行さま、なかなか調伏になどかけてすむものか、きけ、去年不慮の死をとげたまえの玄々教祖の玄妙法印の下手人を、一年御探索の|甲《か》|斐《い》あって、このたびそなたらにおしえてやれと、わたしをさしつかわされたぞえ」
「なんじゃと? 玄妙法印殺害の下手人?」
白頭巾はすっとんきょうな声をあげた。
「それは|塗《ぬ》|師《し》|屋《や》の小娘とわかっておるではないか」
「おお、いかにも玄妙法印を刺したのはお関じゃ。しかし、刺させたものはほかにある。うしろであやつった|傀儡《くぐつ》|師《し》がある以上、だれがあわれな人形のしわざを責められよう」
「傀儡師? それは、なんのことじゃい」
「されば、迷信を信じ易いたちのお関をおどして、五つの予言とかを吹きこみ、さまざま苦肉の策を|弄《ろう》してそのうち四つまでかなえ、五番めに玄妙坊を殺させる破目においこんだ人間のことじゃ」
「なに、それではおまえは、白山権現の森とやらにあらわれた玄妙法印を――」
「あれは、にせもの、ふだん白頭巾をつけておる玄妙法印を利して、べつの人間が化けた。あの白頭巾には、|瘤《こぶ》もつつまれていたろう」
「瘤? ぷっ、すりゃおまえは、あの小娘のいったたわごとをほんとうと思ったのか。いやはや、あきれかえったうつけ者、わしが玄妙法印をあやめて何とする。法印亡きあと、ふたたび玄々教をもりたてるため、骨をけずり、心血をそそぎ――」
「その苦労の|甲《か》|斐《い》あって、おまえがまんまと二代目教祖になりおわせたではないかえ」
「いや、|誣《ぶ》|言《げん》もここにきわまる。わしが左様な|大《だい》それたことをして、なんで町奉行がみのがそうか」
「証拠がないからです。お関のいう言葉のただひとりの証人――大道易者の乾坤堂が、ふたたび姿をみせなんだのも、かんがえてみればいぶかしい。もしかしたら、おまえが乾坤堂をこの世から消してしまったのではないか。――」
「乾坤堂? 左様なものは知らぬわい。いや、言わせておけば図にのって、何を申しつのるやら――同心身内のものというゆえ、いささかまじめにとりあってやっておったが、わしが玄妙法印に化けたとやら乾坤堂を殺したとやら、思いもかけぬいいがかり、さてはうぬも、あの塗師屋の娘同様の狂人じゃな」
彼はふりかえって、そばの護摩木をつかんで、灯明にさしこんだ。ぽうっともえあがる炎に、お竜の姿がうかびあがる。
「ううむ、かんがえてみれば、同心ならしらず、同心の妹が朱房の十手をもって、不敵な探索面してひとりのりこんできたのも|解《げ》せぬ、それこそそっちがにせものか、狂人か、ゆすりか、他宗のまわし者か――いずれにせよ、かくまで玄々教に大それた|雑《ぞう》|言《ごん》申した奴に、魔天の|冥罰《みょうばつ》下らずにすもうか。いいや、呪殺もまどろい。|斬《き》れ、片腕か、片足か、斬って片輪にして追いかえせ!」
声に応じて、護摩壇の周囲の山伏たちがどどっと立つ。一瞬、なおためらったのは、朱房の十手におそれたのではなく、相手が娘ひとりということに一種の混迷をおぼえたのだ。
「大事ない。にせものだ! やれっ」
|撃《ひき》|鉄《がね》をひかれたように、修験者たちはお竜に殺到した。いっせいにぬきつれた戒刀が、護摩木の|火《か》|焔《えん》にまっかにかがやく。
戒刀の旋風のなかに、お竜はくるくると|胡蝶《こちょう》のように身をひるがえした。|鋼《はがね》と|鋼《はがね》が鳴って、火花とともに一本二本刀身がとびちったのは、お竜の十手にたたき折られたのだ。右へ、左へ、みごとに胴をなぎはらわれて泳ぎ出す山伏をくぐり、ふとい円柱を|盾《たて》にして、彼女は外陣へのがれようとする。
「こやつ!」
「女だてらに!」
「やるなっ」
いまや完全に、修験者たちは狂乱した|狼群《おおかみぐん》と化した。追いつめられたお竜の背後に、重い唐戸がしまっている。
兇暴なわめきと乱刃が、お竜の頭上に|奔《ほん》|騰《とう》した。――そのとたん、うしろのないはずのお竜が、ふいにたたたとあおのけざまに遠ざかっていったのである。
唐戸はひらかれていた。いや、何者かに外から大きくひきあけられたのだ。
「あっ」
山伏たちは雷にうたれたように、タタラをふんで棒だちになった。のけぞっていったお竜をうしろから、がっしと抱いて受けとめているのは、着流し|捲《まき》|羽《ば》|織《おり》の八丁堀同心の姿ではなかったか。そればかりではない、外陣の壁のいたるところに浮かびあがった御用|提灯《ぢょうちん》。――その下にうごめいているのは、いうまでもなく|捕《とり》|方《かた》の影にちがいない。
同心に抱かれたまま、お竜はおもしろそうに周囲の壁を見まわしていた。
「なるほど、あれが鬼火の正体なの」
提灯に照らし出された壁のあちこちには、ぬれ腐った木の枝が|紐《ひも》でつるされていた。|柊《ひいらぎ》である。朽ち腐った柊は、|闇中《あんちゅう》によく|燐《りん》|光《こう》を発するものだが、これが人々をおそろしがらせた陰火の正体なのであった。
立ちすくんでいる山伏のむれのなかから、白頭巾がよろめき出した。
「御役人衆っ」
と、かすれた声をあげて、べたと坐ると、
「お手むかい仕らぬ。なにとぞ、御慈悲を――」
「頭巾をとれ」
と、巨摩主水介はいった。
あわてて白頭巾をとると、耳の下に瘤のある、泣き出しそうな顔があらわれた。床にひたいをこすりつけ、ふいにふりむいて、
「これ、みな、御慈悲をおねがい申さぬか。――」
と、いった。山伏たちは刀を投げ出し、土下座して、|鴉《からす》が種をほじくるように、いっせいに|叩《こう》|頭《とう》しはじめた。
巨摩主水介は拍子ぬけしたようにこれを見ていたが、やおら厳然と顔色をあらためて、
「玄光坊――去年、|塗《ぬ》|師《し》|屋《や》の娘お関をたぶらかして、玄妙坊を殺害させたのはその方か」
「え、玄妙坊を――ああ、まだ左様なことを仰せあるか!」
と、悲鳴のような声をあげたが、
「すりゃ、この御出張は、玄々教のからくりをあばくためではござらぬのか」
と、問いかえしたときには、息に安堵のひびきがこもっていた。
「それでは、貴殿も、拙者が玄妙坊に化けていたとお考えか。あの小娘を白山権現の森で犯したのは拙者だとお思いか」
「もとよりじゃ」
玄光坊はすっくと立つと、なに思ったか、くるくると衣服をとき出した。――「あっ、これ、待て!」と主水介が制止するまもなかった。瘤のある山伏は、みるみる前をはだけ、下帯までとってしまったのである。
玄光坊の声は一種哀感をおびた。
「これだけで、あの娘の申すことが根も葉もないことがおわかりでござろう」
巨摩主水介はあわててお竜のまえにたちふさがったが、まばたきをして、思わずうなり声をあげてしまった。
主水介のうしろからちらっとのぞきこんで、お竜は息をのみ、立ちすくんだ。何ともいえない溜息とともに。
「――しまった」 |
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