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发表于 2005-11-14 21:14:25
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2005年11月11日(金曜日)付 $ p1 g+ g R5 t: t! k
切手の位置に子犬をあしらった、来年の年賀はがきの1枚を手に取る。裏返す。まだ真っ白な面に文字を書き入れ始めるのは、やはり今年も年末ぎりぎりか。
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R k' B9 r$ K, P( U 作家の池波正太郎さんは、並外れて準備のいい年賀状について随筆を残している。「年が明けると間もなく、来年の年賀状の絵を描き、印刷屋へ出す」0 J4 v9 Z: u* p) Q
' s; a: B9 m/ k/ s8 ?9 Q$ F 「いくらなんでも気が早すぎる」「セッカチだねえ」などの声も耳に入る。しかし、千枚を超える年賀状を年末に書いていたのでは、とても書ききれない(『作家の四季』講談社)。
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0 k, }2 u ]+ n: N/ R" U 夏から秋、そして師走にかけて、少しずつ宛名(あてな)を書いてゆく。これもまた、たのしみだという。「第一に字が下手だから、習字にもなるし、忘れかけていた人の名前を思い出して、おとろえかけた記憶力を再起させる役にもたつ」。今から20年前、池波さんが還暦を幾つか過ぎた頃の文である。/ U2 f1 _8 q1 R4 m6 E% p
, n2 Y2 j/ o% \8 ?8 ~ 今時分から師走にかけて、ぽつり、ぽつりと届くのが「喪中につき、年賀状は欠礼……」といった文面の便りだ。既にその訃報(ふほう)には接している場合も多いが、あの人の周りで今年そんなことがあったのかと知って、しんみりすることもある。
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毎年、あまりにも早く年賀状が刷り上がってくる池波さん宅では、こんなやりとりがあったという。「もしものことがあったら、どうしますか?」「かまわないから、その年のぶんは出してしまうがいい」「でも……」「みんな、たのしみにしてくれているのだから、そうするがいいよ」「わかりました」。池波さんが67歳で他界して、今年で15年になる。 |
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