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楼主: niehuiyao

[好书连载] 愛すべき不思議な家族

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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:39:49 | 显示全部楼层
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:40:40 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 27

 突如、飛んできた聞きなれた声に高木春道は驚きを隠せなかった。小石川祐子と名乗った女教師と自分以外には誰もいないと思っていたのだ。
  声の主は予想どおりに松島葉月の母親である和葉だった。一体いつの間に来ていたのか、春道の心臓がバクバクと鳴りだす。前方にいる女担任に、松島葉月との血の繋がりを指摘されたシーンよりも何故か緊張してしまう。
  ツカツカと歩み寄ってきた松島和葉が、真正面から小石川祐子と向き合った。
「貴女みたいな方に誘惑されるほど、彼は頭が悪くありません。それより運動会の最中にこんな場所へいていいのですか。職務怠慢ですよ」
「ち、違いますよ。これは松島さんの旦那さんが、私を無理やり誘いだして――」
「そうなのですか。先ほどの会話だと、貴女が彼を脅してたように聞こえましたけれど、私の気のせいだったようですね」
  淡々と反論する松島和葉の前に、次第に女教師は何も言えなくなっていく。それにしても、いつからこの場にいたのかが春道にとっては多分に気になる点だった。
  基本的に松島和葉は美人だが、どこか冷たい印象も受ける。そんな女性が押し殺した声と真顔で会話してるのだ。相手へ与えるプレッシャーは生半可なものではない。女担任に同情する余地はないが、和葉の会社の部下には多少同情する。
「し、失礼しますっ!」
  しばらく継続された無言かつ恐怖の見つめあいは、小石川祐子の逃走という形で決着がついた。バタバタと走り去っていく姿を、春道は松島和葉と一緒に眺める。
「……どうして応じなかったのですか」
  顔の位置を変えずに、松島和葉が尋ねてきた。最初は質問の意味がわからなかったものの、すぐに女教師との一件だと気づいた。
  応じる、応じないなんて言葉が出るくらいなのだから、小石川祐子に告白された時にはすでに松島和葉はこの場へ到着していたのだ。
  それはつまり、告白を断った際に春道が発した台詞をも聞かれていたということになる。急に気恥ずかしさがこみ上げてきて、相手の顔がまともに見れなかった。
「確かに葉月の父親になってほしいとお願いはしました。けれど、恋愛関係まで束縛した覚えはありません。貴方にその気があるのなら、自由にしていただいて結構です」
  小石川祐子と会話してた時同様に、感情のこもってない声で告げられる。こうして聞いてると、春道を嫌ってるのではないかとさえ思えてくる。
「なかなか可愛い女性だと思いましたけれど、あんなにあっさりと袖にしてしまってよろしかったのですか」
  改めて言われると、多少惜しい気がしないでもない。しかし、再度告白されても春道の返事は変わらない。
「可愛ければ誰でもいいってわけでもない。それにそこまで言うんなら、何であの女教師とわざわざ言い争いまでしたんだよ」
「……先ほどのケースでは、ああするより他になかったからです。世間一般の夫婦はパートナーの浮気を阻止しようとするのが普通でしょうから、該当する常識に従って行動しました。他に質問はありますか」
  これではまるで教師と生徒である。小石川祐子より、松島和葉の方が教職に相応しく感じる受け答えだった。
「……ならお言葉に甘えて、もうひとつ質問させてもらう」
「何でしょうか」
「どうして、アンタがここにいるんだ」
  松島葉月が所属するクラスの担任である女教師に連れ出され、春道は誰にも言わずにこの場所までやってきている。要するに、自発的に探そうとしない限り、高い確率でこの場所を見つけるのは不可能だ。
「二人三脚で一位になった賞品を見せようと、葉月が保護者の観覧場所まで来たのです。ところが肝心の人物の姿が見えませんので、娘に代わって私が探すことになりました」
  説明に不自然なところは何もない。それに松島葉月の性格を考えると、実に納得できる理由だった。娘が関与してなければ、松島和葉が春道を探して歩き回るなんてほとんどありえない。
「ならさっさと戻るか。今頃はムクれてるだろうしな」
  ――パパは、どうして葉月の活躍を最後まで見てなかったのー。唇を尖らせて抗議してくる少女の姿が頭の中に思い浮かんできた。
  思わず笑みを漏らした春道を見てたかどうかは不明だが、松島和葉は先にひとりでスタスタと歩き出していた。目的地は言わずもがなだ。
  誰もいなくなれば、こんな薄気味の悪い場所に用はない。春道も足早に前を歩く女性の背中を追いかけるのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:41:29 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 27

「パパは、どうして葉月の活躍を最後まで見てなかったのー」
  松島和葉から遅れること数秒。ビニールシートが敷いてある場所まで戻った春道を待っていたのは、予想どおりの台詞とふくれっ面だった。
「わかりやすくていいな、お前は」
  あまりの的中率の高さに、春道はたまらず吹きだしてしまった。松島葉月にとっては、予想外の行動だったのだろう。怒っていた顔がキョトンとする。
「何で、葉月が怒ってるのに笑うのー」
  春道が笑ったからか、少女もまた文句を言いながらも笑いだす。
  ふと気になって、チラリと横目で松島和葉を見れば、口元は笑顔の形を作っているものの、どこか寂しげな雰囲気だった。
「あ、呼ばれたから、行ってくるねー」
  そう言うと葉月は立ち上がり、自らのクラスの待機場所まで走っていく。つい先ほど拡声機を使って、教師のひとりが児童たちに集合するよう告げたのだ。
  春道が席をはずしてる間に二人三脚どころか、最終競技の児童たちによるクラス対抗リレーも終了してしまっていたようだった。予定されていたプログラムをすべて消化したので、残りは閉会式だけである。
「……シートを片付けますが、よろしいですか」
  松島和葉から聞かれ、周囲の様子を窺うと他の保護者たちも帰り支度を始めだしていた。肯定の返事をした後で、春道は急いでビニールシートから退けた。
「帰りはどうするんだ」
「葉月たちは会場の後片付けをしたあと、一度学級に戻って先生からのお話を聞くみたいです」
  運動会の最中にあんな一件があっただけに、真っ先に小石川祐子の顔が思い出されてしまう。それがわかったのか、手際よく後片付けをしていた松島和葉がボソリと呟いた。
「……春道さんも参加してきますか」
「勘弁してくれ」
  迷わず春道はそう口にしていた。子供じみた女教師との会話のシーンが、脳裏に蘇ってくるだけで頭が痛くなる。これ以上の厄介ごとは心の底からごめんだった。
「そうですか。私は葉月を待ってますので、どうぞ先にお帰りになってください」
  少し考えたのち、春道は「わかった」と返事をした。先に帰れと言われてるし、逆らってまで一緒に帰りたいとは思わない。何より小石川祐子と遭遇する事態を避けたかった。
  もしかしたら松島和葉もその点を心配して、春道に帰宅を促してくれたのかもしれない。
「なら荷物は一緒に持って帰っておくぞ。運動会で疲れてるのに、余計な労力を使う必要はないだろ」
「……そうですね。お願いします」
  これぐらいは平気ですと言われそうな気もしていたが、松島和葉は素直に春道の言葉に従った。料理がすべて平らげられたバスケットと一緒に、ビニールシートなどが入っているリュックサックなどを手渡してくる。
  それらを受け取った後で、春道はひとり駐車場へ向かって歩き出すのだった。

 いつもより早い時間に銭湯へ行き、運動会の疲れを癒してから春道は私室でゆったりとしていた。
  すでに時刻は夜になっており、夕食はとっくに済ませてしまっている。あとは何をするも自由なのだが、日中に体を動かしたせいか仕事だけはする気になれなかった。
  そんな春道の私室のドアがトントンとノックされた。ボーっとしてたせいか、今回は近寄ってくる足音にまるで気がつかなかった。想像以上に疲れてるんだなと思いつつも、春道は来訪者に「どうぞ」と告げる。
  室内へ入ってきたのは、松島和葉だった。一緒に葉月の運動会へ参加しただけに、向こうもまた疲れが残ってるような顔をしている。
  律儀な性格をしてる女性だけに、荷物を持ち帰ったお礼でも言いにきたのだろう。別段そんなのは必要ないのだが、素直に受け取っておくにこしたことはない。だが相手の言葉は春道の予想とはまったく違っていた。
「実は急に泊まりの出張が明日から入ってしまいまして……申し訳ないのですが私の不在期間中、娘の――葉月の世話をお願いできないでしょうか」
  役職を預かってる身なのだから、出張はあって当然で別に不思議はない。むしろ今日まで、そういった話がでてなかったのが不思議なくらいだ。
「それは構わないが、どれぐらいの日数を予定してるんだ」
「そうですね……それは、まだ何とも言えません。先方との交渉が長引けば予定をオーバーするかもしれませんし、スムーズに運べば前倒しもありえます」
  まったくの正論だが、春道は和葉の言動にわずかな違和感を覚えていた。どこがと言われても指摘はできてないが、とにかく何かもやもやしたものが残る。
  口調はいつもの松島和葉と一緒だし、表情も多少の疲労を除けば、特に不審な点は見当たらない。恐らくは春道の考えすぎだろう。多少強引な感がしないでもないが、とりあえずはそれで納得しておく。
「ふむ。ま、明日から数日と考えておけばいいんだな」
「はい……あ、いいえ。今夜からです」
「今夜!? まさか徒歩でいける距離への出張なんて言わないだろうな」
  都会と違って、春道や松島母娘が居住しているこの田舎町は、交通機関はほとんど発達していない。夜も午後九時を過ぎれば、電車なんてほとんどなくなる。バスはもっと早い。かろうじて機能してるのは、数少ないタクシー程度だ。
「急いで駅へ向かえば、ギリギリで間に合う電車がありますので、それに乗ろうと考えています」
  松島和葉が最初に説明した明日というのは、交渉を開始する日だったのだ。確かに今夜中に出発できれば、それだけ仕事も早く始められる。しかし運動会に参加した日ぐらいは、せめてゆっくり休んでも――。
  ――待てよ。春道はふと考え方を変えてみる。早く出張を済ませれば、それだけトータルで家を空ける日数は少なくなる。和葉なりの計算に基づいた計画なのかもしれない。だとしたら、反対する必要はなかった。
「わかった。それにしても大変だな」
「……いいえ。それより、不在の間は食事を用意できなくなってしまいます。交渉を持ちかけた立場でありながら、身勝手だと重々承知してますがどうかご助力をお願いいたします」
  そう言うと、松島和葉は超がつくほど丁寧に春道へ頭を下げてきた。厳密に言えば契約違反になるのは間違いないが、これまでも充分に世話をしてもらっている。多少は仕方ないどころか、別に問題はない。
  その旨を告げた春道にもう一度しっかりしたお礼を口にしてから、忙しなく松島和葉が退室していく。よほど急いでいたのか、会話をしてる間もずっと立っていたのだ。
  それからほどなくして、玄関のドアが開閉される音が春道の耳にまで届いてきた。普段が冷静沈着な松島和葉にしては珍しく、とても慌ててるようだった。
  会社勤め――しかも余計な肩書きを持つと大変だな。他人事ながらに春道がそんな感想を抱いていると、またもや気づかないうちに私室のドアがノックされたのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:45:19 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 28

 先ほど松島和葉に対応した時同様に「どうぞ」と室内へ入るよう促す。両手でドアノブを回し、扉をゆっくりと開いたのはもちろん松島葉月だった。
  日中の運動会であれだけはしゃいでただけに疲れてグッタリしてるかと思いきや、そんな様子は微塵もなかった。もしかしたら、春道より体力はあるかもしれない。
  松島和葉の出張で、数日間とはいえ二人で生活しなければならない。恐らくはそのことについての話だろう。
「ママがいない間、パパのご飯は葉月が作ってあげるねー」
  展開はほぼ予想どおりだったが、台詞の内容はまったく違っていた。そんな提案をされるとは微塵も想定してなかっただけに、春道は思わず「なんだって?」と口にしていた。
「だからー。パパのご飯を葉月が作るのー」
  そう言うと松島葉月は、何故か腕まくりをした後で小さな力こぶを作ってみせる。……いや、正確には作る仕草をしたと言った方が正しい。女児の小さな腕には、まだ筋肉と呼べるものは存在してなかったからだ。
「……お前、料理作れたのか」
  いつもは母親である和葉が料理してくれていたので、その辺の実情にかんしては全然知らない。松島母娘は仲が良いので、一緒に料理を楽しんでいたりしても不思議じゃない。要するに葉月が料理できても、それほど驚くべき事実ではないということだ。
「わかんなーい」
  能天気かつ意味不明な返事が春道の耳を直撃する。これもまた頭の片隅にもなかった台詞だった。
「だってー。葉月ひとりで料理したことないんだもん」
「ひとりでってことは、ママと一緒に料理した経験はあるのか」
「うんー。おいもさん洗ったり、お皿をテーブルに並べたりするのー」
  それは料理と言わねえよ。喉元までこみあがってきた言葉を、なんとかギリギリのところで呑みこんだ。ツッコみを入れるよりも先に、確認しなければいけない点がある。
「お前……包丁持ったことあるか?」
「ないよー。ママが危ないからまだ駄目って、持たせてくれないのー」
「……頼むから無理はするな」
  張り切るのはおおいに結構だが、勝手に料理をされて怪我でもしたら、松島和葉が戻ってきた時にどれほど叱られるかわかったものじゃない。
「もー。パパまで葉月を子供扱いしちゃ駄目ー。もう立派な大人なんだからー」
  春道の心配も知らずに、母親不在の間に活躍を虎視眈々と狙う女児は出鼻を挫かれて早速むくれてしまう。
  だからといって「それじゃ、お任せしようかな」とは間違っても言えない。ここは少女に諦めてもらうより他はなかった。とりあえず話題を変えるべく、春道はいつも和葉出張の際はどうしてるのか尋ねる。
「わかんなーい」
  ほんの少し前に聞いたのと、まったく同じ言葉が少女の口から吐き出された。それを聞いた春道は、思わず体勢を崩して床に倒れこみそうになってしまった。
「わかんないって、何でだよ」
「だって、ママのしゅっちょう? って初めてなんだもん」
「初めて!?」
  驚いて春道は少女に聞き返す。再度葉月が肯定の返事をしたことから、どうやら聞き間違いではなかったみたいである。
  確かに考えてみれば納得もできる。あれだけ娘を溺愛している松島和葉が、いかに仕事とはいえ、自宅に葉月をひとり残して何日も家を留守にするわけがない。だからこそ、これまで出張してこなかったのだろう。
  だとすれば変だ。顎に手を当てて春道は考える。和葉がずっと役職を会社から与えられていた事実からすれば、恐らく出張しなくてもいい勤務契約になっていたに違いない。
  それとも春道がいるので、安心して家を空けられるようになったとでもいうのだろうか。――いや、それはない。頭の中で浮かんだ理由は即座に否定された。
  確かに出会った当初よりは信頼してくれてる感はあるものの、それでも娘の葉月に比べれば、和葉の対応はしっかりと一線を画している。そんな春道に、大事な愛娘を好んで何日も預けるなんて実に想像しにくい。
  しかしながら、現実ではすでに松島和葉は出張に出発している。もしかしたらわざと出張のふりをしておいて、春道が変な真似をしないか試そうとしてるのだろうか。……違うな。またもや春道は自身の結論を瞬時に却下する。
  大事な娘を餌にするような真似を、あの松島和葉がするはずがない。単純に出張に行っただけの可能性もあるが、それだとどうも納得がいかない。単に春道の性格がひねくれてるせいなのかもしれない。けれど、どうもしっくりこないのだ。
  となると別の理由になる。つまりは春道に娘を預けてでも、家を空けなければならない理由ができた――。
  そこまで考えた瞬間に春道はハッとした。まさかとは思いつつも、もしそうであるならば和葉の行動にも納得がいくのだ。
「ねえ、パパってばー」
  ふと呼ばれてることに気づいて、少女を見ると例のごとく唇を尖らせていた。どうやら何度となく、春道を呼んでいたみたいだ。
「悪い。どうかしたか」
「晩御飯は葉月特製のスペシャルカレーにするのー」
  相談もなしに、少女の中ではすでに決定事項となってるようだった。怖いもの見たさで、スペシャルカレーをオーダーしてみたい気もするが、春道の想像どおりならそれどころではない。
「葉月が嫌じゃなければ、今夜は外食にしないか?」
  春道がそう提案すると、松島葉月は顔を輝かせて笑みを作った。どうやら反対意見はないようで、どこへ行くかも聞かずに「じゃあ、準備してくるねー」と、超特急で春道の私室から退出していくのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:45:51 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 28
すっかり夜のカーテンに包まれた街中を、春道が運転する車が走り抜けていく。助手席には、お出かけ用の洋服に着替えた松島葉月が座っていた。
「それにしても、パパって黒い色が大好きだよねー」
  確かに黒は好きだが、何がなんでもその色でなければいけないというわけではない。基本的に黒だと汚れが目立ちにくいのではないかと考えて、ひとり暮らしを始めた頃から好むようになってきたのだ。
  何故、松島葉月がそんな台詞を発したかといえば、きちんとした理由がある。家を出かける前に洋服のコーディネートについてアドバイスを求められた春道は、迷わずに基本色が黒の服を指定したのだ。
  少女にとっても気に入ってる洋服の一着であったらしく、春道のリクエストに素直に頷いてくれて現在は可愛らしい黒のワンピースを身に纏っている。靴ももちろん黒だ。
「ところでどこにご飯を食べに行くのー」
「……詳しく考えてなかったな。葉月はどこがいい? 好きなとこでいいぞ」
「それならねー。ファミレスがいいー」
  田舎町にもファミレスはある。もっとも居住地の近所ではなく、それなりに離れた場所だ。しかも近隣にはその一店舗だけなので、それなりに混んでたりする。
  色々なメニューがあるので、田舎町から出た経験のない子供たちには珍しくもあり、楽しくもあるのだろう。聞くところによれば、たいていが小さな子供をつれた家族で店内は賑わってるらしかった。
  春道は該当の店に入ったことはない。どう考えても男ひとりで、食欲を満たしに行くような店だとは思えなかったからだ。店側からすればどんな客でも大歓迎なのだろうが、普通の定食屋と違って気軽に入店できなかった。
  だが今夜に限っては、戸籍上もきちんと娘である松島葉月が同行している。間違っても香気の視線で注目される事態にはならない。
  まずは腹ごしらえをしてからだな。長くなるであろう今夜から明日に備えて、とりあえず空腹を満たすべく春道は一路、松島葉月が指定したファミリーレストランへと向かうのだった。

「おいしかったねー」
  女児ながらもハンバーグ定食をぺろりと食べ、デザートにチョコレートケーキまで平らげた松島葉月が大満足した様子で駐車場に止めてある春道の車に乗り込んだ。
  運動会の昼休みに食事を一緒にした際も思ったが、あの小さな身体によくあれだけ入るものだと半ば感心する。春道はパスタのミートソースとグラタンを食べた。ファミレスなんて久しぶりだったが、以前よりも美味しくなってる気がした。
  運転席に乗った春道が車のエンジンをかけると、隣にいる松島葉月がそわそわと身体を右に左に小さく揺らしている。
  トイレを我慢してるわけではない。何故そんなことがわかるかといえば、退店する際にトイレはファミレス内で済ませておけと春道が指示しておいたからである。
  少女が落ち着かない理由については心当たりがあった。このぐらいの年齢では、夜に外出する機会なんて滅多にないので、冒険に来たぐらいの感覚でワクワクしてるのだ。
「どっかで遊んで帰りたいんだろ」
  春道がそう言うと、待ってましたとばかりに松島葉月がにぱっと笑う。やはりどこかに寄り道したがっていたのだ。けれどそれをなかなか自分から言い出せなくて、挙動不審ぎみな態度になってしまっていたのである。
「なら、ドライブでもするか」
「うんっ」
  春道の提案に、松島葉月は大喜びで返事をする。さらに笑顔を輝かせながら「どこに行くのー」と尋ねてきた。
「……少し遠くまで行こうかと思ってる」
「葉月なら大丈夫だよー。明日、学校お休みだしー」
「そうなのか」
  問いかける春道に、少女は再度「うんっ」と元気に返事をして頷く。
  松島葉月の小学校では毎年、創立記念日に運動会を開催しているらしい。その振り替え休日として翌日は休みになるという話だ。
  その小学校しか知らない葉月にとっては当たり前なのだろうが、春道からすればどことなく不思議に思う。そんな真似をしなくても、普通に創立記念日を休日にすればいいように感じてしまうのだ。
  ちなみに春道が子供の頃通っていた小学校は、保護者が観覧しやすいようにという理由で日曜日に運動会が開催された。翌日は葉月のケースと同じで、振り替えの休日なる。たいていがこのパターンだと思っていただけに、少女の話を聞いて若干驚いた。
「じゃあ、いっそ泊りがけにしてしまうか」
「えっ!? でもママに内緒で、そんなことしていいの?」
  普段は明るい態度で比較的何にでも応じる少女も、さすがに今回は驚きを隠せないようだった。無理もない。母親の不在時に一泊でどこかへ行こうと誘われれば、不審に思って当然である。
  だが春道自身も、まだ若干躊躇ってる部分はある。ママという単語が葉月の口から出たが、予想どおりの展開になっているのなら、松島和葉は春道のとった行動に激怒するのは間違いない。
「なあ、葉月。お前……お祖父さんのこと、どう思ってる」
  お祖父さんというのは、もちろん戸高の姓を持つ松島和葉の実父である。以前はせっかく出向いたが、けんもほろろに追い返されてしまった。当時は葉月もかなり悲しんでいただけに、まだその記憶は残ってるはずだ。
「……凄く怖かったけど、でも……それでも、葉月のお祖父さんだもん。知らないって言われたけど、間違いないんだもん」
  やはりこの少女は、何より家族の絆を大事に思っている。その結論に達した瞬間に、春道の腹も決まった。
  確信があるわけじゃない。けれど、春道はどうしても自分の想像どおりの状況になってるような気がしてならなかった。これで松島和葉が単なる出張だったら、土下座でも何でもすればいいだけだ。
「なら、俺を信じろ」
「……うんっ!」
  春道の言葉に松島葉月は一瞬だけキョトンとしたが、数秒後には相変わらずの元気な声を聞かせてくれたのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:46:29 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 29

 どうしてこんなことになったのだろう。松島和葉は、今にも雨が降りそうな空を見上げてそんなことを考えていた。
  大切な愛娘の運動会に参加し、入浴と食事を済ませたあとで、運動会で活躍した葉月の自慢話をゆっくり聞いてあげようと思っていた。
  そんな矢先に鳴り響いた携帯電話の着信音。ディスプレイにはあまりお目にかかりたくない発信先が表示されていた。気は進まなかったものの、電話を取り内容を聞く。それがそもそもの間違いだったのかもしれない。
  ……いや、正解だったのだろうか。曇っているせいか、今日はやけに風が冷たく感じる。思わず和葉は両手で自分の身体を抱いた。
  そういえば葉月は元気にやってるだろうか。娘と離れてまだ丸一日も経過してないのに、とても寂しく思える。
  突然の出来事だったので、和葉は高木春道に娘を預けてきた。自分の気持ちどうこうよりも、そうする他に選択肢がなかったのである。
「和葉、こんなところにいたのか」
  庭でボーっとしていた和葉に、背後から声がかけられた。静かに振り向けば、実兄の戸高泰宏が立っている。
  和葉が父親から勘当されてしまったがゆえに別姓を名乗ってはいるが、間違いなく血の繋がった唯一の兄だった。
  昨夜、この戸高泰宏からの連絡を受けて、和葉は大急ぎで電車を乗り継ぎ、勘当される前までは実家だった戸高家へやってきていた。
「……今日は冷えるな」
  隣にやってきた泰宏がボソリと呟く。和葉同様それほど厚着はしていない。夏も間近なこの季節を考えれば当たり前だが、今日に限っては上着が必要なくらいの天候だ。
「……そうね」
  幼い頃から周囲には「あまり似てない」と言われてきた。母親に似ている和葉に対して、兄の戸高泰宏は父親似だった。もっとも性格にかんしてはその逆である。ずっとそれを煩わしいと思っていた。
「嫌な予感が当たってしまったな……」
  戸高泰宏の声に、この前あった時のような元気さはなかった。無理もない。実の父親がこの世からいなくなったのだ。勘当されていた和葉でさえも、少なからずショックを受けている。
  病名は癌だった。頑固者の父親は、和葉はおろか一緒に暮らしてる戸高泰宏にも病名を告げてなかった。医者を説得して、最後の最後まで隠しきったのである。
  そんな父親も世間的には人望があったらしく、訃報を知った人間が次から次に戸高家を訪れていた。
  田舎町だけに、ほとんどの住民が噂で和葉が勘当された理由を知っている。そのためお悔やみを告げる相手は、戸高泰宏ひとりだった。
  別に犯罪に手を染めたわけではない。ただ、親戚も含めて、どう接したらいいのかわからないのだ。もっとも、それはそれで和葉も気が楽だった。
  兄である戸高泰宏の手伝いをしてるうちに、いつの間にか夜が明けて朝になっていた。まるで天まで悲しんでるかのごとく、青空と太陽を隠している。
「……あれだけ元気だったのにな」
  とりとめのない会話を、二人だけの兄妹でなんとなしに続ける。別に目的はなかった。ただぼんやりと会話してるにすぎない。
  和葉はもちろん、戸高泰宏が泣いてる姿もまだ見ていなかった。もしかしたら兄妹揃って、まだ父親を亡くしたという実感がないのかもしれない。
  勘当された身とはいえ、娘だけに当然息を引き取った父親の姿も見ている。安らかな表情は寝顔と大差なく、朝になったらひょっこりと起きてきて、実家へ戻っている和葉を見て「何でお前がここにいるんだ」と怒鳴りそうだ。
  暇ができればそんなシーンが幾度も頭の中で再生された。そのたびに、何て言い返してやろうかなんて考えたりもする。
  ……けれど、朝がきても頭に描いていた映像は現実にならなかった。相変わらず瞼を閉じている父親は横たわったままで、誰の呼びかけにも応えない。
「……なあ」
  ボーっとしている和葉を正気に戻そうとするかのように、戸高泰宏が少しだけ大きな声をだした。顔だけを兄へ向けて、次に紡がれる言葉を待つ。
「……実家に戻ってこないか。もちろん葉月ちゃんも、旦那さんも一緒にさ」
  よもやの提案に、驚いた和葉は目を大きく見開いた。家を継ぐのは長男の戸高泰宏と、生まれた時点ですでに決定している。仮に和葉が勘当されてなかったとしても、それだけは絶対に覆らない。
  押し黙ってる和葉を見て、自分が何を言ったかようやく気づいたらしく、慌てて戸高泰宏は右手を顔の前で左右にパタパタと振った。
「あ、いや、違うんだ。家のことをお前に押しつけようとしてるんじゃなくて、俺も含めて皆で一緒に暮らさないかってことさ」
  多少口は軽いが、戸高泰宏は決して悪い人間ではないし、身の回りのことを何ひとつできないほど自堕落な性格もしていない。兄妹ゆえの贔屓目ではなく、ひとりの人間として和葉は泰宏をそう評価していた。
  もしかしたらこれを機会に、二度と実家には戻ってこなくなるのではないか。もしくは戻ってきづらくなるのではないか。そんな心配をしたからこそ、先ほどの提案をしてきたに違いない。心配性なところも母親そっくりだ。
「あまり笑えない冗談ね」
「冗談なんかじゃないさ、俺は本気で言ってる。部屋はそれなりにあるから、あまり不自由さは覚えないはずだ」
「そういう問題ではないの。私がこの家に住むことを、あの人が快く思わないでしょう」
  あの人というのは、先日死去したばかりの父親のことである。それにいくら家主が変わったからといって、急に家に戻ったりすればご近所のいい噂になるのは間違いない。
「それはそうかもしれない。けど、俺はお前が間違ったことをしたとは思ってないぞ」
  戸高泰宏にしては、珍しく強い口調でそう言いきった。和葉自身も同じように思っている。しかし父親は違った。
  和葉が父親から勘当される原因となった出来事。それは娘である葉月との出会いから始まる。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:47:04 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 29

もう何年も前になる強い雨の日、早歩きで帰宅を急ぐ和葉は誰かに足を掴まれた。痴漢かと思い、もう片方の足で何者かの手を踏みつけようと――したところでピタリと止めた。
  足を掴んでいたのはひとりの女性だった。豪雨の中で傘も差してないので全身びしょ濡れになっている。身に着けている衣服から察するに、女性はホームレスであるとすぐにわかった。
  こんな田舎町にも少なからず、住居を持たない人が存在している。むしろ土地が余っているぶんだけ、都会からやってくる人も多い。そうした人たちは、主に川原などで生活しており、よく役場の職員たちとぶつかったりしていた。
  この時、和葉は正直面倒くさい事態になったと内心で舌打ちをした。実家は古くから続く家柄のため、当主の父親はしきたりなどに厳しい。当然のごとく門限は決められており、その時刻は間近に迫っている。
  門限を破った理由が、ホームレスの相手をしてたなんて知ったら、烈火のごとく怒るに決まっていた。父親は偏見の塊みたいな人物であり、自分の言うことは絶対だと思っている。これが当主だと言わんばかりの態度だが、年頃の和葉にしてみれば鬱陶しいだけだ。
  そんな理由があったので、早くこの場を立ち去りたかったが、ホームレスだからといって無下に見捨てていくわけにもいかない。自分はあの父親とは違うのだ。
  ホームレスの女性の顔は泥だらけだが、よく見れば整った顔立ちをしている。それに年齢も若そうで、まだ二十代後半ではないだろうか。きちんとした身なりをすれば、かなりの美人であるのは間違いない。
「……この子を……お願い……します……」
「え? な、何ですか」
  もぞもぞと女性が動き、懐から取り出したのはなんと赤ん坊だった。何がどうなってるのか、和葉にはますますわけがわからなくなる。もしかしたら、何かの事故に巻き込まれてしまったのだろうか。
  落ち着くように自分へ言い聞かせながらも、気が動転している和葉は思わずその赤ん坊を女性から受け取ってしまった。するとホームレスの女性はにこりと微笑んだ。
「……暗闇でも……明るく……輝く……月のように……どうか……生きて……」
  唖然とする和葉の足元で、渡した赤ん坊を見上げながら途切れ途切れに呟き、そしてガックリと顔を地面に伏せてしまった。
「――!? だ、大丈夫ですか!?」
  雨音に負けない大きな声で呼びかけても、相手からの反応はない。まるですべての体力を使い果たしたかのように、グッタリとしている。
「そ、そうだ……で、電話を……!」
  ゲームなどの類は一切買ってくれない親ではあったが、もしもの事態に備えて携帯電話だけは持たせてくれていた。バッグの中から慌てて取り出し、赤ん坊を落さないように気をつけながらボタンを押す」
「に、兄さん!? わ、私よ。和葉!」

 人口もそれほど多くなければ、交通事情もあまりよろしくない田舎町。大きな病院など近所にあるわけもなく、救急車でホームレスの女性が病院へ到着したのは、和葉との遭遇から二時間は経過したあとだった。
  ――もう少し早く到着していれば……残念です。
  担当した医者の発した台詞が、和葉の心にずっと突き刺さっていた。救急車を呼んだのは和葉ではなく、兄の泰宏だったのだ。
  パニックになっていた和葉は、救急車を呼ぶより先に家族――兄へ助けを求めてしまった。何をどうしたらいいかわからず、呆然と立ち尽くしてるところへ、連絡を受けた兄が自転車をこいでやってきてくれた。
  その後、状況を認識するやいなや、泰宏はすぐに和葉の携帯電話で救急車を要請した。急いで現場へ来たので、傘も差さずに着の身着のままだったのだ。
  そうして到着した救急車に和葉とともに乗り、現在へ至ってるわけである。病院の看護婦さんから渡されたタオルでひととおり衣服を拭いたあと、泰宏はそれを羽織るように肩へかけている。
  びしょ濡れになっていたのは兄の泰宏だけではなかった。和葉もまた、途中から傘を差すのを忘れて全身を雨に打たれていたのである。兄と同じく看護婦さんから受け取ったタオルを肩にかけていた。
  看護婦さんが気を利かせて暖房を入れてくれたので、寒くはないし衣服も乾き始めていた。けれど身体の震えが一切止まらない。恐怖か後悔か。詳しい理由は不明だが、奥歯がガチガチと鳴っている。こんな経験は初めてだった。
「気にするな……っていうのは無理か……」
「……当たり前のことを言わないで」
  自らを抱きしめるみたいに、和葉は胸の前で交差させた両手をそれぞれ左右の肩へ置く。不意に指先へタオルが触れ、思わず強く握り締める。
「……そうだな。けれど、お前のせいじゃない」
  優しい口調で泰宏が声をかけてくる。どこから見ても傷心の和葉を、兄なりに励まそうとしてくれてるのだろう。
「……私のせいよ」
  黙っていても気は晴れない。それどころか、発狂してしまいそうだった。
「……私があの場で冷静さを失わず、兄さんみたいにきちんと対処できていれば、あの女の人はもしかしたら……」
  知らず知らずのうちに涙が頬を濡らしていた。人前でボロボロと泣くのも初めての経験だった。
「自分を追い込むのはよせ。俺とお前の立場が逆だったとしても、きっと結果は変わらなかった。電話を受けて、不測の事態に対する覚悟がある程度できてたから、たまたまうまく行動できたにすぎない」
  和葉の電話は酷いものだった。ろくに用件も伝えられず、ただ大変だと繰り返していただけのような気もする。正直なところ、何を話していたかも覚えてないくらいなのだ。
「慰めなんかいらない! 私が冷静だったなら……しっかりしていたなら……救えたのに……死なせなくてすんだのに!」
「だから落ち着けって! 目の前で人が死んでショックなのはわかるけど、自分を追い詰めたって何にもならないだろう。それに、きちんと対処できてたからといって、絶対に救えたとも限らない」
「な――!? だったら、どうして兄さんはそんなに冷静なのよ! 父さんと一緒で、ホームレスなんてどうでもいいと言うの!? そんなのおかしいじゃない。同じ人間でしょう!」
  激昂して叫んだあとで、荒い呼吸を繰り返す。泰宏にあたるのは筋違いだとわかっていても、自分の感情をどうにもコントロールできなかった。
  そうしてるうちに、ひとりの看護婦が処置室から出てきた。声を荒げた和葉を注意しにきたのだと思っていたが、どうも様子が違う。その顔は妙に嬉しそうなのだ。
「赤ちゃんは無事よ」
  看護婦の口からでてきた言葉を聞いた時、和葉は最初何を伝えたいのか理解できなかった。
「……お前が偶然通りかからなければ、守れなかったかもしれない命だよ」
  兄の泰宏に言われてようやく意味に気づき、ホッとした和葉はその場にへたりこんでしまったのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:47:49 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 30

 ――見てみますか?
  看護婦に尋ねられた和葉は即座に頷き、未だ震えてる身体を兄に支えてもらいながら、案内されるがままに歩く。
  辿り着いた部屋の中には、小さなベッドにこれまた小さな赤ちゃんが寝せられていた。病院へ連れてきた時よりずいぶん顔色が良くなり、傍目からでももう安心だとわかる。
「……よく頑張ったな」
  泰宏の台詞は、赤ちゃんと同時に和葉へも向けられていた。兄なりに励まそうとしてくれてるのがわかっても、とても素直には受け取れなかった。
  肩に置かれた手を弾き、振り返って本能のままに感情を爆発させようとした瞬間だった。
  不意に上衣の裾が引っ張られる。驚いて背後を振り返ると、ベッドから赤ちゃんが手を伸ばして和葉の服を掴んでいたのだ。
「だあだあ」
  生まれて間もない状態で、雨に濡れていた赤ちゃんは先ほどまで生死の淵を彷徨っていた。にもかかわらず、今は元気に笑っている。
  反応しなくなったホームレスの女性を見て、脆いと痛感させられた人間の命。しかし今では、こんなにも力強いものなのかと驚かされている。
  くりくりとした瞳にじっと見つめられているだけで、怒る気力が萎えていく。沈みきっていた心が、緩やかにではあるけども浮上していくのを和葉は感じた。
「よろしければ、抱いてみますか」
「い、いいんですか……?」
  これまで赤ん坊に興味を持った経験などなかった。基本的に子供は嫌いではないけれど、どちらかといえば苦手だった。そんな和葉が、思わず両手を伸ばしていたのである。
  まだ三十代前半程度の看護婦さんの手から、和葉の腕の中へ赤ん坊の身体がそっと乗せられた。あれだけ小さく見えていたのに、抱いてみると意外に重い。ずっしりと両手へ伝わってくる重みこそが、命の証なのかもしれない。
  そんなふうに考えると、何故だか急に涙がこぼれた。普段はあまり泣かないのに、色々な出来事が立て続けに起きてるせいか、情緒不安定になってるみたいだった。
  ホームレスの女性は残念だったけれど、せめてこの子だけでも助かってよかった。和葉は初めてそう思えた。幾度も自分の過失だと己を責め続け、疲れきっていた精神が少しだけ何かから解放される。
  けれど……この子の母親はもういない。幼い頃に母と死に別れているだけに、充分すぎるくらいにその寂しさや悲しさは知っている。しかしそれでも、和葉には優しい母親との思い出が少なからず残っていた。
  名前も知らない赤ちゃんには、思い出を作る権利すら与えられなかった。和葉が味わってきた境遇より、ずっと辛くて過酷な人生を歩まなければならない可能性が高い。
  せめて父親が見つかればいいのだけれど……。そんな願いを持った和葉の下へ、息を切らせた父親がやってきた。
  和葉が兄の携帯電話へ連絡した頃には、とっくに自宅へ戻っていたはずである。ならば兄から事情は聞いていてもよさそうだが、病院へ駆けつけてくるまでずいぶんと時間がかかっていた。
  室内へ歩み寄ってくる父親を見て、和葉は門限を破ってしまっていることに気づく。とはいえ、不測の事態に巻きこまれての結果なので怒られる心配はないだろう。
「……あのホームレスの子供か」
  すぐ側まできた父親が、和葉の両手の中にいる赤子を見下ろしながらそう言った。声には何の感情もこもっておらず、あまりの不気味さに背筋がゾクリとする。
  無言の和葉に代わって、看護婦が父親の言葉を肯定し、泰宏がこれまでの事情をひとつひとつ説明していく。そうしてすべてを聞き終えた父親は、正面にいる和葉へこう告げた。
「いつまでそんな汚らわしい子を抱いているつもりだ」
  放たれたのは、あまりにあんまりな台詞だった。これまでの感情すべてが吹き飛び、数瞬、和葉の思考が停止する。
「ホームレスの子など捨て置け。まったく、面倒な事態に巻き込まれおって……」
  明らかに父親は怒っているが、その理由がいまいち理解できない。一体この人は何を言ってるのだろう。ようやく思考能力が戻ってきた和葉が、一番最初に思ったのがそれだった。
「さすがにいいすぎじゃ……」
  普段はあまり父に抵抗しない泰宏が、今回ばかりは眉をひそめて反論する。恐らく和葉と同じ印象を抱いたに違いない。
「言いすぎどころか、言い足りないぐらいだ。大学受験を控えてる身で、厄介事に首を突っ込むとは何事か」
  ――そう。和葉は現在高校三年生で、もうすぐ卒業と受験を控えていた。今日も大学入試のために、父親の知り合いのところへ勉強を教えてもらいにいっていたところなのだ。
  キツい物言いに反感を覚えたのは事実だが、間違った指摘でもない。学校での成績はトップクラスだが、志望している大学もトップクラス。他者に構ってる余裕などないのである。
  和葉と泰宏が押し黙ったのを受け、自らの言い分を理解させたと解釈した父親が、ほんのわずかながらも口調を穏やかにする。
「わかったら、お前たちはもう家へ戻れ。あとのことは俺がなんとかしておく」
  そうするのが一番だと和葉にもわかってはいた。けれど、どうにも確認しなければ、我慢できない点がひとつだけあった。
「……この子のお父さんを――」
「――無駄だ」
  台詞の途中にもかかわらず、父親が和葉の声を遮った。どういう意味か尋ねると、まっすぐに目を見つめられる。まるで聞く覚悟があるかと確認してるようだった。
「……お願い。教えて」
  今日一日でとんでもない事態に遭遇し続けている。こうなれば、ひとつふたつ増えたところで一緒だ。和葉が折れないと悟ったのか、父親はふうと小さなため息をつく。
「川原で若い男の死体が見つかった。致命傷となるような外傷はなかったことから、警察では事故死として処理する可能性が高いそうだ。付近で若い男女のホームレスの目撃証言があることから、その子の父親と考えて間違いないだろう」
  和葉の視界が真っ暗闇に包まれた気がした。絶望を味わうというのは、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。
  父親は古くから続く家の当主であるため、警察や政治家とも多少の繋がりを持っている。なかなか病院へ来なかったのも、そうした情報を知り合いの刑事から入手していたためだったのだ。
「……この子は……どうなるの」
「どうもならん。孤児として施設に預けられるだけだ」
  常識的に考えて、それが当たり前の選択だった。別にこの子だけではない。望んでもないのに、不幸な境遇で生きていかなければならない子供は世の中にたくさん存在する。
  そうとでも考えなければ、和葉の心はどうにかなりそうだった。ほんの少しの時間とはいえ、こうして赤ちゃんの温もりを知ってしまっているのだ。
「もう充分だろう。早くホームレスの子供をベッドに戻せ。戸高の姓を名乗る娘が、いつまでも醜態を晒すな」
  赤ちゃんを抱くことがどうして醜態になるのか。生まれや育ちだけで、その人間のすべてを判断するなんて間違ってる。声高に指摘してやりたかったが、親の保護がなければ生きていけない和葉にはそんな力も権利もない。
  ごめんなさい。仕方がないのよ。心の中で赤ちゃんに謝罪しつつ、和葉は小さな身体をベッドに戻そうとした。
「――え?」
  いつの間にか赤ん坊は、和葉の上衣の袖を握り締めていた。しっかりとしがみついている様子は、まるで離れたくないと意思表示してるかのようだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:48:36 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 30

「だあだあ」
  楽しそうな微笑がそこにあった。見捨てようとしていた和葉に、心から安心しきった笑顔を見せてくれている。
  自然と視界が涙で滲む。そうだ、自分はこの子を託されたんだ。そんな思いがこみあげてくる。
「私――私が、この子を育てる」
  泣きそうになってるせいで声は震えているが、和葉はきっぱりとそう言いきった。自分の発言がどんな意味を持ってるかも、家族がどういう反応を示すかもわかっている。それでも、その選択肢を選ばずにはいられなかった。
「お、お前……自分が何を言ってるのか理解してるんだろうな!? 情にほだされたのだろうが、愚かすぎるぞ! それでも戸高の姓を名乗る者か。恥を知れッ!」
  怒鳴られることは予想済みだったが、よもやここまでの罵詈雑言を浴びせられるとは思わなかった。せっかくの決心に水を差され、さすがに和葉もカーっとなってしまう。
「愚かなのはこの子を見捨てようとしてるお父さんじゃない! 自分がしようとしてることぐらい、きちんと理解してるわ」
「いいや、理解などしていない。大体、まだ学生であるお前が、どうやってその赤子を引き取るつもりだ! 無理やり引き取ろうとなんかしたら誘拐だぞ! お前も戸髙家の人間なら、もっと思慮深くならないか!」
「何よ、さっきから戸高、戸高って! お父さんと同じ名字のせいで赤ちゃんを見捨てないといけないなら、私はこんなのいらない! どう考えても人の命より大事なものではないもの!」
  売り言葉に買い言葉。お互い頭に血を上らせた状態で睨み合う。和葉には冷静に物事を考える余裕などなくなっていた。
「落ち着け、和葉。お前の気持ちもわからなくはないが、こればっかりは親父が正しい。お前がどんなに望んだって、無理なこともこの世にはあるんだ」
  ひとり客観的な立場から言い争いを見ていた泰宏も、ここで父親側になった。これで和葉の味方は誰もいなくなったのだ。
「そんなのやってみないとわからないじゃない。どうして皆、この子を見捨てる方向で話を進めようとするのよ」
「別に見捨てようとしてるわけじゃない。施設に行ったからといって、不幸になるわけじゃ――」
「それが当たり前だからだ。この馬鹿者が! 我が娘ながら、まさかここまで愚かだとは思いもよらなかったわ! お前が今日まで生きてこられたのは誰のおかげだ!」
  泰宏が説得を試みようとしてるのを遮り、父親がよりいっそう声のボリュームを上げて、痛烈な言葉をぶつけてきた。
  そう言われてしまったら、和葉には返しようもない。普段ならここで折れてしまっていただろう。けれど、現在の和葉は通常とは違い意固地になってる状態だった。
「別に育ててくれなんて頼んだ覚えはないわ! そんなに言うのなら途中で見捨てればよかったじゃない。この子のように!」
「おい、和葉!」
  さすがに言いすぎだと思ったのか、いつもは温厚な泰宏まで大きな声で注意してきた。だがここまできたら和葉も引き返せない。実兄の言葉にも耳を貸さず、自分がこの子を育てるとしつこいまでに繰り返す。
「何度も言ってるけど、少しは落ち着けよ。今のお前は混乱してるだけだ。とりあえず一晩ゆっくり休めば――」
「――もういいっ!」
  これまでで一番大きな父親の怒鳴り声だった。室内どころか、病院中に響き渡りそうなぐらいの怒声に、他の医者や看護婦たちもわらわらと集まってくる。
「そこまで言うのなら勝手にしろ。ただし家からは出て行ってもらうぞ。俺の言ってる意味がわかるな」
  和葉は無言で頷いた。家を出て行け――つまりは父親から勘当されたのだ。親子の縁を切られる。その事実に心が痛烈に締めつけられるも、両腕の中にある重みを守るために耐えなければならなかった。
「お、おい……和葉……」
  うろたえる泰宏が親子仲を心配して、今のうちに謝っておけと忠告してくる。親切心で言ってくれてるのはわかっていたが、どうしても和葉は首を縦に振れなかった。
「ごめんなさい、兄さん。私……この子の母親になってあげたいの」
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 楼主| 发表于 2009-5-27 15:57:12 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 31

「そ、そんなことを勝手に決められても困りますよ!」
  シンと静まり返った室内で、真っ先に声をあげたのは父親でも泰宏でも和葉でもなかった。赤ちゃんを救った医師だった。当直は産婦人科の先生だったらしく、おかげで赤ちゃんの処置も的確に行われた。
  この医師のおかげで赤子は命を救われたのだが、今は困りきった顔をしている。
「お父さんの言うとおり、君の判断は正常だとは思えない。少し落ち着きなさい。大体そう簡単に母親になれるわけがないだろう。養女にするとしても、君はまだ未成年なんだ」
  思いがけない援軍を得た泰宏が、まったくそのとおりだとばかりにウンウン頷く。これでは、父親もさぞかし得意げに和葉を糾弾してくるだろうと思いきや、何も喋ろうとはしない。それどころか――。
「この女性が母親になりたいといってるのだから、そうしてあげればいい」
  と、この場にいる全員が驚く台詞を口にした。助け舟――とは少し違う。実の娘である和葉を、この女性呼ばわりしたのだ。恐らく父親の中では、すでに娘として扱われてないのだろう。だからこそ、先ほどの発言がでてきたのである。
「二人のホームレスは、身元が判明するものを何ひとつ持ってなかった。そしていくらかの外傷はあるものの、他殺と断定できるほどではない。そして他のホームレスとの繋がりも一切ないようだ。こうなってくると、身元の特定は難しい」
  父親の台詞は、知り合いの刑事から聞いた話がベースとなっている。そうでなければ別に警察関係者でもない父親が、そこまで内情を把握できるはずがない。
「ならばいっそ、彼女が産んだということにすればいい。見知らぬ男と夜を共にし、妊娠させられた挙句捨てられたのに、それでもその男の子供を産んだ。親に勘当される理由としてもピッタリだ。そうは思わないか」
  視線を向けられた和葉は無言で頷いて見せた。赤ちゃんの母親になると決意した瞬間に、周囲からの誹謗中傷を受けるのは覚悟していた。父親はそれをもっとも過酷な条件で、実の――いや、かつて娘だった人間に味わわせようとしてるのだ。
「な、何を言ってるんだ。親父も正気になれ。さすがに大人げないぞ」
  珍しく泰宏が父親を叱責する。だが、それを受け入れられるような人間だったならば、この話もここまでこじれてはいない。赤ちゃんが成人するまで、戸髙家で面倒を見ればよかっただけの話なのだ。
  もっとも何より家名を大事にする父親が、そんな真似をできるはずもなかった。古い土地柄のせいか、この田舎町では必要以上にホームレスは嫌われている。
  どうしてそうなってしまったのか理由も考慮せずに、ただひたすら汚らわしい存在として扱う。もしかしたら、ホームレスたちを余所者と認識しているのかもしれない。排除することにより、自分たちのエリアを守ろうとしている。
  仮説が正しいのだとしたら、なんとちっぽけな存在なのか。年代のせいかもしれないが、和葉にはそこまでして大事に家名を守らなければいけない理由がわからなかった。
「これは俺が決めたことだ。それとも、お前も家を捨てるぐらいの覚悟で逆らってみるか。遠慮ならしなくてもいいぞ」
  父親の言葉に、泰宏は無念そうに黙ってしまう。長男である兄は、常日頃から戸高の姓を告ぐ存在として心構えなどを教えこまれていた。次期当主として、家名の大事さは和葉などよりずっとよく理解している。
  そんな兄が家を捨てるなど言えるはずもなかった。東京の大学を卒業すると同時に、父親の命によって実家へと戻ってきたぐらいだ。
  今は父親の仕事を手伝いつつ、万が一の事態のために備えている。周囲も泰宏が家を継ぐと思ってるだけに、和葉より兄がいなくなる方が父親のダメージも大きい。
  それでもあえて先ほどの台詞を口にした。その事実は、父親もそれだけの覚悟をしてるのだと泰宏に通告したも同然だった。そしてそれは和葉も同様である。
「で、ですから、勝手に話を進めないでくださいと言ってるんです!」
  横やりを入れてきたのは、またしても赤ちゃんを救ってくれた医師だった。父親が有力者なのを知ってるのだろう。少し怖がってる様子も見受けられるが、それでも自分の言いたいことをしっかり口にしようとしている。
「妊娠届も提出してないし、母子手帳だって貰ってないでしょう。妊娠していたことを証明するものが何ひとつないのに、個人の判断で勝手に出産したことになんてできるわけがないんですよ!」
  言われてみればもっともな理由である。女性とはいえ、そうした事態に直面した経験のない和葉は、妊娠及び出産時に何が必要かなんてほとんど知らない。友人に聞こうにも、自分自身も含めて、皆まだ学生なのだ。
「それにお腹が大きくなってれば周囲だって気づきます。妊娠の兆候もなかった女性が、いきなり出産しましたなんて言っても、信じてもらえるわけがない。諦めてください」
「そうでもないぞ」
  医師は和葉に諦めてくださいと言ったのに、そう応じたのは父親だった。どうやらここまできた以上、てこでも親子の縁を切りたいのだろう。中途半端を好まない性格をしてる父親らしい判断である。
「どこかの国の女性の話で、腹筋を鍛えていたがためにあまりお腹が目立たなかったという事例があったはずだ。絶対にないとは言い切れない。それに妊娠がわかっても、出産まで医者に行かない女性だっているだろう」
  何故、父親がそんなことまで知ってるのかは謎だが、和葉としても一度母親になりたいと決めただけになんとかしたかった。縁を切られた立場ではあっても、心の中で父親だった男性を応援する。
「そ、それはそうかもしれませんが、今回とはまったく話が違います。お話にあった女性は、どちらも当人が妊娠していたことが前提でしょう。その赤ちゃんは、お嬢さんがお腹を痛めて産んだ子供ではありません!」
「わからない奴だな。だから和葉が今日ここで出産したことにすればいいだろう。どうせ、その赤ちゃんの出生届けはまだ提出されてないはずだ」
「そんな無茶な……! それでは私に不正をしろと言ってるようなものじゃないですか」
「ようなものじゃなく、はっきりとそう言っている。今頃理解したのか」
  いけしゃあしゃあとそんな台詞を口にした父親を前に、正義感溢れる産婦人科医もさすがに絶句してしまった。堂々と虚偽の書類を作成しろと言われるなんて、想像もしてなかったに違いない。
  いや、もしかしてその可能性があると考えていたからこそ、赤ちゃんの処遇を正当な手段で決めることを望んだのかもしれない。
「お前じゃ話にならんな。院長と直接話すことにしよう。お前は病院へ泊まらせてもらえ。どうせ赤ん坊と離れる気もあるまい」
  指摘されたとおりだった。和葉がいない隙に、望まない方向へ事が進んでたりすれば後悔してもし足りない。きちんと赤ちゃんの母親と認めてもらえるまで、この場にいるつもりだった。
「ま、また勝手に決めないでください。そんな真似は許可できません」
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 楼主| 发表于 2009-5-27 15:57:42 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 31
意地でも引く気配を見せない医師と父親が睨みあう。そんな中、小走りにひとりの老齢の男性がやってきた。白衣を着てるのを見る限りでは、どうやら男性もこの病院の医師みたいだった。
「院長先生」
  最初に赤ちゃんを抱かせてくれた看護婦が、老齢の医師をそう呼んだ。幼い頃から優良健康児だった和葉は、病院のお世話になった経験がほとんどない。家族で病弱なのは、すでに亡くなってしまっている母親だけだった。
「こ、これは戸高様」
  父親の姿を確認した院長が慌てて頭を下げる。病院に対してか、それとも院長個人に対してかは不明だが、どうやら何か便宜を図ってあげているようだった。
  垣間見た大人の世界に汚らわしさを覚えたものの、和葉はそれをぐっと我慢した。自分もいずれは、そうした世界の中で歯車として生きていかなければならないのだ。
  小声で院長と父親が話し合い、やがてとりあえず和葉が赤ちゃんと同じ病室へ泊まることを特別に許された。
  そのあとで、院長の判断に露骨な不満顔をした医師が呼ばれ、父親も含めた合計三名がどこかへと歩いていく。恐らくはどこかの個室で、損得勘定を丸出しにした話し合いが行われるに違いない。
  喧騒が収まったことで、看護婦たちも通常の夜間勤務へと戻っていく。赤ちゃんを抱かせてくれた看護婦だけが「何かあったらナースコールで呼んでね」と和葉に声をかけてくれた。他の人たちはあまりかかわりたがってなかった。
  優しくしてくれた看護婦も、仕事だからと割り切って和葉に接してくれていたのかもしれない。そこまで考えて、疑い深くなってる自分自身に嫌気を覚えた。神経が昂ぶってるせいで情緒不安定にでもなってるのだろうか。
「……本当にお前はそれでいいのか」
  心の中を読めるわけではないだろうが、計ったようなタイミングで泰宏が話しかけてきた。赤ちゃんを抱いたままで、和葉は視線だけをそちらへ向ける。
「親父のことだから、強引に院長や担当医師を丸め込むかもしれない。けど、やろうとしてるのは明らかに違法行為だ。バレた時はお前だけじゃない。その子も被害を受けるんだぞ。きちんと後々についても考えろ」
  やはり兄の泰宏にしては厳しい口調だった。それだけ妹である和葉の心配をしてくれてるのだ。気持ちはありがたかったし、指摘された点も正しい。理屈ではわかっているのに、どうにも感情がコントロールできない。こんなケースは生まれて初めてだった。
  チラリと赤ちゃんに視線を向けると、周囲が静かになったせいかすやすやと寝息を立てていた。とても幸せそうな表情をしており、眺めてるだけで和葉の心も癒される。心の底から守ってあげたいと思うのは、母性本能が刺激されてるからなのだろうか。
  理由はわからなくても、赤ちゃんの母親になるという決意だけは変わらない。それを兄の泰宏にも告げる。仮に事が露見して、強制的に離れ離れにさせられる未来しか待ってなくても、今の気持ちを何より大事にしたかった。
「……お前にそこまでの覚悟があるのなら、俺はもう何も言わないよ」
  肩をすくめて小さく息を吐いたあとで、諦めるように泰宏は言った。けれどその顔には、わずかながらに笑みを浮かべている。
「ところで、その子の名前はどうするんだ」
  赤ちゃんと和葉以外で、個室に唯一残っている泰宏が不意にそんな質問をしてきた。聞かれて初めてそのことについて考える。
  本当の母親であるホームレスの女性はすでに他界しており、身元不明なので名前を知ることすらできない。事情を知ってるであろう夫らしき男性も、妻とは別の場所で息を引き取っていたみたいなので、そちらからも教えてもらうのは不可能だ。
  となると夫婦の名前から一文字もらって……なんて名前の付け方もできない。本来母親になるはずだった女性に申し訳なく思いつつも、和葉が独自に名前を決めさせてもらうことにする。
  看護婦から赤ちゃんは女の子だと聞いているので、それらしい名前をつけてあげないといけない。加えてせっかく縁を持つことになるのだから、その証も刻みたかった。
「……そうね。和葉の葉に月で、葉月なんて名前はどうかしら」
  思案を重ねて決めたつもりだったが、自分の名前が入ってるので苦笑されるかもしれない。そう思っていたが、予想に反して泰宏はからかったりせず「いいんじゃないか」と言ってくれた。
  いくらこの世に存在しない夫婦とはいえ、人の子を横取りしてまで自分の子供とするのだ。和葉にこの先、輝ける人生が待ってるはずもない。けれど、せめて赤ちゃんには明るい人生を歩かせてあげたい。そんな願いも込められている。
「満月みたいに、まん丸で可愛い顔をしてるもんな。この子にはぴったりの名前だよ」
  泰宏にそんなことを言われて、和葉は驚きのあまり目をパチクリさせてしまう。
「どうかしたのか?」
「……いいえ」
  小さく首を左右に振ってから、改めて葉月と名づけた赤ちゃんの顔をじっくり眺める。確かに泰宏の言うとおり、例えるなら丸いお月様というのが一番ぴったりだった。
「……よろしくね。私の可愛いお月様」
  和葉が挨拶すると、眠ってるはずの赤ちゃんが「こちらこそ」と微笑んでくれたような気がした。
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发表于 2009-6-1 16:05:50 | 显示全部楼层
月光下的村庄

要知道我的村庄有多美,是在月光下才能够明白的。尤其是在十五的夜晚,月亮圆得不能再圆的时候,看我银光笼罩下的村庄,那种银亮的静美,会使人不忍心把目光移开。

    在这样的夜晚,我喜欢爬到山冈上去,坐在山崖边的那块大石头上,遥遥地俯瞰我的村庄。在这个位置上,我的村庄就一览无余了,在平日里难以看清楚的角落,此刻都能尽收眼底,在月光的浸泡下成为一幅有着远年意味的图画。wow gold,

    那些弯弯的梯田,一层一层地依着山势螺纹般地向上盘绕着,每一层梯田里,都有一轮月亮,同样地圆着,微风一吹,水面就荡漾着涟漪,把月光荡漾得碎银子似的。看着满梯田都是碎银子,就觉得我的村庄是那么富有,富有得把银子到处堆放,随处乱扔了。

    在这明亮的月光下,村人们还没有休息,零星地有人在犁田。坐在山冈上远远望去,那月下的犁田,就成了风景画里最美妙的一笔:牛在前面拉着犁头,农夫在后面掌着犁把,在间隙的吆喝声中,翻动着一弯田里的银光。由于离得远,那犁田的农夫和牛就显得异常渺小,像是被谁在不经意间随手点上去的。但是,这一点比什么画都要生动,因为,他在动,隐约还可听到哗哗的犁田声和农夫的吆喝声,一声声传入耳里,就又像在看一部有声的黑白电影。最有趣的,是在这时候有小女子出得门来,朝着犁田的爹大声喊道:“爹,吃夜饭啦!”喊声刚落,整个山凹里就回荡着“吃夜饭啦”的声音,久久不息。在这喊声回荡了几个来回后,山凹里紧接又回荡着小女子她爹的声音:“好呵!”于是,她爹收拾起犁头,在田边洗净了腿上的泥,扛着犁,赶着牛,慢悠悠地踏着月光回家去了。

    在皎洁的月光下看农舍,又是另一番美。那些农舍,星星点点地散落在山坡间,农舍上青青的瓦片,泛着光,幽蓝幽蓝的。这边山坡上的瓦是幽蓝幽蓝的,那边山坡上的瓦还是幽蓝幽蓝的。在幽蓝的瓦片下面,是窗户。窗户里的灯,橘红橘红的,异常地醒目与温馨。这橘红的灯光从窗户里射出来,与银色的月光一混合,梦一样勾勒出竹枝的剪影,在微风中摇曳。而在那些房顶上间隔着的亮瓦,依然透出橘红的光,星星点点的,把个幽蓝的瓦片映衬得更加地幽蓝起来。一百多户农舍都幽蓝着,且又分布在山山坡坡间,且又隐隐约约在竹林里,就觉得我的村庄像是被谁故意设计成这样的,否则,不会如此的疏疏离离、飘飘然然而又大大方方。 wotlk gold,
    离我最近的那户农舍,在房顶上的瓦片上漫步着的黑点,是黑猫;白点,是白猫。我隐约听见它们嘶春的叫声,长一声短一声的,像在欢乐中哭。我知道,这是它们在闹洞房了,几个月后,就会有一群花白相间的小猫围绕在它们的身边。果然,它们在叫唤一阵后,便不再叫了。我知道,它俩是去结婚去了,是进洞房去了。那对猫能够在十五的月亮下结婚,把月光当作它们洞房里的烛光,真是浪漫而又诗意十足啊!在我的村庄,就连猫也是喜爱月光,并专挑月色皎洁的夜晚成婚呵。

    村口的那棵巨大的黄葛树,在没有月光的夜晚,我是不敢独自从它的下面经过的,总以为在它黑森森的影子里,藏着什么妖怪或是魔鬼。但是,在月光明亮的夜晚,它就不再可怕。此刻坐在山冈上遥遥地望着它,我这才发现它原来是那么地和蔼可亲。它那巨伞一样张开着的树冠,不再绿,也不再黑,是银色的,每一片叶子,都像是小小的镜子,反射着月光,闪闪烁烁着,波光粼粼的。在这样的闪烁中,黄葛树显得异常高贵,而且是那样雍容、大度、气派。在它闪烁的光斑后面,偶尔传出几声鹧鸪鸟的叫声,把我的村庄啼叫得格外地宁静而幽雅起来。

    在这样的夜晚,村边的那条小溪,银亮亮的,瘦长瘦长的,十分醒目。它弯来绕去,很顽皮的样子,忽而跑进竹林里去了,不见了许久后,它忽而又从一户农舍的后面跑了出来。在溪流里,月光十分明亮,被水花漾着,满满一溪细细碎碎的光斑,点点又点点,粼粼又粼粼,沿着小小的堤,细碎的光斑们也就弯来绕去,一路小跑,跑进了我的村庄,在村子里精神抖擞地绕过几道弯和下过几道坎后,它又一路小跑出了我的村庄,跑出了一路银铃铃的歌声。小溪上有一座石拱桥,非常诗意地弯着,它从小溪的那边,弯弯地弯到小溪的这一边。月光下的石拱桥,显得有点儿朦胧,远远望去,它就成了山水画里的背景,静静地弯在那儿。在月光下看这石拱桥,我就特别感谢着祖先,觉得他们的审美特别高,觉得他们创造美的手艺特别好。这座石拱桥究竟有多少年了,没谁说得清楚,我爷爷说他的爷爷还很小的时候,就有这石拱桥了。这石拱桥已经存在了许多年,已经美过许多代人的日子,如今,它美着我,美着这个月色撩人的夜晚,在这小山村,静静地,无言地,弯出一弯不朽的诗意,装点着银光如水的我的村庄。  

    这时候,我的村庄整个儿地静下来了,先前飘扬在农舍上的炊烟,此刻沉到山凹里去了,薄纱一样笼罩着那些树,那些庄稼。由于气流的关系,沉下去的炊烟,就呈现出时浓时淡的景致。浓的烟带,被月光照得洁白,像一条很长很柔的哈达,梦一样在山野间绕来绕去;淡的烟带,朦朦胧胧地透明着,隐约可以看见下面的田埂、小树和麦苗。还可以隐约看见两只狗追赶着,嬉戏着,并不时发出几声清脆的吠声。是的,在这样的时刻,还在外面嬉戏着的,就是那两只狗了,那些牛已经进棚,那些鸡已经回窝,那些鸭不再嘎嘎叫,而那些劳累了一天的村人们,已经关灯,开始进入梦乡,任那轮圆圆的月亮静静地悬挂在天上。

    看过月光下的村庄后,我情不自禁地把头仰了起来,看着天上的月亮。此刻的月亮是那么圆,它的边沿儿,是那么明晰,明晰得像是用刀切出来似的。它离我是那么近,我清楚地看见它上面那些灰色的纹路。外婆曾经告诉我,说那些灰色的纹路,就是吴刚伐着的桂树。还说那灰色纹路的里面,有一座美丽的宫殿,嫦娥姑娘就是要到那里面去,会她的哥哥…… wow gold,

    这样的故事已经伴随我许多年了,这样的月光已经照耀我的村庄许多年了,它还要一直照耀下去。在这样的月光下,麦子黄了,又收割了;秧苗绿了,又结出金灿灿的谷子了;村庄里的那些娃子,长大了,结婚了,当爹当妈了,后来又当爷爷和奶奶了,再后来,他们逝去,在月光中逝去,那么安详,那么坦然。月光伴随过他们整整一生,照耀过他们整整一生,他们有福了,好命了,能被诗意的月光照耀一辈子,还需求什么呢?能被银子似的月亮伴随一辈子,还梦寐什么呢?是的,这就足够了,让老的老去吧,让小的长大起来,我的村庄就在这样的月光中,过了一年又一年,又迎接着一年又一年,直到永远。
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 楼主| 发表于 2009-6-4 11:11:22 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 32

 例の看護婦が、こまめに和葉と赤ちゃんがいる個室に顔を出してくれたため、夜泣きなどに困ったりはしなかった。気持ちが高揚していたせいか、ほとんど睡眠はとれてないのに不思議と眠気はない。
  泰宏は昨夜のうちに帰宅しており、現在は個室に和葉と女の子の赤ちゃんだけがいる。早朝から朝日が元気に働いており、窓から柔らかな日差しが肌へ降り注いでくる。
  そんな爽やかな朝を満喫していると、唐突に部屋のドアが開かれた。廊下に立っていたのは、父親とこの病院の院長先生の二人だけだった。昨夜はもうひとりの医師もいたのだが、先に帰ったのだろうか。
「受け取れ。これでお前は俺の子じゃなくなる。せいせいするな」
  憎まれ口を叩いた父親が和葉へ手渡してきたのは、出産証明書だった。すぐ後ろに立っていた院長が、それを持って役所へ行けば実の子供として認可されると教えてくれた。そのあとで、決してこのことを他言しないようにとも付け加えられる。
  病院の長が率先して法を犯すとなると、やはり父親は多額の寄付金か何かをしてるのだろう。考えられなくもない。ここは和葉の母親がなくなった病院でもある。その当時から繋がりがあったのだとしたら、入院先に選んだのも頷ける。
「十日だけ猶予をやる。その間に荷物をまとめて、父親が誰かわからない子を連れて出て行くのだな。恥知らずな不良娘として」
「……わかったわ」
  和葉にはそう返事をするしかなかった。こうなるのがわかっていて、赤ちゃんの――葉月の母親になりたいと願ったのだ。別に後悔はしてないし、する必要もない。
「俺の子じゃなくなるんだから、戸高の姓を名乗るのも許さん。これからはあいつの姓だった松島を使え」
「……私としては、ありがたいかぎりだわ」
  父親のことだから、名字も勝手に決めろと言われる可能性もあると思っていた。それが母親の姓である松島を名乗れるのだから、本当に嬉しかった。
「赤子は入院が必要だそうだ。その間に色々な手続きを済ませておけ」
  そう言い残して父親はさっさと部屋から出て行き、ひとり残った院長先生が赤ちゃんのこれからについて説明してくれた。こうして和葉は、母親としての一歩を踏み出すことになったのである。

 住むところは兄が用意してくれた。成人している泰宏の名義でアパートのひと部屋を借りてくれて、高校を卒業するまでの間そこへ住んだ。幸いにして卒業間近だったので、高校へ行く日数はあまり多くなかった。
  それでも学費は自分で稼がなければならないため、放課後は毎日バイトをして収入を得た。働いてる時間は個人で経営している民間の保育所へ預け、その費用も必要だった。
  二つのバイトをかけもちして、月に十万円以上稼いだが、それらはすべて必要経費で消えていった。幸いにしていくらかの貯金をしていたので、それを切り崩して極貧ながらも生活はできていた。
  周囲の反応は予想どおりに冷たく、それまで友人だった者たちもひとり、またひとりと事情をしるたびに離れていった。事情というのは、もちろん和葉が男遊びの末に子供を妊娠して産んだというものだ。
  変な同情をされるのも嫌だったし、そうすることが父親との約束だったため忠実に守った。後ろ指を差されるのは毎日で、さすがに辛く思った時もある。けれど、バイトを終えて保育所へ行くとすぐに疲れは吹き飛んだ。
  娘となった葉月の可愛らしい笑顔を見るたびに、自分の決断は間違ってなかったと確信できた。これからも頑張る気力が湧いてきて、毎日忙しく過ごしてるうちに周囲の雑音は気にならなくなり、いつの間にか学校を卒業していた。
  子持ちになった身で大学へ行くのは難しく、和葉は迷わず就職を決意した。けれど事情が知られている地元では、そう簡単に決まるわけがなかった。そこで和葉は住み慣れた土地から出て行くことを決意する。
  母親との思い出が残る町に未練がないわけではなかったが、自分を知る人間が誰もいない土地で生活したかった。そうすれば煩わしい噂話や、人を目の前にしてのヒソヒソ話に苛々したり悲しんだりする必要もなくなる。
  住み慣れた町を離れると決めたまではよかったものの、別に行くあてがあったわけじゃない。そこで日本地図だけを頼りに、色々な土地を葉月と一緒に下見してまわった。そうして選んだ新天地は、地元より発達してるものの、わりと田舎な町だった。
  高校を卒業したばかりでありながら、すでに子持ちの若い女性。住むところを探すだけでもひと苦労だった。安いホテルに泊まりながら、就職活動をする日々。そんな中、ひとりの老婆と出会い、住んでいた家を安値で貸し出すと申し出てくれた。
  安ホテルから職業安定所へ行く途中に、その老婆の家はあった。毎日挨拶をしてるうちに仲良くなり、お昼ご飯をご馳走してくれたりもした。お金も身よりもない和葉にとってはありがたいかぎりで、生まれて初めて人の優しさに感謝した。
  近々、子供夫婦の家へ厄介になるということで、現在の家をどうしようか丁度悩んでいたらしい。老婆の好意に甘え、和葉は格安で住む家を見つけた。住民票を移し、きちんとした住所ができたことでなんとか就職もできた。とはいえ、正社員ではない。
  正社員を探しても手ごたえがなかったので、おもいきってパートで大手企業の地方店へ入社した。とにかく収入を得るのが第一条件だと判断したのである。家賃が格安だったため、他にもアルバイトをすれば生活はなんとかなりそうだった。
  朝早くから葉月を民間の保育所へ預け、がむしゃらに和葉は働いた。その頑張りのおかげで、パートながらも長時間の勤務を会社から認められる。自給も格段に上がったので、もうひとつアルバイトを辞めた。
  総収入は若干減少したものの、その代わりに葉月と過ごせる時間が増えた。これが一番嬉しかった。誰も頼る人間がいなかった中で、なんとかおぼろげながらも人生に光が見えてくる。実家を出てからすでに三年が経過していた。
  そうして毎日が忙しく過ぎていき、和葉が会社から正社員にならないかと誘いを受けた時には、葉月はもうすぐ小学生になろうとしていた。もちろん生活のために快諾する。
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 楼主| 发表于 2009-6-4 11:11:40 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 32
たくさん寂しい思いもさせてきたが、家にいる間はなるべく葉月と一緒に過ごした。その途中で親切にしてくれた老婆が亡くなる。葬儀に参列した和葉は、その席で老婆の子供と話をして現在住んでいる家を購入することになった。
  大手企業の社員となっていただけに、銀行も快く融資してくれた。現金で家の代金を支払い、あとは毎月銀行に借金を返済していくだけである。葉月も家を気に入っていたので、丁度よかった。
  だがとある日、問題が発生する。保育所の頃から父親を恋しがっていた葉月が、どんな人なのか熱心に尋ねてくるようになったのである。困った和葉は適当にアルバムをめくる。そうして一枚の写真に偶然目をとめた。

 ――ポツポツと雨が降ってきた。しずくが空を見上げている和葉の顔へ当たり、まるで涙のように頬を流れていく。
「……本当に大丈夫か」
  兄の声で、過去の回想から完全に現実へと意識が戻ってくる。いつでも泰宏は和葉を心配してくれていた。長年互いに連絡を取り合ったりはしなかったけれど、それだけはよくわかっている。
  一生懸命がむしゃらに生きてきて、ようやくゆとりを持ち始めた頃に高木春道と出会った。ものすごい偶然に、初対面の時は心臓が止まりそうなぐらい内心で驚いていた。
  何とも言い難い奇妙な展開で結婚することになり、久しぶりに和葉は兄の携帯電話の番号を押した。手短に結婚の報告をした和葉に心からの「おめでとう」とくれた。あの嬉しそうな声は今でもはっきり思い出せる。
「いつまでもここにいたら風邪をひくぞ。家の中に戻ろう」
  雨は少しずつ勢いを強めだしていた。このまま外にいれば、遠からずびしょ濡れになってしまうだろう。泰宏の言葉に頷き、和葉は玄関へ向かおうとした。
「ママー」
「――え!?」
  突如耳へ届いてきた聞きなれた声に驚き、和葉は玄関へと続く門の方を向く。そこにいたのは、紛れもなく娘の葉月だった。過去の幻影などではなく、しっかりと成長した今現在の姿だ。
  駆け寄るよりも先に、どうしてこんな場所にいるのかが疑問で、思わず和葉はその場に立ち尽くしてしまう。ぼーっとしてる横を通り抜け、葉月に近づいていったのは泰宏だった。そしてよく見れば、娘の側にはもうひとり人間がいる。高木春道だ。
  正体が判明するなり和葉は駆け出していた。愛する娘が自分を呼ぶ声すら聞こえず、真っ直ぐに高木春道の前を目指す。
  ――パアンッ! 相手が口を開くより早く、和葉は高木春道の頬へ平手を見舞っていた。乾いた音が、雨天の空へ実にこぎみよく響き渡る。唖然とする周囲に構いもせず、気づけば和葉は声を張り上げていた。
「一体どういうつもりですか!?」
「マ、ママ……?」
「葉月は少し黙ってて!」
  怒鳴られた葉月は、驚いたような悲しそうな顔をしながらも和葉の言葉に従う。叩かれた高木春道は別に怒りもせず、普段と同じ目で正面から見つめ返してくる。
  この場へ葉月を連れてきたということは、和葉がついた嘘は見破られてしまっていたということに他ならない。けれど娘を伴ってやってくるのはルール違反だ。出張とまで嘘をついてこの事実を隠そうとしたのに、これでは苦労が台無しである。
「どういうつもりか聞きたいのはこっちだ」
  悪びれもせず、高木春道がしれっと口にした。どうやら先日、多少はいいところがあると見直したのは和葉の大きな間違いだったらしい。結局のところ、この男性に思慮深い一面などなかったのだ。
  別に父親――葉月にとっては祖父の死を知らせたくなかったわけではない。けれど教えたら、確実に娘は実家へ着いてきたがるに決まっていた。和葉はそれを避けたかったのだ。
  理由は簡単。親戚一同が集まる場所に連れてくれば、いやおうなく葉月が和葉の実の娘ではない事実がバレる。父親同様に戸高の名を大事にしてる人々だけに、和葉が葬儀に参列するのさえ嫌がったくらいなのだ。
  自分のせいで娘をこれ以上苦しめたくない。そんな思いから嘘をつき、今回の葬儀へひとりだけで参加した。仮に高木春道にバレたとしても、和葉の意図を理解してくれると信じていた。根本的にそれが愚かな考えだった。
「……そっちが怒るのも当然だ。けど、少しは葉月の気持ちも考えろよ。経緯がどうであれ、こいつにとって祖父には変わりないだろ。葬式に参加して悲しむ権利はあるはずだ」
  そんなことはわかっている。そしてそれが正しいとも。だからこそ、余計に和葉は腹が立った。どうして他人も同然のこの男に、こうまで言われなければならないのか。
「言われなくてもわかってるわよ! そっちこそ、私の意図を少しは理解しようとしたの!?」
「当たり前のことを聞くな。けど――」
「――信じられない! 考えた上でこの行動を起こしたってこと!? どこまで愚かなのよ。本当に信じられない!」
  怒りに任せて発言してるだけに、当初は冷静に対応しようとしていた高木春道も、徐々に苛々し始めてるようだった。
  けれど、ここまできたらどうにも止まらない。和葉は爆発してしまった感情を冷静に処理できず、ますますヒートアップしていく。
「まさか、ここまで最低な人間だとは思いもしなかったわ! 頭がおかしいんじゃないの!?」
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 楼主| 发表于 2009-6-4 11:12:18 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 33

 ある程度覚悟していたとはいえ、耳元で松島和葉にこれだけ怒鳴られ続けると、さすがの春道も嫌気を覚えてくる。最初は相手の気が済むまで怒られてるつもりだったが、段々と黙っていられなくなる。
  相手が冷静さを失ってるのは、充分すぎるほどにわかっている。何せ、あの松島和葉が丁寧な言葉遣いも忘れて声を荒げているのだ。これまでの共同生活の中では、とても考えられない事態だった。
  やはり松島和葉も普通の女性だったのだ。どこか安心したりもしたが、やはり芽生えた怒りすべてを打ち消すまでにはいたらない。
「悪かったよ。けど、とりあえずこっちの話も聞けって」
「お断りよ! 言い訳なんて聞きたくないわ! 大体、悪いと思ってるならまず最初に謝るのが普通でしょ! 違う!?」
「だから謝っただろうが!」
「はあ!? いつどこで誰が謝ったの!? 私にはちっとも理解できなかったわ! もう一度小学校で日本語を勉強してきたら!?」
「な――!? 黙ってれば好き勝手言いやがって……少しは他人の気持ちも考えろって言ってんだよ!」
「その台詞、そっくりそのまま返してあげるわ! 何なら利息もつける!?」
  ギャーギャーと喚きあってるおかげで、ひとりまたひとりと野次馬が戸髙家の中から出てくる。葬儀の日に騒いでるのだから、迷惑を通り越して全員呆れてるに違いない。
「もうやめてよ!」
  さらに過熱しそうになってる言い争いに、原因のひとつである小さな少女が割り込んできた。こちらも大きな声を発したりするのは珍しく、さすがの和葉も言葉を止めて愛娘を見る。
「パパ、悪くないもん。葉月が頼んだんだもん。だからパパを怒らないで」
  興奮のしすぎで肩を大きく上下させている母親を、小さな娘が必死でなだめようとしていた。この光景だけ見れば、一体どちらが保護者なのかわからなくなる。
  これで事態もある程度は収束するだろう。そう思った春道だったが、予想に反して思わぬ方向へ進みだす。なんと松島和葉が、いきなりボロボロと泣き出してしまったのだ。
「どうして……どうして葉月はママの味方をしてくれないの……そんなにママが嫌いなの!?」
  普段溜めていた感情が大爆発してしまったのだろう。松島葉月の台詞にも、いちいち食ってかかっていく。完全な駄々っ子モード入っている。常に冷静沈着だった和葉に、こんな一面があったとは驚きだった。
「嫌いじゃないもん! 葉月、ママ大好きだもん。世界で一番大好きなんだもん!」
  母親の涙につられてしまったのか、葉月までその場でわんわん泣き始める。可愛らしい顔をくしゃくしゃにしながらも、決して松島和葉から視線を逸らそうとしない。
「じゃあ何で、いつもいつもパパって言うのよ。ママがいればいいじゃない! それともやっぱり本当の子供じゃないから――」
「――おいッ!」
  不穏な雰囲気に気づいて、慌てて春道が声を張り上げるも遅かった。決定的なキーワードが、和葉の口から発せられてしまった。
  己の愚行にようやく気づいたのだろう。今頃になって松島和葉が顔面を蒼白にする。戸髙家の前だけ時間が停止したみたいだった。実に重苦しい沈黙が場を支配する。
  誰も何も言わない。いや、言えないのだ。うっかりと口を滑らせることが多い戸高泰宏でさえ、顔を俯かせて唇を真一文字に結んでいる。どうしたらいいのか。どうすればいいのか。誰にも答えが見つからない。
「……もん」
  どれほどの間、そうしていたのか。止まっていた時を再び動かしたのは、目を真っ赤に充血させている少女の言葉だった。
「葉月、ママの本当の子供じゃないって知ってたもん! 捨てられてたのを、拾ってもらったのわかってたんだもん!」
  服の袖で涙を拭いながら、松島葉月は先ほどの母親の台詞内容よりも衝撃的な告白をした。これには周囲の大人たちが揃って目を真ん丸くする。よもや本人が出生の秘密を知ってるなんて、誰も想像してなかったのだ。
「は、葉月……貴女……」
  拭いても拭いても溢れてくる涙をどうにもできず、鼻を啜りながら松島葉月が頷く。もしかしたら程度には思っていたが、まさか本当に少女が真実を知っていたとはさすがに春道も吃驚していた。
「……グスッ……ずっと前に、ママがお友達と話してるの聞いたの……。葉月が本当の子供じゃないのに、よく育ててるねってその友達が言ってたの……」
  何か思い当たるフシでもあるのか、松島和葉はギクリとした様子で顔面を蒼白にさせている。少女に真実を知られてしまったのは、完全に自業自得のパターンだ。恐らく近くにいないか、遊びに行ってると思って電話か何かで話していたのではないだろうか。
  家事をしながら電話をしていたりすれば、さすがの和葉も周囲への注意が疎かになる。客人を前にしていれば、他のことをしながら応対するわけにもいかないので、それなりに注意力が発揮されるはずだった。
  そうとでも考えなければ、慎重な性格をしている松島和葉がそんなイージーなミスを犯すとは思えなかった。先ほどの喧騒で若干印象が変わりつつあるものの、ほぼ間違いない。
  しかし、松島葉月が真実を知っていたのなら疑問がひとつ生じる。それは――。
「……そこまで知っていたのなら、どうして父親についてしつこく尋ねてきたの?」
  松島和葉の質問は、春道も知りたかったことだった。葉月は自分が捨てられていたと口にした。それならば、父親とも血が繋がってないと理解してることになる。要するに、最初から存在しないはずの人間を求めたのだ。
「だって……だって……ママ、寂しそうだったんだもん。だからパパがいれば寂しくないと思ったの。それで……」
「――葉月っ!」
  愛娘に駆け寄った松島和葉が、地面に膝をついて目の前にある小さな身体をギュッと抱きしめた。お互いの肩が小刻みに震え、小雨が降る中でただ無言で泣いている。
  何のことはない。最初から松島和葉の心配は杞憂だったのだ。松島葉月は実の子供でない事実を認識しながらも、しっかり娘として生活していた。
  いかに幼いとはいえ――いや、幼いからこそ、真実をしったあとでふんぎりをつけるのが大変だったはずである。それなのに少女は変な遠慮をするわけでもなく、松島和葉の愛情に応えていたのだ。
「……道理で年齢よりも、ずっと大人っぽく感じたりするわけだ」
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