|
|
发表于 2006-2-13 16:54:47
|
显示全部楼层
【天声人語】2006年02月10日(金曜日)付
& X4 }$ l' k0 k; O& w/ e5 o! Q8 a& V' L1 q, t5 [' S* C
見通しが、あまり良くなさそうな街並みだ。イタリア北部の街トリノに降り立ち、駅前広場に出た時の印象だ。冬季五輪に向けた工事が進む駅周辺では、視野をさえぎる囲いがあちこちに巡らされていた。昨年秋のことである。
0 z) n. R6 ?$ \" l3 ^. i
h3 c J' k d: ` 駅前のホテルで荷を解き、街を歩き始めると、最初の印象はすぐに崩れた。アーケードがまっすぐにのびている。交差する道も広く、かなり遠くまで見通せる。五輪向けの一時的な表情とは別に、街の素顔の方は、すっきりとしているようだった。
( ?' }& P% ]+ q! j6 r9 K
7 g) m9 f, V( X+ D8 E. ~8 A0 q3 v 中世以降、諸州・諸都市が分立していたこの長靴形の半島に「イタリア王国」ができたのは、日本の幕末にあたる1861年のことだった。祖国の統一と解放をめざす運動の結果、トリノに最初の首都が置かれた。今は、フィアットなどの自動車産業や機械工業の中心地となっている。
0 {$ s3 m6 T' j6 c# F1 c/ V4 Q/ F. ~, [2 }; x' E x1 _; M7 ^
北イタリアに生まれたデ・アミーチスは、トリノの小学校を舞台にして「クオレ」を著した。トリノが長靴の上端近くにあるとするなら、靴先にあたる南のカラブリア地方から転校生がやってくる。
, O4 m" G' D, n" R: Z4 `7 X4 C# K, Q) P) F0 s6 h! J
先生が言う。「カラブリアの子どもがトリノにきても、じぶんの家にいると同じ思いをし、また、トリノの子どもがカラブリアのレッジョへいっても、うちにいると同じ思いをすることができるために、わが国は五十年のあいだ戦いました」(前田晁訳・岩波少年文庫)。
4 [+ [; R- Q X' T9 i8 n. M7 \3 b, J8 U. {' B- j
今もなお、この国の北と南はなじんでいないと聞く。それぞれに、重い歴史を背負っているのだろう。祖国統一の象徴の地で、10日、20回目の冬季五輪が開幕する。 |
|