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楼主 |
发表于 2005-6-22 09:03:37
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首鼠両端
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- Z$ W- K$ }- w" D2 @9 ?前漢第四代の考景帝のとき、互いに好敵手として渡り合ったのは魏其
- J4 r$ t8 b3 F4 J. H侯竇嬰と武安侯田フンの二人。魏其侯は第三代孝文帝のいとこの子、武
: A& o) ^' }* P a0 D安君は考景帝の皇后の弟と、どちらも漢室にとっては関係の深い間柄だ
4 V) u( O8 n4 dった。
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1 b+ I" t* S$ S 田フンが幼いころ、竇嬰の方はすでに大将軍となっていたが、景帝の
; E& [% Y$ F6 D8 T% ~8 g1 ^晩年には、田フンもかなり出世しており、景帝が死んでからは、逆に武
; e* s% _ q- E& ? R安の方が宰相になり、反対に魏其の方は次第に落ち目となった。
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7 F8 O4 j3 L# j9 Z! O6 ? この二人が、決定的に犬猿の仲となったのは、魏其の親友で、剛直の) @7 k8 Y" f" d4 K* }" u8 T& x/ ^
勇将として聞えていた灌夫が、つまらぬ事故を起したことからだが、二
( }2 X) A% o* B) O. @' r+ e9 H人とも自分の正しさを認めてもらおうと、帝の所へ出かけ、口を極めて
; w: T( _$ m2 e; a相手の悪口をいった。1 x0 B9 g0 U$ o4 F w& f( ?0 d, j
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二人から訴えられた帝は判断に困り、臣下の者に、どちらが正しいか( `9 ?' e. S6 P0 d' z. \5 E$ W
たずねた。官吏の罪を糾明する役所の長――御史大夫の韓安国は、/ S& w9 v2 Z3 z& N, x, u* d! ?
# d8 U* B% b, |( r) C% H$ } 「どちらの言い分も、
7 q0 l; W* ]5 ?' ?6 t/ S/ M% y! m それぞれ一理ありますので、判断がつきません。% H+ V5 w$ j1 E9 r0 d! o, s
この上は陛下のご裁断を仰ぐばかりです。」# R6 d, _* T5 q0 D4 J1 P; g
C6 }4 h4 e* ], H! s0 t* v と答えた。そのわきにいた宮内大臣の鄭は、はじめ魏其の方の肩をも. Z, O2 a4 ^/ C. _- i7 C: \
っていたが、この席では形勢必ずしもよくないと見て、ハッキリした意
* c! f( d5 Z8 Q7 [ e* \見をのべなかった。そこで帝は、宮内大臣をしかりつけた。, R/ ~ C, O, O% X
( H! b, }$ ?$ c0 f% r 「お前は平素、
8 N& f( |* S- C w8 ~0 `& v 二人のことをあれこれと批判しているくせに、3 \- k( X+ q5 Q
肝心なときには何もいわない。
9 R- J* p( r! f t2 y% H そんなことで宮内大臣がつとまるか。, I8 O: {/ M2 i2 Y5 t Y
不屈者、お前の一族はみんな斬罪だ!」
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' h, f8 u' J0 ^ 鄭は恐れ入って、ただ頭を下げるばかりだった。
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; y7 s2 \* s6 V+ J1 B& j# i p 武安はこんな争いで帝の心を悩ませたことを恥じて宰相をやめ、その
9 Z% o( {. L9 @7 C; {足で門のところまで退出、そこで御史大夫を呼んでしかりつけた。- b v1 t$ L4 c6 w* u, e# ~
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「なぜお前は、穴から首だけ出して、3 j0 k. V1 B& k/ \+ s" j" b
出ようか出まいかとウロウロしている鼠のように、
$ N( C3 B; c5 u4 X# f) |# X+ K5 m/ K この事件にハッキリ驻虺訾丹氦衰蕙触蕙搐筏皮い毪韦馈
9 R# _& f) n ^2 J, B (何ぞ首鼠両端を為す。)
0 k* H& O$ @0 \( `3 d だらしがないぞ、理非曲直は明らかなのに……」
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しかられた御史、しばらくキョトンとしていたが、やがていった。$ J" a- h7 Y+ J2 M: j o
3 P0 D- S6 Y- H 「あなたは喜んでいいですよ。
% s J$ j% [6 {' Z2 H3 I' d あなたはまず宰相をやめることです。, G. V7 }: Z/ U
そしてこういうのです。
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* h/ h# |# [8 ~& n0 J 『魏其のいうことが正しいのです、
2 n% z" M: F' a4 v 私は無理を通そうとして、
* s* }: S3 O( W& ]9 Q% k! N* J. V' B: _ 陛下にご迷惑をおかけしたことを、心から遺憾に思い、/ X/ V+ M- \, o# o9 g3 k0 E% \8 T
いま謹んでお叱りを待っております。
0 m/ o' h/ C3 C) Y7 [ こんな至らない私が宰相の地位にあるなど、# m l0 f9 \0 e" z) S4 \
とんでもないことです。- k' Q% V2 q1 N6 _* `8 h- g
どうか私をやめさせて、罪に落して下さい。』& ^* W: W- |4 I9 V
7 q6 O) J4 H% E と。4 U0 Z Y9 q3 e: r5 B D" B$ c
" _' X5 U8 _1 L, p6 L そうすると、帝はきっとあなたの謙譲の徳を多とし、
, b5 M; T3 v# |& r+ U2 u$ f; @ 決してあなたをやめさせたりなんかしないでしょう。
# J) g$ \' F* t F そうすれば、魏其の方は内心恥じ入って、! S6 k; v$ t8 C: h0 @
自殺するでしょう。
( e0 s! H( _1 z1 m いま、お二人で互いにののしり合っているのは、 o' u/ @ }) k4 J4 f1 Z+ j
全く大人げない行為だとは思われませんか?」' ~8 t" a, P- n6 u/ N
/ V/ S: @; s g) e8 K 武安はなるほどと、いう通りにした。御史のいった通り、武安はやめ
+ W$ u7 y3 `! e+ n; Wさせられるどころか、反って帝の信任があつくなった。) J4 M) K w G- a8 ~( h( v. n7 {2 @
1 w& D( t9 a7 B$ v! _. c7 k) ^( v I5 k 魏其の方は、いままでの事を、あれこれと洗いざらい調べ上げられ、! k. G" \) R( K& |! g* i, s+ i
まず問題の中心であった灌夫将軍の一族が全部殺され、次いで魏其も間
. |# G4 _3 b6 B9 g) @1 }もなく同様の目に遭い、この争いは一応、武安の勝ちとなった。
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- l( d3 V6 E; t, s" D; ^ ところが、この争いにはまだ後日譚がある。その後、間もなく武安は+ F! c: s4 M" @5 a2 S) j' ]
病気になり、夢うつつの間に、
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# `8 F: m0 E c5 F: c: ` 「許してくれ、俺が悪かった。」9 R8 I: e F [9 k7 L$ y
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と叫び続けるようになった。近臣が心配して、祈祷師に祈祷させたと1 w7 i& A- \) X! x9 @, J" \
ころ、この病気は、さきに恨みをのんで殺された魏其と灌夫の二人のた9 D0 ~0 ~' g# W
たりで、武安をとり殺そうとしているのだということがわかった。驚い5 u) h4 a- k* i. w7 E. W E
てあらゆる加持祈祷を加えたが、二人の怨念はしつこくつきまとって離
7 V* `& E1 ^3 r1 Kれず、武安は苦しみもだえながら、一週間ばかりしてついに死んだ。
8 n0 B$ L+ m6 h, P" c/ j (「史記」魏其・武安侯伝)
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" U3 c, W! J; w8 H% E8 { 結局この勝負、どっちの勝ちかわからない。 |
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