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发表于 2006-4-26 10:45:05
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2006年04月26日(水曜日)付
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白昼なのに、暗い闇があたりを包み、雷鳴がとどろく。雨が若葉をたたいてしたたり落ちた。昨日、東京都心では、一時嵐の様相となった。この明け方、築地の国立がんセンターで、ひとりの記者が力尽きた。
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身内のことを記すのをお許しいただきたい。「天声人語」の前の筆者だった小池民男さんである。昨春からコラム「時の墓碑銘(エピタフ)」を連載し、食道がんで倒れた後も病床で執筆した。
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9 i% `+ D. N5 _, O2 ~5 B) J! k 以前に見舞った時は、ベッドの上にパソコンを置き「来週あたりはサンテグジュペリにしようかと思う」と言った。「最近は、むしろ前よりいい回もあるようですね」などと軽口をたたくと、言葉をのみこむようにして笑顔を浮かべた。最後の回となった今月3日の「エリック・ホッファー」まで、筆に乱れは無かった。
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/ L. p( x% x+ y) F 学芸部の記者が長かったが、政治や事件、科学、スポーツなどにも独自のものさしを持っていた。知識が豊かというだけではなく、気のいいところも持ち味の一つだった。" p% s! F+ e3 F! @* A3 E7 Y }
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寺山修司が好きで、ある年の命日には『われに五月を』の序詞をコラムに引用している。「きらめく季節に/たれがあの帆を歌ったか/つかのまの僕に/過ぎてゆく時よ」。その季節を前にして逝った。享年59歳。つかの間に過ぎた時というほど、短くはない。仕事場以外では、常に傍らに酒とたばこがあった。それなりの修羅も、あったことだろう。
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コラムに限らず、新聞記者の仕事の一つは、人と時代の営みから「時の肖像」を描くことだ。小池さんは、最後まで力を振り絞って、その姿を追い続けた。 |
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