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发表于 2006-4-26 10:42:22
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2006年04月22日(土曜日)付
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5 F; @$ n" ?8 H' \1 y6 a2 S' I: ?' H 「運命」。この一言に大きな重みがあった。今はサハリンと呼ばれる樺太に出征して63年ぶりに故国の土を踏んだ元日本兵、上野(うわの)石之助さんの言葉だ。9 t4 w4 A5 P# S" N m" Q# W! e2 q
: e4 R2 {4 z- r# v 記者会見で、これまで帰国しなかった理由を問われ、ロシア語で述べた。「答えたくない。ただ運命だった」。戦後の生活については「どんな状況になっても生き抜いていく。それしかなかった」。テレビ画面での、言葉を絞り出すような姿は、たどってきた人生の厳しさをうかがわせる。一方で、83歳で見せる軽やかな身のこなしや時折の笑顔に、今の暮らしは静穏なのだろうと想像した。
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# E7 w7 ]8 K( Z" C- u4 V 1945年の8月に日本が戦争に敗れた後も、樺太ではソ連軍との交戦がしばらく続いた。生きて敵の手に落ちるまいと、多くの人たちが自決している。7 V% q3 d, q% ^; O9 F1 [ i
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上野さんは戦後もサハリンに滞在していたが、58年から消息不明となり、2000年に戦時死亡宣告を受けた。最近になって、妻の故郷のウクライナに居ると分かった。! t% @: P0 K# [ C7 }" x# e
( l; ^; e5 a2 P5 o! Q* A Q0 p ウクライナといえば、映画「戦艦ポチョムキン」の舞台となったオデッサを連想する。オデッサは、古代ギリシャの叙事詩にも出てくる英雄オデュッセウスにちなむという説がある。
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2 i n, S _% ^& y オデュッセウスはトロイでの戦争を10年戦い、帰国するまで更に10年を費やした。その20年という不在の3倍もの間、上野さんは異郷で過ごした。この長い不在と帰還は、戦争で帰れなかった多くの人々の「運命」をも思い起こさせる。今はふるさと岩手の山河に包まれて、家族と時を共にする喜びに、ゆったりとひたっていただきたい。 |
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