|
|
发表于 2006-7-28 18:31:25
|
显示全部楼层
【天声人語】2006年07月27日(木曜日)付 1 m0 h2 Y7 Q0 k* @" ^% v0 \6 d+ d* ]
9 M% V6 [2 F3 D
やはりそうだったかと、苦い思いがした。73年に東京で起きた金大中氏の拉致事件について、韓国政府の委員会が、当時の中央情報部(KCIA)による組織ぐるみの犯行と断定する報告書をまとめたという。; C( A8 K A5 b, e
8 f) o: v F5 c6 s2 Y 当時、犯行現場からは、韓国大使館のKCIA要員である1等書記官の指紋が見つかった。書記官は今も韓国に健在で、実行への関与を認めたという。いわば容疑者の犯行声明が出たようなものだ。& U8 q) G8 y: v, g% V: Q; U
/ V( ~2 ^3 g9 c$ e' M% l9 o. S! ~; K
証拠がありながら、この書記官が逮捕されなかったのには訳がある。「これでパーにしよう」。拉致から数カ月後の政治決着の場で、田中角栄首相がこう述べて捜査を事実上終わらせたことが、韓国が今年公開した外交文書で明らかになっている。# [" F" `& G8 Z1 m' S! z
- C. t/ r* e4 k- I2 {. a5 N( z
犯行を不問に付した政治決着の後、金大中氏が歩んだ道は過酷だった。80年に起きた光州事件の首謀者として逮捕され、死刑判決を受ける。獄中から妻子に出した手紙を編んだ『獄中書簡』(岩波書店)の序文で述べている。「日本で、私のために数百万の署名が集められ、各地でデモンストレーションが起こっているということを知ったとき、私がどんなに強く励まされ、感謝したことか!」
' P$ S/ i1 I6 |0 `- }- I
! v5 f# L( Q8 x! j0 s 日韓の政府には苦言を呈す。「何よりも両国の指導者の思慮のなさと過ちからくる、両国民の間にある不信と憎悪の門の、なんと固く閉じられていることか!」; M8 M3 K, T" J# K
: l q- D, o( _, N2 c6 k9 p! `9 L
拉致事件が起きたのは、田中首相が今太閤と言われて政権の座に就いた翌年だった。その3年後の7月27日、ロッキード事件で逮捕された。暑かったあの日から30年がたつ。 |
|