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楼主 |
发表于 2008-5-8 15:21:37
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「敵」の編制
【一】
柳生如雲斎は、|闇《やみ》の中に座っていた。
じっと座っていても、腹部上辺から|心《しん》|窩《か》|部《ぶ》に鈍痛がする。しかし、これはまだいい方で、ときに常人なら耐えがたいほどの発作的な激痛が間欠的に波打ってくることがある。闇の中だから見えないが、如雲斎はよごれた黄色い皮膚の色をしていた。一見肥満しているようだが、如雲斎のつき出した腹の中には、いわゆる腹水なるものがたまっているのであり、下肢はむくんでいるのであった。
彼は不治の肝硬変をわずらっていた。
むろん、彼はそんな病名を知らない。ただ、じぶんがわずらっていることだけは知っている。
そのことを、彼は去年の秋ごろから気がついた。九州から名古屋に帰り、魔性の気を払おうとして京の妙心寺へゆき、そこで座禅をくんでいるうち、からだの異常を感づいたのだ。
魔性の気を払おうとして西へいったのに、かえって彼は魔性の根元たる東へ――江戸の由比道場に来た。むろん、名古屋の自邸において、魔界転生の妖しきわざを見せた由比民部之介正雪にひかれて来たのだ。それは鉄片が磁石に吸引されるような、おのれもどうすることもできない行為であった。
正雪は彼を歓迎した。そして、客分として遇した。
「当分、ここにお住まいなされ」
と、彼はいった。
「そのうち、また面白いものをお目にかける」
それだけである。
正雪は、武蔵のことをいわなかった。森宗意軒のこともいわなかった。田宮坊太郎の姿もどこにも見えないようであった。
如雲斎は何もきかなかった。きくのが恐ろしかったからだ。門弟三千、ききしにまさるはなやかな道場のたたずまいに、眼を見張りつつ、そこでむしろ上ッ調子に快笑している正雪をながめつつ――その裏に、別の正雪が鋭い顔で何やら容易ならぬことを計画しているのを感じつつ――如雲斎は黙々として由比道場の奥ふかく座っていた。
何かが起こる。
はじめに正雪にそう予言されたせいばかりでなく、本能的にそれを予感して、如雲斎は恐れながら、それを待っていた。
一ト月まえ――彼は、この道場にひそかに出入りしている紀州大納言を探索するために何者かが道場の裏門で見張っているということを、ふときいた。ふと――ではない。
「それがどうやら、大目付柳生但馬守の息子どのらしゅうござる」
うす笑いして、正雪が如雲斎にささやいたのである。
それ以上、正雪は何もいわなかったのに、それまで半年ちかく、まるで|山椒魚《さんしょううお》みたいにうごかなかった如雲斎が起った。彼はみずから紀州大納言に代わって主膳をさそいよせ、これに恥辱を与えたのである。
それから、約一ト月。――
――あの夜のあけた日に、但馬守がこの世を去ったことを、数日後、如雲斎は知った。
但馬守が病床に臥していたことはきいていたから、それは偶然であったかもしれない。しかし子息主膳の受けた恥辱が重大な衝撃となったであろうことは疑えない。
但馬守は、主膳を恥ずかしめたものがこの如雲斎であったことを悟ったか、どうか? あれはあのときの突然の思いつきであって、如雲斎はそのことをあとで正雪に直接報告していない。そして正雪はもう知っているはずだが、彼もまた何もいわない。
すべては自主的な行動のつもりであったが、いまにして思えば、最初から見えない糸にあやつられた|傀《かい》|儡《らい》のふるまいであったような気がする。――
そして。――
何かが起こる。そういう期待で半年由比道場に暮らしてきたのにあの夜以来約一ト月、如雲斎はむしろそもそもの目的を失ったように、空漠たる胸を抱いていた。但馬守が死んだということ、それである。柳生の傍流でありながら、宗家のような顔をしている但馬守に、如雲斎は|満《まん》|腔《こう》の不快をむけていたが、しかし、あのような隠微なシッペ返しは、彼の本意ではなかった。彼は、いちど但馬守自身と立ち合い、これを破りたかったのだ。――
その如雲斎に、
「かねてのお約束通り、今夜先生に面白いものをお目にかけます」
そう正雪が告げたのである。
それで、いま如雲斎は、導かれるままにある一室に座って、|闇《やみ》の中に待っている。
――面白いもの? 但馬守この世になく、こちらも老い、かつ病んでいるわしに、どのような面白いことがあるというのか?
と、如雲斎は、眼前の暗い唐紙に、ふっと青いひかりのすじが浮かびあがり、それが徐々にふとくなってゆくのに気がついた。
唐紙がひらいてゆくのだ。
そこに女が二人、立っていた。しかも、一糸まとわぬ|裸形《らぎょう》が――両側に置かれた燭台の灯を受けて、まるで夜光虫がとまっているように、青くふちどられている。……いずれも息をのむほど美しい。 |
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