【天声人語】2006年08月23日(水曜日)付 : L1 R0 G& k7 d# `2 ]
, S" ?. V. ]+ W @: ~9 P 子どもの視点から戦争を描き続けた英国の児童文学者ロバート・ウェストールに、「弟の戦争」(徳間書店)という作品がある。主人公は15歳の少年トム。両親と三つ年下の弟アンディと暮らしていた。- R2 h I) { e- h8 W- x
: ^( p+ V5 ?) f0 b 1990年夏、そのアンディが突然、とりつかれたように意味不明の言語をしゃべり始めた。アラビア語だった。湾岸危機で従軍したイラクの少年兵の意識が、弟に乗り移ったのである。1 q/ A" K" H% F5 K# E
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弟は、ひとの苦しみに極めて敏感な性格だった。それまでも、写真で見た飢餓に苦しむエチオピアの子どもに、とりつかれるように感情を移入したことがあった。トムはアンディを助けようとするが、弟の意識はイラクの少年兵との間を行ったり来たりする。
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やがて米軍の猛攻が始まり、少年兵の目を通して戦場のむごさが伝えられる。それは、弟の体が目に見えない力ではねとばされるまで続いた。そのとき少年兵は死に、弟は意識を取り戻した。
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. N f3 s0 u# o7 d 戦争を見る目は、どうしても一方に偏りがちだ。地上の戦死者の姿が見えない映像では、本当の戦場は分からない。物語は、超人的な共感能力というフィクションを使って戦争を反対側からも描き、みごとである。- D. z$ V# d0 y/ E, T# P* s
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ウェストールは、執筆後間もない93年に死去した。その後起こったイラク戦争では、子どもを含む民間人多数が巻き添えになった。イスラエルとレバノン過激派との紛争でも、同じ悲劇が繰り返されている。日本の私たちは、戦争の実相をどれだけ知っているだろうか。他者への共感能力の大切さを訴えた作品の重さを、改めて思った。 |