【天声人語】2006年10月27日(金曜日)付 - B" r& |: Y4 s0 b
/ `. C6 k2 C3 y0 Q 眼下に、戦後の混乱したウィーンの街が広がる。遊園地の観覧車の中で、男二人が相対している。粗悪な密造ペニシリンの売人になったハリーに旧友マーチンスが問う。「子供の病院へ行って、君の犠牲者を一人でも見たことがあるのか」。キャロル・リード監督の「第三の男」の名場面の一つだ。7 R' q5 Y' z n- B, ~3 V( b/ { L7 h
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ハリーは、観覧車の下の方に虫のように小さく見える人々を指して言う。「あの点の一つが動かなくなったら——永久にだな——君は本当にかわいそうだと思うかい」(『グレアム・グリーン全集』早川書房)。
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軍事史研究家の前田哲男さんは、この場面を、第二次大戦の「戦略爆撃」と重ね合わせて述べている。「空中高く他者への生殺与奪権を保有することになった時代の不条理を鮮やかに描き出した」(新訂版『戦略爆撃の思想』凱風社)。
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' b6 C- s/ o2 K- H; ?5 X/ k 20世紀の初頭に生まれた飛行機が無差別爆撃に使われ、おびただしい市民が殺されてきた。独軍によるスペイン・ゲルニカへの爆撃から、旧日本軍による中国の重慶、連合国側による独・ドレスデン、日本へのじゅうたん爆撃、そして原爆投下。点のような人、あるいは点にすら見えない遠い相手への爆撃は、戦後もベトナムやイラクなどで続いた。
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1938年から5年余に及んだ重慶への爆撃の責任を問う裁判が、東京地裁で始まった。原告の言葉が重い。「無差別爆撃は私に、一生続く身体と精神の傷を与えました」
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& Q5 v, e1 W! u0 @4 U e 無差別爆撃の傷は、日本にも深く残っている。人間を単なる「点」と見た時代を省み、その実相を未来のために記憶したい。 |