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楼主 |
发表于 2005-6-22 13:48:27
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愚公山を移す
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太行山と王屋山は、四方七百里、高さ一万仞もあって、もとは冀州の
' H8 W2 Q6 Q' {; O, R; k; H南、河陽の北にあった。
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) }3 X* Y8 T7 _1 u4 e* }( a' H) T 北山の愚公という人は、年がもう九十に近く、この二山に面して住ん" V! i- ~# B7 j3 b2 `' U6 }
でいたが、山が北に塞っていて往来に不便なのに閉口し、家中の者をよ
. A% D/ @" W i; @' Mびあつめて、こう相談をもちかけた。( H1 Q1 f$ t" Q
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「わしはお前達とありったけの力を出しあって険しい山を平らにし、
! M! s9 S% w& i0 C3 z' j$ n# u 予州の南まで一本道をきり開き、
# m; v5 @$ ?# z" P/ G また漢水の南まで行けるようにしたいと思うんだが、
, h' u1 ~0 H% a( n" _0 g どうじゃろう。」! _: g) o9 R& u/ {* C- x
/ ~0 [" P5 k7 h; h d& o- r- e& a 一同はうち揃って賛成の意を表したが、その細君だけが疑いをさしは
! [/ b* d4 ~6 m, }0 S$ Y- _さんで、
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' A: u; c/ l" ^: S9 M 「あなたの力では小さな丘でさえ、
3 k5 k7 g/ R* _1 {0 S, v9 p 切り欠くことも出来ないでしょうに、
4 h, g2 z3 K0 |- n$ P" ]/ \+ V 太行や王屋のような大きな山がどうなるものですか。% ^9 v" v6 r& ? R* R
それに切りとった土や石をどこに置こうというのです。」$ E- f. ]# d6 n0 r3 Q
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と言った。しかし外の者たちは、 W7 F4 d, V" b* {. g5 x
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「その土や石は勃海の浜、隠土の涯てにでも投げすてるさ。」
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7 w! [7 T3 h4 @4 X# |! M, j$ p と大変な意気込みで、とうとう相談がまとまり、愚公は三人の子供や
/ `# P0 P; Q) |' Y6 _( M4 v# D8 `$ C孫を荷担ぎに引きつれ、石を叩き割り土を掘りかえし、箕や畚でそれを
5 O$ b! K; {4 q* C$ Q勃海の浜に撙婴悉袱幛俊
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愚公の隣家の京城氏の後家さんには、やっと七つか八つになった男の
5 ~$ P! `, i2 p; R/ t! U9 n$ S. `5 `子があったが、その子も大喜びで助太刀に参加し、一年たってやっと勃7 R+ ~# a) g7 ~
海まで一往復をすますというありさまであった。
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' g M; L- l+ a+ l 黄河のほとりに住む智叟という人は、それを見て、笑いながら愚公に3 _& S P9 q$ @ L1 z8 F/ c
忠告した。: I+ P+ n0 S2 E5 I P: Y1 ]5 [% q
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「あんたの馬鹿さ加減も大したものだ。' o" p$ }6 p! e& k& e
老先き短いあんたの僅かな力では、. ^5 a/ V+ |: u
山の一角さえ切り欠くことはできまいに、
4 W$ y( I j; S0 x! U こんな大きな山の土や石をどうしようというんだ。」) n+ `9 I; u6 d4 K9 _7 f
0 i, W5 G, g/ h) j5 I すると北山の愚公は哀れむように嘆息しながらこう答えた。, C I( j9 L" e5 f
Q5 r: X1 k* n! M4 _ 「お前さんみたいな浅はかな心の持主には到底わかるまいな。
9 O7 B/ W" V. N お前さんの知恵はあの小僧っ子にも及ばんわい。
5 x Z* `( Q2 S4 k/ q$ q- H" w; q よいかな、たとえ老先き短いわしが死んだとして、8 s- v( i- f5 S
子供は残るし、子供はまた孫を産み、孫はまたその子供を産み、
" Y8 o E0 Y& u7 n その子供にまた子供ができ孫ができして、
7 l, P7 n7 ]$ T' p4 K 子々孫々とだえることはあるまいて。3 Q1 d* n$ r. A
ところが山の方はふえるもんじゃあない。1 |" O( l$ Y( a% o' a9 u. S
とすれば、
8 Q0 }9 @! y8 C8 m いつかはきっと平らかになる時が来ようはずじゃああるまいか。」
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智叟もそれを聞いて二の句がつげなかったが、もっと驚いたのは二山
9 Y) ~% W0 H" v6 _- ?の主である蛇神である。山の切り崩しがいつまでも続けられてはかなわ
8 T8 T. L( E x' _& U3 N& C' Iぬというので、その事情を天帝に訴え出たので、天帝は愚公の真心に感& t0 e/ K3 ^! I: n
心し、力持ちの神である夸娥氏の二子に命じ、太行・王屋の二山を背負( B# |6 ]/ L4 n7 B4 Q
わせ、一山を朔東の地に、一山を雍南の地に遷してやったので、それか5 k/ U4 L" ^ b0 e! Y
らというもの、冀州の南、漢水の南には、小高い丘さえも在しなくなっ/ m. C/ c- X6 q
た。+ g! T) k0 R9 h
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以上が「列子」の「湯問篇」に語られた「愚公山を移す」の寓話のあ
) S$ f9 F9 J& z* [- qらましである。平野開拓を主題とする土地伝説としての民俗学的意義も J# D( s$ b7 Y3 `# [3 D
十分に認められるが、それよりも勉めて已まざれば大事も必ず成功する2 P3 c: }$ e4 q- i' u( D: t% ]) o
という譬喩として読むほうが面白いし、愚公と智叟と、いずれが真の愚
, V' x; I) Q: z5 S8 H7 \ k, e; m) T& Xであり智であるかも問題である。だから邦儒室鳩巣も、その著「駿台雑+ J! A7 R( U5 A
話」にこの寓話を批評して、
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「およそ天下の事、6 t& N% H0 X9 a: E, l
愚公の心ならば遅くも一たびは成就すべし。
3 [* N, t7 ^+ I% I$ y. y: V/ P, N 然るに世に智ありと称するほどの人は、おほかた智叟が心にて、! U: x- v8 A' ^7 h
愚公が山を移すやうなことを聞きてはその愚を笑うほどに、$ G2 m( [, \/ U" u# o" @
何事もその功を成就せぬなるべし。9 F( t l5 W4 g- _" t. X
然れば世のいはゆる愚は却って智なり、; S9 |0 C! s& ]5 p
世の智は却って愚なり。」! i1 W$ F2 i+ O6 \7 Q, x8 v, c
7 s4 E$ i) S7 @ u と言っている。 |
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