2007年04月20日(金曜日)付5 {7 N0 h9 [, c/ y" v: Q0 s( K
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萌(も)える青草を踏んで野山を歩く。晩春の季語でもある「踏青(とうせい)」には、心はずむ明るさがある。〈ジーパンに詰め込む肢体青き踏む 登四郎〉。! ~% s. |# T, k/ c% K, F
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年配の方なら、往年の流行歌「丘を越えて」を思い出すかもしれない。作曲した古賀政男は大学を卒業する春、桜が満開の東京近郊に仲間と遊んだ。下宿に戻ると学帽に桜の花びらが1枚、はりついていた。その1枚から楽想をふくらませ、青春の歌を書きあげたという。. I- e4 M! M1 d2 z" @
}2 Q2 R; q6 s6 H: D: n6 F) O' ] 東京ではもう桜は散り、きょうあたり、桜前線は秋田の辺か。いまの季節の日本列島は、淡いピンクを追うように、若葉の緑が野や山を染め上げていく。一盛(ひとさか)りの春を愛(め)でられた桜は、またもとの目立たない木となって、万緑のなかに埋もれてしまう。1 u q% g, l$ v, `) ~) J% J
. `, ^5 |7 f9 P/ U$ I# n 「そやから困るんです」と、「京の桜守(さくらもり)」として知られる庭師、佐野藤右衛門さんが嘆くのを聞いたことがある。花の盛りに人はちやほやするが、季節が過ぎれば忘れてしまう。何かで邪魔になると、大樹が安易に切られることも少なくないそうだ。歳々年々、花とて同じでいられる保証はない。
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葉桜がまわりの緑に溶け込むと、春はいよいよ深い。きょうは二十四節気のひとつ、穀雨である。〈まつすぐに草立ち上がる穀雨かな 雪夫〉。暖かい雨が土をうるおし、野山も緑を濃くしていく。そして半月あとの次の節気は、もう立夏だ。 W* W* Z- T- @' B4 U, D- h1 k& {$ ~
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古賀は自著で、「丘を越えて」は二度と返らぬ若さへの愛惜だった、とつづっている。惜春、という季語がある。だれにも二度とはない今年の春が、過ぎていく。 |