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楼主: Jennifer

[经验方法] 連載《天声人語》想看中文版请去看1590楼最新公告

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发表于 2007-4-22 12:28:49 | 显示全部楼层
2007年04月22日(日曜日)付1 c+ t% u+ L% L; c1 A; U

" ]2 k% r. r1 K$ |$ r, X 美しいものより美しいのは、美しいものが荒廃した姿である――オーギュスト・ロダン。彫刻家ロダンの作品が、がぜん官能の色を帯びる一時期がある。弟子で愛人のカミーユと暮らした1880年代だ。/ T7 B5 m: k* O7 _) [# V
* ~" E4 {7 T4 w( G
 18歳で42歳のロダンと出会い、やがて身を引くカミーユ。女として芸術家として独り立ちに挑むも、世界に飛躍していくロダンへの愛憎、孤独、貧苦の果てに心を病む。78歳で没するまでの30年は、南仏の精神科病院にいた。  ~0 b& k; A3 n& w* d. {; [0 a
! ^4 g- V1 A1 `
 その激しく悲しい、さまよえる魂が、浅春のパリに「着物姿」で帰ってきた。京都の日本舞踊家、西川千麗(せんれい)さんがこのほど披露した創作舞「カミーユ・クローデル」(04年作)だ。
; @2 Q) o3 q3 c9 M/ e; u8 |& S" q% F( O: W. s* @( m) g
 フランス人の生き様を、バレエやオペラではなく日舞に転写するには、言葉や顔立ちに頼らぬ表現力がいる。黒装束の千麗さんは、栗色の髪を垂らし、金の扇2枚で文化の壁に向かった。舞の頂点で、ぽとり、ぽとりと扇が落ちる。恋心、ロダンとの子、創作熱、正気。カミーユが喪失したあれやこれやを、散る扇に込めた。. x, X( {( k, E* u6 C
8 L7 S5 ?9 F7 o8 S
 20年ほど前にカミーユを知り、いつかは舞うと心に決めた舞踊家は「自分を空っぽにし、心に住みついた彼女に身を任せた」という。舞台に見入ったカミーユの縁者たちは「この美しさなら本人も幸せ」と喜んだ。  Q9 i/ Q% K# `& N5 [8 r4 t5 m

7 U  F! d: H3 H# _4 P1 A+ e 実弟で、大正から昭和に駐日大使を務めたポール・クローデルは書いている。「禅宗によれば、偉大なる真理は言葉ではなく、ある種の伝染により心に届く」。日舞に織り上げた「荒廃の美」もまた、時空を超えて伝わった。
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发表于 2007-4-24 06:18:39 | 显示全部楼层
2007年04月23日(月曜日)付
5 I; U- I$ n) ?4 d7 K( R
$ W5 t+ i2 {  r# c  E6 I 先頃、初夏の陽気の東京から北海道に出かけた時のことだ。出発前の空港で「到着地は雪、天候次第で引き返します」と放送があった。横にいたご婦人がつぶやいた。「いやねえ、同じ日本なのに。縦に長いからいけないのよ。横に長けりゃいいのにね」, Q6 J1 F; G! u) X8 [

1 j" t' d. n2 ] 気持ちは分かるが、国土が南北に長いおかげで、同じ頃に異なる季節感を楽しめもする。いわば、時間差のある四季だ。逆に東西にうんと長ければ、米国のように国内に時差ができ、やっぱり「いやねえ」になるかもしれない。 * L" H; S& h2 \9 v8 A

; }" }9 A1 C8 K: H' q+ e4 b$ [ 国土の形状は、そこで生まれ育った人の考え方にも影響する。たとえば、島国かどうかは国民性を決定づける大きな要素といえる。政府の世論調査(75年)で「30年後の日本」を聞いたところ、日本人の10の特性のうち、「島国根性」は「義理人情」「勤勉性」に次いで「変わらないもの」の3位だった。* q; R2 x& S+ ^$ a% L

. u9 {9 i5 H( E& r* |* x 32年後の日本社会では「愛国」のメッセージが定席を得た。自信を持てと叱咤(しった)し、廃れゆく義理人情や勤勉性を嘆くのはいいが、周辺への敵意をあおるばかりの、粗雑で乱暴な言辞も多い。
! u2 X( Y: N2 v1 k. q% x& o, |- ?+ w! G% N2 x+ s8 @
 島国には、大海に漕(こ)ぎ出す進取の気性も根づきうる。一方で、水平線の先に思いが至らねば、自分の都合とモノサシだけで考えやすい。異なる民族や文化には尊大になるか、妙に卑屈になりがちだ。/ i$ m/ Y+ y$ C& Y
0 B8 ~( Y+ l7 `: D
 心の中の「島」が大きすぎると、海外旅行のたびに「やだねえ、同じ地球なのに」とぼやくことになる。祖国への誇りや愛情は国際人たる必要条件だが、そういうものは、ほどよく、賢く持ちたい。
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发表于 2007-4-24 06:19:09 | 显示全部楼层
2007年04月24日(火曜日)付2 |! x. b- N( u
, F7 G' z, U) b# d4 D! F
 テレビの普及台数が約1億と聞き、今さらながら驚いた。低俗番組を批判して「一億総白痴化」と言われた昭和30年代初めが約50万台だから、ざっと200倍に増えたことになる。: }/ R4 @' S4 ~

) `( J1 C4 P3 j5 S 暮らしに寄与してきた半面、悪(あ)しき影響への心配はどこも同じとみえ、英語には「愚者のランプ(イディオッツ・ランタン)」と呼ぶ俗語もある。これを「阿呆(あほう)の提灯(ちょうちん)」と訳したのは誰だったか。ともあれ1億台となれば、ほぼ国民ひとりが一つずつ、提灯を提げている計算になる。  
, W3 X" g2 j# B0 Q! e) r
; n5 b  l6 ~/ Z8 l 俳人の長谷川櫂(かい)さんが雑誌で、家庭にテレビがあることを、「家族の中にあまりガラの良くない他人がいるということ」と述べていた(「望星」4月号)。安手なバラエティーなどに苦り切り、我が意を得たりの人も多いだろう。
' O& ], I" p( N
$ ^$ i, [3 n0 s# B テレビ草創期以来の半世紀は、その“ガラの良くない他人”が、ぐいぐい巨人化してきた時代でもあった。たとえば成長期の少年が、自分の腕力に無自覚なまま人を殴り、思いがけないけがをさせてしまう。それに似た幼稚さと無責任が、なお業界にあるように見える。6 e3 s8 }% S4 q; Z
% U0 N  j" v, Y4 C
 関西テレビの捏造(ねつぞう)問題を機に、政府は放送法改正案を国会に提出して会期中の成立をめざしている。国の規制を強めようとする法案である。テレビ側にも問題はあるが、表現の自由の阻害を心配する声も大きい。
% g& |( c8 z' n$ R; n4 E4 J& g0 X" o1 i
 不名誉な呼ばれ方の多いテレビではあるが、良くも悪くも、家族の一員のような存在ではあろう。ガラの悪さを正すのは、国家権力ではなく、作る側の良識と、見る側の批評眼でありたいものだ。
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发表于 2007-4-25 04:08:48 | 显示全部楼层
2007年04月25日(水曜日)付! @! {( e  g9 L4 ^; Z
/ G6 _) c% V' X1 `
 まれにではあるが、時代には意志があるかのように、政治家を生み出すことがある。亡くなったエリツィン?前ロシア大統領は、ソ連を終焉(しゅうえん)させた政治家として、そんな一人に数えられよう。
5 q* S: _1 ?- j
! f0 j6 @0 W2 G! j# w 貧しい農家の生まれだった。自著によれば、生後すぐの洗礼のとき、司祭が桶(おけ)で水浴させたまま引き上げるのを忘れた。母親が気づき、人工呼吸で命を取りとめたという。厳寒の小屋で、家族は山羊(やぎ)に体をくっつけて暖を取ったそうだ。  
2 a9 j$ n) ]% K) S
) K+ b7 F$ Q4 j  s9 N 政治家は、大衆の心を瞬時につかむ幸運に巡り合うことがある。エリツィン氏にとってそれは、91年8月の保守派クーデターだった。政府ビル前で戦車によじ登り、巨体を仁王立ちさせて「抵抗せよ」と市民に呼びかけた。大衆の熱狂を一身に受けて、その年の暮れのソ連解体に突き進んでいった。# H  L( i/ N2 |7 W  ]
7 x# k+ v! o2 c
 だが時代の求めは、そこまでだったのだろう。冷戦が終わると、その後は経済の失敗、流血の武力行使、側近政治……と急速に輝きを失っていった。人気は地に落ち、99年の辞任後は国内でも忘れられた存在になっていた。9 C" x6 w0 w+ A
! Z0 g6 Z& R; [
 エリツィン氏の人生に、耳慣れたことわざが重なる。オムレツを作るには卵を割らなくてはならない――氏はソ連という固い卵を割る役目を授かり、それを果たして、旅立っていった。4 a1 e7 P  @( Z' D$ e6 j

2 j& {- ~. q8 ]; f1 K& w8 J 98年春に来日したとき、首脳会談のあったホテルで、一般の結婚披露宴に顔を出してスピーチする茶目(ちゃ?め)っけを見せた。ホテルのゴルフ場には、来日を記念して「エリツィン桜」が5本、植えられた。今年も立派に花を咲かせたと聞く。
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发表于 2007-4-26 04:30:16 | 显示全部楼层
2007年04月26日(木曜日)付2 g4 M) A3 ]2 F4 {

: j. H$ u$ G6 i) | 東京・銀座のビルの屋上で、地元の人たちがミツバチ約6万匹を飼育している。蜜を求めて巣箱を飛び出し、ビル風に舞い上がっていく。, L9 T' V6 k( O8 n
# P7 k; W% `6 U$ p, N
 都会の真ん中にも花はある。皇居のソメイヨシノ、浜離宮庭園の菜の花、街路樹のマロニエ。収蜜の盛りを迎え、週に25キロとれることもある。新鮮な蜜は、銀座の店でケーキやカクテルに甘みを添える。
2 M2 f) X, c: Y+ {: e# e" J4 \# E
) r/ ^! X9 ?0 G6 T' r 古くから、人はミツバチと暮らしてきた。1万年以上前のスペインの洞穴の壁画には、巣から蜜をとる人物が描かれている。日本書紀にも、643年に奈良で養蜂が試みられたとある。5 H. F* g$ r. e. L0 I  R8 [$ @

- Q! T9 [" W- t その長い歴史のなかで、どれほどの異変なのだろう。ミツバチの巣から、大量のハチが突然、行方不明になる異常現象が、北米に広がっている。「集団の崩壊病」と名付けられたが、原因は分からない。感染性の病気、農薬禍、ストレスなど諸説が飛び交う。昨年秋から、じわじわ拡大し、養蜂家は恐慌状態だという。授粉をミツバチに頼るアーモンドやリンゴの凶作も心配されている。* E$ u4 q4 Q5 y  }" T! O) e

% P; L0 |  @- @+ } 1匹なら穏やかそうなミツバチも、集団になると神経質だ。たとえば移送中、車の震動に驚いて1匹が騒ぎ始めると、大群が一斉に羽を震わせる。摩擦熱で巣箱の温度が急上昇し、パニック状態のまま全滅してしまうこともある。
- `  J' T" @: b- y- l. N) ^
/ R' n/ Y, T6 D+ r 環境の変化に敏感な生き物だともいう。大量失踪(しっそう)は、自然界で何かが起きつつある兆しでは、と不安がる声も上がっている。「蜜は甘くても、事態は甘くないよ」。不気味な異変が、ハチから人間への警告でなければいいのだが。
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发表于 2007-4-27 09:43:37 | 显示全部楼层
2007年04月27日(金曜日)付
% w! [3 W7 U3 r6 P( S
! O; C; r, \% n: O 青春とは人生のある時期をいうのではなく、心のあり方をいうのだ、と言われる。よく似た意味で、老人には三つのタイプがあるとも言われる。すなわち、まだまだ若い人、昔は若かった人、そして一度も若かったことのない人。
8 Y, z8 ?. I+ Q+ R! T3 @
: Y- ^9 L6 b9 h9 \, y8 s1 z8 \, v# x いまの若者は、老いて、どのタイプになるのだろう。財団法人「日本青少年研究所」などが日米中韓の4国の高校生を調べたら、いま一つ覇気に欠ける日本の若者像が浮かび上がった。「偉くなりたい」は他国の約3分の1。逆に「のんびり暮らしたい」は43%と他の14~22%を断然、引き離していた。; |( A* y0 O, \7 N, V8 I

9 V4 B3 H; |4 z7 g* N' J/ c 情けないと嘆く人、それも良しと肯(うなず)く人、考え込んでしまう人。感慨はそれぞれだろう。クラーク博士の「青年よ大志を抱け」は死語になったかと、ため息をつく人がいるかもしれない。
8 S3 i& _$ _& I* c* T  ]9 T$ T& Z( q0 s
 調査ではまた、「自分の会社や店を作りたい」が他の半分以下に沈む一方、「多少退屈でも平穏な生涯を送りたい」は上回った。立身出世に血道を上げることもないけれど、若くして閑居を望む声が多いのはどうしてなのかなあ。& e/ Z! E6 a8 P0 D4 R

9 t! Y" o' j  m 「青年は決して安全な株を買うな」と言ったのは、フランスの詩人コクトーである。作家の沢木耕太郎さんは、生命保険に加入したときに人は青年時代を終える、と書いている。向こう見ずは青年の美徳、とまで言うと、少し言葉が過ぎるだろうか。5 M7 h; r- a7 ^, r: S0 S
# R2 u; r% W7 G
 調査をした団体によれば、学級委員でさえ最近はなり手が減っているそうだ。「いまどきの若者は……」と言いかけた口をつぐんで、そっと不安をのみ込むことにする。
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发表于 2007-4-28 02:40:31 | 显示全部楼层
2007年04月28日(土曜日)付8 `* x# \6 Z) L

- e$ S! P) E- k/ r 笑う人もいれば、「言われる身になれ」と苦る人もいるだろう。人権感覚を疑問視する向きも、あるに違いない。だが、こういう場合はえてして、背景やいきさつを知らずに判断すると、的を外すことが多いようだ。3 m5 ]1 r6 ?- Z9 l% i
0 H: C7 f. j4 p: k+ ~) y
 たとえば落語家が過去にもその刑務所を訪ね、交流を重ねていたとしよう。それなら荒っぽい毒舌も、親しみをもって感じられるかもしれない。互いの間柄いかんで、言葉は丸くもなれば、とがりもする。
$ l- F) x7 E, c3 B$ R1 f! {1 {+ H% j7 n4 c
 「地獄へ直行」と書いた紙を廊下に張って、遅刻者の指導をした中学教諭がいた。「イエローカード」「校長面談」などとも書いた紙に、遅刻の回数に応じて生徒の名を付箋(ふせん)でつけていた。配慮を欠いた指導と問題視され、校長が謝罪する騒ぎになったが、川崎市教委は先ごろ処分を見送った。「生徒との信頼関係の中での指導だった」と判断したそうだ。
4 D! Y9 F" [8 h# Y) [5 c- Z$ i5 R$ K3 ~0 S/ S! H! G
 問題が表面化すると、生徒らから市教委に、「先生を責めないで」といったメールが寄せられたという。少々荒っぽい指導でも受け入れる信頼感が、クラスにあったということだろう。5 |, P& z+ P$ e5 G' D$ }

: R8 s# L' e1 K) M3 n 教師の言動がいじめに結びつくこともあるから、判断はなかなか繊細だ。しかし先生たちの持っている“人間力”も封じ込んでしまう杓子(しゃくし)定規は、学校の魅力まで一緒にそいでいくように思える。角を矯(た)めて牛を殺す。そんな故事もある。
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发表于 2007-4-29 04:40:39 | 显示全部楼层
すごい。
+ x; X5 h) t! {. i0 F* Y2004年到2007年的全都有,真的太厉害了# l  z1 s2 s; j6 z1 n8 [" T. Z
可惜,我今天才发现!
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发表于 2007-4-30 00:17:04 | 显示全部楼层
2007年04月29日(日曜日)付, K2 {# A- k+ B+ K
6 ]8 e4 N. s3 g( j! J, n7 @
 お祝いの弦楽四重奏の中を、人の川がゆっくりと、建物の奥に消えてゆく。一昨日、東京駅の空を削って38階建ての「新丸の内ビル」が開業した。向かいの丸ビルも5年前、37階に化けた。
  t3 n' V# N* x* U* @, Y- F7 ?# s' o" n. O7 B
 戦前の丸ビル風景を、中原中也の「正午」が伝えている。〈月給取(げっきゅうとり)の午(ひる)休み、ぷらりぷらりと手を振つて/あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ〉。30歳で逝く年に「東洋一のビルヂング」をこっけいに活写した詩人。きょうは生誕100年にあたる。
0 Y6 b0 s& Z, O+ _7 F' r; f5 n) i5 o1 c; U
 七五調や擬音語、繰り返しにより、声に出すと味わいを増す作品が多い。代表作「サーカス」の中ほど、空中ブランコを描いた部分がよく知られている。
0 s9 ?$ h" _& `+ ~2 ^
, U+ c0 `# {; M 〈頭倒(さか)さに手を垂れて/汚れ木綿の屋蓋(や・ね)のもと/ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん〉。中也自身、この詩を好んで朗読してみせた。肉声は残っていないが、友人によると、なかなかの名調子だ。
4 }/ R& M) e9 l  @  r7 J. C3 w9 |$ }+ T2 i+ [' i
 「ハスキーな低音で、しかも胸に泌(し)みこむようなさびしさとキリモミのような痛烈さ」と草野心平。聞かせどころの〈ゆあーん〉の行は「仰向いて眼(め)をつぶり、口を突き出して、独特に唄(うた)った」(大岡昇平)という。ふと、100歳の中也がいたら、と夢想する。2 Q1 K3 p4 U% R8 m

/ g  a- X2 ~4 ?! @# P6 j/ T+ z 中也に詳しい詩人、佐々木幹郎さんは「季節感をなくした街に戸惑いながらも、身体感覚で詩を作るでしょう」と語る。〈汚れつちまつた悲しみに/今日も小雪の降りかかる〉。過ぎし青春をそう嘆き、すねた中也。「悲しみ」をどこかに忘れてきたような東京の、何を、どんな調子で聞かせてくれるのか。
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发表于 2007-4-30 00:19:47 | 显示全部楼层
2007年04月30日(月曜日)付
" Y4 y  v, E" `" I8 H* j( t  T. c% [; g& _* _7 j
 欧米や中国の新学年は9月に始まるが、違う国も多い。ケニアは1月、豪州は1月下旬から2月、韓国は3月、そして日本。門出に添える4月の言葉から。
8 R7 Q; p: e9 u
  m# l7 b4 b( F: c9 {/ i, O# ^, x 「大切な教室を使用させていただき、ありがとうございました」。能登半島地震に見舞われた石川県輪島市。春休みの間、避難所になっていた小学校の黒板に、被災者が感謝の言葉を残した。
4 R, W% \, Y7 Y$ J- w: z+ f; z+ `. C
 財政破綻(はたん)した北海道夕張市では、1年後に閉じる市立幌南(こうなん)小で新入生2人の入学式。校舎はまだ使えそうだが、「もったいないといえば、夕張はもったいないことだらけなんです」(森井智江校長)。市の職員は半減され、16人が嘱託として再雇用された。3月までの総務課長は「気分を新たに下働きしていきたい」
8 z, _  C- V7 M0 E' D7 j$ l( i- e# }
 「人生は1回きり。自分の責任で悔いなく生きたい。事故があってそう思えるようになった」。JR宝塚線(福知山線)の脱線事故で右脚を複雑骨折した大学生、西尾和晃さん。2年ぶりに草野球のマウンドに。: {* q# S8 S2 O7 }$ W0 \  W0 j

2 S& A7 [* i3 ~ 大リーグでは初登板。「待ちに待った舞台だったけど、驚くぐらい普通に試合に入れた」とレッドソックスの松坂大輔投手。初勝利への初球は予告通り、93マイルの直球だった。6 C- M" L! t' O) o' |

! S( Z9 i8 N( r' v  m& ]6 g! s: _ 4年前の鹿児島県議選で初当選した直後、選挙違反容疑で逮捕された中山信一さん。無罪確定を受けての出馬で、自民現職らを大差で破る。ひどい捜査が奪った時間は戻らないが、「この4年間は8年分の仕事をします」。こんなに楽しい選挙は初めてだ、と運動員。桜前線が駆け上がった列島、それぞれの旅立ちである。
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发表于 2007-5-1 08:53:34 | 显示全部楼层
2007年05月01日(火曜日)付; X' |$ v1 V" L, M4 ]

. v! `) {8 o* v4 P 「魚の定義」というジョークがある。《魚とは、逃げた時から成長が速まる生物である》。手元に寄せて逃した一匹ほど、大きいものはない。悔しさが想像を膨らませ、人に話すたびに両手の間隔が広がっていく。* O/ f: s4 m& @, f! w' M8 b
: W$ V1 ]4 ?& N  N9 e4 G( z, D
 米アラスカ沖のベーリング海で3月、メバルの仲間のヒレグロメヌケ(メス)が捕れた。体長1メートル強、重さ27キロの巨体。朱を帯び、でっぷり丸い腹も見事だが、年齢がすごかった。推定100歳である。/ u6 c6 {  v% c
3 T/ ?; h$ G- ]) E0 W6 E
 魚の年齢は、頭の骨にある耳石(じせき)か、ウロコのしま模様で勘定する。木の年輪と同じ理屈だ。メヌケの長寿は米海洋大気局(NOAA)が耳石から割り出した。この海域は水温が低く、底にいる魚の成長は特に遅い。大きな個体は、それだけの歳月を生き抜いた証しだ。) ?$ v" R- @9 n! S: Z& t

) t. r1 M3 Z, D# m1 x) [ 食卓に縁の深いアジやサバは5年、タイなら20年ほど生きるという。ただし、ほとんどの魚は小さいうちに他の生き物に食べられてしまう。魔の手は、水の上からも伸びてくる。: [4 r& N& ?' Y& F/ J, D
! Q. D/ i2 _% a+ m3 v4 N* ]
 魚と人の関係を思うとき、金子みすゞの代表作「大漁」に行き当たる。〈朝焼小焼(あさやけこやけ)だ/大漁だ/大羽鰮(おおばいわし)の/大漁だ。/浜は祭りの/やうだけど/海のなかでは/何万の/鰮のとむらひ/するだらう。〉。底引き網にかからなければ、あのメヌケはどれほど生きたのか。弔いは盛大だったことだろう。6 w. b9 X4 |2 N  i' O5 E0 |
: Z6 @+ w& l* I  v9 o+ }( c! P
 魚は大切な栄養源だ。漁業や釣りは彼らの平均寿命を少し縮めているはずだが、縮めた分は我々に上乗せされている気もする。ならば魚も本望か。年齢不詳の丸干しをかじりながら、身勝手な仮説を転がしてみた。
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发表于 2007-5-2 00:30:00 | 显示全部楼层
2007年05月02日(水曜日)付+ V7 k5 g9 K6 [

8 F( |0 h. a! i8 y1 X. K3 ~ 持ち場にもよるが、20年前はスーツを常用する新聞記者はそれほど多くなかったと思う。現場で動きやすい軽装が一般的で、使い込んで、戦友のようになった一着があったものだ。, q+ W" x3 d# N9 [$ {1 [' s4 p

: [" G! a, u* O4 o+ D/ A 実際、その薄手のブルゾンは、持ち主の分まで戦っているように見えた。20年前の憲法記念日、朝日新聞の阪神支局が襲撃され、記者2人が死傷した。29歳で命を絶たれた小尻知博記者の上着が、支局にある襲撃事件資料室で初めて公開された(3日まで)。
& A4 {- Z8 p, B6 y% L& q4 k
$ \- z% X: w/ {8 ?3 H* P4 j5 J サイズはM。左ポケットのわきに、卵大の穴が開いている。至近距離から放たれた400粒の散弾が、ひとかたまりで脇腹に飛び込んだ跡だ。色あせた青い木綿の生地は、運ばれた病院で切り裂かれ、左半分が褐色に染まっている。展示ケースに収める前、手にとり、そっと顔を近づけてみた。古着のにおいだけがした。. m( x1 n- C  ^
; c3 K& F, R4 C- l' W
 事件の1週間前、統一地方選挙の開票日に支局で撮られた写真が、小尻記者の残像として広まった。書棚の前で左手に紙を持ち、はにかむように笑いながら、記者はあのブルゾンを着ている。京都の百貨店で買ったという分身は、時を超え、忘れてはならない怒りを発信し続ける。, ^, Y, E6 d7 y2 j5 A* @$ l+ V
4 E$ m) V, V0 t* y7 b; E. h' a) A
 小尻記者のもう一つの分身、当時2歳だった一人娘はこの春、父親と同じメディアの道に進んだ。一連の朝日新聞襲撃事件はすべて時効となったが、表現と言論の自由を守る闘いに終わりはない。; |, `: f% i; Z' a1 E( q/ b
  h2 n1 w8 W8 `" `! `0 J4 c( `" y$ s
 憲法は明日、施行60年を迎える。その半分も生きられなかった仲間の無念を引き取り、彼のブルゾンを心に羽織って歩いてゆこうと思う。
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发表于 2007-5-3 00:33:48 | 显示全部楼层
2007年05月03日(木曜日)付
: w, C1 n; I0 V! Z+ D+ u
$ V" m6 R% r$ l# J! t6 P, Q 朝日歌壇賞と俳壇賞の二冠を持つオランダ在住の歌人、モーレンカンプふゆこさんの短歌に、〈窓口で法律用語を調べつつ日本国籍破棄を告げけり〉がある。33歳で異国に帰化した際の、凜(りん)とした決意だ。2 n0 d: p- s6 d5 |; n

  Z6 A6 u4 H2 R" Z6 {5 _6 Z 作者はしかし、森で拾った木の実にまで望郷の念を募らせもする。〈手の中に団栗(どんぐり)といふ故国あり〉。ふゆこさんが思い続ける日本は、いつまでも、海外の同胞が慕う国でいられるだろうか。
2 \, R- h+ L+ \# i5 o
$ x5 y2 `# l$ x& _7 ] パリ駐在から帰国し、3年ぶりに住んだこの国は改めて新鮮だった。朝のホームに整然と並ぶ人たち、静かな満員電車。小ぎれいで安全な街、眠らぬコンビニと自販機。このささやかな日常の安定こそ、守り伝えるべきものに見える。
! z* [# S( ~$ p, D
5 M6 m4 ~  C& I" K8 |8 | 国籍を捨てて、なお残る祖国とは何だろう。山河や文化、同じ言葉を話す懐かしい人々。その一切がつつがなくあるために、国家の仕組みと約束事がある。軍事同盟が「傘」なら、平和憲法は「繭」のように、日本社会に寄り添って平安を包んできたのではないか。
" V" J6 z" |- ~, Q- H8 ]1 }. _% W" T; x4 e- L" R+ v7 F
 窮屈な繭を抜け出し、傘の下で舞うチョウになりたいと欲する人もいる。だが、世界の現実に合わせて理想を遠慮すれば、情けない現実が大きくなるだけだ。3 g9 B7 U% y/ ]0 I
  x4 G* O+ N) S- v* R6 x9 b
 朝日俳壇の選者だった石田波郷(はきょう)に、「焦土諷詠(ふうえい)」と称される作品群がある。〈香水の香(か)を焼跡(やけあと)にのこしけり〉。廃虚から書き起こした香り高い志は、四季の美しさや産業技術と並ぶ財産だ。世界がこの水準に追いつくまで、あるべき姿を輝く繭から発信する。4 y. V$ H* u8 m) ~/ y

; v+ M: ^+ R! B1 S+ t ここで悠然と待つのが人類愛にかなうと思うが、どうだろう。
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发表于 2007-5-4 00:25:07 | 显示全部楼层
2007年05月04日(金曜日)付
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: M9 t) F% @4 ]/ P5 \ 日本初の手品本は約300年前、江戸元禄期の『神仙戯術(しんせんげじゅつ)』とされる。手品研究家の平岩白風(はくふう)さんによると、明(みん)の書物を和訳したものだ。この本が紹介する「戯術」の種(たね)は、しみじみ素朴である。* w+ E0 k6 Z" B4 d8 w! P
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 例えば「勝手に動くひょうたん」。中に小さめのウナギかドジョウを入れておき、塩と胡椒(こしょう)を溶いた水を注いでふたをするだけだ。なにぶん仕掛けが天然素材だから、ひょうたんの動きが弱々しくなったところで幕だろう。魚がちょっと気の毒でもある。( m0 [- B" F5 i1 F* x1 D1 t

3 k: E1 f" a8 A9 X$ |( p5 @* m) C 49人の手品師が在京の民放2社を相手に、計約200万円の損害賠償を求める裁判を起こした。硬貨を手品用に違法加工した事件の報道で、たばこがコインを貫通する仕掛けなどをばらされた、という。「種という手品師の共有財産が侵害された」と訴える。/ Z1 E9 a2 ^! b* ]8 O

6 z: W/ [, E0 {  x だまされまいと舞台を凝視する客の前で、シルクハットからハトが出る、ウサギが出る。拍手をしながら謎解きに挑戦する人はいても、そのまま眠れなくなることはまずない。幻惑は、心地よい余韻を残して消えていく。' ]; q; Z+ r: n1 }) L. Z) n
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 手品師と客の間には「これは芸」という暗黙の了解がある。だからこそ落ち着いて驚くことができる。「種も仕掛けもないのでは」と思わせたら、それはもう魔術のたぐいで、お客は落ち着かないだろう。
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: x' n  ^& U( ~8 U 逆に、はなから種が割れていたら、演者の手際を追うだけの味気ない見せ物になる。転がるひょうたんより、中にいるウナギの身の上が気になり、やはり楽しめない。知りたくもあり、知りたくもなし。種との間合いは、このあたりがいい。
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发表于 2007-5-4 23:51:15 | 显示全部楼层
2007年05月05日(土曜日)付
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9 Z$ r+ C# [3 L- f 三日月はその形から「月」の字を生んだ。出番が日暮れ時なので「夕」にもなった。象形文字の面白さだ。かたやフランス語では、満月に膨らむ途中だから「成長」と同系の名詞となり、同じ形のパンの名にもなった。
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 フランス在勤中の昨秋、週刊フィガロスコープが「パリで一番うまいクロワッサン」を発表した。目隠しテストで64店を食べ比べた結果、日本にも店があるピエール・エルメが1位に輝いた。5 ^7 G% E, G$ G( y; ]( `8 I$ m
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 同誌によれば、良いクロワッサンは「かじると表層が崩れ落ち、ちぎれば静かに抵抗する」そうだ。パリ6区のエルメ本店で買ってみたら、三日月というよりひし形だった。かぶりつくと、解説の通り皮がサリサリと落ち、中身はしっとりと粘った。パリ一番の月は、食卓をクズだらけにして消えた。. P3 {- E; M/ T3 F
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 菓子職人として知られるエルメ氏は、焼き上がりに「手で引き裂いて、かすかな鳴き声を聴く」という。そこまで繊細な一品ではなかったが、仏西部の家庭に居候していた当時、週末の食卓には決まってこのパンが現れた。ゆったりした遅めの朝食に、バターの濃厚な香味が花を添えた。: b) Q" G( N2 ~/ M9 a5 ^

' p- s3 t, w  q6 a( @  n3 x クロワッサンはオーストリアの発祥という。1683年、オスマントルコ帝国軍の包囲を耐え抜いたウィーン市民が、敵のシンボルの三日月をパンにしたのが始まり。形は優美でも「戦いの食べ物」なのだ。
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 明日はフランス大統領選の決選投票である。右か左か、男か女か。審判までに残された朝食は2回。大接戦を伝えられる両候補は、いくつ三日月をほお張ることだろう。
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