2007年08月16日(木曜日)付
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戦没した人たちの思いが働いたのかと、時々不思議に思うことがある。終戦の日が、盆と重なることだ。迎え火、送り火、精霊流し。戦争の記憶と相まって、日本人の情念がいちばん深まるときであろう。
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* e% H3 g( T; y5 U# p! t" a いつもは静かな東京の千鳥ケ淵戦没者墓苑も、きのうは献花に埋まった。海外での死者のうち、引き取り手のない約35万人の遺骨が眠っている。今年は新たに、各地で収集された973柱が納骨された。だが、なお116万人もの遺骨が祖国の土を踏めないでいる。# t$ k& d; S+ o1 i5 b, K- v
& k; R4 {- v) W& B, v 人の生きた証しは様々だが、骨は最も素朴なものだろう。南方の熱帯林で苔(こけ)むしていた、日本兵のしゃれこうべに、詩人の茨木のり子さんは胸を痛めた。〈生前/この頭を/かけがえなく いとおしいものとして/掻抱(かきいだ)いた女が きっと居たに違いない〉。7 y$ u# e% D8 g+ G6 c" `& S. U
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詩は、〈小さな顳●(こめかみ)のひよめきを/じっと視(み)ていたのはどんな母……〉と続く。昨日の全国戦没者追悼式に最高齢で参列した松岡コトさん(101)は、長男を亡くした。遺髪は届いたが骨は戻らず、母はずっと、無骨(むこつ)の墓に線香を立ててきた。5 ^. b. p! v$ y6 O+ C1 F* S0 U
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日本人ばかりではない。戦中、朝鮮半島から大勢が日本に動員された。日本で亡くなり、各地の寺や山野に見捨てられた遺骨は少なくない。帰してほしいと求める声が、韓国からも起きている。
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3 e( D4 d0 s% L7 j. e8 h# b 〈戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ〉で知られる詩「骨のうたう」を書いた竹内浩三も、戦死して骨は帰らなかった。白木の箱の軽さに泣いた多くの遺族の無念も、戦争の罪深さとして心にとどめたい。 " h" Q3 w8 Y1 I- o/ }
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