江戸時代に生まれ、現在もなお興行されている日本の伝統芸能。江戸時代には「歌舞妓」と書かれることが多く、「歌舞伎」の表記が定着したのは明治以降のことである。語源は、常軌を逸脱した行為をするという意味の動詞「傾(かぶ)く」の連用形が名詞化したもの。漢字表記は当て字だが、「歌」は音楽性、「舞」は舞踊性、「伎」は演技的要素と、独特の様式をもつ歌舞伎の特性をみごとにいいえている。
歴史
1603年(慶長8)出雲大社の巫女(みこ)と称するお国が男装し、当時流行したかぶき者のなりで茶屋の遊女とたわむれるようすを京都で演じた。これが人気をあつめて「歌舞伎踊」とよばれ、歌舞伎の始祖になったとされる。
この人気にあやかり、遊女が歌舞伎踊をショーとしてみせたのが女歌舞伎である。はじめは笛、小鼓、大鼓、太鼓の四拍子(しびょうし)を伴奏としていたが、渡来した三線(さんしん)を改良した三味線をいちはやくとりいれたこともあって、全国的に流行をみた。しかし風紀をみだすとの理由で1629年(寛永6)幕府によって禁止され、次に若 |