|
消防署の裏手で育ったので、「119番」には妙な親しみがある。拡声機から流れる緊迫のやりとりに身を硬くしていると、消防車や救急車がサイレンも高らかに飛び出していく。毎回、これぞ人助けの華だと思った。
華が多すぎるのも考えものらしい。救急車の出番が増え続け、助かる命も救えない恐れがあるという。05年の全国の出動数は、10年前の1.6倍にあたる528万件。最寄りの救急隊が出払っているなどの理由で、到着までの平均時間は6分を超えて延びつつある。
問題は、救急車をタクシー代わりに使う行為だ。全国に先駆け、東京消防庁が今月初めに動いた。救急隊が現場で「緊急性なし」と判断すれば、救急車を使わずに病院に行くよう説得する試みだ。
東京では45秒ごとに救急車が出動している。ただの鼻血や手足の傷ならご遠慮を、となるのは当然だろう。ただし、同意が得られなければ軽症でも運ぶ。公共サービスの限界だ。
自分や近親者の容体は重く見えるもので、救急隊との会話で我に返る保証はない。動転の中で「次の人」を思いやるのが難しければ、平時から、自分なりの119番の基準を考えておくのもよかろう。
日本の消防署が初めて救急車を備えたのは、74年前の横浜だった。1年目の出動は213回で、市民が見物に来たそうだ(『救急の知識』朝日新聞社)。そんな神々しさはうせたが、白い車体は今日も、か細い命の火を運ぶ公器だ。軽率な「ちょい乗り」のために消える火もある。その程度の想像力は持っていたい。 |
|